艦娘ぐらし、始めました-Welcome to Kan-Colle world-   作:嵐山之鬼子(KCA)

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某所で見かけた「鈴谷にそそのかされて提督が熊野の姿に女装して、鈴谷のパパ活相手にヤられちゃう」という小ネタにインスパイアされて、つい書き上げてしまった本作。完全18禁な「初夜」部分は分けました(⇒『提督だった熊野が新提督に抱かれる話』)。



Another8.鈴谷にそそのかされて熊野に為った提督の話

 いったい自分はどうしてこんな場所にいるのだろう。

 

 「あ、それ♪ んんっ……ふぅ、気持ちいい♪」

 「ふふっ、スズヤちゃんは本当にキスが好きだよな」

 

 せっかくのオフの日に、なぜか女装させられた挙句、部下のデート(?)につきあわされて、目の前でイチャイチャされ……。

 

 「んんっ……♪ 柿崎さん、ホント上手だよね~、スズヤ、もう濡れて来ちゃった♪」

 「そりゃまぁ、こう見えてそれなりに経験は豊富だからな」

 「やん、イ・ロ・オ・ト・コ♪ でもちょっぴり焼けちゃうなぁ」

 「はは、でも今はスズヤちゃん一筋さ──ほら、脱がすぞ」

 「きゃっ♪」

 

 ホテルにまで連れて来られて、イチャつきを通り越した、正真正銘の濡れ場をおっ始められて……。

 

 「柿崎さん♪ 中で、中で出して♪」

 「わかってるって。全部中に出すからな……ほら、受け取れッ!」

 「あぁぁ……スゴい、熱いのがスズヤの中に暴れてるのぉ♪」

 

 獣のように交わる様を間近で──それこそ、“汁”の匂いが鼻につくほどの近さで見せつけられる。

 これは恋人いない歴=年齢の私に対する、イジメなのだろうか。

 

 「ふぅ~~気持ち良かったぁ……って、そんな意地悪なこと、しないよぉ。そ・れ・に~、て…アンタだって、スズヤたちがシてるトコ見て、感じてたっしょ?」

 

 ! そ、それは……。

 

 私はゴクリ、と生唾を飲み込んだ。無意識に少し乱れてしまったスカートの裾を整える。

 確かにふたりの交わる姿を見て興奮したのは否定できない。むしろ、アダルトAV並みのエロシーンを目の前で見せられたのだから、劣情を催すのが当たり前だろう。

 

 だが──私は、鈴谷の痴態を見て期待をしてしまったのだ。

 「彼女を抱きたい」のではなく、「彼女みたいに抱かれてみたい」、と。

 その事実は覆しようが無かった。何時からか気が付けば、乱れる鈴谷の姿に、自分自身の姿を重ねていたのだ。

 「柿崎」と呼ばれている男は、ベッド降りて、ゆっくりと私の方へ近づいて来た。

 

 (逃げなきゃ!)

 そう思うのに、なぜか身体が動かない。

 その時の私の脳裏には、先ほどの鈴谷と彼の行為の光景がフラッシュバックし、心臓がバクバクと16ビートを刻んでいた。彼を見つめる目は、(まるで何かを期待するかのように)潤んでいたに違いない。

 

 あっ、と思うより早く、私の体は彼に真正面から抱きしめられていた。

 

 「ほら、力を抜いて。初めてだったら怖いかもしれないけど、こう見えて、おじさん、結構テクニシャンだから。バージンのコだって、しっかり気持ち良くしてあげるからさ」

 

 少し煙草臭い匂いがするワイシャツをはだけた筋肉質な半裸の男性に抱きつかれるなんて、普段なら嫌悪しか感じないはずなのに、どうしてか今は心地よいと感じてしまう。

 

 それでも緊張からくる身体の強張りを感じ取ったのか、柿崎は私向かってニカッと笑いかけてくれた。

 

 「じゃあ、まずは互いに自己紹介からしてみよっか。おじさんもキミも、お互いの事、全然知らないしな。

 言い出しっぺのおじさんから名乗ると、柿崎時雄、31歳。この街の港にある製鉄会社の営業マンをしてるサラリーマン、ってとこかな」

 

 肩を抱いたまま、ベッドに並んで座らされ、視線でキミの番だと促されて、少し焦る。

 

 「わ、わたくしはクマノですわ……スズヤの親友、といった所でしょうか」

 

 考え込む暇もなかったので、ここに来る前、今の格好に着替えた際に鈴谷から押し付けられた「クマノ」という偽名に応じた、それっぽい設定を“らしい”口調で口にする。

 男はふむふむと感心したかのように頷き、さらに語りかけてきた。

 

 「へえ、親友かぁ。若いっていいなー。それじゃ、クマノちゃん。まずはゆっくり深呼吸してみよっか。は~い、吸ってー」

 

 その言葉に釣られて大きく息を吸い、肺へと空気を取り込む。

 

 ──と、次の瞬間、不意に口が何かに塞がれていた。

 一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐ目の前に柿崎の顔があることから、彼が自分の唇を奪ったのだと気付く。

 

 ねっとりとした舌が、ねぶるようにしてゆっくりと口腔内に侵入して来た。

 それは、未知であるが故の不安ととともに、未だ経験したことのない快感を同時に伴う、奇妙な感覚だった。

 口の中は唾液にあふれ、その中を彼の舌が器用にうごめいて私の舌に絡み付いてくる。舌どうしがこすりこすられ、そのたびにゾクリと背筋に甘い痺れが走り、胸が苦しくなっていく。

 

 その感覚に慣れる暇も与えずに、私を押し倒した彼の手が、いつの間にかスカートの裾から忍び入り、ペパーミントグリーンのショーツに包まれたヒップを撫でまわしている。

 

 男にお尻を触られるなんて、普段なら気持ち悪さしか感じないはずなのに、場の雰囲気に流されたのか、あるいは本人が称する通りテクニシャンだからか、下半身を中心に、何かむずむずするとても奇妙な感覚が広がってくる。

 

 ──いや、正直に言えばソレが“快感”だと無意識に理解はしていた。

 

 むずかゆいような熱いような──端的に言えば性的な意味での気持ち良さが、下半身を中心にじんわりと広がっていく。

 

 「このまま指、入れてもいいかな?」

 

 囁かれた耳元にかかるその吐息でさえ、全身の皮膚感覚が過敏になっている状態の私にとっては、快感を高めるスパイスにほかならない。

 

 たまらず、うなづ……こうとして、ふとさ迷った視線の先にいた鈴谷の表情を見た刹那、とっさに私は柿崎を突き飛ばし、部屋から飛び出していた。

 

  * * * 

 

 野島照能(のじま・てるよし)は、3年ほど前、政府が実施した大規模資格検査に引っかかり、そのまま海軍からのススメに従って“提督”として任官した艦娘の指揮官だ。

 

 現在の階級は少佐。有意識艦指揮官たる“提督”は、最初に鎮守府に着任する際に与えられるのが少佐なので、3年間まったく昇進していないことになる。

 現在の日本の状況でこれはかなり珍しい(それも悪い方に)と言えるだろう。

 

 (妖精さんによって)提督に選ばれるような人材は、どちらかというと善人かつお人好しが多く、少なくとも(着任当初に)悪行に手を染めるような人間は稀だ。

 そして、現在の深海棲艦との戦況において、平均的な意欲と真面目さをもって“提督”をしていたら、その戦果から、普通は2年、早ければ1年ちょっとで中佐に昇進する例もさほど珍しくはない。

 

 裏を返せば、3年半が過ぎても少佐のままの野島提督は、勤労意欲が足りないか、真面目じゃないか、あるいは昇進したものの、なにがしかのミスで少佐に降格されたのか──という推測が成り立つのだ。

 

 ちなみに正解は、1番目だ。

 中高時代の学業成績も、スポーツなどの体力面も、平均かやや下くらい。コミュ障というワケではないが、気の利いた話術や天性の魅力(カリスマ)を持っているわけでもなく、財力や服装その他のセンスもギリ人並み程度。

 一昨年成人式(※この時代は二十歳だった)を迎えた成人男子にしては、背丈もやや低めで、顔もブサ面ではないがイケメン(ついでにイケボ)とは言い難い。

 

 総じて野島照能という男は「中の下」ともいうべきランクの人間で、かつそのことを改善する意欲や向上心も欠けていた。

 その性格は提督となってからも変わらず、結果、大本営から下される「毎月こなさなければいけないノルマ」は果たすものの、それ以上の“仕事”にはあまり積極的とは言えなかったのだ。

 当然、日本海軍の意気軒昂たる軍艦の魂をインストールされている艦娘にも、あまり好かれる性質(タチ)ではない。

 

 とは言え、彼が悪人であったかというと全然そんなことはなく、むしろ大多数の日本人同様の常識と良識は心得ていたし、犯罪的な行為に眉を潜める感性も持ち合わせていた。

 

 そんな彼だからこそ、それなりにつきあいが長く、信頼している配下(ぶか)のひとりである重巡艦娘・鈴谷が「援助交際(パパかつ)に手を染めている」という噂を聞いて、秘密裏に彼女を呼び出し、慣れぬ説教をしたのだ。

 

 したのだが……。

 鈴谷との対話の中で、どこをどう通ったらそんな話になるか全く不明なのだが、「鈴谷のデート(?)に(女装して)友達としてついていって、彼女の“お相手”を見定める」という結論になってしまったのだ。

 

 ──その挙句、ふたりの醸し出す淫靡な雰囲気にアテられた結果が、昨晩の一幕、というワケだ。

 

  * * * 

 

 あの時、鈴谷の瞳に浮かんだ「わたしのものをとらないで」という懇願にも似た嫉妬心を見過ごさず、柿崎からの誘いを振り切ったことは後悔していない。

 むしろ、ヘンな修羅場(それも男・女・女装子の三者)を引き起こさずに済んだのだから、我ながら珍しく良い判断だったと言えると思う。

 

 ただ、ホテルから飛び出したあと、一応軍人のはしくれ(生身の格闘訓練なんて、半年間通った促成士官学校で、週1ペースでやった程度だが)なのに、夜の街でチンピラっぽいチャラ男に絡まれ、それに対処できなかったのは情けないの一言に尽きるだろう。

 偶然通りがかった(本来の)私と同じ年頃の男性に助けてもらえなければ、場末のホテルか彼らのたまり場に連れ込まれて、ヒドいメに遭っていたかもしれない。

 

 「本当に有難うございました。お蔭で難を逃れることができましたわ」

 

 アクシデントの連発で割と気力残量がかつかつではあったが、自分が今、女装中(それも鈴谷の予備の制服を着せられたエセ女子高生姿)であることは、かろうじて意識の端にあったので、熊野っぽい言葉遣いで、男性に礼を言う。

 

 「いや、まぁ、無事で何よりだけど──君みたいな年頃の娘さんが、この時間帯にこういう場所を歩いているのは感心しないかな」

 

 成り行きでファーストフード店に一緒に入った背広姿のその男性は、女子高生(に見える姿)の私に対して、軽いお説教めいた言葉を投げてくる。

 

 「──すみません、お友だちの付き合いで……」

 「ふむ。何か事情があるのかな?」

 「実は……」

 

 魔が差したというか心が弱っていたのだろう。

 さすがに自分が男で本当は成人している年齢だということは隠したが、事のあらまし──「“友人”がエンコーしてるらしいと聞いて説教したら、逆にそのエンコー(?)相手との逢瀬に連れて行かれて、Hしてるところを見せつけられた(そしてその後、あやうく犯されかけた)」ことを、気が付けば見ず知らずの相手に話してしまっていた。

 

 「うーん、とりあえず、君……えーと、クマノさん、だっけ。ちょっと迂闊に流され過ぎ。いくら友達に言いくるめられたからって、そんな場について行くのは軽率過ぎるかな。

 相手の男がひとりだから良かったものの、もし相手が知人の男とか呼んで複数で──なんて状況も考えられたワケだからね」

 「はい、おっしゃる通りですわ」

 

 もしそうなったら、私は逃げられなかっただろう。そこで捕まり、服を脱がされたら男だとバレてヒドいメにあっていたかもしれないし、逆に「男の娘でもいいや♪」とか言って輪姦されていた可能性すらある。

 

 その様子を想像した私はブルッと背筋を震わせたが、同時にどこか淫靡な衝動が体内の深奥で熾火のように疼くのも感じた。

 

 「それと、友達のスズヤさん? その子と男性のやってることって、もしかするとだけど、いわゆる“援交”じゃあないんじゃないかな」

 「は? どういうことですの?」

 

 男性の言葉の意味が、わからなくて戸惑う。

 

 「援交──援助交際というのは、一般的には女性が男性に対して金銭等で貞操を切り売りする、いわば“売春”だ。

 でも、君の話を聞く限りでは、スズヤさんとその柿崎という男性の間にはそういった金品の授受があるように思えない」

 「! 確かに、そうですわ」

 「ご飯やホテル代を奢ってもらったとは聞いたが、それくらいは“年長の男の甲斐性”の範囲だろう。偏見を排して見るなら、そのふたりは単なる“歳の差カップル”、最大限卑俗に見ても“セフレ”というヤツなんじゃないかな?」

 「あ……」

 

 思い返せば、「鈴谷がエンコーしてる」というのは鎮守府内で流れた無責任な噂に過ぎない。

 それを、本人に確認もとらずに頭ごなしに「そんなことは止めておけ」と説教したからこそ、彼女は反発し、自分達の交際の“実態”を見せつけようとしたのではないだろうか?

 

 「──最低ですわね、わたくし。噂なんかに惑わされて、部下(ともだち)を信じずに……」

 

 俯く私の頭に、ポンポンと軽くはたくように彼の掌が触れる。

 「撫でる」というほど馴れ馴れしくなく、それでも相手の不器用な思いやりが伝わってくる優しい仕草だった。

 

 「ま、こんなトコでぐだぐだ言ってても、繰り言にしかならないさ。ちっとばかり年長な人間から偉そうにアドバイスさせてもらえば、君はできるだけ早くその友達と話し合って、まず謝り、それから噂の真偽を確認するべきだと思うな」

 「はい、ご忠告有難うございます。肝に銘じますわ」

 

 顔を上げ、男性の方を見ると、ニカッと優しい笑みを向けてくれる。

 ──なぜだろう、その笑顔を見て、一瞬だけトクンと鼓動が跳ねたのは。

 

 「うん、いい返事だ。じゃあ、自分はこれで。

 さっきも言った通り、君みたいな可愛いお嬢さんが、この時間に裏通りをウロウロするのは避けた方がいいから、気を付けてさっさと帰るんだよ?」

 

 男性は立ち上がり、とっくに空になっていたコーヒーの紙コップを手近なダストボックスに入れると、「じゃあね」と手を振り去っていった。

 

  * * * 

 

 鎮守府に戻った野島少佐は、普段の服装へと着替えた後、既に帰っていた鈴谷を呼び出して改めて話をする。

 そこで判明した事実はやはりあの男性の推測通りで、鈴谷と柿崎は(少なくともふたりの意思としては)「恋人同士(カップル)」という関係であるらしい。

 無論、噂を鵜呑みにしてロクでもない勘違いをしていたことを、野島少佐は鈴谷に謝罪し、相手もそれを受け入れた。

 

 多少ぎこちなくはあったものの両者の関係は修復され、元通り「気の置けない上司と部下」の関係に戻った──かと思いきや。

 

 「あ、そうそう。あの制服、提督には無期限で貸しといてあげるから♪」

 

 鈴谷の方がトンデモない爆弾をブッこんできた。

 

 「はぁ!? いや、別にそんな……」

 

 いらないから返す、と言うつもりだった野島だが、なぜか躊躇して言葉を濁してしまう。

 

 「ニヒヒ~、わかってるって。提督、“目覚め”ちゃったんでしょ?」

 

 訳知り顔がムカつくが、野島も強く否定できない。

 「再び、あの制服をまとって“熊野(クマノ)”になってみたい」──そういう感情がないと言えば嘘になり、ある意味、まさに図星だったからだ。

 

 単なる女装癖──とは少し異なる。むしろ「変身願望」と言う方が正確かもしれない。

 野島照能は、自分のことがあまり好きではなかった。むしろ、どちらかと言うと嫌悪していたと言ってもよいかもしれない。

 

 体力、知力、コミュ力、誠意や熱意、我慢強さ、面倒見の良さ、幸運(ツキ)──そういったものが、すべて「せいぜい平均かやや下」で、外見(ルックス)も成人男性としてはやや貧相。特技と言えるほどの特技もなく、才能のなさをカバーできるほどの根性もない。

 今でこそ提督として一応は社会貢献しているものの、もし提督になっていなければ、低収入なフリーターか最悪ニートになっていた可能性が高い。

 

 自分がそんなダメ人間だという自覚があり、また提督として身近に接しているだけに、野島には艦娘に対する憧れがあった。

 強い護国の意思を持ち、勇気を奮い起こして過酷な戦いに身を投じる、美しき鋼鉄の戦乙女。

 無論、ある種のプロパガンダで誇張美化された“艦娘像”であることは分かっていたが、他方、全くの見当違いというわけでもないことも、自分や他の指揮官配下の艦娘たちを見て、よく知っていたのだ。

 

 だから、昨晩、鈴谷にお古の制服を着せられ、その姉妹艦である“熊野(クマノ)”を名乗り、それらしく振る舞った時、野島は、とても恥ずかしかったのは事実だが、一方で誇らしく陶然とした気分も密かに味わっていたのだ。

 あるいは、好きな/憧れのキャラクターに扮するコスプレイヤーというのも、こんな気持ちなのだろうか、とも思った。

 

 そんな背景もあって、「疑似的に熊野に“為る”」体験に味をしめてしまった彼は、鈴谷の悪戯ともお節介とも、あるいは純粋な親切とも言える提案を断ることができず……。

 以後、周囲の目を盗んで、時折(徐々に頻度を増やしつつ)“クマノ”として行動するようになったのだ。

 

 そして、色々と行き違いのあった鈴谷との仲だが、(格好だけの偽物とは言え)“姉妹艦”がいることを喜び、なにくれと“彼女”の世話を焼いてくれる。

 年頃の少女としての身だしなみや言動・仕草のイロハを仕込み、時には鎮守府外に連れ立って出かけて、女の子らしい服(主に下着)や化粧品などの買い物にもつきあってくれた。

 その甲斐もあって、“クマノ”の熊野らしさ(&女らしさ)は急速に向上していく。

 

 「鈴谷、いま三月堂で桜にちなんだデザートのフェアをやっているそうですの。ご一緒しませんこと?」

 

 こんな風に、「神戸生まれのお洒落な重巡娘(おぜうさま)」っぽい口調で話すことにもすっかり慣れたものだ。

 

 「あ~ゴメン、クマノん。今週末は“あの人”が出張から帰ってくるからさ」

 「まぁ、柿崎さんが? では仕方ありませんわね。そうそう、以前失礼した時のこと、申し訳ありませんと謝っておいてくださいまし」

 「オッケー! ま、別にもう気にしてないと思うけどね」

 「そうですか。では、鈴谷のことをくれぐれもよろしくお願いします、と言っていたと」

 「ソレ、本人の口から言わせちゃう気!? あ、なんだったら、もっぺん一緒に会ってみる?」

 「いえ、わたくし、馬に蹴られる危険を好んで冒すシュミはありませんので」

 

 普段の無気力無感動に提督稼業を務めているときとはまるで違う、気のおけない“親友”との気安い談笑(やりとり)は、“彼女”の心に確かな潤いをもたらしてくれる。

 

 また、この後、仕方なくひとりで出かけた甘味屋の前で偶然、あの日助けてくれた男性と再会。流れで同席し、「安室」という名前と連絡先を教えてもらって、その後、ポツポツ連絡をとるようになった。

 その影響(せい)で別の角度からも提督の熊野(メス)化が進行したりもするが、まぁ今更だろう。

 

 ──だが、彼/“彼女”は、ひとつ重大なことを忘れていたのだ。

 

 艦娘が着る制服は艤装の一部でもあり、安易に他人に貸し借りしてよいものではない。そのことは罰則付きで軍規に明言されてもいるということを……。

 

  * * * 

 

 “朝おん”という特殊用語がある。「朝起きてたら女になっていた」の略で、男性が突然女性に性転換するという前世紀からある妄想ネタのひとつだ。

 オタクとしてさほどヘビーではないものの、ネットの掲示板巡回を暇潰しの手段としている私も、少なくともその言葉自体は知っていた。

 ──まさか、その“朝おん”を自分が体験/体現することになるとは思ってもみなかったが。

 

 寝間着代わりのロングTシャツ姿のまま、自室の壁にかけられた身だしなみ用の鏡を覗き込むと、絶世の美女……とまではいかないが、「野島照能(もとのわたし)」の面影はいくらか残しつつも、それなりに可愛いと言い得るハイティーンの少女が映っていた。

 目線の位置からして身長はほとんど変わっていないようだが、身体の方は幾分骨格が華奢になり(まぁ、元から貧弱ボーイの部類ではあったけど)、首から喉仏も消えている。

 顔自体は、起き抜けでスッピンなのに、念入りにメイクして“クマノ”に扮した時とよく似ていた。

 

 「それとココも──やっぱりお約束通りかぁ~」

 

 思わず漏れた声も、女性声優が務まりそうな高く澄んだソプラノボイスになっていた。

 確認したのは、こういう時の定番である胸と股間。上が「あり」、下が「なし」という結果だったのは予想の範囲内ではあるが、未使用だった“息子”の消失には流石にちょっぴりショックを受ける。

 

 「“こう”なった原因は、おそらく軍で聞いたことのある“あの”話が絡んでいるんだろうな」

 

 最上級機密というほどの秘匿情報ではなく、むしろ提督クラスの佐官将官になれば大概耳にしたことのある信憑性の高い“噂”のひとつに、「実は艦娘は、女性だけでなく男性でもなれる(者もいる)」という話がある。

 

 一般的な常識として、「艦娘になれるのは十代から二十代の女性で、中でも実戦レベルに達する適格者は100人に1~2人程度」と学校などでは教えられる。

 ただし、その話には裏がある。「女性よりもさらに低い、おおよそ数万人にひとりくらいの確率で、男性にも艦娘適格者が存在する」というのだ。

 

 「あの話がホントで、私もその「数万人にひとりの艦娘適格者」だったとしたら、“こう”なったことも理解できなくはないが……」

 

 体格の変化が少なめだったため、なんとかまだ着れそうな士官用制服に袖を通しながら、私は思考を巡らせる。

 ちなみに、胸の膨らみは巨乳とはほど遠い慎ましい大きさ(どちらかと言えば貧乳寄りだが、ブラは必要そう)で、制服の上着は「ちょっと窮屈」程度で済んだが、ヒップの方がかなり大きくなっていたため、スラックスがパツパツで今にも破れそうだった。

 

 「なんでこういうことになったのか、まずは工作艦の明石あたりに話を聞いてみるか」

 

 自分が野島提督だと信じてくれるといいなぁ──と思いつつ、明石の仕事部屋である工作室へと向かった私だったが、結論から言うと杞憂で、彼女はひと目で私が誰か見抜いてくれた。

 

 それはまぁ良かったのだが、その後の事情聴取で明石から色々話を聞かれ、結局鈴谷に貸してもらった制服で女装を(週に2、3度くらいのペースで)しているコトも白状してしまった結果──怒られた。

 

 「ちょっと! 艦娘の制服は普通の衣服に見えても艤装の一部なんですよ!? 艦娘間で艤装を勝手に交換したりするのは原則禁止ですし、まして、艦娘でない人が艤装を身に着けるなんて言語道断です!!」

 

  * * * 

 

 現在の“第三世代型艦娘”は、適格者に手術で霊的なナノマシンを注入・定着させ、艦娘としての船魂を降霊、身体に定着させることで生み出される。

 施術自体はほんの数分で、耳にピアス孔を開けるレベルの気軽さだが、無事船魂が定着すると被術者はいったん眠りにつくので、トータルで2~3時間程度はかかる。

 その眠っている間に身体が艦娘として最適化され、目覚めると艦娘らしい容姿になり、基本艤装を装着・起動が可能になる。

 

 悪の組織の人体改造じみていた第一、第二世代の頃に比べれば隔世の感がある手軽さだが、実は100万人にひとりくらいの割合で、その適合手術すら必要とせずに、艤装をまとい艦娘として活躍できる「天然艦娘」と呼ばれる者も、中には存在するのだ。

 

 「私も、その天然艦娘とやらのひとりだと?」

 「正確には少し違いますが、広義に解釈すれば、そうなるでしょうね」

 

 工作室備え付けの機器でテストした結果、今の野島少佐は確かに最上型重巡の艦娘・熊野として活動できることが確認された。

 実際、少々勝気そうだが品のある整った顔立ちといい、腰の近くまで伸びた焦げ茶色の髪(今はポニテにしている)といい、胸が貧しめの安産体型といい、言われてみれば確かに資料にある「最上型4番艦の艦娘・熊野」とそっくりだった。

 

 こうなると、現状を大本営(うえ)に隠しておくわけにもいかず、恐る恐る連絡した結果、野島少佐は大尉に降格・減俸のうえ、別の鎮守府で提督補佐の役目に就くか、新たに着任した熊野として引き続きこの鎮守府で今度は艦娘として任務を遂行するか、の二択を迫られることになった。

 これは、男性適格者や天然艦娘に関する情報をおおっぴらに公開したくない上層部の意向によるものだ。

 

 ふたつの選択肢を提示された時、野島大尉はほとんど迷うことなく後者を選んだ。密かに艦娘に憧れていた彼(今は彼女だが)にとって、“夢”の実現への道筋が見えたのだから当然だろう。親友の鈴谷と離れることが躊躇われたことも理由のひとつだ。

 

 気がかりなのは、野島の後任となる提督だったが……。

 3日後、鎮守府の基地司令室で、新たな提督と顔合わせした“熊野”は驚くことになる。

 

 「安室光流少佐、本日ヒトフタマルマル付けで、本鎮守府に着任しました。よろしくお願いします」

 

 司令室に現れたのは、あの日“クマノ”を助けてくれ、その後も何度か顔を合わせたり、ラインで連絡したりしている、男性・安室に他ならなかったからだ。

 

 「安室少佐は、国立の大学を優秀な成績で卒業する間際に提督資格が発覚し、正規の士官学校に入って1年間学んだのち着任した、期待のホープだ。よくこの鎮守府に来てくれた。歓迎するよ」

 

 基地司令官の説明じみた台詞(というか、間違いなくこの場の他の人間に聞かせているのだろう)も頭に入らず、目を見開いて彼の顔をマジマジと見つめしまう。

 

 「本来、新任の提督の最初の秘書艦には、駆逐艦か軽巡洋艦が就くのが普通なのだが──既にある鎮守府を引き継ぐことと、安室提督本人の希望があったため、熊野、貴艦に秘書艦を任せることにする」

 

 未だ信じられない気分の熊野だが、基地司令のその言葉を聞いて、シャキッと態度を切り替える。

 

 「! 承りましてよ。さぁ、参りましょう、安室提督♪」

 「ああ、よろしくお願いするよ、クマノさ…んんっ! 熊野」

 

 基地司令からの指示では、とりあえず固定で秘書艦をするのは最初の1週間だけ、という話だったが、結局、安室提督は配置換えすることなく、その後も熊野を第一艦隊旗艦兼主席秘書艦として重用し続けた。

 

 7年後に退役するまで、元野島少佐であった艦娘・熊野は、安室提督を公私にわたって支え、退役後は無論、彼と(カッコカリではない正式な)結婚をして、幸せな家庭を築いたのだった。

 

<おしまい>

 




【蛇足的作中設定解説】

◆組織としての鎮守府と、施設としての鎮守府
 艦娘指揮官としての提督は、その配下の艦娘を束ねる組織として「鎮守府」を持つ。いわば「〇〇提督が指揮する〇〇部隊」とでも言うべき集団。
 これに対して、横須賀、舞鶴、呉などの、艦娘たちが着任し、そこから出撃する海軍基地施設も、一定規模以上のものは慣例的に「鎮守府」と呼称される。
 ややこしいのでどちらかを違う名称にしようという提案は、海軍内でたびたび挙がるのだが、海軍が復活して20年余が経つ今でも改名は為されていない。

◆基地司令官
 提督ではなく艦娘は直接指揮しないが、基地で働く艦娘以外の人間や、非戦闘部門を統括する役目を持つ(戦闘時以外は、提督もその範疇に入る)。階級的には大佐以上の者が当てられる。
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