ラブストーリー   作:まなぶおじさん

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四話

 

 一年目 A月Z日

 今日から日記をつけることにした。それもこれも、これから始まるであろう長い戦いに備えてだ。

 こうして足跡を残していけば、改善すべき点も容易に見直せるし、過去の成功体験を読んで自分を励ますこともできる。

 

 さくらさんをアイドルにするからには、自分もそれ相応のスキルを身に着けなければならない。それらを習得することは、決して楽な道ではないだろう。

 それでも僕はやる。僕を生き返らせてくれたのは、間違いなくさくらさんなのだから。

 

 

 一年目 A月B日

 改めて、マスターに会いに行った。まずは、今後のことについて話し合わなければならない。

 マスター曰く、「死体なら俺に任せろ、それ以上は聞くな」とのことだ。今になって、自分の行おうとしていることが恐ろしく感じるが――

悔いなんてない。僕はさくらさんと出会えなければ、死んでいるも同然だったからだ。

 

 

 

 

屋敷に関してだが、住心地は良さそうだ。若干じめじめしているが、外道には相応しい場所だろう。

 

それよりも特記すべきは、地下牢でさまよっていた女ゾンビについてだ。マスター曰く「あいつは戦乱の中で生まれたんだが、尋常じゃない

生命力で時代を駆け巡ったのさ。まあいろいろあって、結局は死んじまったんだが」とのこと。

生命力溢れる彼女を媒体にすれば、他人を蘇らせることが可能なのだという。

 

鉄格子越しに彼女のことを眺めてみたが、自我らしいものはあまり感じられない。積極的に襲ってくる気配もないのだけれど。

 

それに関しては、「時代が古すぎて、さすがに完全蘇生には至らなかった」とのことだ。

 

「じゃあ、彼女を蘇らせたのも?」

「まあな」

「なぜ?」

「……恩人を、永遠のものにしたくてな」

 

 そして次に、さくらさんをどういったアイドルにしたいか、それをマスターに話した。

 生前のさくらさんは、アイアンフリルのような、誰かを笑顔に出来るようなアイドルになりたいと言っていた。

 アイアンフリルは、複数の女の子メンバーで構成されたアイドルグループだ。扱っている音楽ジャンルは多岐に渡り、そのどれもがポジティブシンキングな曲調になっている。

 まさに、さくらさんにピッタリだ。

 ……問題は、どこの事務所を通してさくらさんをアイドルにするか、ということなのだが――僕が新たに、事務所を立てることにした。

 

 そうだ。僕は将来、立派なアイドルプロデューサーになってみせると誓った。

 無謀かもしれないが、さくらさんをアイドルに仕立て上げるにはこれしかない。何せさくらさんは、死んでしまったのだから。

 ……誰が、死者をアイドルにしたいと考えるだろう。そもそも、アイドルになる為の手続きすら不可能だ。

 そう、普通なら。

 でも僕は、普通じゃない。

 だから、ゾンビアイドルグループを結成しようと考えた。

 

 話を戻す。

 アイアンフリルとは、複数人のメンバーで構成されているアイドルグループだ。だから、さくらさんをソロで動かすつもりはない。

 あと五人か六人、それぐらいのメンバーを追加することになるだろう。もちろん、さくらと同じ死者を。

 ――僕はひどい男だ。本当に自分勝手な動機で、たくさんの命を弄ぶことになるのだから。

 だが、もう迷わない。甦った命とは、真正面から向き合う。絶対だ。

 

 メンバーの選考に関してだが、ぜひ「実績」のあるメンバーと組ませたい。それはアイドルだったり、ダンサーだったり、芸能人だったり……あわよくば、一流の人材が望ましい。

 未経験者一人、その他メンバーは経験者だなんて、実に都合が良すぎる構成だと思う。しかし蘇生術ならば、それが出来てしまうのだ。

 万が一、そうしたとして――意見の相違だとか、喧嘩だとか、そういったものは必ず起こりうるだろう。

 だが僕は、絶対に見捨てない。さくらさんのみならず、その他のメンバーも。そうやって接することこそ、ネクロマンシーの義務だ。

 

 ここまでは、「さくらをアイドルに、ひいては他のメンバーだって輝かせる」と書いた。

 しかし他に、僕にはやるべき使命がある。

 それは、サガという世界を救うこと。

 

 僕は、サガが好きだ。だからこそ、寂しさが目立ってしまっていることもよく解っている。

 そこを、「ご当地アイドル」の力で少しでも活性化させられたら。僕は、そう閃いた。

 サガは、僕に余裕をもたせてくれた場所だ。飯はうまいし、穏やかな人が多いし、何よりさくらさんと巡り合わせてくれた。

 ――僕は、神など信じていない。だから、外法も使う。

 けれどサガ人として、サガには申し訳ないと思っている。

 だから僕は、さくらさん達を蘇らせる代償として、必ずやサガを救うと決めたのだ。

 

 サガという世界がより良くなれば、さくらさんは生前よりも楽しく生きていけるだろう。

 

 話し終えた時、マスターからはこう言われた。「壮大な計画だが、名前とかはねえのか?」と。

 少し考えて、ゾンビランドサガプロジェクト、ということになった。

 

 

 一年目 A月V日

 僕は変わらなければいけない。さくらをプロデュースするからには、様々なことを学ばなければならない

 まずは性格、これは絶対に治さなければならない。こんなにも口下手で、こんなにも無表情では、交渉すらもままならない。

 次に、時流を読む力を養わなければならない。求められる音楽、衣装、振り付けなど、時代とミスマッチしていては売れるものも売れない。

 次に、音楽に関しての知識。これに関しては、音大に入って猛勉強をすると決めた。学ぶべきは作詞作曲、非常にハードルが高いが――やる、必ずやる。僕はさくらさんをアイドルにしたいんだ。

 

 気の早い話になるが――たぶん、大学を卒業した時こそ、親とは永遠に別れることになるだろう。

 僕のような外道に、乾家を名乗る資格などないからだ。

 父さんと母さんにだけは、こんなことに巻き込みたくはなかった。

 

 あとは車の免許を取ることぐらいか。バイトをして、資金も蓄えておかなければ。

 ――これらをマスターに伝えたところ、

 

「……ゾンビ丸出しのままで、人様の前に出せると思っているのか?」

 

 僕の口から、「あ」が漏れた。よく覚えている。

 

「まあ、策はあるぞ。あれだあれ、化粧、あれでどうにかなるんじゃねえのか?」

 

 それは、葬式においても執り行われるものだ。

 それをより、本格的にしたものとなると――特殊メイクの域に入るだろう。

 

 性格の矯正、世間への関心、作詞作曲、特殊メイク、そして「術」への理解――これは、思った以上に長くなりそうだ。

 だが、僕はやる。

 

 

 一年目 B月Z日

 音大に入りたい、これを両親へ告げるのにはかなりの時間がかかった。

 当然だ。それを口にしてしまえば、自分は二度と、両親とは顔向けできなくなるのだから。

 もしも両親が、放任主義者だったらと思う。冷酷だったら、と思う。

 けれど両親は、こんな僕のことを息子としてずっと見守ってくれた。無口で暗かった僕に対して、どこまでも優しく接してくれた。

 予想はしていたのだ。何の突拍子もなく「音大へ入りたい」と言っても、受け入れてくれるのではないかと。

 

 結果は、予想通りだった。

 父は「そうか」と笑い、母は「素敵な目標じゃない」と喜んでくれた。お金も、出してくれるらしい。

 このページには、栞を挟んでおく。

 このページをめくった後は、僕はもう迷わない。いや、迷うことすら許されないだろう。

 

 

 一年目 G月Z日

 音大へ向けての勉強が、今日も続く。

 音楽に関してはド素人で、前までは興味もなかったからこそ、とてつもなく難しい。

 けれど僕は、やる。さくらさんをアイドルにするために。

 

 

 一年目 G月Y日

 さくらの死から、数日が過ぎた。

 最初は陰りのあったクラスも、徐々に笑みが漏れ始めている。現実を受け止められているのだろう。

 対して僕は、今日もさくらさんの為に生き続けている。

 悔いなんてない。

 

 

 一年目 J月Z日

 勉強も大切だが、流行りを追うのも重要だ。

 だから僕は、勉強を行いながらもテレビを見る。主に、学校で話題になっている番組をだ。

 とくに視聴している番組は、「恋愛物語」という大人気恋愛ドラマだ。曰く「主題歌がいい」とか、曰く「脚本がいい」とか、とにかくポジティブな意見が目立つのだが、その中でも特に評価されているのは、

 

「あのドラマ見た? 『恋愛物語』っていうの。あの星川リリィって子、超可愛いよね!」

 

 その意見には、納得せざるを得ない。星川リリィという子役は、とにかくこうすごい。

 感情表現とか、表情の出し方とか、とにもかくにもすっごいのだ。これで九歳だというのだから驚きだ。

 なるほど、これは確かに話題になる。

 

 

 一年目 K月Z日

 アイアンフリルのライブが、このサガで開催されるらしい。

 見逃せなかった。アイアンフリルのことは常日頃からチェックしているが、やはり生の体感以上に有益な情報はない。

 どうして彼女たちがトップとして君臨できているのか、それを見極めよう。

 そして何より、どうしてさくらさんが彼女たちに――水野愛のファンになったのか、それを知りたい。

 ライブが当たるかどうかは分からなかったが、やるしかない。自分の幸運を信じよう。

 

 

 一年目 L月Z日

 あたった。

 ぼくすごい。

 

 

 一年目 G月L日

 遂に明日はライブだ。何だかどきどきする。

 勉強もいいが、こういうのも良いものだ。

 ――やっぱりさくらさんは、人を変える力がある。

 

 

 一年目 G月S日

 信じられないことが起こった。

 水野愛が、落雷に打たれた。

 

 ――数分後、

 

 一年目 G月S日

 ようやく目を覚ましてきた。

 なるだけ、詳細を書く。

 

 ライブ当日ということで、僕は会場へ出向いてみたのだが――若い男性はもちろん、年配の人、少なくない女子、更には老人まで、年齢を問わずにアイアンフリルを今か今かと待ち続けていたのだ。

 あまりの熱気に、文字通りくらくらしてしまった。

 そして実感した。アイアンフリルは、トップアイドルだと。

 そして数分後に、アイアンフリルのライブが始まった。

 花火のように弾け飛ぶ歓声、それに応え続けるアイアンフリルの歌声、枯れることを知らないダンス、遠目でもわかる逞しい表情達――いまでも思い出せる。ライブ中だというのに、「またライブがあったら行ってみたい」とすら考えていた。

 

 そしてライブ中に、雨が降ってきた。

 けれどもアイアンフリルは、決して舞うことをやめはしない。むしろ、水を浴びて体が躍りだした気配もあった。

 そんなアイアンフリルの姿を見て、雨に打たれるというシチュエーションに舞い上がって、観客達も盛りに盛り上がっていった。僕もつい、声を上げてしまったものだ。

 数々のナンバーが唄われていって、音と声が絶えずに響いていくなか――屈指の人気曲が、会場全体に轟いた。

 イントロと同時に大爆発を起こす観客、さくらさんのことを思い出す僕、雨に濡れながらも己を表現していくアイアンフリル。会場と、人と一体化したのなんて初めてだったが、あまりにも心地よかった。

 これがライブなのだと、この時の僕は思い知ったものだ。

 

 鳴り止まぬ歓声をよそに、最後の曲が終わりを迎えていく。あと少しで、この世界が終わってしまう。

 ライブの高揚に飲まれたままで、僕は水野愛の行く末を見届けていって、

 水野愛が、会場を真っ直ぐに駆ける。そして、天を貫かんと腕を突き出し、雨を払わんと顔を太陽のように輝かせ――

 水野愛は、落雷を受けた。

 こうして文字にしてみると、あまりにも荒唐無稽だと思う。

 けれど、あの時の光は、沈黙は、匂いは、今でもはっきり思い出せる。

 

 会場内は、それはもうひどいことになった。悲鳴が乱立し、逃げ出そうとする者も現れ、嘔吐する人もいた。

 そんな中で、僕は比較的、冷静に突っ立っていられていたと思う。

 そして水野愛には申し訳ないが、僕はこう考えてしまっていたのだ。

 さくらさんが、この場面を目にしなくて良かった、と。

 

 

 一年目 U月Z日

 水野愛が死んだ。

 そのニュースをテレビで知った時、僕は、とてもおぞましいことを真っ先に考えてしまった。

 なるほど。僕には、こういう「素質」があったらしい。

 

 

 二年目 G月Z日

 高校三年生になった今でも、やっていることはほぼ変わらない。

 音大へ向けて勉強を重ね、テレビを見て流行りを把握し、週末はマスターから「術」を学ぶ。本当にこればかりだ。

 もちろん、自分を磨くことは大切だ。諦めるつもりもない。

 けれどやっぱり、自分にとって一番大切な習慣とは、挨拶をかかさないことだ。

 何かが動けば、おのずと周囲に影響が及ぶ。ここ最近は、周囲から善く評価されるようになった。

 良い傾向だ。魅力がなくては、プロデューサーにはなれない。

 

 

 二年目 Y月Z日

 今日、クラスメートから「おはよ、乾」と声をかけられた。

 対して俺は、「おはよう」と笑って返す。そしてそのまま、昨日見たドラマについてあれこれ話し合うのだ。

 

 僕に友達が出来たのも、はきはきとした挨拶をし続けたからだ。

 だから、僕は認められた。

 さくらさんの言うことは、まちがいなく正しかった。

 

 

 二年目 X月Z日

 テレビを点けてみると、必ずといってもいいほど星川リリィがよく映し出されている。

 やはりというか、リリィには人を魅せる何かがあるのだ。オーラというか、カリスマのようなものなのかもしれない。

 天才子役と謳われているが、異論はない。あと1チャンネルで全チャンネルゴールデン出場達成と聞くし、本当にすごい女の子なのだろう。

 

 

 二年目 G月Z日

 今日は術の練習だ。

 これは、勉強をするよりも遥かに難しい。覚えることがあまりにも多すぎる。

 けれど、それは当たり前のことなのかもしれない。何せ蘇生術だ、これが簡単であって良いはずなどない。

 おそらく、甘く見ても三年以上はかかるだろう。

 だが、諦めるつもりはない。

 

 

 二年目 K月Z日

 さくらが亡くなって、一年以上が経過した。

 皆、さくらのことを話題にしなくなった。誰もが今のことを、そしてこれからのことを話し合っている。

 対して自分は、あの日から死んだままだ。

 そう、思いたいのかもしれない。

 

 

 二年目 U月Z日

 アイアンフリルのライブが、今年も開催された。

 最初は中止も考えられたのだが、「水野愛のために」というアイアンフリルの意向によって、通常通りにライブを行うことになったのだとか。

 もちろん、雨天中止という条件付きで。

 

 もちろん、今年のライブにも参戦するつもりだ。さくらさんが憧れた彼女たちの姿は、ぜひとも見届けたい。

 ただそのためには、高倍率のチケットを当てなければいけないわけで――あたった。おれすごい。

 

 

 二年目 R月Z日

 そんなわけで、ライブに行ってきた。 

 会場は晴天そのもので、雨雲の気配なんてこれっぽーちも見えやしない。これで、余計な心配はせずに済む。

 

 アイアンフリルがステージに立つ前に、会場内では静かに声が漏れあっていた。

 盛り上がりとは違う、どこか遠慮めいた雰囲気に、自分は「だよな」と察したものだ。

 老若男女問わず、誰も彼もが水野愛について語り合っていた。ある者はため息をつき、ある者は一昔のように思い起こし、ある者は涙を流している。

 無理もない。あの事件はあまりにも唐突で、ひどいくらい衝撃的だった。

 

 そうして、アイアンフリルがステージ上で、横一列に並ぶ。今は新メンバーが加入されていて、活動する分には何の問題もない。

 ――そして、リーダーらしいメンバーがマイクを握りしめた。

 

「今日は来てくれて、みんなありがとう。――水野愛のことは残念だったけれど、彼女の分まで、私達は輝きます」

 

 いつまでも、死を引きずるわけにはいかない。

 人間として、あまりにも正しい選択だった。

 

「けれど、でも、これだけは言わせてください」

 

 それでも、いなくなった人のことを想い続けたっていい。

 

「水野愛は、不動のセンターですッ!」

 

 リーダーの隣には、人一人分の空白が空いていた。

 そこは、ステージの中央。

 

 会場内の観客達は、その言葉で全てを受け止めることにしたのだろう。誰もが声を上げ、誰もが拍手をし、誰もが水野愛の名前を叫んでいた。

 みんなは、死と乗り越えようとしている。

 対して僕は、死と向き合ったまま。

 それは、よくないことなのだろう。それはわかっている。

 けれど、やめられそうにはない。

 

 アイアンフリルのライブは、それはもう盛大に盛り上がった。

 曲が始まるたびに、メンバーたちはステージ上で踊りに躍る。そんな生き様を魅せられて、観客達も活き活きとコールし続ける。

 僕だって、そりゃあ合いの手は打った。だって相手はあのアイアンフリルだから、さくらさんが憧れたアイドルグループだから。

 

 帰った後は、泥のように眠った。何やかんやで、楽しかった。 

 

 

 二年目 E月Z日

 冬が過ぎて、音大の試験日が間近に迫ってきている。

 勉強のかいあって、大体のことは覚えた。鼻歌混じりで、ちょっとした音楽を作ることも時折。我ながら、上手くいっていると思う。

 そして周囲からは、よくよく応援されるようになった。それもこれも、笑顔で挨拶をするようになったからだろう。

 絶対にそうだ。

 

 

 三年目 T月Z日

 試験日前日。僕はいつもよりも早めに、眠ることにした。

 やるべきことはやった。

 

 

 三年目 I月Z日

 合格した。

 友人達からは背中を叩かれ、親は数年ぶりに泣いて、僕はただただ笑っていたと思う。

 涙は、流せなかった。たぶん、尽きてしまったのだろう。

 

 

 三年目 Y月Z日

 無事に高校を卒業して、音大のある都会へと引っ越した。今日から寮生活になる。

 あまりサガから離れたくはなかったのだが、仕方がない。これもゾンビランドサガプロジェクトのためだ。

 とはいえども、サガの料理が恋しくなることもあるだろう。だから僕は、ソウルフードであるサガ産イカゲソを大量注文しておいた。

 ――それにしても、だ。

 初めての都会は、サガよりもあまりに賑やかで、どこにでも人がいた。慣れるまで、少しばかりの時間がかかるだろう。

 

 この期に、今日から本格的に特殊メイクの勉強をしてみようと思う。

 少し情報を集めてみたが――やっぱり、メイクも奥が深い。そう簡単に、マスターなど出来るはずがないだろう。

 だが、今はネット全盛期だ。少し検索してみれば、プロの手によるメイクメイキング動画が簡単に見つかってくれる。良い時代になったものだ。

 

 

 三年目 U月Z日

 音大に入学して、数日ほどが経過した。

 ここでひとまず、軽く出来事をまとめてみようと思う。

 まず音大についてだが、やはり専門知識を得られるのは非常に大きい。おかげで、ノートはもう真っ黒だ。

 いくつかの歌詞、曲も作ってみたが、講師はそれらを冷静に評価してくれる。やはりまだまだだが、講師からは「乾さんは、とても生真面目ですね。それでいて曲への執着も強い。素晴らしい」と言われた。この姿勢は、絶対に崩さないつもりだ。

 

 次に、大学で友人が出来た。

 プロデューサーになろうとしている身だからこそ、この出来事はとても嬉しい。他人と接することが出来ないようでは、プロデューサー業はままならないからだ。

 時には音楽について意見交換して、時にはテレビの話をして、時にはハメを外す。自分はようやく、普通の男になれたのだと思う。

 いつかは消えてなくなる日々だけれど、今だけは、この瞬間をじっくり噛み締めよう。他人と感情を分かち合えないようでは、プロデューサーになる資格はない。

 こんなふうになれたのも、すべては、笑顔で挨拶を交わしてきたからこそだ。

 

 次に、特殊メイクについて。

 ここ最近は、表面を荒くしたマネキンにメイクを施してはSNSにアップし、「どうですか」と評価を促している。

 やはりというか、アラが見え見えなのだろう。「これがぁ?」とか「何それ」とか、辛口な評価が届くことが多い。そして、必ず少なからず「このサイトが参考になると思います」とURLを貼ってくれる者が現れたり、「これからに期待」と言ってくれる人もいた。

 そう、「必ず」だ。

 世の中は、そんなに悪くはない。

 

 次に、最近始めたバイトに関して。

 何をするにしろ、とにもかくにも金は必要だ。なので今後の為に、自分は接客に関わるバイトを始めた。

 接客業を選んだ理由は、とても口下手な自分と決別する為だ。

 知り合い相手ならともかく、赤の他人となると、つい口ごもってしまう。こうしたつまづきは、交渉するにおいて非常に不利なものであるはずだ。

 

 どんな相手だろうと、堂々と接し、口を開く。自分にとっては、これが本当に難しい。

 それもこれも、今の今まで他人に無関心であったせいだ。ツケがここにきてやってくるとは、悔やみきれない。

 けれど、やるしかないのだ。

 僕はプロデューサーになって、さくらさんをアイドルに仕立て上げたい。彼女の笑顔を、もう一度見たい。今度こそ、彼女を幸せにしたい。

 そのためなら、どんな道だって歩んでやる。

 

 次は、術について。

 これに関しては、月末にサガへ帰ってはマスターの元で練習を繰り返している。

 習得するのには、まだまだ時間がかかりそうだ。けれどマスターは、いつまでも自分のことを待っていてくれている。

 思うと、あの人はいくつなのだろう。たぶん、答えてはくれないだろうけれど。

 

 

 三年目 I月Z日

 高校時代と比べて、誰かと話す機会がとても多くなった。その為か、口も表情もよく動いてくれている気がする。

 よく話す友人はだいたい五人ほど、特に元ゆり(はじめゆり)という女性とは、頻繁に会話を交わし合う仲だ。

 ゆりとの馴れ初めは、「アイアンフリルが好き」という何気ない一言から。それで意気投合して、今となっては音大仲間として付き合えている。

 都会っ子らしく、ピアスやマニキュアといったお洒落を違和感なく着こなせている。今風の音楽にも詳しいようで、彼女の知識には何度も助けられた。

 そのたびに彼女は、「いいってことよー」と笑ってくれるのだ。

 

 

 三年目 P月Z日

 あの星川リリィが、遂に全チャンネルゴールデン出場を果たした。

 いつかやると思っていたが、ずっと先のことだと思っていた。いやはや、彼女は伝説だ。

 これから先も、リリィはテレビで活躍し続けるのだろう。まだ幼い女の子だというのに、よく体力があるなあと感心してしまう。

 

 

 三年目 R月Z日

 今日は早めに帰ろうと思ったのだが、友人からの誘いですっかりこんな時間に。

 けれど、「まあいいか」と思っている。人付き合いは、プロデューサーの基本だ。

 だいたいはCD屋に寄って、適当なCDを買ってはぶらつくことが多い。今日はゆりも一緒で、インストゥルメンタルを三枚ほど買っていた。

 ゆり曰く、「歌のない音楽って、結構凝ってるよ」とのこと。なるほど、歌に合わせなくても良いからか。

 ならばと、僕もインストゥルメンタルを買おうとしたのだが、どれがおすすめか全くわからない。

 そこでゆりが、定番のCDを差し出してくれた。これも友人付き合いあっての恩恵だ。

 

 

 三年目 I月Z日

 せっかくの休日ということで、みんなを映画に誘った。いわゆるリバイバルものだったのだが、皆はたいへん満足してくれたようだ。

 男友達は「よく知ってたな、この映画」と言い、ゆりからは「渋いね、乾君」と感心された。よし。

 ここ最近は、面白そうなスポット等があれば、率先して友人たちを誘うことにしている。思い切りの行動力、今すぐやるという決断力もまた、プロデューサーにとってなくてはならないものだからだ。

 最初こそ不安だったものの、自信を持って、絶やさずに笑い続けていれば、友人たちは快くついてきてくれた。同じ音大出身ということもあって、趣味も合いやすかったし。

 その中でも、ゆりは別段と良い反応を示してくれる。「今日もありがと、乾君」なんて言われれば、プロデューサーとしての自信がついてくる。

 

 

 三年目 N月L日

 今回の作詞は、中々上手くいったと思う。自信を持って提出してみたところ、講師も高く評価してくれた。

 それだけでも十分だというのに、講師は「あなたのような生真面目な生徒は、数年ぶりですよ」とまで言ってくれたのだ。

 それは確かに、否定はしない。何せ自分の中には、一生消えない未練がぽつんと佇んでいるのだから。

 このことを友人たちに報告したところ、盛大に祝われた。ゆりからは、よかったねーと褒められた。

 

 

 三年目 Y月Z日

 今日はアイアンフリルのライブだ。チケットはやっぱり高倍率で、ゆりは「行けたらいいねー」と言っていたが――二人分を獲得して「っしゃー!」と喜んでいた。

 

 そうしてライブが開催されたが、今年は水野愛への冒頭はなし。ステージの中央部も、リーダーで埋まっていた。

 それでいいのだと思う。死を振り返らないことは、決して悪ではない。

 ただ、水野愛の持ち歌が演奏された時は、水野愛の「これまで」が巨大モニターによく映し出されていた。

 誰かが、愛と絶叫した。誰かが、声にならない声を上げた。ゆりは、泣いていた。

 僕は、さくらさんのことを思い返していた。

 

 ライブが終わった後は、ゆりとライブについてゆっくり語り合った。「泣いちゃった」と苦笑して、「いいんだよ、それで」と返事をしたっけ。

 何でもないこのひと時を、今のうちに噛み締めよう。

 

 

 三年目 E月S日

 年もそろそろ明けようとしている最中、とんでもないニュースが流れてきた。

 あの星川リリィが、突如として亡くなったというのだ。原因は精神性ショック、らしい。

 活躍は追っていたから、とても残念だと、そう思った。

 そして「すぐに」、おぞましいことを閃いてしまった。

 もう、癖になってしまっているのかもしれない。

 

 

 四年目 Y月Z日

 せっかくの年明けということで、今は実家でのんびりと過ごさせてもらっている。やっぱり、サガは良いものだ。

 その間にも、僕は色々なものを食べさせられている。カロリーを過剰にとらされているのがよく分かるが、まあ、親なりの気遣いなのだろう。

 そしてそれが、今はありがたい。

 今だけは計画を二の次にして、親に甘えることにする。

 

 

 四年目 L月Z日

 大学が始まって、数日ほどが過ぎた。

 作詞作曲の方は、割と上達していっている。

 

「あなたの素晴らしいところは、様々なジャンルに挑戦する姿勢そのものです。……実のところ、楽しみにしているのですよ。あなたの奏でる音楽を」

 

 講師からの評価も良いみたいだ。

 けれど、慢心は禁物だ。自分は、サガに通じる音楽を作らなければならないのだから。

 

 特殊メイクの方だが、こちらはまずまずといったところだ。いきなり始めたようなモノだから、仕方がないといえば仕方がない。

 

 

 四年目 D月Z日

 気づけばもう秋だ。今日も今日とて、プロデューサーになる為の修行は続く。

 バイトの方も上手いこと長続きしたお陰で、資金がかなり溜まってきた。汗水垂らしたかいがあった。

 どうしたものかねと、帰宅している最中に――軽トラが、僕の横を通り過ぎていった。

 瞬間的に、あの日の出来事がふっと湧き上がった。

 思わず舌打ちしてしまったが、軽トラの後ろ姿を見て、とあることを閃いたのだ。

 運転免許を習得しておけば、後々役に立つのではないのかと。

 よし、明日から頑張ろう。

 

 

 五年目 K月Z日

 特殊メイクの方だが、何と最高点を貰った。順調に腕前は上がっているらしいが、個人的にはまだまだこれからだと思う。精進しよう。

 音大の方も、順調に事が運んでいっていると思う。

 

「何を伝えたいのか、それが心地よく理解できます。……この成長速度は、並ならぬものがありますね」

 

 講師から、こう言われた。ゆりからも、「やるじゃん」と肩を叩かれてしまった。

 この日々が、ひどく愛おしい。

 けれど、未練を残すつもりはない。

 

 

 五年目 G月Z日

 免許を無事に獲得した。その祝いとして、レンタカーを用いて友人たちと意味なく遠出したのだが――草原の上で見た満月は、とても美しかった。

 その時、ゆりは笑いながらで、こう言ったんだ。「あんたって、こんなにかっこよかったっけ?」と。

 格好良かったら、今頃はさくらさんと結ばれていたはずだ。たぶん。

 

 

 六年目 O月Z日

 今日はゆりと、二人きりで昼食を食べた。

 いつもなら五人くらいで昼を過ごすのだが、友人が言うには「用事があってさー」とのことだ。

 ――嫌な予感がした。

 

 昼食をとった場所は、近場にある普通の定食屋だ。値段はそこそこ、質より量というスタンスは、音大学生達にとっての人気スポットだったりする。

 そうしてゆりと向き合いながら、色々な話をした。ここ最近の調子について、サガってどんなところ、寮では何してるの、どうしてあそこまで一生懸命なの――ほとんど、自分が受け答えしていた気がする。

 特に笑える回答をした覚えはないというのに、ゆりは、楽しそうな顔で相槌を打っていた。

 この時点で、もしかしてと思っていたのだが――ゆりは、こう言ったんだ。

 

「あんたって、どこまでも音楽を求めてるんだね。かっこいいな、そういうの」

 

 僕は何もしていない。そう思ったが、十分に行動しすぎていた気がする。

 動くだけで、他者の心に影響を及ぼしてしまうなんて。これじゃあまるで、さくらさんじゃないか。

 

 

 六年目 L月Z日

 あれから数日が経ったが、今日もゆりから声をかけられた。

 暇があれば何処かへ遊びに行こう、そう持ちかけられては「用事があるんだ」と断ってきた。しかしそれでも、ゆりは「ねーねー」と近づいてくるのだ。

 ゆりは、決して悪い人じゃない。同じアイアンフリルのファンだし、お互いの音楽を評価しあったりもする。気分が乗らない時は、何やかんやで距離をとってくれたりと、本当に良い人なのだ。

 自分は、そんなゆりのことを友人だと思っていた。

 ゆりは、こんな自分のことを異性として見ている。

 自惚れなんかじゃない。むしろ、自惚れであって欲しかったとすら思う。

 自分もいい加減トシだ。だからこそ、彼女の接し方、表情を見ていれば、そうした「意図」はすぐにでも察せてしまう。

 

 ――自分も、人を惹き寄せられるような男になれたということか。プロデューサーになれる日も、そう遠くはないのかもしれない。

 

 

 六年目 J月Z日

 いつものように音楽の勉強をして、いつものように昼休みが訪れて、そしていつものようにゆりから昼食に誘われた。

 そうして定食屋で、ゆりと世間話をする。アイアンフリルのライブに行ってみると持ちかけられ、とうぜん「うん」と頷く。

 そしていつの間にか、賑やかな店内で沈黙していただろうか。ただ食べるだけの時間が過ぎていって、たくあんを口にしている最中に、「私さ、乾君のこと好きなんだ」と言われた。いつもの調子で。

 もちろん、断った。彼女はやっぱり、いつもの調子で「そっか、ごめんごめん」と言ってくれた。

 

 その後は特に何事もなく、ゆり達とは音楽について勉強しあった。

 ――そうだ、それでいい。ゆりは、自分のような外道についていってはいけない。

 僕には、好きな人がいる。

 

 

 六年目 H月Z日

 夢を見た。

 覚えているうちに、内容を書く。

 

 僕は、高校生になっていた。

 

「おはよう、乾君!」

 

 桜舞う校門の前で、さくらさんが、僕を待っていてくれていたんだ。

 

「おはよう、さくらさん。……どう? アイドル活動の方は」

「もー大変だよ、大変。レッスンばっかりで腰が痛いの」

「だ、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと休んでるから。……そのおかげで、この前のライブは大成功したわけだし」

「ね、あれはほんとうに感動した」

「うん。……ね、乾君」

「うん?」

 

「――今まで、応援してくれてありがとう」

 

 そして、僕は目を覚ましてしまった。

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