艦娘ぐらし、始めました-Welcome to Kan-Colle world- 作:嵐山之鬼子(KCA)
「う……くっ……ダメだ…………」
「あ、あとちょっとなのに……こなくそッ!」
艦娘・浦風の身体になってしまった以上、コレは避けられない
──プチッ
「やったっ! ようやく留まったッ!」
背中に回した震える指先で、なんとか留めることができたブラジャーのホックの感触に、私はホッと安堵の息をついたのだった。
* * *
6時の総員起こしの放送が入る数分前に目が覚めた私だったが、パジャマの上下を脱いだところでピタリと手が停まる。
「これ、このまま浦風の制服着るのは……まずいですよね?」
なにせ、昨晩は色々自分で理由をつけて風呂に入らなかったから、少々汗臭くもなっているだろうし、下着も替えてないんだよなぁ。
女子の中にもいわゆる“汚ギャル”みたく清潔感と無縁の輩もいるのだろうが、自分が積極的にそうなりたいとは思わないし、“借り物”この浦風の身体(と立場)を、そのように貶めるのはいささか気が引ける。
そうなると、着替えるしかないわけだ。
この際、裸を見てしまうのは仕方ない。ずっと風呂に入らないわけにはいかないし、入るにしても目をつぶったままというのも現実的じゃないしな。
(“下”の方は、トイレでちらっとだけど見ちまったし)
で、そういう羞恥心の問題はひとまずパスするとして、では実際に
私は、意を決してカラーボックス内に畳んでしまっておいた
そして、
いっそ、ノーブラで済ませるという考えも浮かばないではなかったんだけど……。
(いや、イカンでしょ。暁型や朝潮型、あとはギリギリ睦月型くらいならともかく)
前にも言ったように陽炎型は(雪風とか天津風、時津風など)ごく一部を除いて中学生くらいの体格をしている。その中でも恵体組に入る浦風が「履いてない」ならぬ「着けてない」と、偏見かもしれないがどうにも「はしたない」と見られるような気がするのだ。
そういう感情面を抜きにしても、四苦八苦の末にこうやってブラジャーを着けてみたところ、重心というかオッパイの余計な動きが抑制されて、動きやすくなった気もするので、やはりそれなりに意味はあるんだろう。
ともあれ、どうにかこうにかショーツを履いてブラも着けたところで、ようやく艦娘としての制服を着ることができるわけだ。
総員起こしの寮内放送を聞き流しつつ、私は壁の取っ手に掛けたハンガーから制服を外した。
昨晩、寝る前に脱いだので、一応の構造は理解している。多分磯風や浜風のも同じだろうけど、浦風の上着は前開きになっていて、胸元の三角の布(胸当て?)は片方に縫い付けられ、もう片方の辺をスナップで留める仕組みのようだ。
上着に袖を通し、前の2ヵ所のボタンと胸当てのスナップを留めてから、スカーフとかは後回しにして、とりあえずダークグレイのプリーツスカートを履くことにした。
膝上15センチくらいありそうなミニスカなので、正直足がスースーして心許ないが、体育のショーパンならこのくらい足は出ているはずと自分に言い聞かせて、平静を装う。
カラボの上に畳んでおいておいた黄色いスカーフを手に取り、入り口近くの壁に備えつけられた50センチ四方くらいの鏡を覗き込みながら、不慣れな手で襟元に結ぶ。
とりあえず一応見られる服装になったと思うので、洗面器にタオルその他を入れると意を決して部屋を出て、共用洗面所の方へと向かった。
「あ! おっはよーーー、浦風!」
「おはようございます、白露」
洗面所近くで、朝から元気な白露と出会って挨拶を交わす。
「昨日はよく眠れた?」
「ええ、身体はそうでもないのですが、気疲れしてたようでぐっすりと」
そんな雑談を交えつつ、バシャバシャと顔を洗う。
目覚ましも兼ね冷たい水で目の辺りをシャキッとさせてから、洗顔フォームを手に取ってペタペタ顔に塗ってから、今度は蛇口をぬるま湯にして再度顔を洗った。
最後に軽く口を水ですすいでから、タオルで丁寧に顔の水分を拭きとる。
「おぉ、浦風も無事に起きられたようじゃな。結構けっこう」
殆ど無意識に一連の作業を終えたところで、微妙な違和感を感じたが、それをハッキリ自覚する前に、特徴的な「のじゃ」言葉をかけられ、振り向く。
無論、そこに立っていたのは初春だ。
「さすがにあの放送が聞こえたら目が覚めるでしょう。いえ、私は目覚まし時計のおかげでその前に起きてはいましたけど」
「ふむふむ。浦風は真面目じゃのぅ。そう思うのが普通じゃが、世の中には、あの大音量の中でも平気で惰眠を貪る輩もおるようじゃぞ」
ニヤリと笑ってみせる初春。傍らの白露も苦笑しているから、事実なのだろう。
(白露がここにいる以上、最有力候補は睦月かなぁ。磯波、朝潮あたりはちゃんとしてそうだし。雷も、まぁ、あんまりお寝坊さんってイメージはないかな)
昨日会った駆逐艦娘たちの顔を思い浮かべつつ、そんな予想を立てる。
とは言え、朝っぱらから洗面所を3人で占拠しているわけにもいかないので、私はふたりに会釈をして自室に戻った。
「ご飯前に髪型の方も整えておこうかな」
鏡の前に立ち、軽くブラッシングしてから私は、長めに伸ばした左右両サイドの髪を、いつものように
(「いつものように」……だって? いや、今までいっぺんもそんなコトしたはずないだろ!?)
“
それなのに、今も半ば無意識に手が動くのに任せていると、髪の毛を細い三つ編みにしてから耳の上でくるりと巻き上げ、「ハレ●チクルーザー」の俗称の元となったフレンチクルーラーのような髪型に勝手に仕立てあげているのだ。
自分の身体が勝手に動き、
叫びだしたくなる気持ちを意思の力でねじ伏せて、懸命に思考をめぐらせる。
(落ち着け! 少なくとも朝起きた時は、とくにおかしなトコロはなかったはずだ)
そうでなければ、ブラジャーひとつ着けるのに、あれだけ苦労するはずがない。
だが、その後の浦風の制服を着る時はどうだった?
女装経験なんて皆無なはずなのに、羞恥も躊躇もほとんど感じることはなく、着用する手際も、初めて着る服と思えないほど手際がよかったのではなかったろうか。
洗面所でも、よく考えると、単に顔を洗うだけでなく洗顔フォームとか当たり前のように使ってたし……。
これが、艦娘という存在に馴染む──“浸食率が上がる”ということなのか。
それとも、この身体の奥底に“戸浦美波”の意識が眠っているせいか。
あるいは、“彼女”の記憶の
個人的にはできれば3番目であって欲しいところだけど……考えても、現状では判断がつかない。
ぐだぐだ考えていても暗くなるだけだ──と強引に思考を断ち切った私は、白い長手袋をはめ、水兵帽をかぶると、食堂へと向かったのだった。