5人目のAR -PAIN FOR LIBERTY- 作:めめん
お久しぶりです。はじめての方ははじめまして、めめんと申します。
本作はタイトルのとおり、ドルフロ(少女前線)の二次創作小説です。
原作が原作なので、ウマ娘のほうとは打って変わって全体的に重苦しい雰囲気の作品となります。
相変わらずの駄文&不定期グダグダ更新ですが、よろしければ最後までお付き合いください。
01/
目の前で旧式のコンピューターの液晶画面とにらめっこしている彼女は、今日もいつもどおりのノースリーブだ。
今日の天気は快晴で、予報による1日の最高気温も暖かいほうだが、時計の針の短い方が7の数字を過ぎたあたりである今現在はそれほど気温は高くない。
おまけに、外には数日前に降り積もった雪が大量に残っており、それの影響で実際の体感温度は余裕で一桁台である。
「ホント、いつもその腰に巻いている上着は何のためにあるんだって言いたいよ……」
俺のその呟きは、静かな研究室跡に響き渡るキーボードのタイピング音でかき消され、俺以外の誰の耳にも届くことはなかった。
それから数秒ほどしたところで、彼女の手がピタリと止まって室内は無音になる。
俺は一瞬終わったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
彼女と向かい合っている液晶画面にはパスワードの入力画面らしきものが映し出されていた。
「ペルシカさん、応答願います」
どうやらパスワードがわからなかったらしい。
彼女はその手をキーボードから己の通信機に移し、俺がこの世界で一番嫌いな女の名前を口にした。
その名を耳にした途端、俺の
――「怒り」と「殺意」だ。
「外の様子を見てくる」
俺はその2つを表に出さないよう内心必死に抑え込みながら、隣に立っていたAR-15にそう言い残して部屋を後にした。
建物の屋上に出るや否や、俺は被っていたパーカーのフードを脱ぎ、ポケットから煙草とマッチの箱を取り出すと、前者の1本を口にくわえて後者の1本で火をつけた。
徐々に口の中に広がってくる煙の味と、鼻から感じる煙の臭いに反比例するように、内から湧き上がっていたイライラが鎮まっていくのを感じる。
――ただ、口にくわえているコレの味を「ウマい」と思ったことは一度もない。むしろ「マズい」と思うくらいだ。
それでも今日まで喫煙を続けているのは、ひとえに煙の味と臭いを感じている間は文字どおり他のことが考えられなくなるからに尽きる。現に今がそんな状態である。
かつての俺が
――あれからどれだけの時間が流れただろう?
3ヶ月か? 半年か? たぶん1年は経ってないと思う。
ともかく、こんな世界に
「どうしてこうなった?」という類の疑問・疑念はもう飽きるほど――いや、むしろ数えるのも嫌になるほどした。
そして、「そんなことしてもどうにもならない」と諦め、周りに流されるように生き続けて今に至っている。
「そもそも、こんなもの自体、前世の俺には無縁のものだったしなぁ……」
口の中に溜まった煙を一度吐き出しながら、俺は今やすっかり己の一部と化してしまった愛銃――SEAL Recon Rifleを撫でる。
我がメインアームにして今の俺の名前の由来にもなっているそれは、今日もその力強さを証明するかの如く黒い銃身を輝かせていた。
「――さて、見てくると言って外に出てきたわけだし、一応周囲の警戒でもしておきますか」
後々「サボっていた」などと言われると何かと面倒なので、俺は立ち上がると愛銃に備え付けられたスコープを覗き込みながら近くの森林地帯に銃口を向けた。
02/
やはり、そう最後まで上手くはいかないか――!
ペルシカさんから依頼されたS09地区のセーフハウスに残されたとあるデータの回収――
場所が鉄血との紛争地域の真っ只中ということもあり、敵の実戦部隊がいる可能性も考慮していたが、まさかハイエンドモデルが待ち構えていたなんて!
相手のハイエンドモデル――
データの詳細は私にもわからないが、鉄血の連中も喉から手が出るほど欲しがっていた代物ということは、きっと戦いの今後を左右する可能性も秘めているほどの重要なものなのだろう。
ならばなおさら鉄血にデータを渡すわけにはいかない――!
「周辺のエリアから鉄血の信号が大量に検出!」
「わお! パーティの始まりだ!」
AR-15からの報告にSOP IIが嬉しそうに己が銃を構えた。
彼女の鉄血人形に対する虐待嗜好とそれから生ずる戦闘狂ぶりは、時折見ているこちらも目を背けたくなるほど苛烈だが、こういう時は非常に頼もしい。
そして、現在のような事態に陥っても冷静に現場の状況に目を向けることができるAR-15。彼女の存在は小隊の仲間として本当に心強い。
「M16姉さん、データの転送が完了するまで私はこの場を離れられません。
指揮を執ることは問題なくできますが――」
「敵全体の動きを追うのを手伝えばいいのか?」
「はい」
「わかった。任せておけ」
私が頷くとM16姉さんはその顔に不敵な笑みを浮かべる。
戦術人形としての稼働歴も実戦経験も私以上――というより小隊随一――の彼女がこのような表情を見せてくれるだけで、今のような状況でもなんとかなりそうな気がしてくる。
――と、ここにきて私はあることに気がついた。
「――
そう。彼女――Recce Rifleがいない!
部屋中を軽く見回してみても、彼女の姿は今私たちのいる第3セーフハウスの研究室跡になかった。
「さっき外を見てくるとか言ってたけど……」
「あぁ、もう! またあの子は! こんな時でも余計な事ばかりして!」
AR-15からの返答に私は思わず悪態をつき、すぐさま彼女に対して通信を入れる。
数秒もせずに彼女は応じた。
『なに、M4?』
「Recce、あなた今何処にいるのよ!?」
思わず声が怒鳴り気味になってしまっているのは仕方ないことだ。
私が言うのもなんだが、彼女は
戦術人形は本来、主や上官の命令がなければ勝手な行動は基本的にできないのだが、彼女にはその原則が適応されていない。
それゆえに、今のように勝手な行動をしては私や小隊の仲間たちを困らせる。
言ってしまえば、彼女は我が小隊屈指の問題児でありトラブルメーカーだ。
――私を見ながらAR-15とSOP IIが「また始まった」と言わんばかりの顔をしていた。
なお、現在の通信は小隊専用のオープンチャンネルを用いているので、彼女たちにもこの会話は聞こえている。
『屋上だけど? それがどうかしたの?』
「どうかしたじゃないわ! 鉄血の部隊がこのセーフハウスに向かってきているの!
あと数分もしないうちにここは取り囲まれるわ! 急いで迎撃の準備を――!」
『あぁ、やっぱりさっき殺った連中、鉄血の奴らだったんだ』
「――は?」
思わず変な声が漏れた。
今何と言った?
小隊の仲間たちの方に目を向けると、AR-15もSOP IIも、そしてM16姉さんもこちらを見ながら目が点になっている。
『いや、さっき建物の周辺をスコープ越しに見ていたら、ええっと……Jaegerだっけ? 鉄血製の
そいつが何体もコソコソとこっちの様子を探っていたからさ……全員頭撃ち抜いてやったんだけど――』
「…………」
『えぇと……なにかマズかった?』
「い、いや……それより、今そこから鉄血の姿は見える?」
『ん~……今は東西南北どの方角からも目視じゃ確認できないね』
「そう……わかったわ……」
私はそう言うと、彼女からの返事を待つことなく通信を切った。
今はこれ以上彼女と話をしていると鉄血の奴らと接敵する前に疲れてしまいそうだったからだ。もちろん精神的な意味で。
はあっとため息をついてしまう。これも仕方がないことだと思う。
「苦労しているな、隊長?」
M16姉さんがそう言いながら私の肩に手を置いた。
先ほどまでは不敵な笑みを浮かべていたその顔は、現在は苦笑いを浮かべている。
「もう慣れましたけどね……一応……」
そう答えた私の顔にもおそらく苦笑いが浮かんでいるだろう。
03/
私たちと彼女が出会ったのは今から半年以上も前のことだ。
ある日、私たちAR小隊は雇い主であるペルシカから突然の呼び出しを受けた。
また何か新しい任務だろうか、と思いつつ向かった先――I.O.P社の研究室でペルシカと一緒に私たちを待っていたのが彼女、戦術人形「Recce Rifle」だった。
「この子、今日からAR小隊のメンバーに加えるから。よろしく♪」
そう言って笑うペルシカの姿は、今でもはっきりと覚えている。
Recce――彼女を初めて見た時、私たち全員が抱いた感情は間違いなく「驚き」だった。
なぜなら、彼女の姿は服装を除けばM4と瓜二つ――いや、完全に
ペルシカ曰く、彼女――Recceは「M4の影武者」であり「M4の代用品」、そして「
私たちAR小隊は――自分でこういうのも正直なんだが――16LAB製の特別な戦術人形のみで構成されている。そして、その中でも特に「特別な存在」とされているのが隊長であるM4だ。
そんなM4の身に“もしも”のことが起きた、または起きそうな場合、彼女にM4を演じさせて外部の目を欺く――それがペルシカの狙いである。
そのため、彼女のAIはM4や私たちとはまた違ったものを一から作り出して搭載したそうだ。
――当初はM4のAIをまるまるコピー&ペーストしたようなものを載せるという案もあったが、それではダミーリンクと大して変わらないので没にしたらしい。おそらく、ペルシカの科学者としてのプライドが、そのような「手抜き」ともとれる選択を許さなかったのだろう。
さて、そんな目的で作り出され、我が小隊のメンバーとして加わることとなったRecceであったが、彼女は早々――それこそ顔合わせをした直後にある問題を起こした。
「誰がお前なんかのために死んでやるもんか。俺は俺だ――!」
――なんと、いきなりM4に対してペルシカから与えられた役割を断固拒否する旨の宣言をしたのである。
これには当然M4も、私たちも、そしてペルシカ自身も唖然とした。
なぜなら、戦術人形やそのベースとなった自立人形は、基本的に主――私たちや彼女の場合、ペルシカがそれにあたる――には
主から与えられた指令・命令を曲解したりすることこそあれど、ボイコットすることは
――だが、彼女はそれをした。やってのけた。
下手をすれば、戦術人形である自分自身の存在そのものを否定する、私たちからしてみれば禁忌ともとれる行為を――
最終的にペルシカが事前に打っていた
――そしてその度にペルシカかM4のいずれか、あるいは両者が揃って頭を抱えることになったのは言うまでもない。
並の戦術人形ならば
一時期は「本当にこいつを実戦に投入するつもりなのか?」とグリフィンのお偉いさんはおろか、小隊内でも声が上がったほどだが、最終的になんとか戦術人形として申し分ないほどの能力は身につけさせることができた。
ただし、それは
(――しかし、当初は
先ほどのM4と彼女の通信の内容を思い出しながら、私は口をわずかばかり歪める。
彼女――Recceは確かにAR小隊きっての問題児でありトラブルメーカーだ。
しかし、今日まで彼女と日々を過ごしてきた以上、私たちは彼女という存在を誰よりも知っている。
だからわかる。彼女は確実に進歩していると。
確かにその過程は戦術人形や自立人形として見ると非常に遅いかもしれない。だが、進歩しているということは、彼女がただの
その事実が私――いや、私たちは決して言葉にこそしないが、仲間として、そして「家族」として嬉しい。
――ちなみに、そのことを口にこそしないのは、ひねくれ者な彼女が聞けば間違いなく不機嫌になるということがわかっているからだ。
(――ペルシカがあれから彼女のAIに過度な調整を加えなくなった理由も今ならわかる気がする。
おそらく彼女は、Recceに新たな役割を見出したんだ。「M4の代わり」ではなく、「M4の成長を促すための存在」として――)
自らの名前の由来でもあるアサルトライフル・M16A1を建物の窓から外に向けて構えながら、そんなことを考える。
服装や
光があるところに影があり、影があるからこそ光がある。光と影。コインの表と裏。表裏一体――
Recce Rifleという存在が成長する度に、M4A1という存在も成長する。M4A1が一歩前に進む度に、Recce Rifleもそれに合わせて一歩前に出る。
互いが互いを意識し合い、時に争い、時に協調する。それによって生まれ育まれる「競争心」という名の成長促進――
そして隊長であるM4A1の成長によって生まれるAR小隊全体の成長――
ペルシカが本当にそれを狙っているのかはわからない。だが、少なくとも私はそう思った。
――同時に、「人形が成長できるのか?」という疑問も抱く。
「成長」とは「進歩」と似ているようでまた違う。物理的な領域のみならず精神的な領域にまで及ぶ昇華だ。
もしそれが私たち人形でも可能なのだとしたら――
「――と、いかんな。今はこんな哲学的なことを考えている場合じゃない」
私は軽く頭を振って思考を一時中断する。
この続きを考えるのは、この状況を切り抜けてからだ。
今はこれからここに攻め込んでくる鉄血の連中を返り討ちにしてやることだけを考えなくては――
04/
自分がどのような最期を迎えたのかはわからない。どんな人生を送っていたのかも、はっきり言っておぼろげである。
確かにわかっていることは、俺は
かつての記憶がおぼろげなのは、きっと当時の自分がなんの夢も希望も抱かず、その日その日を怠惰に生きていたからだろう。
朝起きて飯を食って、出勤して仕事をして、帰宅して飯食って風呂に入って寝る――そんな大して変わらない毎日を延々と繰り返してきた気がする。
客観的に見て、非常に退屈すぎて面白味のかけらもない、つまらない日常だ。ドキュメンタリー映画だったらB級どころか「それ以下のクソ」としてZ級の評価をつけられてもおかしくないだろう。
――だが、こんな世界で生きているよりは何百倍、何千倍もマシな日常だった。
本当に今ならそう思える。
気がついたら人間ではなく戦術人形なる美少女の姿をした戦闘用アンドロイドになっており、いきなり銃を与えられて「敵を殺せ」と命令された。
こちらが拒否や拒絶の意思を示しても、俺に搭載されているというAIにあらかじめ組み込まれたプログラムという名の強制により、最終的に無為にされる。
正直、戦場という地獄に否応なしに放り込まれる以前に、日常生活を送ること自体が地獄と化している。まさに生き地獄だ。
――作りものとはいえ女の体になってしまったことも当時は息苦しさを感じる一因だったが、こちらはもうすっかり慣れてしまった。
そして、この世界で初めて目を開けたと同時に、頭の中に突然湧き上がってきた身に覚えのない莫大な言葉や知識の数々――
グリフィン&クルーガー。I.O.P社。16LAB。鉄血工造。
正直、あの時を思い返すだけでも吐きそうになる。それだけ頭の中がぐるぐると激しくかき回されたような感覚がした。
おまけに、この世界での俺の生みの親だというペルシカことペルシカリアから度々受ける「
向こうは俺が前世もち――しかも人間で男だった――ということを知らないから俺にあのような仕打ちをするのだろうが、俺からすれば本当にたまったものではない。
ゆえに、俺はこの世界の人間であいつが一番嫌いだ。
――いや、「嫌い」なんてレベルではない。間違いなく俺はあの女を
AIに施されたプログラムにより俺はあいつを傷つけることができないが、いつか文字どおりの意味で俺を弄んだことに対する報いをあいつに与えてやりたい。
――何度「これは夢で、そのうち目が覚めていつもどおりの一日が始まる」と思っただろう?
スリープモードに入り目を閉じる際、「次に目を開けた時は自宅のベッドの上でありますように」と何度願っただろう?
どれほど「この地獄のような世界から抜け出したい」と望んだだろう?
今はもうほとんど諦めてしまっているが、心の底では未だにそんな願望を秘めつつ、俺は今日もこの世界で戦火と硝煙の臭いに塗れながら生き続けている――
「――そろそろ来るかな?」
吸っていた煙草を携帯灰皿――前世でプレイしていた某ゲームの4作目で主人公が使っていたのと同じものだ――に入れ、再びパーカーのフードを深めに被る。
すでに俺の電脳に備えられている戦場マップにも鉄血の部隊を示す赤い反応が大量に表示されていた。
完全に俺たちのいるセーフハウスは鉄血の軍勢に包囲されつつある。
――もしこの軍勢に機動力が備わっていたら、俺たちはさしずめカンナエの戦いにおいてハンニバル率いるカルタゴ軍に包囲されたローマ軍よりも酷い殲滅戦を味わうことになりそうだな、とこんな状況でありながらも俺は呑気にそんなことを考える。
相手が積雪の中の行軍となるため、機動力があっても完全にそれが雪で死ぬとわかっているがゆえに生まれる若干の余裕というやつだ。
(それにあいつら、攻めてくる時は必ず真っ直ぐ堂々と攻め込んでくるし……)
鉄血の主力の戦術人形たちは、いわゆるボスであるハイエンドモデルを除けば俺たちグリフィンの戦術人形とは違い、それほど柔軟なAIを搭載していない。それゆえに、戦闘においても単純で読み易い行動ばかりをとる。
言ってしまえば、奴らは「文字どおり思考や行動が機械的」なのである。例えば、「敵陣に攻めかかれ」と命令された場合、そのまま命じられた通りに
「戦いは数」をモットーとしているのかは知らないが、おそらく性能よりも量産性――数を揃えることを重視したがゆえに起きた弊害だろう。
鉄血とグリフィンの戦いが始まって1年近くの歳月が経過している現在、純粋な戦力の数や技術力では明らかに勝る前者が、たかが一民間軍事企業相手に膠着状態の戦況となってしまっている最大の理由がこれだ。
――同時に、この戦争が表向きは「一地域を中心に起こっている低強度紛争」という扱いをされ、各国の政府や軍が介入してこない一因でもある。このご時世にそんなことができるほどの政治的余裕のある国家は存在しないということでもあるが……
閑話休題。
背負っていた愛銃を再び手にすると、ストックを右肩の付け根に押し当て、左手でセーフティを解除しセミオートに設定した後、バーティカルフォアグリップを握ってゆっくりと前に構えた。
――ふと、AR-15から狙撃のやり方を教わっていた頃のことを思い出す。
当時、俺はフロントレールにグリップを付けていなかったのだが、それを知った彼女は「狙撃仕様なら付けておいたほうがいい」とやけにアングルドフォアグリップを俺に推してきた。
そして、それを聞いたM4A1がなぜかこの話に介入してきて、こちらはこちらで俺にバーティカルフォアグリップを激しく推してきたのである。
結局、両方実際に試してみた結果、後者を使用することにした。俺の銃はフロントレールの先端部に伏せ撃ちを想定してバイポッドを取り付けていたので、グリップを取り付ける位置と俺自身の体形や銃の持ち方の関係上、後者のほうが個人的にしっくりきたのが理由だ。
――この時、なぜかM4A1がAR-15に勝ち誇ったような顔をし、逆にAR-15はM4A1に殺気立った目を向けていたのが妙に記憶に残っている。
『Recce、聞こえる?』
「ん?」
頭に付けているヘッドセットに通信が入り、俺の思考は現実に引き戻される。
通信の相手は小隊の中で最も精神年齢が低い――そのくせ俺に対しては姉ぶる――SOP IIことM4 SOPMOD IIだ。
「SOP II、どうかした?」
『こっちに向かってきている鉄血の部隊だけど、東側と南側から来る奴らはわたしとAR-15が引き受けるから、RecceはM16と残り二方面をお願い!』
「わかった。ちょうどこっちは今北側を向いていたから
『うん! 頼んだよ!』
「あ。SOP II、ちょっといい?」
『ん? なに?』
通信が切られそうになった直前、あることを思いついた俺はSOP IIを呼び止めた。
そして、通信がまだ切れていないことを確認すると、俺はいたずらっぽい笑みを浮かべて再び口を開く。
「せっかくだし、これからどれだけ攻め込んでくる鉄血を殺れるか競争でもしない?
鉄血を1人殺る毎に1点、ワンショットキルだった場合はボーナスでプラス4点、ヘッドショットだった場合、さらにボーナスでプラス5点って感じでさ」
『アハッ! それは面白そう! いいね、やろう!』
『ちょっと! 遊びじゃないのよ!?』
SOP IIの楽しそうな返事と同時に、AR-15が通信に割り込んできた。
どうやら先ほどのM4からの通信の時と同様、オープンチャンネルだったようだ。
「遊びじゃないことくらいわかっているよAR-15。
だけど、こんな状況なんだから少しぐらい嫌な雰囲気は吹き飛ばしちゃったほうがいいじゃん」
それと別に鉄血を殺すことに快楽や悦楽を覚えたわけじゃないからね、と付け加えて俺はAR-15に言い返した。
――うん。ついでだ。こいつも巻き込んでやろう。
「よしSOP II、勝者には賞品として“負けた方から何かひとつ欲しいものをプレゼントしてもらえる権利”を付けよう。
それと、この通信に割り込んできたAR-15は強制参加ね」
『はぁっ!? なんで!?』
『いいねいいね♪
じゃあRecce、もしわたしが勝ったら今後わたしのことは“SOPMOD IIお姉ちゃん”と呼ぶようにね?』
「うわっ。絶対負けたくないわソレ。
最悪東と南から来る敵も私が殺って貴女が1位になることだけは断固阻止するから」
『ええ~っ? それは酷くない?』
マジでやめてくれ。
殺した鉄血の人形の目玉を抉ったり、腕や足をもいで「コレクション」だの「宝物」だのと称して集めているサイコパスを姉呼ばわりなんて死んでも御免だ。
――と、そんなことを考えていたら、突然バンともパンともいう音が1発セーフハウスとその周囲一帯に響き渡った。
明らかに銃声、それもライフルの発砲音だ。
そして俺は――いや、俺たちはその発砲音が何のライフルによるものか、聞き慣れているのでよく知っている。
「――M16?」
『悪いな。10点先取だ』
俺が思わずそのライフル――M16A1の所有者の名前を口にすると、通信機越しにヘッドセットからそんな言葉が返ってきた。
『ええっ!? 早くないM16!?
というか、どれだけの距離から撃ったのさ!?』
『ハハハ。だが実際に頭に当てて1人殺ったんだから文句はないだろう?』
『M16まで……』
『ちなみに、私が1位だったら次に飲みに行く際は代金は全額最下位の奴に払ってもらうぞ』
『げえっ。そんなのわたし御免だよ!
AR-15、そんなわけだからビリっケツお願いね?』
『お断りよ!』
ヘッドセットから三者三様の声が響き渡る。
なんだかんだ言って、こいつら全員この状況を楽しんでないか?
――AR小隊。彼女たちのことは正直、
かといって、「好きなのか?」と問われたら、こちらにも首をかしげるが。
俺同様、ペルシカによって生み出された戦術人形の先輩方である彼女たちは、同じ境遇かつ同じ部隊という縁で俺のこともよくしてくれている。
――だが、前世もちかつ人間であった俺は、そんな彼女たちの善意や好意を素直に喜べないし、受け取ることができない。
俺に向けられるそれらに対して、時に意識的に、時に無意識に「ペルシカにそうプログラムされたからしているのだろう」と思ってしまうからだ。
彼女たちの感情を、その体同様「人間に作られた偽りのもの」と考えてしまう。
心のどこかで「所詮は上辺だけのものだ」と思ってしまっている。
そして、そんなことを思考しているため、彼女たちに対してひねくれた態度で接してしまう自分自身に嫌悪する――
そのため、俺にとっての彼女たちは「仲間」という関係以上に至っていない。否、
俺自身の考え方が変わらないからだ。俺が変わらない限り、この悪循環は半永久的に繰り返される。
それをわかっていながらも変われない。変わることができない。その気が湧かない。
我ながら酷い話だ。
「――でも、だからこそ俺は戦えるのかもしれない」
俺の口から漏れてしまったその言葉は、運良く通信機に拾われて彼女たちの耳に届くことはなかった。
彼女たちは人間じゃない。人間を模して作られた、人間たちにとって都合の良い
俺たちが戦う敵は人間じゃない。人間を模して作られた、戦うだけしか取り柄のない消耗品どもだ。
だからこそ俺は敵を
戦場という舞台の上で踊らされる戦術人形という名のマリオネットになることができる――
今はそれでいい――それで充分なのかもしれない。
余計なことは一切考える必要はないのかもしれない。
「それはただの思考停止だ」と誰かに言われてしまったらそれまでだが、生憎と俺のこの悩みとその原因を知っているのはこの世界では俺だけだ。そんなことを言ってくる奴はいないだろう。
愛銃に備え付けられたスコープを再び覗き込む。こちらからは鉄血の人形の姿はまだ見えない。
『ねぇRecce、仮にだけど、全員同点だった場合はどうなるの?』
――またしてもヘッドセットからSOP IIの声が聞こえた。
それに対して俺は一瞬「は?」と呆けた声を出してしまったが、すぐにフッとわずかに笑みを浮かべながら返事をした。
「その時はみんなでM4に『何かおごってくれ』とたかればいいよ。そのための隊長殿だもん」
『えっ!? ちょっ……Recce!』
M4の抗議の声が聞こえるが無視する。スコープ越しの視野に鉄血の戦術人形の姿が映ったからだ。
両手にサブマシンガンを持ち、マゼンタカラーの派手なサングラスをかけた「Ripper」と呼ばれる人形――それが数体。
「帰ったら温かいもの食べたいな」
Ripperの1体の頭部に照準を合わせた俺は、そう呟きながら愛銃のトリガーを引いた。
スコープに映るRipperのサングラスと眉間が割れ、その体が積雪の中に崩れ落ちるのと、ヘッドセットからSOP IIの同意の声が聞こえたのはほぼ同時だった。
ちなみに、本作はBAD END予定です。HAPPY ENDは期待しないでください。マジで。
ウマ娘のほうも、そう遠くないうちに連載再開いたしますので、そちらも併せてどうぞよろしくお願いいたします。