イタリアン・シルバー 作:湯麺
過去の物語と言ったな、あれは嘘だ。
旧題「仮想真実 その1」
ピラウ・ビアンク。本名ラウラ・ツェペリは、「ツェペリ家」の末裔として1974年に生まれた。
その頃のイタリアは揺れ動き、鉛の時代と呼ばれていた。そんな不安定な時でも何故か彼女の家は裕福で、ヴィネツィアに大きな島を一つ持っていた。けれども親にはその島への出入りを禁じられ、彼女は子供らしく素朴な疑問を抱いていた。
父親は「波紋法」という特殊なエネルギーを操る術を身につけているが、何故私は使えないのだろう?毎朝決まった時間に父がその島に行くのはどうしてだろう?と。
父親は娘に波紋を教授しようとはしなかった。彼女が波紋を使いたいと言っても、理由を訊ねても、いつも誤魔化された。笑顔の絶えない優しい父親だというのに、そればかりは疑問の募る日々であった。
11歳の頃。
父親の書斎に特殊部隊よろしく突入し、ラウラは満面の笑みを浮かべる。この世の悪を知らぬ純粋な顔で。
「パパ見て!できたよ!」
細い指先から、僅かな波紋が放たれている。火花にも見えるそれは、いくら微かでも波紋。意識の上でやっている。
ラウラは父親の発言や行動から独学で波紋法というものを解析し、1ヶ月かけて基礎を修得したのだ。彼女にとってこれほど簡単に修得できるは思わぬ幸運で、それをただ褒めてほしかった。
「…………ラウラ……お前!」
だが待っていたものは望みとは反して、恐れをなす父親だった。怒鳴るわけでもない、その表情に込められた気持は誰にも理解できないだろう。
女といえども、波紋法を極めた者が多かったというツェペリの血を引いている。才能が有り余っていることは承知していた。だが自身が厳しい修業の果てに得た波紋法を、こんなにも容易く、しかも独学で身につけると誰が思っただろうか?ラウラは好奇心旺盛で真面目な娘だったけれど、父親は遂にそれすら恐れてしまった。
波紋法については、父親は特殊なエネルギーとしか説明していない。それ以外の全てを徹底的に秘密にしてきた。それは何故か?
波紋法というものは、そこらのスポーツ等とは違い長い年月かけて極めるもの。まだ人生の選択肢が無限にある娘には、波紋など覚えずに友人と遊び、勉学に励み、時間を一秒たりとも無駄にしてほしくなかった。それに昔出会ったチベットの波紋使いから、「強固な意志と覚悟を持たぬ者に波紋を伝授してはならない」という掟があると教えられた。偶然だが父親にもそれはあった。もし波紋が悪用されれば、世界は破滅してしまうからだ。
だというのに「天賦の才」は、その全てを自力で暴いてしまった。
太古の昔に波紋戦士を一掃した怪物がいたと耳にしたが……私の娘はその怪物と同等の力を内に秘めている!あと1年経てば、私を易々と超越できる才能を持っているッ!
「………パパ…………?」
すまない、そう言って父親は初めて人を殺めた。厳密には、有りっ丈の波紋を娘の脳に放ち、デタラメに脳組織をかき回した。もし奇跡的に生きていたとしても、口をきくことも指を動かすことも出来ない程に。
ここで正式に波紋を教えれば、短期間でラウラは極めるだろう。いや、教えなくとも極めるだろう。だがそこには志も正義感も無い。最も父親が恐れたことはそこにある。
波紋を軽く見た娘が波紋疾走を悪用すれば、自分もろとも責任を負わされて波紋使い達に粛清されてしまう可能性がある。嫉妬心も少しばかりあったが、父親は自身の命の方が惜しかったのだ。
父親はあろうことか、自分の身を真っ先に案じた。実の娘を信じなかったのだ。
彼女はこの歴史を知らない。名前も年齢も友人も何もかもを父により奪われた。彼女はヴィネツィアの運河にひっそりと捨てられ、動くことさえできずに最期を待つのみであった。
それを受け入れることができなかった。前ぶりも無く訪れた悲運の荒波は体中を冷やし、包み込んでいる。水の中で手を伸ばしたかった。誰かに助けてほしかった。
愛していた父親に裏切られ、希望も未来も失った。彼女はこの世界の全てを恨み呪った。そして「一度目の裏切り」は、彼女に「新たな人格」を与えたのだった。
*
J・P・ポルナレフは捜していた。
クラッシュに連れていかれた川から、最初の旧市街地までの距離は徒歩だとなかなか遠い。地図を持っていないおかげで、時間はもっと伸びそうな予感。
人の流れに抗うように走り続けるも、見たことのない景色ばかりが目前には広がる。どれだけ焦っても、神はレネートのもとへと案内はしてくれないようだ。
石畳の敷き詰められた大きな広場に出る。変わり映えのしないベージュ色の建物や教会が囲むように建っており、観光客はごく僅か。見知らぬ景色にかわりはない。
広場の端を沿うように歩いていると
「「何か捜している」。場所ですかな?今のあなたはとても疲れていますね、たまたま?いや、そんなはずはない」
背中にかけられた的確な疑問符がポルナレフを止めた。ふと路地にこじんまりと店を構える男のほうを見た。
イスに座っているその男は黒いローブを被り、猫に似た不気味な眼をしている。机には水晶やタロットカードが置いてある。
「なんだァ~?そのナリだと占い師だなテメー」
「ローマは初めてですか?実は私も。いつもはサルディニアでやっていますが、少し気分を変えたくてね…………ひとつ「占って」いきませんか?運命は変えられませんが、「悩み」や「不安」に対策を立てられる」
「……断固拒否する。時間がねーんだ。それに、俺が外国人だってことぐらいは誰だってわかるぜ。見た目から推測するなんて、よくある占い師の手口じゃあねーか」
呆れて立ち去ろうとするポルナレフに言い放たれる奇妙な事実は、絵空事などではなく、彼に二の足を踏ませることになる。
「あなたには「悔い」がある。原因は「友人の死」、いや「犠牲」だ…自分のための。他人の前では後悔していないように振る舞ってはいるが、心の奥底では深く悲しんでいる……ね?そうでしょう~~~?」
「…………………なんだと?」
占い師の疑いようのないそれは、彼の心をグイッと掴み取った。無意識のうちに振り返っており、足が地面を離れない。
彼の言うとおりポルナレフには、仲間が自分を庇い死んでいった過去がある。もしその犠牲がなければ、ポルナレフはここにはいない。3年前の忘れられない出来事だ。
「まあ、料金はお安くしときますよ。なにせ新米なんでね。しかも、興味がわいてきた。その人生に…………年下がおこがましいかもしれないが、「アドバイス」をしてあげましょう。「杭」を取り除けるかもしれない」
「やけに物知りだな……オメーもしや……」
「すでに占っています。ズボンについている血の形が暗示している…うむ、「後悔」と「恐怖」。あなたは「今も昔」も「悩んでいる」」
ズボンに垂れていた少量の血痕をじっくり見つつ、占い師はそう言った。
曖昧な結果だが、ポルナレフは「そんなものは誰にでも当てはまる。バーナム効果とかいうやつだろ」という文句を抑えていた。心臓にグサリと突き刺さる何かがあった。過去をハッキリと思い出す時間はいらない。
「表面上では「他人のための正義」を掲げてはいるが、本心は違う。それはあなた自身も気づいていないことだ。人間は誰しも「自分が一番」だが、まれに「他人のため」に生きる「紛いもの」がいる。あなたの仲間たちはその「紛いもの」だった…ですよね?」
「……………」
「あなたは「紛いもの」になりかけている。しかし、なりきれていない」
ポルナレフは唾を飲み込む。
「今、あなたは「命に関わる場所捜し」をしているらしいけれど、私の話に聞き入ってしまっている。それが「紛いもの」になれていない何よりの証拠です。あなたは、自分さえ知らない「境界にいる人間」なんだ。非常に珍しいタイプですよ」
「はっ……そ、そうだ。占いをしてる場合じゃあねぇ!レネートのもとへ行かなければッ!」
「「紛いもの」か「人間」………その年齢で自力で「どちらかに成る」のは不可能………しかし安心してください。あなたの運命には「更なる犠牲」が現れるでしょう!誰にも気づけない犠牲が!」
「気づけないィ~~?この俺をおちょくってんのかッ!やかましい!実力は認めてやるが、金は払わねーぜ!」
犠牲などとは縁起でもないし、そもそも理解不能な予言。我に返り腹を立てる。
占い師は職業柄、そのフランス人の事が気になっただけ。タダ働きには意を介さず、彼はしれっと北の方角に指を向ける。
「観光客からの盗み聞きだと、あっちで何やら騒ぎになっているようですよ」
「…お、おお。すまねぇな」
イタリア人の親切心を信用し北へと走り去る。
無駄な占いは短時間の出来事とはいえ、生死に関わってくる。というのに、ポルナレフは良い経験をしたと感じていた。
その時、占い師はひとつ引っかかっていた。
「……あれ?自分で言ったことだが………誰にも気づけない犠牲……死?どういうことだ?」
場面転換多くなっちゃうのは悪いクセですね。しかも関連性が薄い……
なんか久しぶりに来てみたら、めっちゃお気に入り増えてて嬉しいです。ボスの小説を書いてる方が宣伝してくれたからですかね。いや、そうに違いない。
みんなも今話題のボスの小説を見よう!(見てない人のほうが少ないと思うけど)