艦娘ぐらし、始めました-Welcome to Kan-Colle world- 作:嵐山之鬼子(KCA)
得体のしれない不安を押し殺しつつ、努めて平静を装って、何とか無事に夕食を食べ終えることができた。
(クリームシチューは割と好物なのに、正直味がわからなかったよ、トホホ)
まぁ、心の中でこんな愚痴がこぼせるくらいには、我ながらまだ多少なりとも心の余裕があるってことなんだろう……たぶん。
他の駆逐艦娘たちと別れて、自室に戻る前にこっそり工廠へと立ち寄って明石さんに「このこと」を相談してみることにした。
提督や大淀さんでもいいんだろうけど、艦娘の身体のメンテは、やっぱり工作艦の明石さんが専門家だろうし、あのふたりに比べると腹芸とか不得手そうだから、誤魔化さずに本当のことを教えてもらえると思ったんだ。
幸か不幸か明石さんはまだ工廠にいてくれた──ただし、大淀さんも一緒だったけどね。
ほんの一瞬ためらったけど、
* * *
「自分の言動が変わってきている気がする、ですか」
浦風の悩みを聞いた大淀は、クイッと眼鏡を上げ、興味深そうな目で“彼女”を見つめている。
「うーん、正直、艦娘にとってはソレ、ある意味当たり前の話だからねぇ」
対照的に明石の方は、あまり興味がない……というか、気乗りしない様子だった。
「え……ど、どういうことなんですか!?」
聞き捨てならないことを耳にした浦風が、慌てて明石に食い下がる。
「あー、そうか。貴方は少々特殊な
「えーと、それは本来の意味の方、ですか? それとも……」
「無論、後付けで命名された方です」
恐々問い掛ける浦風に、アッサリ彼女が懸念していた答えを返す明石。
「適合率──ここではあえて“浸食率”と言いましょうか。浸食率は、艦娘が艦娘として戦っていくにつれて、いえ、艦娘として鎮守府で日常を過ごしていくだけでも、徐々に一定の値まで上昇していくのが普通です。先日、お教えしませんでしたか?」
ブンブンッと首を横に振る浦風。大淀の告げた“一般則”は、彼女にとっては初耳だった。
「ま、“浸食率”って物騒な字面だけど、別の言い方をすれば現在の身体に対応する最適化であって、極論すればただの“慣れ”でもあるからね。水上航行や艤装の扱い、戦闘中のとっさの反射行動なんかが身に着くってことは、浸食率の上昇とニアリーイコールではあるんですよ」
折角だから、測り直してみます? と問う明石の提案に、浦風は一も二も無く頷いた。
「えーと、現在の適合率は……40.5ね。これなら実戦でもほぼ問題なく稼働できると思いますよ」
「た、たった3日で10以上増えてるんですけど!?」
計測器を読み取り、何でもないことのように言う明石に、浦風は驚愕と不安を半々に滲ませた表情で叫ぶ。
「落ち着いてください、浦風さん。これはお伝えしたかと思いますが、艦娘の大半は適合率50を平均値・中央値として、実戦経験を積んだ人材は50台後半くらいになるのが普通です」
「そうそう。だから、50以下の艦娘の場合、鎮守府で暮らしていくうちに比較的早いペースで50に近づくし、逆に50を超えた途端、大半の人は、その“伸び”も鈍化するんですよ」
大淀と明石に代わる代わる説き伏せられて、ある程度、浦風も落ち着きを取り戻したが……。
「余分な斟酌や気遣いは結構ですので、正直に教えてください。平均が50前後だとしても、高い場合はどれくらいまでいくんですか」
覚悟を決めた目で浦風に問われ、大淀と明石は顔を見合わせた。
「希少な例も含めるなら千差万別ですが……そうですね。高い場合は、浸食率90くらいまでいった例も、いくつかあります」
「逆に40ちょっとで安定したケースも少なからずあるから、その辺りは体質と運と言うほかないんですけどね」
(90って……それ、9割方ほぼ別人じゃないか!)
今の値(40強くらい)に留まる可能性もあると言うのは朗報だが、浦風はあまり楽観視する気にはなれなかった。
「──わかりました。ですが、3日後にもう一度、再測定をお願いしてもよろしいでしょうか?」
明石からOKの返事を得たうえで、浦風は自室へと戻って行った。
……
…………
………………
「ねぇ、良かったの? あのことを教えなくて……」
浦風が退室した後、明石は溜息をつきながら、大淀に微妙に責めるような視線を向ける。
「はて、どのことでしょうか」
「わかってて言っているでしょう? 確かに、浸食率40~50で留まる艦娘もそれなりの数いるけど、数少ない男性から艦娘化した例のほぼすべてが、70以上に高くなっていることを」
“素”の状態で基となる人物と変化先の艦娘の間でギャップが大きい場合、その差を埋めようと艦娘(正しくはFB艦娘)としての要素が
それが正しいとすれば、男性から艦娘という女性になった段階で大きなギャップが生じる元男性の艦娘が、皆高適合率になることも説明できなくもない。
「──それが正しいとしても、あの人の場合は、いささか特殊なケースですから。例外となる可能性もなきにしもあらずでしょう?」
それに、初実戦前に不安を煽るようなことを告げるのは好ましくない、と大淀は主張し、明石もそれには頷かざるを得なかった。
* * *
その日も、
『横須賀鎮守府で艦娘・浦風になった後、初めて艤装を着けての基礎練習の際、わたしは気づいてしまった』
? なんだろう。
『意気揚々と訓練に臨んだにも関わらず、水上に沈まず立つのがやっとで、歩くどころか這うようなスピードでしか前に進めないこと』
えっ……。
『ぐらぐらと姿勢も安定せず、そんな状態で主砲を撃っても、ロクに当たるはずもないこと』
いや、それは……最初だから、仕方ないだろ?
『それ以上に、演習だと、練習用の模擬弾だと、わかっていても、“戦場”に出ると怖くて足がすくむこと』
……。
『なんのことはない。無理して艦娘になっても、単なる
!!
『呉鎮守府への赴任が正式に決まったが、正直、自分が艦娘としてやっていける
! まさか……。
『JRの呉駅を降りて、鎮守府へは15分くらいで着くはずなのに、遅々として足が進まない。
いっそどこかへ逃げ出してしまいたいが、艦娘という機密情報の塊りとなった自分が失踪することは難しいし、仮にできても母を始め残された人にも色々迷惑をかけることになるだろう』
そうか、それで……。
──ピピピピッ、ピピピピッ……ピッ!
「細かいリクツはともかく、“俺”が
某精神交換アニメのネタじゃないけど、たぶん「本物の美波」が「今の状態から逃げ出したい」と強く願ったことが、原因のひとつではあるんだろう。
もっとも、どうして
(そもそも、わざわざ次元の壁を越えんでも、この世界の誰かさんだって別にええじゃろが)
そんな風に不満や疑問は多々あるが、それでも「事の経緯」の一端と「たぶん美波は湊に“なってる”」だろうことが分かって、ほんの少しだけスッキリした気分になった。
「おっと、朝からゆっくりしとるわけにゃあいけんの」
真相はどうあれ、今の自分は陽炎型駆逐艦娘の浦風、それも新人だ。