ご機嫌よう、読者諸君。うん? 妾が誰かだと? 我が名はエヴァリス、偉大なるファラオの系譜に連なる者だ。今は訳あって甘ちゃんで未熟な小僧の女王とやらを引き受けてやっているがな。
妾が産声を上げたのは紀元前二千六ぴゃ……二千年程、最初のピラミッドを建設したとされる偉大なる父上の末の子として産まれ、絶大なる才能から深い愛情を注がれて育った。某映画では裏切り者のモデルに使われている神官を教師として様々な魔術を会得し、十歳の時には既に国で一番にまで上り詰めたのだ。それは過信ではなく、確信。何せ父に捧げるべく不老長寿の秘薬を完成間近にまでさせたのだからな。
……あの時、酒を飲み過ぎて前後不覚に陥った妾を殴りたい、ぶん殴りたい。せめて一ヶ月の熟成期間が終わってからならば……いや、何でもないぞ? だからこの二行は忘れるのだ、良いな?
そんな才色兼備完全無欠の妾であったが、複雑かつ高貴な悲劇から完成していない薬を自ら飲むことになり、未完成故に中途半端な薬効が現れてしまう。天は二物を与えぬ、だったか? 地位も才能も見た目も手に入れた私は運に恵まれなかったらしい。
だが、その程度だ。たかが不運ごときで私を絶望に陥れる事など不可能。父上がファラオの座を退きピラミッドに遺体を納めてからも国に残った妾は歴代のファラオに知恵を貸し続けた。無論、ファラオがなすべき領分には口を出さぬが、誰しもが妾に敬服したのだ。
『あの大老様。朝から晩まで酒を浴びるように飲むのは……。ふ、不敬でしたか!?』
『ふはははははっ! 太陽の化身である余が会ってやってるとはいえ、偶には外に出たらどうだ? 賢老よ!』
『お主なぁ。ちぃーと気力がないのでは無いか? 余が世界征服を成し遂げた時には老婆とはいえ少しは働いて貰うぞ』
『トゥー! さあ! 動かなくては体が鈍ります! カエサル様の様に美しい身体に近付くために酒浸りは止しましょう、大賢老様!』
け、敬服した。しったったらしたのだ! まあ、最後のファラオが死んだ後もピラミッドに住んでいた妾であったが墓守りでもあるアヌビスによって追い出された事が切っ掛けで今に至る。……さて、厨房に肴でも持ってこさせるか。高貴な妾が所望するのだから奴らは感涙しながら持ってくるだろうよ。
「折檻の時間でち。……まったく、お仕事をずる休みするなんてエヴァ様はろくでなしでちよ」
そんな高貴な妾は厨房で大根を切っていた。
「スパッと切るでち。まだまだ残ってるのでちから」
「ええい! 分かっているわ!」
背後で妾に呆れたような言葉を向けながら作業をする料理長。今後の晩酌の酒の肴を減らして欲しくなければ、等と脅しおって! さっさと終わらせるか。
「頑張るでち。本日の晩酌には大根料理を腕を振るって作りまちゅからね」
次々と大根を輪切りにしていく妾に料理長も満足そうだ。阿呆め。天才である妾ならば容易いに決まっているだろう。頑張るほどの事でもない。
「さて、肴も堪能したし……飲みに行くか」
夕餉も晩酌にも満足した妾。流石は料理長だと思いつつ屋敷を出る。悪魔が見た目の年齢を変えられるとはいえ、妾の様に美しい幼……少女が酒場に現れては愚民共の視線が煩わしい。故に姿を変える。今日は太陽王だか建築王だか呼ばれていた小僧の妻の姿だ。ふふん。奴は妾に夫よりも敬服して甘味を頻繁に捧げていたぞ。妾の頭に触れる栄誉も欲しがるなど感心に値する小娘であった。
「ウイスキーをロック、それとチーズの盛り合わせを貰おうか」
「畏まりました。……温めますか?」
ここは妾のお気に入りのバー。店長の目が死んでいる上に何故か激辛麻婆豆腐が一番目立つように書かれているメニュー表に目をつむれば酒は上質だ。狼藉者には八極拳での手痛い対応が待っていることだしな。故にここで無遠慮に声を掛けてくるのは店に来たばかりの者だけだ。
「お嬢さん、お隣宜しいですか。しかし美しい方だ。会えた記念にご馳走させて頂きたい」
……流れてくる音楽に耳を傾けていた時、その店をよく知らない者が背後から声を掛けてくる。やれやれ、鬱陶しい事だ。妾は追い払おうと顔を男に向ける。
「……娘に言うぞ、ヒトヅマンスロット」
ナンパしてきたのは同僚の寝取り騎士だった。この男、相変わらず美女に弱いらしい。もしかしたら人妻の姿になったのも関係しているやも知れんな。気障ったらしい声色で自然と妾の隣に座るが、この前ナンパ中に娘にしたマシュに見付かって言われた呼び名で呼べば一瞬固まり、直ぐに誰に声を掛けたのか理解して帰ろうとするが……。
「……失礼しました」
「奢ってくれるのだろう? おい、店長。店で一番高い酒と高い料理を」
当然、逃がす妾ではない。足下の影が意志を持つように立ち上がりヒトヅマンスロットことランスロットに絡み付く。ふふん。ジタバタ暴れるランスロットだが、ご自慢の剣は持っていないのだから無駄な足掻きだ。……うん? 何やら凄い刺激臭がするが……。
「おい、店長。貴様、一体何を作っているのだ?」
匂いの元に視線を向ければ一心不乱に中華鍋を振るう店長の姿。中の物体は兎に角赤かった。妾の問いかけに対して店長は顔だけを此方に向ける。浮かべていたのは性根の悪さが伝わってくる笑みだった。
「見て分からんか、常連? 店で一番の値段のギガ盛り激辛麻婆豆腐だ。本日よりの新商品だぞ。ちなみに当店ではキャンセルもお残しも受け付けないので悪しからず」
あっ、これ終わった。残そうとしたら顔以外を地面に埋められて無理やり流し込まれる奴だ。
「食って良いぞ、ランスロット」
「私ですかっ!?」
「お待たせしました」
寿司桶程の大きさの皿にこんもりと盛られた麻婆豆腐は匂いの時点で汗が吹き出る辛さ。それが当然のようにランスロットの隣に置かれ、妾の前には酒が差し出される。この時点で汗だくなランスロットに向ける店長の目は本当に楽しそうだった。
安心しろ、骨は拾ってやる。助けを求める視線を無視して妾は酒を流し込む。うむ、美味い!
「……おのれアヌビス。ピラミッドにネット環境を整えたダラダラ部屋と配達ボックスを設置した程度で追い出すとは心の狭い奴だ! 奴に立て替えさせたゲームの代引と出前の金は絶対に返さん!」
「その話は今日だけで十回目だ。そろそろ追加注文が欲しいのだがね」
テキーラを大ジョッキで飲み干しながら妾は店長と話をしていた。ランスロット? 最後の一口を胃袋に納めて気絶したぞ。ブリテンでの食事は悲惨だったらしいから食い物を粗末に出来んそうだ。まあ、馬鹿弟子に絡んで来た連中の様に血や魂を引いている連中とは経験の厚みが違う。無論、妾には劣るがな。
マシュに作ってやった戦車の駒の力を更に引き出す鎧等々、妾の天才的知能と魔術の腕は経験による物。才能だけの未熟な坊やとは違うのさ。……まあ、将来性は認めてやらんでもない。妾が認めていないとは言え主にしてやっているのだから更に励んで貰わねば。
……しかし、婚約者の娘が贈った服、悉く半ズボンなのは何故だ? 写真に撮って送って欲しいと頼まれたが、これ以上は考えないでおこう……。
「初期段階の眠りの病の治療薬まで作るのだから本当に妾は天才だ。……サラミとチーズの盛り合わせ、ついでにワインも寄越せ」
「了解した。請求はそこの彼で良いな? ついでにボトルキープをしてくれると嬉しいのだがね」
さて、今夜は飲み明かすとしよう。変なことは忘れてな。
「その結果が今の二日酔いという訳か。年寄りの冷や水という言葉を知らんのか?」
「ぐっ、だ、黙れ……痛っ!!」
翌朝、見事に重度の二日酔いに陥った妾を大いに馬鹿にする弟子の姿があった。おのれ、蝶々マスクの変態の癖にっ!
あと、妾は年寄りじゃない! 不老なんだから永遠の少女だっ!!
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