艦娘ぐらし、始めました-Welcome to Kan-Colle world- 作:嵐山之鬼子(KCA)
夕食後は、そのまま初春たち駆逐艦娘の仲間たちと談話室へ向かい、そこに置いてあるゲーム機(スーフ●ミと初代プ●ステだった)で遊んだり、テレビを観ながら雑談したりして過ごした。
“中味”は二十歳過ぎの成人男子の
──よく考えてみれば、艦娘化した際に(見かけが)若返った子も多いだろうし、そうでなくとも常日頃から命の危険がある“戦場”に立ってるんだから、そりゃあ大人びもするよなぁ。
むしろ、平和な世界で親のすねかじってのんきに大学生してた“俺”の方が、よっぽど「大人になりきれてないお子様」なのかもしれない。
その後、談話室を出たところで大淀さんに声をかけられ、「お風呂はどうしますか?」と気遣うような探るような視線で問われたんだけど、今日は遠慮しておくことにした。
「艦娘といえど女の子、身だしなみは清潔に!」というのはまことにごもっともなんだけど、さすがに今日はもういっぱいいっぱいだ。
健全な(元)男子として女体の神秘に興味がないと言ったら嘘になるが、それ以上に
自室に戻り、トレーナータイプの方の寝間着に着替える。電灯を消し、二段ベッドの下段の方に身体を横たえ、布団に潜り込む。
目を閉じる寸前に思い出して、枕元に置いた目覚まし時計のアラームを6時5分前に合わせる。
(総員起こしが、旧海軍みたく5時じゃなくてよかった。5時起きはさすがにキツい)
そんなどうでもいいようなコトを考えつつ、目を閉じる。
(これで…………目が覚めたら…………現実に、戻ってたら……うれしいん、だけど…………)
その希望はおそらくかなわないであろうことを予感しつつ、私の意識は眠りの世界に滑り落ちて行った。
* * *
『わたしは、いわゆる母子家庭で育った』
?
『前世紀と違って、深海事変が起きてからのこの国では、片親だけというのもそれほど珍しい話ではない。
わたしの場合、小学五年生の秋に父が出張先の海外からの帰路で深海棲艦の襲撃を受けて亡くなった』
この声は……もしかして!?
『いや、本来なら襲撃を受けた大型船が沈んでも、父も救命ボートで避難できたはずなのだ。現に、その救命ボートに乗った乗客の大半が、現場に急行した艦娘の救助を受けて、無事日本に帰ってきている。
でも……お父さんは救命ボートに乗れなかった。
船には本来、乗客分の救命ボートが備えられていたはずなのに、客船に密航していた外国人たちの一団が勝手にそのうちの一艘に乗り込み、自分達だけで先に逃げてしまったために、救命ボートのキャパシティが足りなくなってしまったのだ。
無事に帰れた人から聞いた話だけれど、お父さんを始め20数人の大人の男の人達は、自主的に子供と女性にボートを譲り、沈みゆく客船に残ったらしい』
“本物”の浦風……戸浦美波さんの
『それを聞いた時、とても優しいお父さんらしいと思ったけど……でも、そんな立派な行動などしなくていいから、戻ってきて欲しかったというのが正直な気持ちだ』
…………。
『海難事故で家族が亡くなった場合の補償制度が今の日本では発達しているおかげで、経済的に即座に困窮するということはなかったけれど、働きに出たお母さんは苦労していたし、幼いながらもわたしもできるだけ迷惑をかけないよう、“いい子”であろうと努めた』
…………。
『そして、わたしは“犯罪者”はもちろん“ルールを守らない人”が大嫌いになった』
それは……当然だろうな。
『元からの性格もあったのだろうけど、そういった経緯で、中学を卒業する頃には、気が付けばわたしは、「真面目で口うるさくおもしろみのない堅物女」として、周囲のクラスメイトたちから敬遠され、親しい友達もほとんどいない、何ともさびしい日々を送るようになっていた』
…………。
『高校に進学してからも、それは変わらず、このまま無味乾燥な毎日を繰り返すことになるのか──と思っていた矢先に、わたしに転機が訪れた。
学校で、ささいない原因で同じ学年の男子と口論になり、突き飛ばされて転んで頭を打ったわたしは、念のために病院で精密検査を受けることになった。
結果、頭部に異常は無し。それはよかったのだが、もうひとつ異常というか“特殊な素質”が判明した。
わたしには艦娘になれる適性があるらしい』
──ピピピピッ、ピピピピッ!
「あ!」
アラームの音で目が覚める。デジタル時計の示す時刻は5:55。
つい先ほどまで見ていた“夢”の記憶は、意外なほどしっかり私の脳裏に残っている。
(たぶん、アレは普通の夢じゃないんだろうなぁ)
じっくり思い返して考察したいところだが、生憎、「新米艦娘」という立場で、朝からのんびりしているわけにもいかない。
有志による朝の自主訓練には、もう間に合わない(5時かららしいし)だろうけど、とりあえず私は掛け布団を跳ね上げ、ベッドから降りたのだった。