チャンピオンで掲載されてる刃牙の作者が原案の小説『ゆうえんち』を見て、いつかこんなレベルで小説かけるようになりたいと思う今日この頃。
独歩の激励にも似た言葉は園子の耳に確かに届いていた。 それは、勇者部として決めていた大切な決まり事。
部員たちが大事にしてる大切な約束。
(・・・なるべく、諦めないッッ)
自身に言い聞かせるように、再度胸の中で呼称する。 園子を奮い立たせる想いは、自分がこんな事でへこたれてはいけないこと、
彼女の大切な友人である紅い勇者も絶望的な状況だって諦めないということ、
自分の事を待ってくれている人がいるということ。
(ピッカーンと、閃いた・・・ッッ)
天から降って湧いたような、一筋の光明が差したような閃きが園子に宿る。 次の瞬間、園子の肉体には劇的な変化が起きていた。
○
女子は勿論、男子でさえもその黒光りする物体を触ることを出来ず、クラスからは畏の対象だったということは幼いころの園子も理解できていた。 小学校の頃は三ノ輪 銀くらいが台所洗剤とガムテープを持って勇敢に戦っていたのを覚えている。
園子は小学生の頃、道端でたまたまゴキブリの死骸を見つけたことがあった。
園子は蟻の行列に見とれる事が良くあり、そのゴキブリも今しがた力尽きたのか、はたまた、人間に不幸にも踏みつぶされたのか分からないが、命を落とし、蟻によって巣に運ばれている最中だったのだ。
陽気な気分が一気に下がったような気がした。蟻の行列を見るのならばまだ良いが、食物連鎖の決まり事だとはいえ、運ばれている餌が誰もが畏れるゴキブリなのだから。
しかし、眼を見開いた園子がその死骸から見出したのは脳内のエンドルフィンを分泌させるほどの関心、発見があった。
ゴキブリの死骸は身体の中身が見えるほどに損傷を受けていた。 通常の生物なら、グロテスクにも内蔵や肉の器官が露わになっていてもおかしくないのだが、園子は次の瞬間、衝撃を受ける。
ゴキブリの中から見え、垂れるモノ。
それは筋繊維でも、骨でも、内臓でもない、乳白色の・・・液体。
ゴキブリと言う生物の初速は自然界最強だと聞いたことがある。 初速・・・つまり、時速ゼロの状態から一気にハイスピードを生み出すことが出来るらしい。
園子が計算したところ、人間の大きさでゴキブリの動きをしたならば時速は288キロ。 それは新幹線の最高速度並となる。
不思議なことである。 その超絶スピードを支えている正体が、まさかただの液体だったなんて。
園子は思う。
――――もし、私が液体だったら・・・。
――――もし、自分の身体があんな液体になれたなら・・・。
きっと、誰も自分を捕まえる事ができなくなるだろう、と。
○
その異様と呼べる雰囲気を真っ先に肌で感じ取った赤嶺は独歩に繰り出す筈の拳を止めていた。
視線の先には乃木園子と、正直に呼んでよいのだろうか。
「これ・・・はッ」
拘束されている園子が飴細工のように溶け始めている。 溶けるというのはあくまで比喩だ。実際に溶けている訳ではない。
「ふにゅあ~」
見ているこっちも力を抜いてしまいそうになる位に緩まった園子の声。 緩まったのは声だけではなく、表情筋、腕、肩、背、腹、脚と五体いたる全ての器官の筋肉を脱力させていた。
脱力は留まる事を知らず、本当に水のような液体になって消えてしまうのではないかと思う程だ。
「おッ、オオッ・・こいつァッ」
驚愕するのは独歩。 それと同時に、園子の脱力は臨界を迎えつつあった。 筋肉の弛緩、脱力の極地に至り、自分の身体が本当に人間のものだったのかと考えられない程に緩みきったその思考はもはや、感覚すらも虚空の彼方へと置き去りにする。
「ふしゅぅ~~~る」
園子が思ったのはこうだ。 たぶん、
そして次の瞬間、弛緩させていた眠っていた肉体を自分のタイミングで起動させた。
「な・・・・ッ」
一瞬の出来事の後、驚愕す光景。 園子が拘束を解かれた状態で、すとっ、と着地を決めていた。
まるで水の如き流の軌道で、
しかもその動作は音も無く、映ることなく、
物体が液体となり、再び物体へと肉体的変化を遂げたのではないかという錯覚に陥る。 不思議なことに、植物型のバーテックスは未だ
園子が見出したのは筋肉の膨張と弛緩。
一般的に縄ぬけのテクニックとして知られているのは縛られた腕を交差させ、縄の形を変えた後に生じた縄の隙間を利用するものである。
それは筋肉に余計な力を籠め、極度の緊張から肉の密度を上げるのと一緒だ。
先ほどまで力を込めて必死に抜け出そうとしたその動作は極限まで拘束の限界を拡大させていく。
そして限りなく広がってであろう拘束する蔓の輪。 そこから行われたのは全身の筋肉を弛緩。
緊張により膨張していた筋肉が一気に緩む・・・それは肉体の収縮を意味する。 そこに生まれた隙間。 出来るべくして出来てしまった隙間。
勿論、ただの弛緩では物足りない。 園子が行ったのはあのゴキブリと同じ、液体レベルの筋肉の弛緩だ。
バーテックスは錯覚する。 同じレベルの力で未だに少女を拘束していると。 実際は拘束出来ていないという事にすら気づいていないというのに。
限界まで筋肉を弛緩し、身体を縮小させた園子は、完全に抜け出せるほど蔓と身体の隙間を作ったのを見計らって、一気に抜け出したのだ。
それは悟られない動き。
握るか握らないかくらいで手の上においていたナイロン生地のスカーフが、ふとした事で音も無く抜け落ちるように。
「おおっ・・・できた」
まるで逆上がりがちょっとした事でできたかのような軽さでとんでもないことをやってのけた園子は長い間拘束されていたからか、大きく欠伸をして、身体全体もほぐすように伸ばす。
「・・・オイオイオイ、マジかよ園ちゃん」
独歩の拳が震えている。 それは観喜にも似たものだった。
自身を液体レベルまで弛緩させるという人間離れした芸当を行う人物を、独歩は一人だけ知っている。
範馬刃牙。
地上最強の生物、力の根源、暴力の化身である範馬勇次郎の息子。
最強の父の血統を刻んだ天性の格闘センスを持ち、父親である勇次郎と繰り広げた地上最強の親子喧嘩が公の場で実況生中継されたのは独歩にとっては記憶にまだ新しい。
そんな彼が行ってきた人外から常軌を逸した技の一つに確かに存在する。それが”肉体の液化”、脱力である。
武術における肉体の液化が生み出すもの、それは破壊力だ。脱力から生み出される瞬時の緊張は他を寄せ付けない破壊力へと直結している。
独歩の正拳突き、刃牙のダッシュ攻撃も同じことと言える。
しかし、園子がやってのけたのはどちらでもない。似て非なるもの。
常に緩く、ほわんとしている彼女だからこそできるオリジナル脱力。
「よーし、久し振りの変身だぁ! ずっがーんと行くよー!」
瞳に菱型のきらめきを映している園子の手に握られるのは勇者システムを宿したスマホだ。これまではその機能がロックしていた為に変身することは出来なかった。
園子が嬉々としてその手を掲げ、先ほど発した言葉が意味するところは、
「マックス・大・変・身ッッ」
おかしい、何かが違う、と赤嶺も独歩も思ったのだが既に園子は光に包まれている。 突っ込みの余裕をも与えず、マイペースで動き回る少女、それが乃木園子である。
光が弾けると同時に現れたのは白と紫の勇者装束を身にまとった少女が顕現した。
勇者装束の色合いは睡蓮を思わせた。 長く伸びた金髪が一層美しさを際立たせ、銀の槍を構えたその姿には神々しさも覚えるほどである。
「部室は皆の大切な拠点なんだよ・・・その周囲を争うなんて」
睡蓮の少女が槍を掲げ、狙いを定める。
「ここらから・・・出て行けぇ――――ッッ!!」
普段の園子からは考えられないような高い声と共に、槍が振り下ろされる。 狙うは自身を縛っていた植物型のバーテックスと、その周囲の星屑だ。
空間を切り裂くような一閃が瞬く間にバーテックスと星屑を切り裂いた。 切り裂かれた対象は自身が切られたという実感すら覚えることなく消滅したことだろう。
爆裂四散したバーテックスたちは光の粒子となって消え去り、すかさず園子は槍の穂先を赤嶺に向ける。 明らかに追撃の構え。
「驚いたね・・・一人の勇者としての戦力がこれほどとは・・・」
油断をしていたわけではない。 そのために、園子を隔離させたのだと赤嶺は構える。 突出した戦闘力の代わりに戦況をひっくり返すような閃き。
確信を得る。 彼女、乃木園子もあの乃木若葉の子孫なのだと。
しかしこの時、赤嶺は前方の変身した園子に気を取られて大事なことを忘れていた。
「チョイチョイ」
「――――え?」
その背後、愚地独歩が接近して肩を軽く小突いていたことに。
「な――――」
赤嶺が言葉を言い終えるより早く、疵だらけの厚拳が顔を抉る。
瞬間、赤嶺の右頬にかけて衝撃が走り、空気が破裂する音が遅れて場に響いた。
同時に身体全体が園子を飛び越え、遥か後方まで吹き飛ばされる。
「がは―――ッッ」
二転三転して漸く止まり、すぐに身体を起こそうとするが、身体が鉛でも巻きついているかのように重くなり、視界も酩酊状態のように揺らいでいた。
「なんて・・・正拳突きッ」
見えていた。 だが、反応できなかった。 勇者としての動体視力をもってしても独歩の拳は躱すことも、防御することも敵わない。
必中にして、脳を揺らすほどの破壊力を持つ武神の一撃を味わった赤嶺である。
「コイツでおアイコだァ、そろそろ降参してくれないかねぇ」
赤嶺の見上げた先、天地上下の構えを完成させた独歩がこちらを見据えている。 彼の問いには当然として、拒絶の反応を見せて立ち上がった。
「・・・冗談ッ、こんなことくらいで――――」
「いや、お前さんのこと思って言ってるんだぜェ?」
直後、独歩の真横をすり抜けるようにして赤嶺の前に出てくる人影がある。
「皆! 無事かッッ」
「みーちゃん! 大丈夫!?」
乃木若葉は刀を構え、白鳥歌野は鞭を取り出し、怒気を宿した眼光を赤嶺に向けている。 樹海での戦いに向かっていたこの二人が戻ってきたという事は、次第に彼女達以外の勇者もこの場所に戻ってくることだろう。
「お前さんの負けだ、赤嶺」
独歩は再度、赤嶺に告げる。 若葉と歌野という西暦勇者の中で攻めの要を持つ二人がこの場にいるだけで、一人の赤嶺には分が悪い。 巫女を人質に取るという奇襲作戦も園子と独歩によって阻まれてしまった。
「まだだよ・・・ッッ」
口元の血を拭い、赤嶺は笑って見せる。ここまで来たら最後まで戦うし、何より情けを与えられたまま敵陣地でおめおめと逃亡する事は赤嶺の言う所、プライドが許されない。
「――ここからは、バーテックスと私プラスの・・・最大戦力でお相手するよ」
外にはいざと言う時に控えさせておいた大型バーテックスがいる。 星屑も50体ほど連れてきていた。
不利な状況であったとしても、赤嶺は突撃思考にならず最善の思考でクールに動くべきなのだ。 戻ってくる勇者部の面子を確認しながら赤嶺は気を張って戦いを仕掛ける。
――――この戦いは、まだ本番ではない。
自身の心に余裕を持たせるよう言い聞かせながら。
○
「あ~、いっつ・・・・」
空中を駆け抜ける一つの巨大な影がある。 移動用バーテックスに乗った赤嶺友奈だ。
時間帯は既に夕方だ。 樹海化は解かれ、寒空の下で空中を高速移動する最中の外気に傷が良く沁みる。
結果は敗北だった。 赤嶺友奈の。
既に勝負はあったというのは事実だ。 既にこちらの作戦は失敗に終わっている。加えて独歩の一撃は重く、赤嶺の身体にダメージを残していた。
そして、帰還してきた増援の勇者達の攻撃に少数しかバーテックスを連れてきていなかった赤嶺サイドに勝つ見込みなど無かったのである。
元々、赤嶺としても完全決着まで持っていく必要は無かったので旗色が悪くなった時点で撤退することは考えていた。 しかし、せっかく敵陣まで入り込んだのだ。いくつか向こうが知りたがっている情報を伝えたかった。
「こっちも一本取られた訳だし・・・これくらいは良いよね、造反神サマ」
そしてもう少しだけ部室に居座りたかった理由を赤嶺は振り返って、勇者部部室があるその方角を見つめる。
「あぁ・・・お姉さま!」
顔の筋肉が緩み、先ほど激戦を繰り広げていた少女とは思えないような甘ったるい声で赤嶺が悶える。
かつて赤嶺の祖先が沖縄に在住していた頃、四国へ脱出する手助けをしてくれた沖縄の勇者、古波蔵 棗に出会えたことが赤嶺にとって今日一番の幸福だった。
「お噂通り凛々しい~! ほんとに、話せて良かった!」
古波蔵 棗という名前は赤嶺家代々伝えられる英雄の名である。 彼女が居なければ、赤嶺家は四国へ脱出することなく滅亡していた可能性があるし、身を賭して命を繋げてくれた棗の事を聞かされていた赤嶺友奈も、時代が違う故に会ったことは無かったが、心の底から尊敬していたのだ。
「間近で見てみると背が高いし、勇者服もステキ! あと、やっぱクールだけど優しいところもあるなんて・・・・あぁ~んもう!」
両の手で肩を抱き、恐悦至極の表情でバーテックスの上をコロコロと転がる。 赤嶺を乗せているバーテックスは思っていた。
この女、余りにもやかましいから振り落としてやろうか、と。
「・・・・はぁ」
ピタリと動きを止める。確かに赤嶺は心のどこかで望んでいた。棗と会うことを。
だが、同時に棗と敵対することは望んでいなかった。 これから戦う中で、もし明確な敵意を彼女から向けられたらと思うと、また赤嶺の胸を締め付けられるような痛みが走る。
「・・・戦いたく、ないなぁ」
仰向けになり、神樹が作り出した世界の夜空を眺めながら赤嶺は自身の拠点へと帰っていく。 四国の空に瞬く星は赤嶺の内面とは裏腹に綺麗に輝いていた。
○
――――戦いが終わり、讃州中学。
「ほらよ」
「おっととっ・・・!」
独歩が無造作に園子に投げたのは一冊のメモ帳だった。一瞬掴みそこなった園子が慌てながらもそのメモ帳を手に納め、にへらーと蕩けたような顔で
「ど、どっぽちゃん・・・いえ、独歩サマッ! ありがとうごぜぇますだァ! このご恩はッ ご恩はッ」
まるで神をも崇めるように首を垂れる園子に独歩も戸惑いを隠せない。 そこまであのメモ帳は価値のあるものなのか。
だが、小説を書くことを趣味としている園子にとってその疑問は無駄だというものだろう。
暫くの静寂の後、園子が呟いた。
「痛くはなかった? 独歩ちゃん・・・」
不意にこちらの顔色を窺うように顔を近づける園子。 独歩は近すぎる距離間に右手で制して顔をぐいっと押し返す。
「大丈夫だって。 園ちゃんが考えることじゃねぇわな・・・もしかして気にしてんのかい?」
「だって、私のせいでいっぱい怪我させちゃった・・・・ごめんね」
申し訳なさそうに言う園子に独歩は頭を掻く。 いつもホンワカしている園子だが過去に勇者達のリーダーをやっていたこともあってか、責任感が強い。負い目を感じてしまうのは仕方ない事なのか。
気にしてるのか、など聞くべきではなかった。と独歩は思う。
「お前らガキの癖に気張りすぎなんだよッ どいつもこいつも揃いも揃って”御役目”だとか”勇者だから”とか、御題目掲げて他人ばかり気に掛けやがってッッ」
だからこそ、勇者に選ばれたのではないか、と自問自答する独歩。 だが、この場所にいる勇者という中学生女子たちは自分のことを蔑ろにして他人を気に掛ける傾向が強い。ほんとに。
「お前らが処理しきれねェ部分は俺や烈が受け持つッ 大人は自分の言葉に責任持つし、今は勇者部の副顧問でお前らと一緒に神様とチャンバラする仲間なんだからよ」
「―――もうちょい、大人を頼れ」
諭しているのか、怒っているのか分からない声量だが、園子は呆然と聞き入っている様子である。 園子にとっての大人から出た言葉が”予想外”だった、と言った表情。
だが彼の言葉で少しだけ気が楽になったのか園子は笑みを浮かべ、
「そう、だね・・・・」」
「おうよ、ホレ、さっさと行きな。 友奈ちゃん達が待ってるぜ」
「うん!」
そうだ、と独歩は今にも駆け出しそうな園子に一言。
「変身した姿―――、カッコよかったぜ」
そう言われた園子は少しだけ照れていたようだった。 彼女は先ほどよりも調子の乗った声で、だが表情はにへら、と笑みを浮かべて、
「ありがとう、独歩ちゃん!」
手を振って、友奈たちがいる方へと駆けて行った。 合流してからも東郷や友奈たちと笑い合っている所を見て、少しだけ安心した独歩である。
戦いで汚れた廊下は既に掃除済みだ。樹海化も解け、何もすることが無くなった独歩は談笑している少女たちを余所に、歩き出す。
「――ったく、洗濯しなきゃ、な」
闇に消えるように廊下の先を進む独歩。 純白の道着は赤嶺との闘いで流した血にまみれている。明日も稽古があるし、早めに洗濯をしなければと思っていた時だ。
「おろ・・・?」
独歩の身体が傾く。まるで老人の如き失態、何もない所で転ぶなど、これまでの独歩には考えられなかった。
だが、今の独歩は赤嶺との闘いで肉体にダメージを受けている。
戦いの最中はアドレナリンと闘志が痛みを和らげていた。 それが今になって切れたのである。
思えば、武の道を志し、気付けば55歳。 肉体の
肉体強化に努めても、それでも体力や筋肉は少しづつ減少する一方だ。
いかなる達人も、衰えは隠せなかった。
「キッツイ、なぁ~」
岩を破壊するであろう拳を全身で何発も受けたのだ。当然である。
これまで上がっていなかった息が、突如として乱れ始める。なんとか踏みとどまって呼吸を落ち着かせるが、蓄積したダメージはかなりのものなかのか、なかなか呼吸が一定にならない。
決して勇者部の面々には見せられない、弱っている部分などを見せる訳にはいかないのだ。 武人としてのちょっとしたプライドだ。
無理して歩を進めようとする独歩の眼前に、手が差し出された。 それは少女の物ではない、明らかに男の手。
「・・・・・」
烈海王だった。
「烈・・・」
無言を貫く烈が強引に道着を掴み、一気に引き上げる。 110キロの肉体を片手で持ち上げて見せた烈は一瞬の動きで肩を貸すように独歩を背負った。
二人三脚のようにゆっくりと二人は廊下を進んでいく。事情を知ってか知らずか、彼は今の独歩の状態について詳しく聞いてこない。 未だに無言だ。
だが独歩にとって、その烈の無言が有難かった。
数分程歩き始めて、初めて烈が口を開く。
「私を騙した罰が当たったんだろうな」
「へへ・・・、それにしても、優しいのナ」
「フン・・・・」
かなり怒っているのかと思ったが意外に落ち着いている烈を見て、独歩は安心した。
それどころか、独歩に感謝されて頬まで染めてる始末。 園子たちに一部始終を見られたら確実に今後のツンデレ枠は烈で決まりだ、とか言い出しかねない。
その後、烈海王が勇者部の三好夏凛と郡千景と果てしないツンデレ枠を争うことになるのは、また別のお話である。
~未解放地域。
人の住む場所ではない、樹木に覆われた空間を歩く者がいる。
「ふ~む・・・・」
自前の足袋を鳴らすように歩くのは老人だ。和服の袖が、ぷらぷらと揺れながら道なき道を往く老人は顎に手を当て、困っているようである。
「ここはどこなのかの~」
老人は平たく言えば、見知らぬ土地に突如としてやって来た迷子であった。 自身は先程まで、警視庁の逮捕術訓練指導を今しがた終えて帰路に着く途中・・・だった筈。
歩けども歩けども、コンクリートジャングルの東京とは縁遠い本物のジャングル地帯のような世界。 不気味さも感じる静寂。
だが老人はこの静寂が嫌いではなかった。
静寂とは、争いとはかけ離れた要素であり、それが続くのであれば自分は安全だと自負しているからである。
しかし、その静寂は突如として破られた。
「・・・あん? 牛?」
ーーーのような角と、教会にありそうな鐘を提げた緑色の巨大な物体が浮遊しながら老人の前にその姿を現わした。
「・・・ホゥ、なんとなんと」
自身の塩頭に手を当て、目の当たりにする光景が現実のものなのか真っ先に疑った。
明らかな異質、
明らかな敵意、
明らかな殺意、
三つの意が混同し、冷気となって老人へ叩き込まれる。 バチバチと、季節的にはまだ寒くないというのに極寒の国に放り込まれた感覚。
「ははっーーー」
「おもしれェ」
意外にも老人が感じたもの、それは熱気。
今も吹き付ける冷気をものともしない、内なる熱さはソレを凌駕する。
喧嘩っ早くて、どうしても闘いを好んでしまう自身の性分さと、
どんなヤツが相手だろうとかまわずぶっ倒しちまいたい、
武人としての血が騒ぐ。
『ーーーーー!!!』
牛の形を模した異形、バーテックス・タウラスは頭上の鐘を打ち鳴らす。
その不協和音は空間に振動を与え、大地を、樹木を震わせる。
仮に生物がこの音を聞いてしまったなら、あまりの不快さに足を止め、思わず耳を塞いでしまうだろう。
「ちぃーーー! んナ吠えんでも聞こえてるっつーの!」
あれを吠えてるか捉えるかは別として、耳をつんざくような不協和音を老人は両耳に人差し指で塞いでいた。
だが、それでも聞こえてくる音は老人の頭を容赦なく揺らし、顔は苦虫を噛み潰したかの如く、不快の色を浮かべた。
『ーーーーー!!!』
バーテックス・タウラスは船を漕ぐが如きスピードで動き出す。
だが尋常ではない加速を行い、その勢いは周りの樹木も薙ぎ倒す程の威力へと成長する。
脳内で警笛が鳴り、命を潰さんとする突進が両耳を塞ぐ老人へ迫る。
「イイなぁ」
「シンプルで助かるわい」
空いている親指でズレていたべっ甲素材のメガネを持ち上げるように直し、老人は思う。
夢だとか、
現実だとか、
「関係ねぇわな」
迫り来る危険に怯えるという気持ちよりも、自分を殺す気満々なこの生物に己の持てる技を試したい、という”達人”の欲求がソレを遥かに上回り、自然と口角が上がる。
「夢でもいいからヨォ・・・」
「おいで♡」
まるでペットを招くように、恋人を呼ぶような笑みで飛び込んでくる異形を手招きする。
地面を擦るほどまでに接近した突進。 大地を鳴らし、全てを薙ぎ倒してきた破壊の突進が極小の老人へ直撃し、轢き殺す、または虚空の彼方へ吹き飛ばすーーーー筈だった。
直後、空を舞っていたのは老人ではなく、老人に突進を繰り出したタウラスの巨躯だった。
タウラスからすれば、ぶつかったと思ったら何かが
大地を割り、樹木も破壊する威力を
「ほっほっ〜〜〜偉く飛んだのぉ」
まるで投げた紙飛行機が上手いこと飛んだかのように、遠くへ飛んだ異形を眺めた老人は自身の技と敵の突進の威力にご満悦の様子だ。
老人はその場から一歩も動いていない。 自身の足元、不自然に出来た足首程度の深さのクレーターから抜け出し、着崩れした和服を整える。
「さて、行くかね」
締めに眼鏡をくいっと持ち上げた達人、
――――凄い面白い場所に来た、と胸に想いを馳せながら。
赤嶺さんに変態属性も追加されていく。 棗さん目当てで讃州中学に潜入する赤嶺さん、多分可愛いよね。 制服着たり、髪型変えて変装する、みたいな。(どっかのSSでやってたような)
ちなみに移動用バーテックスはレクイエムさん。
バキサイドの人たちって基本なんでもアリの精神で戦うから正攻法で戦う勇者サイドって結構不利じゃね? と今更気づく。
というかゆゆゆSS最近増えてきたなー、と嬉しくなってくる。
次回、短編回を挟んでからまた本篇を続けていくつもりです。
バキキャラ交えて日常回やるという狂気の沙汰。