「セカンド」とは、死んだエクソシストの脳を別の体に移植された者たちのことだ。計画において彼らは生前のイノセンスとシンクロさせ、戦うことを目的として作られた。
人造使徒のセカンドは高い再生力の代償として、自分の命を削っている。
その成功体はアルマとユウの二体だけだった。
アルマ=カルマに生前の記憶はない。
だが、神田ユウにはごくわずかな記憶があった。ある女性の記憶。その人に、ユウは会いたかった。
アルマが自爆したのち、その中心にいたアレンや神田は大きなダメージを負った。これはアルマも同様で、唯一マリアだけは球体となった
アレン・ウォーカーは左目で見たアルマの魂の形に表情を歪める。
ノアによって神田の記憶を巡り、その中で見た女性。
“あの人”が、アルマで。その女もまた死に、脳を移植された末に新たな生を受けた。
「アルマ、キミは……教団に復讐するために、AKUMAになったわけじゃなかったんですね…」
ただアルマはもう一度、大切な人に会いたかっただけだった。
終わりが近づくアルマと静寂の中で過ごすことを望む神田に、アレンは方舟を使ってノアや教団の手が届かない遠い地の果てへと二人を送った。
「礼を言う────アレン・ウォーカー」
アレンは瞳を閉じ、深く息を吸う。
「彼らには、誰にも手出しさせない」
そう強く、宣言した。
*****
アレンがゲートを閉じた直後、バクが発動していた精霊石が割れた。
フォーがアジア支部でない北米支部で現界できていたのも、この精霊石があったおかげだ。しかしこれが割れ、
一部始終を見ていたルベリエは激昂する。
「アレン・ウォーカー!! アルマを破壊せねば、第三使徒の暴走は止められんのだぞッ!!」
少年の取った行動は、黒の教団への明確な背信行為である。
「トクサ、しっかりしてくれ…!」
しかしルベリエの言葉に耳を貸さず、アレンは必死に青年の名を呼び続けた。
一方、そろそろ撤退の頃合いだと見計らったティキは、転がしていたワイズリーを俵持ちして駆け出した。
彼としてはそれなりに楽しめていたアジア支部の番人が消えてしまい、不完全燃焼だ。
「の、のの……?」
「おっ、起きたかワイズリー」
「……………母上は!!?」
「…母上?」
「あっ………いや、人間時代だった母の記憶を見ておったみたいだのう」
「ふーん? そうかよ」
「………マ、マリアは?」
そこで長い足がザザザッ、とブレーキをかけた。
そう言えば、とティキは思い出す。人の顔を見るなり叫んだ女を回収し忘れていた。
そもそもあの女をワイズリーは捕獲していたはずだ。だのに、なぜ呑気におぶられていたのか。
「任務失敗とは……あとで千年公に大目玉食うだろうなァ、お前」
「……ちょ、ちょっと不意打ちを食らっただけなのだ」
先程からワイズリーの冷や汗が尋常じゃない。
それをティキは、千年公のお説教が怖ェんだな…で済ませた。ブチ切れ千年公はマジで怖いことを身をもって知っている。
ワイズリーはしかし、ロード以外の前で「母上」と口を滑らせてしまったことに気が気でない。幸い『快楽』の子は気づいていないようだ。
「起きたのなら
「…分かった」
さて、とティキ・ミックは球体に目をやる。
ノアの本能か、はたまた彼自身の勘か、どちらにせよ「アレには触れない方がいい」と言っている。
いっそボールのように蹴って運ぼうか────と、考えていた矢先、背後で異変を感じた。
「……千年公?」
体をUターンさせ、ティキは急いで伯爵の元へ向かう。ついでに途中でヨロヨロしていた
「千年公、大丈夫かい!?」
「………」
シェリルは伯爵の肩を揺すり、人形のロードは呆然としている。
この空気の震えるような感覚は、千年公自身から発せられている。その様は『14番目』の目覚めを感じた時と似ていて、けれど少し違う。
彼がかぶる異形の皮の一部が剥がれ、その隙間から男の素顔が見える。
泣いている。千年伯爵が。
「──────?」
そして彼自身、なぜ自分が泣いているのか、理解できていない様子だ。
「マリア」
「ちょ……千年公! 剥がれてる剥がれてる!」
「しっかりするのだ千年公…!!」
「マリア、が………マリア…?」
なおもブヨブヨとふやけたように皮が剥がれようとして、それをシェリルとワイズリーが押さえる。
メモリーのざわめきを感じたティキは、これ以上千年公がここにいるのは危険だと判断した。
ゆえに撤退を呼びかける。今回の目的はほぼ達成されたはずだ。
アレン・ウォーカーを捕まえるのは、機を窺えばいくらでもできる。黒の教団がコソコソと行っていた「理」から外れたサードもまた、こちらの駒にした。
「千年公ぉ」
人形の姿だったロードが、義父の肩から降りて少女の姿になる。そのまま彼女は伯爵の腹に抱きついた。
「大丈夫だよ。マリアは千年公のこと大好きだから」
「……ぁ」
「どこにも行ったりしないから、大丈夫。あとでアレンと一緒に迎えに行ってあげよう────っね?」
「………」
「落ち着けた?」
「…えぇ。大丈夫デス」
さすが長子。男二人があたふたしている間に、千年公の正気を取り戻させた。それでも伯爵の纏う雰囲気に不安定さが滲み出ている。
(千年公のあの取り乱しようは普通じゃなかった。……何者なんだ、「マリア」って)
ティキの視線が眼下に注がれる。
地上には、黒い球体が依然とそこにあった。