「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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「愛」のお話

「母上……なのか?」

 

 

 突如現れた女に、ワイズリーは驚きを隠せない。眠りから目覚めるにせよ、もっと時間がかかると思っていた。

 

 なぜ彼女がここに来たのか。家族(ノア)の気配を感じたから無意識に訪れたのか? ──いや、女の目には正気がある。何かの意図があり訪れた可能性が高い。

 

 であるなら目的はノアと戦いに来たのか。否、これも向こうに戦意がない時点で違う。

 

 

(まずいのう。千年公にマリアは捕まえた…と言った手前、この状況では大目玉だ。まだこちらに気づいておらぬからよいが…)

 

 思考に耽るワイズリーの横では、レベル4が女の服にあるローズマークに気がつき襲いかかった。

 そうだ、とそこで青年は気づく。そもそもノアの気配が感じられない。

 

 まるで意図的に押さえているような。

 

 

「なぁに?」

 

 

 溢れんばかりの殺気に、マリアは微笑みで返す。

 その瞳には愛しさが滲み出ていて、息を飲んだレベル4は寸前で止まった。

 

 あぁ、とワイズリーは声を漏らす。母が今、目の前にいる。その証拠を確かめる方法はいくつかあるだろうが、手っ取り早いのは…と彼は考える。

 

「……ここへは方舟を使って来たのだな?」

 

「えぇ。ネアが待っている、って言うから会いに来たの」

 

「ッ……! 駄目だのう!!」

 

「どうして? わたしが会いに来たのよ?」

 

「ダメだ……ダメだダメだダメだ!!!」

 

 何らかの方法で14番目が『聖母』に接触したというのなら、十中八九その狙いは彼女を殺すことだろう。

 そんなもの、許せるはずがない。地獄のさらに地獄に母を叩き落とした男に、絶対に会わせるわけにはいかない。

 

「奴さえいなければ…母上は、母上は神の傀儡には……ッ!!」

 

「マリ、ア…」

 

 テワクがかすれた声で呟く。

 女の真っ赤な瞳が今気づいたと言わんばかりに少女をとらえる。「んん?」とマリアは首を傾げた。

 

「どこかで会ったかな、君?」

 

「テワ、ク、です…わ」

 

「ふーん? ん………あぁ! とってもあなたから“愛”を感じるわ!!」

 

 マダラオを見て、そして少女の頭に触れた女はその頭を優しく撫でた。それだけでなく抱きしめて、あやすように背を叩く。

 硬直したテワクの体は強制的にぬるま湯のような温もりに引きずり込まれる。それもまた恐怖を煽り、歯がカチカチと音を立てた。

 

「さぁ、母の中でお眠り」

 

「やめて…」

 

「うん? まだ眠りたくないって?」

 

「〜〜〜ッ、母上!!」

 

「おや、ここにも反抗期がいるみたいだ」

 

 不機嫌を爆発させた青年が後ろから女を羽交締めにして、無理やりテワクから引き剥がした。

 笑っていたマリアはそこでふと、真顔になる。

 

「ねぇ」

 

「何だのう!!」

 

「君、だれ?」

 

「ハ……?」

 

「ん〜〜? 待てよ、わたしの名前って何だっけ」

 

 まぁいいか、とあっけらかんと笑った後、女はアレンがいる方角へ駆けて行き、見えざる壁にぶち当たって半べそで帰って来た。

 

 その間、ワイズリーは一歩も動けなかった。

 

 何てこったい、と彼は思う。

 

 

(────14番目のせいで中途半端に目覚めてしまったではないか!!!)

 

 

 精神の状態は恐らくキャンベル家でメイドをやっていた頃に近い。それもまた、14番目に感化された影響だろう。

 やはり裏切り者はどこまで行っても災厄だ。

 

「なんか壁みたいなのがあったようー……」

 

「……千年公が部外者が入れぬように結界を張ったのだ」

 

「どうすれば行けるの? 五つ目くん」

 

「…ワイズリーだのう」

 

 青年は横目でレベル4を見たが、すっかり怯えてしまって近寄って来ない。

 

 ならば彼自ら母を無力化するしかない。肉弾戦は無理となると、方法は一つ。魔眼を使って一時的に眠らせるしかない。正直この手は使いたくない。母のメモリーに触れる必要があるからだ。しかも明らかにヤバい状態の時に、だ。

 

 しかしこの状態の『聖母』を放っておけば、それこそ何が起こるか分からない。覚悟を決めるしかなかった。

 

 

「魔眼ッ、発ど────」

 

 

 

『⬛︎⬛︎⬛︎◼︎◼︎◼︎ 諢帙@縺ヲ縺? ∪縺 □⬛︎⬛︎◼︎◼︎ ¡? 諢帙? 縺吶? 繧峨@縺? 〒縺吶? py o✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎◉◯⚪︎▲⁈⁇¿⬜️⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ 諢帙@縺ェ縺輔>jjklytfdghhhhfdYYYO 諢帙@縺セ縺励g縺⬜︎□⬛︎◼︎◼︎◼︎◆▫︎閣閣閣閣裏血℃怒好子諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′ 諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′ 諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′諢帙′◆◻︎□□▫︎♡? DOABBHJKFYUNNNO 縺ゅ↑縺溘? 縺薙l繧定ィウ縺励※縺励∪縺」縺溘? 縺ァ縺吶?』

 

 

 

 ぎぃ、と悲鳴じみた声が青年の口から漏れる。

 

 悪手を踏んでしまったワイズリーの額。そこにある魔眼にヒビが入った。

 

 

「っ……うぅぅ、頭痛(ズツ)ゥ〜〜〜!!!」

 

 本日二度目の頭痛タイムに入った青年。この間彼はポンコツの無能と化す。

 きょとんとした顔でその様子を見ていたマリアは、再度結界の境界線に向かう。

 

 この状況で監査官の少女は体の痛みと出血で動けなかった。

 

 どうすれば、とテワクが思ったその時。

 

 

「ガウ」

 

 

 ティムキャンピーが少女の頭に止まった。小さな手でレモンイエローの髪を撫でると、黄金のゴーレムは天高く飛翔する。

 キラン、と輝いたそれはたちまち弾丸と化して女の頭に衝突した。

 

「ガァァァァァ!!!」

 

 容赦ないティムはさらにその頭をかじる。

 

 血まみれで倒れていた女はうめき声を上げ、相棒の尻尾を掴んだ。

 

「痛っ………痛いなティム!!」

 

「ガウガウガァァ!!」

 

「な、何でそんなに怒って……あれ、テワクちゃん? ってか、ターバン頭のノアも転がってるんだけど…」

 

「頭痛いのだ頭痛いのだ…」

 

 マリアは監査官に近づき、その腕の中で眠る男を見た。それに少女は無意識にぎゅうと、兄の亡骸を抱きしめる。

 テワクは彼女と瞳を合わさない。合わさないまま、向こうに伯爵がいることを語る。

 

「あなたは逃げてください」

 

「……その前に君の止血をしなきゃ」

 

「私はもういいですの。もう…」

 

「────ここで、何かあったんだね?」

 

「………」

 

 伸びた女の手が少女の手に重ねられる。冷えた感触が少女の熱を奪うかのようだ。一本一本と指を剥がす手に逆らえぬまま、マダラオの体が離れた。ティム、と声がかかった瞬間、巨体化したゴーレムが男の体を咥える。

 

「ちょーっち我慢してね」

 

「うぐっ……!!」

 

 簡易的な止血を施したマリアは、ティムにテワクをリンクの元へ運ぶよう命じる。

 

「待って…あなたはどうする気です、の?」

 

「行くよ。あぁ…でも、ノアにって訳じゃなくて……14番目に会いに行かなくちゃいけないから」

 

 彼女の脳裏には寂しげなネアの声が残っている。あるいはその衝動は死にたがりな『聖母』の欲求から来ているのかもしれない。殺してくれるあの子の元へ行こう──と。

 

 本当の理由なんて、マリアにも分からなかった。

 

「マリア…」

 

「……ありがとうね、テワクちゃん。もしかしたらこれが最後になるかもしれないけど、君と過ごした時間、楽しかったよ」

 

「一人はいやなの、怖いんですの……」

 

「大丈夫。あなたにはリンクくんがいる。それでも……それでもどうしようもなくなった時は、夜空を見て」

 

「よ、ぞら?」

 

 

 ────マリス=ステラが、わたしたちを見つめているから。だから、どんな時でも人間は一人じゃない。

 

 

 ターバン頭の青年を背負った女は最後に少女の頭を撫で、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

「…のう?」

 

「あ、やっと気付いた?」

 

 頭痛がようやく薄れてきた頃、ワイズリーはマリアにおぶられていることに気付いた。

 

「の、のの…母上…!?」

 

「『智』の子って頭痛持ちなんだっけ? ところでさ、ワイズリーくん」

 

 ググッと、気温が下がった。

 青年のこめかみに汗が伝う。張り付けたような女の微笑みが背中越しにかすかに見えた。

 

 

「いけませんね、ワイズリー」

 

 

 そこには殺気さえ孕んでいる。実際に『聖母』が家族を殺すことはないだろう。

 しかし千年公が説教をしてゲンコツを食らわすことがあるように、躾はまた話が異なる。

 

 殊に「愛」云々は、母の地雷だ。これまでワイズリーはその地雷を幾度と踏んだことがあるゆえ、知っている。

 

 

「愛を冒涜しましたね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ふふ」

 

「二度としないのだ…」

 

「もう何度も聞いた言葉ですね」

 

「じゃあなるべく気をつけるのだ…。だ、だが、ワタシも母上が好きだから押さえきれなくなってしまうんだのう…!!」

 

「……そうですか」

 

 おっと、これは光明が見えて来たか? 

 

 マリアは徐にワイズリーを下ろすと、彼の頭に手を近づけた。親指が中指を押さえ込み、同時に中指は外へエネルギーの方向を向ける。そこから起こるのはそう、デコピン。

 

 

「ぎゃっっ!!」

 

 

 魔眼にそれがぶち当たった青年は二度あることは三度あるで、無能の世界へと旅立った。

 

 少しは晴れた気持ちで、マリアは人間の残骸を踏みつけながらお目当てのものを探す。

 結界が張られているならば、その外にいるワイズリーはどうやって来たのか。方舟もアレンの時は使えるようにしたのかしれないが、彼女が一度使った感覚を試してみても反応はない。

 

 なら考えられる移動方法はロードの扉だろう。

 

 しばらく無能な青年を抱えたまま探し、見つけた。

 

 

「……来たよ、ネア」

 

 

 マリアは扉に手をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 異変が起きたのは、神田がアレンの腹を六幻(ムゲン)で貫いた時だった。

 

「神田…!! アルマの顔を…ちゃんと、見て上げてくださいっ…!」

 

 アルマを殺すことに捉われていた神田は、ようやくそこで冷静になりアルマを見た。

 

 

 アルマ=カルマは、今にも泣きそうだった。

 神田に受けた傷だらけの体で、それでも攻撃の手は止めない。

 

 その顔が殺す者の表情ではないと悟った男は、友の名を呼ぶ。

 

「アルマ…」

 

「っ……死んでよ、ユウッ!!」

 

 アルマは泣きそう──から、泣いた。

 

 神田は思わず刀を下げて、アルマに手を伸ばす。

 

 

 その時、突如地面に伏していたアレンの体が浮き上がった。

 少年を取り囲むように発せられたエネルギーにより、アルマと神田の肢体は吹き飛ぶ。

 

「アルマッ!!」

 

 アルマは背中から壁に衝突し、ずり落ちていく。

 受け身を取って衝撃を和らげた神田は駆け出し、友の体を抱きしめた。

 

「アルマ…」

 

「っ……う」

 

 

 地鳴りのような────不気味な笑い声が響く中心に、アレン・ウォーカーがいる。

 いや、彼は果たして本当に「アレン」なのだろうか。

 

 千年公は満面の笑みをこぼした。

 

「ありがとう、神田ユウ!! 貴方がイノセンスで傷つけてくれたおかげで、14番目が目覚めマス♡」

 

 周囲にいた者は、伯爵の言葉に絶望の表情を浮かべた。

 

 

「アレン・ウォーカーはもう終わりデス!!!」

 

 

 伯爵は狂気に満ちた笑い声と共に叫んだ。

 

 

 

「おっじゃまぁ!!!」

 

 

 

 空気の読めない奴が横から、しかもバカでかい声で入って来た。

 しかもその人物はノアと思しき青年を背負っており、この時ばかりは敵味方関係なく「………?」と心が一致した。

 

 KY女はそのままアレンに近づく。

 

 側を通る女を呆然と見ていたティキは、我に返ってその腕を掴もうとする。ティキを相手取っていたフォーもそこでハッとした。

 

「マリア、危ねぇ!!」

 

 しかしすでに彼女の腕はティキ・ミックに掴まれた後。一瞬呆然とした女の目が、そのまま落ちるかと思うほどに見開かれる。彼女が見つめる先はティキの顔。誰が見ても美しい顔の造りだ。

 

 

「ぎゃああああああっっ!!!」

 

「え?」

 

「うわああああっ!!!」

 

「え、ちょ、何」

 

「これでも食らえ!!!」

 

 そう言い、マリアはワイズリーを投げた。まだ頭痛から復活していない青年はティキにキャッチされる。あ、とティキは思ったが、フォーの横槍が入りそれ以上追うことはできなかった。

 

 

 そして。

 

 

 

「ネア、来たよ」

 

 生白い手が少年の肢体に触れた直後、より一層輝いた光が収束していく。皆はあまりの眩しさに顔を覆った。

 そして残ったのは目を白黒させているアレンと、その側で倒れている女の姿である。

 

 意識が戻ったアレンはマリアが倒れていることに気づき、肩を揺すった。

 

「マリアさん!? どうしてここに……。というか…あれ? 僕は確か…」

 

 アレンは意識を失っていた時のことを思い出す。

 

 彼は椅子に縛り付けられ、目の前に見知らぬ青年が立っていて────いや、あの顔は知っている。

 

 

(そうだ、ティキと似た青年が僕の前に立っていた!! そして、その後…)

 

 

 青年は『千年伯爵』が狂っている、全てを忘却した破壊人形だと言った。

 同時に「アレン」も狂った人形になってしまったのだとも。

 

 青年は瞠目するアレンの前で、自身の名を告げた。

 

 

『オレハスベテヲ()()スル14番目ノノア

 

 

 ──────「ネア」』

 

 

 そこからアレンの意識は薄れた。

 ぼんやりと覚えているのは、男と自分の間を挟むように女が現れたこと。

 

 その姿が誰だったのか思い出そうとするが、やはり見覚えがない。

 

「あぁ、少しマリアさんに似ていた気も……いや、気のせいか」

 

 

 その直後、AKUMAの魂を映す少年の左眼が発動した。

 

 反応があるのは神田の近く。詳しくは、神田が抱きかかえている存在からだ。

 

「アル…マ?」

 

 アルマの魂を見た時、アレンは思わず()()()()を口にしようとした。

 それは神田の記憶の中で見た、朧げに霞む女性とそっくりで。

 

「まさか……キミは、神田の──!!」

 

 だがアレンの声は、アルマ=カルマの絶叫にかき消された。

 

 

「言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 そして、アルマの自爆が起こった。

 

 


 

 

【〃】

 

 

 紅い瞳。楽園(エデン)の花園の中、花冠を付けた女が、古代ギリシャの服飾であるキトンを身にまとい、長い髪をたなびかせて駆けていた。

 

 風が舞う中、彼女は振り返る。

 様々な色を宿す花のように、感情豊かな瞳を覗かせる。微笑し瞳と同じように真紅の唇が言葉をなす様は愛らしさを感じさせると同時に、妖艶な色を匂わす。その美貌に、神さえも惚れいる始末だ。

 

「アダム!」

 

 彼女の呼び掛けに、アダムも微笑んで手を振る。

 

 穏やかで幸福な時間。しかし、それも終わりを告げる。

 禁断の果実を食べ、堕罪を持った二人は地へと落とされる。

 

 

 女の美しい瞳は、少しずつ透明になっていった。アダムが『千年伯爵』に使命を託し潰えても、紅い血のような色だけを残し、感情を捧げた彼女は少しずつ失っていく。

 

 イヴはそれでも笑う。

 

 

 

「わたしを置いて行かないで、アダム」

 

 

 

 そしてそこには、ボロボロに壊れた女がいた。

 

 

 伯爵はその言葉を聞いた時、一人涙した。

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