艦娘ぐらし、始めました-Welcome to Kan-Colle world-   作:嵐山之鬼子(KCA)

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本編(Dream To New World)より10数年前のお話です


Another1.鎮守府戦線、風強く波高し

 佐世保鎮守府──横須賀や呉と並んで、いまや世界でも有数の軍港として名高い都市の、中枢部とも言える施設。

 その廊下を、白い軍服を着た少年が、足取り重く歩んでいた。

 年のころは13か14、未だ15歳にはなっていないだろう。今のご時世、志願者なら13歳から学徒兵として軍に入れるとは言え、その歳で士官用制服をまとっているというのは、いささか尋常ではない背景を窺わせる。

 ほどなく目当ての部屋の前にたどりついた少年は、ドアの前に立ち、ためらいながらもノックした。

 「入りたまえ」

 「──失礼します」

 中の人物の許可を得てドアを開け、部屋に足を踏み入れる。

 室内は、「鎮守府総司室」という名前からするといささか簡素ではあるが、それでも少年の居室などとは比べ物にならない程、設備が整っていた。

 

 「風嶋少佐、参りました」

 少年が姿勢を正して挨拶すると、正面の執務机で何やら書類にサインをしていた人物──この施設の総責任者であり、帝国海軍の中でも重鎮と言うべき地位にある佐世保鎮守府総司令官・秋山好之が、書類を脇にどけて彼の方を見た。

 年の頃は50歳をいくらか過ぎたくらいだが、長身で恰幅のよい体躯と鋭い目付き、そこに居るだけで緊張を強いられる迫力などからは、いかなる衰えも感じ取れない。

 そのことが、目の前の人物が現役、それも一流の軍人であり、司令官であることを物語っている。少年のような俄か仕立てのなんちゃって士官などとは根本から格が違った。

 

 「うむ。御苦労」

 視線で促されて、少年は執務机の前に歩み寄る。

 「風嶋少佐。なぜ、此処に呼び出されたか理解しているかね?」

 穏やかながら威厳のある総司令の声に、気圧されたように目を伏せる少年。

 「──はい」

 心当たりはあり過ぎるほどあった。

 

 * * * 

 

 風嶋一輝(かざしま・かずき)は、わずか3ヵ月ほど前までは、北関東の地方都市で公立中学に通う、ごく普通の中学生だった。

 無論、深海から攻めて来た謎の侵略者達のことはニュースや学校の授業などで知っていたし、各地の鎮守府からの戦果発表に一喜一憂はしていた。

 そもそも、船乗りだった一輝の父親は、「奴ら」に船を沈められて亡くなったのだ。結果、すでに母親を6歳の頃に亡くしていた一輝は、いわゆる「身寄りのない子」として、施設で暮らすことになった。

 そういう事情もあって、周囲の同級生達と比べれば、風嶋少年は「人類の敵」との戦いにはかなり意識を向けていた方だろう。

 もっとも、軍属の学徒兵ならいざ知らず、それらの「戦い」は、一輝たち普通の少年少女にとって、関わるのはまだ先(現在の日本における徴兵年齢は20歳だ)の話である。

 いや、そのはずだったのだが……幸か不幸か一輝は、決して「普通」ではなかったのだ。

 

 有意識艦隊同調能力者。そう名づけられた特殊な人間が、数十万人にひとりという割合で存在している。

 「人類の敵」と雌雄を決するための最前線で戦う有意識艦──俗に「艦隊むすめ」あるいは「艦娘(かんむす)」と呼ばれる「兵器」を指揮するために不可欠な特殊能力で、彼ら艦娘隊の提督が現在の人類社会を支えているといっても過言ではなかった。

 その日、彼を施設に迎えに来た山本と名乗る青年士官は、一輝もまた、その有意識艦隊同調能力者であることを告げ、軍に入るか否かの決断を迫ったのだ。

 迷うことはほとんどなかった。

 もともと一輝は、父の仇である「奴ら」は憎かったが、同時に、同年代の少年たちと比べてすら小柄で体格も貧相な自分が軍に入ってもロクな役に立たないであろうことも理解していた。だから、志願兵にはならなかったのだ。

 しかし、今、肉体的な不利に左右されない「指揮官」という立場で、「奴ら」と戦う機会(チャンス)が与えられたのだ。ローティーンの少年が短絡的にそれにとびついたのも、無理のないことだろう。

 

 青年士官個人としては、彼のようなまだほんの子供と呼んでもいい年少者を軍に引き込むことはいささか気が咎めたが、上官の(しかも一応筋の通った)命令には逆らえない。

 さらに言えば、日々激戦をくぐり抜けている身としても、若く頼もしい同僚ができること自体は歓迎すべき話だ。

 ──せめて、この少年は、自分が面倒を見て、立派な提督となれるよう助力しよう。

 軍務を離れればお人よしな好青年である山本大佐は、そう決意し、実際、一輝が新米提督として彼と同じ佐世保に着任して以来、何かと気にかけ、いろいろ手助けやアドバイスをするようになる。

 

 着任当初は、一輝も山本の気遣いに感謝し、そのアドバイスに耳を傾ける素直な新人だった。

 しかし、人の心というものは、その立場によって時として恐ろしいほどに変わるものだ。

 かつて諸々の要因(身寄りがないこと、華奢な体格と女顔、内気な性格など)で、いじめられっ子一歩手前だった少年は、艦娘隊提督という「力」を得たことで増長し、次第に周囲から見ると「鼻もちならない高慢なガキ」へと変貌していった。

 そして、一輝の傍若無人さは、とくにその指揮する有意識艦──艦娘達に向けられたのだ。

 

 艦娘とは、簡単に言えば「人の姿と意識を持った軍艦」だ。より正確には、人型、それも12~20歳ぐらいの年若い女性の姿をした「船魂」と、その本体とも言うべき「船体」の1対から構成された、「心を持つ兵器」なのだ。

 ちなみに、この船魂、「魂」と言いつつ立派に実体をもっており、それどころか、眠ったり、ご飯を食べたり、風呂に入ったり、男性と●●●なことさえできたりする。あるいは昔話などに出てくる「付喪神」に近い存在なのかもしれない。

 艦娘の戦闘力は同スケールの通常の艦船の数倍。熟練した提督の指揮下にあれば、さらに効率的に戦うことも可能だった。

 その上、もっとも重要なのは、通常の兵器と異なり艦娘達は、半ば亡霊めいた存在である「奴ら」──深海棲艦にも有効な攻撃をくり出すことができるという点だ。

 物理攻撃がまったく効かないわけではないが、駆逐艦クラスの深海棲艦1体に対して、通常の艦船なら戦艦級が10数体、有利な布陣で対峙し、全力で飽和攻撃を仕掛けてようやく互角……とあっては話にならない。

 それに対して、艦娘達の攻撃は、その大きさ・戦力規模に見合った効果を深海艦に対して発揮するのだ。

 ただし、深海棲艦の正体や艦娘の開発経緯などについては軍でも一級の秘匿事項とされ、例外を除いて将官以上の者しか真相を知らない。

 

 閑話休題。

 艦娘隊を指揮する際は、その指揮官たる提督は、感覚を艦隊の旗艦となる艦娘に同調させるのだが、それはすなわちVRゲームなどとは段違いのリアルさで、戦場の悲惨さと恐怖を体感することに他ならない。

 いかに、高い素質を見込まれ提督に抜擢されたとは言え、さすがに促成栽培(配属前に士官学校の教官にマンツーマンで1月程指導を受けた)の天ぷら士官に、そんな戦いの日々に即座に慣れろというのは酷だろう。

 ある意味当然のことながら、一輝も参戦後ひと月足らずで心のバランスを崩し、その恐怖を誤魔化すための反動として、周囲に尊大な振る舞いをするようになったのだ。

 中でも、思春期特有の異性への反発心と、学校で女生徒から侮られていたコンプレックスからか、部下の艦娘達には特に高圧的な態度で臨み、作戦の際にもまるで使い捨て部品のような扱いをするようになる。

 無論、軍隊とは究極的には「効率的な殺戮」を実行する組織だ。大の虫を活かすために小の虫を殺すような行動が求められることも、決して珍しくはない。

 しかし、その作戦のほぼすべてで、大破ないし未帰還の艦を出し、それに対する反省もないとあっては、如何に一定の戦果を上げているとは言え、心情的かつ経済的にも周囲に大きな負担を強いることになる。

 

 この場合、彼の配下に「初雪」や「磯波」、「潮」、「電」、「五月雨」と言った、おとなしめの駆逐艦級艦娘たちが狙ったように集ったことも、結果的にその傾向を助長したのだろう。

 駆逐艦娘たちは、そのほぼすべてが彼と同世代ないし年下の12~15歳くらいの容姿とメンタリティを持っている。指揮官であり上位者である一輝の無茶ぶりと言ってもよい命令に、逆らったり諫言したりできる者は皆無だった。

 同じ駆逐艦娘でも、「響」や「初春」のように精神的余裕のあるタイプや、「白露」、「夕立」のようなハイテンションタイプ、あるいは「曙」「霞」のような口が悪いタイプなら、もう少し違ったのかもしれないが……。

 半月前に初めて配属された軽巡娘も「神通」と「名取」であり、あまり自己主張するタイプではない。せめてこれが、姐御肌の「天龍」や「木曾」、委員長タイプの「五十鈴」「由良」あたりなら、年長者(?)としてガツンと言ってくれただろう。

 

 諸々の不運もあって艦隊内で一輝の言動に異を唱えられる者がおらず、山本大佐ら先任士官の注意にも耳を貸すことなく、一輝は暴走していく。

 結果、ついに先日、「まだ無謀」と止められつつ南西諸島防衛線へ出撃。僅か1戦で旗艦の「神通」を除く5隻の艦娘が撃沈、彼の元には、2隻の大破した軽巡洋艦娘と、実戦経験のない駆逐艦娘1隻のみが残される結果となったのだ。

 彼個人の戦歴としても、そして艦の修理や補充をせねばならない鎮守府としても大きな痛手である。今回は、上司や先輩に制止されていたにも関わらず、独断で出撃を強行し返り討ちに遭ったのだから、なおさらだ。

 総司令官である秋山中将としては、彼を厳罰に処さざるを得なかった。さらに間の悪いことに、「懲罰」と言う形で執するのにちょうど良い「実験」の案が上層部から降りてきており、諸々の事を考え合わせて、秋山中将は一輝を呼んだのだ。

 

 * * * 

 

 「風嶋少佐。先日の独断専行と作戦の失敗、並びに鎮守府内の士気を低下させた責任を問い、貴官を1ヵ月間の特別懲罰処分とする」

 「特別懲罰、ですか?」

 聞き慣れない単語に、一輝は首を傾げる。

 最悪、一兵卒に降格の上、最前線に送られることも覚悟していたのだが、司令官の口ぶりでは、それとは少し趣きが異なるらしい。

 「うむ。鎮守府付属研究所で進められている新兵器開発実験の被験者として協力してもらうことになる。それ以上については、実験が始まってから説明されるだろう」

 「そ、そんな……」

 要するに、ていのいい人体実験ということではないか!

 抗議の言葉を口にしかけた一輝は、けれど首筋にチクリとした痛みを感じるとともに、急速に意識を失い、その場に崩れ落ちる。

 「なお、これは任務ではなく、懲罰処分であり、君に拒否権はない」

 「もう聞こえてないと思いますよ、総司令」

 いつの間にか気配を殺して少年の背後に歩み寄り、首筋に即効性の麻酔薬を注射した男性──山本大佐が、溜め息をつきながら床に倒れた少年の元に屈みこむ。

 士官学校を優秀な成績で卒業し、180センチ余りの頑健な体躯を鍛え上げた山本にとって、第二次性徴を迎えたかも怪しい小柄で華奢な少年を、お姫様抱っこの体勢で持ち上げることなど、児戯にも等しかった。

 「一応、規則だからな……君には、辛い役目をさせて済まないと思っている」

 「いえ、問題ありません。むしろ他の人に押しつけて知らぬフリをするよりは、自分の目と手の届く範囲に置く方がいくらか安心できます」

 「うむ。よろしく頼むぞ」

 「了解しました。微力を尽くします。では……」

 

 * * * 

 

<SIDE:???>

 目を覚ました時、手術台のような場所に横たえられ、手足をベルトのようなもので台に拘束されていた。

 「──こ、ここは?」

 意識を取り戻したものの、どこか霞みがかかったように思考がボーッとしており、うまく考えがまとまらない。

 (どうしてこんな所にいるんだろう。えっと、最後に覚えているのは……)

 誰か、大柄な男性に叱責されていたような気がする。

 「お、目が覚めたのか」

 声をかけられた方に視線を向けると、部屋の片隅のパイプ椅子に座っていた、二十歳過ぎくらいの海軍士官制服を着た青年が、立ち上がるところだった。

 「ちょっと待ってくれ、今、ロックを外す……っと、その前に聞くが、俺のことがわかるか?」

 手術台に歩み寄り、ベルトに手をかけたところで、青年士官が問い掛けてきた。

 「えっと……山本大佐、ですか?」

 自然とその言葉が口をついて出た。

 「ああ、その通りだ。では、自分の名前は?」

 改めてそう聞かれたことで、自分が自己に関する一切の記憶を喪失していることに気付いた。

 「──その、わかりません」

 蚊の鳴くような声で答えると、山本大佐はなぜか安堵したように見えた。

 「そんなに気を落とすな……その点については、むしろ予定通りと言ってよい」

 ? どういうことなのだろう?

 自分がいぶかしげな顔をしていたからだろう。

 苦笑しながら、山本大佐は現状に至る経緯を説明してくださった。

 

 自分も元々は軍属だったこと。

 とある作戦で、周囲の制止を聞かずに勝手な行動をとったことから作戦は失敗し、味方に大きな被害を出したこと。

 それに対する懲罰処分として、1ヵ月間、ある実験の被験者となることを義務づけられたこと。

 実験の妨げにならないよう、一時的に薬で記憶が消されている(正しくは思い出せなくなっている)が、実験終了時に解毒剤のようなものを投与して、元に戻してもらえること。

 

 そういった事柄を、山本大佐は軍人とは思えぬ優しい口調で説明してくださった。

 常識的に考えれば、色々不審な点も多いはずだが、彼の言葉を疑うつもりはなかった。

 この人は信頼できる──心の奥で、なぜかそう確信していたからだ。

 

 「ほら、外れたぞ……立てるか?」

 「あ、はい」

 山本大佐に手を引かれて、手術台の上に身を起こし、台から降りる。

 「あ……」

 「おっと」

 予想外に台が高かったことから目測を誤り、よろけかけたのを、山本大佐が手を引いて抱きとめてくださった。

 キチンと糊の効いた染みひとつない──けれど、どこか男臭い匂いと微かな潮の香りが漂う彼の制服の胸元にもたれかかると、なぜだかとても安心できるような気がした。

 「どうした? 身体に不調があるのか?」

 「あ、いえ、問題ありません」

 心配げな山本大佐から、慌てて離れ、しゃんと気をつけをする。

 

 「なら、いいが……そうだ、身繕いをするなら、その隅に鏡があるぞ」

 せっかくのお言葉なので、それに甘えて少しだけ時間をいただくことにする。

 高さ1メートルほどの斜めに立てられた簡素な姿見を覗き込む。

 

 そこには、13、4歳くらいに見える「少女」が映っていた。

 身長は155センチ前後だろうか。年齢を考えると背の高さは平均レベルと言えるだろうが、身体つきも手足も細く、女としての成熟は皆目見受けられない。

 対して容貌の方は、我が事ながら、それなりに可愛いと言っても、さほど自惚れにはならないだろう。

 砂色に近い薄い色の髪は、肩にかかるくらいの長さで無造作に揃えられ、黒いリボンをうさ耳のような形に結わえている。

 服装の方は、改造セーラー服とでも言えばよいのだろうか。青い襟に黒いスカーフを結んだ白い袖なしのトップと、膝上20センチの青いミニプリーツスカートを着ている。

 そのほか、手には白い長手袋をはめ、足には紅白ストライプのニーハイソックスとダークグレイのハーフブーツを履いていた。

 パッと見は、前世紀の同人誌即売会にいるコスプレイヤーのような格好だが、布地も縫製もしっかりしており、着ていて動きやすい。見てくれだけの仮装、というわけではなさそうだ。

 そして、こういう服装をしそうな存在について、心あたりもあった。

 

 「……もしかして、私、艦娘なのでしょうか」

 「正確には、その「候補」と言うべきかな」

 思わず呟いた言葉に、山本大佐が律儀に答えを返してくれました。

 「候補、ですか?」

 「そうだ。機密に触れるので詳しくは説明できないが、素質のある「人間」に有意識艦──艦娘と同等の能力を身に着けさせるという研究が密かに進められていて、君は、そのテストケースに選ばれたのだと思ってくれ」

 

 本来なら、それは人体実験のサンプルにされたと怒りや悲しみを覚えるべき所業なのでしょう。

 しかし、その時の私の心に浮かんだのは、そのどちらでもなく、「歓喜」に近い感情でそした。

 

 ──これで、自分も戦える! ○○の仇であるヤツらを自分の手で倒すことができる!!

 

 そんな想いが胸に湧きおこってきたのです。

 

 「ところで、私の名前、あるいはコードネームを教えていただけませんか? 自己に関する認識はすべて思い出せないようですので」

 鏡を見つめたまま、私は彼に尋ねました。

 「そうだな。君は、これから1ヵ月の間は「島風」と名乗るといい」

 「しまかぜ、ですか」

 「島風」という名前を自分でも口にしてみると、その名は非常にしっくりと馴染むような気がします。あるいは、封じられた記憶と関連しているのかもしれません。

 

 「私は、山本大佐のもとに配属されるのですか?」

 「ああ。気は進まないだろうが……」

 「山本大佐──いえ、提督」

 私はクルリと振り返って姿勢を正し、彼の目をしっかり見つめながら、「私の提督」に向かってピッと敬礼をしました。

 「「島風」、拝命します。半人前の未熟者ですが、以後、よろしくご指導お願いします!」

 

 * * * 

 

 「さて、部隊における君の立場に関してだが……」

 「島風」の「着任挨拶」を受理した後、山本提督は、今後の待遇について説明する。

 「機密に関わる部分も多いので、すべてを周囲に明かすわけにはいかない。当面、君は「実験試作段階の有意識艦の船魂」として、俺のもとに配属されたことになるので、心得ておいてくれ」

 「了解しました。ですが、いくら実験段階とは言え、船体(からだ)の仕様などを何も知らないのは、さすがに不審に思われないでしょうか?」

 「島風」の疑問に、提督はニヤリと笑った。

 「それは、問題ない。目を閉じて、意識を心の奥底に集中してみたまえ」

 曖昧な表現に首をかしげつつも、素直に上官の指示に従う「島風」。

 「何か、自分自身の他に親しい存在を感じないかい?」

 先ほど同様、何ともはっきりしない内容だったが、不思議なことに、「島風」には、まさにその言葉通りのモノを感じ取ることができた。

 「! あ、あります」

 「よし。その存在に心の中で近付こうと意識するんだ」

 「了解しました」と口にするより早く、「島風」の自我意識は「それ」と重なり、混じり合う。

 「──船体基礎スペック……把握。基本兵装……確認。コンディション……オールグリーン。自己診断プログラム、終了しました」

 瞼を閉じたまま、普段といささか異なるハイトーンかつ平坦な声で、そうつぶやくと、ハッと我に返って、目をしばたたかせる。

 「い、今のは?」

 「成功したようだね。「島風」、君の船体の全長と最大速力を教えてくれ」

 「はい、全長120.5メートル、最大速力は40.37ノットです」

 唐突な提督の問いかけにも、戸惑うことなくスラスラと答える「島風」。

 「航続距離と現在の兵装は?」

 「速度18ノットで6000海里、現在は12.7センチ連装砲と61センチ四連装魚雷を装備しています……って、提督、これは一体!?」

 「簡単にいえば、通常の有意識艦と同様、今の君の意識の一部は、現在建造中のとある駆逐艦の船体と同調している。もう少し慣れれば、至近距離からなら船体を動かすことも可能なはずだ」

 どうやら、「人間に艦娘と同等の能力を身に着けさせる」という眉唾物の題目は、デマではなかったらしい。

 「もっとも、船体の方は未だ試験段階で竣工間近……ということになっているし、半月後に竣工しても、いきなり最前線に出す気はないから、安心してくれ」

 「──はい」

 心情的には、「奴ら」と戦うためならむしろ積極的に前線に出たい気もしたが、一方で、自分が「実験サンプル」であること、数値はともかく戦力自体も未知数であることも理解していたので、「島風」は素直に頷いた。

 

 「さて、本来“人”である君が、ここで有意識艦──艦娘として暮らしていくうえでの注意を、事前にいくつかしておこうか。

 まず、睡眠については、通常の人間と同様、1日6時間程度とっても問題ない。艦娘は作戦行動中は睡眠欲をカットする機能も備わってはいるが、逆に鎮守府にいる間、暇さえあれば居眠りしているような()もいるからね」

 確かに、眠そうにしている艦娘を鎮守府内で目撃したような記憶は、おぼろげながらあったので、「島風」は頷く。

 「次に食事について。これも、鎮守府にいるあいだは、皆普通の人間と同じ物を3食食べている」

 お茶碗山盛りの弾薬やボーキサイトの塊りをバリボリ貪り食う……などという荒業にチャレンジしなくていいらしいと知って、ホッと胸を撫で下ろす「島風」。

 「まぁ、装備が大きく破損した場合などは、自己修復が追いつかずに、入渠(ドックいり)して特別な処置を受ける必要もあるが、君の場合は当面その必要もないだろうから安心したまえ」

 「わかりました。それで、あの、提督、おトイレは……」

 「うん、それをこれから説明しようと思ったんだ。艦娘もトイレには行くには行くみたいだが、頻度的には普通の人間より少なめだ。

 食事をして一定時間後に排泄する──というサイクルができているようだから、そのあたりは少し気を配ってくれ」

 「了解しました……じゃなくて、すみません、私、今行きたいんです!」

 少々はしたないかもしれないが、そろそろ尿意が危険領域に突入しつつあったため、顔を赤らめつつ、「島風」は提督に告白した。

 「! あぁ、すまない。そこのドアを開けて廊下に出たすぐ右に、男女兼用の職員用手洗いがあるから、そこを使ってくれ」

 「は、はい。あの、それでは、しばし失礼します!」

 微妙に内股&早歩きで処置室を出て行く「島風」。

 しかし……。

 「きゃあああーーーっ!?」

 1分後、トイレの方角から黄色い悲鳴が聞こえてきた。

 「おっと、しまった。"あのこと"を説明するのを忘れていたな」

 

 * * * 

 

<SIDE:Shimakaze>

 「あの、それでは、しばし失礼します!」 

 とりあえずそれだけ言ってから、私は急いで部屋を出てお手洗いに向かいました。

 (う~、提督の前であんなコト口にしちゃうだなんて恥ずかしいよぉ)

 とは言え、若い殿方の前で失禁でもしてしまったら、それこそ目もあてられませんし、仕方がなかったのだと割り切るしかないでしょう。

 職員用おトイレは、男女兼用ということで男性用小用便器と個室がそれぞれふたつずつ並んでいました。

 幸い、中には先客は誰もいなかったため、奥の個室に駆け込み、便座に腰かけます。

 「ふぅ~」

 大丈夫、漏れそうですけど、まだ漏れてはいません。

 念のため個室の鍵が閉まっているのを確認してから、ミニスカートをめくり、少し履き込みの深い白いショーツを下ろしたのですが……。

 「こ、コレって……」

 なぜかその下にさらに黒い革製の下着を履かされていました。

 Tバックという程ではないにせよ、かなり紐に近い面積で、エッチな写真集とかでモデルさんが履かされていた「そういう目的」の下着っぽい感じです。

 ただし、股布(クロッチ)の部分だけは多少布地が多く厚めで、しかも中に何か堅いプラスチックのようなものが当てられています。

 「! も、もしかして、コレ、貞操帯とかいうものなんじゃあ」

 話にしか聞いたことのない器具(?)を連想して戸惑いましたが、幸い鍵とかがかかっているワケではないようなので、このまま脱げば用は足せそうです。

 私はレザーショーツの脇に指を差し込み、おそるおそる引き下ろします。

 すると、何かショーツのクロッチで押さえつけられていたモノがピョコンと飛び出してきました。

 それが何かを理解した瞬間、私の口からは思わず悲鳴が飛び出していました。

 「きゃあああーーーっ!? な、なんで……なんで私にオチ○チンがあるのぉ!?」

 

 * * * 

 

 トイレに駆け付けた提督は、半ばパニックに陥っている「島風」をなだめすかして、なんとか落ち着きを取り戻させた。

 「──グスッ……つまり、私は、ホントは男のコで、だから、その……下にツイてるのも当然だ、っておっしゃるんですね」

 「ああ、説明が遅れてすまない。君があまりに自然に女性らしく振る舞うものだから、俺もうっかりそのコトを失念していたようだ」

 半ベソをかいている「島風」の手を引いて元の部屋に戻り、頭を下げる提督。

 「もぅそのコトはいいです。でも、どうして、私、こんな格好をさせられているんですか?」

 自分が本来は「男」だと知らされてショックを受けたものの、提督に潔く謝罪されたため、「島風」もそれ以上は責められない。なので、少し別の方向から質問を投げかけた。

 「無論、機密保持のためだ。有意識艦の船魂がすべて「女性形」であることは知っているな?」

 「はい。だから、"艦娘"なんて呼ばれているんですよね?」

 「その通り。だから、いかに"試作艦"と称していても、「男性形の船魂」がその中に混じっていては目立つし、どこか不審に思われるだろう」

 確かに、理屈としては間違ってはいない。

 「故に君には、これから1ヵ月間は、その格好で女性として暮らしてもらう」

 「そ、そんなこと……私にできるでしょうか?」

 両拳を胸元で合わせ、不安そうに目を潤ませながら、提督を見上げる「島風」。本人は意図していないのだろうが、その可憐な佇まいとあいまって、年上の男性には無性に庇護欲をかきたてられずにはいられない仕草だ。

 「──大丈夫だ。記憶封印処置と同時に施された暗示で、今の君は自分が女性であることに疑問を持たず、ごく自然に振る舞えるだろう」

 思わず抱き寄せたくなる衝動をぐっと堪え、提督は「彼女」の肩に両手を置いて優しく諭した。

 「でも……その……スカートの中とか……」

 「下着の下に拘束具を着用していただろう。あれを着けている限りは、少なくとも下着越しならバレないはずだ。問題は入浴だが、その点は此方で便宜を図ろう。データ確認のためという名目で2日に1回研究所に呼ぶから、そこでシャワーに入ってくれ」

 いろいろ考えてあるらしい。それにそもそも「島風」側に拒否権はないのだ。

 「ぅぅ……わかりました。頑張ります」

 まだ完全には納得がいかない感じではあったものの、「島風」が頷いたので、提督も内心ホッと胸を撫で下ろす。

 軍人としては「佐世保の若鷹」と呼ばれるほどの器量を持つ山本大佐であったが、正直女性の扱いは専門外だ。

 配下の艦娘たちとの交流で、そのヘンも徐々に慣れてはきたものの、基本的に聞きわけがよく精神的にも大人な子の多い彼女らと違い、「泣いている女の子」の相手は流石に手に余る。

 (──って言っても、コイツは本来は男なんだがな)

 半ば無意識に「よしよし」と「島風」の頭を撫でながら、心の中で苦笑する提督。

 もっとも、彼になでなでされて、「えへへ~」と幸せそうに頬を緩めている様子を見ていると、「彼女」が♂だとは(本来の姿を知っている山本ですら)信じ難いのだが。

 

 * * * 

 

<SIDE:Shimakaze>

 「そろそろ落ち着いたかな? では、君の「同僚」たちを紹介しよう」

 提督に連れられて、私は有意識艦待機所と名付けられた施設へとやって来ました。

 待機所と言っても、実質的には出撃中以外の艦娘の生活の場と言ってもよい場所なので、一般職員などには「艦娘女子寮」などと呼ばれているそうです。

 実際、「少し古めの木造アパート」といった外観ながら、そのうちのひとつに足を踏み入れると、内部はきれいに掃除され、随所に花が活けてあったり、可愛らしいぬいぐるみが飾られていたりと、「女子寮」にふさわしい雰囲気が漂っています。

 

 提督が玄関に置かれた呼鈴(ベル)を鳴らすと、くすんだ紅色の着物の上からかっぽうぎを着た小柄な女性が奥の方から出てきました。

 「あら、提督、ずいぶん遅かったのですね」

 「すまない、鳳翔さん。ちょっとだけ予想外の事があったものでね」

 彼女と気さくに言葉を交わすと、提督はチラと私の方に視線を向けられました。

 (これって……挨拶しろってことだよね)

 「えっと、試作型駆逐艦の「島風」です。これからしばらくの間、こちらでお世話になります。どうぞよろしくお願いします」

 私はペコリと頭を下げました。

 「まぁ、これはご丁寧に。礼儀正しいお嬢さんですね。私は、鳳翔型1番艦「鳳翔」です。出撃時以外は、こちらの寮母のようなことをさせていただいてます」

 ニコッと優しく笑いかけてくださる鳳翔さんは、外見年齢こそ若い(たぶん20代初めくらい?)ものの、なんだか「お母さん」と呼ぶのがピッタリの暖かい雰囲気の女性で、私は少し緊張が解れたような気がしました。

 「今、こちらに何人くらい残ってるかな?」

 提督の問いに、ちょっと考え込む鳳翔さん。

 「そうですね。遠征中の第二と第三の子たちは省くと……残りは11人ですけど、翔鶴は提督の執務室で書類整理をしているでしょうし、摩耶ちゃんはいつものように裏山で自主トレ、鈴谷ちゃんは酒保でお買い物してるみたいですから……部屋には8人残っていると思いますよ」

 「ふむ……じゃあ、ちょうどいいか。鳳翔さん、悪いんだけど、翔鶴を呼んで来てくれないかな。俺は、「島風」を仮配属する第四艦隊の子たちに声をかけるから」

 

 そうして、居間に通された私は、まずは5人の艦娘の子たちと、互いに自己紹介することになりました。

 「試作型駆逐艦の「島風」です。佐世保で運用試験を行うことになったので、これからひと月の間、お世話になります。まだ船体(からだ)も未完成の未熟者ですが、どうかよろしくお願いいたします」

 慣れてきたせいか、この挨拶の口上もだいぶスラスラ言えるようになってきました。

 

 「古鷹型1番艦「古鷹」です。一応、第四艦隊の旗艦を務めさせていただいています。こちらこそよろしくお願いしますね」

 半袖の白いセーラー服を着た18歳くらいに見えるショートカットの女性──古鷹さんが、礼儀正しく挨拶を返してくださいました。

 

 「長良型2番艦の五十鈴よ。水雷戦隊の指揮ならお任せ。正規配属じゃないのがちょっと残念だけど……わからないコトがあったら、何でも聞いてちょうだい」

 五十鈴さんは、白と赤の袖無しセーラー服を着た高校生くらいのお姉さんです。ちょっと勝気そうですが、その分、いろいろと頼りになりそうかも。

 

 「やぁ、僕は白露型2番艦「時雨」さ。これからよろしく」

 「こんにちは~、白露型4番艦「夕立」よ。よろしくね!」

 お揃いの紺地に白襟のセーラー服を着た時雨さんと夕立さんは、姉妹艦なのに随分性格は違うみたい。年は、私と同じか、ひとつくらい上かな?

 

 「──ズドラーストヴィチェ、暁型2番艦「響」だ。短い間だけど、同じ釜の飯を食う仲だ。よろしく頼むよ」

 外見は私よりふたつくらい年下に見えるのに、白い長袖セーラー服姿の響さん(ちゃん?)は随分落ち着いた印象の子です。

 

 「あらあら、それじゃあ私が最後かしら」

 ちょうどその時、紅白の巫女装束姿(ただし袴はミニ丈)の20歳くらいの女性が、居間に入って来ました。

 「翔鶴型航空母艦1番艦の「翔鶴」です。第一艦隊の旗艦で、提督の秘書艦も務めさせていただいてます。仕事中の提督に御用がある時は、ひと声かけてくださいね」

 この方も、何て言うかおっとりしてて優しそうな女性です。鳳翔さんが「お母さん」なら、翔鶴さんは「一番上のお姉ちゃん」って感じかな。

 

 それにしても……何と言うか、各人方向性は違うものの、皆さん美人美少女揃いです。ひょっとして、提督のシュミでしょうか」

 「──何を考えているか大体わかるが、別にそういう()ばかり狙って集めたワケじゃないからな」

 「て、提督ぅ、心を読まないでください!」

 「いや、最後の方、口に出してたぞ」

 「あぅっ!?」

 しまった。「島風」、一生の不覚です。

 「うふふ、「島風」ちゃんも可愛いですよ」

 翔鶴さんがフォローしてくださいますが、グラビアモデルにも滅多にいない程の銀髪美人にそんな風に言われてもフクザツかも。

 

 とにもかくにも、こうして私の艦娘(見習)生活が幕を開けたのでした。

 

  *  *  *  

 

 「こちらが貴女のお部屋ですよ」

 「仲間」との顔合わせの後、寮母役を務める鳳翔に、「島風」は女子寮2階の一室に案内された。

 ドアこそ木製で真鍮のノブがついた洋室風のものだが、内装は板壁と畳敷きの完全に和室テイストな部屋だった。

 家具と言えば、50センチ四方くらいのちゃぶ台と、物入れを兼ねた木製の箪笥くらい。ベッドもないので、おそらくは襖で閉ざされた押し入れに布団が入っているのだろう。

 「ふわぁ~」

 よく手入れされ清潔に掃除されてはいたが、今時の標準からすると古臭いと言っても過言ではないその四畳半足らずの部屋に、しかし「島風」はなぜか心引かれるものを感じた。

 「素敵なお部屋ですね。ここ、私ひとりで使わせてもらっていいんですか?」

 「ええ、構いませんよ。この鎮守府では、同じ提督の下で働く艦娘はふたりでひとつの部屋を使うのですけど、生憎、山本提督の指揮下の艦隊はこれまで偶数だったので、「島風」ちゃんの分が余ってるんです」

 その代わり、新しい艦娘()が来たら同居してもらうことになると思いますけど──と、鳳翔にすまなさそうに言われて、「島風」はぶんぶんっと首を横に振る。

 「い、いえっ、ぜんぜん問題ないです」

 「そうですか。良かった……そうそう、テレビとかは1階の娯楽室にあるから、そこで見てくださいね。雑誌とかボードゲームの類いも置いてありますから、暇ができたら覗いてみるといいですよ」

 「はい」

 そのほかにも、いくつかの説明をしてから、最後に「おゆはんは、7時からですので、それまでくつろいでいてくださいな」という言葉を残し、鳳翔は「島風」の部屋を出ていった。

 

  *  *  *  

 

<SIDE:Shimakaze>

 バタンと扉がしまり、鳳翔さんの足音が遠のいていくのを確認してから、私は、ようやく肩の力を抜いてちゃぶ台の前に腰を下ろしました。

 「──ふぃ~~」

 最初は誰も見ていないのであぐらをかこうかとも思ったのですが、スカートを履いてるせいか、どうにも落ち着かない感じがしたので、結局、やや崩した正座、俗に「横座り」と呼ばれる姿勢で座ることにしました。

 「これから1ヵ月かぁ」

 長いようで短く、短いようで長い時間です。

 今日は初日ということで、我ながらかなりお行儀よくできていたと思いますが、2、3日くらいならともかく、ずっとネコを被っているのは少々無理があるでしょう。

 かと言って、着任してすぐ、それも仮配属の身で、あまり砕けて馴れ馴れし過ぎるのも問題でしょうし。

 「まぁ、何事もほどほどにってことですかね」

 そんな至極無難な結論を下してから、なんとなく私は部屋の中を見回しました。

 「有意識艦待機所」という素っ気ない名称から、コンクリ打ちっぱなしの殺風景な部屋や、1部屋に5、6個ベッドが置いてある仮眠室という可能性も覚悟していたのですが、そんな危惧とは無縁の、快適な居住空間をもらえたのはうれしい誤算でした。

 期間限定の仮の住まいとは言え、これから毎日過ごす場所です。やはり、落ち着いてリラックスできる場所に越したことはありませんしね。

 とりあえず立ち上がって押入れを開けてみると、予想通りそこには花柄の敷き&掛けの布団が1組畳んで置かれていました。さすがに新品の極上羽布団というワケではありませんが、相応にふかふかで、カバーもきちんと洗濯された清潔なものなので、気持ちよく寝られそうです。

 一緒に浴衣、いえ寝巻と呼んだほうがよさそうな一重の着物と帯も用意されていて、至れりつくせりです。

 「あれっ、そう言えば……」

 ふと、ある事が気になって、私は壁際に置かれた箪笥を開けてみました。

 「あー、やっぱり」

 予想通りと言うべきか、そこには今着ているのと同じセーラータイプの制服(軍服?)が1揃え綺麗に畳んで入っていました。ほかには、下着とニーソックスの替えが何点かあるだけです。

 「そう言えば、艦娘って、基地内ではいつも制服着てるものね」

 それどころか、出撃前でもないのに、鎮守府内で擬装──主砲・副砲や飛行甲板などの武装や装甲を装備したままの子も結構います。いえ、鳳翔さんや翔鶴さんみたく、擬装を全部外しているほうが珍しいかも。あのふたりの場合は、寮母や秘書官…もとい秘書艦としての仕事を優先してるからでしょうね。

 

 (そう言えば、私の擬装はどうするんだろ?)

 イマイチ自覚があやふやなのですが、私が本物の艦娘ではないとしたら、あまり大仰な装備を着けて動くのは多分無理でしょう。

 (もっとも、一応駆逐艦娘ってことになってるみたいだから、極端な重装備ってことは……)

 と考えかけて、吹雪型や綾波型はけっこう大きな擬装を抱えていたことを思い出しました。

 「アレはさすがに辛いかも。睦月型とか朝潮型くらいのなら、何とかなると思うけど」

 さきほど会った時雨さんや夕立さんも、背中の装備は大きめでしたが、手はフリーで、足の方もそれほど極端な重装備じゃなかったように思います。

 「まぁ、そのヘンのことは、まず提督に相談したほうがよさそうですね」

 もっとも、今頃はおそらく執務室に帰って、私の案内その他で遅れたぶんのお仕事を懸命に片付けているでしょうから、これからすぐにお邪魔をするのは気がひけます。

 とりあえず擬装のことは頭の片隅に置いておくに留め、私は暇をつぶすため、1階の娯楽室とやらに行ってみることにしました。

 

  *  *  *  

 

 寮の玄関から入ってすぐ奥にある8畳くらいの洋室──娯楽室には、3人の先客がいた。

 「ああ、「島風」も来たんだね」

 「もしかして、暇してるっぽい?」

 そのうち二人は、先程顔を合わせたばかりの、同じ部隊の仲間である時雨&夕立姉妹だ。

 「あらあら、貴女が噂の新人さんかしら」

 そしてもうひとりは初めて見る顔だった。黒に近いが僅かに銀色がかった髪を腰近くまで伸ばした、色白で瞳の大きな愛らしい顔立ちの少女だ。年の頃や体格から考えると、おそらくは駆逐艦娘だろう。

 「噂になっているのかは知りませんけど、新人なのは確かですね。「島風」と言います。よろしくお願いします」

 年下(に見える)とは言え、相手は一応「先任」らしいので、「島風」は自分から挨拶しておくことにした。

 「あら、礼儀正しい方ね。私は朝潮型4番艦の「荒潮」よ。山本提督配下の第三艦隊に所属しているの。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」

 差し出された手をとり、荒潮と握手する「島風」。

 鳳翔や翔鶴とは少し違った意味で、おっとりした優しそうな子だった。「良家の子女」とか「育ちの良いお嬢様」といった単語を連想させる。

 まぁ、ルックスだけなら、ストレートロングの金髪と綺麗な碧眼、ビスクドールのような整った顔立ちの夕立も、十分「お嬢様」っぽいと言えるのだが……。

 「あー、何か、「島風」が失礼なことを考えてるっぽい!」

 チラリと視線を走らせただけで、目ざとく「島風」の内心を察知したのか、白露型の四女は憤慨している。

 「ご、ごめんなさい、つい……」

 そこで否定せずにそんな事を言ってしまうあたり、「島風」も素直なのかイイ性格をしていると言うべきか、判断に迷うところだ。

 「ははっ、まぁ、確かに夕立は、外見と性格が随分乖離しているからね」

 “次女”の立場である時雨が、苦笑しながらとりなす。どうやら彼女にも思考を見抜かれていたようだ。

 あとで聞いた話によると、外見は楚々としたご令嬢、中身は能天気娘な夕立だが、いざ戦場に立つと駆逐艦娘有数の火力と攻撃性を発揮するトリガーハッピーと化すのだとか。つくづく艦娘(ひと)の本性はパッと見ではわからないものらしい。

 とは言え、逆に言うと、普段の彼女は気さくで人懐っこい、それこそワンコのような女の子だ。誘われて同じテーブルに座り、雑談している中で「島風」にもそのことがよくわかった。

 その姉の時雨は、見かけどおり落ち着いた雰囲気の常識人だし、初対面の荒潮も、名前に反し淑やかで温和なお嬢さんという感じで、「島風」もあまり気負わずに話すことができた。

 

 「うーん、この時間はあんまりおもしろい番組をやっていないのよねぇ」

 テレビをつけたものの、荒潮はつまらなさそうにチャンネルをポチポチ変えたのち、あきらめて電源を切る。

 「それなら、ゲームでもしようか?」

 「4人なら、マ○オカートとかおもしろいかも」

 この世界では、深海棲艦との戦いが始まったため、1999年末でテレビゲームの進化がほぼストップしたため、2013年現在でも32ビットマシンが最新世代機に当たる。しかも、軍需関係に電子機器類が大幅に割かれているため、それすら貴重品だ。

 そのせいか、この娯楽室に置かれているのは、90年代の日本で普及し、故障が少ないことで知られた京都産の16ビットマシンだった。

 「それも悪くはないのだけれど……あ、これなんかどうかしら?」

 荒潮が棚から引っ張り出してきたのは、アナログな将棋盤と駒ひと揃えだった。

 「一応、わたしたちも軍属なのだから、時にはこういう戦略性のある遊戯に興じてみるのもいいんじゃない?」

 「うん、たまにはそれも悪くないかもね」

 荒潮の提案に、時雨は乗り気のようだ。

 「あぅ、わたしそういうのは、ちょっと苦手っぽい」

 夕立が辞退したので、荒潮、時雨そして「島風」の3人で総当たり戦(といってもたかだか3戦)をやることになった。

 「──えっと、王手」

 「む……参った。降参だよ」

 結果は、「島風」のひとり勝ち。荒潮は対局後十数分で投了、時雨も20分足らずで詰みに追い込むことになった。

 「あーー、じゃあ今度はあたしが相手になる!」

 3人の対局を見ているうちに興味が湧いてきたのか、夕立も「島風」に挑んでくる──もっとも、10分ともたずに王手となり、凹むことになったのだが。

 

 「へぇ、貴方、なかなかなやるじゃない」

 4人が遊んでいる最中に娯楽室に来た五十鈴との対局は接戦となったが、からくも「島風」に勝利の女神が微笑んだ。

 しかし、ちょっといい気になりかけたところで、第四艦隊旗艦の古鷹、そしてわざわざ寮母室から夕立たちに呼ばれて来た鳳翔に、あっさり下されてしまう。

 「「島風」ちゃんは、少し決戦を急ぎ過ぎるきらいがありますね。もう半歩引いて戦局の流れを見ながら駒を動かせば、もっと強くなれますよ」

 ニコニコと邪気のない笑顔を寮母から向けられ、素直にハイと頷くしかない「島風」。

 これは記憶が曖昧な本人も気づいていないことだが、「島風」──本来、風嶋少佐である「彼女」の指揮官としての資質と欠点は、まさに艦娘たちとの対局で明らかになっていた。

 無策かシンプルな利害計算で突っ込んでくる敵には勝てても、搦め手や戦術レベルの思考ができる相手だと、あっさり敗北を喫する。まるっきり無能というわけではないが、有能とはお世辞にも言い難いだろう。

 故に、一兵卒(と軍艦相手に言うのもおかしな話だが)としての思考をベースで動く駆逐艦娘相手には全勝、反対に旗艦としての経験を持つ重巡洋艦の古鷹や、戦歴豊富な鳳翔には全敗という結果になるワケだ。

 

 とは言え、今の「彼女」はあくまで試作型駆逐艦の「島風」だ。提督復帰後はともかく、現時点ではそれほど気にすることはあるまい。

 「さ、一段落したところで、皆さんお茶にしませんか? 先日間宮さんにいただいた芋ようかんを切りますから」

 優しい寮母の提案に、娯楽室に集った面々は歓声をあげる。

 

 「! 美味しい」

 初めて口にする給糧艦娘手製の和菓子の味に、「島風」はびっくりする。

 「でしょでしょ? やっぱり間宮のお菓子は最高っぽい!」

 「──どうして、キミが得意げなのかな」

 そんな彼女の反応に、目を輝かせる夕立と、苦笑する時雨。つくづくいいコンビだ。

 「外出した方からお土産に外のお菓子をいただいたこともありますけど、それと比べても、やはりわたしも和菓子は間宮さんのものが好みですわ」

 自称神戸娘のお嬢さんも、うっとりした表情で口の中の甘みを堪能しているようだ。

 見れば、古鷹も笑顔だし、五十鈴も澄まし顔を装いつつ、何とも幸せそうに頬が緩んでいる。艦娘と言えどやはり女の子、甘い物を食べられる機会はうれしいらしい。

 

 そんなほのぼのした雰囲気の中、いつしか「島風」も御客様(よそもの)気分が徐々に薄れ、次第にこの女子寮の輪の中に馴染んでいくのだった。

 

  *  *  *  

 

 「島風」が山本提督のもとに仮配属されてから、10日あまりの時が過ぎた。

 

 当初は、表向き「仮配属の試験艦」、その実、艦娘ではなく人間、しかもオトコノコ(あえて漢字では表さない)ということで、色々緊張していた「島風」だったが、さすがにひとつ屋根の下で寝起きし、同じ釜の飯を食べるようになって1週間も経つと、今の環境にもそれなりに馴染んでくる。

 

 「ごっはんごっはん~♪ ……あ、「島風」だ、やっほー」

 「やぁ、おはよう、「島風」。君も朝ご飯だよね。食堂まで一緒に行かないか?」

 「あ、おはよう、夕立、時雨。うん、それじゃあ、ご一緒させてもらうね」

 中でも、同じ駆逐艦、かつ船魂としての外見年齢が近い夕立や時雨とは、かなり打ち解けた態度で接するようになっていた。

 

 「連装砲ちゃんも行こ?」

 ──P!

 「島風」が、足元をウロチョロしていた身長30センチくらいのブリキのロボットのようなモノに声をかけると、ソイツもしゅたっと片手を上げ、3人のあとについて来る。

 「あれれ、何、そのコ、かわいー!」

 見かけのわりに子どもっぽい夕立が目を輝かせてブリキロボを見ている。犬っぽいとよく言われる娘だが、本当に犬だったら、今まさにしっぽをブンブン振ってることだろう。

 「ふっふーん、いいでしょー? このコはね、連装砲ちゃん。私の専用艤装なんだ!」

 得意げにナイ胸を張る「島風」。

 昨日、研究室に呼ばれた際、珍しく名目だけでなく本格的に身体の各部を検査された後、山本大佐から「島風」用の艤装としてこのロボット(?)を引き合わされたのだ。

 ひと目で気に入り、その場で「連装砲ちゃん」と自身で命名したこのロボと、以来「島風」はつねに行動を共にするようになっている。

 もっとも、正確にはロボットと言うより、むしろ付喪神と呼ぶ方がふさわしい存在なのだが……まぁ、その辺りは深く追求しても無意味だろう。

 

 「へぇ、自立行動可能な艤装って言うのも珍しいね」

 時雨は感心しているが、大きさはともかく原理的には、空母娘の艦載機も似たようなものだ。自立行動と言えるかは微妙だが、後付け装備の数々にも相応の妖精が宿り、艦娘の戦いに力を貸しているのだから、それほど特異なものでもない。

 なんちゃって艦娘である「島風」は、簡単な装甲板や手持ち武器くらいならともかく、本格的な砲塔や燃料タンクなどを装備すると重さで身動きとれなくなる。そのために考え出された苦肉の策だが、今のところ本人および周囲の評判は上々のようだった。

 

 山本提督指揮下に配属された艦娘23人が暮らす佐世保鎮守府・艦娘女子寮7番棟。その一角に設けられた食堂に3人+αが足を踏み入れると、すでに何人かの先客が座っていた。

 「グッモーニン! 3人とも今朝も早いネ。よいことデ~ス」

 朝からテンションがやたら高いのは、第二艦隊の旗艦を務める戦艦娘の金剛だ。

 自称・英国生まれで、少々日本語がアヤしいのと紅茶マニアな点を除けば、スタイル抜群の美人なうえに、明るく面倒見もよく、そして強い、非の打ちどころのない艦娘だった。

 「わたしのリクエストに応えて、今日の朝ご飯はイングリッシュ・ブレックファストを用意してもらったヨ!」

 なるほど、いつもにも増してテンションが高いのはそのせいだったらしい。

 「へぇ、珍しー。どんなのかしら♪」

 と、興味津津の夕立はともかく、英国風朝食と聞いて他のふたりは微妙に顔が引きつっている。

 (ね、ねぇ、「イギリスの食事は美味しくない(婉曲表現)」って聞いてるけど……)

 (い、いや、さすがに朝食は品数も少ないし、トーストと紅茶が基本だから、そんなヒドいことにはならないんじゃないかな……たぶん)

 ふたりの顔色に気付いたのか、金剛が「チッチッチッ」と人差し指を顔の前で振る。

 「イギリスの食事は、確かに日本や中国、フランスほど繊細な味付けをしていないのは認めますが、きちんとした食材で丁寧に作れば、十分美味しいデース!」

 自信ありげな金剛の様子に、顔を見合わせる時雨と「島風」。落ち着いて皿の上を見てみれば、山型パンのトーストやベーコンエッグ&ソーセージ、炒めたマッシュルーム、輪切りのトマトなど、見慣れた食材も多いので、さほど心配することはなさそうだ。

 「あ、この赤い豆って、トマトソースで煮てあるんだね」

 「ベイクド・ビーンズね。向こうではもう少し甘めだけど、日本風に少し塩を効かせてもらったから、悪くない味でショ?」

 「このソーセージも市販のものと違いますね。レバーっぽいというか……私は嫌いじゃないけど」

 「それはブラック・プディング。豚肉の代わりに血を腸詰にしたものだヨ!」

 話を聞いた限り、どうやら金剛自身も調理(あるいはメニュー選定)に参加したようだ。

 そのままの流れで、駆逐艦娘3人は、朝食を取りながら金剛から「なぜイギリス料理がまずいと言われるのか」に関する講義(ざつだん)を聞くことになる。

 要約すると、「元々イギリスは気候上多彩な野菜が育ちにくく」、「20世紀半ばまで生鮮食品の輸入も少なく」、さらに「産業革命期に郷土料理の多くが衰退した」といった背景から、長らく食文化を軽視する風潮があったらしい。

 「へー、へー、へー」と思わぬトリビアに感心しつつ、美味しくその英国風朝食をたいらげる「島風」たち。

 「そもそも、日本のカレーだって、インドからイギリスを経由して伝わったものだヨ。ドゥ・ユー・ノー・イット?」

 食後のお茶を口にする合い間の金剛の問いに、時雨と「島風」は曖昧に頷いた。

 「そう言えば……」「聞いたことがある、かも」

 「へぇ、そうなんだぁ。ところで、このオレンジのジャム、あたし、気に入ったっぽい」

 「マーマレードと言ってほしいネ」

 マイペースな夕立の様子に苦笑しつつ、金剛は手元のスコーンを皿ごと夕立の方に押しやってくれた。

 

  *  *  *  

 

<SIDE:Shimakaze>

 朝食後、「機会があれば、イギリスの美味しい郷土料理のことを、また教えてあげるヨ!」という金剛さん(まだしばらくお茶を飲んでるつもりらしい)の言葉に、見送られつつ、私たち3人は食堂を出ました。

 「これから、ふたりはどうするの?」

 とくに予定がなければ、娯楽室でゲームでもしないか誘うつもりだったのですが……。

 「1300から、鎮守府の近くで演習っぽい」

 「まぁ、相手の艦隊ははるかに格上、しかも戦艦と重巡が主力らしいからね、胸を借りるつもりでいくさ」

 生憎とアテが外れたようです。

 

 「演習、がんばってね」と、笑顔でふたりを見送ったものの、私はちょっとだけブルーな気分になっていました。

 「いいなぁ、ふたりともちゃんとしたお仕事があって……」

 かく言う私は、船体(と言うことになってる試作艦)が、まだ届かないため、今のところ、非番の艦むすたちを訪ねるか、自主トレ(と言ってもジョギングと軽い体操程度です)くらいしかすることがないのです。

 鎮守府、しかも艦むす隊の一員というこの職場で、忙し過ぎるのも大変でしょうが、文字通りの無駄飯食らいをしているのは、いささか肩身が狭い気がします。いえ、誰かに嫌みを言われたとか、そういうわけではないのですが……。

 

 「うふふ、そんな「島風」ちゃんに朗報でーす♪」

 いきなり背後から話しかけられて、私はびっくりして飛び上がりました。

 「わわっ……あ、愛宕さん?」

 振り向くと、明るい紺の制服を着た金髪女性が、悪戯っぽい笑顔で佇んでいました。

 この方は、山本提督指揮下で、第三艦隊の旗艦を務める重巡洋艦娘の愛宕さん。

 第一艦隊が出撃している際は、翔鶴さんに代わって山本提督の秘書艦代理をしていることが多いそうで、私もすでに何度かお話しさせていただいてます。

 見かけに違わず、気さくで世話好きな、とてもいい人、いえ艦娘なんですが……。

 「もぅっ、「島風」ちゃん、わたしのことは、「お姉ちゃん」って呼んでって言ったでしょ?」

 わざとらしく、プンプンと拗ねたフリをする愛宕さん。

 「いえ、さすがにそれは……」

 どこが琴線に触れたのか、この人は初対面の時から、わたしのことをえらく気に入ってくださったようで、「ねぇねぇ、ウチの()にならない?」と誘って(?)くださるのです。

 「そもそも愛宕さん自身、高雄型の2番艦じゃないですか!」

 「でもでも、姉にあたる高雄が、今、佐世保にいないのよぅ」

 「摩耶さんは? あの人は高雄型の3番艦なんだから、正真正銘の妹でしょう」

 「そうなんだけどねー、あの子、絶対にお姉ちゃんとは呼んでくれないのよね。たまにアネキって言うくらいで」

 しょんぼりしている様子は、ちょっと気の毒な気がしないでもありませんが……。

 「だからって……私、高雄型どころか巡洋艦ですらありませんよ?」

 「うぅん、細かい事は言いっこなし! ほら、それにわたしと「島風」ちゃんって、外見はわりと似てると思うし」

 「どこがですか!」

 私の髪は金髪と言うには少々灰色がかってますし、瞳の色も愛宕さんの綺麗な碧色に対して私のはくすんだ鳶色です。それに体型だって……。

 私は、愛宕さんの、戦艦娘にも滅多にいないような脅威の胸部装甲(比喩表現)を見つめます。

 

 ────orz

 

 「ど、どうしたの、「島風」ちゃん? いきなり床に崩れ落ちて」

 なぜでしょう。下に“ツイて”る身としては、巨乳(ソレ)をこんな間近で目にしたらそれなり嬉しいはずなのに、私の中に猛烈な「敗北感」とか「寂寥感」とでも呼ぶべき感情が湧き起こってきました。

 

 「……いえ、気にしないでください。単なる“持たざる者”のひがみです」

 「???」と不要領な顔をしている愛宕さんに、気を取り直して話しかけます。

 「それより、私に朗報って何ですか?」

 「ああ、それそれ!」

 ニッコリ笑ってパチンと掌を打つ愛宕さん。

 「ぱんぱかぱーん! ついに、「島風」ちゃんの船体(からだ)が、ドックに届きました~!」

 

  *  *  *  

 

 「アハハハ……すごいすごーい!」

 大海原──と言っても、佐世保鎮守府のすぐ外側だが──を、全力で「航行」しながら、「彼女」は自然と歓声をあげていた。

 「速いはやーい! でも、もっとイケるかも……」

 自分でもハイになっているという自覚は一応あるのだが、なぜだかソレを自制しようという気が起こらないのだ。

 「そーれー! 私には、誰も、追いつけないよー!」

 

 そんな、まるでアルコールでも入ったかのような浮かれっぷりを示す「島風」の様子を、随伴兼監督艦として同行している長良は、苦笑しつつも優しい目で見守っていた。

 同じ山本提督配下とは言え、所属艦隊が違うので、これまでさほど接点があったわけではないが、試作艦として仮配属中のこの子は、普段は同じ年頃の駆逐艦娘の中では比較的落ち着いた印象があったため、今日の様子は少し意外ではあった。

 もっとも、ようやく自分の「船体(からだ)」が完成して、初めての自分の意識()で動かしている最中だというのだから、多少は大目にみてやるべきだろう。

 そのあたりの感覚は、船魂(こころ)船体(からだ)がセットになって生まれてきた、ごく普通の艦娘である長良には、想像するしかない領域の話ではあったが。

 ともあれ、体育会系女子な艦娘の長良個人としても、どこぞの引きこもり駆逐艦のような子よりは、こういう元気に跳ね回ってくれるタイプの方が好ましい。

 「「島風」ちゃーん、せっかくだから、ちょっと航行演習(おいかけっこ)してみよっか?」

 「駆けっこしたいんですか? 負けませんよー!」

 

  *  *  *  

 

<SIDE:Shimakaze>

 愛宕さんから知らせを受けて、急いで山本提督のもとに出頭した私は、そのまま工廠へと案内されて、ついに私の「船体(からだ)」と対面することになりました。

 注水されたドックには、大日本帝国海軍伝統のコバルトグレーに塗られた細身の軍艦が浮かんでいます。

 全長120メートルあまりと、時雨や夕立のような白露型駆逐艦よりはひと回り大きいですが、それでも巡洋艦や空母、戦艦などが持つ迫力とは比べ物になりません。

 けれど……。

 (なんでだろ……この“子”のそばにいるだけで安心できるみたい)

 “それ”を見た瞬間、私は深い安堵感を感じたのです。

 あるいは、それこそが“実験”の影響で、本来人(しかも男)であるはずの私が艦娘と限りなく近い存在となっている証左なのかもしれません。

 

 “船体(からだ)”との対面後、私はいつぞやの地下研究室へと連れて来られ、山本提督の見守る中、手術台上にうつぶせに手足を固定されました。額や二の腕、太腿、などに何かの機械から伸びたセンサーのようなものがペタペタと貼り付けられます。

 「なんだか、悪の組織の人体改造シーンみたいですね」

 冗談混じりにそう言うと、提督は苦笑しました。

 「はは、完全に否定できないのが辛いところだ。改造というほどじゃないけど、これから、とある“部品(パーツ)”を君に移植することで、船体との霊的回路を開くんだからね」

 「成功すれば、貴方も他の艦娘同様、自在に船体(からだ)を動かせるようになるはずです。ただし、ちょっとくすぐったいと思うので、念のため暴れないよう固定させていただきました」

 改造(?)を担当する技術将校らしき女性が、説明を補足してくれましたが……。

 「何、痛みは一瞬です。ご安心なさい」

 ちょ、それ全然安心できないんですけど!? せめて麻酔とか……。

 「えいっ」

 抗議する間もなく、首の後ろ──ちょうど髪の生え際あたりに、100円玉くらいの、何かヒンヤリしたものが押しつけられ、チクリと肌に針のようなものが突き刺さるのがわかりました。

 「あ痛ッ!」

 確かに“痛み”を感じたのは、ほんの一瞬でした。気が狂うような激痛というワケでもなく、せいぜい予防注射程度の十分我慢できる苦痛です。

 ですが、その感覚に続いて、延髄を起点になんとも言い難い痒みのようなものが、全身、そして脳に広がっていきます。

 冷たい熱。

 不快感を伴う快美感。

 強いて言うならそんな矛盾した表現が当てはまるのかもしれません。

 「くふぅぅ……」

 本当なら、体の内側を侵すその“感覚”に、体を丸めてのたうち回りたいところなのですが、手足を手術台に固定されているため、それもかないません。

 「愚問かもしれないが、大丈夫か?」

 心配げな提督の言葉に答えようとした私は、さっきまでの“違和感”を感じなくなっていることに気付きました。

 「だい、じょうぶです」

 少し乱れた呼吸を整えつつそう告げると、提督は、計測器の操作をしている技術将校さんの方に目を向けました。

 「──計測値、いずれも予測の範囲内です。拘束解除しても問題ありません」

 その答えを聞くと、提督は自ら私の手足を戒めているベルトを外してくださいました。

 肌が剥き出しの手首や、ニーソックス越しとは言え足首に、若い男性──それも直属の上司である山本提督の手が触れるのは少し面映ゆい気もしますが、変に意識するのは提督に失礼でしょう……あ!

 「ひゃんっ!? て、提督……お尻さわっちゃヤですぅ」

 無意識に甘えるような口調で懇願してしまいました。

 「す、すまない。スカートがまくれ上がっていたので、直しただけなんだが……」

 真面目な山本提督のことですから他意はなかったのでしょうが、先程から肌が敏感になっている気がするところに不意打ちをもらったため、掠めるように触れられた部位が熱く火照っているのがわかります。

 ようやく自由になった体を手術台の上に身を起こし、ばつが悪そうに視線を逸らす提督を、上目遣いに見つめます。

 そのままなら、上司と部下にあるまじき「微妙な雰囲気」になりかねないところでしたが……。

 「はいはい、いちゃつくのは後にしてくださいね。まだ実験中なんですから」

 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた技術士官さんの存在に、救われました。

 ──いえ、お邪魔虫だなんて、思ってませんからね!

 

  *  *  *  

 

 その後、いくつかの簡単な検査で「特に問題なし」とのお墨付きをもらった「島風」は、早速新たな船体(からだ)の運用試験に励むこととなった。

 初日の航行演習で、半数近くの駆逐艦娘より足の速い長良を、余裕をもって引き離すほどのスピードを見せたのは伊達ではなく、運動性能は極めて良好。

 その後も鎮守府海域の警備任務や海上護衛任務、あるいは他の提督との演習などに、仮配属された第四艦隊の僚艦とともに挑み、攻撃、回避ともにベテラン艦に劣らぬ能力を示す結果となった。

 

 また、それに伴い、第四艦隊を始めとする仲間の艦娘たちとの距離も急速に縮まっていく。

 少し前までは、いくらか馴染んだとは言え、どこかお互いに距離があったのだが、戦友としていくつもの任務を共にした結果、双方にお客様気分が消え、本来の意味での“友達”と呼ぶにふさわしい関係が構築されつつあった。

 

 「やっほー、「島風」~、お泊りに来たっぽい」

 「いつも済まないね。今日もお世話になるよ」

 「いいのかい、私までお邪魔して?」

 「うん、もちろん。ささ、入って入って!」

 とくに第四艦隊の駆逐艦娘3人とは親しくなり、ついには「島風」がひとり部屋なのをよいことに、多少手狭だが皆で集まりパジャマパーティを企てるまでになっていた。

 元々は仲が良かった時雨&夕立が「島風」の部屋に遊びに来るくらいだったのだが、たまたま響の話題となり、現在姉妹艦である他の暁型艦娘が山本提督配下にいないこともあって、やや浮いている……という話が出たのだ。

 陽性のワンコ気質な夕立が「仲間外れはダメっぽい」と、彼女も引っ張り込むことを主張し、優しい気性で気遣いのできる時雨や、他の姉妹艦が存在しないことに一抹の寂しさを覚えていた「島風」も賛成して、「響とお友達作戦」(命名・夕立)が実行されることとなった。

 最初は戸惑っていた響も、(まぁ、いささかお節介な面はあったが)3人に悪意がないことは理解していたので、少しずつ彼女達の輪に加わる機会が増えていったのだ。

 

 「アレーシュキ──ロシアのお菓子を、鳳翔さんの助けを借りて焼いてみたんだが」

 「くんくん……いい匂い、美味しそう!」

 「手作りとは、やるね響。僕は間宮さんにお願いして仕入れてもらった三色豆あられを持ってきたよ」

 「それじゃあ、せっかくだから金剛さんから分けてもらった茶葉でミルクティー入れるね」

 3人寄ればかしましいと言われる年頃の女の子が4人いるのだから、そのにぎやかさは推して知るべし(もっとも、ひとりは偽娘なわけだが)。

 なにぶん狭い部屋なので4人とも艤装をすべて外しているため、ちょっと遅めのお茶会を楽しんでいるその様は、制服のセーラー服とあいまって、まるっきり女子中学生そのものだった。

 ひとしきりお茶とお菓子とお喋りを堪能したのち、いったんちゃぶ台周りを片付けて、4人分の布団を敷く。時雨と夕立は隣りの自分の部屋から運び込み、響の分は、この部屋の備え付けの予備でまかなった。

 

 その後、4者4様の寝間着に着替える。響は水色のシンプルなコットンのネグリジェ、時雨は黒を基調に白い水玉模様が入ったワイシャツ型パジャマ、夕立はダブっとした薄桃色のロングTシャツ、そして「島風」は部屋に用意されていた白の浴衣だ。

 無論、このまま素直に眠りにつくワケもなく、布団に入ってからがパジャマパーティーの本領だ。幸い明日の任務は夕方からなので、多少夜更かしをしても問題はないだろう。

 そして、修学旅行とパジャマパーティーの定番の話題と言えば、恋バナである。行動範囲と接触人数が極端に限られる艦娘の場合、自然とその矛先がひとりの男性に向くわけで……。

 「僕は、山本提督のことが好きだよ。上官としてもひとりの男性としてもね」

 その中で口火を切ったのは意外なことに控えめに見られがちな時雨だった。

 「あたしだって、提督さんのことは大好きよ! でも、恋人として好きなのかって言われると、ちょっと悩むっぽい」

 一番大人びた容姿のわりに、夕立は異性への感情がまだ未分化なのかもしれない。

 「私は……そうだな。山本大佐が頼りがいのある立派な男性であることに異論はないが、やはり上司として尊敬している部分が大きいと思う」

 ふたりの言葉を受けて、あまりそういう事を口にしなそさそうな響も場の雰囲気に流されたのか、真情を吐露している。

 さて、そうなると、残るひとりにだんまりが許されるわけもなく……。

 「え、私? うーん、考えたこともなかったなぁ」

 布団にうつ伏せになった姿勢のまま、器用に首を傾げる「島風」。

 本来の立場はひとまずおくとして、現在の「島風(じぶん)」が、山本提督のことをどう想っているか──それは意外に難問だった。

 「たぶん“優しくて頼りになるお兄さん”ってのが一番近いと思うけど、だからって、まったく異性として意識してないわけでもないんですよね~」

 真剣に考えてはみたものの、いまひとつ煮え切らない答えしか出て来ない。

 「それに、提督って、その……翔鶴さんとか金剛さんと……」

 彼と恋仲にあると噂の艦娘の名を挙げてみる。

 「うん、そうだね。少なくとも翔鶴と個人的につきあってるのは間違いないと思う。彼女が秘書艦になって以来、提督の側から熱心にアプローチしていたのは僕も知ってるし」

 「え、あたしは、金剛に押し切られたって聞いたっぽい?」

 「どちらも正解だな。山本大佐は、第一艦隊の翔鶴と第二艦隊の金剛の両方と“そういう関係”を持っているらしいと、荒潮から聞いたことがある」

 無論、他の3人もそのことは承知しているようだ。

 「他の艦娘(ひと)はどうあれ、僕は提督が好きだという自分の気持ちに嘘はつきたくないな」

 「逆に私は、すでに相手がいると分かっているからこそ、一歩引いた目で見てしまうのかもしれないが……まぁ、この場合、どちらが正しく、どちらが間違いというわけでもないだろうね」

 時雨と響から対照的な意見が出たが、確かにどちらも一理がある。

 「ぅぅ~、夕立、頭がこんがらがってきたっぽい」

 ちょっとヘタレた表情を見せる夕立の頭をよしよしと撫でつつ、改めて自分もそういった感情に向き合ってみるべきか、と考える「島風」。

 幸か不幸か、ガールズトークの話題は、そこから微妙に脱線して「戦闘で負傷したあとのお肌の手入れ」だの「好きな男性を誘惑する方法」だのへと流れていったのだが……。

 いずれにせよ、この夜の3人との会話が、後の「島風」の決断を後押しする一因となったことは間違いないだろう。

 

  *  *  *  

 

 「島風」が仮配属されてから3週間あまりの時が流れた。

 最初の頃こそ、“試作艦”の“仮”配属ということで、艦娘・本人双方に多少の遠慮のようなものもあったが、「彼女」が船体(からだ)を得て演習や遠征に同行するようになってからは、そんな壁も霧散している。

 何より「島風」本人が、ごく自然にここでの駆逐艦娘としての暮らしに適応していた。

 そもそも、この国に於ける艦娘の立場は「人の心を持つ兵器」だ。

 ここ佐世保鎮守府は横須賀と並んで古くから艦娘本拠地として稼働しており、彼女達へのフォローもそれなりにいき届いてはいるが、それでも時には命と作戦の成功を秤にかけて、艦娘たちが後者を選ばされる可能性も決して皆無ではないのだ。

 無論、そのことは「島風」だって承知している。

 しかし、心を繋いだ戦友達と出撃し、そしてその作戦のおかげで多くの人々が救われるのなら、いざと言う時に犠牲(いしづえ)になる覚悟はある──と「島風」は思うようになっていた。

 各人によってその内容は微妙に異なるだろうが、その種の覚悟こそが、乙女にして軍艦たる艦娘が、その本分を悔いなく果たすには不可欠なのだ。

 「へっ、そういう意味では、アイツはもう一人前の艦娘って言えるのかもな」

 「島風」本人に乞われて、手すきの時に船魂(なまみ)での戦闘訓練にしばしつきあった摩耶は、うれしそうな顔で同じ重巡洋艦娘の古鷹にそんな事を語っていた。

 「摩耶さんがそんな風に褒めるのって珍しいですね。あの子、そんなに強かったの?」

 「ん? いや、全然。いくらスピードを始めとする身体能力が高くても、圧倒的に経験が足りてないし。でも、自分の長所(もちあじ)を徹底的に活かす割り切りと、諦めないガッツは、戦いでは何より大事だからな。そいつは及第点やってもいいぜ」

 

 ともあれ、そんな風に山本提督配下の艦娘たちの一員として順調に務めを果たしていた「島風」だが、ある朝、寝間着から制服に着替えながら、ふと自分の身体の変化に気づいた。

 「あれ、なんだろ。胸に違和感が……なんか腫れてる?」

 蚊の季節には少し早いが、何か虫にでも刺されたのだろうか? それにしても、左右の胸がいっぺんにというのは考えにくい。

 他のことなら、友人である時雨・夕立姉妹や、女子寮の寮母である鳳翔に相談したいところなのだが、「新型艦娘の試作艦──という設定になっている、ある実験中の人間(♂)」という複雑な事情から、さすがに身体のことについては話しづらい。

 やむなく、翔鶴を通じて山本提督に連絡を入れ、彼の立ち合いのもと以前世話になった技術将校の“診察”を受けることになった。

 

 「うーん、結論から言うと、これは“異常”ではありません。むしろ、「島風」の身体が有意識艦としての適応が進んだ結果と言えるでしょう」

 10分ほどの触診と問診を終えると、20代半ばくらいに見える女性技術将校は、微妙な表情で、診察結果を告げた。

 「? どういうことなんですか?」

 「あ~、つまりですね……」

 技術将校は山本の方にチラと視線を走らせたのち、言葉を選ぶのをやめ、事実を端的に明示する。

 「アナタの身体が、より艦娘に──女の子に近づいたということです。女性なら、アナタぐらいの年頃になれば、ね?」

 さすがに此処まで言われれば、そのテのことに疎い「島風」にも理解できた。

 「つ、つまり、私の胸に、その……お、オッパイが?」

 「はい」

 肯定の言葉を聞いた際の「島風」の胸中に浮かび上がったのは、戸惑いと驚愕、そして微かな歓喜の念だった。

 「──少し早過ぎないか? 事前の予測では、身体に明確な変化が見られるようになるのは、2ヵ月以上経過してからだと予測されていたはずだが」

 だが、それを「彼女」自身が自覚する前に山本提督の疑問の声に気を取られたため、結果的に「彼女」の内面的な変化については、誰も気づくことなく時が過ぎることとなる。

 「はい。これは、「島風」自身の“素質”の高さに加えて、船体との霊的回路が開通したことで、船魂にあたる「島風」にもフィードバックが表れているものと思われます」

 「特別懲罰の終了まであと1週間だが……処置解除に関する影響は?」

 「1週間ならギリギリ大丈夫です。ですが、それ以上このままの状態を維持しますと……」

 いったん言葉を切った技術将校に見つめられ、もじもじと居心地悪げに体をくねらせる「島風」。

 「えっと、何か問題あるんですか?」

 「ええ、限界点(フェイルセーフポイント)を超えてしまった場合、アナタは完全に人から艦娘へと変貌し、現在用意されている手段では戻ることが不可能になります」

 技術将校に続けて、山本大佐も口を挟んだ。

 「キミが望むなら、特別懲罰処置の期間短縮を上申しておこう。幸い、特別懲罰処置を受けて以来のキミの素行評定は極めて良好だから、上申が通る可能性は低くない」

 

  *  *  *  

 

<SIDE:Shimakaze>

 「……とか言われてもねぇ」

 あの後、提督に「少し考えさせてほしい」と告げて、診察室を出た私は、そのまま寮に戻る気にもなれなかったので、なんとなく鎮守府の外れにある民間用桟橋の方に来て独りで海を眺めています。

 本来なら、不名誉な処分であろう“特別懲罰”の期間が減るのは歓迎すべき事柄なのでしょう。

 しかし、私は今のこの試作型駆逐艦娘「島風」としての暮らしが嫌ではありません。いえ、むしろ大いに満足していると言って良いでしょう。

 記憶があやふやなので、以前の“私”がどういう日々を過ごしていたかは定かではないのですが、少なくとも現在の私は、任務に命の危険が少なからずあることを踏まえても、充実した毎日を送っています。

 できれば一日でも長く、みんなと──第四艦隊やその他の山本提督配下の艦娘の皆さんと共に過ごしたいと言うのが偽りない本音でもあるのです。

 けれど。

 このまま感情に任せて元に戻る機会(チャンス)を逃してしまってもよいのでしょうか?

 技術将校さんは「1週間以内ならギリギリ大丈夫」だと言っていました。

 逆に言えば、1週間を過ぎれば──あるいは不測の事態が起これば、元に戻ることはほぼ不可能になるとも解せます。

 「元の私、かぁ……」

 具体的な記憶はまだ戻っていないものの、いくつかのヒントから、ある程度の人物像は絞れています。

 私の外見が“特別懲罰”を受ける前と大きく変わっていないとすれば、年齢は13~15歳。特別志願による少年兵でもなければ、普通は義務教育を受けているべき年代です。

 そして、後方勤務ならともかく、ある意味最前線である鎮守府に、法的にも戦力的にもハンパな存在でもある少年兵は通常配属されません。現に、私はこの佐世保鎮守府内で、艦娘を除いて20歳未満の軍人・軍属を見かけたことはありませんし。

 

 (だけど、「通常」でないとしたら?)

 そう、たとえば……。

 「きゃっ」「あイタっ!」

 上の空で桟橋付近を歩いていた私は、誰かとぶつかってしまったみたいです。

 「ご、ごめんなさい、少し考えごとしていたので……おケガはないですか?」

 私の方は転ばず踏みとどまれたので、地面に尻もちをついている駆逐艦娘らしきセーラー服姿の少女に手を差し伸べました。

 「はわわわ、びっくりしたのです……い、いえ、問題ありません。わたしの方こそ、前方不注意で申し訳ないのです」

 その子の方も、どうやらケガはなかったようで(まぁ、艦娘がこの程度で負傷するはずもありませんが)、恐縮しながら私の手をとります。

 「よっ、と」

 握った手に軽く力を入れて地面から引っ張って立たせてあげてから、再度私は彼女に頭を下げました。

 「改めてごめんなさい。私は「島風」。現在この佐世保鎮守府の山本提督のもとに試験配備されている、試作型駆逐艦です」

 

 しかし……

 「こ、これは、どうもご丁寧に。わたしは暁型4番艦の「(いなずま)」です」

 背中までくらいの茶色の髪を髪留めでアップにしたおとなしそうなその子と視線を合わせ、彼女の名乗りを聞いた瞬間、私の脳裏に膨大な“記憶”の波が押し寄せてきました。

 

 

 ──電です。どうか、よろしくお願いいたします

 

 ──なるべくなら、戦いたくはないですね

 

 ──沈んだ敵も、出来れば助けたいのです

 

 ──戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって…おかしいですか

 

 

 (あぁ、私、いや、“僕”は……)

 特別懲罰任務の開始に際して封印されたはずの記憶。

 そのすべてではありませんが少なからぬ部分を、我に返った私は取り戻していました。

 

 「あの……大丈夫…ですか?」

 目の前で心配そうな視線を向けてくる少女──「風嶋少佐配下で唯一生き残った駆逐艦娘」である電のその優しさが、逆に辛いです。

 物語の記憶喪失とかだと、記憶が戻った時に代わりに記憶喪失期間の記憶をなくしてしまう──というパターンもあるようですが、「島風」として過ごしてきたこの3週間余りの記憶は、今もキチンと私の中にあります。

 だからこそ、私は「僕」が如何に無能かつ無慈悲な提督であったか、目の前の電を始め、名取や神通、そして南西諸島で沈んでいった艦娘たちにヒドい仕打ちをしていたかが実感できるのです。

 

 幸い電の方は私がかつての上官だとは気付いていないようなので、精神力を振り絞って、私はニッコリ笑顔を見せました。

 「あはは、平気ですよ。それじゃあ、私はそろそろ行きますねー」

 あえて明るくそう言って、踵を返……しかけて、ふと思いついたまま、その言葉を口にしていました。

 「そうだ。私の所属する第四艦隊に、あなたの姉妹艦の響がいるんですよ。よかったら、遊びに来てあげてください。きっと喜ぶと思いますから」

 「え……は、はいっ。あ、あのっ……ありがとうございます!」

 ペコリと頭を下げる電に今度こそ背を向け、ヒラヒラと手を振りつつ、私は女子寮の自分の部屋に戻り──その日は夕飯時に時雨&夕立が呼びに来るまで、ずっと部屋の中でこれからの自分の進退について考え続けていました。

 

  *  *  *  

 

 「「島風」ちゃん、何か悩みがあるようですね」

 電と出会った、いや「再会した」日から3日後、食堂でひとりいつもより遅めの朝食をとったあとも、お茶を飲みながら何となくボンヤリしていた「島風」に、鳳翔が話しかけてきた。

 「あ……えっと、私ってそんなにわかりやすいですか?」

 「そういうわけでもありませんが、わたしは、これでもこの女子寮の寮母ですから」

 なるほど。理屈になってない気もするが、相手が鳳翔だと何となく納得できる気がした。

 「それに、たぶん時雨ちゃんたちがここにいても、気が付いただろう思いますよ?」

 幸か不幸か第四艦隊の面々は昨日の早朝に出撃していった。

 水雷戦隊向け任務なので、本来は「島風」もそこに加わるべきなのだが、「例の一件」を懸念した山本提督が、編成から「彼女」を外したのだ。

 代わりに第三艦隊から臨時で荒潮が、重巡洋艦娘の古鷹と交代で入っている。旗艦は五十鈴が務めることになった。

 ちなみに、その第三艦隊の面々は遠征に出ている……というか、珍しいことに山本提督配下の4艦隊すべてが、上からの要請で遠征任務に出ているのだ。

 佐世保には、ほかにふたり提督がいるとは言え、この時間帯は他の提督配下の艦隊も、大半が出払っている。

 そもそも、有意識艦隊同調能力者の同時制御限界である4つの艦隊を配下に置いている提督など、この鎮守府では山本大佐くらいのものだ。

 もっとも、そのおかげで、「島風」は他の艦娘と顔を合わせることなく考え事に没頭できたのだが。

 

 とは言え、ひとりで悩んでいても答えを出しにくい問題でもある。

 「その、ですね。たとえ話なんですけど……」

 「島風」は思い切って鳳翔に相談してみることにした。

 「ある人が、ぶか……じゃなくて、自分より目下の人にヒドい仕打ち──それこそ命に関わるような非道な真似を、無自覚にしちゃってたんです。

 その人は、後で自分の過ちに気付いて後悔してるんですけど、今度はその目下の人に顔を合わせづらくって……。

 相手の方も、わた……ある人となんか、もう顔も見たくないだろうし」

 たとえと言うには余りに稚拙な誤魔化し方だったが、優しい軽空母娘は、あえてそれに気付かないフリをした。

 「でも、会ってしまったんですね?」

 「──はい。私は、これからどうすればいいんでしょうか?」

 どうやら他人事に取り繕う余裕もなくなったようだ。

 

 「そうですね──まず、“その人”が第一にしないといけないことは、その目下の人に心から謝罪することだと思います」

 「で、でも、謝ったからって済む問題じゃ……それに到底許してもらえるとは!」

 「「島風」ちゃん」

 表情を歪める「島風」に、しかし鳳翔はあえて冷たい言葉を投げかけた。

 「謝罪というのは、相手に許してもらうためにするものではありませんよ」

 「!」

 ガツンと殴られたような衝撃を受ける「島風」。

 「じゃ、じゃあ何のために……」

 「もちろん、「自分が悪かった」と認めてお詫びすることが第一義です──そして、聡明な人なら、これから何をするべきか話し合う端緒とするでしょうね」

 鳳翔の言葉は厳しかったが、その真意がわからないほど「島風」は愚かではなかった。

 嗚呼、その通りだ。謝った“だけ”で許してもらおうなどとは、自分は何とひとりよがりで甘えていたのだろう。

 「相談に乗っていただき、ありがとうございます」

 立ち上がり、ペコリと寮母に頭を下げると、「島風」は食堂を出て目的の場所──「風嶋提督配下の有意識艦の待機所」へ向かって走り出した。

 

  *  *  *  

 

<SIDE:Shimakaze>

 鳳翔さんからのご忠告をいただいた後、私は電ちゃんにふたりきりで会い──そして誠心誠意頭を下げて謝りました。

 最初は面食らっていた電ちゃんですが、(本来は秘密なのですが)事情をかいつまんで説明し、再度頭を下げたことで納得してくれたようです。

 「()んでしまった艦娘(ひと)は、泣いても謝っても取り返しがつきません。でも、過ちを悔いてやり直そうという人のことは、信じてあげたいと思うのです」

 詳しいやりとりは省きますが、電ちゃんは、そう言って私のことを許してくれました。

 そのことで少しだけ心が軽くなったのは確かなのですが、それとは別の悩みが出来てしまったのも事実です。

 (やり直す……それは、提督として? それとも……)

 このまま一介の艦娘として働きたい、皆の役に立ちたいという気持ちがあるのは確かです。

 でも、「風嶋少佐」の配下には、居残り組で無傷だった駆逐艦娘・電ちゃんのほかに、大破状態で帰還した軽巡娘・神通と、中破状態のために出撃しなかった軽巡娘・名取がまだ残っています。

 (私は──提督として彼女達への責任を果たすべきなのでしょうか?)

 タイムリミットはあと3日。

 そのままであれば、私は結局、特別懲罰処分が終了する日限までどうするべきか決められず、なりゆきに任せて過ごし、どちらの結果が待っていたとしても後悔したことでしょう。

 けれど──幸か不幸か、今の日本は“戦争”をしているのです。そして、敵は此方の事情を斟酌してくれるほど甘くはありませんでした

 

  *  *  *  

 

 「第四艦隊が苦戦!? あの海域でですか?」

 決断の一助でもなればと、「特別懲罰処分が終了後の風嶋少佐の処遇」について山本提督のもとに尋ねに来た「島風」は、執務室の前でその言葉を聞いて凍りついた。

 「……どうやら敵の哨戒部隊が普段より多く配置されていたらしい。どれも駆逐艦1、2隻単位の正面から戦えばどうということはない相手だが、波状攻撃で燃料弾薬を消耗させられると、最深部の敵主力艦隊の元に辿り着いたとき、不覚をとりかねない」

 「ならば、露払いの護衛部隊を……って、他の艦娘()たちも皆遠征に出ているのでしたね」

 世話すべき相手が出払っているため、臨時で秘書艦の代理を務めている鳳翔の言葉に、苦々しく声で山本提督が答えた。

 「ああ、厄介なことにね。こういうことなら、艦隊定数ぎりぎりで回すんじゃなくて、もう2、3人着任してもらうべきだったかな」

 「それならわたしが……」

 「気持ちは有難いのですが、比較的小型とは言え、あの狭い海域は鳳翔さんのような軽空母は無理です」

 山本提督が悔しそうにそう告げるのを聞いて、いてもたってもいられなくなった「島風」は、扉を開けて執務室に飛び込んだ。

 「なら、私が行きます!!」

 「「島風」ちゃん!?」

 慌てる鳳翔と対照的に、山本提督の方は「彼女」の気配に気づいていたのか、動揺する様子は見られなかった。

 「強力な相手ではないとは言え、交戦回数は多くなることが予想される。しかも、片道で最低2日はかかるだろう。それでも出撃すると言うのか?」

 「はいっ! “あの子”のように敵までとは言いません。それでも、私は助けられる仲間を助けたい……その手段(ちから)が自分にあるならなおさらです」

 迷いなく言いきる「島風」。

 「だが、ふたつ問題がある。ひとつは鎮守府の規則として、単艦での作戦行動は認められない。最低でも、もうひとりは協力してくれる艦娘──それも、駆逐艦ないし軽巡洋艦が必要だ。

 そして、もうひとつ。私はすでに4つの艦隊に意識を接続しているため、仮に5つ目の艦隊を構成しても、物理的に指揮する余裕がない」

 「大丈夫です、僚艦のアテはあります。そして指揮系統の問題については──提督、“風嶋少佐の配下の艦娘への指揮権”は、未だ剥奪されていませんよね?」

 さすがに「島風」がそう言いだすことは予想外だったのか、山本提督は微かに目を見開いた。

 「君は……そうか、記憶が……」

 一瞬の逡巡の後、彼は大きく頷いた。

 「わかった、私の責任において、許可しよう」

 「了解! 駆逐艦島風、出撃します!!」

 

 

<エピローグ>

 『以上のような経緯をもって、モーレイ海深部探査任務は、2提督による合同作戦によって無事成功。次なる侵攻目標として、キス島周辺海域を進言する。

 なお、作戦に参加した有意識艦は大破2、中破1、小破5ながら、全艦無事に帰投。

 問題の試作型駆逐艦「島風」についてだが……』

 

 ──バタン!

 「ていとくぅー! 第四艦隊が帰投したよー!」

 

 執務室のデスクで、しかつめらしい顔つきで上層部への報告書をしたためている山本大佐のもとに、旋風のような勢いでひとりの少女が訪れた。

 

 「こらこら、ドアはもうちょっと静かに開けなさい。それと、他の()たちはどうしたんだ?」

 「遅いから鎮守府前に置いてきちゃった」

 「待て待て! まがりなりにも旗艦が、それはどうかと思うぞ」

 「うそ嘘、ホントは小破した子がいるから、入渠するって。わたしは旗艦だからこそ、提督に報告に来たんだよ……えへへっ♪」

 悪戯っ子のような表情で笑う少女に、仕方のない奴だと苦笑を返す山本。

 職務関連では公正な態度を心がけている彼だが、ちょっとした「事情」もあって、この娘相手だと妹を可愛がる兄の如く無意識に多少甘くなるようだ。

 秘書艦を務める翔鶴もその辺りの「事情」については心得ているので、あまりうるさく言わない。無論、度が過ぎるようだと釘は刺すだろうが……。

 

 ちなみに、言うまでもなくこの少女は、十日程前まで特別懲罰処分によって「試作型駆逐艦娘」として過ごしていた島風だ。

 もっとも、当時の「島風」しか知らない人間が今のこの少女を見たら、あるいは同一人物とは気付かないかもしれない。

 別段、背丈や体型、顔立ちが大きく変わったわけではないのだが、砂色(サンドベージュ)だったセミロングの髪が、腰までくらいの長さに伸びたうえで、より金色味を帯びた麦藁色(ストローイエロー)に変わっている。

 さらに、服装もより扇情的に変化し、上着の丈が短くなって完全にヘソ出しだし、スカートにいたっては膝上30センチ近くのマイクロミニ丈で、ちょっと早足で歩いただけで下着が見える状態。しかも、その下に履いているのは、黒のTバックショーツだ。

 格好だけではなく、パッと見の雰囲気や性格も、歳相応より落ち着いた印象のあった以前とは逆に、ハイテンションな元気少女といった趣きになっていた。

 

 「あの時」、当時の第四艦隊を支援すべく、「島風」は“風嶋少佐配下”の電に頭を下げて艦隊を組んでもらい、出撃した。その際、電のほかに小破状態まで復帰していた軽巡洋艦の名取も、ふたりを心配して一緒に来てくれることになったのは嬉しい誤算と言うべきだろう。

 おかげで支援任務自体は成功したのだが、軽巡1、駆逐艦2の水雷戦隊として最小単位での任務はさすがに厳しく、3隻ともボロボロになって帰投することとなったのだ。

 とくに大破状態だった「島風」は、帰ると同時に即入渠となった。ドック入りした船体(からだ)とは別に、本人もフラフラのまま艦娘用特殊浴場に放り込まれた。

 意識朦朧とした状態で実は初めての入渠を経験することとなった「島風」だったが、警告されていた通り特別処置解除期限を過ぎていたせいか、すでにその体質が完全に変わっていたようで、普通の駆逐艦娘同様、入渠後数時間で完全復活することができた。それは良かったのだが、負傷(艦娘だから損傷と言うべきか?)が治ると同時に、外見も微妙に変化して今の姿へと変わっていたのだ。

 ちなみに、“下”は完全に凹状態となったし、胸はA以上B未満くらいの大きさにまで膨らんでいる。もっとも、本人はすでに覚悟を決めていたため、これで皆に(本当は男のコだと)変な引け目を感じずに済む……と、むしろ喜んでいたようだが。

 

 鎮守府の書類上は、風嶋一輝少佐は予後不良の病気となって海軍病院で長期療養。また、試作型駆逐艦は、正式に島風の名称で山本大佐のもとに配属されることとなった。

 元風嶋提督配下の艦娘も、本人達の意志を確認したうえで正式に山本艦隊に所属することとなった。結果、艦隊の編成が微妙に変化し、5艦編成だった第三艦隊に名取が加わり、また、第四艦隊は古鷹が予備艦となって、代わりに電が編入。神通は古鷹同様予備艦として、随時各隊をサポートすることが決定している。

 編入に合わせて、電、名取、神通も、島風たちと同じ女子寮に入寮している。部屋割は、軽巡娘ふたりが同室で、荒潮が島風の部屋に移り、代わって姉妹艦である電が響のルームメイトとなった。結果、新顔3人も部屋割の変わった3人も仲良く日々を過ごしているので、問題はないだろう。

 

 さて、「人」から「艦娘」、「少年」から「少女」へと、立場と存在が変貌することになった島風だが、少なくとも表面上はあまりその事を気にしているようには見えない。

 本人いわく「人間だったの時の記憶は一応あるけど、何年も前に見た映画かドラマのようで、おぼろげで実感がない」らしい。

 「ちゃんとわたしが“わたし”だと実感できるのは、この佐世保に試作艦として赴任して以降だもん。だから、別に今の状態に不満はないですよ?」

 ……と、本人はあっけらかんとしている。

 むしろ、事情を知るかつての先輩かつ現在の上官たる山本のほうが、よほど気にしており、何かにつけて彼女のことを気遣ってくれるほどだ。

 もっとも、完全に艦娘になったことで性格にも多少変化があった島風は、山本のことを兄的存在として素直に慕っており、これ幸いと何かにつけて甘えているようだが。

 

 「提督~、わたし、今回初めての旗艦がんばったんだから、何かごほうび頂戴」

 「ああっ、島風、ずるーい! てーとくさん、MVPとった夕立も何かほしいっぽい」

 積極的な島風に刺激されたのか、近頃は夕立もワンコロっぽさを増して、山本提督にじゃれついてくるコトが多くなったのは、良かったのか悪かったのか。

 「ふたりとも、提督はまだお仕事中なんだから邪魔しちゃダメだよ」

 「あの……鳳翔さんがお夕飯作って待ってくれてるのです」

 とは言え、良識派の時雨に加えて、控えめながら電もストッパー役に回ってくれるため、現状ではとくに問題はないようだ。

 なお、この場にいない他の駆逐艦娘のうち、響は我関せず派、荒潮はおもしろがって煽る方に回る派だったりする。

 「しょうがないなぁ。ほら、夕立も行こっ」

 「うぅ~、了解っぽい」

 ワイワイ騒ぎながらと執務室を出る4人の駆逐艦娘の背中を微笑ましげに眺める山本提督。

 軍人としてはある意味失格かもしれないが、それで彼女達が気持ちよく戦えるなら、こんなアットホームな雰囲気も悪くない。

 

 (──がんばれ……そして、これからもよろしく頼む)

 口には出せぬ彼の真情を、傍らに侍る銀髪の秘書だけは理解し、優しく微笑んでいた。

 

-おしまい-

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