「わたしは神様が嫌い」   作:アビ田

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「愛してる」

 礼拝堂を模した部屋の中。

 

 棺桶の中には女の肢体を埋め尽くさんばかりの色とりどりな花が添えられている。

 

 その横では、棺桶に体を預けるようにして人の姿の千年伯爵が眠っている。

 伯爵の掌には花を入れる途中で泣き疲れたのか、赤いカーネーションが握られていた。

 

 花言葉は「Love for mother」。

 

 その意味を知って入れようとしていたわけではない。伯爵はただ純粋な思い────かつて少女だった女性に渡し、喜んでいた姿が思い浮かび、入れようとしていた。

 

 伯爵の側には壁に寄りかかるワイズリーがいる。

 魔眼の瞳はただ静かに、二人を見ていた。

 

 

 その時、礼拝堂の扉が開く。

 現れたのはワイシャツにジーンズというオフの格好をしたティキ・ミックだ。沈痛な面持ちのワイズリーとは違い、良くも悪くもティキは普段のままである。

 

「死んではねぇけど、実質死んだような扱いだな」

 

「……そこに座れ。ワタシが魔眼でこの場で斯様な発言ができるおぬしの根性を叩き直してやる………」

 

「い、いや、だって…声に出さなくてもどうせバレるだろ?」

 

「………」

 

 舌打ちしたワイズリーは視線を戻した。ティキは頭をかき、部屋に入る。

 

「シェリルがロード探してたんだけどさ、知らない?「アレン・ウォーカーに唾を付けられたかもしれないのにッ!!」──って、キレてブックマンJr.に当たってたぞ。ありゃあ相当痛そうだったぜ」

 

「…ロードは棺桶の中だのう」

 

「えっ…?」

 

 ワイズリーの指差す方向には確かに、花の中からひょっこりと少女が顔だけ出して眠っている。

 よくよく見れば、黒猫の姿をしたルル=ベルもその中にいた。普段は(ヒョウ)だが、大きさからして入れなかったのだろう。

 

 奇妙なノアのすし詰めだ。

 

「本当に好きなんだな、この女のこと」

 

「ワタシが、か?」

 

「まぁ、それもそうだが、ロードもルル=ベルも……特に千年公がよ」

 

「当然だ。「家族」だからのう」

 

「……家族ねぇ」

 

 本当に()()()()()なのか、ティキの中で疑問が募る。

 

『快楽』のメモリーが言っている気がするのだ。ずっと求めて、欲する存在だと。

 

 気づきながら、それでもティキは言わない。ロードが言っていた「千年公が苦しむこと」という発言があるからだ。

 

「ジョイド」

 

「何だよ」

 

「突っ立ってるなら、寝てる千年公にかける毛布の一枚ぐらい持ってくるのだ」

 

「自分でやればよくね?」

 

 とは言いつつ、ティキは近場にあった部屋から毛布を持ってきた。

 起こさないようにゆっくりかけると、ふいに伯爵の、花を握る方とは反対の手が動いた。

 

 何か探るように動き、マリアの左手を握りしめる。

 

「………」

 

 ティキは繋がれたその手に目を細め、壁に寄りかかった。

 

「何だ、出て行かないのか?」

 

「まぁ、気分ってか……詳しくはわかんねぇけど、見ときたいっていうか…」

 

「記憶はないはずのクセに、よく言うのう」

 

「ハァ?まぁ……お前と違って転生ごとの記憶があるわけじゃねぇさ。でも()()()って感じがするんだよ」

 

「…そうかのう」

 

 ティキとワイズリーは暫しそのまま、礼拝堂の中で佇んでいた。

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 マリアは死んだ。

 

『破壊』でメモリーを壊し尽くし、死んだ。しかし最期に聞いたロードの声が、耳に残っている。

 

『ボクを置いてかないで、マリア!!』

 

 もう家族にさえも感情が動かないと思っていた。

 だが泣きじゃくるロードがこの上なく()()()()思え、最期に口を開こうとした。

 

 

 あいしてる

 

 

 あいしてるわ

 

 

 あいしてる

 

 

 しかし何度も呟こうとしても、声が出ない。

 泣いているロードに向けて何度も何度も「あいしてる」と言う。

 

 だがやはり、声帯を通ってそれが音にはならない。その間もロードは泣き続ける。

 

 全ての子供も、シスターも殺し尽くし、鮮血で彩られた教会が燃えていく中、ロードはマリアから離れようとしない。

 

 愛してると言わなければ。愛してると、愛してると言って、言って………。

 

 

 ────言って?

 

 

 このまま、愛してると言えずに死ぬ。

 

「死」への幸福感は、おぞましいほど内側から溢れてくる。

 でもそれ以上に、ロードへ「あいしている」と、たったその一言を言えないことが、今は辛い。

 

 

 あいしてる。あいしています。あいしてるわロードちゃん。みんなをあいしてる。ノアをあいしてる。わたしは、わたしは、わたしは────!!

 

 

 

 それを最期に、『聖母』の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

『イヴ』

 

 

 誰かが、そう呼んだ。

 

 暗闇の中にいたマリアが目を開ければ、そこには黄金の世界が広がっていた。体を動かすという感覚はない。

 

「イヴ」と、誰かが呼んでいる。今にも消え入りそうな声で、ずっと呼び続けている。

 

 

(せんねん、はくしゃく)

 

 

 声の方に意識を向けると、そこには夕暮れの黄金に囲まれた一本の木の下で、伯爵が泣いていた。マリアと同じように悠久を生きる千年伯爵の素顔は、青年の顔つきであった。

 

『イヴ……なぜ、なぜ死んでしまったのですか。イヴ………!!』

 

(だって、おいていった。アダムも、わたしをおいていった)

 

『イヴ……私を、置いていかないで…』

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の中で何かが弾けた。

 

 アダム、伯爵?アダム──────伯爵?

 

 

 壊れた記憶の中で辿っていくのは、アダムが『千年伯爵(メモリー)』を誰かに託している光景。

 

 その誰かは真っ黒い影の形をしており、人型だという以外は性別はおろか素顔も判然としない。その影が少しずつ霧散し、やがてアダムのみが残る。

 

 アダムの顔と、千年伯爵の顔が重なる。

 

 

(…………ちっ、ちがう、ちがうちがう、ちがう、アダムは死んだ、アダムは死んだ!!!!アダムは死んだアダムは死んだアダムは死んだ!!!!!)

 

 

 マリアは死ねない けれどアダムは死んだ

 アダムは死ねる マリアだけが死ねないの マリアだけが死ねない

 アダムは死ねるから、マリアもいつか死ねる

 

 アダムが死ねないなら、マリアは死ねない

 

 死にたいのに死ねない だから、だから、だから──、

 

 

 ────だから、アダムは死んだ。

 

 

 

(そもそもアダムは、いつ死んだの?)

 

 

 

 アダムがどのようにして死んだのか、マリアは思い出せない。

 

 アダムが死んだなら、マリアも死ねる。アダムの肋でできているイヴは、アダムの死と同時にイヴの死になる。

 

 アダムは確かに、イヴを置いて死ぬことを詫びていたはずなのだ。神を憎い、とも言っていた。

 

 確かに言っていた。それが嘘だったら、嘘だとしたら、マリアの中で「死ねない」という事実が本当になってしまう。

 

 

 だからイヴは、アダムは死んだ、と言うのだ。

 

 

 

 目の前にいたアダム(千年伯爵)は、沈む夕日と黄金を視界に入れ、「イヴ」と泣き続けた。途中からは謝りだし、その姿はとてもではないが、人類を終焉に導く悪の姿には見えない。

 

 そうして、全てに絶望したのかもしれない。

 イヴを憎んだのかもしれない。

 

 しかし消え行くアダム(千年伯爵)の内側を、マリアは感じ取った。

 それは深い、深い────、

 

 

 

 

『愛しています、イヴ』

 

 

 

 

 その場に残ったのは黄金の世界と、コーネリアの木の下に横たわる双子の子供。

 

 そして黒いワンピースを着た、壊れた女。

 

 

『…あら?』

 

 

 声のした方をマリアが見れば、そこには黒髪の女が立っていた。その女の視線の先には双子の子供がいる。

 

 女性はドレスの裾を摘みながら、慌てて駆け寄る。

 マリアがぼんやりとその光景を眺めていれば、今度は女性の瞳がマリアを捉えた。

 

『貴女はもしかして、この子たちのお母さん?』

 

 マリアは首を振る。

 女性はマリアの幼い、けれどどこか危うい何かを感じ取り、取り敢えずは家に連れて帰ることにした。

 

 近づくと、マリアの背は女性よりも高い。

 まるで少女がいきなり大人になったような、そんな妄想を抱かせるほど、女性にはマリアが不安定に感じられた。

 

『貴女、お名前はなんて言うの?』

 

『な……まえ?』

 

 さっき●●●●が、マリアを「●●」と言っていた。

 

 しかし自分の名を呼んでいたその誰かは黒く塗り潰され、思い出すことができない。

 

 そんな中、少女の声が聞こえた。

 

 

 ────ボ●を置いて●●●●

 

 

 

『まりあ』

 

 

 

 カテリーナは「そうなのね」と、マリアに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ⚫︎⚫︎⚫︎

 

 

 マリアが目を開ければ、目の前には白い空間が広がっていた。

 

 ベッドの上の体を起こせば、そこが『聖母』の“ゆりかご”なのだと知れる。

 

「………」

 

 手を握ると、そこには感触がある。だが現実の感触とは少し違う。少なからずワイズリーといた時とは違い、今は精神だけがこの場に存在するのだろう。

 

 確か精神はアポクリフォスに攻撃され、壊れてしまったはずだ。

 

「……よくわからない状況だな」

 

 考えても答えは見つからず、ひとまず起き上がろうとして何かを蹴った。

 

「!?」

 

 ベッドの隅に逃げた後、恐る恐る目を開ける。すると長い黒髪が見えた。青年が頭だけベッドに乗せるようにして寝ている。

 その顔はネアとよく似ていた。

 

「マナ……?」

 

 幼少期の面影がある。何よりこの顔は、千年伯爵の()()()に似ている。

 

「……ぁ」

 

 そうだった、と彼女は荒くなる呼吸を必死に抑える。

 千年伯爵はアダムだった。長い間封印していた『聖母』のパンドラの箱が開かれてしまった。

 

 冷静さを取り戻すまでにかなりの時間を要し、マリアは眠る青年を叩き起こした。

 

「おはよう!!!」

 

「………痛ッッ!!?」

 

「おはよう!!!」

 

「え?僕は……えっ?」

 

「おはよう〜〜〜!!!」

 

「あ…おはようございます……?」

 

「よろしい」

 

 マナは目の前の女が「マリア」だと知ると、余計に混乱した。彼女はネアに殺されたはずだった。

 そもそも彼は『千年伯爵』のメモリーに犯され、その精神はとっくの昔に壊れてしまったはずだ。

 

「わたしのことはまぁ、死に損ないだと思ってくれればいいわよ」

 

「ぼ、僕は『千年伯爵』になってしまったはずで……」

 

「あぁ。それは知ってるよ。アレンって子を宿主にして復活しそうなあの子から聞いた」

 

「え、ネアが……?というか、「アレン」ってもしかして…」

 

「あなたの知る子供で間違いないわ」

 

「………そう、ですか」

 

 マリアは一つ、気になっていたことを尋ねる。アレンのことについて思い悩む様子の青年に。

 

「わたしが死んだ後、あなたたち二人はどうなったの?」

 

「……『破壊』を手に入れたネアは、()()()()に、僕を殺そうとしました」

 

 マナはなぜか、少し照れくさそうに言う。

 完全な『千年伯爵』になる前に、ネアはマナを殺そうとした。

 

 

 それはネアが、マナが『千年伯爵』となりネアを殺せば、マナ自身が傷つくとわかっていたから。

 

 ゆえに『千年伯爵』を守ろうとするノアと敵対して、二人で逃げて逃げて────結局最期は、マナがネアを殺してしまった。

 

 そうして、『千年伯爵』は再び息を吹き返した。

 

 

「ネアは僕らの運命を生み出した『聖母』を恨んでいましたよ。『聖母』が死ななければ、『千年伯爵』も消えなかったって。でもそれがなかったら、「ネア」と「マナ」が生まれなかったのも事実だって、苦い顔して僕に言ってました」

 

「………そっか」

 

 どこか儚い笑みを浮かべた女は、頬をかいた。その手を見たマナが息を飲む。

 

 白い手は、うっすらと消えかかっていた。

 

「あな、たは……」

 

「おっと、タイムリミットが近づいてる感じかな。そろそろあなたも出て行きなさい。つーか兄弟揃って無断で人のメモリーに侵入して来んじゃねぇよ」

 

「あなたそんな感じでしたっけ!?」

 

「キャラがブレるのはしょうがないでしょ。自分のあるべき姿(キャラ)に迷う。まるで人生みたいね」

 

「いいことを言ってるんだか言ってないんだか、微妙なこと言いますね…!!」

 

「ネア共々ツッコミ役か。バランスが悪いじゃない。あなたがボケになりなさい」

 

「そんなこと言っている間に僕の方がどんどん消えてるんですけど!?」

 

「ねぇ、マナ」

 

 優しい声色で、瞳を細めた女は言う。

 

 

「アレンとネア、どちらも大切なのは分かりますが、そのせいでアレンが苦しんでいるということを、ゆめゆめ忘れないでくださいね」

 

「っ……」

 

「それを「罪」と呼ぶのなら、まだあなたが消えない────「生」にしがみつく理由になるでしょう」

 

 彼女が手を振った後、少し泣きそうな顔をしていた青年の精神が消えた。

 

 

 

 

 

 部屋に残されたのは彼女一人。

 

 マナが入って来たのは驚きだったが、彼が千年伯爵(アダム)ならばここに入ることができるのも不思議ではない。本人にそんな意思はなく、偶然入ってしまっただけかもしれないが。

 

 右手はすでに消え、両足も薄れている。

 

(ようやく……か)

 

 ベッドに横たわると睡魔に襲われる。

 

 ようやく、ようやく聖母(彼女)が待ち望んだ悠久の終わりが訪れる。アポクリフォスに突貫したのも、無意識にメモリーを破壊されることを望んだからかもしれない。

 

(でも何か………何か、忘れている気がする)

 

 だんだんと脳みそが溶けていくような生ぬるい感覚が体の中に広がり、その溶けたものがシーツに染み込むように意識が沈んでいく。

 

 微睡の中で、“死”が歩み寄ってくる。

 

 

「マリア」

 

 

 声が聞こえた。

 彼女が重たい瞼を開けると、そこには泣きもせず、ただ真っ直ぐに彼女を見つめる少女の姿がある。

 

「えっと……」

 

 名前が思い出せない。

 マリアにとって、その少女はとても大切な人だったはずなのに。

 

 大事な、大事なナニカ。

 触れて、抱きしめて「●●●●●」と言わなけれならない。

 

 いや、言いたいのだ。心の奥底から湧き出るこの感情を伝えたい。

 

 彼女は涙を流して少女に手を伸ばした。透明なその手ではしかし、少女に触れることは叶わない。

 

 

「マリア」

 

 ────ちゃ、ん

 

「マリア」

 

 ────ちゃん…!!

 

 

 透明になっていた手が、輪郭を取り戻していく。

 

 触れて、見て、そして言って欲しい。

 

 

「よんで」

 

「……?」

 

「わたしをよんで、わたしをみて。わたしは………わたしはここにいるの。わたしは「生」きて、この世界にいるの。ここに、ここにいるの」

 

 

 ただ自分を見て、そして名前を呼んでくれたら、彼女はそれだけでいい。

 

 それ以上、何もいらない。

 

 誰かに見てもらえなければ、誰かに呼んでもらえなければ、この世界にいないのと同じだ。

 透明人間じゃない。死にもせず「生」き続けているからこそ、己の存在を認めてもらいたい。

 

「生」は誰かに触れられてこそ、真に花開く。

 

 

 

「イヴ」

 

 

 

 少女がそう言うと、イヴは嬉しそうに笑った。

 手を握ったロードは、少女の姿になった女を抱きしめる。

 

 

「もういい。もういいんだよ、イヴ。いっしょに帰ろう。

 

 千年公もね、ワイズリーもティッキーもルルも、みんな待ってるよ。ボクらが嫌いなら、殺してもいいから。それでも…それでもボクらは、イヴといたい。

 

 ……ごめんね、ごめんね。いっぱい壊れるまでひとりぼっちにして。ずっとずっと、ボクらはイヴを見てあげられなかったんだ。ただの()()()()()を、見てあげられなかった……!!」

 

 

 謝り続けるロードの頭を、イヴは優しく撫でた。

 彼女はどこか困ったように笑っている。

 

 ロードは鼻を啜ると、弱々しく彼女の手を引っ張る。

 

 イヴはベッドに座ったまま、立ち上がろうとしない。まるで何かの言葉を待っているように。

 

「イヴ」

 

 その言葉に、ゆっくりと彼女の顔が上がる。

 

 

「いっしょに、生きよう」

 

 

 それにイヴは目を丸くし、そして一筋の涙を流して笑った。

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

「………?」

 

 鼻腔をかすめる花の香り。

 それに重い瞼を開け、伯爵は周囲を見回す。

 

 彼はそこで自分が礼拝堂にいたことを思い出した。部屋の隅ではワイズリーとティキが仲良くそろって眠っている。ワイズリーは床に転がり大の字に。対してティキは体を壁に預け、天井を仰ぐようにして寝ている。長い足が窮屈そうに折り畳まれていた。

 

「………」

 

 懐かしいような感覚に、伯爵は目をこする。長い夢を見ていたような気がする。夢の内容こそ覚えていないものの。

 その時彼はふと、握っていたはずの手がないことに気づいた。

 

 焦燥が募る。あの手を離してはいけない。繋いでいなければどこかに行ってしまう。

 

 その真意は伯爵にもわからない。ただ本能に従って、棺桶の中にあった手を握り直す。

 すると、強く()()()()()()

 

 

「…マリ、ア?」

 

 

 黒いワンピースを身に纏った少女が、じっと伯爵を見つめている。

 肌は暗闇の中で青白く見える。それと紅を塗ったかのような唇と、深紅に濡れた瞳。

 

 長い髪は少女が座っている状態で、花の中に埋もれている。

 

「おいで」

 

 少女はそう言い、微笑む。

 伯爵はようやく少女の姿が、幼いマリアの面影と似ていることに気づいた。

 

 ポロポロと彼の瞳から涙がこぼれる。伯爵が小さな体を潰さないように抱きしめると、少女の手が大きな背中に回る。

 

「相変わらず泣き虫だなぁ」

 

「マリア、マリア……!!目が覚めたのですネッ……!」

 

「あはは、あんまりギュウギュウされると潰れちゃうよ」

 

 少女は地べたに座り、猫背になっている伯爵の頰に触れて、薄い髭を撫でる。

 

「……壊れちゃったねぇ」

 

「…?何がデスカ?」

 

「ううん、何でもない。何でもないの………千年公」

 

 密着した体からは、双方の心音が届く。

 体を心配してくる伯爵の言葉を聞き流し、少女はその音に耳を澄ませた。

 

「わたしは聖戦を終わらせるために生まれたんだ、千年公」

 

「知ってマス」

 

「千年公はわたしのイノセンスを壊したし、マリス=ステラの街を襲った。シスターの悲劇も作り出した。そしてわたしは彼女を殺して……まぁ、たくさんあったなぁ」

 

「…何が言いたいのデスカ?」

 

「ふふ。それを全部ひっくるめて、「ごめんね」を言うのはわたしの方なのよ」

 

 少女の意図が分からず、伯爵は首を傾げる。

 千年公の様子に、もうアダムが直ることはないのだろう──と思いながら、マリアは目を開けた。

 

「今度は、今度こそ一緒にいます。あなたが世界を終焉に導く姿を、見守りましょう。そしてネアと伯爵────二人の運命をわたしが見届けます」

 

「マリア…」

 

 少女の肌が褐色に染まり、額に一つの大きな聖痕が浮き出る。

 黄金の瞳が仄暗い闇の底で輝いた。

 

 

 

「わたしはEve(イヴ)Maria(マリア)────『聖母』のノア。

 

 

 神さまが嫌いな、愚かな人間だよ」

 

 

 

 すでに日は傾き、空には満天の星がのぞいていた。




日は昇り、そしていずれ沈むと月と共に星空が覗く。

マリス=ステラ_______()()はこの世界の行く末を見つめている。
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