5人目のAR -PAIN FOR LIBERTY- 作:めめん
大変お待たせいたしました。第2話です。
今後もこのような感じで超不定期ですが投稿は続けていきますので、今後もどうぞよろしくお願いします。
も、もちろん本作だけでなく、ウマ娘のほうも再開できるよう頑張ります……(苦笑)。
【挿絵表示】
また、Twitterの方ではすでに公開しておりましたが、Recce Rifleのキャラクターデザインを描いていただきました!
デザインしてくださったのは、屋來未しょうが様です。
本当にありがとうございます!
00/
今さら言うことでもないけれど、わたしはAR小隊のみんなが好きだ。
お姉ちゃんたち――M16やM4はもちろん、時折口うるさいけれどAR-15のことも当然好きだ。
「AR小隊」とは彼女たちと一緒にいてこそのAR小隊なのであって、誰か1人でもいないAR小隊なんてわたしには想像できない。
そしてRecce Rifle。
AR小隊に最後に加わった仲間であり、わたしからすれば――外見はM4そのものと言っていいけど――妹のような存在。
当然彼女のことだって大好きである。
――しかし、なぜか彼女に対しては「好き」という感情以外にも別の思いをわたしは抱いている。
“
わからないからM4をはじめとした他の人形たちやペルシカさんに尋ねようもない。
少なくともわかることは、この感情が決して「Like」とか「Love」とかではない――
なぜRecceに対してだけこんな感情か湧いてくるのか――
そして、いつ、どこで、このような思いを抱くようになったのか――
今のわたしにはわからない。
01/
「Recce!」
探していた人形の姿を見つけたわたしは、彼女の名前を発しながら傍に駆け寄った。
Recce Rifle――今から1カ月ほど前に稼働し、わたしたちAR小隊のメンバーに加わった戦術人形。
見た目も声もM4と瓜二つ――けれど、どこかM4とは違う雰囲気を漂わせる彼女は、今日も部屋の隅のテーブル席に1人陣取ってひっそりと食事中だった。
今わたしたちがいるのはI.O.P社内にある一部の職員と戦術人形用に割り当てられた食堂だ。
グリフィンへの出荷――わたしたちの場合は出向――を控えた人形たちや、戦術人形開発に関わるスタッフたちが日々利用しているこの場所は、限られた者しか立ち入りや利用ができない場所とはいえ、それなりのスペースがある。
そのため、I.O.P社やグリフィンからすれば「広告塔」、人形たちからは「エリート」と扱われているわたしたちが堂々とここを出歩いていても大して視線にさらされることはない。
わたしの声に気づいたRecceはチラリと僅かばかり目と顔をこちらに向けてきたが、すぐさま自分の前にある赤いトマトクリームのパスタに視線を戻してしまう。
――といっても、これはいつものことだ。
彼女は食事というものは1人静かに自分のペースで楽しみたいタイプのようで、わたしやAR小隊のみんなが話しかけても毎度同じ、今のような反応しかしない。
そして、直後に「話しかけるな。不愉快だ」と言わんばかりの雰囲気をその身にまとう。
――現に今、彼女はそのような「気」とも「見えない壁」のようなものを周囲に発していた。
普段ならば、わたしやM4たちはそれに気圧されてそれ以上食事中の彼女に踏み込むことを諦めてしまうのだけれど、今回はさすがにそうはいかない。
どうしても彼女の口から直接聞かなければならないことがあるからだ。
わたしは、Recceの放つ「近づくなオーラ」――今勝手にそう名付けた――を見えない手で振り払いながら彼女のもとに少しずつ近づいていき、やがて彼女の向かい側の席にどんと腰を下ろした。
「――なんだ?」
明らかに怒りを含んだ両目がわたしの方に向く。
だけど、この程度のものは戦場で鉄血のクズ人形たちから数えるのも飽きるくらい今まで向けられてきた。
わたしは臆することなく口を開く。
「ペルシカさんから聞いたよ。次の任務、Recceも参加するんだよね?」
――そう。
わたしたちはつい先ほどペルシカさんから呼び出され、Recceを正式にAR小隊の一員として次の作戦から実戦に参加させることを告げられた。
しかし、その場には肝心のRecce本人がいなかったため、わたしは確認のためにこうして彼女のもとを訪れたというわけだ。
「そうらしいな」
Recceはそう一言だけ返すと視線を再びパスタの方に向け、それを口に運び始めた。
話は終わりだ、と言わんばかりの彼女のその態度に思わずわたしはムッとする。
「もう! Recceは嬉しくないの!?
任務に参加できる――実戦に出られるってことは、ようやくグリフィンの人たちもRecceのことをAR小隊の一員だって認めてくれたってことなんだよ!?」
わたしは両手で軽くバンとテーブルを叩いて己の顔をRecceに近づけた。
M4とまったく同じもののはずなのに、どこか薄暗く濁ったような感じがする彼女の瞳がわたしの視界にドアップで映り込む。
それに対して、再びRecceの視線が上に向き、彼女の両目にわたしの姿がはっきりと反射した。
「ちっとも嬉しくないな」
即答だった。
「俺みたいな欠陥品ですら戦場に放り込むってことは、あいつらにとって俺たち1人1人の存在なんて結局数合わせの駒に過ぎないってことだろ?
一度外に出してしまえば後は俺たちが何をしようが、どうなろうが知ったこっちゃないんだろうさ。
所詮俺たちは代わりなんかいくらでも造れるし手に入る消耗品だ」
そう言って一度パスタを口にした後、再びRecceは語り始める。
「いや……案外グリフィンの連中は俺にさっさとぶっ壊れてほしいのかもしれないな。
いくら言ってもペルシカの奴が俺のAIを初期化なり作り直しなりしないから、鉄血に俺を処分させる魂胆か――?」
「そんなこと言わないでよ!」
ふっと自嘲したRecceを前に、わたしはまたしても声を張り上げてしまった。
そんなわたしに対して、Recceは「至近距離でデカい声を出すな」と怒った後、続けざまにこう言った。
「――SOP II、悪いことは言わない。俺に必要以上の干渉をしようとするのはやめろ。
M4たちもそうだが、今お前が俺に向けているその感情はペルシカたちが人間の精神を模造してプログラムしただけの
「!?」
「あの女はお前たちも知らぬところでお前たちすら利用している。
その植え付けられた偽の感情に突き動かされて生き続け、いいように使い潰された後ゴミクズ同然に捨てられる――それが俺たちの末路だ。
道具はいくら足掻いても所詮道具に過ぎないんだ。それならそれに徹して生きていればいい。そのほうが少しは気が楽になる」
今度こそ話は終わりだ、とRecceは三度パスタへと視線を戻した。
そして、わたしの存在などはじめからいなかったかのように、そのままもくもくと手にしたフォークを動かし続けた。
「――どうして、そんな酷いこと言うの……?」
わたしはそう呟きながら全身から力が抜け落ちたかのように、ゆっくりと椅子に腰かける。
いや、実際わたしの体は全く力が入らず、何をする気も起きなかった。
そして、そんなわたしをRecceが気にすることも、わたしが最後に口にした呟きに対して返答をすることもついになかった。
02/
数日後、その時は訪れた。
グリフィンからの要請で、わたしたちはとある地区にある鉄血との軍事境界線に派遣されることとなった。
I.O.P社から直接グリフィンの輸送ヘリで現場近くへと向かうわたしたち。
向かい側の席に座るM4が手にした端末を操作し今回の任務の内容を確認しながら、隣に座るM16にああだこうだと何やら話をしている。
わたしの右隣ではAR-15が自らの銃や装備の点検に勤しんでいた。確かヘリに乗り込む前も隅々までチェックしていたはずだけど――彼女は本当に生真面目だなと思う。
そして、Recceがわたしの左隣に座り、ヘリが飛び立ってから今まで終始その手に握る拳銃からマガジンを出したり入れたりしていた。
「――緊張してる?」
なんとなく、わたしはRecceにそう声をかけた。
マガジンの出し入れを繰り返していた彼女の手がピタリと止まり、その顔がわたしの方に向く。
「――――」
そして、わたしと目が合うと同時に彼女の口が僅かばかり開いて――
『AR小隊、聞こえるか?』
――邪魔が入った。
『すでにそちらには伝わっていると思うが、今回のお前たちに与えられた作戦は鉄血の支配領域内へ強行偵察に出た部隊の撤退の支援だ』
目の前に映し出された通信映像のホログラムウインドウの中で、グリフィンの上級代行官のヘリアンさんが今回の作戦予定エリアのマップを一緒に映し出しながら作戦内容を説明していく。
彼女が最初に口にしたように、今回の作戦の内容は事前にペルシカさんから伝えられてはいる。
しかし、撤退する味方部隊やそれを追撃してくるであろう鉄血の軍勢の予想進路など詳細な内容までは知らされていなかったので、わたしたちは目の前に映し出された画面に真剣に目を向ける。
――Recceを除いて。
彼女は目の前の画面に目もくれずに、先ほどまでと同様、拳銃のマガジンを出し入れしながらその様子を虚ろな瞳でぼうっと眺めていた。
『――Recce Rifle!』
画面の中のヘリアンさんもそれに気がついたようで、作戦内容についての説明を一通り終えるとウインドウ越しにRecceを睨みつけ彼女の名を叫んだ。
「……なに?」
自分の名前を呼ばれたため、再びその手をピタリと止めたRecceがその顔を画面内のヘリアンさんに向けてそう答える。
『貴様のことは聞いている。
今回が初の実戦であることも、度し難いほど人間に反抗的なことも――一通りな』
画面の中のヘリアンさんの目つきがさらに鋭くなりRecceを見やる。
それでもRecceの方は全く気にすることもなく、そんなヘリアンさんに「ああそう」と一言返すだけだった。
『――ッ。だが、貴様の人格面の問題は今はどうでもいい。
Recce Rifle、実戦である以上は作戦および命令には従ってもらう。
内面に致命的なまでに欠陥があるとはいえ、貴様は16LABが開発したエリート人形だ。その性能はあてにさせてもらうぞ?』
「…………」
Recceは今度は何の言葉も返さず、再び手に握る拳銃に目を向けていた。
『聞こえているのか!?』
画面越しでもわかるほどの怒りの感情を込めたヘリアンさんの怒鳴り声がヘリの中に響いた。
それに対してRecceはわざとらしくはあっと一度ため息――明らかにヘリアンさんやわたしたちにも聞こえるくらいでっかかった――をつくと視線をヘリアンさんの方に戻して口を開く。
「言われなくても最低限のことはしてやるさ――」
――それからヘリアンさんはRecceに対して何も言わず、作戦内容をわたしたちに再度軽く説明して通信を終えた。
「SOP II」
ホログラムウインドウが完全に消えて数秒ほどしたところで、ふいにRecceがわたしに対して声をかけてきた。
わたしがRecceの方に目を向けると、彼女は先ほどのようにまたその視線を自分の手に握られている拳銃へ向けていたが、わたしの視線に感づいたのか再び口を開いた。
「さっきの質問――俺が緊張しているかって話だけど……別に緊張はしていない」
「そう……」
「ただ――なんかおかしいんだ」
「えっ?」
わたしは一瞬Recceが口にした言葉の意味がわからなかった。
ふと周りに目を向けると、M4や他のAR小隊のみんなもRecceの方に目を向けながら不思議そうな顔をしていた。
おそらくみんな今のRecceの言葉に対してわたしと同じことを思っているからだ。
「本当は――俺自身はきっと今すっごく緊張しているし、めちゃくちゃこれから戦場に向かうことに怖いと思っている。
だけど……そのはずなのに、俺の体も心も
――ああ。自分でもすごく変なことを言っているっていうのはわかっている。
でもおかしいんだよ。俺自身は本当に怖いし、こんなことさせないでくれって思っているんだ。
それなのに、体も、心もそんな感情をぜんぜん抱いていない――」
そう言って一度ふうっと息をしてからRecceがわたしの方に目を向けた。
「――なぁ、俺どこかイカれているのかな……?」
わたしは――いや、わたしたちは誰もその言葉に答えを返すことができなかった。
03/
「Recce!」
月明かりに照らされた廃墟群――かつて第三次世界大戦が起きるまでは小さな街があった場所だ――をわたしは彼女の名前を叫びながら駆けていた。
作戦はほとんど成功という形で終わりを迎えていた。
偵察部隊の撤退は完了し、それを追撃していた鉄血の雑魚人形たちは全て苦も無く片付けた。
初陣だったRecceもAR-15が傍でサポートについていたこともあり、見事実戦で初キル――しかもヘッドショットによるワンショットキルだった――を記録している。
全て順調。何も問題はない――はずだった。
鉄血側の予想外の援軍が別ルートから現れ、しかもその中に四脚型無人歩行戦車「Manticore」が数機いたことを除けば。
――わたしたちがその増援の出現に気がついた時には遅かった。
ズドンという音が戦場に響き渡ったかと思うと、RecceとAR-15がいた建物――廃墟群のほぼ中央部に位置し、なおかつ一番高かったので今回狙撃手を担った2人はそこに陣取っていた――の上層部が爆炎を上げて吹き飛んだ。
建物に榴弾を撃ち込まれたのは誰の目で見ても明らかだった。
わたしはすぐさまRecceたちの無事を確認しに向かおうとしたが、その前にM4からManticoreの掃討を頼まれてしまった――AR小隊においてManticoreと正面から相手取れるのは愛銃にグレネードランチャーを取り付けているわたしだけだからだ――ので、やむなくそれに従う。
そして、それから十数分ほど時間が経ち、M4に言われたとおりManticore――とその護衛として随伴していた鉄血人形たち――を全て蹴散らしたわたしは、大急ぎでRecceたちがいた建物へと駆け出した。
――いや、もう「建物」という表現は間違いだ。
そこはManticoreに撃ち込まれた榴弾によって上層部が崩落し、すっかり「建物だった瓦礫の山」と化していた。
――ふと、銃撃音がそこかしこから聞こえてきたので、条件反射的に足を止める。
どうやら増援でやって来た鉄血人形はまだ全て掃討できていないらしい。
しかし、その銃声がわたしもすっかり聞き慣れているM4やM16の銃のものとすぐさま気がついたわたしは、鉄血人形の相手は彼女たちに任せ、引き続き瓦礫の山へと向かい走り出した。
――そうして向かった先にあったのは、瓦礫の山とその周囲に広がる奇妙な光景だった。
一面赤く染まり、大きな水たまりとなっていた地面。
その中のあちらこちらに転がっている10体ほどの鉄血人形。
――みんな不揃いな恰好で、ボディのあちらこちらが欠損ないし破壊されていた。
あるものは片腕があらぬ方向にねじ曲がり、またあるものは顔の下半分――下あごの部分が引き千切られてなくなっていた。
他にも耳が千切れているもの、目玉を抉られているもの、喉に深々とナイフが突き刺さっているもの、顔面に無数の銃創もとい風穴を開けているもの――
本当に皆異なる――それも相当荒っぽい方法で破壊されているのが一目見ただけでわかった。
そして、そんな水たまりの中心で全身を真っ赤に染め上げながらこちらに背を向けて座り込んでいるRecceと、それを瓦礫の山のてっぺんからぼう然とした表情で見下ろすAR-15の姿が目に映った。
「Recce!」
再びわたしは彼女の名を叫び、大急ぎで彼女に近づいた。
もしかしたらどこか
そうだとしたら、急いで応急処置でもいいからしてあげないと――!
いや、Manticoreの砲撃を受けたうえに、これだけの激しい戦いがあったのだ。きっと
そんなことを思いながら、わたしはその手にRecceが触れられる距離まで近づいた。
――そして見た。
いや、
「ああ、駄目だ。やっぱり駄目だ。
駄目だ。駄目だ。駄目。駄目駄目駄目……」
そう延々と呟きながらRecceは、その胸の中に抱いていた鉄血人形「Ripper」の胸元や首、顔面に何度も何度も手にしていたナイフを突き刺していた。
「駄目……おかしい……やっぱりおかしいよ……
駄目だ。イカれてる。おかしい。おかしい……」
さくさくさくさくさく――
Recceが一言呟く毎に、その手のナイフが音をたててRipperの亡骸に深々と突き刺さる。
月夜にその音は不思議とよく響いた。
――どことなく人間の子供が砂山にスコップを突き刺さす音に似ている気がした。
「ああ……おかしいな……本当におかしい……
本当に駄目だ……」
「Recce!」
――なぜわざわざ大声で彼女の名を呼んだのかは自分でもわからない。
だけど、わたしはそうしないといけない気がしたのでそうした。
Recceのナイフを握っていた手がピタリと止まる。
そして、ゆっくりと彼女がわたしの方へと顔を向けた。
――その様子は、ここに来る直前のヘリの中でわたしが彼女に緊張しているか尋ねた時のそれと不思議と被って見えた。
「SOP II……」
M4のものとまったく同じだがどこか薄暗く濁ったような感じがする瞳が、先日の食堂でのやり取りの時と同様、わたしの視界に映り込む。
――いや、その瞳は明らかに濁っていた。
あの時よりもはっきりと、まるで深い闇の中に通じているのではないかというくらい、Recceのふたつの瞳の中にはどす黒い“
「SOP II、俺やっぱり駄目だ。
やっぱりおかしいよ」
Recceのその口から自嘲気味な言葉が漏れるが、その顔は全く笑っている様子もなく真顔のままだ。
「吹っ飛ばされたり、横っ腹に銃弾食らって偽物だけど血がどくどく流れていて体がすっごく痛い。
――だけど
そこ以外の体や心はちっとも痛いと思わないし感じないんだ。本当は死ぬほど痛いのに。痛いはずなのに。
俺は何度も死ぬと思った。殺されると思った。
はあっと一度一呼吸置いて、再びその口から次々と言葉が漏れてくる。
「――なのに。なのに本当に心も体もそんなことは思っちゃいなかったんだ。
嘘みたいに静かで、嘘みたいに冷静だったんだ。
こんな俺が。戦場のド真ん中で。殺し合いをしている真っ只中で。嘘みたいだろ?
だから俺はそんな自分が信じられなくて――嘘だと思いたくて、やりたくもないことをやってみたんだ。それがこれだ」
そう言いながらRecceはナイフを持っている右手と共に、周囲を一回ぐるりと見渡した。
「俺なら絶対にやらない残虐な方法でこいつらを1人残らず殺してやった。壊してやった。
いや、違うな……本当なら殺すこと自体俺は絶対にやらないんだ。
最初にスコープ越しに見た敵の頭をぶち抜くことだってやるはずがないんだ。そんなことをするのはゲームの中だけなんだ。現実じゃそんなこと絶対にしない。
それなのに俺はやった。やれた。できた。やってしまった。できてしまった。
なのに――なのに俺の心も体も何も感じない。何も思いはしない。罪悪感も恐怖心も、喜びも悲しみもない。かといって虚しさすらない。
何度も何度もこいつを刺して、もう原型すら留めていないほどグチャグチャにしてやっているのに、俺はまったくもってそのままなんだ」
そう言って再びRecceはナイフをRipperに向けて振り下ろし、その胸に深々と突き刺した。
「どうしてだよ……」
ぴしゃりとRipperの胸からあふれ出た返り血――人間らしさを表現するために人形たちの体内に含まれている疑似血液だが――を顔に浴びながら、Recceは弱々しく呟いた。
――その顔はやはり弱々しさなど微塵も感じさせないくらい真顔だが。
「今でも本当は泣き叫びたくて、発狂したくてたまらないのに――たまらないはずなのに……
SOP II、やっぱり俺はおかしい。俺はイカれているんだ」
「――おかしくないよRecce。
それが普通なんだ。それが当たり前なんだ」
わたしはそう言うと彼女の頭をぎゅっと胸に抱き、彼女の顔をわたしの胸に埋めさせた。
「大丈夫。君は正常だ。イカれてなんかいない。壊れてもいない。
それでいい――それでいいんだよRecce」
鉄血人形の疑似血液とRecceの横っ腹から流れる疑似血液――後から知ったが、Ripperのサブマシンガンの弾が貫通して左わき腹が少し抉れていた――に服と体を濡らしながら、わたしはRecceの頭を撫でた。
「わたしたちは戦術人形なんだ。人間とは違う。
戦いに罪悪感や恐怖を抱くのは人間だけだ。わたしたちは人間じゃない。
だから戦うことに対して何も感じず、何も思わないことが普通なんだ。それが正しいんだ」
この言葉は半分は正しく、半分は嘘だ。
実際は人形たちは戦うことに対して各々の考えや思いや感情がある。
――鉄血の奴らにはあるのかどうかわからないが。
だからRecceが言ったように「何も感じず、何も思わない」などということはない。わたしやM4たちだってそうだ。
――しかし、それが本当にわたしたちの心がそう感じ、そう思っているのかどうかまではわからない。
先日Recceが食堂でわたしに言ったとおり、人間の精神を模造してプログラムしただけの
だからこの言葉は「半分は正しく、半分は嘘」なんだ。
それも自分たちでもどこまでが本当で、どこからが嘘なのかわからないという――
「あ……」
胸の中でRecceからそんな声が漏れるのを聞いた。
そして、その言葉と同時に彼女の体がピクリと一瞬だけ動き、やがて彼女の体から少しずつ力が抜けていくのをわたしは肌で感じた。
――彼女の右手に未だに握られていたナイフがするりと抜け、大きな赤い水たまりもとい血の池の中にポチャンと音をたてて落ちる。
そして、そんな血の池に映し出されていた月が、生じた波紋によってゆらゆらと揺れた。
04/
こうしてRecceの初陣――彼女の最初の実戦は終わった。
結果は完勝。AR小隊はAR-15が――人間でいうと軽い打撲程度の――極めて軽度の損傷、Recceが左わき腹に銃弾を受ける
当初はRecceの実戦投入に難色を示していたグリフィンやI.O.P社の人たちもこの結果には満足してくれたようで、作戦終了後の事後処理なども全て片付いた頃にはこれまでどおりの称賛の声をあちらこちらから耳にした。
――Recceの損傷に関しても、「初陣ならこれくらいの損傷はあるだろう」ということで特にお咎めはなかった。
――そう。
しかし、わたしたち――特にわたしはこの結果をまったく喜ぶことができなかった。
鉄血の増援の存在を事前に予測することや、その増援への対応が後手に回ってしまったこともそうだが、なによりRecce Rifleという新たな仲間が抱えている「異質さ」――「異常性」ともいう――が改めて浮き彫りになったからだ。
――彼女はその性格こそ歪んでいるが、どこもおかしくはない。
しかし、彼女はそんなおかしくはない自分を「おかしい」と言う。
戦術人形としては正しいのに、それを彼女は「イカれている」と言う。
そして――
「そうだな……俺人形なんだよな……
そう……そうなんだ……そうだそうだ……
人間じゃあないんだ。そう。
――どうして彼女は自分が人形であることをああも悲しげに口にするのだろう。
わからない。
今のわたしにはわからない。
05/
「通信が……切れたわ……」
――支援小隊と通信を行っていたM4の口からそのような悲痛な声が漏れるのをわたしは聞いた。
現在わたしたちAR小隊は、支援小隊の助けもあり、無事に第3セーフハウスと戦域を離脱することに成功していた。
それを報告するため、先ほどから支援小隊の人形たちにM4が通信を入れていたのだが――その途中、状況が一変した。
M16が倒した鉄血のハイエンドモデル――「
鉄血の人形は体をどれだけ破壊されても死ぬこと――存在が消えることはないとはいえ、いくらなんでも復活するのが早すぎる。
正直そんなのあり?
「通信が切れたということは……クソッ!」
支援小隊の身に何が起きたのか察したAR-15が、わたしたちを代表してその胸中を口にする。
――こうなる可能性は最初からわかっていたとはいえ、できることなら彼女たちもせめて1人でも多く生き延びてほしかった。
「感傷に浸っている場合じゃないぞ、お前たち」
いつも作戦中背負い込んでいるウェポンケース――実際は「ウェポンケース
「あいつらが稼いでくれた時間を無駄にはしないためにも、少しでも遠くへ移動するんだ。
――そういうことだからRecce、さっさとそいつを消せ。熱源探知でバレたらどうする?」
ため息をつきながら呆れた顔をしたM16の視線の先へわたしたちも目を向けると、そこには趣味である煙草をふかしているRecceの姿があった。
「バカ! あんたこんな時になにを呑気に――!」
「うるさい。私は今イライラしているんだ」
詰め寄るAR-15を前に、Recceは見るからに不機嫌そうな表情を顔に浮かべながら言い返した。
「私はあいつらに逃げろと言ったんだ……
それなのに、お前たちが自分たちが助かりたいがためにあいつらを犠牲にした。
仲間だの何だのと聞こえの良いオブラートに包み込んで生贄にしたんだ。
私はそれがこの世界で何よりも嫌いなんだ……!」
そう言ってRecceは一度煙草を吸うと、ふうっと口に溜め込んだ紫煙を目の前のAR-15の顔面に吹きかけた。
当然AR-15は一瞬「うっ」と声を漏らし嫌そうな顔を見せた後、再びRecceに対してキッとした表情を見せつける。
「Recce……」
M4が申し訳なさそうな声でRecceの名を口にすると、Recceは横目で軽くM4の方に目を向ける。
――それから数秒後、はあっと一度ため息をつくと、腰にぶら下げていたシリンダー状の携帯灰皿を手に取り、その中にまだ火が点いたままの煙草を放り込んだ。
「――わかっているよ。AR小隊全員が生き残るためにはこれ以外選択肢がなかったってことくらい。
だけど私は許せないんだ。それを躊躇いなく選択して実行できるお前たちが。
そして、それ以外の選択ができたはずなのにできなかった私自身にも――」
「自惚れるなRecce。
周りからはエリートだなんだと言われているが、私たち1人1人は所詮ただの1体の戦術人形だ。
そんな物語の中の英雄や神様のようなことができるほどお前も私たちも強くなければ万能でもない」
「ああ。それもわかっているよ……」
M16の言葉に、Recceはそう呟きながら被っていたフードをさらに深く被り直した。
「――だけど、俺は人形なんだ。
人間じゃないなら人間では決してできないことをやろうとしても――やり遂げてしまっても正直バチは当たらないじゃないか……
そう……人形なんだ。俺は……」
いつか耳にしたものと似たようなことを口にするRecce。
彼女のその自分自身に何かを伝えようとしている言葉には、あの時と同じような虚しさと哀愁が感じられた。
――そしてあの時同様、今回もその言葉を聞くことができたのはわたしだけだった。
06/
わたしはAR小隊のみんなが好きだ。
――しかし、Recceにのみ「好き」という感情以外にも別の思いを抱いている。
“
少なくともわかるのは、この感情が決して「Like」とか「Love」とかではない――
なぜRecceに対してだけこんな感情か湧いてくるのか――
そして、いつ、どこで、このような思いを抱くようになったのか――
今のわたしにはわからない。
――ただ、この思いが何であるのかわかってしまった時、わたしとRecceは二度と一緒にいられなくなるという確信に近い予感があった。
先に言ってしまうと、SOP IIがRecceに対して抱いている感情の正体は「罪悪感」です。
それもAIによってプログラムされたまがい物ではなく、本心から生まれたもの。
いわゆる「技術的特異点(シンギュラリティ)」というやつですね。
Recceにとっての「無自覚な悪意」によって彼女を完全に戦術人形としてしまった(彼女が人間であることを否定してしまった)ことに、SOP IIは無意識に負い目を感じています。
――つまりそれは、無意識かつ無自覚に「Recceの中には人間が宿っている」という事実にも気がついているわけで……
もしこれらの真実にSOP IIが気づく時が来たら……いったいどうなってしまうんでしょうね?(ゲス顔)
あ。繰り返しますが、本作はBAD END予定です。