『愛』と『平和』の為に 〜Love&Peace~ 作:とある世界のハンター
ホントはこの章だけ溜めて一気に投稿する予定だったのですが、部活動を決める時期だと言う事に気が付いて宣伝がてら投稿することを決心しました。
読み返した時に邪魔だったので部活動紹介文カットしますた( ˇωˇ ) 4/17
第38話 スタートラインへ立つ彼女
「お前の部屋はこっちだ」
折寺中学区内のとあるアパートのある部屋での言葉だった。昨日まで空き部屋だったそこは、今日から新たな入居者を迎えることとなる。入居者の姓は小兎謚、娘の名前は希桜音。
「...」
自分の部屋などという言葉よりも、自分の家という言葉の方がお似合いだろう等と戯言を脳内で吐き出しつつ、彼女は乱雑に置かれたダンボール箱に手を伸ばした。
ある程度荷物を整理し終えると、彼女は何者かの視線を感じてふと窓に目をやった。その視線の先には、外には満開の桜が彼女らを歓迎するかのように枝を揺らして此方を見詰めていたのだ。そんな彼らの視界を遮るようにしてカーテンを取り付けた彼女は、一息つこうと床に腰を下ろした。
お世辞にも綺麗とは言えない物件だが、さすがに埃等は少なく、彼女は勢いに任せて背中を床へと打ち付けた。
それから幾刻経っただろうか。数分、数時間、いや数日数週間かもしれない。
希桜音は目を覚ますと、部屋の隅に掛けてある真新しい制服に手を伸ばした。慣れない手付きでソレに身を包んだ彼女は、部屋に置かれた鏡の前へと進んで自身の姿を確認した。
「...」
別に感想など沸き上がってこなかった。彼女の目には、制服を着た自分が立っている事実だけが映っただけだった。そして彼女は数年使い込んだリュックサックをからうと、朝食のバナナを片手に家の扉を恐る恐る開け外へと足を伸ばす。
今日は折寺中学の入学式だ。
長ったらしい入学式を終えると、続いてクラスに移動して自己紹介の時間となる。
この折寺中は、幾つかの小学校が合併したような学区である為、大抵の人間はクラスに、少なくとも学年には知り合いや友達はいた。ただ一人を除いて。
彼女、小兎謚 希桜音はその時間が苦痛だった。自分の番が回ってくると、名前と出身小学校、それと趣味を挙げてぱぱっと切り上げた。なんの面白みもない自己紹介だ。特徴的な内容を挙げるとすれば、出身小学校が同じ人間はその学校内にはいなかった、という事ぐらいだろう。
特徴的な物があれば人気者には、少なくとも興味は唆られる物にはなる。
だが、彼女はそれを拒んだ。理由などなかった。寧ろ彼女はそれを望んでいた。それなのに、彼女は無意識的にそれを拒んだのだ。
これは、未だ四月上旬の話。
そして、それから数週間が経った。大抵の者は既にその本人独自のコミュニティを形成しているのだが、やはり希桜音は未だ創れていなかった。
外は生憎の雨。窓から見える雨粒に、薄らと映った自身の顔が腹ただしい。時計に目をやれば、時刻は午後5時を指していた。
クラス内には彼女一人、他の者は既にそこを後にしていた。運悪く傘を忘れて来た彼女は、降り止まない雨に愛想を尽かして雨に濡れる覚悟を決める事にした。
「小兎謚さん」
重い腰を上げると、いつの間にか女子生徒が教室へと入って来ていた。いつの間にと希桜音が戸惑っている中、彼女はなんの躊躇いもなく希桜音へと近付いて手を差し伸べた。
「傘、無いんでしょ?良かったら一緒に帰ろ?」
その言葉と共に彼女は希桜音の手を掴んだ。
これが、彼女、渡我被身子と小兎謚希桜音の出会いだった。
「...なんでこんな事するの」
傘に弾ける雨音の合間を縫って、希桜音は彼女等の間に流れる静寂をつき破った。
対する彼女、渡我被身子は怪訝そうな表情を浮かべ、希桜音の顔を見詰め返した。
「ん〜...困ってたから、かな?」
「何それ...ヒーローでも目指してるの?」
「さぁ?まだ将来のことなんて分かんないよ」
目尻を下げてケラケラと笑う彼女はそう答えると、体を傘の中央部へと寄せる。即ち、希桜音との距離を縮めてきた。
「肩、濡れるでしょ?」
一人用の傘に、片肩濡らす少女が二人。
墨に塗れた雲の下、建物の隙間へと消えて行く。
ここで彼女、渡我被身子のクラスの立ち位置について説明しよう。
彼女は所謂クラスの中心人物、フワフワとした雰囲気に容姿端麗なその姿。誰とでも分け隔てなく喋る彼女は、一躍クラスの人気者となった。
そんな彼女にも悩みはあった。小兎謚 希桜音という存在だ。誰とも関わろうとしないその姿勢、そしてそれを容認している周囲の雰囲気が彼女には理解出来なかった。
━━━━━━━━色んな子とお友達になりたい
それが彼女の目標だった。
だから、この日の偶然は彼女にとっては有卦に入るようなものだった。
その日以降、渡我は希桜音に積極的に絡むようになった。さすれば必然的に、彼女に群がる人間達も希桜音と関わる機会が増える。そして彼らは、小兎謚希桜音という存在を受け入れていった。
小兎謚希桜音は、それ以降他人と話す機会が増えた。硬く結ばれた緊張の紐は解け、笑うことが増えた。それが異常ではなく、日常へと移り変わっていった。周りは受け入れてくれている。それが普通。
皆笑顔。
それが、普通。
それが、真実。
時は過ぎ去り、五月。
「じゃ、体育祭のリレーの順番決めといて。俺タバコ吸ってくるから」
教壇に立っていたその姿はもうない。彼女らの担任は電光石火の勢いで教室を後にした。つまり、残っているのは生徒だけだ。
「順番どうする?」
「やりたい人!...っていないじゃん。陸部、GO!」
「部活動リレー参加勢は出らんないって。私、速いからさ」
「自慢すな。うち行けるよ」
「ん〜、50m走の順番だと...▲▲とトガちゃんと...◆◆の3人、だけど◆◆今ケガしてるから...きー、かな?」
「男子決まった!!」
「「「「「早っ!!?」」」」」
トントン拍子で話は進んで行く。それは正しく早送りで再生されていくかのように。自分だけが、世界から置いていかれたように。
「ね、きーちゃん言われてるよ?」
「ふぇ?」
ふと我に返ると、周囲の視線は自分に向けられていることを彼女は自覚した。あわわあわわと慌て出す彼女は、このクラスでは癒しと呼べる存在らしい。波のように起きる笑いの渦中の彼女もまた、それに連られて年相応の笑い方で応える。
「リレー?全然大丈夫だよ、私がんばる」
「おっけー、順番は...▲▲陸部だし、クラウチングスタートで最初ぶっ飛ばしなよ」
「いややったらダメだろ」
「トガちゃんめっちゃ速いしアンカーで、2番目きーでいい?」
「大丈夫」
「大丈夫だよ〜」
トントン拍子で話は進んで行く。消え失せるようにしてこの話は終了。
時は滝の如く流れ落ち、体育祭当日となる。照りつける太陽は、彼らを締め付ける痛みとなって天から見下している。流れるように進んで行く種目達。玉入れに綱引きにフォークダンス。そして遂に彼女、小兎謚 希桜音にとってのメインイベントがやってきた。
「次クラス対抗リレーだぞ〜。優勝クラスの担任は焼肉タダ食いできるからお前ら頼んだ」
「うちらにメリットないじゃん」
「うるせぇー。今月厳しいんだ。煙草吸ってくるから頼むぞ〜」
「はぁあ...トガ、きー行くよ?」
「分かった!トガちゃん行こ!」
「あーい」
彼女らは腰を上げると、早足気味に入場門の側へと歩いていく。歩幅は同じ、そこに違うのは熱量だろうか。この場合、この熱という字を具体的な数値で表すとマイナスなのだろう。
入場門へと着くと既に他クラスのメンバーは揃っており、今か今かと待ち構える者や気だるそうにして座っている者様々だった。
「2人共頑張ろ!」
「おー!」
希桜音の呼び掛けに飛び付くように渡我は応える。犬のようだと▲▲は思いながらも、軽いストレッチをしながら周りを見渡した。
━━━━━━━━陸部ばっか、か
周りのクラスの選手達は大半が陸上部で占められていた。そうでなくてもあとは運動部ばかり。対して自分達はと言うと、陸上部である自分を除けばあとは帰宅部。足が速いといえど、帰宅部。
「▲▲ちゃん、もう行くよ?」
「え?あ、あぁごめ」
希桜音に肩を叩かれ渡我に声を掛けられ、彼女は自身の思考という沼から解き放たれた。既に待機場所へと向かう二人の後に続いて、ついたゴミを払いながらも彼女はスタートラインへと向かう。
「位置について」
「ちょ、まだ心の準備が!!?」
スタートラインへ着いた途端に告げられる開始の合図。だが待ってくれる訳もなく、ピストルは空高く打ち上げられた。
一歩遅れた。だが、だからといってどうという問題はない。
彼女は走るのが人一倍好きだ。熱くなれるから。
「きー、走って!!!」
グラウンドのカーブを曲がり切る前には、彼女は既にフルスロットル。彼女は風と一つになった。
圧倒的な一位だった。
「分かった!!」
次の走者に与えられた役目、それは現状維持。希桜音は瞬間的にそれを察知した。それを背負って走り出した。
「「はい!!」」
バトンは受け取った。特に問題はない。練習通りに上手くいった。だからあとは、
━━━━━━━━いける
そんな気がした。
ここまで一秒。
そしてそこから足が崩れるまで、一秒足らず。
偶然か、それとも仕組まれた罠か、それは分からない。だが彼女の足は不規則な軌道を描いて体勢を崩したのだ。
「はい、体育祭お疲れさん。んじゃ俺お腹痛いから帰るな。じゃ!!」
外は生憎の曇り空。雨が降り始める前に帰らなければと生徒達も慌ただしく動き始める。例えるなら、水族館で悠々と泳ぐ魚群だろうか。そんな中、それに足だけ浸かっているような生徒が一人。浮き足立つという言葉がお似合いだろうが、それでも彼女は足は付いていた。浸かっていた。
周りの目線を避けるように顔を伏せる彼女、誰も声を掛ける者はいない。
誰も触れない。見向きもしない。
「きーちゃん、一緒に帰ろ?」
またこの感触か、嫌な気分になりたかったのに。それが小兎謚 希桜音の心だ。
だが渡我被身子はそれを拒絶した。彼女は希桜音の手を握ると、外へと駆け出した。天を染める墨は垂れ始め、ぽつりぽつりと彼女らを染め上げて行く。
空っぽになった彼女には、それだけでは足りなかったかもしれない。だけど今の彼女には彼女がいる。嬉しかった。だから、彼女もまた彼女に染め上げられていく。