お前がいない二度目の冬   作:喜来ミント

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仕事

 雪が深く積もった日。さっそく先生と仕事に出かけた。

 

「でりゃあああ!」

『キイイヘエエァアアアアアアアアアアア……』

 

 (ノコギリ)を思い切り流氷に叩きつけると、悲鳴を残して流氷は砕け、ばらばらと水面に広がった。

 遠くから先生が声をかけてくる。

 

「良い調子だ。この分なら問題ないだろう。眠気はないか?」

「ええ。やっぱり、夏の間寝ておいたのがいいみたいです」

 

 一人での流氷割りは初めてだが、問題はないようだ。

 一方、去年は散々だった。現場までやってきた後になって、先生が説明してくれたところでお開きになった。なにせ。

 

『フォスやアンタークは、靴の(かかと)で氷に穴をあけて砕いていた』

 

 ゆっくりと、自分の靴の平たい踵を見て溜息を吐いたのをつい昨日のことのように思い出す。

 

「説明しておけよな、あのバカ……」

 

 靴が変わると体重の掛け方も視点も変わる。ほんの少し高くなった視界は、冬の光の少なさと相まって、ひどく頼りないように思えた。

 水面に散らばった氷をおっかなびっくり渡り歩いて先生のもとに戻ると、さっそく頭を撫でられた。くすぐったい。

 

「左腕の調子もいいようだ」

「そろそろ丸一年ですからね」

 

 去年の冬の始まり。あいつがヘマをして頭を持っていかれたそもそもの原因は、俺が腕を落としたからだった。

 ゴーストをはがされたときに左腕を失った俺は、スモーキークォーツで補っていた。

 同属の水晶。硬度も当然同じだが、なかなかこいつは俺に馴染んではくれない。普通に動かす分にはともかく、戦闘の時は注意する必要があるだろう。

 あいつとは大違いだ。三半のくせに、アゲートやら、金と白金の合金やらをくっつけて平然としていた。

 だから、ラピスの頭をつけるだなんて突飛な考えにも至ったのだが……。

 近道だと信じて。

 

「近道、か」

「カンゴーム?」

「ああ、すいません。考え事してました」

 

 鋸を鞘に仕舞うと、今日の仕事の成果を確かめるように海を見渡した。

 

「基本的に、見回りの途中に寄り、軋みが大きい点を叩いておけばいい。氷の硬度はおおよそ6、カンゴームよりは低い。だが――くれぐれも、海には落ちないように」

「分かっています」

 

 あいつが腕をなくしたのも、冬の海でのことだ。そしてその原因が――。

 

「そして、氷は見るものの不安を反響させる性質を持つ。時折、言葉に似た音を放つこともある。心を穏やかに保ちなさい」

「はい。あい――フォスは、流氷の言葉が分かるんでしたっけ」

「ああ。おそらく、王、と言ったか。あのカタツムリに一度食べられたことが原因なのだろうが――滅多にあることではない。それでももし不安なら、遠慮なく相談しなさい」

 

 そう言って頭を撫でられると、やっぱり何も言えなくなってしまう。

 

「はい。その時は、ちゃんと」

 

 そう返すのが精いっぱいだった。

 

  *

 

 冬が始まってから二十日ほどたった。

 流氷割りに以外にもこまごまとした仕事がある。あいつから聞いていたもの、皆が断片的に知っているもの、何より先生がアンタークチサイトを見て覚えていたもの――それらをつなぎ合わせるのはそう難しくなかった。

 もともと、先生とアンタークだけでまかなえていた仕事だ。そう考えるとおかしくもない。

 まず、先ほども上げた流氷割り。

 そして見回りと、雪かき。

 もしも体が欠けてしまったときに備えて、保健室の備品の位置も確認しておく。

 ――ひとりだ。

 先生もいるが、ずっと一緒にいるわけではない。巨大な学校の建物において、自分の足音しか聞こえないことがしばしばある。冬の引き締まった空気と、延々と降る雪は音を吸い込んでしまう。

 

「なあ」

 

 だから、自然と足がそっちに向いていた。

 書き物机の椅子を引っ張り出すと、薄くほこりが積もっていた。ため息をつきながら払ってから腰を下ろす。

 癪なことに、爪先がぎりぎり床に着くか着かないかと言うところだった。あいつが合金を取り込んだ後の体格に合わせてあるらしい。

 

「冬の仕事は一通り確認した。もう一人で大丈夫そうだ。……ええと」

 

 とはいえ話すこともあまり思いつかない。相変わらずピクリとも動かないこいつを前にして、何を話せというのか。

 次の春は目を覚ますだろうか?

 それとも、十年、いや百年、それともずっと――パパラチアのように、何かの条件を満たさないと目を覚まさないだろうか?

 

「なあ、どうなんだ」

 

 本人が知っているはずもない。だが、ルチルや先生ですら分からない事である以上、こいつ自身に聞いてみるしかなかった。

 ほかに、何か言うことがあったか――ないなら、屋根の雪下ろしでもしようか。自分でも知らないうちに、足がぶらぶらと揺れ始めていた。

 ――ゴォンッ!!

 

「うおっ」

 

 その時、遠くから響いた音に驚いて、思わず立ち上がった。

 だがなんということはない。誰も見ていないのに照れくさくなりつつも、その音の正体をつぶやく。

 

「先生か……」

 

 案の定、音のした方へ向かうと、先生が柱にめり込んでいた。

 文字通りだ。石英で出来た校舎の柱に先生が頭を突っ込んで寝ている。もう二十日以上も付き合って起きていてくれたが、眠気が限界に達したのだろう。あいつに聞いていた通り、布をかけておく。

 先生は決して傷つかない固さを持っている。迂闊に触れるのはマズい。

 

「あとは寝ぼけて出歩いてるやつらがいないか見るのと――」

 

 仕事があるのはいいことだ。あいつを気にしないで済む。

 早速、次の仕事に向かうことにした。

 

  *

 

 二十二日目。曇り。

 念のため、緒の浜まで足を延ばすことにした。冬に宝石が生まれたことはほとんどないが、念のためだ。生まれた途端に月人に攫われてしまうのも忍びない。

 

「とはいえ――いないか」

 

 生まれそこなった欠片がいくつか転がっているくらいだ。ルチルに使えそうなものがあったら取っておいてほしいと言われたものの、それも無し。それと――硬度3のものも、なし。

 

「ちっ」

 

 仕事をしていてもこれだ。嫌になる。さっさと帰って、雪が降り出さないうちに除雪を終わらせてしまおう――そう思ったとき。

 雲が薄れ、太陽が顔を出した。

 

「――ということは」

 

 いったん学校まで戻らなくては。先生に報告を。

 ちらりと見えた黒点は五閃。足場が出る前にできるだけ距離をとる。鋸は鞘から出して、小脇に抱えておく。

 

「新型――こなきゃいいなあ」

 

 アレキに聞かれたら憤慨されそうなことを口走りながら駆けだす。雪に足を取られながらも足取りは遅くない。

 よかった。大分距離がある。この分なら――。

 

「うわっ」

 

 その時、予想外に足が深く雪に埋まった。つんめのって顔から雪に突っ込んでしまう。

 

「クレバスか――!」

 

 うっかりしていた。雪は地面を広く覆い、景色を普段と全く違うものに変えてしまう。行きと違う、最短距離を突っ走ったのがあだになった。

 背後からどんどん気配が迫ってくる。寒気を感じ、咄嗟に鋸を顔の前にかざすと、矢が弾ける音と感触がした。

 

「追いつかれたか、くそっ」

 

 悪態をつきながらクレバスから足を引き抜き、横っ飛びで降り注ぐ矢をかわす。周囲を注意深く見渡し、なるべく戦いやすい場所を探す。

 あった。あの岩の上なら。

 本当は先生に伝えるべきだが、下手に逃げるよりここでやってしまった方がいいだろう。

 

「よし」

 

 矢を避けつつ、目を付けた岩の上までたどり着いた。いつもと違う感触の靴にぐっと力を籠め、大きく飛び上がる。

 台座に飛び乗り、敵の構成をざっと確認する。大丈夫だ。あまり多くはない。

 鋸を戦闘で使うのは初めてだ。鎌とは間合いも力の入れ方も違う。去年、慣らしのつもりで振っていたらボルツにいちゃもんをつけられたのを思い出し、少し腹が立った。

 雑――小型の月人の攻撃をかいくぐりながら、器持ちの大型を目指す。

 

「入りは――軽く薄く」

 

 あくまで力まず、刃を食い込ませるイメージ。

 

「中は重みで自然に――出は慎重に速く引く」

 

 そのあとは勢いがついた刃の重みで斬り、いけるとわかったら早めに手元に寄せ、後の隙をなくす。

 腹立たしいが、よく見ている。突き立て、引き切る鎌とは感触が大違いだ。

 道が開けた。

 

「でりゃあああ!」

 

 大きく飛び、体をしならせて勢いをつけた一撃で器持ちの頭を叩き割った。油断はしない。ここ最近の月人は何を出してくるか分からない。すぐに距離をとった。

 

「霧散――しない」

 

 ならば。そう身構えたとき、聞いていたように、器持ちの残骸から何かが飛び出て来た。

 ハスの根を引き延ばしたような、いくつも穴が空いた奇妙な筒だ。その筒先がにょっきりとこちらを向いた。

 ――やばい。

 そう思い、咄嗟に左腕で顔をかばった。

 

「ぐっ――!」

 

 重い衝撃が左腕を襲った。みしり、と嫌な音がする。

 体勢が崩れた。そのまま立て続けに二発、三発と飛んでくる。眼にもとまらない速さで何かが打ち込まれている。

 

「まずいっ……」

 

 体中、どこと言わず何かがぶつかっている。そのたびに殴りつけられたような衝撃が走る。視界の隅に、勢いを失って転がる緑玉(エメラルド)の塊が見えた。あれを何発も打ち込んできているのだ。エメラルドの硬度は7半から8。分が悪い。

 動かなくては。

 咄嗟に体勢を立て直し、器の残骸を回り込むように走り出す。だが奇妙な筒はこちらを逃がさない。なおも狙いを定め、エメラルドの塊を打ち込んでくる。

 

「こうなったら――」

 

 左腕は捨てる。せっかく馴染んできたが、四の五の言ってはいられない。タイミングを見て筒の方へと走り出す。

 やはり集中して攻撃が来る。だが左腕を前にして、本命の右腕の鋸をしっかりと構える。

 一発。二発。三発四発――数え切れない。当たるたびに、みし、みしと左腕のつなぎ目が音を立てる。

 

「持ってくれ!」

 

 最後の一歩。大きく鋸を振りかぶりながら飛び込んだ時、ついに左腕がもげた。バランスが崩れ、筒を真っ二つにするはずの一撃は、側面をそぎ落とすだけにとどまった。

 

「しまっ――」

 

 筒がこちらを向く。表情もないのに、勝利を誇っているように見えた。

 ここまでか。

 そう思ったとき、なにかが足場を揺るがした。

 と思うと、足の下から無数の何かが足場を突き破り、筒が生えていた器の残骸を木っ端みじんに消し飛ばした。

 足場が今度こそ霧散する。宙に放り出されると、途端に疲労が襲って来た。なんだかんだ言って、左腕以外にも大分エメラルドを食らっていた。

 遠く、雪景色の中を先生が歩いてくるのが見えた。

 

「不甲斐ない」

 

 あいつのことを笑えない。そう思いながら、カンゴームは雪に落ちて埋もれた。

 

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