「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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Black/パーリー

 監禁部屋に拘束されていたアレンは、リンクが持ってきたジェリーお手製のお粥を食べていた。

 自白剤の類を恐れ数日間まともな食事を取っていなかった胃に、粥の温もりが染みる。

 

「………」

 

「いつもの元気はどうされたのですか、ウォーカー」

 

「その……ごめん」

 

 アレンの脳裏によぎるのは、北米支部の一件だ。

 

 あの時アレンは、トクサが意識を保てるように呼びかけていた。

 しかし14番目の覚醒を感じ取ったリンクが、術で彼の体を拘束してきたのだ。

 

 その結果トクサを救うことができず、アレンはリンクに責めるような口ぶりで怒鳴ってしまった。そのことを彼はずっと気に病んでいる。

 

 そんな少年を見たリンクは近くの椅子に腰かけ、頬杖をついた。

 

「…トクサ、キレドリ、ゴウシ……それにマダラオとテワク。私たちは孤児で、物乞いをするうちにいつの間にか家族のようなものになっていました」

 

「………」

 

「テワクとキレドリは幼くて、みんなで守ろうと決めた、のに………」

 

 テワクは兄を失い、心も体もボロボロになっていた。

 ティムキャンピーが連れてきた少女はリンクを見るなり火がついたように泣き出して、そのまま気を失った。

 

 リンクは誰も守れず、誰も救えなかった。

 

 

「そもそも長官の命に従い「卵」を回収したのは私です。彼らに謝るべきは────責められるべきなのは、私です」

 

 

 アレンからは、そう語るリンクの顔が見えなかった。

 

 あぁ、と少年は思う。

 

「もっとトクサたちのことを知ろうとしていたら、変えられたものがあったかもしれないのに…」

 

 それは神田やアルマにも当てはまるだろうし、『14番目』にも当てはまる。

「ネア」という男はなぜ千年伯爵になろうとしているのか。

 

 思考を巡らすアレンの体がその時、大きく脈打つ。

 

「…ウォーカー?」

 

 その異変にリンクが気づいた。アレンの呼吸は荒く、瞳の焦点も合っていない。

 

 何より、肌が()()()()()()()いる。

 

「ウォーカー!!」

 

 しっかりしなさい、と叫ぶ青年の声が少年の中で遠くなっていく。意識がゆっくりと暗闇に引きずり込まれる。

 

 14番目が覚醒しようとしている。しかし先程までは何ともなかった。

 なのに、なぜ────? 

 

「このままではウォーカーが……ッ」

 

 ちょうどその時、部屋の扉が開いた。中に入ってきた人物にリンクは驚く。

 

 

枢機卿(カーディナル)……!? な、なぜ貴方のような御方がここに…」

 

 

 “枢機卿”とは教皇の最高顧問であり、その補佐を担う役目を持つ人間だ。

 また様々な特権も持ち、組織の中でもトップの地位に立つ。

 

 

 枢機卿はアレンに近付くと、背中に手を回す。

 

「眠ってはいけない。眠ったら最期、14番目に深く取り込まれてしまう」

 

 枢機卿の様子を見ていたリンクは、ふと扉の前に警備がいたことを思い出した。

 扉の外に視線を移すと、倒れている人間の手が見える。

 

(………っ!!)

 

 悪寒が走る。とっさに彼は枢機卿へ視線を戻した。

 

 彼の男は変形させた手をアレンのイノセンスに近づけている。

 

 

「みな心配しているよアレン。特に、()()()()()()がね」

 

 

 枢機卿が少年の額に手をかざした瞬間、その部分が発光した。彼の手とアレンのイノセンスが共鳴している。

 

「ゔ……ああああっ!!」

 

「ウォーカー! 貴様ッ…!!」

 

 監査官が飛ばした術札は簡単に避けられる。

 一瞬でリンクの後ろに回った男はその頭に手をかざした。

 

 すると「キィィィン」という高い音ともに、今度はリンクの絶叫が響く。割れるような頭の痛みが彼を襲った。

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

 叫んだアレンは男の動きを止めようと、無理やりにイノセンスを発動した。

 形もままならないそれは細い管状となって、枢機卿の頭を貫く。

 

 

「ぁ」

 

 

 頭に、頭にアレンのイノセンスが。人間の頭にイノセンスが────。

 

 

(殺して、僕が殺してしまっ……)

 

「美しい使徒(エクソシスト)に育ったね、アレン」

 

「………え?」

 

 

 殺したはずの男が少年の頭を包むように触れ、微笑んでいる。貫かれたはずのその部位は、ボコボコと歪に変質していた。

 

 直後、枢機卿は再びアレンのイノセンスと共鳴を始めた。

 

 この男は人間ではない。激しい痛みがアレンを襲う。

 そんな中で、意識が遠のきかけた時に少年は“共鳴(シンクロ)”を通して、流れ込んできた枢機卿の記憶を見た。

 

「………!!」

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その銃はアレンが見慣れた代物。クロスのイノセンスである断罪者(ジャッジメント)だ。

 

 ヒュッと、少年の息が引きつった。

 

 

「ピンチかぁ、少〜年」

 

 

 ロードの扉。そこから現れた、ローブに身を包んだ男。

 

 その男は枢機卿の頭上を飛び越え、すれ違いざまに一発でかい花火をお見舞いし、立て続けに頭をつかんで地面にめり込ませる。

 

 衝撃でフードの取れたティキ・ミックは、口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 黒い雲の隙間から月明かりが覗く。

 

 マリアはティムの上に乗り、14番目の気配を色濃く感じる場所に向かっていた。

 

 彼女と違い、向こうはガッチガチに気配を遮断された場所にいるわけではないらしい。

 

 

「────ァ」

 

 

 一瞬、“その気配”を感じた彼女の視界がブレる。

 

『聖母』のメモリーが強く隠されし者(アポクリフォス)に反応している。気を抜けば簡単に自我が飲み込まれてしまいそうだ。

 

「ガウウ!」

 

「わた、しのことはいい………から、早く行け」

 

 事態はすでに動いているらしい。サードらしき気配を複数感じ、同時に教団に張られた結界が緩んだ。一時的に侵入者の存在を悟らせないための策だ。

 

 

「突っ込め、ティム!!」

 

「ガアアァァァ!!」

 

 

 ティムはマリアの指差した方向に向かって加速し、そのまま壁に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、枢機卿────否、化けの皮が剥がれたアポクリフォスと戦闘していたティキは、力量さを見せつけられ、壁に身体を縫いつけられていた。しかも野郎と恋人繋ぎだ。最悪である。

 

「クソッ…!!」

 

 これまで壊してきたイノセンスとは格が違う。

 

 禍々しいまでのイノセンスの気配。

 アポクリフォスは自立型のイノセンス────()()()()()()()()()であり、思考し動くイノセンスでもある。

 

 厄介なソレは、ハートを守るために実体を持つ存在だ。

 

 

「私を未熟なイノセンスと思うなよ」

 

 

 アポクリフォスはティキの顔面に手を伸ばし、地面に叩けつけようとする。

 それをとっさに足で蹴って弾いたティキは、体勢を崩したまま床を転がる。

 

 その隙を狙ってアレンはイノセンスをアポクリフォスに向けた。

 

「お前が、お前が師匠を殺したのか…!!」

 

「待ってアレン! ソイツに近づいちゃ……」

 

 ロードの警告も遅く、少年の体はアポクリフォスに捕らえられた。

 

 首を掴まれたアレンの足が地面から浮く。

 酸欠に喘ぐ少年に、アポクリフォスは慈愛の目を向ける。──いや、慈愛と言うにしては、あまりに背筋が凍るような薄気味の悪さだ。

 

「あぁ…見てしまったんだね、アレン。あの男はお前を「14番目」の犠牲にしようとしていたんだ」

 

 首を絞めるアポクリフォスのもう片方の手が、少年の頭にかざされる。

 アレンは抵抗したが、イノセンスが言うことをきかない。

 

「どうしてだよ、クラウン・クラウン…!!」

 

「無駄だ。イノセンスで私を傷つけることはできない」

 

 アポクリフォスは先程と同じようにアレンのイノセンスを共鳴させる。内側から「14番目」のメモリーを抑えようと目論んでいるのだ。

 

「さぁ、私と合体するんだ、アレン」

 

 イノセンスを謳うバケモノを前にして、アレン・ウォーカーはしかし口角を上げる。

 

 この時ばかりは己の師に倣うように、俺様な雰囲気を纏い、好戦的に相手を嘲る。

 

 

反吐(ヘド)が出るねッ!! お前との合体なんか!!!」

 

 

 数秒の間を置き、怒りを露わにしたアポクリフォスは少年の名を叫ぶ。

 

 アレンの窮地に、その場にいたロードは少年の前に飛び込んだ。

 アポクリフォスの拳がロードの腹に当たろうとした瞬間、壁の瓦礫が吹き飛ぶ。

 

「…ッ!?」

 

 アポクリフォスの手が一瞬止まった。顔面をつかまれた男は、そのまま後方に吹き飛ぶ。

 アレンとロードは思わず目を丸くした。二人の目の前にいるのは一人の女。

 

 

「マリア…さん?」

 

 

 彼女はチラリとアレンを見た。血のような目が二つ向けられる。

 

「なんだ。()()アレンか」

 

 その言葉に、少年は言葉を失った。

 彼の目の前にいるのは果たして本当に仲間の「マリア」なのか。

 

 今の彼女はアレンのことを、全く見てはいない。

 

 

「うん? …あぁ、ごめんごめん。怖がらせようと思ったわけじゃないんだ。あの子じゃないならまぁいいし」

 

「………どうして、貴女がここに? それに……」

 

 少年の視線は女の褐色の肌に向く。

 視線はさらに上に移り、額にある一つの大きな聖痕が目に止まる。

 

「マリアさん、貴女はいったい…」

 

「わたしかい? わたしは「マリア」だよ。ご覧のとおりノアで、ついでに神に仕組まれちゃったエクソシストね」

 

「………ッ」

 

 アレンから視線を外し、マリアはアポクリフォスの吹っ飛んだ方を見る。自然と口角が吊り上がった。

 

 

「────ハ、ハハ、ハハハッ」

 

 

 まだ舞っていた土煙の中から、青白い手が現れる。

 

 ワイズリーの記憶で見た数千年以上前のものと同じ姿に、紅い瞳が黄金に変わった。

 

 

「はぁとの、番犬(イヌ)

 

「お久しぶりですねぇ、『聖母』」

 

 

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