七年目 F月Z日
大学に入って、もう四年が経過する。ほんとう、あっという間だった。
作詞作曲は上手くいった、術の方も上達してきている。そして特殊メイクの方だが、これが中々上達してくれない。もしかしたら自分は、美術センスが無いのでは?
もちろん、諦めるつもりはない。
七年目 W月Z日
バイト先から、「卒業したら、ここに入らねえか」という誘いを受けた。
そのことは、素直に嬉しいと思った。認められて、恥ずかしがらない男などいない。
だが、丁寧に断らせてもらった。
自分には、やるべきことがある。
七年目 R月Z日
講師から、最高評価をいただけた。その時の自分ときたら、たぶんひどい顔をしてしまったと思う。
ゆりも、「やったね!」とサムズアップしてくれた。友人たちも、すげーすげーと連呼してくれたっけ。
ほんとう、素晴らしい仲間に恵まれたと思う。
――みんなとの付き合いも、あと半年ほど。愛おしい日々を過ごせたことに、心から感謝している。
八年目 J月Z日
やった、やったぞ!
卒業間近、遂に俺は特殊メイクの極意に近づけたぞ!
超嬉しい! まったくもって管轄外だっただけに、超嬉しい! 僕すごい!
術もお墨付きが入っているし、卒業したら早速行動だ!
行動、か。
覚悟しておかないと。
八年目 V月Z日
マスターから、電話がかかってきた。今後のプランについてだ。
自分の蘇生術は、今のところは完璧なのだという。けれど人間の蘇生はいきなりすぎるから、まずは犬を蘇らせてみろ、とのことだ。
確かにそうだ。いきなり人間相手だと、余計な不安が生じてしまうと思う。
だからといって、犬相手だったら良いのかと言われれば――やる。
それでいいと電話越しで伝えた時、マスターは極めて真剣な声で、こう言った。
「未練を全て断ち切ってから、俺のところへ来い」
そうして、電話が切れた。
――そうだ。蘇生術を行使した瞬間に、自分はお天道様に顔向けできなくなるのだ。
そのことは、一時も忘れたことはない。
だからこそ、覚悟を決めなければならない。
八年目 K月Z日
僕は無事に、音大を卒業した。教師からの最後の言葉は、「また、あなたの音楽を聞かせてください」。
友人たちは、ゆりは、またいつか会おうと言ってくれた。僕は、縁があったらな、とだけ。
――これで、十分だ。
寮を引き払い、そうしてサガへ戻る。親は大喜びで出迎えてくれて、母から強く抱きしめられて、父からは「音楽家になるという夢が、叶うんだな!」と喜ばれた。
そう、その通りだ。
嘘は言っていない、嘘は。
蘇生に移すのは、ばか息子からのささやかなディナーを終えた後だ。
八年目 Z月L日
両親を連れて、焼き鳥屋まで車を走らせた。
まだ目的地にまで辿り着いていないというのに、両親ときたら「運転出来るようになったんだな!」だの「いい男になったのねえ」だのと大騒ぎしていた。正直やめて欲しい、泣いてしまいそうになるから。
そうして、大人気店と噂される焼き鳥屋へ無事に到着した。最初は「入れるかなあ」と思っていたが、なんと三人分の空き席が。俺すごい。
席に座って早々、僕はとうぜん「好きなものを頼んでいいよ」と言った。父と母はにこりと微笑みながらで、「じゃあ、焼き鳥で」。
そうして僕は、自然と、大学時代について語り始めた。それは音楽の話だったり、何よりも友人について語ったり、時にはバイトについての出来事を――思い出があまりにも多すぎて、話している途中で焼き鳥が届いた。
父さんと母さんは、それはもう楽しそうな顔をしながらで、僕の話をずっとずっと聞いてくれていた。
続いて、思い出を口にしながらで焼き鳥を味わっていって――食欲が弾けた。
油ののった肉が、舌をじわりと熱くしていく。更にはタレが、空腹を煽るという矛盾を突き立ててくる。そして飲み込んでしまえば、いよいよもって飢えてしまうのだ。
完全に、虜に陥っていた。
それでも僕は、思い出話を口にし続ける。いま話さなかったら、もう、こんな機会には恵まれないだろうから。
両親は、最初から最後までずっと笑ってくれていた。時折質問をされては、僕ははきはきと「それはね」と返していたものだ。
それは、一時間ほど続いたと思う。
――思い出話も一区切りがついた。食べるペースも、だいぶ落ち着いてきたと思う。
だから僕は、夢を語ったんだ。
「僕は、みんなを笑顔に出来るような曲を作りたいんだ」
「なれるさ、お前なら」
父さんはすぐに、そう返してくれたんだ。
「いまのあなたは、凄く……こう、成長したもの。できるわ、絶対に」
母さんは、夢を認めてくれたんだ。
そのあとは、ろくに言葉なんて口に出来なかったと思う。だって、泣いてしまったから。
父さん、母さん。僕はこれから、親不孝者になります。
許さなくても構いません、縁を切ってしまっても良いです。けれど僕は、そんな父さんと母さんのことを、ずっと愛し続けます。
二人がいなかったら、今頃僕は、つまらない死に方をしていたでしょう。こればかりは否定させません。
本当に、ここまで育ててくれて、ありがとうございました。大好きです。
――栞を挟む
八年目 N月S日
遂に、この時がやってきた。
八年という月日を費やして、僕はようやく、外法に手を染めるのだ。
屋敷の一室に足を踏み入れる。そこには、蘇生術に必要なモノが全て用意されていた。
人目には決して触れてはならないモノ、山田たえという触媒。そして、復活の対象者――もとい、対象犬。
そして、マスターが用意したらしい子犬の死体を目の当たりにした時、僕は、思いきり吐きそうになった。
マスター曰く「車に轢かれたんだろう」とのことだが、犬はツギハギで「修復」されてはいた。しかしそれでも、肌は明らかに腐り落ちていて――これ以上は、書きたくはない。
そして確かに伝わってくる死臭が、脳ミソをぐるんぐるんにかき乱す。心臓が、強く痛みだした。
ひどく青ざめた子犬を見て、僕は改めて実感する。これが、死というものなのだと。
マスターは言った。「で、やるのか。引き返すなら今のうちだぞ」
僕は返した。「やります」
死を弄んだ瞬間、僕は地獄に落ちるだろう。それはわかっている。
けれど僕は、さくらさんをアイドルにしたいんだ。
だから僕は、術を行使した。
手順は大まかに分けて、三つ。
一つ目は、手を叩くこと。
魂を呼ぶための行為だ。
二つ目は、対象者の記憶を最初から最後まで辿り続けること。
そう、最初からだ。生まれた瞬間から死の時まで、自分は対象者と向き合わなければならない。もちろん、目を逸らさずに。
こうすることで対象者のすべてを理解し、感情移入も生じて、魂との距離が近しいものになる。
時間はかかるが、これが、蘇生というものだ。
三つ目は、記憶を見届けた後に名前を呼びかけること。
これには二つのパターンがあって、自我を込めたくなければ淡々と呼びかけを。自我を与えたいのであれば、心の底から名前を呼べば良いらしい。
――例え自我が与えられなくとも、ゾンビ同士の「刺激」で自我が不意に芽生えることもあるらしい。もっとも、自我が無いもの同士では、その可能性はほとんど無いそうだが。
全ては揃った、学ぶべきことも学んだ。
そして僕は、犬を――首輪を見て、「ロメロ」という名前であることを知る。
凄くひどいことを言ってしまえば、ロメロは「練習台」だ。いきなり人を蘇生させるのは、流石に荷が重い。
だからこそ僕は、ロメロとずっと向き合い、一緒に生き続けることを誓う。
そして僕は、儀式を行おうとして――家族のこと、大学の友人たちのことを、思い返した。
みんな、いい人達だった。感謝している。
そして、源さくらのことを想った。
それだけで、未練なんてもうなくなった。
そして僕は、ロメロへ儀式を執り行った。
生まれた瞬間の記録を、第三者の視点でじっくり見届けていく。そうして楽しかった思い出、不機嫌になった場面、何てことのない一日を追憶していって、最期の瞬間をこの目ではっきりと見届けた。
車にはねられた時、ロメロは、何の声も出していなかったと思う。
そうして僕は、ロメロの遺体めがけて、何度も何度もロメロの名前を口にした。出会ったばかりだし、死んでいるというのに、僕はロメロに対して「生きて欲しい」と心から願っていた。
――そうなるのも、当たり前だ。さっきまで、ロメロと共に人生を歩んでいたのだから。
そして僕は、次に起こったこの出来事を絶対に忘れない。
先程まで横たわっていたはずのロメロが、まるで寒気を覚えたかのようにびくりと震えた。僕の口から、情けない声が漏れたと思う。
ロメロは止まらない。まるで生まれたての子鹿のように、ぎこちなくゆっくりと立ち上がってみせる。動くたびに肉の軋む音が響き、いつか壊れてしまうのではと狼狽した。
自分の欲のせいで、ロメロは苦しんでいるように見える。どこからでも湧いてくる罪悪感が、僕の手足を掴み取ろうとした。
でも、やめない。
僕は、さくらさんをアイドルにしたいんだ。
そしてロメロは、立ってみせた。
ロメロは、甦った。僕の手で。
震えていたはずのロメロは、しっぽを振りながらで僕の方を見つめていた。まるで、子犬のように。
――成功した。そのはずなのに、「こういうものなのか」程度にしか思えていなかった。疲れ果てていたせいだろう。
マスターも、「ま、最初はそんなもんさ」と言っていたし。
ロメロは、僕の足元をぐるぐる回っていた。そんな姿を見て、僕は自然と笑みがこぼれてしまう。
外見は相変わらず「死体」のままだが、それでもこうして見てみると、なんだか愛着が湧いてくる。鳴き声だって、生前と何ら変わらない。
そうして数分が経過しただろうか。ロメロが、僕めがけ何度もジャンプし出したのだ。
一体なんだろうと思い、首を傾げてみれば――わかった。ポケットに入っていた、イカゲソを欲していたのだ。
犬にイカゲソはどうなんだろうと思いながらも、それを与えてみれば、ロメロは「ぐるるぁぁぁ!!」とじっくり味わってくれた。
ビビったが、これで良いらしい。
「――おい」
急だった。
その一声で、安堵から引きずり出された気がした。
「目ぇ、見てみろ」
いったいなんだ。
そう思って、鏡を見て――
僕は、自分の目に絶句した。あまりの変わりように、腰すらも砕けた。
けれども、瞬時に理解できてしまったのだ。
「お前の目は、生きている人の心を弄べるようになった。有無を問わさずにな」
だって僕は、ネクロマンサーなのだから。
「人様の奥底をのぞき見たんだぞ。ただで済むわけがねえだろ」
マスターの言う通りだ。僕は、お天道様が見られないような体になってしまった。
けれども、それではさくらをアイドルにすることが出来ないではないか――そんな焦りすらも察していたのか、マスターは「落ち着け」と言い、
「眼鏡か何かで、自分の目を見えなくすればいい。そうすりゃ大丈夫だ」
ああ、そういうことか。
僕はほっとした。これで心置きなく、さくら達をプロデュースすることができる。
だからか、つい笑ってしまった。
「お前、ブレねぇなあ」
「お互い様でしょう?」
自分にしては、割といい返事ができたと思う。
僕は、ロメロの魂を呼び戻した。これでもう、後戻りはできない。
明日になったら、絶対にやらなければならないことをやる。絶対にだ。
―――
父さん、母さん。
ここまで育ててくれて、音大への道を歩ませてくれて、本当にありがとう。
僕は、絶対に許されるべきではない罪を、犯しました。
そんな馬鹿息子と、血の繋がりなんてあってはいけません。
ですから僕は、父さんと母さんの前から姿を消します。
縁を切ってくださっても構いません、憎んでいただいても構いません。最初からいなかったと、そう思ってくださっても構いません。
どうか、僕のことは探さないでください。尊敬する父さんと母さんを、絶対に巻き込みたくはありません。
これからもどうか、僕と違って、立派にこの世界を生きてください。
僕のように、死んだような人間にならないでください。
これからもずっと、父さんと母さんを愛し続けます。
ここまで育ててくれて、愛してくれて、本当にありがとうございました。
乾太郎より。
――母さん! これを見てくれ! 母さん!
――もしもし、警察ですか!? 息子が、太郎が、家出を!
サイレンの音が、夜空を伝ってよく響いてくる。何となく見上げてみれば、嘘みたいに星々が瞬いていた。こんな空を見るのなんて、いったい何年ぶりだろう。
絶対に振り向いたりはしない。自分のような外道に、家を恋する資格などはないから。
それでも自分は、ずっと父さんと母さんのことを愛し続ける。甘えであることは自覚しているが、この誓いだけは手放したくはない。
ポケットから、イカゲソを取り出す。
けっして正しくないことをしたはずなのに、どうしても涙が止まらない。
溢れ出る呼吸を抑えながらで、イカゲソを何度も何度も噛み締めていく。乾いた感触とともに、これまでの思い出が頭に流れていく。
――自分のために涙を流すのは、あと一回だけにしよう。泣いていいのは、三度までとか言うじゃないか。
マスターからもらったサングラスを、そっと身につける。
やるべきことは、やった。
乾太郎という男は、いま、このサガから消えた。
自分に、こんな立派な名を名乗る資格はない。
だから、生まれ変わるのだ。乾とはとても似つかわしくない、巽太郎という名前に。
今日のサガ産イカゲソは、なんだか苦かった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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