ラブストーリー   作:まなぶおじさん

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五話

 

 七年目 F月Z日

 大学に入って、もう四年が経過する。ほんとう、あっという間だった。

 作詞作曲は上手くいった、術の方も上達してきている。そして特殊メイクの方だが、これが中々上達してくれない。もしかしたら自分は、美術センスが無いのでは?

 もちろん、諦めるつもりはない。

 

 

 七年目 W月Z日

 バイト先から、「卒業したら、ここに入らねえか」という誘いを受けた。

 そのことは、素直に嬉しいと思った。認められて、恥ずかしがらない男などいない。

 だが、丁寧に断らせてもらった。

 自分には、やるべきことがある。

 

 

 七年目 R月Z日

 講師から、最高評価をいただけた。その時の自分ときたら、たぶんひどい顔をしてしまったと思う。

 ゆりも、「やったね!」とサムズアップしてくれた。友人たちも、すげーすげーと連呼してくれたっけ。

 ほんとう、素晴らしい仲間に恵まれたと思う。

 

 ――みんなとの付き合いも、あと半年ほど。愛おしい日々を過ごせたことに、心から感謝している。

 

 

 八年目 J月Z日

 やった、やったぞ!

 卒業間近、遂に俺は特殊メイクの極意に近づけたぞ!

 超嬉しい! まったくもって管轄外だっただけに、超嬉しい! 僕すごい!

 術もお墨付きが入っているし、卒業したら早速行動だ!

 

 行動、か。

 覚悟しておかないと。

 

 

 八年目 V月Z日

 マスターから、電話がかかってきた。今後のプランについてだ。

 自分の蘇生術は、今のところは完璧なのだという。けれど人間の蘇生はいきなりすぎるから、まずは犬を蘇らせてみろ、とのことだ。

 確かにそうだ。いきなり人間相手だと、余計な不安が生じてしまうと思う。

 だからといって、犬相手だったら良いのかと言われれば――やる。

 それでいいと電話越しで伝えた時、マスターは極めて真剣な声で、こう言った。

 

「未練を全て断ち切ってから、俺のところへ来い」

 

 そうして、電話が切れた。

 ――そうだ。蘇生術を行使した瞬間に、自分はお天道様に顔向けできなくなるのだ。

 そのことは、一時も忘れたことはない。

 だからこそ、覚悟を決めなければならない。

 

 

 八年目 K月Z日

 僕は無事に、音大を卒業した。教師からの最後の言葉は、「また、あなたの音楽を聞かせてください」。

 友人たちは、ゆりは、またいつか会おうと言ってくれた。僕は、縁があったらな、とだけ。

 ――これで、十分だ。

 寮を引き払い、そうしてサガへ戻る。親は大喜びで出迎えてくれて、母から強く抱きしめられて、父からは「音楽家になるという夢が、叶うんだな!」と喜ばれた。

 そう、その通りだ。

 嘘は言っていない、嘘は。

 

 蘇生に移すのは、ばか息子からのささやかなディナーを終えた後だ。

 

 

 八年目 Z月L日

 両親を連れて、焼き鳥屋まで車を走らせた。

 まだ目的地にまで辿り着いていないというのに、両親ときたら「運転出来るようになったんだな!」だの「いい男になったのねえ」だのと大騒ぎしていた。正直やめて欲しい、泣いてしまいそうになるから。

 

 そうして、大人気店と噂される焼き鳥屋へ無事に到着した。最初は「入れるかなあ」と思っていたが、なんと三人分の空き席が。俺すごい。

 席に座って早々、僕はとうぜん「好きなものを頼んでいいよ」と言った。父と母はにこりと微笑みながらで、「じゃあ、焼き鳥で」。

 

 そうして僕は、自然と、大学時代について語り始めた。それは音楽の話だったり、何よりも友人について語ったり、時にはバイトについての出来事を――思い出があまりにも多すぎて、話している途中で焼き鳥が届いた。

 父さんと母さんは、それはもう楽しそうな顔をしながらで、僕の話をずっとずっと聞いてくれていた。

 

 続いて、思い出を口にしながらで焼き鳥を味わっていって――食欲が弾けた。

 油ののった肉が、舌をじわりと熱くしていく。更にはタレが、空腹を煽るという矛盾を突き立ててくる。そして飲み込んでしまえば、いよいよもって飢えてしまうのだ。

 完全に、虜に陥っていた。

 それでも僕は、思い出話を口にし続ける。いま話さなかったら、もう、こんな機会には恵まれないだろうから。

 

 両親は、最初から最後までずっと笑ってくれていた。時折質問をされては、僕ははきはきと「それはね」と返していたものだ。

 それは、一時間ほど続いたと思う。

 

 ――思い出話も一区切りがついた。食べるペースも、だいぶ落ち着いてきたと思う。

 だから僕は、夢を語ったんだ。

 

「僕は、みんなを笑顔に出来るような曲を作りたいんだ」

「なれるさ、お前なら」

 

 父さんはすぐに、そう返してくれたんだ。

 

「いまのあなたは、凄く……こう、成長したもの。できるわ、絶対に」

 

 母さんは、夢を認めてくれたんだ。

 そのあとは、ろくに言葉なんて口に出来なかったと思う。だって、泣いてしまったから。

 

 父さん、母さん。僕はこれから、親不孝者になります。

 許さなくても構いません、縁を切ってしまっても良いです。けれど僕は、そんな父さんと母さんのことを、ずっと愛し続けます。

 二人がいなかったら、今頃僕は、つまらない死に方をしていたでしょう。こればかりは否定させません。

 本当に、ここまで育ててくれて、ありがとうございました。大好きです。

 

 ――栞を挟む

 

 

 八年目 N月S日

 遂に、この時がやってきた。

 八年という月日を費やして、僕はようやく、外法に手を染めるのだ。

 

 屋敷の一室に足を踏み入れる。そこには、蘇生術に必要なモノが全て用意されていた。

 人目には決して触れてはならないモノ、山田たえという触媒。そして、復活の対象者――もとい、対象犬。

 

 そして、マスターが用意したらしい子犬の死体を目の当たりにした時、僕は、思いきり吐きそうになった。

 マスター曰く「車に轢かれたんだろう」とのことだが、犬はツギハギで「修復」されてはいた。しかしそれでも、肌は明らかに腐り落ちていて――これ以上は、書きたくはない。

 そして確かに伝わってくる死臭が、脳ミソをぐるんぐるんにかき乱す。心臓が、強く痛みだした。

 ひどく青ざめた子犬を見て、僕は改めて実感する。これが、死というものなのだと。

 

 マスターは言った。「で、やるのか。引き返すなら今のうちだぞ」

 僕は返した。「やります」

 

 死を弄んだ瞬間、僕は地獄に落ちるだろう。それはわかっている。

 けれど僕は、さくらさんをアイドルにしたいんだ。

 だから僕は、術を行使した。

 

 手順は大まかに分けて、三つ。

 

 一つ目は、手を叩くこと。

 魂を呼ぶための行為だ。

 

 二つ目は、対象者の記憶を最初から最後まで辿り続けること。

 そう、最初からだ。生まれた瞬間から死の時まで、自分は対象者と向き合わなければならない。もちろん、目を逸らさずに。

 こうすることで対象者のすべてを理解し、感情移入も生じて、魂との距離が近しいものになる。

 時間はかかるが、これが、蘇生というものだ。

 

 三つ目は、記憶を見届けた後に名前を呼びかけること。

 これには二つのパターンがあって、自我を込めたくなければ淡々と呼びかけを。自我を与えたいのであれば、心の底から名前を呼べば良いらしい。

 ――例え自我が与えられなくとも、ゾンビ同士の「刺激」で自我が不意に芽生えることもあるらしい。もっとも、自我が無いもの同士では、その可能性はほとんど無いそうだが。

 

 全ては揃った、学ぶべきことも学んだ。

 そして僕は、犬を――首輪を見て、「ロメロ」という名前であることを知る。

 

 凄くひどいことを言ってしまえば、ロメロは「練習台」だ。いきなり人を蘇生させるのは、流石に荷が重い。

 だからこそ僕は、ロメロとずっと向き合い、一緒に生き続けることを誓う。

 

 そして僕は、儀式を行おうとして――家族のこと、大学の友人たちのことを、思い返した。

 みんな、いい人達だった。感謝している。

 

 そして、源さくらのことを想った。

 それだけで、未練なんてもうなくなった。

 

 そして僕は、ロメロへ儀式を執り行った。 

 生まれた瞬間の記録を、第三者の視点でじっくり見届けていく。そうして楽しかった思い出、不機嫌になった場面、何てことのない一日を追憶していって、最期の瞬間をこの目ではっきりと見届けた。

 車にはねられた時、ロメロは、何の声も出していなかったと思う。

 そうして僕は、ロメロの遺体めがけて、何度も何度もロメロの名前を口にした。出会ったばかりだし、死んでいるというのに、僕はロメロに対して「生きて欲しい」と心から願っていた。

 ――そうなるのも、当たり前だ。さっきまで、ロメロと共に人生を歩んでいたのだから。

 

 そして僕は、次に起こったこの出来事を絶対に忘れない。

 先程まで横たわっていたはずのロメロが、まるで寒気を覚えたかのようにびくりと震えた。僕の口から、情けない声が漏れたと思う。

 ロメロは止まらない。まるで生まれたての子鹿のように、ぎこちなくゆっくりと立ち上がってみせる。動くたびに肉の軋む音が響き、いつか壊れてしまうのではと狼狽した。

 自分の欲のせいで、ロメロは苦しんでいるように見える。どこからでも湧いてくる罪悪感が、僕の手足を掴み取ろうとした。

 でも、やめない。

 僕は、さくらさんをアイドルにしたいんだ。

 

 そしてロメロは、立ってみせた。

 ロメロは、甦った。僕の手で。

 

 震えていたはずのロメロは、しっぽを振りながらで僕の方を見つめていた。まるで、子犬のように。

 ――成功した。そのはずなのに、「こういうものなのか」程度にしか思えていなかった。疲れ果てていたせいだろう。

 マスターも、「ま、最初はそんなもんさ」と言っていたし。

 

 ロメロは、僕の足元をぐるぐる回っていた。そんな姿を見て、僕は自然と笑みがこぼれてしまう。

 外見は相変わらず「死体」のままだが、それでもこうして見てみると、なんだか愛着が湧いてくる。鳴き声だって、生前と何ら変わらない。

 そうして数分が経過しただろうか。ロメロが、僕めがけ何度もジャンプし出したのだ。

 一体なんだろうと思い、首を傾げてみれば――わかった。ポケットに入っていた、イカゲソを欲していたのだ。

 犬にイカゲソはどうなんだろうと思いながらも、それを与えてみれば、ロメロは「ぐるるぁぁぁ!!」とじっくり味わってくれた。

 ビビったが、これで良いらしい。

 

「――おい」

 

 急だった。

 その一声で、安堵から引きずり出された気がした。

 

「目ぇ、見てみろ」

 

 いったいなんだ。

 そう思って、鏡を見て――

 僕は、自分の目に絶句した。あまりの変わりように、腰すらも砕けた。

 

 けれども、瞬時に理解できてしまったのだ。

 

「お前の目は、生きている人の心を弄べるようになった。有無を問わさずにな」

 

 だって僕は、ネクロマンサーなのだから。

 

「人様の奥底をのぞき見たんだぞ。ただで済むわけがねえだろ」

 

 マスターの言う通りだ。僕は、お天道様が見られないような体になってしまった。

 けれども、それではさくらをアイドルにすることが出来ないではないか――そんな焦りすらも察していたのか、マスターは「落ち着け」と言い、

 

「眼鏡か何かで、自分の目を見えなくすればいい。そうすりゃ大丈夫だ」

 

 ああ、そういうことか。

 僕はほっとした。これで心置きなく、さくら達をプロデュースすることができる。

 だからか、つい笑ってしまった。

 

「お前、ブレねぇなあ」

「お互い様でしょう?」

 

 自分にしては、割といい返事ができたと思う。

 

 僕は、ロメロの魂を呼び戻した。これでもう、後戻りはできない。

 明日になったら、絶対にやらなければならないことをやる。絶対にだ。

 

 

―――

 

 

 父さん、母さん。

 ここまで育ててくれて、音大への道を歩ませてくれて、本当にありがとう。

 

 僕は、絶対に許されるべきではない罪を、犯しました。

 そんな馬鹿息子と、血の繋がりなんてあってはいけません。

 ですから僕は、父さんと母さんの前から姿を消します。

 縁を切ってくださっても構いません、憎んでいただいても構いません。最初からいなかったと、そう思ってくださっても構いません。

 

 どうか、僕のことは探さないでください。尊敬する父さんと母さんを、絶対に巻き込みたくはありません。

 これからもどうか、僕と違って、立派にこの世界を生きてください。

 僕のように、死んだような人間にならないでください。

 

 これからもずっと、父さんと母さんを愛し続けます。

 ここまで育ててくれて、愛してくれて、本当にありがとうございました。

 

 乾太郎より。

 

 

 ――母さん! これを見てくれ! 母さん!

 ――もしもし、警察ですか!? 息子が、太郎が、家出を!

 

 

 サイレンの音が、夜空を伝ってよく響いてくる。何となく見上げてみれば、嘘みたいに星々が瞬いていた。こんな空を見るのなんて、いったい何年ぶりだろう。

 絶対に振り向いたりはしない。自分のような外道に、家を恋する資格などはないから。

 それでも自分は、ずっと父さんと母さんのことを愛し続ける。甘えであることは自覚しているが、この誓いだけは手放したくはない。

 ポケットから、イカゲソを取り出す。

 けっして正しくないことをしたはずなのに、どうしても涙が止まらない。

 溢れ出る呼吸を抑えながらで、イカゲソを何度も何度も噛み締めていく。乾いた感触とともに、これまでの思い出が頭に流れていく。

 ――自分のために涙を流すのは、あと一回だけにしよう。泣いていいのは、三度までとか言うじゃないか。

 

 マスターからもらったサングラスを、そっと身につける。

 やるべきことは、やった。

 乾太郎という男は、いま、このサガから消えた。

 

 自分に、こんな立派な名を名乗る資格はない。

 だから、生まれ変わるのだ。乾とはとても似つかわしくない、巽太郎という名前に。

 

 今日のサガ産イカゲソは、なんだか苦かった。

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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