誕生日回は一人につき、一回ぶんだけです。
取り敢えず言わせてください、おめでとうございます、と。
〜祝福の拳ッ 結城友奈〜
結城友奈は一人、体育館の扉の前に佇んでいた。
「・・・・ここ」
扉を見据える少女の表情は日頃の明るい彼女からは想像できないような険しい表情、戦いに行く者の顔である。
「・・・ッッ、私が」
胸に拳を当て、呟く言葉は只ならぬ決意を感じさせる。 息を吸い、心を落ち着かせた友奈が踏みこみ、扉に手を掛けた。
「私がみんなを・・・守るから」
全ての始まりは1時間ほど前になる。
○
――――3月21日。その日の朝、結城友奈の目覚めは途轍もなく遅かった。
「ふ、ふむぅふぅう!」
どたばたと、家の廊下を走る音が響く。 人語を介さない声を発している少女は焦燥に駆られていた。
誰もいないキッチンで食パン一枚を口に含んでモゴモゴと簡単に咀嚼しては少女の行動は身支度をするという限定的なものに集中していく。
顔を洗い、歯を磨き、
制服を着て、カバンを持つ。
「いってきまーす!」
返す音も無い出発音声、革靴を玄関で打ち鳴らして少女は景気の良い声とともに外へと駆け出した。
『明日の朝までに学校で勇者部の活動記録を作成しなきゃいけないの。 申し訳ないけれど、いつもみたいに迎えに行けないわ』
昨夜、友奈の携帯に届いた美森からのメール。 まるでノルマに追われる新卒の社会人のようなことを言う。と思いながらも友奈は事情を察して、承諾した。
朝一、常に東郷美森に起こしてもらっている自堕落な生活から脱出する良い機会だ。 自分でも美森の助けなくても自立できるようになろう、そう思った友奈だが。
「どうして目覚まし鳴ってるのに気付かないの~!」
テンプレと言われてしまえばそれまでだが、友奈はものの見事に盛大に音を鳴らす目覚ましの側で盛大に二度寝をかまし、現在絶賛遅刻中。
予測可能回避不可能とはこのことだろうか。
いつもなら友人に起こしてもらって漸く普通に起きられるのだ。 その優秀な友人がいなければこうなってしまうのは当たり前である。
軽快に、されど激しく道中を駆ける友奈は何か異様な雰囲気に包まれていた。何かを忘れている、そんな気もするがそれよりも自身の肌に纏わりつく異質なナニか。
それは登校際中に視界に入って来ていた。
「・・・・あれ」
道を進み、讃州中学に近づいていっている筈なのに、勇者部おろか学生に一人として合わない。 そんな光景を誰が信じられるだろうか。
「――樹海化!?」
思い当たる節を挙げるとすれば、自身を含めた勇者のみが自由に動ける結界、樹海化を予想してスマホの端末を確認するがアラームも鳴っていない。
鳥は空を飛んでいるし、風も少なからず吹いている。 いつもの日常、の筈なのだ。 ただの日常に過ぎないというのに、
「・・・・っ」
思わず拳を握る。友奈の胸に去来する孤独という寒気が背筋に走った。
中学の正門までやって来ても、友奈の心が晴れる事は無かった。 学校についたら多少なりとも人の気配くらいはあるものだろう。 登校中の生徒とか、
談笑する先生とか、教室の窓に映る中学生たちの姿が。
全くない。 人影すら感じられないその光景は、まさしくもぬけの殻というべきか。
まるでかくれんぼでもしているのか、というその静けさに友奈の胸が一層締め付けられる。
休日に来てしまったか? スマホのカレンダー機能を使って確認するが平日なのは間違いない。
そもそも休日ならば、昨夜の美森からのメールはなんのか。 美森も同じ状況なのだろうか。 そう思い、友奈は電話帳を開き、見つけ出した番号をタッチして応答を待つ。
「東郷さんにもつながらない・・・・なんで」
思わず友奈は走り出す。 不安を抱く中で、今は一刻も早く誰かに会いたいと思った。 人に会えなければ、どうにかなりそうだった。
○
友奈が中学へ登校して十分が経過する。 その足取りは重く、表情は暗くなりがちだ。
結局探し続けても誰一人として生徒と遭遇することは無かった。
休日でもないのに教師、勇者部を含めた一般生徒と遭遇しないこの状況、異常だ。
明らかに何かが起きている。 そう思わずにはいられない友奈だった。
「・・・もしかしたら」
最後に辿り着いた場所、藁にもすがる想いでやって来たのは勇者部の部室だ。 扉を開ければ、友奈の知る勇者部の面々がそれぞれの活動をしているに違いないのだ。
「・・・・・」
扉を開けた先の光景に、友奈が持っていた鞄をその場に落とす。 部室には誰も居なかった。
パソコンにてキーボードを打ち鳴らす東郷、
テーブルの上にカードを並べて占いをする樹、
その向かいでふんぞり返る夏凛、
風と談笑する園子の姿が他の時代の勇者の姿がどこにもなかったのだ。
「みんな・・・どこ?」
ふらつく動き、今にも倒れそうな不安定な体の揺れをなんとか抑え込んで、テーブルまでたどり着く。
友奈はテーブルに体重をかけるようにおいて、小さく、聞こえるか聞こえない程度の声で呟いた。
―――怖い。
世界に自分しかいない、そんな過酷な状況の映画がどっかにあったはず。 閉鎖されたその空間の中にいた物語の主人公はきっとこんな感じの気分を味わっていたのだろうか。
だが、友奈には奇しくも似たような経験がある。 それは現実の世界、友奈たちがいる神世紀での最終決戦の最中に自身に起きた現象。
レオ・バーテックスを倒すためにその心臓、御霊に触れた瞬間、友奈の意識はどこか別の場所へと飛ばされていた。 そこは人が入る事ができない、まさしく人外の領域。
暗く、どこまで果たしてなく続く虚空、
手を伸ばせども届くことは無い常世の闇、
歩いても歩いても終わりのない灰色の平野。
友の声を聞き、青い鳥に導かれるままに諦めず歩き続けて日常へと戻ってきた。 それまでの孤独感と同じような気がすると、友奈は思う。
「・・・・あれ」
ふと、机の上に一枚の紙が置かれている事に気付いた。 桜の花のようなピンクの一枚の紙には何か書かれていた。
その内容を見て、友奈は空いている拳を握る。 先ほどとは打って変わり、決意を秘めた険しい表情で友奈は部室を飛び出した。
『体育館で待ってます。 赤嶺友奈より』
宙を舞い、床へ落ちた紙にはそう書かれていた。
○
そして今に至る。 友奈は体育館の扉の前にいた。 よく見れば不自然なことである。体育館はいつもなら用務員が歓喜のために扉を開けて、窓だって開けているのに、
今日に限っては扉は閉められ、窓は中が見えないようにカーテンが掛かっていたのだ。
「・・・よーし」
顔を両の手で叩くのは気合の表れと、恐怖心に負けないようにするために自身へ喝を入れるためだ。
この状況、罠かも知れない。 中に入ったら赤嶺が待ち構えているかもしれないし、バーテックスがいるかもしれない。
それでも一歩も引かず、前に踏み込むことが出来るのは自分が勇者だからだ。
扉に手を掛け、一気に力を込める。 扉は鍵が掛かっておらず、すんなりと開いた。 中は照明も消されており、窓やカーテンも閉めているからか、中の様子を全く把握することが出来ない程の暗闇である。
悠然とその世界へと足を踏み入れていく友奈。 空気は異様な程に冷たく、肌に纏わりつく感覚に耐えながら進む。
そして入ってから数メートルほどだろうか。 いきなり入ってきた扉が閉まった。
金属を打ち鳴らした扉が閉まる音と同時に、友奈の視界が完全に闇に包まれる。
「やっぱり、罠ッ」
突如の事に動じることなく、友奈はポケットからスマホを取り出した。 暗くても、スマホの灯りが最低限あれば、手元の操作が狂うことは無い。
アプリを開き、勇者システムを起動させよう指で画面をタップしようとした、その瞬間だった。
照明が、先ほどまでに完全に沈黙を保っていた照明器具が起動した。
バツン、という音を皮切りに次々と天井から当てられる光が体育館の闇の世界を照らしていく。
「うっ・・・見えない!」
暗所での活動中、いきなり強烈な光を見ると周囲が眩しすぎて見えなくなるという。
暗順応から明順応へ眼の網膜にある視細胞の働きが切り替わるまでには数秒を要する。
不意打ち?だまし討ち?攻め手は?どこから?
視界が閉ざされた友奈の脳内では予想されるあらゆる敵の攻撃手段に対応すべく、冷静に息を吐いて構える。
だが待っているだけの友奈に攻撃が繰り出されることなく、静寂が続き、次第に明るくなってきた周囲の景色を容易に視界に納めるまでに視力が回復した。
「―――え?」
回復した視力がとらえた光景に友奈は思わず声を漏らした。 そこは本来、闇に染まっていた体育館のハズだった。
周囲を見渡せば、檀上、観客席、つまり友奈を取り囲むようにして埋め尽くさんばかりの人、人、人。
讃州中学の生徒たちだった。
「やっと来たのかい、オセェぜ友奈ちゃん」
そして、正面には空手部顧問、愚地独歩の姿がある。 部活の時間帯ではないのに何故か道着姿だ。
「え? え、ええ? 独歩ちゃん? なんで?」
当然の事だが、ここに来るまでは完全に赤嶺友奈と戦う気満々だったのだ。今ではその気は完全に何処かへ行ったのだろうかというくらいに友奈は困惑している。
そんな友奈の困惑している様子を面白がっているのか、独歩が小さく笑っていた。
「さ~て」
腰に手を当てて、彼は天井にある照明を見上げながら、同時に両の手を広げ始めた。 その両の手が完全に広がった時、独歩の口が開かれる。
「今日は何の日―――、だったかな? 友奈ちゃん」
その両の手が合図だったかのように、友奈の全身に衝撃が走る。
それは比喩ではなく、彼女の頬を、皮膚を、これでもかと叩かんばかりの衝撃。
――――――押忍ッッッッ!!!
友奈を除いた全ての生徒たちが怒号と共に放つ拳、正拳突き。
――――――押忍ッッッッ!!!
虚空に放たれる突きは声量の正体は讃州中学生徒全員―――、
――――――押忍ッッッッ!!!
讃州中学、全校生徒総勢300名以上が早朝を物ともせず、この体育館に集結したのである。
目の前で一人で佇む少女の為に。
この学校で一番の太陽の如き笑顔を持つ、誰もが認めるお人好しの為に。
たった一つの溜息すらが巨大な衝撃と化す、讃州中学生徒全員という数。
「オリャァ! もっと腹から声出しなさいッ! 女子力ッ 女子力ッ 女子力と叫ぶのよッ!」
「風さん、掛け声は決まっているんだが・・・」
特別指導員・犬吠崎風、乃木若葉の号令の下、一糸乱れぬ統率で、腹の底から気合を振り絞る。
―――――――押忍ッッッッ!!!
「銀、なんで拳を突きながら・・・私の胸をじっと見てるの?」
「そりゃぁ、鷲尾さん家の須美さんが拳を突きだす毎に・・・」
「揺れてるからだよぉ~」
「~~~~~~~ッッッ!!!」
目の前には師がいて、
振り返れば友が居る。
「・・・・あ」
360度、全身を余すことなく叩く拳の圧の意味を友奈は正面観客席の最上段に広がっている横に伸びた巨大な幕に書かれた文字を見て、漸く理解した。
「―――ッッ!!」
その様子を見て、頃合いかと風が手を振った瞬間、正拳突きの雨がピタリと止んだ。
「友奈ちゃーん!」
「友奈さーん!」
「友奈ー!」
「ゆーゆー!」
巨大な幕を広げる一員を担った東郷が、樹が、夏凛が、園子が体育館の中心にいる友奈へ送る、最大の祝福。
3月21日。その意味を今まで忘れていた友奈に生徒たちがしてくれた事に対し、言葉に言い表せない程の感謝の念と、
「みんな・・・」
「ありがとう・・・・!!」
頬を伝う涙。 勿論それは、嬉し泣き。
「いくぞオメェらッ! 締めるぜ――――ッッ!」
独歩が合図を送り、全員が一呼吸。 続けて独歩が音頭を取り、せーのという言葉の後に、観客席に広がる幕の文字と同じ内容を送る。
―――――結城友奈ちゃん 誕生日オメデトウッ!!!!
割れんばかりの歓声。 大気が、体育館全体が震えるのを感じた友奈も自身に贈られた祝福へ、最大限の笑みで返した。
「アリガトォォォォォォオッッッ!!!」
冷めぬ熱気を持った体育館で行われたこのサプライズを結城友奈は絶対に忘れたくないと思った。
たとえ、この世界が終わってしまったとしても。
○
―――――しかし、その後は酷かった。
今回のサプライズ、考え出したのはどうやら独歩らしい。 赤嶺友奈をダシに友奈をおびき寄せるのは些か疑問があったが、それには勇者部全員が賛同し、あまつさえ讃州中学生徒全員を巻き込む形になった。
独歩から先生たちに話を通して、授業に支障が出ない程度で行うことを条件に承諾を得ているとのこと。
それでも尚時間が余ったので勇者部で出し物を即興でやることになった。 壇上に立つ樹の手にはマイクが握られている。
姉の風は自慢の妹の歌が聞けると狂喜乱舞していたが、何故か本番、樹の両隣りにはマイクを持った独歩と烈の姿があった。
――――空手の真髄を見せてやらァ・・・・。
――――中国の歌にも四千年の歴史がある・・・。
――――友奈さんに送ります! 聞いてください、私の・・・私たちの『Aurora Days』ッッ!!
妖精の如き歌声に混じって、コブシの効いた渋い男の聞こえる曲を友奈を含めた生徒全員はフルコーラスで聞き続けるという地獄絵図を目の当たりにすることとなった。
直後、”大赦を潰してやるッッ”と血涙を流しながらアプリで変身しようとしていた風を勇者部全員で全力で阻止したのは言うまでもない。
~祝福の拳ッ 結城友奈〜
赤嶺「なんか知らないところで名前を悪用されてる気がする」
勇者シリーズ?と言えば良いのか、ゆゆゆシリーズでいいのか分かりませんが大切な主人公ですからね。 誕生日回1発目、派手に行かせてもらいました。
あと盛大なオチも。そのせいでシリアスが だいたい台無しになるのが私のクオリティ。
ラストの歌部分は樹ちゃんのバックに合同演武を披露しながら歌う上裸の烈と独歩をイメージするべし。