艦娘ぐらし、始めました-Welcome to Kan-Colle world-   作:嵐山之鬼子(KCA)

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 本編主人公の三浦湊(現・浦風)や『三下セントー』の主人公以外の、“現実”からの転生(転移?)者のお話。神様転生に際して、初期艦に如月を指定したところ……。



Another6.歯止めなく如月になっていく私(オレ)

【鎮守府ヘヴン】

 

──カリコリカリカリ……

 

 今どき珍しくペンと紙を用いて、手書きで書類を作成する音が室内に響く。

 その部屋──呉鎮守府内にある提督執務室のひとつでは、一組の男女がデスクの前に座って、書類仕事をしていた。

 

 ひとりは、この呉鎮に所属する5人の提督のうちのひとりである松田慎司少佐。

 士官学校の短期コースを卒業してすぐに此処に着任し、まだ提督歴半年に満たない新人司令官だ。

 戦果は可もなく不可もなく……と言うとグータラ駄目提督のように思うかもしれないが、少なくとも配下の艦娘を轟沈させたことはないし、無理せず少しずつ着実に手を広げている点は、上司や先輩提督からもそれなりに評価されている。

 

 そしてもうひとり、彼の秘書艦を務めているのは……。

 「司令官……好きよ☆ な~んちゃって♪」

 その台詞だけで、艦これ/艦娘に詳しい人なら誰だかわかるだろう。

 そう、駆逐艦娘の「如月」だ。

 

 睦月型駆逐艦2番艦・如月。1番艦の睦月と並んで睦月型のお姉さん的ポジションにあり、また11、2歳くらいの外見の多い睦月型の中では少し年長の、おおよそ13、4歳くらいに見える小豆色の髪をした美少女だ。

 「2番艦はスケベボディ」の俗説通り睦月型としては胸も大きく(といってもB以上C未満程度だが)、すらりと均整のとれた肢体は年齢に見合わぬ健康的なお色気を放っている。

 いわゆる「提督LOVE」勢のひとりで、駆逐艦の中では朝潮型4番艦の荒潮と並んで、提督に対するストレートな好意や誘惑を口にすることも多い。もっとも半分は提督をからかっての発言のようだが……。

 

 「ありがとう。俺もだよ」

 普段なら聞こえなかったふりで流すか、顔を赤らめて口ごもるだろう松田提督が、いつもとは異なる反応を示した。

 「ふぇっ!? あ、あの、それって……」

 思いがけない提督の発言に、軽いパニックになる「如月」。

 

 「如月……」

 いつの間にか椅子から立ち上がった提督が、「如月」に覆いかぶさるような姿勢で顔を覗き込んでいた。

 軽く曲げた右手の人差指で「如月」の華奢な下顎(おとがい)を持ち上げ、上向きにさせる。

 

 (あ……コレ知ってる。顎クイってヤツだ)

 恋愛物のマンガやアニメでよく見られる動作で、この続きは「如月」にも容易に想像できた。

 (あぁ……ダメ……なのにぃ)

 心の中では否定的な言葉を漏らしつつも、「如月」の身体は雰囲気に飲まれて受け入れ態勢になっており、提督の貌がアップになるのに合わせて自然に目を閉じてさえいる。

 ふたりの唇が重なろうとした、その瞬間。

 

──バタン!

 「提督ー、作戦完了のお知らせなのです!」

 

 近海掃討の任務に出ていた第一水雷戦隊旗艦(代理)の睦月が、執務室のドアを押し開いて、元気いっぱいに入ってきた。

 瞬時にして跳び離れる提督と「如月」だったが……。

 

 「およ? はは~ん……提督ぅ、如月ちゃんとイケナイことしてましたねぇ?」

 一転、睦月が“ニコニコ”ではなく“ニヤニヤ”といった感じの笑顔で、提督に問い掛ける。

 

 「──黙秘権を行使する」

 ぶっきらぼうに提督が言い捨てるが、僅かに赤らめたその顔と、こちらは茹蛸のように真っ赤になった「如月」の様子を見れば答えは一目瞭然だ。

 

 「いひひっ! まぁ、睦月は気遣いのできるオトナのオンナだからこれくらいで勘弁してあげるにゃしぃ」

 いったん鉾を収める睦月。

 「でも、金剛さんとかに知られたら、『HEY、提督ぅー! ラブラブするのもイイけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!』って怒られるんじゃないかにゃー」

 「「う゛っ……」」

 確かに、部隊を統括する提督とその秘書艦が勤務時間中にとるべき行動でなかったことは確かだ。

 

 「わ、わかった。以後、自重する」

 「まぁ、如月ちゃんは可愛いからねー、提督の気持ちはわかるにゃしぃ」

 のんきな提督と“姉”の会話を聞きながら、うつむいた「如月」は密かに自己嫌悪に陥っていた。

 (ま、また雰囲気に流されて如月っぽい行動をとってしまった……オレ、本当は如月じゃないのに……)

 それでは、このどこから見ても艦娘・如月にしか見えない少女は、いったい“誰”だと言うのか?

 真相を説明するには少々込み入った事情があった。

 

 

【今日から(て)のつく公務員】

 

 白に限りなく近いグレーの、リノリウムのような質感の材質で四方と床を覆われた、窓のない5メートル四方の部屋(?)で、彼──松田慎司は“それ”と対峙していた。

 

 「えーと、つまり……「これから貴方には異世界転生してもらいます」ってこと?」

 『はい、結論から言えば、そうなりますね』

 まばゆい光に包まれ、かろうじて人型とくらいにしか判別できないその存在が、中性的な印象の“声”で彼に告げる。

 

 思い切り事態を要約すると、他の世界の神様の不手際で、この世界──地球にありえないモンスターが出現。その結果、電車が転倒事故を起こし、200名以上が重軽傷を負い、さらに運の悪い十数人が命を失ったのだ。

 地球を管轄管理する神々にとっても寝耳に水な話で、その他世界の神に厳重に抗議、慰謝料(というか神力という名のエネルギー)を分捕った後、予定外の死を迎えた面々に、補償を行おうとしているというわけだ。

 

 この一件での死者たちをそのまま蘇生することも考えられたのだが、すでに病院に収容されたうえで死亡が確認されており、また遺体の損壊も激しいため、それを誤魔化すのは多大な困難が予想された。

 そこで、神々側としては分捕った多量の神力を用いて、彼・彼女らの魂を異世界転生させることにしたのだ。

 ある程度の制限はあるものの、どんな世界に転生するかは選択可能、さらに転生に際して本人の希望に沿った特技ないしアイテムも付ける──という、かなりの好条件だ。

 

 中には「異世界転生」に馴染みのない初老の男性や小学生の子もいて、転生担当神も説明に苦慮したが、幸いにしてインドア派大学生の松田は、そのあたりのお約束は理解していた。

 

 彼は「フィクションの世界への転生も可能か」を確認したうえで、日頃からプレイしているゲーム『艦隊これくしょん』への転生を希望したのだ。

 

 『あぁ、アレですか……(パラパラパラ)。いくつか候補はありますが、どれにします?』

 「は?」

 『いえ、一口に『艦これ』系世界と言いましても、深海棲艦に蹂躙され、人類は風前の灯という世界もあれば、無事深海棲艦を撃退して、艦娘たちの戦いも過去のものという平和な世界もあるんですよ』

 艦娘という存在にしても、「素質のある人間が艤装を装備しているだけ」というものから、「ありし日の軍艦に宿っていた船魂(?)が顕現・実体化した存在」という人外要素バリバリなものまで、世界によって色々なのだと言う。

 

 『どうします? 深海棲艦相手にも無双できるようなチート武力を望まれるなら、人類劣勢の方が歓迎されると思いますが……』

 「い、いや、普通の提督でいいから。コミックとかアンソロで描かれたような、適度に戦いつつ、日常ではそれなりにほのぼのした感じの世界の」

 痛いのとか恐いのは嫌だしなー、と微妙にヘタレたことを考える松田。

 

 『艦娘のスタンスは? 人間寄り? 英霊寄り?』

 「その中間……よりは多少人間寄りな感じで」

 次々に松田に質問して、条件を絞り込んでいく担当神。

 そうした問答の結果、とある『艦これ』系世界が選ばれ、そこに(転生だが現在と同じ姿で)送り込まれることになったのだが……。

 

 『これなら消費神力規定値にまだ余裕がありますね。どうします? 何かチート的な特典はつけますか? ニコポとか撫でポもありますよ?』

 「艦これで提督やるのにそんなの持ってたら、修羅場不可避じゃないすか! やだー!」

 『賢明ですね。そうですね、それでは……初期艦を選ばせてあげましょう』

 ゲームの『艦これ』では、初期艦として選べるのは吹雪・叢雲・漣・電・五月雨の5人の駆逐艦のひとりで、家庭用移植版ならさらに睦月・大潮・時雨・川内・神通・那珂も候補に挙がる。

 実際の艦これ的世界では、上記の縛りはないものの、それでもレア度の低い駆逐艦が配されるのが通例だった。

 

 『事前登録特典の大井とか“有明の女王”、あるいは名誉初期艦のゴトランドなどでもOKですよ♪』

 「……ちょっと心惹かれるものはあるけど、その3人じゃなくて、如月でもいいか?」

 『可能ですが……いいんですか? 如月なら後からでも比較的簡単に入手できると思うのですが』

 「いーの。俺的には最初にケッコンカッコカリした嫁艦なんだし、その如月と1から鎮守府を運営して大きくしていくってのも男の浪漫だろ?」

 『なるほど。浪漫なら仕方ありませんね』

 男の浪漫に理解がある神様、というのもなかなかに希少かもしれない。

 

 ともあれ、そんな経緯で松田青年は、とある世界の「呉鎮守府に着任したばかりの新米提督」という立場に転生することになったのだが……。

 

 『む、そう言えば、あの世界の艦娘は元は人間なんでしたね。初期艦につける如月の分の魂をどうしましょうか』

 お約束な魔法陣の上で転生シークェンスに入った松田を見つめつつ、しばし思案する担当神。

 『──閃いた! どうせ秘書艦になるんですから、提督のことを一番よくわかってくれるよう、彼の魂のコピーを使っちゃいましょう♪』

 

 この「小さな親切、大きなお世話」の見本のような神の“心遣い”が、転生した“ふたり”に大きな騒動を巻き起こすのだった。

 

 

【お姫様LV1】

 

 目が覚めた時、「誰よりも見慣れた顔」が自分の目の前にあったら、人はどう感じるだろうか?

 

 安心? 倦怠? それとも「当たり前過ぎて特に何も」?

 

 他の人間はどうか知らないが、オレに関しては「わけがわからなくてパニック!」の一択だった。

 

 「キャア!? な、なんで、私(オレ)が目の前にいるのぉ(いるんだ)!?」

 思わず悲鳴のような声を上げたつもりが、本当に声自体も含め「可愛らしい女の子の悲鳴」そのものだったことも、また混乱の度合いに拍車をかける。

 仰向けの姿勢から、とっさに上体を起こし、反射的に後ろにズリズリと後ずさっていた。

 

 「お、気が付いたか……って、まぁ、そうなるよな」

 横になったオレの顔を覗き込んでいた男性(やろう)が、某航空戦艦娘みたいなことを言いながら、うんうんと頷いている。

 コミックやイラストで見慣れた海軍第二種軍装──要するに白い士官制服を着て、軍帽までかぶっているが、その人物自体は、オレもよく知ってる……というか、「オレが一番よく知ってる」。

 

 「……わ、私(オレ)?」

 そう、目の前の提督らしき格好の男は、紛れもなくオレ──松田慎司そのものだった。

 

 どう考えても尋常ではない、それこそオレ同様パニックになって然るべき事態なのに、相手がそれなりに落ち着いているってことは……。

 (も、もしかして「転〇生」とか「君〇名は」みたく、中身が入れ替わってて、相手もそれに気づいてるとか?)

 先に意識を取り戻していたらしい相手も、その結論に達していたとしたら、確かに今のオレの反応は予想の範囲内だろう。

 もっとも、そんなオレの“予想”自体は大外れだったと直後に判明するわけだけど。

 

 「か、鏡……鏡はないかしら(ないか)?」

 「ああ、それなら、そこの壁にかかっているぞ」

 提督姿のオレ(?)に言われて、あわてて横たわっていたソファから起き上がり、50センチ四方くらいの鏡を覗き込む。

 

 そこに映った“自分”の姿は……。

 黒に近いが僅かに紫がかった真っ直ぐな髪を腰まで伸ばし、こぼれんばかりに大きな瞳と小作りな顔立ち、そして色白な肌が目を惹く美少女だった。

 加えて、白を基調に袖口と襟が緑色の半袖セーラー服+同じく緑のプリーツスカート、そして特徴的な薄紅色の髪飾り……とくれば、答えはもう決まったようなものだ。

 

 「私(オレ)……如月になってるぅ!?」

 

  * * *  

 

 プチパニック状態に陥った「如月」をなだめすかし、ようやく落ち着いたところで、松田慎司“少佐”は、目覚めてすぐに例の“神様”から届いた“追加情報(ついしん)”の内容を“彼女”に告げる。

 

 ある意味、それは非常に残酷な事実だった。

 彼の目の前にいる駆逐艦娘・如月にしか見えない少女の“中身(たましい)”は、複製(コピー)された松田(かれ)自身だと言うのだ。

 

 実際、その後に行われたいくつかの問答の結果、少なくとも“彼女”が、松田慎司としての記憶や人格を持っているらしいことは、お互い理解していた。

 もっとも、理解することと納得することの間には、大きな違いがあるが……。

 

 「ぅぅ~、いったい、どうしてこんなコトに……」

 「この世界の艦娘は“人間”がなるものらしいからな。初期艦をつけるなら、どうしてもその“(ベース)“となる女の子が必要なんだとさ」

 「──そう言えば、(コッチ)の自分としての記憶も微かにあるわぁ(あるな)」

 如水歌月(じょすい・かづき)。京都出身で中学を卒業したてのピチピチの15歳。艦娘になる前はやせっぽちで平凡な容姿の子だったので、極上の美少女になれてとっても嬉しい……などという偽造記憶が「如月」の頭の片隅に存在していた。

 その気になれば、もっと詳しい情報も「思い出せ」そうな気はしたが、慌てて意識を逸らす「如月」。そのままだと、“自分(アイデンティティ)”が揺らぎそうで怖かったのだ。

 

 「ま、こうなった以上は腹をくくろうぜ。俺だって、愛する嫁艦・如月の中身が“自分自身”だってことに戸惑いがないわけじゃないが、多分「やり直しを要求する!」とか騒いだって無駄だろうし」

 対照的にポジティブな提督(じぶん)が、うらめやましい。

 

 「はぁ~~……うん、わかったわ(わかったよ)。コレは“ゲームでもなく遊びでもない”、現実なんだものね(もんな)」

 大きなため息をついて、「如月」も気持ちを切り替えることにした。

 

 「ところで、今の如月(オレ)たちの状況って、どうなってるのかしらぁ(どうなってんの)?」

 「あぁ、俺は今日、この呉鎮守に着任したばかりの新米提督で、お前さんは大本営から俺と一緒に派遣された新人艦娘ってことみたいだぞ」

 新米・新人コンビであれば、しばらくは多少トンチンカンなやりとりをしても大目に見られるだろう。そういう意味では有り難い“設定”だった。

 

 「それと貴方(おまえ)、私(オレ)の言葉遣いが勝手に如月っぽいものになっちゃう理由は知ってる?」

 先程から、“彼女(かれ)”自身はいつも通りにしゃべっているつもりなのに、口から出る言葉が自然に変わっているのだ。

 「あぁ、ソレか。神様からの伝言(メッセージ)によれば、その身体(ボディ)には、KTS──キサラギトレースシステムとかいう仕掛けがあるらしいぞ」

 「何、その頭の悪そうな略称!?」

 「なんでも、お前さんが変な言動をして周囲から浮いたり不審に思われたりしないよう、意識して抵抗しなければ自動的に話し方や仕草を如月らしくしてくれる代物(モノ)らしい」

 

 その伝言いわく『男の子っぽい話し方やアクションをするTSっ娘ってのも萌えますが、艦娘・如月として暮らしていくのにソレだと色々不都合でしょうし』という考えで付加されたものなのだとか。

 細やかな心遣いと見るか、小さな親切大きなお世話と見るか、微妙なところだ。

 

 実際、如月と言えば、「神戸生まれのおしゃまな艦娘」荒潮や「夕雲型のダダ甘おねえちゃん」夕雲と並んで、口調と仕草が外見年齢以上に色っぽい(エロいとも言う)駆逐艦として有名だ。

 そんな如月が、ガニ股で闊歩し、大口を開けて「ガハハ、グッドだ!」とでも笑ったりした日には、脳の回線がショートしたのか、あるいは悪霊にでも取り憑かれたのかと、周囲から疑われること間違いなしだろう(そして後者はあながち誤りでもなかったりする)。

 

 そう言って諭す提督(まつだ)の言葉に、渋々頷いた「如月」は、(少なくとも人目がある場所では)無理にKTSに逆らわず、皆がイメージする如月らしく振る舞うことを了承する。

 「如月」だって、周囲にヒかれたり、頭《おつむ》の状態を疑われたりするのは、できれば避けたいのだ。

 

 (ま、ひとりになった時に、遠慮なく“地”を出していけば、そんなにストレスが貯まることもないだろ)

 ──と、この時の「如月」は思っていたのだ。

 しかしながら、後になって冷静に考えると、色々と見落としていた以下のようなことに気付くことになる。

 

その1)「如月」は松田提督の秘書艦である。すなわち、出撃時以外、提督の勤務時間は、たいてい同じ部屋にいて仕事をしている=ひとりじゃない

 相手が事情を知る提督だからいいじゃないかと言われるかもしれないが、当の提督(ほんにん)から「頼むから俺の嫁艦のイメージを壊さないでくれ」と土下座して頼まれ、コピーだけあって「如月」もその気持ちが痛い程わかるので了承。

 

その2)艦娘として出撃時=当然ひとりじゃない

 しかも第一艦隊旗艦なので随伴艦の皆の状態や動向に気を配る必要があるため、普段以上に気が抜けない(愚痴や独り言もNG)。

 

その3)非番時に寮の自室にいる時

 この時ばかりはひとりになれるかと思いきや……。

 

  * * *  

 

 その後は自分達の個人的事情はいったん棚上げし、オレたちは「提督と秘書艦」として執務室で書類をチェックしたり、今後の鎮守府運営について真面目に話し合ったりしたんだが……。

 さすが元・同一人物と言うべきか、非常にスムーズに話が進んだ。何せ、現時点では持てる知識量も経験もほとんど差が無いし、好みや基本方針も一致してるんだからな。

 その点だけ見れば、例の神様が秘書艦・如月の“中身”として松田慎司のコピーを配したことは、確かに一理はあるんだろう──コピペされたオレとしてはたまったモンじゃないが。

 

 「さてと。それじゃ、執務室(ここ)でやっとくべき事柄はおおよそ片付いたし……工廠に行って“建造”しようか」

 「そうね(だな)、賛成よ(だよ)」

 提督──いや、これからは如月らしく「司令官」と呼ぶべきか。司令官の提案に従って、オレたちは連れ立って明石さんの待つ工廠へと向かった。

 

 (ぅわ~、ホントに髪の毛がピンクだぁ)

 出迎えた明石(かのじょ)の髪を見て、「ピンクは淫乱」とかいうフレーズが一瞬脳裏をよぎったが、さすがに失礼なので頭から追い出して、その説明に集中する。

 と言っても、建造に必要な作業の大半は、明石さんと妖精さんが担当し、提督は投入する各資材の量を決めるだけ。秘書艦の同席に至っては必須でもないらしい。

 ただし、(ゲームの『艦これ』と異なり)同席した秘書艦と同じ艦種の基本艤装が比較的できやすい……とは言われているのだとか。

 

 「明確な科学的根拠はないんですが、統計学的には無視できないくらいの確率の片寄りはあるみたいですね」

 と苦笑する明石さん。

 

 「資材量も絞るから大丈夫だとは思うが、今の段階で戦艦や空母、あるいは重巡とかの基本艤装ができても困るしな」

 司令官の言い分ももっともだし、私(オレ)としても否やはない。

 

 (せっかく初期艦、つまり最先任の艦娘になれたのに、そのすぐあとに戦艦や空母のお姉さん達が来たら、さすがに先輩面ができないじゃない!)

 

 ──あとにして思えば、「自分が初期艦であることを誇りに思う」とか「戦艦や空母に無意識に敬意を払う」といった、駆逐艦娘らしいメンタリティにこの時すでに侵食され始めていたんだけど、当時はそれに気づかなかった。いや、「当たり前のこと」としてソレを流してたのよねぇ。

 

 ともあれ、この時はそのまま“初めての建造”にとりかかり、見事に睦月型駆逐艦娘用の基本艤装が完成した。

 その場で大本営に連絡してその基本艤装を送り、候補者が適合手術を受け睦月型艦娘となって呉鎮(こちら)へと着任するのを待つことになる。

 

 幸い睦月型なら適合者は多いし、それほど時間はかからない──という明石さんの説明通り、翌々日にはふたり目の艦娘として1番艦の睦月ちゃんが着任してきた。

 元艦これプレイヤー(の精神的コピー)としても睦月は駆逐艦の中では結構好きな方だったし、この(如月の)身体も“姉”との再会に大きな喜びを感じているようで、ふたりで手を取り合い「きゃっきゃ」とはしゃいでしまったのも、無理もないことだろう。

 

 「これからは、ずっと一緒だよ、如月ちゃん♪」

 「ええ、そうね、睦月ちゃん♪」

 

 麗しきかな姉妹愛。しかし、ここにひとつ落とし穴があったんだ。

 実は駆逐艦娘って、どこの鎮守府でも原則的に2人か3人部屋なんだよ。睦月ちゃんは当然、艦娘寮でルームメイトとして(オレ)と同居することになったから、それ以降は部屋でもひとりになれる機会は激減することになったんだ。トホホ……。

 いや、睦月ちゃんと同室なこと自体には、まったく不満はないんだけどね♪

 

 

【呉鎮守府艦娘寮】

 

 カーテンの隙間から射し込む朝の陽光が、優しくその部屋──呉鎮守府駆逐艦娘寮の一室を照らす。

 直接光が当たったわけでもないが、瞼を閉じていても明るくなったことを何となく感じ取ったのか、その部屋の住人のひとりが、二段ベッドの下の方で目を覚ましたようだ。

 

 艶やかな濃紫色の髪が目を引く14、5歳くらいの少女は、「あふぅ」と可愛らしいアクビを漏らしつつ、両目を交互にしばたたかせ、やがてゆっくりとベッドの上で半身を起こした。

 

 「ふわぁ~~あ……そろそろ6時ね。起きないと」

 多少の眠気を引きずりつつも、「うーんっ」と伸びをしてから、少女はベッドから降りる。

 肩のあたりが軽く膨らんだ半袖パフスリーブのトップと、七分丈で裾がリボンで絞られたボトムというガーリッシュなパジャマ姿は、二段ベッドの上の方で未だ寝ている“姉”とお揃いのものだ。ただし、姉のがレモンイエローなのに対して、彼女の方はチェリーピンクと色違いではあるが。

 

 誰の視線もないので特に恥じらうこともなく寝間着の上下を脱ぎ捨て、ライトパープルのショーツ一枚という姿になると、昨夜のうちに机の上に用意しておいた下と揃いのブラジャーを手に取る。

 

 「うんしょ……っと」

 “特に手間取ることもなく”ブラジャーを装着し、その外見年齢(としごろ)にしてはやや大きめな乳房を保護すると、今度はいつもの制服に着替える。

 

 白を基調に襟と袖口が緑色のセーラー服と、同じく緑色のプリーツスカート。胸元に紅いスカーフを結び、脚には黒のサイハイソックス……とくれば、誰だか明白だろう。

 そう、この物語の主役(ヒロイン)とも言うべき駆逐艦娘「如月」だ。

 

 松田提督(オリジナル)と共にこの呉鎮に着任して、すでに半年あまりの時が過ぎ(つまり冒頭部よりさらに時間が経過し)、現在は姉の睦月ともども“改二”化改装も受けていた。

 練度(いわゆるレベル)は80をかなり前に突破し、そろそろ90の大台に手が届きそうなところ。二番手の睦月が70ちょっと、三番手の金剛と高雄が70ジャストなので、松田提督配下では最熟練艦娘と言ってよいだろう。

 

 「睦月ちゃん、朝よ」

 「ぅぅ……わかった。起きるにゃしぃ……」

 二段ベッドの上で眠る姉に一声かけてから部屋を出て、すぐ右手にある共同洗面所へと向かう。

 3月末の今の季節なら、さほど汗もかいていないので、洗顔フォームなどは使わず、ぬるま湯で顔を洗うだけに留める。

 

 部屋へ戻ると、隅に置かれた小型化粧台(ミニドレッサー)の前に座り、鏡を見ながらヘアブラシで自慢の髪を梳き整える。その手つきもすっかり慣れたものだ。

 いつも通り、腰まであるロングヘアを自然な形で流し、トレードマークとも言える花びら状の髪飾りを左側頭部に着ける。

 軽くアイラインを引き、薄いピンクのリップを塗れば、朝の身支度は完成だ。

 

 「うん、こんな感じかしら♪ 睦月ちゃん、どう?」

 「問題ないと思うよー。いつも通りの可愛い如月ちゃんにゃしぃ」

 パジャマから制服に着替えながら“妹”の問いに答えた睦月だったが、何か思いついたのか、ニヤッと“ちょっと悪い笑顔”になる。

 「と・こ・ろ・でぇ、そんな可愛い如月ちゃんと、提督の仲はアレから進展してるのかにゃー?」

 

 「ふぇっ!?」

 姉からの不意打ちに焦る「如月」。

 「ななな、なんでそんなコト聞くにょかしら?」

 慌て過ぎて噛んでる。そんな様子も可愛いと思いつつ、追い打ちをかける睦月。

 「だってさー、ひと月前は執務室で“ちゅー”してたしさー、姉として妹がどこまで“大人の階段”上ったのか気になるにゃしぃ♪」

 悪戯っぽく「んん~?」と睦月に覗き込まれて、視線を逸らす「如月」。

 「そ、そ、それは……」

 「それは?」

 「い、いくら睦月ちゃん相手でも秘密なの! 私、先に食堂行ってるから!!」

 部屋を飛び出していった“妹”を見て、「からかい過ぎたかにゃ」とちょっとだけ睦月は反省する──そう、ちょっとだけ。

 (仕方ないよねー、提督がらみでからかった時の如月ちゃんの反応がかわいすぎるんだもん)

 それはつまり、また隙を見て弄り倒す気は満々ということだった。

 

 一方、部屋を飛び出した「如月」は、そのままなりゆきで艦娘用食堂へと早足で向かっていた。

 

 艦娘用の食事施設の内容は鎮守府によってまちまちだが、ここ呉鎮守府では100人以上が座れる学生食堂のような広いスペースが用意されており、朝食は全員に同じメニューが供される。

 そのため、すべての座席前の金属トレイには、すでにご飯と味噌汁、主菜となる焼き鮭の切り身に加えて、納豆&玉子が置いてある。そのほかにも、いくつかの副菜(今朝は葉野菜の漬物と海苔の佃煮だ)が盛られた丼も、4人にひとつの割合でテーブルに配られていた。

 ご飯のおかわりは自由だがセルフサービスで、長テーブルの端に大型炊飯ジャー置かれていた。艦娘は食事に対する燃費があまりよくないため、駆逐艦娘でも朝からお茶碗2杯くらいは食べるのが普通で、戦艦や正規空母なら丼飯3杯くらい食べるのも珍しくない。

 

 「うー、ボク、あんまり佃煮海苔って好きじゃないんだよねー」

 「好き嫌いしちゃダメよ、皐月ちゃん。それに海藻類は身体、とくに髪にいいんだから」

 睦月型の次姉らしく、妹にあたる皐月を注意する「如月」。

 「(如月ねぇは髪のことになるとうるさいからなぁ)はぁい。でも、珍しいね、如月ねぇが睦月ねぇと別個に朝ご飯食べてるのって」

 「そう、かしら?」

 確かに、昼や夜はともかく朝食は睦月と並んで摂ることが多かったかもしれない。

 

 「まさかと思うけど、ケンカでもしたの?」

 「いいえ、そんなたいしたコトじゃないの。たまたま都合がつかなかっただけよ」

 まさか睦月にからかわれたのが恥ずかしくて飛び出してきたとは妹には言えず、「如月」は適当に誤魔化した。

 

 * * * 

 

 そんな風に、皐月や顔見知りの駆逐艦娘と雑談しながら朝食を食べ終えた私は、歯磨きと手洗いを済ませ、軽く身支度を整えてから、通い慣れた仕事場──提督の執務室へと向かった。

 

 「失礼します」コン、コン!

 無論部屋に入る前に、ちゃんとノックすることも忘れない。

 

 「入り給え」

 入室を許可する声を確認してから扉を開ける。

 「マルハチマルマル、睦月型2番艦・如月、これより秘書艦任務に入ります。司令官、本日もよろしくお願いしますね」

 僅かに小首を傾げてニッコリ微笑むと、松田提督(しれいかん)も気安い感じで「うん、今日もよろしく頼むよ」と笑いかけてくれた。

 

──キュン♪

 

 その笑顔を見ただけで、胸の奥の鼓動が跳ねるのがわかるが、あえて表情には出さず(と言っても最初から微笑は向けているのだけれど)、ペコリと頭を下げてから、司令官の机の横にしつらえられた小さめの机──「秘書艦席」に着く。

 複雑な自分の気持ちはいったん棚に上げて、ここからは真面目にお仕事に励もう。

 

 書類を整理・分類し、司令官の決裁が必要なものは隣りの席へ回し、機械的に処理できる重要度の低いものについては私が自分で処理する。

 

 その合間に、1時間に2、3言程度の割合で司令官とポツポツ雑談を交わしつつ、お茶を淹れたり、書類等を届けるお使いに出たり、電話で関係者にアポを取ったりする……というのが、主な秘書艦の仕事内容だ。

 

 お昼は、少し遅めの13時ごろに司令官と連れ立って艦娘食堂に足を運び、私は和風ハンバーグ定食、司令官は味噌カツ定食を頼んだ。

 

 「如月のハンバーグも美味(うま)そうだな」

 「味噌カツひと切れと交換なら、ひと口差し上げてもいいわよ」

 「ふむ。じゃあ、お願いしてもいいか?」

 「それじゃあ……はい、あーーん♪」

 お箸の先で3センチ角くらいに切ったハンバーグを摘み、司令官の顔の前に差し出してみる。

 

 「ちょ、如月……あぁ、もぅ!」パクッ!

 司令官は(たぶん恥ずかしさから)一瞬抗議しかけたけど、下手に騒いで注目を集める方がマズいと判断したらしく、すぐさま箸先の肉片にパクリと食らいついて証拠隠滅をはかったみたい。

 でも、まだ甘いわよ♪

 

 「じゃあ、司令官もお願いね♪ あーーん」

 親鳥が運ぶ餌を待つ小鳥のヒナみたく、口を開けて司令官のリアクションを待つ。

 司令官はちょっとためらっていたものの、“毒を食らわば皿まで”スピリッツを発揮したのか、ちゃんとトンカツを食べさせてくれた。

 「うふっ、美味(おい)し♪」

 

 その後は何事もなく昼食を食べ終えて、執務室に戻る。

 「如月、その……公衆の面前でああいうことはだな」

 「あら司令官、ごめんなさい。でも……美少女(わたし)と「あ~ん」できて、うれしくなかった?」

 「──の、ノーコメントで」

 うふふふふ♪ 視線をそむけてるけど、ホントはうれしいのはバレバレよ♪

 そうよねぇ、なんだかんだ言って松田慎司(あなた/オレ)って、こういう「ラブコメっぽいこと」が大好きだもの♪

 「さ、さぁ、昼休みは終了だ。午後からも真面目に仕事に励むぞ!」

 

 * * * 

 

 その後は特にいつもと変わりなく──いや、「如月」が提督に悪戯(ちょっかい)かけるのも平常運転と言えばいえるのだが──午後七時の終業時間となる。

 ちなみに、11時間ブッ続けで仕事しているわけではなく、昼休みのほかにも午後四時(ヒトロクマルマル)ごろからお茶の時間と称して半時間ほど休憩も入れているので、実働時間は9時間半くらいだろうか。

 現在の日本の社会状況を鑑みれば、ぎりぎりホワイトと言える範囲内だろう。

 

 遠征に出かけていた第三艦隊の帰還報告を受けたのち、緊急の要件がないことを確認してから執務室を閉め、提督と「如月」は昼と同様に食堂で一緒に夕食を摂っていた。

 いや、食事だけでなくそのあとも、何だかんだで提督の自室(へや)に「如月」が押しかけて、並んでテレビを観たりゲームで対戦したりして、1、2時間は共にいることが多いのだが。

 ──ちなみに、“男女間の肉体的コミュニケーション行為”については、「まだ」B止まりであることを明言しておこう。

 

 「それじゃあ、私、寮に帰るわね」

 午後9時を回った頃、ちょうど観ていた映画も終わったので、提督の膝の上(正確には床で胡坐を組んだ提督のその両足の間に座っていたのだ)から、「如月」が名残り惜し気に立ち上がる。

 

 「そうだな。消灯前に風呂に入ったり色々やることもあるだろうし、如月はもう帰った方がいい」

 すぐ目の前で揺れる髪からほのかに香る「如月(おんなのこ)」の体臭に、「いい匂いだ」と注意を惹かれつつも、それでも提督らしい良識(たてまえ)をもって、賛同する松田少佐。

 本音を言えば帰したくはないのだが、このまま泊めたりすれば間違いなく「行きつくところまでイッてしまう」だろう確信(じしん)があるので、内心では涙を飲んで自制しているのだ。

 

 互いに微妙な(しかし決して不快ではない)空気を醸し出すふたり。

 「じゃあ、また明日、ね。おやすみなさい、司令官」

 「如月」は未練を断ち切るように、背伸びして提督の頬に軽くチュッと口づけると、自分の行為に恥ずかしくなったのか、そのまま足早に部屋から出て行った。

 

 (な、何やってるんだ(オレ)はぁーーーーッ!)

 

 睦月がいるであろう艦娘寮の自室に戻る前に、女子トイレの一室にこもりながら、「如月」は便座に腰掛けて頭を抱えていた。

 

 ──お忘れかもしれないが、この「如月」の“中の人”は元男性、しかも松田提督自身の魂のコピーなのだ。

 もっとも、今朝目覚めて以来、ご覧の通り「如月」本人も、その事実(こと)はついさっきまで完全に失念し、ごく普通(?)に「司令官に好意を抱く駆逐艦娘・如月」として行動し、松田提督の言動に一喜一憂していたのだが。

 “彼女”が“彼”としての自覚を持って行動することは、今や一日のうちに1時間もないだろう。

 

 (いったいどうしてこんなコトに……)

 これで何度目になるか分からない自問自答を繰り返す「如月」。

 本人が明確に気付いたのは、練度が20まで上がって最初に改装を受けた時だったろうか。

 1ヵ月以上「如月」として朝から晩まで暮らしてきた結果、KTSの助けもあって、「如月」として振る舞うことがごく自然になっていた。それは確かだ。

 それでも、少なくともあの改装処置を受けるまでは、自分が「松田慎司(のコピー)で元は男だ」という自覚は確かにあったはずなのだ。

 しかし、「如月改」になって以降、その(特に男という)自覚が急速に薄れていった。内心の“心の声”ですら、一人称を“オレ”ではなく“私”ということの方が多くなっている。

 

 実はこれは不思議でもなんでもない。艦娘が改装処置を受けるということは、単に艤装や能力が変わるだけではない。むしろ「人としての魂を軍艦の船魂により同調させる」という色合いの方が濃いのだ。

 そして(少なくともこの世界に於いては)艦船は女性として擬人化される性質を持ち、そしてそんな船魂との同調(融合あるいは侵食と言い換えてもよい)が進むということは、元の“素体”が男性である場合、艦娘化(じょせいか)の度合も大いに上がるということは自明の理だろう。

 

 閑話休題。

 

 「改」ですらそんな有様だったから、「改二」になればその“症状”がさらに進むであろうことは十分に予測できたはずだ。

 それなのに、“彼女”は改二になることをためらわなかった。むしろ喜々として提督に改二改装を乞い願ったと言ってもよい。

 どうしてそんなことをしたのかと言えば、ひとつには「悔しかった」からだ。

 

 如月は駆逐艦であり、その中でもかなり旧式な部類に属する。練度こそ松田提督配下でトップクラスとは言え、戦艦や空母などの大型艦は元より、秋月型や夕雲型などの最新鋭駆逐艦と比べても、素の能力(ステータス)は劣る。

 初期艦という言わば「最先任(いちばんせんぱい)の艦娘」である以上、“後輩”たちとのその差異を少しでも埋めるために、改二改装を望んだ──それは紛れもない事実であろう。

 

 しかし、それだけでもなかったはずだ。

 

 「如月」は改めて自分の心の内を振り返り、唐突に気付く。

 「そうか……私、司令官のお役に立ちたかったんだわ」

 

 いや、それすらも欺瞞だ。

 “彼女(きさらぎ)”は──本当は恐かったのだ。

 自分が役立たずのロートル艦娘として軽んじ疎んじられ、秘書艦からも外されて、彼と接する機会が激減することが。彼を誰かほかの艦娘()に奪われることが。

 

 そのことを自覚し、自ら認めた瞬間、「如月」は──“堕ちた”。

 

 「ふふっ、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら」

 駆逐艦娘・如月の身体を持ち、如月のように振る舞い、如月として話し、如月らしく(元は同一存在であったはずの)男性(ていとく)に甘える。

 「私、とっくに身も心も如月になっていたんだわ」

 

 それは、ある種、幾多の宗教に於ける“回心”にも似たコペルニクス的転回だった。

 悪く言えば過去の自分の否定になるのだろうが、彼女自身にとっては、むしろ「どこか噛み合わずにグラグラしていた歯車がキッチリはまった」かのような爽快(スッキリ)感を覚えていた。

 

 そして、そんな“恋する女”としての視点から先刻の提督の部屋での自分の行動を振り返ると、如月は看過できないひとつの記憶に辿り着いた。

 

 (そう言えば、司令官の膝に座っている時……)

 もぞもぞとお尻を動かした際、後ろから堅いものが当たっているように感じた覚えが微かにあった。

 

 (アレって……そういうコト、よねぇ?)

 元男として彼の身にナニがあったのかは当然理解できる。

 (もしかして、あのまま部屋にいたら、行き着くトコまでイッちゃった?)

 それに気付くと同時に、自分の股間も湿り気を帯びてくるのを感じた。

 幸いにしてトイレの中なので、スカートをめくりショーツをズラすと、淡い小豆色の翳りに隠されたソコは、確かに滲んだ蜜でしっとりと濡れていた。

 

 (もしかして既成事実を作っちゃった方がよかったかしら。でもでも、どうせなら初体験は、聖夜に海辺のお洒落なホテルでとかの方が嬉しいし……)

 かつての自分が見れば呆れるような乙女的(スイーツ)思考に完全に陥っている。

 その一方で、彼女の右手がスカートの下でごそごそ蠢いていたことは、知らないフリをしてあげるのが紳士の嗜み・武士の情けというものだろう。

 

 やがて十数分後。

 何事もなかったようなスッキリした顔をして自室に戻って来た如月(いもうと)を、睦月(あね)が怪訝げな表情で出迎える。

 

 「なんかうれしそうだけど、何かいいコトあったの、如月ちゃん?」

 「うーうん、何でもないのよ。ただ……」

 言葉を切って「ニコリ」ではなく「ニヤリ」とちょっと人の悪そうな笑顔を見せる如月。それを観ていると、彼女が睦月の妹だとよくわかる。

 「ちょっと明日から司令官に積極的に攻勢をかけようって決心してただけ」

 「! おぉ、ついに如月ちゃんの本気のお色気攻撃が火を吹くのかにゃ? 睦月も応援するにゃしぃ!」

 睦月も長姉としていい加減、如月(いもうと)と提督の部下以上恋人未満な関係にヤキモキしていたので、賛同の歓声を上げる。

 

 「クスッ……そうね、当然、そちらの方面からの攻略も考えてるわ」

 チロリと唇を舌で舐めて笑う如月の様子が、いつも以上に妖艶に感じられたのは、睦月の気のせいだろうか。

 (こ、コレは、冗談抜きで、ふたりが一線を越えるかも!?)

 確かに20歳の提督の相手と考えるとミドルティーン相当の如月はやや幼いが、提督と艦娘の関係に限れば、それほど珍しいわけではない。

 中には、暁型や朝潮型、あるいは海防艦の子に手を出す提督すらいる(そして大抵は問題にならない)のだから、その程度はむしろ常識の範囲内と言えるだろう。

 

 「へっ、くしゃーーん! ……あれ? そろそろ春だし、寒いってほどじゃないはずだが。風邪かな?」

 ちょうど、その時、松田提督が背筋に原因不明の悪寒を感じていたのは、その後の呉鎮で巻き起こる“騒動”を予感していたからかもしれない。

 

 そして、結論から言えば──如月vs松田提督の「恋の駆け引き」は、1週間ともたずに前者の圧勝となった。

 

 まぁ、無理もない。

 性自認や自我認識が艦娘ベースになったとは言え、この如月は男性だった頃の記憶自体を失ったわけではない。

 言い換えれば、松田慎司という男性の、女性に関する好みのすべて──ルックスやファッション、性格は元より、萌えを感じる仕草や言動など、それこそあらゆる“ツボ”を知り尽くしているのだ。

 

 さらに言えば、もともと如月自体が、松田が『艦これ』で嫁艦に選ぶほど好みに沿った女の子なのだ。

 そんな好みの子が、彼の嗜好&志向を踏まえたうえで、本気で“落とし”にかかって来たら──それも、ハニトラとか利害づくとかではなく、彼自身が好きで、彼にも好きになって欲しくて、種々の誘惑を投げかけてきて、それに引っかからないのはむしろ男じゃないだろう……と、松田は自分に言い訳していた。

 

 如月の決意からおおよそ1ヵ月後に、松田提督は彼女にケッコンカッコカリの指輪を渡し、私生活(プライベート)に於いても彼女が通い妻になることを受け入れる。

 如月は足掛け5年にわたって松田の秘書艦を務めあげた後、円満退役。その翌日に籍を入れ、如水歌月改め松田歌月として彼の妻となった。

 正式に夫婦となって以降も(他の大多数の提督&艦娘カップルと同じく)ふたりの仲は非常に睦まじく、元如月の惚気を度々聞かされるハメになった睦月はしばしば砂糖を吐きたい気分に襲われたという。

 




 ちなみに、このお話、本編開始数年前の呉鎮が舞台で、松田提督は本編の井上提督の先輩(先任)にあたります。
 各章題はあるジャンルの人気ゲームつながり。わかる人はわかるでしょうが……。
 なお、このふたりのイチャラブライフは18禁なので、ここ(ハーメルン)では独立させました。
(⇒「(如月が)好きなのは好きだからしょうがない」)
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