八年目 P月Z日
遂に、さくらを蘇らせる時が来た。
本当、長かったと思う。日記を見てみたところ、八年も経過していたらしい。
いつの間にか、だった。
改めて、身につけるべきスキルを見直す。術はもちろんのこと、特殊メイクも高評価、作詞作曲はじっくり学んだ、舌の回し方にも自信がある。
十分だった。
だから俺は、マスターに頼んで、さくらの遺体を運ばせてもらった。
そして俺は、八年ぶりにさくらと再会を果たした。
顔は灰色に変色しきっていて、肌もすっかり荒れ果てている。強いにおいが、己が感覚を濁らせていく。
そんなさくらを見て、俺は――ここで、「あ」と声が出た。
「マスター。彼女の、生前の記憶はぜんぶ継がれるんですよね?」
「当たり前だろ。何の為の蘇生だ」
――やっぱりだった。
このままさくらを蘇生させたとして、そのまま「アイドルにする」と告げたところで、さくらは「アイドルなんて、いいです」と難色を示すはずだ。だってさくらは、アイドルになるという決意のせいで死んでしまったのだから。
これ以上の失敗なんて、あるはずがない。
そんなさくらに「アイドルになれ」だなんて、死人に鞭を打つのと同義だ。
けれど俺は、どうしてもさくらを輝かせたかった、ステージ上で笑顔を振りまくさくらが見たかった。
円滑に、さくらをアイドルにするには――少し考えて、俺は、マスターにこう乞うた。
「マスター。その、記憶を消しながらで、蘇生させたいのですが」
「はあ?」
「このまま蘇らせても、さくらさんは無気力になるだけなんです」
「……そうかい。じゃあ、そういう方法がねえか探してみるよ」
「本当ですか!」
「ただし、時間はかかるぞ」
「覚悟の上です」
ごめんよ、さくらさん。
しばらくはそこで、どうか眠っていて欲しい。
八年目 M月L日
メンバーの選定を行う為に、ありとあらゆる情報を片っ端から調べ上げてみた。
条件としては、何がしかの伝説を残していること、なるべくならサガ出身であること、そして故人であるという前提が必要になってくる。
――そして、いくつかの人材はマークできた。情報化社会万歳だ。
まずは水野愛、この人は間違いない。新聞でもネットでも、伝説の平成アイドルと大きく謳われているほどだ。――こんな形で、さくらと縁が出来るなんて。
つぎは星川リリィ。伝説の天才子役として、その名は今も語り継がれている。リリィがメンバーになれば、いわゆる「愛されポジション」が完成するだろう。サガ出身者であることも、すごくうれしい。
そして紺野純子。「アイドル サガ 伝説」で検索してみたところ、「飛行機でサガへ向かう途中に、無念の事故死を遂げた伝説の昭和アイドル」と出た。
サガ出身者ではないが、間接的にサガには絡んでいる。一世を風靡したということもあって、頼れるメンバーになってくれるに違いない。
さらに二階堂サキ。「アイドル サガ 伝説」で中々引っかからなくなったので、「サガ 伝説」で検索をかけてみたのだ。すると「サガで語り継がれる、伝説の特攻隊長」という字面が。男として、真っ先にクリックしてみた。
記事によると、サキは極めて身体能力が高く、それでいて皆を引っ張っていく明快な女の子だったらしい。
なるほど。アイドル未体験者ではあるが、確かなカリスマがあるようだ。こうしたメンバーが一人でも居てくれれば、少しのトラブルも何やかんやで乗り越えてくれるだろう。
こうして、メンバーの選定は大方決まった。さくらの記憶を消す方法を模索しながら、このメンバーの蘇生を順次行っていくことにする。
追記
蘇生の方針だが、自我はあえて込めないことにする。新生アイドルグループの命を込める役目は、是非ともさくらさんに任せたいからだ。
こうすれば先輩後輩の関係なんて生じないし、人間関係における置いてけぼりも発生したりしない。そして何より、「自分の手で活動が始まった」という成功体験を掴ませることができる。
さくらさんには、楽しい第二の人生を送ってほしいのだ。
八年目 M月S日
方針は決まった、迷いもない。だから、二階堂サキを蘇らせる。
サキの遺体を前にして、多大な緊張感が生じた。人を蘇らせるという、業が降り掛かっているせいだろう。
たぶん、この感覚は治らないと思う。けれどそれで良い、人を蘇らせるというのは、つまりはそういうことだ。
そして俺は、手を叩きながらでサキの記憶を追憶していった。
経歴が経歴だからか、派手なものが多い。男顔負けのケンカっぷりに、目が離せなくなったことも数回ほど。さすがは伝説の特攻隊長だ。
――そんな彼女だからか、死因も「らしい」ものだった。
記憶は見届けた、サキへの感情も近しいものになった。
サングラスを外し、物言わぬサキの両肩を掴んで、そして何度も何度も、サキの名前を呼びかけていく。感情が、こぼれ落ちそうになりながら。
それを繰り返して、何分も過ぎただろうか。
死んでしまったサキは、本来なら絶対に返事をしたりしない。
けれども俺は、その絶対すら覆してしまうような所業を執り行っている。
命に差なんてない。けれどもサキの、人間の名前を口にするたびに、強烈な自己嫌悪に襲われそうになるのだ。
――さくらの笑顔を思い起こす。
そのとき、サキの体がびくりと震えた。
ロメロと同じように、サキも必死に立ち上がろうとする。新たな生を掴み取ろうと、両足まで震わせながら。
肉の軋む音に対して、俺は耳を塞ごうとした。
けれど、できるはずがなかった。サキの魂に対して、それは無礼すぎる。
時間をかけて、そして、サキは間違いなく甦った。自我がないから、唸ることしか出来ず、歩き方もぎこちなかったけれど。
――サキは、間違いなく甦った。
これでもう俺は、サガの日なんて見られないだろう。他でもない、サガ人の魂を弄んだのだから。
けれど、これでいい。
俺は、さくらさんをアイドルにしたいんだ。
八年 M月Z日
次は、水野愛の蘇生を執り行った。
物言わぬ愛の遺体を見て、俺は、大きな息が漏れた。
そうだ。愛のお陰で、さくらは新しい人生を歩もうとしたんだ。そういった意味では、愛は俺の恩人というべき存在なのかもしれない。
だのに、自我を抜きにして蘇生とは。俺はつくづく外道だ。
だが、やる。
俺は、愛の記憶を追憶していった。彼女の子供時代、アイドルになろうと決意した瞬間、幾度も映し出される努力の光景、ライブ会場で輝く瞬間、真っ白になった光景――
いまでも、そのことははっきりと思い起こせる。
ひどい、ものだった。
そして俺は、愛の名前を何度も何度も呼びかけた。溢れ出そうになる感情を、押し殺しながら。
繰り返していって数分後。水野愛は、間違いなく新たな生を受けた。
命を賭けてでも、俺はサキを、愛を、ロメロを守る。
八年目 I月L日
次は、紺野純子の蘇生を執り行うことにした。
昭和のアイドルの遺体と対面し、まず最初に思ったことは「伝説級の容姿だ」だった。
その上で歌唱力も抜群だったのだから、それはもう一世を風靡してしまうだろう。これは、蘇らせるほかない。
そうして俺は、純子の記憶を追憶していった。性格はいたって物静かで、釣りを行っている場面が多い。趣味だったのだろう。
そして純子は、小学生の身でありながらアイドルへの道を歩み始める。やはり困難極まりないものだったが、持ち前の努力っぷりと、類まれなる素質によって、若くして頭角を示していった。
そんな純子だが、時には自虐に陥ることもあったようだ。しかしそれでも、必ず立ち上がっているのだが。
そうした下積みを重ねていって、純子は遂にテレビへ出演する。高校生だった。
そこからは、もはや絶頂期といって差し支えない。テレビ出演はもちろんのこと、新聞だって毎日が純子祭り。音楽も連続でヒットするなど、昭和はまさに純子の天下だった。
――そして、運命の日がやってきた。
飛行機でサガへ向かっている最中に、突如としてエンジントラブルが発生し、何も出来ないままで墜落死してしまったのだ。
純子らしくない、あまりにも不運な最期だった。
だからか、後に「伝説」の昭和アイドルと謳われるようになってしまった。
――わかった。
純子の無念を、俺の手で晴らそう。失われた純子の輝きを、俺の手で再び灯してみせよう。
それが、ネクロマンサーの義務だ。
そして純子は、この平成の世に返り咲いた。
八年目 J月S日
今日は珍しく、マスターから「人材」を紹介された。いや、あれは推薦といってもいいだろう。
これまでは「好きにしろ」のスタンスを貫き通していたのだが、ここにきていきなり「俺の恩人をアイドルにしてくれねえか?」である。そりゃあもう戸惑った。
狼狽する俺に、マスターも察してくれたのだろう。「伝説の花魁だから、芸には秀でてるぜ。必ずお前の力になる」と、積極的にプレゼンしてくれた。心なしか、表情にも真剣味がある。
「分かりました。あなたには数え切れない恩がありますから、それは構いませんが……ですが、本当にいいんですか?」
「ああ。こいつを……ゆうぎりを、もう一度輝かせてくれねえか?」
そういうことか。
俺は、何も言わずに頷いた。
ゆうぎりの遺体を目の当たりにして、俺は真っ先に言った。「いつの時代のものですか?」
マスターは、平然と言った。「幕末だ」
マスター曰く、ゆうぎりはマスターの恩人であるらしい。そうなれば、ゆうぎりとは知り合いの間柄になるわけで、
「マスター」
「ん」
「いくつですか?」
「適当言っていいぜ」
つまりは、そういうことだった。
そんなやりとりの後で、俺はゆうぎりの記憶を追憶していって――ゆうぎりを無事に、蘇生させた。
「マスター」
「ん」
俺は、笑っていたと思う。
マスターも、なぜ笑われたのか自覚しているのだろう、気まずそうに苦笑していた。
「俺と、あんまり変わらないじゃないですか」
「だから、お前のことがほっとけなかったんだよ」
俺は、マスターとは出会うべくして出会ったらしい。
だって、マスターとゆうぎりは――やめておこう、書いたら馬に蹴られる。
八年目 S月Z日
次は星川リリィだ。新生アイドルグループの中では、一番のアクセントとなってくれる子だろう。
精神性ショックで亡くなったというが、一体どんなことが起こってしまったのだろう。何か恐ろしいものでも見たか、突発的なものなのか。
いずれにせよ、後でわかることだ。
――さて。
リリィの遺体を前にして、思わずため息が漏れた。
子供だろうとも、死ぬ時は死ぬ。死というモノの前には、「子供だから」という理論は通用しない。
けれど、いくらなんでもこれは、あんまりだと思う。
まだ若いのに、天才子役として輝いていたはずなのに、今となっては青ざめた死体としてここにいる。それがひどく物悲しい。
だからこそ、リリィを蘇生させようと決意した。彼女には、さくらと共に輝いて欲しい。
――子供の魂すらも弄ぶ俺は、いずれは地獄に堕ちるだろう。
そして俺は、リリィの記憶を辿っていった。
――え?
蘇生は完了した。
しかしだ、いやしかし、だ。「あれ」には流石に驚いた。
だが、リリィが伝説の子役であることに変わりはない。またしても、頼もしいメンバーが増えたのだ。
基本的なメンバーは、これで揃った。後は、さくらの記憶を改ざんする方法を見つけなければ。
八年目 R月L日
急遽だが、山田たえをメンバーへ加えることにした。
それもこれも、たえには数え切れない恩義があるからだ。彼女がいなければ、サキ、愛、純子、ゆうぎり、リリィ、ロメロの蘇生はままならなかっただろう。
ほんとう、長らく世話になった。
だから俺は、たえを輝かせようと思う。
自我が若干失われているが、体はしっかりと動く。イカゲソへの飛びかかりは一見だ。
彼女には、ダンサーとして働いてもらおう。
八年目 I月Z日
今年も、アイアンフリルのライブへ立ち寄ってみた。
今のアイアンフリルには、「かつて」のメンバーは一人も残ってはいない。色々な事情があって、彼女たちは散らばっていってしまった。
それでも、アイアンフリルは今も歌い続けている。活き活きと、ステージ上で踊り明かしている。
曲調も今風だからか、観客もノリにノれている。かくいう自分も、少しばかり体を動かしてしまっていた。やはりアイアンフリルは強い。
――この大勢の観客の中に、水野愛へ想いを寄せている者はいるのだろうか。
たぶん、いるだろう。
だって彼女は、不動のセンターなのだから。
九年目 T月Z日
新年早々、さくらの記憶を改ざんする方法が見つかった。
マスター曰く「こいつぁ難しいぞ」とのことだが、確かにこれは困難だ。何せ、頭を切開しつつ「処理」を施さなければいけないのだから。
嫌悪感、などはない。
ただ、さくらを傷つけたくはなかった。
――何を今更だ。自分はこれから、さくらさんの魂を弄ぼうとしているというのに。
そうだ。サキや愛、純子にゆうぎり、リリィとたえを輝かせる為にも、さくらさんを蘇らさなければならない。
何よりも俺は、さくらさんの笑顔を見たいんだ。
だから、やってやる。記憶の改ざんも、蘇生も。
九年目 B月Z日
プロデューサー脳という本を買ってみた。最近発売された本らしいのだが、なるほど、これは確かに参考になる。特に笑顔と交渉術と粘り強さは必要不可欠であるらしく、我ながら「当たっていたんだな」としんみり。
まず最初に、「プロデューサーにピッタリのファッションはこれ!」が目に飛び込んだ。なるほど、服装から入るのは基本だ。
そうしてページを開いてみれば、「ミーティングをしよう!」の文字が。
しまった。何をするにおいても、ミーティングは必要になってくるじゃないか。
そうして俺は、ゾンビ一同を集めようとして、集合させようとして、導こうとして、だめだった。自我が無いが故に、誰もが四方八方へ歩き回るのだ。
どうしたものかなあと苦悩していたところ、空気を察したらしいロメロが、わんわんのふた声でゾンビ達を先導しているではないか。
なるほど。ゾンビとゾンビだからこそ、仲間意識めいた感情を本能レベルで抱いているのかもしれない。
俺はロメロに対して、他のゾンビたちを地下室へ連れていくよう指示を出す。ロメロは特に何ら不満を抱くことなく、ゾンビ達を目的地まで導いてくれたのだった。
ミッションコンプリート後、俺はロメロへイカゲソを与えた。元気よく食べてくれて、何よりだ。
相変わらずゾンビ達は自由に動き回っているが、ここから出ることは出来ない。ミーティングにはならないだろうが、予習をしてもバチは当たらないはずだ。もう当たっているか。
――数分後になって、俺はひどくひどく実感した。こんな薄暗い場所で、生真面目なトーンでミーティングを行っても、単に気が滅入るだけだと。
ゾンビ環境だからか、余計にそう思う。仮に自我が芽生えたとしても、じめじめとした雰囲気でのミーティングなんて士気が上がらないに決まっている。
これは、改善の余地ありだ。
九年目 G月Z日
今日も今日とて、流行を追う為に人気のクイズ番組を視聴していたのだが――「これだ!」と叫んだ、立ち上がりすらした。
何に衝撃を受けたかって、司会者の立ちふるまいだ。明るく声を出しつつ、時にはギャグで場を沸かして、存在感を保ったところで次のクイズへ移行させる。これこそ、ミーティングに欲しかったものだ。
そうして俺は、芸人のノリでミーティングを行ってみせた。結果としては、「あ、案外いけるんじゃね?」だった。
何せ自分の気分がノりにノりまくっているから、自然と口も動くし頭だって回る。ややオーバーなアクションをしてしまった気もするが、場所が場所だ。これぐらいが丁度いい。
――そういえば、大学時代もだいたいこんな感じだった。その経験が今になって活きていると思うと、なんだか感慨深い。
ゆりは、元気に生きているだろうか。
何度かミーティングの手法を試してみたが、結局はこのノリに落ち着いた。このスタイルならば、唐突にアレコレ言ったところで何ら不自然さは生じないだろう。もしかしたら煙たがれるかもしれないし、距離を取られるかもしれないが、「とくべつ」好かれるよりは良い。メンバーには、円滑にアイドル活動を続けていって欲しいのだ。
九年目 D月Z日
記憶改ざんの練習を、今日も行った。
これは、人を蘇生させるよりもかなり難しい。ただでさえ手順が多いというのに、一つでも失敗してしまったら、さくらの自我は永久に失われてしまうのだ。
それだけは、命を賭けてでも阻止しなくてはならない。
だから俺は、納得がいくまで何度も何度も練習をする。
九年目 Q月Z日
メイクの方だが、これは早めに仕上げられるようになった。手が勝手に動いてくれるのだ。
作詞作曲もそうだ。まずテーマを考えてみれば、それに関したフレーズが次から次へと思いつくようになった。流行りものを追っていったかいがあるというものだ。
喋りの方だって順調だ。特に口ごもることもなくミーティングを行えたし、マスターとは良い飲み仲間として付き合っていけている。上手くいかない時は、いつもあーだこーだと愚痴を聞いてもらっていた。
――あとは、記憶改ざんをモノにするだけだ。
十年目 T月Z日
ついに、記憶改ざんをモノにした。まったく、俺はどこまで堕ちるんだろうな。
まあ、それはどうでもいい。さくらさんが輝ければ、それでいい。
記憶改ざんは明日、行う。
十年目 K月Z日
――終わった。
さくらさんへの記憶改ざんは、これにて完了した。何度も確認してみたが、恐らくミスなどはしていないだろう。
ほっとした反面、少しばかりため息が漏れる。
彼女の人生は、まちがいなく不運の連続だった。それこそ、死ぬほどツイていなかった。
ほんとう、ひどい人生だと思ったことだろう。不運に潰されて、無気力に陥った時期もあった。
けれどさくらさんには、たくさんの友達がいた、愛してくれる両親がいた、努力に焦がれた日々があった、アイアンフリルに救われた喜びを抱いていた。
それら全ての思い出を、俺の私欲でぜんぶ奪い取ってしまった。
まったく、さくらさんを不運にさせているのは俺なんじゃないのか。
――いいや、迷ったりなんかしない。
蘇生術は、数日後に執り行う。
神よ、止めてみるなら止めてみるがいい。俺は必ず、彼女を輝かせてみせる。
―――
夜になっていた。
蘇生術を使うのに、時間などは関わらない。単に、勇気を振り絞れなかっただけだ。
人の蘇生なんて、これまで何度も執り行ってきたはずなのに。だのに源さくらが相手となると、万が一の失敗ばかりを考えてしまうのだ。
自分の不手際で、さくらが正真正銘のゾンビに成り果ててしまったら。その時はきっと、すべてが駄目になってしまっていると思う。
――さくらの不幸にだけは、なりたくない。
だからこそ、蘇生へ踏み込めない。さくらの遺体を前にして、何もしない時間が刻々と過ぎていく。
「ま、ゆっくり決めな」
マスターはいつまでも、俺の背中を見守ってくれている。
振り向いても、マスターは事を急がせたりはしない、止めもしない。すべては、自分の判断にかかっている。
さくらの遺体の前で、そっと深呼吸する。
さくらの青ざめた顔が、ろうそくの火にふわりと照らされている。目は、あの日からずっと閉じられたまま。時の流れのせいで、肌という肌が腐敗しきっていた。
さくらがこうなって、もう十年が経つ。
それでも俺は、今も、源さくらのことが愛おしい。
――ほんとう、色々なことがあった。まるで走馬灯のように、これまで全てのことを思い出す。
それから、いくつの時が経過しただろう。
過去を振り返ってみて、俺は改めて実感する。さくらがこんなことになってしまって、十年も経ってしまったという事実に。
俺の腹の中から、熱めいた使命感が湧いて出てくる。幸せにしたいという欲望が、どうしても止まらない。
俺は、さくらを幸せにする。輝けるアイドルにしてみせる。それが、プロデューサーの義務だ。
さくらの記憶を、追っていく。
元気の良い女の子に生まれて、ふつうの環境に育まれた。小学三年の頃にテレビドラマに感動して、その影響で白雪姫になろうと努力した。
けれど、失敗した。
、テレビ出演したマラソン選手に感銘を受けて、リレー選手になろうと精一杯努力した。
けれど、失敗した。
マラソン選手の「諦めない」という言葉を支柱にして、さくらは全力で頑張った。
けれど、失敗した。
ぜったい諦めないと、また頑張った。
けれど、失敗した。
生まれ変わるために猛勉強して、趣味すらも押し殺して、今度こそ勝てると思った。
それでも、情に負けてしまった。
そうしてさくらは、積み重なる失敗を前に疲れ果ててしまった。
けれど、さくらは出会ってしまった。水野愛という、努力の人に。
だからさくらは、もう一度だけ頑張ろうと決意した。輝くために、心身を磨き上げていった。
――ある日、さくらはアイアンフリルのCDを机の上から落としてしまった。それを僕が拾い上げて、さくらさんに手渡して、
ありがとう、乾君
さくらさんは、今度こそ報われようとして、
いま、俺の目の前で横たわっている。
追憶を終える。
俺は無表情のまま、さくらの肩に手をかける。これまで幾度となく行われた手順を、踏むために。
「源さくら」
ロメロを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。
「源さくら」
二階堂サキを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。
「源さくら」
水野愛を蘇らせたように、名前を呼びかけていく。
「源さくら」
紺野純子を蘇らせたように、名前を呼びかけていく。
「源さくら」
ゆうぎりを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。
「源さくら」
星川リリィを蘇らせたように、名前を呼びかけていく。
「……源さくら」
最初から、自我を与えるつもりでいた。
「源さくら」
けれど、自我を与えないという選択をとったとしても、それを決行することは無理だったと思う。
「源さくらっ」
感情が、どうしようもなく止まらないから。
「源さくらっ」
目を覚ましてくれ。
「源さくらっ」
僕はずっと、君のことが好きだった。
「源さくらっ」
だから、君には幸せになって欲しかった。
「源さくらっ」
僕でよければ、いくらでも力になる。
「源さくらっ」
僕の力で、アイドルにしてみせるから。
「源さくらっ」
だから、また笑顔を見せてほしい。
「源さくらっ」
また、僕に挨拶をしてくれ。
「源さくらっ」
それだけでいい。愛し愛されるなんて、叶わなくてもいい。
「源さくらっ」
僕は地獄に堕ちてもいい。さくらには、輝かしい未来を歩んでほしいんだ。
「源さくらっ」
僕はただのプロデューサーとして、君をずっと見守るよ。
「……源さくらぁッ!」
――君と、結ばれたかった。
さくらの指が、ぴくりと動いた。
声にならない声が漏れたと思う。そうして、両肩を掴んでいた手をそっと離す。
さくらの手が、体が、頭が、小刻みに痙攣し始める。獣のような唸り声とともに、自分の力で立ち上がろうとしていた。
肉の軋む音を耳にして、心臓が張り裂けそうになる。何度も見た光景であるはずなのに、極度の緊張感がつきまとう。心の中で、何度も何度も応援し続けた。
それから、数秒、数分が経ったと思う。
さくらは自分の力で、この地に立ち上がってみせた。姿勢は悪いが、まちがいなく、甦った。
焦点の合わないさくらの瞳と、俺の目が合う。しばらくはそのままでいて、ゆっくり、ゆっくりと近寄ってきて――俺の方へ、力なく倒れ込んだ。
「あっ、あっ」
情けない声が漏れる。
後ろから、マスターが「おうおう」と笑い、
「頭をいじくったからな。そのせいで、まだ意識が定まっていなかったんだろう」
さくらと密着しているせいで、ロクに返答も出来ない。
「時間が経てば、嬢ちゃんに自我が芽生えるさ。……お前は適切な処置を行った、だから大丈夫だ」
上手くいったかどうかは、まだわからない。けれど今は、そんなマスターの言葉がとても心強かった。
「じゃあ、そろそろいいか? 俺はお邪魔みたいだしな」
「か、からかわないでくださいっ」
そうしてマスターは、「はっはっは」と笑いながらで地下室を後にした。
――ため息。
さくらと俺は、今もくっついたままだ。その分だけ、強いにおいが鼻腔をかき乱そうとする。腐敗した肌は、普通なら意識に悪影響を及ぼすだろう。
けれども俺は、そんなさくらさんのことが好きだった。これからもきっと、そうだろう。
身を預けたままのさくらに対して、俺は――
「……おはよう、さくら」
そっと、地面へ横たわらせた。
―――
十年目 W月Z日
さくらの意識は、徐々にだが目覚めつつある。簡単な言葉なら、「うん」と頷いてくれるのだ。
だから、今は待とう。さくらが目覚めたその時こそ、ゾンビランドサガプロジェクトの始まりなのだ。
その為なら、俺はいくらでも踏み台になってみせる。
それでいいんだ、それで。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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