艦娘ぐらし、始めました-Welcome to Kan-Colle world-   作:嵐山之鬼子(KCA)

31 / 37
今回はわりとコメディ寄りです。


-19-

 実質的な初実戦──南西諸島防衛線の最深部を突破してから、おおよそふた月ほどの時間が過ぎた。

 

 言うまでも無くと言うか予想通りと言うべきか、浦風(うち)が“三浦湊(おれ)”に戻るための方法は、(あの“夢”を除いて)手がかりさえカケラも見つかっていない。

 もっとも、正直に言ってこの件に関しては、もはや半ば諦め気味でもある──良い意味でも悪い意味でも。

 

 悪い意味については「そもそも艦娘なんてやってる限り、こんな超常現象的な事柄の真相を追及するには、絶望的に時間と手段が不足している」というのが大きい。

 

 艦娘が第三世代を迎え、関連法案が次々に整備されたおかげで、現在の艦娘は、ほぼ日本国民に近い権利義務を有しているが、同時に現役の艦娘には幾許かの“縛り”があることも事実だ。

 その縛りのひとつが“移動の自由の制限”、艦娘は任務時を除いて所属する基地から、2時間以内に帰れる距離までしか離れることを許されていない。これは休暇中も有効だ。

 

 このテのトンデモ問題の情報ならやはり東京が一番多いのだろうが、(ここ)から一般人が利用な範囲で行けるのは、せいぜい名古屋、いや駅からの徒歩時間も含めれば京都くらいまでだろう。

 京都も“京大がある学術都市”と言えないこともないのだろうけど、こういう眉唾事象に手を貸してくれるかは疑問だし……。いや、いっそオカルト方面に振り切れば、まだ可能性はあるのかもしれない。

 

 加えて、情報を得るための伝手(ツテ)の面でも、せいぜい軍の下士官に準じる待遇でしかない駆逐艦娘というのは、なかなかハードルが高い。むしろ完全に民間(フリー)のジャーナリストとかの方が、まだ自由に動けるだけ楽かもしれない。

 

 そして“良い意味で”というのは──諦念(あきらめ)というより馴致(なれ)、もしくは(ゲームが違うけど)某軽巡メイド嬢の台詞を引用して「平凡なる日常を称えましょう」と言う感じ?

 ブッチャけると、「今の立場や毎日も悪くない、むしろ結構楽しい」と思い始めたんだ。

 

 それなり以上の危険はあるものの、自分の努力と力量によってその危険は大幅に減らせ、さらに社会的にも個人的にも“やり甲斐”のある仕事。

 給料は「並みよりは良い」程度だけれど、職場環境も職場の仲間の人間関係ものきわめて良好。つい最近、待望の後輩兼同居人(ルームメイト)もできた。

 雇用主は日本政府(おやかたひのまる)で倒産の心配はしなくていいし、退職後の恩給もバッチリ用意されている。

 

 加えて今の自分(うち)は、客観的に見ても相当ハイレベルな美少女で、しかも艦娘やってる限りは老化とも無縁だ(まぁ、艦娘できるのはせいぜい10年くらいらしいけど)。

 別に性別違和や変身願望持ちではなかったけれど、「来世で生まれ変わるんなら美少女に」という意見に頷ける程度のスケべ心はあったし。

 もっとも、こちらはアテが外れたというべきか、一週間もしないうちに(自分が“女”であり、女性が“同性”であるという環境(こと)に)慣れてしまい、性的な興奮(ドキドキ)はしなくなったけど。

 

 危惧していた適合率(という名の浸食率)の問題も、50を超えた途端に横ばい状態になり、たまに測るとコンマ1、2伸びてる程度に留まってるし。

 

 こんだけ好条件が揃った転生(転移?)先なんて、今どき「な●う」小説でも、なかなか用意してくれないんじゃないかな。いや、俺Tueee/ハーレム系ならもっと突き抜けてるのはあるんだろうけど、現実に自分がその環境に放り込まれるとなったら、むしろ自分は遠慮したいしね。

 

 * * * 

 

 「浦風先輩って、ほんと毎日が楽しそうですよね」

 

 休息日である日曜日の昼前。

 食堂へと足を運び、以前からの約束通り間宮に指導を受けつつ昼メニューの下拵えに協力している浦風に向かって、井上提督配下の最新新人(ニューフェイス)である浜風が、軽く溜息をつきながら、そんなことを言う。

 

 「んー、そうかのぅ? (うち)かて別にいつもわろぅとるわけじゃないし、はぶてるときもあるよ?」

 里芋の皮を剥きながら小首を傾げる浦風。

 休日ということで半袖ダンガリーシャツにデニムのショートパンツという比較的ラフな格好だが、きょとんとした表情や柔らかな広島弁もあいまって、とても愛らしい。中味が(少なくとも2ヵ月半ほど前までは)20歳を超えた男だなんて、誰も想像がつかないだろう。

 

 「それはそうなんでしょうけど。でも、熱血とか全力全開って言うのとはちょっと違うかもしれませんが、いつも“真面目(しんけん)に目の前のことに向かい合って”、そこに喜びや楽しみを見出そうとしてるような気がします」

 そう浜風(こうはい)に言われて、ほんの一瞬だけ浦風の手が止まる。

 

 「……ほうか。そう見えるんやったら、何よりじゃ」

 平和や平穏が薄氷の如き脆いものであり、だからこそ、尊いその日常(へいわとへいおん)を心から謳歌すること。

 此世界(こちら)で浦風として生きていく覚悟を決めた“彼女”にとって、それは自らに戒めたひとつの規範(もくひょう)であり、それが傍目にも(たっせいさ)れているのは、喜ばしいことだった。

 

 「(いた)しいかのぅ? そのうち、浜風もわかるよーになるわ」

 ただし、それは自分の心象(ハート)で理解すべきものだ。なので、妹分(はまかぜ)には、曖昧にそう言って微笑むだけに留める。

 

 「むぅ……なんか大人な発言です。もしかして、浦風先輩、ホントはかなり年上?」

 標準的な浜風は比較的落ち着いた、それこそ外見年齢(とし)より大人びた雰囲気の子が多いらしいが、この浜風()は随分表情豊かだ。あるいは中学出たてくらいの年頃なのかもしれない。

 

 「ははは、艦娘の元の年齢を追及するんはヤボじゃな。今の(うち)はセーラー服が似合うピチピチギャルじゃけぇ」

 「そ、その言い方が、ますます年増(おばさん)っぽいんですけどー!?」

 無論、ワザとだ。

 

 そんなことは承知の上で言葉の上でのじゃれ合いを(陽炎型の)姉妹間で交わしながらも、浦風は里芋の皮むき、(なりゆきでついてきた)浜風もサヤエンドウの筋取りを終わらせていた。

 

 「浦風さん、浜風さん、ありがとうございます。じゃあ、今日は小鉢にする“里芋とサヤエンドウと鶏の煮物”の作り方をお教えしましょう」

 ふたりの作業成果の入ったボウルを受け取った間宮が、ニコニコしながら、そう提案してくれる。

 レシピ(それ)が目当ての浦風はメモを取りながら真剣に間宮の手元を見つめ、浜風も雰囲気に流されたのかまじめに覚えようとしていた。

 

 ──そして数年後。間宮から習った家庭料理の数々を振る舞ったことが、とある男性への会心之一撃(クリティカルヒット)となって、よもやその男性から求婚されることになろうとは、この時の浦風は知る由もなかった」

 

 「……いや、それはないから」

 浜風の勝手なナレーションに、思わず素でツッコミを入れてしまう浦風だった。




そして次回は最終回……そのあとに後日談(エピローグ)があるかもしれませんが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。