イタリアン・シルバー 作:湯麺
サルディニア島 とある村
サルディニア島は地中海に浮かぶ広大なイタリアの島である。その北東部にあり、エメラルド海岸が望めるこの小さな村にはオレンジ色の屋根が疎らに見えるだけ。コムーネであるこの村の人口は僅か88人。それもそのはず、この村は数年前まで焼け焦げた家で溢れかえっていたのだから。
パッショーネの組織図や勢力図、大まかな幹部の人数も判明した。しかし最も先頭に立つべき者の情報は一切出てこない。二人は進展の停滞に頭を悩ませ、実地調査に来ていた。
「こんなキレーな所なのに、人気も活気も全く感じねーな。それも仕方ないって事か……」
「最近は犯罪が多いですから、このくらいの静けさのほうが何も起こらないってものですよ」
二人は村のビストロにいた。ボロボロの景観とは裏腹に中は小綺麗で、狭い店内にはポルナレフ達しか客はいない。
レネートは村の火災での、警察の調査書類と死亡者・負傷者リストをテーブルに置く。7名の死亡者の内の1人、ミシェル・ダフトパンク、それがレネートの妹の名前。十枚にも及ぶ書類から分かる情報はその程度。しかも実地調査といっても、レネートの憶測であってパッショーネと関連性があるのかすら不明だ。
「少しでも、組織に繋がるヒントがあればいいのですが……」
席から見える厨房には、一人の老婆が黙々と調理をしている。小柄な老婆はシワが多く、白髪で霊的な雰囲気を醸し出す。ポルナレフはその老婆が本能的に嫌いになっていた。
「はい、フレゴラです」
厨房から出てきた老婆がテーブルに二つ置いたのは、パスタではなく、言うなればチキンライスのような料理。ポルナレフは「おすすめのパスタ」を頼んだつもりだったが、出てきた品は予想を翻すモノであった。
「なんだァ~!?婆さん!俺が頼んだのは「パスタ」だ!リゾットじゃあねぇぞ!」
フランス人代表としてポルナレフは席を立ち訴えるも、老婆はただお淑やかに笑っている。
「この州の郷土料理で、粒状のパスタです。トマトソースとアサリを使って煮ましたから、味わってくださいねェ」
ニコニコと老婆は厨房へと戻っていく。
「なッ……こ、「この州」の郷土料理ィ……!?レネート!この料理の事知ってて黙ってたな!」
「アッハハハハハ!いや~面白くってつい……フレゴラは良いですよ、毎日だって食べられますから。ぜひ、召し上がってみてください」
笑い涙を拭い、いつまでも笑っている。ポルナレフは赤面を怒りで誤魔化し、スプーンですくってみる。
フレゴラとはサルディニアの伝統的な料理であり、4ミリ程の丸めた小さなパスタである。トマトソースが染み込んだ色で、ガーリックや白ワインの芳醇な香りが漂ってくる。
「クンクン……ま…まあ、香りは良しか…」
ポルナレフが口に運ぶと、レネートも自身へ運ばれたフレゴラを口に入れる。
「うッ!……ぅんまァア~~いッッ!!!あっさりとした味が手を進めるぜッ!腹減らして帰った時の家の料理みてーにいくらでも食えるぜこりゃあよォオ~~ッ!!!うめーじゃあねぇかレネート!」
「………」
感激の言葉など耳に届かず、レネートは口を手で押さえて汗を滝のように流していた。
「どうした?レネート」
「…カハッ………!」
レネートは耐えきれず手を離すと、口から大量の釘や小さな針が、血とともに吐き出される。凶器とも呼べる金属類がいつの間にか、レネートの口の中に放り込まれていたのだ。
「な、何ィッ!!」
但ならぬ様子、明らかに敵がいる。さすれば、歴戦の猛者であるポルナレフの判断と行動は同時だ。
「先手必勝!『シルバー・チャリオッツ』!あの老婆を串刺しにしろォォオーーッ!!」
ポルナレフは立ち上がりそう叫ぶ。機械のようでありながらも銀色の甲冑を纏った細身の騎士が顕現し、刹那のスピードで厨房にいる老婆に右手で構えたレイピアを繰り出した。
「アギッ!……」
刺さった。背中に突き刺さったのだが、違和感があった。即座に老婆は棒のように倒れ、血飛沫が厨房を紅く塗りたくる。
「!?……軌道がズレた…まさかッ!」
『この老婆は部外者かぁ!?……そうだよその通りだよォッ!!あと少し速かったら俺の脚に刺さってたのになァ!ポルナレェーーフッ!!!』
「!」
チャリオッツのレイピアを腕でさばいた人ならざる存在は、いつの間にか老婆の横に立っている。「そいつ」はラジオのように言葉を発していた。
「そいつ」の猫背で痩せた体は赤色に染まり、そこからは先に行くほど細くなる四肢が生えている。節々には逆鱗に似た金の装甲が付き、背中から下半身にかけてテープのような布が伸びる。人間であろう顔は下半分だけで途切れ、上半分に浮いたいくつもの金色の輪や棘は神々しい。これが敵の「スタンド」だ。
「遂に「スタンド使い」を送り込んできたな……!隠れてないで出てきやがれ!」
「隠れる?そんな必要ないねッ、俺はずっとここにいるぜ!」
老婆の体半分と、厨房の景色が蜃気楼のように横にずれ、ニヤリと「それ」は笑った。身長150センチメートル程で、体に厨房と老婆の体の「ペイント」を施した男。
カメレオンのように男のペイントは薄れ、肌の色と服の色を取り戻した人間が現れた。前髪は四本に束ねられ、襟足は輪っか状に結ばれた薄茶色の髪。顔は童顔。上半身裸で、赤くダボダボのズボンには所々に二等辺三角形の穴が空いている。
「……俺の名は「ドゥーノ」、お前を殺す。教えてやる情報はそれだけだぜ!ポルナレフッ!」
「シンプルな擬態の能力……ドゥーノとやら、今のうちに懺悔しときな。この俺を襲うっつーことは、死ぬまでの時間は短いってことだぜ」
挑発的なドゥーノという男は、ずっと「厨房と背を向ける老婆」のボディペイントを施して待機していたという事ではない。彼は擬態能力によって、今まで老婆にもポルナレフやレネートに視認されなかったのだ。
「動けるかレネート、どうやら遂に組織に目を付けられたみてーだ」
「…ゲホッ……スタンド……ってやつ…ですよね」
「あるかは分からねーが、これからお前は病院へ突っ走れ。俺はあいつとやり合う」
スタンド─それは何らかの「弾み」や「歪み」によって身につく精神の像。人や獣、植物なと様々な形として現れるスタンドは自身の意思により操作でき、それぞれに特徴ある超能力を持っている。スタンドはスタンドでしか触れず、スタンドが見えるのはスタンド使いのみ。そしてスタンドとは精神の塊、如何様にも変化でき、握れば拳開けば掌。
「でも…!」
「スタンド使いじゃあねーお前は、奴からしたら良い餌だ。ひでー姿見るよりは、逃げてもらった方が俺としちゃあ嬉しいぜ」
目を合わせなくてもポルナレフの溢れる意思は伝達され、レネートは走り出す。
「話がなげーんだよスカタンッ!もう既に俺はテメーをやれる距離にいるってのによォーーッ!」
話している間に厨房にいたドゥーノは消え、背後から声が響く。しかしポルナレフが振り向いてもそこには誰もいなかった。
「俺がポルナレフを殺す前に逃げてみろッ!」
「ウグッ!」
先ほど見たドゥーノのスタンドが、死角から突如出現しポルナレフを殴り抜けた。再び水を掛けられたように色が薄れ、店の壁から擬態を解除したドゥーノは現れる。
「俺の『シンクロナイズ』に敵うのはボスだけだッ!やっぱポルナレフなんぞ敵じゃあねぇ!ギャハハハハハハハハ!!!」
テーブルをなぎ倒しポルナレフは床に転がった。
擬態するスタンド、まさに透明人間からの攻撃。見えない敵とは、エジプトでの闘争で出会ったことがある。だがあの時とは状況が違うため、同じようにしても敵うことはない。更に奴は高性能なスピードとパワーを保有しているというのだから、至極厄介だ。今回は今回なりの、年の功を重ねたポルナレフ様の策でぶちのめす。
「…ハァ…ハァ……オメー、組織の人間か。お前は何者だ!何故関係の無いレネートを襲った!」
ポルナレフはドゥーノの独り言を聞いていて、もしやと考えた事があった。カマをかけてみる価値はある。
「……「ボス親衛隊」の中では、「ここら一帯」を探るドアホの抹殺担当は……俺なんだぜ」
「……何だって?」
「オメーがウチの組織を調べている事はよ~く知ってる。これからのために訊ねたいこともある。だから口を切っちゃあ、上手く話が出来ねぇだろ?だからあのレネートをやった。ポルナレフ、テメーはボスへの人身御供なんだよォッ!!!」
「……やはりここは、パッショーネのボスと関係があるようだな」
「!」
「その反応……テメー、頭脳がマヌケか?さっきから訊いてもない情報を教えてくれるじゃあねーか。見た目も幼い……まさか子供か?」
ポルナレフは考えた。このような田舎に、パッショーネのボスについて調べに来る者は皆無に等しいであろう。おそらく組織の者は、口が軽くワガママなドゥーノに呆れ、この辺境の地の監視役を任せたに違いない。
ドゥーノは怒りの表情を浮かべ、歯を噛み締める。図星を隠す気はないようだ。
「……人間は情報の八割を視覚から得るらしいぜ……!どういうことか分かるか?俺の『シンクロナイズ』は相手の八割を操れるっつーことだ!」
下から上へと色は移り変わり、店内と一体化し視界から彼は消失した。
いくらポルナレフが動こうとも、擬態能力に迷彩色のようなズレは存在しない。次の奴の攻撃にカウンターを喰らわせ、二度と歩けない程に攻めなければならない。ドゥーノのスタンド『シンクロナイズ』は近距離パワー型。先ほど剣先をズラさせられたように、雑な剣擊が当たることはない。精神を研ぎ澄ませ流れを読み、急所一点に確実に刺す。
「滅茶苦茶な理論言いやがってよォ!お子様は家に帰りな、このカメレオン野郎ッ!!」
「俺理論だァーーーッ!!!」
背後から出現したドゥーノのスタンドの拳が迫る。しかし、ほぼ同じタイミングでシルバー・チャリオッツのレイピアも、シンクロナイズの拳に向かって突き進んでいた。
体を一切捻らず、ポルナレフは嘲笑う。
「オメー、コメディアンに向いてるぜ。いくら姿が見えなかろうが喋ってくれるから、声で位置がまるわかりなんだよ!」
「ウギャア!!」
煌めく一突きは、シンクロナイズの拳を容易く貫いた。背景と同化しているドゥーノの手から血が溢れ、不可視の口から情けない叫びが轟く。
これが共に生き、長い時間をかけて成長してきたポルナレフのスタンド。スピード勝負では、チャリオッツの剣擊のほうが素早い。ドゥーノの擬態はまだ解けていないが、シンクロナイズはその場にいる。射程距離はそれほど無いようだから、つまりはドゥーノも近くにいるはずだ。
「……痛ぇなァ痛ぇよォ………他の親衛隊の奴らはさァ~、全員ハグレ者のクセに自分のこと棚に上げてよオ……俺に「協調性の無いクソガキ」ってよく言うんだよオオオオ」
「…ハッ、そりゃ──
「そりゃあそうだろ!って今言ったよなァーーッ!?ちゃんと聞こえたぜぇ!?テメェーよォ!ポルナレフよオオオオオォォーーーッ!!!」
再び、無謀にも真っ正面からシンクロナイズの拳を繰り出してきた。先程のポルナレフ側が多少出遅れたスピード勝負でさえも、ドゥーノは負けた。だというのに仕掛けてくるということは
「ハッ!まさしく馬鹿の一つ覚えだな!学びやがれこのクサレ単細胞がァーーッ!!」
その言葉を言い終わる前に、チャリオッツの一撃ざシンクロナイズの口の中に深くグロテスクに突き刺さった。
「!?……この異様な手応え…しかも…」
スタンドに突き刺したというのに、均一性の無い硬く粘着質な感触がチャリオッツの剣から伝わってくる。また、違和感はもう一つ。
「何故スタンドからッ、人間の血が噴き出しているんだァッ!!こいつはひょっとしてッ……!」
「………一度あっても…二度はねェ!……ガハッ……俺は…ッ…依存してるとよォ……安心すんだ……昔っから一人で行動しろってよく言われっけどよオ………だけどよオ…!」
口にレイピアが刺さったまま、血を吐き出させてシンクロナイズの色をした「その男」は話している。ドゥーノのスタンドに見えたそれは、なんとドゥーノのスタンドではなかった。
「ドゥーノ……どうりでテメーは……自分自身に「スタンドの擬態」を施したのか!!!」
スタンドが話すことはいたって普通、だがスタンドから出た血が弧を描き、殻を破るように白い肌が現れたことは異質である。
そう、ポルナレフが突き刺したのは、シンクロナイズ柄の擬態をしたドゥーノであった。だからこそ本来スタンドから出るはずのない血が噴き出し、生身の肉体を刺した感触がしたのだ。
「俺のシルバー・チャリオッツが攻撃したのはドゥーノ本体!つまりスタンド自体は!………ウオオオオオオオオオ!!!」
「このドゥーノを甘く見た結果をッ!返り血と一緒に味わいやがれェェエーーッ!!!」
ポルナレフの背後から本物のシンクロナイズの拳が目の前に迫っていた。もしドゥーノ自身を串刺しにして意識をとばそうとしても、確実にシンクロナイズの一撃の方が素速い。更にラッシュを叩き込まれれば、耐えられる保証は無い。
返り血の使い方を間違う程に奴がマヌケなのは確かな事実。それのせいか擬態能力の使い道を背景同化の1つだけだと思っていたポルナレフは、マヌケと罵った相手に一杯食わされたのだ。
「身を投げ出す覚悟ッ!天晴れだ!だがな!」
レイピアの剣先が、途端に飛び出す。
「突き刺すだけがこの俺じゃあねぇぜッ!」
「イギャァァァァァア!!!!」
先に響いた断末魔は甲高く惨めな声。それはドゥーノの意識の外からの攻撃によるもの。危機一髪、チャリオッツから射出された剣先は、拳よりも速く壁に跳ね返ってシンクロナイズの喉元に直撃していた。
予測不可能の衝撃と深く傷ついた肉体に反射し、ドゥーノはスタンドを引っ込めて倒れる。
「奥の手をこうも早く使うことになるとはな………パッショーネ……改めて恐ろしい組織だ……」
ドゥーノはピクリとも動かず、気を失っているようだ。ポルナレフは、一概に言えぬ盲目的な執着心と忠誠心に悲しみを抱いていた。背を向け、店を後にする。
「…………」
外には、不気味に入り組んだ路地が広がり、過疎村だというのに無駄な建築物が多い。閃々とした太陽の光はそんな違和感をも受け入れ、中和する。
「さて…後始末はSPW財団に任せるとし──
銃声。
突然耳を劈く大音響が、落ち着こうとしていたポルナレフを戦いの世界に引き戻した。
「ヴグアァアーーーッ!!!」
二度と聞くことはないと思っていた断末魔が耳に侵入し、ポルナレフは即座に後ろを振り向く。するとすぐ真後ろに、店内に居たはずのドゥーノが白目を向き、二の腕から血がトクトクと溢れ出していた。
「!?」
「……ベネ……無事ですね、ポルナレフさん。そいつ、また能力を使ってあなたを殴ろうとしてましたよ……」
青い髪が太陽に照らされ、決意に染まる男が銃を構えていた。
「………レネート!「怪我」はどうしたんだ!」
「……大した怪我じゃ無かったですよ。口を金属で切っただけですから、舐めてたら治りました」
レネートの口に先程の溢れる血は一切見えず、まるで負傷が存在しなかったような姿だった。何ともなかったという嬉しさと共に、ポルナレフは奇妙な違和感も感じていた。
「やっと………これで僕も、胸を張って仲間だと言える……僕に慢心はない…」
バンバンバンッ!──と、躊躇い無く鼓膜を破るような銃声が周囲に響き渡った。レネートの決意からくる空恐ろしさを、ポルナレフはそこで初めて知った。
「!………ポルナレフさん…」
三発の銃弾は全てチャリオッツによって見事に真っ二つにされ、ドゥーノにヒットしていなかった。
レネートの光の無い瞳に一瞬だけだが、巨悪のようなオーラを感じた。かつて自分を支配し、全てを呑み込む高濃度の悪を。ただ既に倒したと思い込み、背を向けたポルナレフのカバーをしてくれただけだ。そう思いたい。
「待て……焦るなレネート、生かしていれば少しは情報が得られるはずだ……お前の妹を思う意志はよく分かる…だからこそ、チャンスを逃すな」
「………」
レネートはゆっくりと銃を下ろす。
「だが今、お前が来なければ俺は殺されていたのは事実。……ここはまだ地獄の一丁目だ、サルディニアの土地に眠る何かを見つけなければな……さてと」
2人は瀕死のドゥーノに目をやる。情報を聞き出すと言ったはいいものの、二の腕にめり込んだ弾丸により血の海に溺れて動かない。今度こそ気を失っている。
「……もしかしたら…こいつは死ぬまで任務を全うする事と、情報漏洩を防ぐという両方を……成そうとしたのかもしれねぇな」
「……組織への忠誠……ですか…」
自分には無かった絶対的な忠誠の心に対して、レネートは憐れみの感情を寄せる。
真昼の村に足を進める。まるで2人以外誰もいないような迷宮。道端の雑草の中には、無数に切り傷のついた小石が転がっていた。
こういうサイトは不慣れなので、色々とミスがあるかもです。戦闘のノリが3部なのは勘弁してください。
本作オリキャラのみですが、説明イラスト載せていきます。初めてスマホで描いたので、クオリティは悪しからず。デザインセンスも悪しからず。
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