イタリアン・シルバー 作:湯麺
難しい(切実)。長文&こじつけ注意。
ジブンデモヨクワカラナイ
2人は村の最果てとも言える、エメラルド海岸に来ている。ターコイズブルーの透き通った水、峻険たる岩場、風に揺れる草花、全てが調和し空間は彩られる。サルディニアの海岸線はヨーロッパ中から人が訪れる有名観光地であるが、ここばかりは違う。近場には尖った屋根の教会があり、整備されていない砂浜には波が押し寄せる。
この開墾すら難しい土地は紀元前から多くの者に支配され、搾取されるだけであった。やがてその念が土に染みついたのか、この場所で生まれた民は気高き反逆心と勇猛心を持ち合わせ、誇りとしているのだ。
この村では、ボスの尻尾は見えもしない。この砂浜にでも手がかりが埋もれていれば嬉しいのだが。
「……あと一時間弱で正午ですが、先にランチにしますか?村を出て少し車を走らせた所に街があります。サルディニア産マグロを使ったボッタルガのパスタなんかオススメですよ」
「腹減ったし…ここら済ませたら、食べにいくかァー…………てかレネートよ、火事の後初めて来たって感じだが。まさか6年間、ここに来なかったのか?」
軽率な問掛け。4秒間の沈黙。
レネートは組織に目を付けられ、ドゥーノがいたために、1人ではサルディニアに降り立つことが出来なかった。だがポルナレフとSPW財団という強力な後ろ盾がある今は違う。ただし、利用ではない。彼はれっきとした仲間だ。それを心の中で何度も復唱し、言い聞かせることで前回のような失敗を防止しているのだ。
ええ、と小声で言ってみると、予想通りポルナレフは素っ頓狂な顔をする。
「それより、あっちを」
話題を受け流すように、レネートはポルナレフの背後に人差し指を向ける。その先には頭の禿げ上がった温厚そうな老人が、驚いた表情で立っていた。若さを一度として感じさせない足取りで、神を拝むかの如き老人は手を伸ばす。
ポルナレフが一歩踏み出し攻撃を仕掛けようとするも、レネートが二歩踏み出して静止させた。
「レネート……?やっぱりレネートなのか!?」
「………ボニッチさん?」
長く蓄えた白髭を揺らし、老人とレネートは目を合わせる。睨むというより、親密な間柄での感動的な眼差しといったところだ。
「……誰だ?知り合いか?」
「まだ、ポルナレフさんには話してませんでしたね。彼はチェズアレ・ボニッチ……僕と妹の面倒をよく見てくれて、母が死ぬ前からお世話になってた方です」
ボニッチは弱気な足取りで歩き、無愛想なレネートを血管の浮き出た腕で抱いた。
「…婆さんがお前を見たって冗談にならない事言うもんだから来てみたら……よかったよ………この村を出てからずっと帰ってこないから、ワシらは心配したんだ。大火事のときも、手紙一つ寄越さなかったじゃあないか…」
「ごめん、仕事が忙しくって…さ」
「てっきりお前の身に何かあったのかと皆心配してるよ……婆さんと、皆と顔合わせてはくれんだろうか…」
「…………」
きっと感動の再会だろう。ポルナレフに放つ言葉は無く、冷涼な海風を頬で受ける。水平線を瞳に投影し、ふと自分の親のことを思い浮かべた。
とても優しく、それでいて厳しく面白く、決して完璧では無かったものの、自分とシェリーに等しく愛情を注いでくれた良き両親だった。エジプトでの一件後は、長い間帰郷できなかったこともあって1年おきに故郷へ帰り顔を見せている。
「今は……無理なんだ。訳を話すことはできないけど、迷惑をかけたくないんだ……」
気無性な答えにも動じず、ボニッチは腕を解いて顔を見た。
「…お前は昔から他人の事から考える子だった……そう言うと思って、「これ」を持ってきた…」
「これは?」
「ミシェルの遺品と言っちゃあなんだが……焼け跡からはこれだけが見つかった……あれから6年か」
ボニッチから渡された物は乾燥していて、かつ焦げていて茶色に染まっている。正方形に畳まれている事以外は小汚く、斑点状に残った素のホワイトが、妹の純粋な笑顔を思い出させる。実妹の香りや面影を感じられはしない。何も感じない、ただの焼け焦げたワンピース。質感を手肌で確かめてみても、ザラザラとしているだけ。レネートのろう細工のような目は、ほぼ無心だった。
ミシェルのワンピースだ、彼はすぐにそうだと分かった。それでも彼に感嘆の涙は無く、泣くような素振りも気配も見せない。ここまで来れる家族愛を持つならば薄情者ではないが、彼には優先すべきことがあった。
「ミシェルの物は……これぐらいしか残っていない。こんなに焼けていては、警察も手すらつけんかった……」
レネートが知る限り、サルディニアの警察は犯人特定には至らなかった。というより、突然捜査を中断したようだった。そのため、触れられてすらいない証拠品は数知れない。考えられてすらいない謎も数知れない。彼が納得いかない点はそこにある。
「…いらないのなら捨ててもいい……しかし、出来るのなら、ミシェルの墓にお前自身で供えてほしい……あの子も喜ぶはずだ…」
「……ありがとう」
彼らは再び抱擁し合う。その隙に、ポルナレフとボニッチの死角の位置でレネートは自身のスタンド『ステップ・アウト』を発動させた。
ワンピースの焦げ跡を自身へ転移させる。彼のスタンドは、他の物質から自分へ、及び自分から他の物質へとダメージを転移させる能力。それを使えば、数億年前の物質でも傷を消すことで元の姿に戻せる。無論、妹の味わったであろう紅蓮の業火は、自身の肉体へとそのまま移る。
「………ッ…!!!」
「?……どうしたんだ」
「何でも……ないよ、本当にありがとう……」
針で深く深く刺されたような痛みが、全身を貫く。これが我が妹を焼き殺した痛み。もう永遠に蘇らない時間を、6年の時を経て体験できた気がした。すぐさま足下の岩にダメージを移し込み、鉄に熱処理を施すように灼熱は体から消える。
能力を使った理由としては、損の無い低確率を試しただけ。2月14日に机や下駄箱を覗き込むような、デメリットの存在しないことをした。これはノーリスクハイリターン、成功すればレネートの旅は終わる。
ボニッチは去り、2人は佇む。
「キレイなワンピースじゃあねーか。妹さんのなら……大切にしてやれよ」
「言われなくても、形見…ですからね……」
ポルナレフは元の焦茶色だったワンピースを見ていない、スタンドも見ていない、ここまではクリア。
自然な演技で、元の姿に戻ったワンピースから証拠を探し出す。といっても、妹は単なる一人の田舎娘。証拠がある確率なんて何万分の…………
「…………!」
ピンク色の長髪が1本。それはツヤを放ち、探る手に絡まっていた。ミシェルの髪色は藍、すなわちこの長髪は赤の他人のもの。更にもう二つ、ワンピースが縫い目に沿って大きく裂けている事と、胸部にべっとりと血が付着している。
奇跡だと、レネートは心から思った。どれほどの徳を積めばこれほど望み通りに事が進み、証拠が出揃うのか。そんな思考は喜びで覆い隠された。
妹は几帳面だったし、ワンピースをとても大切にしていた。なぜならレネートがプレゼントしたものだから。焼け傷のみに限定してダメージを消した事もあり、この裂け傷は火災時についたものだと分かる。
血液は胸部にあることや飛散の仕方から考えれば、妹が何らかの理由で吐血したに違いない。妹に持病など無いので、これも火災時のものだろう。
つまりは「放火犯が犯行の目撃者である妹を襲い、殺害した」。
都合が良すぎる?そうかもしれない。
レネートは肥溜めのドブネズミでさえも、もし真相解明に繋がるのなら死に物狂いで捕まえる。未確認生物が妹を殺したというのなら、全身全霊をもって探し出す。半歩だけでも真実に近づける可能性があるのなら徹底的にやる。それが彼だ。
ボスは足跡を全く残さないほど慎重な性格をしている。関係の無い村に放火するほどヤンチャなハズがない……加えて親衛隊連中の襲撃。この村にボスの情報があるのは確か……そして1986年の火災とパッショーネの出現……十中八九、犯人は村の関係者に違いない。
最後にピンク色の髪の毛……自分の記憶の中で、以上の推理に当てはまるのは一人だけ。
「奴が……あの「どんくさいあいつ」が……?そうか………考えられる事はそれ「1つ」…!」
「?………どうした…」
「分かったんですよ……!奴と親しくはありませんが…………信じられません……全ての犯人は……!」
「………な、嘘だろ!?さっきから黙りこくってると思ったら……」
ポルナレフは思わず息を飲む。
敵が居たことから、組織のボスと村を焼き払った犯人に関連性がある可能性は極めて高い。それも戦闘による怪我の功名というものだ。
レネートのことは信用している。情報収集能力は記者をやっていたこともあって、SPW財団に引けを取らない程だ。妹の死因の真相を暴くという意志には、ポルナレフにも止められない面さえある。ドラマを見ているのかと思えるほどの推理力があり、ハズレは無い。ここまで来られたのも、仲間である彼のおかげなのは間違いない。
「奴の名は「ディアボロ」ッ!!!」
「…ディアボロ……!?」
人名とは思えぬ響き。イタリア語で「悪魔」という意味だが、自分の子供に悪魔などという名を付ける親がどこにいるだろうか。というより、法的にそう名付ける事は可能なのか。
「…………確か厄払いの意味で命名したと言っていたような……記憶が曖昧で顔が思い出せない……」
「いやレネート、その必要はねーぜ!名前だけで十分だ!さっさとSPW財団に捜査してもらおう!」
DIOに続く第二の邪悪の正体、それを一刻でも早く口伝してやる。今まではイタリア全土に侵食しスタンド使いを使役するパッショーネの調査は、その危険性故にポルナレフ達が行っていた。だが名前と出身さえ分かれば財団のデータベースから特定することは容易である。遂に辿り着いたのだ。
彼らは次に進む。数年間妹の仇を捜し回った昔とは違って、これほど早く解決できるとは思いもよらなかった。ポルナレフは満面の笑みで歓喜を体現する。
レネートだけは二の足を踏んだ。靴に入り込んだ砂に異物感を覚え、足を軽く上げる。
「どうしたレネート、嬉しすぎるか?」
「…………」
彼は寡黙、眉間にシワを寄せている。
「………ポルナレフさん…!」
レネートは、違和感の正体に気づく。SPW財団に頼んでも意味を成さない理由が発覚することは、そう難しくはなかった。彼はコマ送り動画みたいに書類を取り出しながら、瞬きを忘れる。一枚一枚を謹少慎微にめくり、視線だけを機敏に走らせる。「それ」を発見すると、絶望の推理が真実であったと落胆した。
レネートにとっての第一目的は妹の死亡原因の真相を暴くこと。ポルナレフの第一目的は故郷を蝕む組織の崩壊、ボスの正体を突き止めることも含まれる。
レネートにとってディアボロが火災の真犯人であるとわかった以上、もうポルナレフと協力する必要は皆無。それはポルナレフも承諾するだろう。しかし今、彼は落胆した。自分にとって関係ないかもしれないポルナレフの目的達成が遠ざかってしまうことに、無意識の内に酷く落ち込んだのだ。彼自身も、後々気づく事。
普通の人間とは違い、彼にとって仲間意識とは本能に近い。人の原動力は必ず自身の欲望であるが、彼の原動力は自分の欲望であり仲間の欲望。優先順位はあるにしろ、彼は人類の枠組みから外れた例外なのだ。
「………やはり元から変だったんだッ!奴が……ディアボロがボスなワケない!僕の推測では無い……事実が証拠になっているッ!」
「?……何を言って…」
「…火災の死亡者リストを……見てください。すぐに分かるでしょう」
ポルナレフはレネートからリストを手渡され、疑問符を頭に浮かべながら目を通す。「その名」は一瞬で視界に飛び込んできた。正体が判明したという希望から故郷を救えなくなるという絶望へと、その高低差は計り知れない。
「何だってッ………!」
ミシェルや他の名と並び、ディアボロの五文字は記されていた。
「何故ここに…ディアボロの名前があるんだ……!?つまりはもう……ディアボロは!火災で死んでいるだとォッ!!!」
ディアボロという名は、既に死者の一人となっていた。もうこの世には存在しないのだ。
死人に口無し。死んでいる者が生き返って組織を動かしているというのは、考えすぎにも程があるだろう。組織のトップを捜す旅は再びスタートラインに戻ってしまったのか。
「………クソッ、振り出しか」
「……………」
見当もつかない未知の相手。巡ってきたチャンスはまた消え果ててしまい、2人のエネルギーも消えかけている。もしかしたらボスは整形をして、名前も戸籍も変えて遠い田舎国に渡り指示を出しているのかもしれない。復讐や出し抜くことを企てている相手に対し常に対策を講じているのかもしれない。そんな思考が脳裏をよぎる。そんなことを考えたら日が暮れてしまう。だがそれは現実味を帯びていると言っても過言ではないだろう。数億本の針の穴から、1つの歪んだ穴を探して糸を通す事に、自分の望む結果は待っているのだろうか。
どうすればいい?そう心に問いかける。
6年間、真実のために東奔西走した。今までもこれからも、死ぬまで真実を追い求めるだろう。
希望の思考が駆け巡った。結局は全部推測で創られているのだ。
「…………いいえ……まだ…まだ終わったワケじゃあない!……この世には100%も0%も存在しない……全ては「賭け」ッ!調べ尽くさなければ気が済まないッ!」
いつか見た月光のように美しい気高さ。だがそれは悪を倒し、勇気と覚悟を持って人々を救う黄金の精神ではない。自分と仲間のためなら誰であろうと払い退け、必要ならばその仲間さえ殺す。歪んだ本能。
「ボスはあらゆる過去を消して生きる人間です……水が零度で凍り、百度で沸騰し始めるような…「自分は予てより死んでいる」という事実を!創り出していないハズがない!……しかしいくらSPW財団でも、死人が生きているという証拠を探すことは困難。ましてやボスの証拠を……!だからこそあと少し、もう少しの情報が要る!」
「…………名前以外になんの情報がある?今の住所や表の職業がどう分かる?……」
「……無論、「今の情報」は無いですが「過去の情報」ならある」
「それはねーな。自分を死人に仕立てるような人間だ、過去の情報を抹消しない理由が無い。しかも、過去の情報から今のディアボロに繋げる事だって1つの壁だ」
「いいですかポルナレフさん……ディアボロ
「……何を言って…」
「……次に僕の推測通りに、1986年のあの日……!一気に!長い時間をかけてではなく一気に!
僕の記憶が正しいのなら、ディアボロはサルディニアから外に出ることは全く無かった。外界に自身の情報を出そうとしなかった。何故か?──それは赤ん坊の頃からサルディニアにいるのなら、サルディニア以外に自身の詳細な情報は無いため、存在処理が楽だからだ。
つまり奴は!現在に繋がる過去の情報が、サルディニア以外に存在することなど深く考えていないため、1986年の火災以前にサルディニアの外に持ち出された情報であれば、現在も残っている。
「……1986年よりも前に引っ越して、火災を回避出来た友人が何かを持っているということか!」
「そうじゃあありません……そんな身近な人間だけなら、奴も思いつく………そこで!奴と接点が皆無かつ、ディアボロの写真を持つ者を……僕は知っている!僕だけが知っているんです!」
「……!」
「…実は数日前、「父」と連絡をとりました……「離婚の際に持って行った物品はちゃんとあるのか」……と。離婚した1983年……父は無作為に僕達兄妹の写真を持って行きました。その中には必ず「集合写真」もあります………そう、外に持ち出された「父の持つ写真」から……ディアボロが16歳の際の顔が分かる!」
「顔……!それはホントなんだろうなレネート!」
「問題はありません………僕達は必ず辿り着けますッ!父は今「ローマ」にいる!」
幾つもの確証がありながらも、それら全てが1つの真実だけで吹き飛ばされる。その真実は、絡み付くように複雑なものではなく、途轍もなく根底的すぎる問題。違和感がある、諦念を受け入れる時ではない。
「行き先は「ローマ」ッ!行きましょう、後戻りは出来ませんッ!」
サルディニアに来て約28時間。今度の目的地は古来より歴史を積み重ね、世界を見てきたローマ。「全ての道はローマに通ず」という諺があるほどに、中心を担っている場所。そして物事の終着点や目的は不思議と一致するという意味もある。
いざ、曇天構える安住の地へと。
とりあえずディアボロがボスという事が分かったことだけ理解してください。
ボスに辿り着く物語なのに肝心なところを疎かにするのはさすがにどうかと思うので、いつか改訂するかもです。多分。
隠者の紫の念写とSPW財団の調査はなるべく使わないスタンスでいきます。