ラブストーリー   作:まなぶおじさん

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六話

 

 

 八年目 P月Z日

 遂に、さくらを蘇らせる時が来た。

 本当、長かったと思う。日記を見てみたところ、八年も経過していたらしい。

 いつの間にか、だった。

 改めて、身につけるべきスキルを見直す。術はもちろんのこと、特殊メイクも高評価、作詞作曲はじっくり学んだ、舌の回し方にも自信がある。

 十分だった。

 だから俺は、マスターに頼んで、さくらの遺体を運ばせてもらった。

 

 そして俺は、八年ぶりにさくらと再会を果たした。

 

 顔は灰色に変色しきっていて、肌もすっかり荒れ果てている。強いにおいが、己が感覚を濁らせていく。

 そんなさくらを見て、俺は――ここで、「あ」と声が出た。

 

「マスター。彼女の、生前の記憶はぜんぶ継がれるんですよね?」

「当たり前だろ。何の為の蘇生だ」

 

 ――やっぱりだった。

 このままさくらを蘇生させたとして、そのまま「アイドルにする」と告げたところで、さくらは「アイドルなんて、いいです」と難色を示すはずだ。だってさくらは、アイドルになるという決意のせいで死んでしまったのだから。

 これ以上の失敗なんて、あるはずがない。

 そんなさくらに「アイドルになれ」だなんて、死人に鞭を打つのと同義だ。

 けれど俺は、どうしてもさくらを輝かせたかった、ステージ上で笑顔を振りまくさくらが見たかった。

 円滑に、さくらをアイドルにするには――少し考えて、俺は、マスターにこう乞うた。

 

「マスター。その、記憶を消しながらで、蘇生させたいのですが」

「はあ?」

「このまま蘇らせても、さくらさんは無気力になるだけなんです」

「……そうかい。じゃあ、そういう方法がねえか探してみるよ」

「本当ですか!」

「ただし、時間はかかるぞ」

「覚悟の上です」

 

 ごめんよ、さくらさん。

 しばらくはそこで、どうか眠っていて欲しい。

 

 

 八年目 M月L日

 メンバーの選定を行う為に、ありとあらゆる情報を片っ端から調べ上げてみた。

 条件としては、何がしかの伝説を残していること、なるべくならサガ出身であること、そして故人であるという前提が必要になってくる。

 

 ――そして、いくつかの人材はマークできた。情報化社会万歳だ。

 まずは水野愛、この人は間違いない。新聞でもネットでも、伝説の平成アイドルと大きく謳われているほどだ。――こんな形で、さくらと縁が出来るなんて。

 つぎは星川リリィ。伝説の天才子役として、その名は今も語り継がれている。リリィがメンバーになれば、いわゆる「愛されポジション」が完成するだろう。サガ出身者であることも、すごくうれしい。

 そして紺野純子。「アイドル サガ 伝説」で検索してみたところ、「飛行機でサガへ向かう途中に、無念の事故死を遂げた伝説の昭和アイドル」と出た。

 サガ出身者ではないが、間接的にサガには絡んでいる。一世を風靡したということもあって、頼れるメンバーになってくれるに違いない。

 さらに二階堂サキ。「アイドル サガ 伝説」で中々引っかからなくなったので、「サガ 伝説」で検索をかけてみたのだ。すると「サガで語り継がれる、伝説の特攻隊長」という字面が。男として、真っ先にクリックしてみた。

 記事によると、サキは極めて身体能力が高く、それでいて皆を引っ張っていく明快な女の子だったらしい。

 なるほど。アイドル未体験者ではあるが、確かなカリスマがあるようだ。こうしたメンバーが一人でも居てくれれば、少しのトラブルも何やかんやで乗り越えてくれるだろう。

 

 こうして、メンバーの選定は大方決まった。さくらの記憶を消す方法を模索しながら、このメンバーの蘇生を順次行っていくことにする。

 

 追記

 蘇生の方針だが、自我はあえて込めないことにする。新生アイドルグループの命を込める役目は、是非ともさくらさんに任せたいからだ。

 こうすれば先輩後輩の関係なんて生じないし、人間関係における置いてけぼりも発生したりしない。そして何より、「自分の手で活動が始まった」という成功体験を掴ませることができる。

 さくらさんには、楽しい第二の人生を送ってほしいのだ。

 

 

 八年目 M月S日

 方針は決まった、迷いもない。だから、二階堂サキを蘇らせる。

 サキの遺体を前にして、多大な緊張感が生じた。人を蘇らせるという、業が降り掛かっているせいだろう。

 たぶん、この感覚は治らないと思う。けれどそれで良い、人を蘇らせるというのは、つまりはそういうことだ。

 

 そして俺は、手を叩きながらでサキの記憶を追憶していった。

 経歴が経歴だからか、派手なものが多い。男顔負けのケンカっぷりに、目が離せなくなったことも数回ほど。さすがは伝説の特攻隊長だ。

 ――そんな彼女だからか、死因も「らしい」ものだった。

 

 記憶は見届けた、サキへの感情も近しいものになった。

 サングラスを外し、物言わぬサキの両肩を掴んで、そして何度も何度も、サキの名前を呼びかけていく。感情が、こぼれ落ちそうになりながら。

 それを繰り返して、何分も過ぎただろうか。

 死んでしまったサキは、本来なら絶対に返事をしたりしない。

 けれども俺は、その絶対すら覆してしまうような所業を執り行っている。

 命に差なんてない。けれどもサキの、人間の名前を口にするたびに、強烈な自己嫌悪に襲われそうになるのだ。

 ――さくらの笑顔を思い起こす。

 

 そのとき、サキの体がびくりと震えた。

 ロメロと同じように、サキも必死に立ち上がろうとする。新たな生を掴み取ろうと、両足まで震わせながら。

 肉の軋む音に対して、俺は耳を塞ごうとした。

 けれど、できるはずがなかった。サキの魂に対して、それは無礼すぎる。

 

 時間をかけて、そして、サキは間違いなく甦った。自我がないから、唸ることしか出来ず、歩き方もぎこちなかったけれど。

 ――サキは、間違いなく甦った。

 これでもう俺は、サガの日なんて見られないだろう。他でもない、サガ人の魂を弄んだのだから。

 

 けれど、これでいい。

 俺は、さくらさんをアイドルにしたいんだ。

 

 

 八年 M月Z日

 次は、水野愛の蘇生を執り行った。

 

 物言わぬ愛の遺体を見て、俺は、大きな息が漏れた。

 そうだ。愛のお陰で、さくらは新しい人生を歩もうとしたんだ。そういった意味では、愛は俺の恩人というべき存在なのかもしれない。

 だのに、自我を抜きにして蘇生とは。俺はつくづく外道だ。

 だが、やる。

 

 俺は、愛の記憶を追憶していった。彼女の子供時代、アイドルになろうと決意した瞬間、幾度も映し出される努力の光景、ライブ会場で輝く瞬間、真っ白になった光景――

 いまでも、そのことははっきりと思い起こせる。

 ひどい、ものだった。

 

 そして俺は、愛の名前を何度も何度も呼びかけた。溢れ出そうになる感情を、押し殺しながら。

 繰り返していって数分後。水野愛は、間違いなく新たな生を受けた。

 

 命を賭けてでも、俺はサキを、愛を、ロメロを守る。

 

 

 八年目 I月L日

 次は、紺野純子の蘇生を執り行うことにした。

 

 昭和のアイドルの遺体と対面し、まず最初に思ったことは「伝説級の容姿だ」だった。

 その上で歌唱力も抜群だったのだから、それはもう一世を風靡してしまうだろう。これは、蘇らせるほかない。

 

 そうして俺は、純子の記憶を追憶していった。性格はいたって物静かで、釣りを行っている場面が多い。趣味だったのだろう。

 そして純子は、小学生の身でありながらアイドルへの道を歩み始める。やはり困難極まりないものだったが、持ち前の努力っぷりと、類まれなる素質によって、若くして頭角を示していった。

 そんな純子だが、時には自虐に陥ることもあったようだ。しかしそれでも、必ず立ち上がっているのだが。

 

 そうした下積みを重ねていって、純子は遂にテレビへ出演する。高校生だった。

 そこからは、もはや絶頂期といって差し支えない。テレビ出演はもちろんのこと、新聞だって毎日が純子祭り。音楽も連続でヒットするなど、昭和はまさに純子の天下だった。

 

 ――そして、運命の日がやってきた。

 飛行機でサガへ向かっている最中に、突如としてエンジントラブルが発生し、何も出来ないままで墜落死してしまったのだ。

 純子らしくない、あまりにも不運な最期だった。

 だからか、後に「伝説」の昭和アイドルと謳われるようになってしまった。

 ――わかった。

 純子の無念を、俺の手で晴らそう。失われた純子の輝きを、俺の手で再び灯してみせよう。

 それが、ネクロマンサーの義務だ。

 

 そして純子は、この平成の世に返り咲いた。

 

 

 八年目 J月S日

 今日は珍しく、マスターから「人材」を紹介された。いや、あれは推薦といってもいいだろう。

 これまでは「好きにしろ」のスタンスを貫き通していたのだが、ここにきていきなり「俺の恩人をアイドルにしてくれねえか?」である。そりゃあもう戸惑った。

 狼狽する俺に、マスターも察してくれたのだろう。「伝説の花魁だから、芸には秀でてるぜ。必ずお前の力になる」と、積極的にプレゼンしてくれた。心なしか、表情にも真剣味がある。

 

「分かりました。あなたには数え切れない恩がありますから、それは構いませんが……ですが、本当にいいんですか?」

「ああ。こいつを……ゆうぎりを、もう一度輝かせてくれねえか?」

 

 そういうことか。

 俺は、何も言わずに頷いた。

 

 ゆうぎりの遺体を目の当たりにして、俺は真っ先に言った。「いつの時代のものですか?」

 マスターは、平然と言った。「幕末だ」

 マスター曰く、ゆうぎりはマスターの恩人であるらしい。そうなれば、ゆうぎりとは知り合いの間柄になるわけで、

 

「マスター」

「ん」

「いくつですか?」

「適当言っていいぜ」

 

 つまりは、そういうことだった。

 そんなやりとりの後で、俺はゆうぎりの記憶を追憶していって――ゆうぎりを無事に、蘇生させた。

 

「マスター」

「ん」

 

 俺は、笑っていたと思う。

 マスターも、なぜ笑われたのか自覚しているのだろう、気まずそうに苦笑していた。

 

「俺と、あんまり変わらないじゃないですか」

「だから、お前のことがほっとけなかったんだよ」

 

 俺は、マスターとは出会うべくして出会ったらしい。

 だって、マスターとゆうぎりは――やめておこう、書いたら馬に蹴られる。

 

 

 八年目 S月Z日

 次は星川リリィだ。新生アイドルグループの中では、一番のアクセントとなってくれる子だろう。

 精神性ショックで亡くなったというが、一体どんなことが起こってしまったのだろう。何か恐ろしいものでも見たか、突発的なものなのか。

 いずれにせよ、後でわかることだ。

 ――さて。

 リリィの遺体を前にして、思わずため息が漏れた。

 子供だろうとも、死ぬ時は死ぬ。死というモノの前には、「子供だから」という理論は通用しない。

 けれど、いくらなんでもこれは、あんまりだと思う。

 まだ若いのに、天才子役として輝いていたはずなのに、今となっては青ざめた死体としてここにいる。それがひどく物悲しい。

 だからこそ、リリィを蘇生させようと決意した。彼女には、さくらと共に輝いて欲しい。

 ――子供の魂すらも弄ぶ俺は、いずれは地獄に堕ちるだろう。

 

 そして俺は、リリィの記憶を辿っていった。

 

 ――え?

 

 蘇生は完了した。

 しかしだ、いやしかし、だ。「あれ」には流石に驚いた。

 だが、リリィが伝説の子役であることに変わりはない。またしても、頼もしいメンバーが増えたのだ。

 

 基本的なメンバーは、これで揃った。後は、さくらの記憶を改ざんする方法を見つけなければ。

 

 

 八年目 R月L日

 急遽だが、山田たえをメンバーへ加えることにした。

 それもこれも、たえには数え切れない恩義があるからだ。彼女がいなければ、サキ、愛、純子、ゆうぎり、リリィ、ロメロの蘇生はままならなかっただろう。

 ほんとう、長らく世話になった。

 だから俺は、たえを輝かせようと思う。

 

 自我が若干失われているが、体はしっかりと動く。イカゲソへの飛びかかりは一見だ。

 彼女には、ダンサーとして働いてもらおう。

 

 

 八年目 I月Z日

 今年も、アイアンフリルのライブへ立ち寄ってみた。

 今のアイアンフリルには、「かつて」のメンバーは一人も残ってはいない。色々な事情があって、彼女たちは散らばっていってしまった。

 それでも、アイアンフリルは今も歌い続けている。活き活きと、ステージ上で踊り明かしている。

 曲調も今風だからか、観客もノリにノれている。かくいう自分も、少しばかり体を動かしてしまっていた。やはりアイアンフリルは強い。

 ――この大勢の観客の中に、水野愛へ想いを寄せている者はいるのだろうか。

 たぶん、いるだろう。

 だって彼女は、不動のセンターなのだから。

 

 

 九年目 T月Z日

 新年早々、さくらの記憶を改ざんする方法が見つかった。

 マスター曰く「こいつぁ難しいぞ」とのことだが、確かにこれは困難だ。何せ、頭を切開しつつ「処理」を施さなければいけないのだから。

 嫌悪感、などはない。

 ただ、さくらを傷つけたくはなかった。

 ――何を今更だ。自分はこれから、さくらさんの魂を弄ぼうとしているというのに。

 そうだ。サキや愛、純子にゆうぎり、リリィとたえを輝かせる為にも、さくらさんを蘇らさなければならない。

 何よりも俺は、さくらさんの笑顔を見たいんだ。

 だから、やってやる。記憶の改ざんも、蘇生も。

 

 

 九年目 B月Z日

 プロデューサー脳という本を買ってみた。最近発売された本らしいのだが、なるほど、これは確かに参考になる。特に笑顔と交渉術と粘り強さは必要不可欠であるらしく、我ながら「当たっていたんだな」としんみり。

 まず最初に、「プロデューサーにピッタリのファッションはこれ!」が目に飛び込んだ。なるほど、服装から入るのは基本だ。

 そうしてページを開いてみれば、「ミーティングをしよう!」の文字が。

 しまった。何をするにおいても、ミーティングは必要になってくるじゃないか。

 

 そうして俺は、ゾンビ一同を集めようとして、集合させようとして、導こうとして、だめだった。自我が無いが故に、誰もが四方八方へ歩き回るのだ。

 どうしたものかなあと苦悩していたところ、空気を察したらしいロメロが、わんわんのふた声でゾンビ達を先導しているではないか。

 なるほど。ゾンビとゾンビだからこそ、仲間意識めいた感情を本能レベルで抱いているのかもしれない。

 

 俺はロメロに対して、他のゾンビたちを地下室へ連れていくよう指示を出す。ロメロは特に何ら不満を抱くことなく、ゾンビ達を目的地まで導いてくれたのだった。

 ミッションコンプリート後、俺はロメロへイカゲソを与えた。元気よく食べてくれて、何よりだ。

 

 相変わらずゾンビ達は自由に動き回っているが、ここから出ることは出来ない。ミーティングにはならないだろうが、予習をしてもバチは当たらないはずだ。もう当たっているか。

 ――数分後になって、俺はひどくひどく実感した。こんな薄暗い場所で、生真面目なトーンでミーティングを行っても、単に気が滅入るだけだと。

 ゾンビ環境だからか、余計にそう思う。仮に自我が芽生えたとしても、じめじめとした雰囲気でのミーティングなんて士気が上がらないに決まっている。

 これは、改善の余地ありだ。

 

 

 九年目 G月Z日

 今日も今日とて、流行を追う為に人気のクイズ番組を視聴していたのだが――「これだ!」と叫んだ、立ち上がりすらした。

 何に衝撃を受けたかって、司会者の立ちふるまいだ。明るく声を出しつつ、時にはギャグで場を沸かして、存在感を保ったところで次のクイズへ移行させる。これこそ、ミーティングに欲しかったものだ。

 

 そうして俺は、芸人のノリでミーティングを行ってみせた。結果としては、「あ、案外いけるんじゃね?」だった。

 何せ自分の気分がノりにノりまくっているから、自然と口も動くし頭だって回る。ややオーバーなアクションをしてしまった気もするが、場所が場所だ。これぐらいが丁度いい。

 ――そういえば、大学時代もだいたいこんな感じだった。その経験が今になって活きていると思うと、なんだか感慨深い。

 ゆりは、元気に生きているだろうか。

 

 何度かミーティングの手法を試してみたが、結局はこのノリに落ち着いた。このスタイルならば、唐突にアレコレ言ったところで何ら不自然さは生じないだろう。もしかしたら煙たがれるかもしれないし、距離を取られるかもしれないが、「とくべつ」好かれるよりは良い。メンバーには、円滑にアイドル活動を続けていって欲しいのだ。

 

 

 九年目 D月Z日

 記憶改ざんの練習を、今日も行った。

 これは、人を蘇生させるよりもかなり難しい。ただでさえ手順が多いというのに、一つでも失敗してしまったら、さくらの自我は永久に失われてしまうのだ。

 それだけは、命を賭けてでも阻止しなくてはならない。

 だから俺は、納得がいくまで何度も何度も練習をする。

 

 

 九年目 Q月Z日

 メイクの方だが、これは早めに仕上げられるようになった。手が勝手に動いてくれるのだ。

 作詞作曲もそうだ。まずテーマを考えてみれば、それに関したフレーズが次から次へと思いつくようになった。流行りものを追っていったかいがあるというものだ。

 喋りの方だって順調だ。特に口ごもることもなくミーティングを行えたし、マスターとは良い飲み仲間として付き合っていけている。上手くいかない時は、いつもあーだこーだと愚痴を聞いてもらっていた。

 ――あとは、記憶改ざんをモノにするだけだ。

 

 

 十年目 T月Z日

 ついに、記憶改ざんをモノにした。まったく、俺はどこまで堕ちるんだろうな。

 まあ、それはどうでもいい。さくらさんが輝ければ、それでいい。

 記憶改ざんは明日、行う。

 

 

 十年目 K月Z日

 ――終わった。

 さくらさんへの記憶改ざんは、これにて完了した。何度も確認してみたが、恐らくミスなどはしていないだろう。

 ほっとした反面、少しばかりため息が漏れる。

 

 彼女の人生は、まちがいなく不運の連続だった。それこそ、死ぬほどツイていなかった。

 ほんとう、ひどい人生だと思ったことだろう。不運に潰されて、無気力に陥った時期もあった。

 けれどさくらさんには、たくさんの友達がいた、愛してくれる両親がいた、努力に焦がれた日々があった、アイアンフリルに救われた喜びを抱いていた。

 

 それら全ての思い出を、俺の私欲でぜんぶ奪い取ってしまった。

 まったく、さくらさんを不運にさせているのは俺なんじゃないのか。

 

 ――いいや、迷ったりなんかしない。

 蘇生術は、数日後に執り行う。

 神よ、止めてみるなら止めてみるがいい。俺は必ず、彼女を輝かせてみせる。

 

 

―――

 

 

 夜になっていた。

 蘇生術を使うのに、時間などは関わらない。単に、勇気を振り絞れなかっただけだ。

 人の蘇生なんて、これまで何度も執り行ってきたはずなのに。だのに源さくらが相手となると、万が一の失敗ばかりを考えてしまうのだ。

 自分の不手際で、さくらが正真正銘のゾンビに成り果ててしまったら。その時はきっと、すべてが駄目になってしまっていると思う。

 ――さくらの不幸にだけは、なりたくない。

 だからこそ、蘇生へ踏み込めない。さくらの遺体を前にして、何もしない時間が刻々と過ぎていく。

 

「ま、ゆっくり決めな」

 

 マスターはいつまでも、俺の背中を見守ってくれている。

 振り向いても、マスターは事を急がせたりはしない、止めもしない。すべては、自分の判断にかかっている。

 

 さくらの遺体の前で、そっと深呼吸する。

 さくらの青ざめた顔が、ろうそくの火にふわりと照らされている。目は、あの日からずっと閉じられたまま。時の流れのせいで、肌という肌が腐敗しきっていた。

 さくらがこうなって、もう十年が経つ。

 それでも俺は、今も、源さくらのことが愛おしい。

 

 ――ほんとう、色々なことがあった。まるで走馬灯のように、これまで全てのことを思い出す。

 

 それから、いくつの時が経過しただろう。

 過去を振り返ってみて、俺は改めて実感する。さくらがこんなことになってしまって、十年も経ってしまったという事実に。

 俺の腹の中から、熱めいた使命感が湧いて出てくる。幸せにしたいという欲望が、どうしても止まらない。

 俺は、さくらを幸せにする。輝けるアイドルにしてみせる。それが、プロデューサーの義務だ。

 

 さくらの記憶を、追っていく。

 元気の良い女の子に生まれて、ふつうの環境に育まれた。小学三年の頃にテレビドラマに感動して、その影響で白雪姫になろうと努力した。

 けれど、失敗した。

、テレビ出演したマラソン選手に感銘を受けて、リレー選手になろうと精一杯努力した。

 けれど、失敗した。

 マラソン選手の「諦めない」という言葉を支柱にして、さくらは全力で頑張った。

 けれど、失敗した。

 ぜったい諦めないと、また頑張った。

 けれど、失敗した。

 生まれ変わるために猛勉強して、趣味すらも押し殺して、今度こそ勝てると思った。

 それでも、情に負けてしまった。

 そうしてさくらは、積み重なる失敗を前に疲れ果ててしまった。

 

 けれど、さくらは出会ってしまった。水野愛という、努力の人に。

 だからさくらは、もう一度だけ頑張ろうと決意した。輝くために、心身を磨き上げていった。

 ――ある日、さくらはアイアンフリルのCDを机の上から落としてしまった。それを僕が拾い上げて、さくらさんに手渡して、

 

 ありがとう、乾君

 

 さくらさんは、今度こそ報われようとして、

 いま、俺の目の前で横たわっている。

 

 追憶を終える。

 俺は無表情のまま、さくらの肩に手をかける。これまで幾度となく行われた手順を、踏むために。

 

「源さくら」

 

 ロメロを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。

 

「源さくら」

 

 二階堂サキを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。

 

「源さくら」

 

 水野愛を蘇らせたように、名前を呼びかけていく。

 

「源さくら」

 

 紺野純子を蘇らせたように、名前を呼びかけていく。

 

「源さくら」

 

 ゆうぎりを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。

 

「源さくら」

 

 星川リリィを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。

 

「……源さくら」

 

 最初から、自我を与えるつもりでいた。

 

「源さくら」

 

 けれど、自我を与えないという選択をとったとしても、それを決行することは無理だったと思う。

 

「源さくらっ」

 

 感情が、どうしようもなく止まらないから。

 

「源さくらっ」

 

 目を覚ましてくれ。

 

「源さくらっ」

 

 僕はずっと、君のことが好きだった。

 

「源さくらっ」

 

 だから、君には幸せになって欲しかった。

 

「源さくらっ」

 

 僕でよければ、いくらでも力になる。

 

「源さくらっ」

 

 僕の力で、アイドルにしてみせるから。

 

「源さくらっ」

 

 だから、また笑顔を見せてほしい。

 

「源さくらっ」

 

 また、僕に挨拶をしてくれ。

 

「源さくらっ」

 

 それだけでいい。愛し愛されるなんて、叶わなくてもいい。

 

「源さくらっ」

 

 僕は地獄に堕ちてもいい。さくらには、輝かしい未来を歩んでほしいんだ。

 

「源さくらっ」

 

 僕はただのプロデューサーとして、君をずっと見守るよ。

 

「……源さくらぁッ!」

 

 ――君と、結ばれたかった。

 

 さくらの指が、ぴくりと動いた。

 声にならない声が漏れたと思う。そうして、両肩を掴んでいた手をそっと離す。

 さくらの手が、体が、頭が、小刻みに痙攣し始める。獣のような唸り声とともに、自分の力で立ち上がろうとしていた。

 肉の軋む音を耳にして、心臓が張り裂けそうになる。何度も見た光景であるはずなのに、極度の緊張感がつきまとう。心の中で、何度も何度も応援し続けた。

 

 それから、数秒、数分が経ったと思う。

 さくらは自分の力で、この地に立ち上がってみせた。姿勢は悪いが、まちがいなく、甦った。

 焦点の合わないさくらの瞳と、俺の目が合う。しばらくはそのままでいて、ゆっくり、ゆっくりと近寄ってきて――俺の方へ、力なく倒れ込んだ。

 

「あっ、あっ」

 

 情けない声が漏れる。

 後ろから、マスターが「おうおう」と笑い、

 

「頭をいじくったからな。そのせいで、まだ意識が定まっていなかったんだろう」

 

 さくらと密着しているせいで、ロクに返答も出来ない。

 

「時間が経てば、嬢ちゃんに自我が芽生えるさ。……お前は適切な処置を行った、だから大丈夫だ」

 

 上手くいったかどうかは、まだわからない。けれど今は、そんなマスターの言葉がとても心強かった。

 

「じゃあ、そろそろいいか? 俺はお邪魔みたいだしな」

「か、からかわないでくださいっ」

 

 そうしてマスターは、「はっはっは」と笑いながらで地下室を後にした。

 ――ため息。

 さくらと俺は、今もくっついたままだ。その分だけ、強いにおいが鼻腔をかき乱そうとする。腐敗した肌は、普通なら意識に悪影響を及ぼすだろう。

 けれども俺は、そんなさくらさんのことが好きだった。これからもきっと、そうだろう。

 

 身を預けたままのさくらに対して、俺は――

 

「……おはよう、さくら」

 

 そっと、地面へ横たわらせた。

 

 

―――

 

 

 十年目 W月Z日

 さくらの意識は、徐々にだが目覚めつつある。簡単な言葉なら、「うん」と頷いてくれるのだ。

 だから、今は待とう。さくらが目覚めたその時こそ、ゾンビランドサガプロジェクトの始まりなのだ。

 その為なら、俺はいくらでも踏み台になってみせる。

 それでいいんだ、それで。

 




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