お前がいない二度目の冬   作:喜来ミント

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相談

「私のミスだ」

 

 学校に戻り、俺の治療を始めてから、先生が口を開いた。

 

「月人の迎撃を一人で任せるのは、やはりまだ早かった。冬は本調子ではないし、気を付けなくてはならないというのに」

「そんな――先生の所為じゃありませんよ」

 

 本当だ。新型の可能性が否定できない以上、きちんと先生に任せるべきだった。

 だというのに、先生はこういう。

 

「すまない」

 

 そう言って頭を撫でられると、何も言えなくなってしまう。

 あとは治されるがままにされた。くらげを入れた器を多めに部屋に入れ、なけなしの光を取り込みつつ休息をとるように言われた。

 

「はあ……」

 

 また左腕がもげてしまった。何度目だ。

 また馴染むのに時間がかかるだろう。

 

  *

 

 眼がさめると、先生が脇で昼寝――瞑想をしていた。やはり先生も眠たいらしい。

 体の調子はいい。雪がかなり降っているし、月人が来ることはないだろう。

 それでもすぐに仕事に取り掛かる気分にはなれない――となると。

 

「よう」

 

 椅子を出しっぱなしだった。

 

「失敗したよ。やっぱりなんだかんだで冬は体が動きづらい。お前はその合金で適当に防いでいればいいんだろうけど、こっちは走って避けるしかないからな。……ああ、そういや、新型が出たんだ。覚えてるうちにまとめとかないと、アレキに根掘り葉掘り聞かれる羽目になる。そう、今回のはエメラルドを積んでた。ああ、硬度が俺より少し高い――お前が前に言ってたように、月人はこっちの出方を見てるのかもな。そういやラピスもそんなこと言ってたっけ。ゴーストはお前とラピスが似てるって言ってたみたいだけど、そういう妙な視点は確かに――」

 

 そこまで話して、はたと気が付いた。

 

「なんか、今日はやけに話が出てくるな」

 

 おかしい。そう思いつつも、続きを話してみる。

 

「そう――お前とラピスが似てるって話か。インクルージョンを持った宝石同士の接合は例がないみたいだが、今回はどうなんだろうな。もしかしたら、お前の図太い性格も少しはラピスに引っ張られて――」

 

 やっぱりだ。

 どうして、だろうか。

 ふと、先生から聞いた話を思い出す。

 

『そして、氷は見るものの不安を反響させる性質を持つ。時折、言葉に似た音を放つこともある。心を穏やかに保ちなさい』

「――そんなもんか」

 

 不安。それは時として、俺たちを饒舌にさせるらしい。

 しかしそれを認めるのが癪で、ふらふらと部屋を後にした。

 左腕にまだ違和感がある。少し、つけ方を変えてみてもいいかもしれない。そう思って、医務室に立ち寄った時――ちらりと、赤い輝きが見えた。

 パパラチアだ。

 

「そういや――」

 

 時々、パパラチアのところに宝石たちが座っているのが見えたのを思い出す。ルチルに聞いてみたら、時々相談しに来る宝石がいるのだという。

 答えもないのに、相談だなんて妙な話だ。でも――今は、少しだけ、分かる。

 誰もいないのは分かっているが、きょろきょろと左右に振り向いてから、パパラチアの眠る箱を棚の下から引っ張り出した。

 そして、座る。

 

「――なあ」

 

 何を話せばいいのか。その段になって、迷う。あいつに対してするように、冬の仕事の話をするのは違う気がするし――。

 そういえば。

 

「なあ、パパラチアにいさん。あんた、あいつと――フォスと話をしたんだよな」

 

 そんな一言が出ていた。まだゴーストの中にいたとき、最近、一瞬だけパパラチアが目覚めた。その時、パパラチアはあいつと話をしたという。

 返事はない。あるはずもない。あるいは返事がないからこそ、遠慮なく言えるのかもしれない。

 彼とはゴーストを通して、ほんの少し話したことがある。その時に感じた彼の人柄もそれに拍車をかけていた。

 人を柔らかく受け止め、それでいて鋭さも併せ持った合理的な視点。どこか享楽的で人をからかう趣味があったかつての相棒(ラピス・ラズリ)とは違った意味での聡明さだ。

 だから、こんなことを聞いてしまったのかもしれない。

 

「フォスとは、どんな話をしたんだ。もしかして――大事な話をしたんじゃないのか」

「天気の話しか、しなかったさ」

 

 あるはずのない返事にカンゴームは身を乗り出した。

 

  *

 

 低くて芯のある、それでいて包み込むような声。

 あるはずのない返事に身を乗り出したカンゴームはそれを見た。

 

「あの日はいい天気でさ――春真っ盛りだった。一瞬しか起きていられなかったけど、本当にいい気分だったよ」

「何やってんだ、ルチル」

「おや、バレましたか」

 

 パパラチアの陰で声を当てているルチルに突っ込みを入れると、彼はあっさり声マネをやめて開き直った。

 

「フォスから聞いてたが――本当に時々起きてるのか」

「普段と違った環境では、普段と違うインスピレーションが湧いてくるものですよ。冬眠中とか」

 

 そういうルチルの手には赤い宝石の欠片が握られていた。パパラチアのパーツとして削り出したものだろう。

 彼は医療担当としての仕事の傍ら、年がら年中相棒であるパパラチアを目覚めさせるために、彼の改造に取り組んでいる。

 

「パズル中毒もほどほどにな。冬眠部屋の外でぶっ倒れられるとこっちの頭が痛い」

「おや、頭の病気ですか。診ましょうか?」

 

 などと言いながらメスを取り出すのだから、まともに相手をするだけ損だろう。

 ひらひらと手を振り、その場を後にすることにした。なんだかんだ生真面目な性格だ。ちゃんと戻ってから寝るだろう。

 誰にも聞かれないはずの相談を聞かれてしまった気まずさもある。思い返せば、単なる知的好奇心の現れともとれる内容でもあったが――。

 

「フォスのこと、知りたいんですか?」

 

 ルチルはそう受け取らなかったらしい。

 

「……酷い寝ぼけだな。俺の方こそ診てやろうか。覚えたてだが」

「生憎ですがすこぶる健康ですよ……それより、質問に答えてもらっていませんが」

「あんた、そういうの気にする方だったっけ?」

 

 あまり他人に興味を持つ方じゃないと思っていた。興味があるのはパパラチアと、自分が彼を治せるかだけ。

 しかし続いての一言は更に意外なものだった。

 

「いいえ。ただ、ここのところフォスが不安定でしたから。あなたも影響を受けていないかと心配になりまして」

「……俺が?」

 

 考えたこともなかった。

 確かに、ここのところあいつは不安定だった。俺がゴーストの中にいたときでさえ、アンタークチサイトを喪った自責の念からか、暗い表情が多かった。そしてゴーストが連れ去られたことがとどめになったのか、錯乱して自傷までするようになった。冗談交じりではあったが、幻覚を見るとも言っていた。

 その傍にいて、影響を受けていないか。それは自分で自分を観察するのが難しい以上、はいともいいえとも言い切れない事だった。

 

「俺って、はたから見るとそんなにヤバいのか? あいつくらい」

「流石にフォスには負けますが、ラピスの頭をフォスに着けると言い出したのには驚きました。そのあとも……」

「そのあと?」

 

 そういうと、ルチルはバツが悪そうな顔をした。

 

「いえ。言いすぎました。よく考えてのことだったと理解しています。事実、今回のフォスの処置が成功すれば、我々には新しい可能性が生まれることになりますから」

「そうかい」

「まあ、今のところ大丈夫そうですね。冬の仕事は順調ですか」

「ああ。むしろ、あいつがいないと――静かだよ」

「そうですね」

 

 今日のルチルは随分とおしゃべりだ。それでいて、どことなく彼の表情は暗い。おそらく、今日もパズルを失敗したのだろう。今度パパラチアが目覚めるのはいつになるのか――終わりの見えない焦りが彼の肩にのしかかっている気がした。

 今なら、思い切ったことを聞ける気がする。

 

「なあ」

「何ですか?」

「寝てばかりいる奴を、憎く思ったことがあるか?」

「あります」

 

 ルチルは即答した。

 

「勿論、あります。私の医術の未熟さを棚に上げて、彼の体質の難しさを責めたこともあります。けれどそんなことをしても何にもならないと気づいてからは――もう、この通りです」

「そうか」

 

 ルチルは弱弱しく微笑む。

 

「話に付き合ってくれてありがとうな。それじゃ、ちゃんと眠れよ」

「ええ。……そちらも、頑張ってください」

「ああ」

 

  *

 

 ルチルと別れ、なんとなく向かったのは本来の仕事場だった。

 書庫だ。学校には誰もいないのに、結局一人になりたいときはここに来てしまう。

 ゴーストやラピスとの思い出に浸りたい――わけではないと思うが。

 座り込んでおいて、結局じっとしているのも落ち着かず、本の整理をすることにした。

 片っ端から本を引っ張り出し、気になったものには目を通していく。どうせ時間は有り余るほどある。

 そうして読み終わった本を本棚に仕舞ううちに――ふと、違和感を覚えた。

 

「入りきらない?」

 

 本が収まりきらない場所がある。本棚から背表紙が少しだけ飛び出しているのだ。言われなければ気づかない程度ではあるが、気づくと気になってしまう。その段から本を引っ張り出し、おかしなところが無いか探ってみる。

 

「お」

 

 本棚の奥の板が外れた。

 

「誰がこんなことを――って、一人しかいないか」

 

 苦笑しつつも板を外すと、奥に薄い本が挟まっていた。その本の表紙には何も書かれていなかった。

 だからこそ、中を確認せずにはいられない。そう仕組まれていると気づいたのは、最初のページに書かれた一文を読んだあとだった。

 

『やあ、ゴースト。あるいは違う名前で呼ばれている君へ』

 

 髪をすくい上げる独特の癖が脳裏に浮かぶ。

 

『ラピス・ラズリだよ』

 

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