お前がいない二度目の冬   作:喜来ミント

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任命

 あいつがいない春が来た。

 俺、先生、そして当番のヘミモルファイトとウォーターメロントルマリンで話し合い、みんなを起こすことに決めた。

 窓を全開にして、建物の中まで春の日差しをたっぷりと取り込む。冬眠部屋までその暖かさがたどり着くと、寝ぼけ眼の宝石たちがたてる衣擦れの音が少しずつあちこちで大きくなっていった。

 レッドベリル入魂のパジャマを、寝相に任せて着崩したみんなのお目覚めだ。

 一番早くに目を覚ましたのはジェードとユークレース。特にジェードは自分が早めに目を覚まして朝礼の準備をするべく、例年通り入り口側で眠っていた。その甲斐あってか、ほとんど一番に目を覚まし、ふやけた声で皆に声をかけた。

 

「おーい……みんな……起きろ――。春だぞ……」

「ん……おはよう、ジェード」

「ああ、ユークレース。それと……当番はヘミモルとメロンか。それと……」

 

 俺を見て、ユークはこくりと頭を下げた。

 

「カンゴーム。一冬、お疲れさまでした」

「……ああ」

 

 ねぎらわれるようなことではない。もともと、自分で言いだしたのだ。

 あいつのいない冬を、俺がやると。

 

  *

 

 レッドベリルの配った夏服に身を包み、一同は朝礼に集まった。

 早速先生が深く響く声で一同に声をかけた。

 

「冬の報告を行う。代表して、カンゴーム」

「はい」

 

 俺は進み出て、机を挟んでみんなと向き合った。

 

「今年の冬はみんな知ってのとおり、安定した冬型の配置になるのが遅かった」

 

 冬になる前。あいつはアンタークチサイトから引き継いだ冬の担当を一人でやると言ってたが、働きすぎだからと止められ、冬の担当はみんなで交代して務めることに決めた。だけどそのあと、俺があいつと正式に組むことになって、一度は俺とあいつで冬の仕事をやることに決まった。

 だけど――。

 

「もともと担当になる予定だったあいつがへまをしたから、交代で……」

「フォスフォフィライト、だ。ちゃんと言うように」

 

 すかさず先生が注意してくる。俺は生返事をして目を逸らした。

 

「フォスが眠ったから、みんなで交代して務めることになった。それとは別で、俺は来年以降の冬の担当になる訓練として、ずっと起きていた。結果として、月人の襲撃は9回。全て晴れの日だ。例年と変わらない頻度だった」

 

 月人と言う言葉に反応して、さっそく月人マニアのアレキサンドライトが身を乗り出してくる。

 

「新型は!? 旧型でもいい、まだ見てない形式のは!?」

「いなかった」

「ホントに? よく思い出して!」

「いなかったっての」

「そっか……去年は新型が出たって聞いてたから、今年もかと思ってけど……」

 

 去年の新型。ピンクフローライトを乗せた新型が、長年冬の担当を務めていたアンタークチサイトに傷を負わせ、彼が月に攫われるきっかけを作った。

 いや――きっかけはフォスだ。ずっと、あいつ自身がそう言っていた。

 

「報告を続ける。今年の冬は問題なかった。除雪や流氷割り、見回りなど……来年からは俺と先生だけで大丈夫だろう。当番を務めてくれたみんなは、まあ、ありがとう。以上だ」

 

 報告を終えると、さっそくジェードが場を仕切った。

 

「と言うわけだ。来年以降の冬の担当に、正式にカンゴームを推すものは挙手してくれ」

「任せた」

「はーい」

「はいはい」

「よろしくうー」

 

 みんなが次々と手を挙げる。やはりと言うか、冬の担当はかなり身にこたえたのだろう。当番となった宝石を起こして最初に言われるのが、「光が薄い」と「眠い」だった。

 勿論俺も眠かった。だがあいつが気合でどうにかなると言っていたのを思い出すと、負けていられるかと言う気分にさせられた。

 そしてとうとう、冬眠せずに一冬を過ごすことができたのだ。

 多くの手が上がった。一つ、肩の荷が下りた気分でいると、一人だけ手を挙げていない宝石がいるのに気が付いた。

 ボルツだ。

 

「どうした、ボルツ? 反対なのか?」

「いや」

 

 無駄口を嫌う戦闘狂。誰もがそう思う彼には、その強さゆえか、同時に他人の弱さを見抜く特技があった。

 場合によっては苦手に思われるそれが、今は俺に向けられている。そう気が付いた途端、喉の奥が重たくなった。

 俺は直接ボルツに尋ねた。

 

「スッキリしないな。何かあるなら直接言ってくれ」

「……なら一つ言っておく。お前の仕事には自分の意志がない。やらされているだけだ。嫌ならやめろ。それでミスをされたらこっちが迷惑だ」

「な……」

 

 よりにもよって、という言い方だ。途端に場が凍り付く。

 即座にボルツの兄貴分であるダイヤモンドが口をとがらせて言った。

 

「もう! ダメじゃない、ボルツ! カンゴームはちゃんと冬の仕事をできるって、みんなに認めてもらったんだから!」

「黙れ。俺は思ったことを言ったまでだ」

 

 次第に場がざわめき始める――が、先生が手を鳴らすと皆は口を閉じ、そちらを見た。

 

「静かに。……言い方こそ厳しいが、ボルツの言うことも考慮しよう。カンゴーム。冬の仕事は、自ら進んで希望するので間違いないか」

「……ええ」

「不安なら、もう何年か交代制で試すのも悪くはない。そのうち、他の希望者が出る可能性もある。……フォスと組んでいたからと言って、責任を感じる必要は無い」

「お言葉ですが、先生」

 

 俺は先生を見上げ、はっきりと言った。

 

「もともと、あいつと組んで冬の仕事をしたいと言い出したのは俺です。あいつが寝てようが関係ありません。やります」

 

 そしてボルツを見る。彼も納得はしていないようだが、とりあえずは矛を収めることにしたらしい。

 一同を見渡し、先生は総括した。

 

「それでは、本日をもって、カンゴームを正式に冬の担当に任命する。よく励むように」

「はい」

 

 暖かい春の陽気に似合わない、重い空気のまま朝礼は終わった。

 

  *

 

 冬の担当に決まった俺は、さっそく夏眠の準備を整えた。

 冬に起きておくための寝だめだ。これがあれば、前の冬の時よりもいくらか楽に過ごせるだろう。

 そして当然のように、騒ぐ奴がいた。

 レッドベリルだ。

 

「あ――! そうだよカンゴームが冬の担当になったら夏の間寝るに決まってるじゃん! 僕のバカバカバカ! とびっきりのパジャマ作っとくべきだったのに――!!」

「いや、いいって」

「よくない! おしゃれは気合と根性! 僕の生きがいなんだからあ――!」

 

 と言うわけで、夏服が俺のパジャマ代わりになった。ベリルのやつは冬の担当の衣装として白い冬服を作ると言っていたが、それも断ることにした。皆の間では正式に決まったとはいえ、俺自身は、あいつが起きてまた冬の担当をするまでのつなぎくらいに考えていたからだ。どうしても困った時にだけ着るようにしよう。

 一方、流氷割りのための鋸を作ると言い出したオブシディアンの申し出はありがたく受けることにした。ゴーストと一緒だった時から使っている鎌型の武器は流氷割りには適さない。かといって、あいつが使っていた、壊れた鋸は使う気にならない。

 これで冬の準備は整った。

 みんなが外を駆けまわり、春の日差しを体いっぱいに取り込む中、俺は静かな廊下を歩いてあいつのもとに向かった。

 日当たりのいい部屋で、あいつは白い布を駆けられて眠っていた。

 両腕の合金は力なく滴り、ベッドの下に置かれた器にだらしなく注がれていた。

 

「……なんとなく、春になったら起きるような気がしてたんだけどな」

 

 冬の間も毎日のように訪れていたが、ずっと変化はなかった。

 いまだになんと話しかけていいかは分からない。とりあえず、その日の出来事を不器用に語り掛けるだけだ。

 そもそも聞こえてはいないだろう。そんな冷静な部分が恥ずかしさを呼び起こす。

 

「フォス。今日から春だ。それで、正式に冬の担当に決まった。昨日も話したが、問題はなさそうだ。だから、あー……」

 

 誰も聞いていないというのに。

 

「だから、ゆっくりしてろ。お前が寝てる間は、俺が冬をやっておく。……眠るから、次に来るのは冬の前だ。……またな」

 

  *

 

 お前がいない二度目の冬が来た。

 ジェードに起こされて冬眠部屋に行くと、やはりと言うかレッドベリルが騒いでいた。

 ボルツも珍しく着させられるがままになっており、フリフリの豪華なパジャマを鬱陶し気にしつつも、彼に髪結いを任せている。

 誰にと言うわけではなく、とりあえず皆に向けて話しかけると、あちこちから返事が返ってきた。

 

「どうも。冬眠の準備はどうだ?」

「ああ、順調だ」

「おはよう、カンゴーム」

「来てくれたか。これから頼むぞ」

「あー! カンゴーム! 服は本当にそれでいいの!?」

「いいってば」

 

 俺は黒い冬服に身を包み、新調した鋸を携えていた。

 春先に決めた通りのままだ。体調もいい。寝だめが効いたのか、去年の冬の始まりの時よりも、ずっと頭がすっきりしていた。

 

「カンゴーム」

 

 深く、重い響きの声が背後からかかる。確かめるまでもなく先生のものだ。

 

「目が覚めたか」

「はい。これから、よろしくお願いします」

「……無理はしないように。一人で心細くなったら、いつでも言いなさい」

「……はい」

 

 先生の大きな手で頭を撫でられると、何も言い返せなくなる。それが分かっていても心地よい。皆もそう分かっているからか、こうやってみんなの集まる前で誰かが先生に撫でられると、決まってこんな声が上がる。

 

「あー、カンゴームいいなー」

「僕も僕もー」

「いいなーカンゴームー」

「カンゴームー」

「カーンゴーヌーン」

「おい、今変な呼び方したの誰だ!」

 

 一瞬、あいつがいつの間にか紛れ込んでいるかと思ってしまった。ありえないことだ。さっきも部屋に寄ってきたが、やはり眠ったままだった。

 長い眠りにつく前だからか、みんな先生に撫でてもらいたがり、わちゃわちゃと集まる。俺は割れないように気を付けながら宝石たちの間をすり抜けると、鞘に納めたままの鋸を杖代わりにして嘆息した。

 

「騒がしい……」

 

 と、宝石たちの輪から離れ、話かけてくる年長の宝石がいた。

 ユークレースだ。

 

「ごめんなさいね、カンゴーム」

「ああ、いいんすよ、にいさん。……みんな、先生が大好きですから」

「……気を付けてね?」

「え? ああ、冬のこと。大丈夫ですよ。去年も手助けありとはいえ、きちんとやりましたし」

 

 何度も言ったが、冬はみんなが眠ってしまう。ルチルも、ベリルも、スフェンもだ。

 家具や服の応急修理や、自分の簡単な治療など、普段は各担当に任せていることも、基本的な事柄についてはすでに習得済みだ。

 あいつはそういうことを話さなかったが、それは冬の途中でアンタークチサイトから担当を引き継いだがゆえだろう。それでも自主的に先生の服を繕ったりはしたようだったが。

 そんなことを考えていたが、ユークレースの心配はそう言うことではないようだった。

 

「それもそうなんだけど……その。ここのところ、月人の活動が活発だから。本当に、無理はしないでね?」

「……ああ」

 

 暗に言いたいことが分かった。

 新型の頻度の上昇。何年かぶりに見られた、三基の同時出現。そして二重の黒点から現れた、白くてでかい奴や、小さくて爆発する奴。ここのところ、月人は今までにない手をあれこれ試している。

 それだけではない。あいつと――フォスと組んでいるということ、そのものについて。

 ジンクス。

 二度あることは三度ある。

 アンタークとゴースト、そして次は――。

 

「心配いりませんよ。何せ、あいつ自身が首を持ってかれた。チャラですよ」

「そう、ね」

 

 あれこれ言っても不安がらせるだけだと思ったのだろう。ユークは他愛ない話に切り替えると、そのあとはパジャマを着せられにみんなの輪へと戻っていった。

 

  *

 

「それでは先生、カンゴーム。おやすみなさい」

 

 おやすみなさい。

 ジェードに続いて、みんながおやすみの挨拶をする。先生はいつものように、みんなの肌を心地よく震わせる声で挨拶を返した。

 

「おやすみなさい。……カンゴームも」

「……おやすみ」

 

 冬眠部屋の扉が閉められる。あとは時々見回りに来る以外、この扉が開くことはない。

 

「さて。早速だが……最初のうちは、流氷割りには同行しよう」

「そういう話でしたね」

 

 もう雪が深い。流氷がやってきてもおかしくない頃だろう。

 鋸を担ぐ。

 冬の仕事の始まりだ。

 

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