「ここか―――」
讃州中学から少し離れた場所に、小さな居酒屋がある。
暖簾が垂れ、店内の灯りがあることから営業中なのだろうか、
「愚地氏が指定したのはこの店か」
突如として呼ばれた烈は独歩の指定する店へと足を運ぶ。
呼ばれた理由はこうであった。 『大事な話がしたい』とのこと。
まったくもって理解が出来ない。大赦内での身体検査も終わったばかりだというのに、
どうにも落ち着かない一日だと烈はやるせない気持ちを抱いて暖簾をくぐる。
店内は貸切なのか、他に客はいなかった。そう、一般人以外は。
「え」
店のモダンチックな雰囲気を気にするよりも烈の視線の先で驚愕のあまり、彼は目を丸くする。
「よぉ」
酒瓶を持つ独歩と、
「烈や……遅いぜェ」
渋川剛気の姿に。
「ええ~~~~~~~ッッッ!!?」
あり得ない事である。
宣戦布告をした。堂々と勇者部の敵となった。
白鳥歌野を打ち負かした達人、またの再戦を誓い、去っていった渋川剛気が愚地独歩とお猪口を手に持ち、酒を飲んでいる光景は。
「なぜここに渋川剛気がッッッ」
「マァ座れや、烈」
いうより早く、烈の言葉を遮った独歩が手を招くのは用意された一人分の席。
愚地独歩はこの世界で来た中で初めて見せる真剣な瞳は烈を見据え、告げる。
「――話してェことがある」
○
「では、渋川剛気……貴方はあの後、赤嶺友奈の元へは戻っていない、と?」
「そう」
短く告げた渋川がお猪口に注がれている酒を揺らし、さざ波を立てる。
「ワシの護身が告げたのじゃ……『鬼がくる』、と」
「ッッッ!?」
「護身が告げる……それは渋川センセが最大の危機を察知した際に現れる幻覚のことかい?」
護身を信条とする渋川が、あまりにも研ぎ澄まされた危機に対する察知能力が生み出してしまう幻覚。
あまりにも強大過ぎる危険に対し現れる幻覚は、
渋川の行く手を阻む炎となり、大洪水となり、絶壁となり、身の丈10倍以上の門にもなっていく。
それが渋川剛気が身につけた真の護身―――。
「つまり、貴方が言う『鬼』とは―――」
「オーガか……」
独歩の一言が烈の顔色を瞬時に変える。
地上最強の雄、範馬勇次郎がこの世界に来ている。
その事実が2人に与えた衝撃は凄まじいものであり、
酒を飲む行為も、食した肉が喉を通すことを許さない程であった。
「流石にヤバいなーって、赤嶺ちゃんの所に戻るのは諦めたんじゃ。 ま、勇者一人ぶっ倒したし、一宿一飯の恩義は返したしの」
国家を腕力で屈服させる程の戦闘力を持つ範馬勇次郎相手では渋川も分が悪いと踏んだのか。
自身の気性の荒さを持ってしても、その男との勝負は全力で避けたらしい。
「しかし、どうしてこうも我々の世界の人間がこの世界に……」
「それなんだがよぉ烈―――、俺から伝えなきゃならねェことがある」
そう言うのは腕を組み、神妙な顔の愚地独歩だ。
同時に、その視線は烈だけでなく、その隣でししゃもを食している渋川にも向けられている。
「ほう、人食いオロチ……何か分かったのかな? この世界について……」
「まぁな」
「ッッッ! 何が分かったというのですか、愚地氏ッッ」
急かすな、と烈を諌めると独歩は語りだす。
程よく飲み、酒気を帯びた表情で流暢に、
「神樹の元勢力であった造反神を倒し、鎮めるのが勇者達の御役目……この世界は友奈や若坊とかの未来と過去の時代を生きた勇者が集められている……言わばオールスターゲームだ」
「それは私も知っている」
元々勇者の世界で人間側に味方していた神、造反神が神樹の中で反乱を起し、神の力を分裂させてしまった結果、神樹の力が弱まってしまう。
その事態を重んじた神樹は時代の巫女を通じ、歴代の勇者の力を結集させて造反神を鎮める戦いを始めたのだ。
「各時代の勇者は神樹の力によって召喚されてる訳なんだが、ここで一つ……烈、今日は大赦に呼ばれて何があったか覚えてるかい?」
「ああ、大赦の病院で身体検査が行われたが……それが?」
独歩と烈が突如として黒塗りの高級車に連れて行かれたのは今朝の事だ。
神樹のマークを付けたその仮面の集団は大赦の職員と名乗り、普段から勇者に力添えを行っている独歩たちの身体検査を行いたいと要望があった。
『ちょっと~、独歩ちゃんたちに失礼なことしないでよね~』
その時の中学生園子の顔が笑っていたが明らかに圧を掛けていたのを烈は鮮明に覚えている。
乃木という家名は、大赦の中でもトップの名家だとか。
「だが行われた身体検査はいたって普通だった……時間にして1時間程度のモノ。 大赦の職員が言うには異状なし、と。それとこの世界と、一体どんな関係が?」
烈が首を傾げる。
さきほどからの独歩の語る内容はどれもこの世界と密接に関係したものではない。
独歩の双眸はどこか遠くをみるような目だ。それが意味しているのは一体何なのか、烈は理解できなかった。
「烈……、勇者ってのは元々神樹から力を貰っている。 その力を解析し、長い年月をかけて発展させて出来たのが『勇者システム』だ。
バーテックスを打ち倒す勇者達の身体には必ず『神樹のエネルギー』が流れている―――、最後の検査項目……あれはそれを確かめるための検査だった」
「まさか……」
烈の思い浮かべた言葉に、独歩は頷く。
「俺達には『神樹のエネルギー』っつーのが流れていないらしい」
○
「なんとッッッ」
もし、それが本当なのだとしたら、と烈は息を呑む。
神樹というこの世界の神によって勇者が呼ばれているのに、それとはまったく無関係な烈や独歩がこの世界にやってきた理由、
「つまり俺達は……神樹様によって御呼ばれした存在じゃねェってワケだ」
神樹による力で召喚されている訳でもない、加護を受けている訳でもない。
ならば、明らかにこの世界では異質な存在である烈達は誰が召喚したというのか。
「まさか、造反神……!?」
「さぁな。 だが最悪、そういう方向で考えた方がイイみたいだぜ、検査の後、職員の奴らから殺気が出してきやがってよ……いつでもヤり合う準備はしたほうが良さそうだ」
独歩は肩を竦めた。
最後の検査が終わった直後、職員が慌ただしく集まり始めていたこともあり、独歩達の診断結果に異常があったと即座に理解できた。
「しかし、……大赦の職員はどうしてその話を愚地氏に? もし我々が造反神の召喚した者ならば、そう易々と教えることはないと思うのだが」
もし自分だったら、と烈は思う。
今回のように自分たちが敵の可能性があると分かった時点でその者達には情報は一切与えず、機を窺って不意打ちを仕掛ける。
それが妥当である。
「勿論、俺だって教えられちゃいねぇよ。 大赦職員は烈と一緒で、俺にも最後まで結果は『異状なし』、って伝えてきやがった」
「では、どうやってその情報を……?」
独歩が小さく笑みを浮かべる。
「ま、大赦の職員は頑なに情報を統制しようとしても、医者はそうでもなかったってワケだ」
「まさか主治医が? 姿は見せなかったが、それでもあの施設は大赦の手が掛かっている……情報統制に徹するならば、医者も例外ではないはずだ」
この世界では大赦という組織が如何に巨大な組織なのか、烈は理解したつもりだ。
神樹を崇拝し、勇者達のサポートを行う組織、大赦は国の政府よりも発言力を持つ組織である。
その影響力は凄まじく、四国の施設に神樹のマークがあるのが何よりの証拠。
「いるんだよなァ、ああいうハネッ返りの医者が……持つべき友はなんとやらってな」
「はぁ……」
だからこそ、そこから情報が独歩たちに漏れた理由が理解できない。
そう烈が疑問を抱く一方で、
「医者、医者……あ、ワシ、分かっちゃったかも」
「え?」
渋川が指をパチンと鳴らしている姿に烈が目を丸くする。独歩もノリで同じく指を鳴らしていた。
「あ、センセ分かっちゃった? 閃いちゃった?」
「うん♡」
「ええ~~~~~ッッ!!?」
その医者の正体を、烈は意外な形で知る事になるのだが、それはまた別のお話。
勇者側にとっちゃ一大事だけど、グラップラーにとってはあまりにも些細なことである。 向かってくる奴らは皆殴り倒す所存です。
表があるという事は裏がある。つまりこのお話は二部構成という訳だ。
裏の方はまた時間があったら書く予定。