イタリアン・シルバー 作:湯麺
この回のためにこの作品をやってきたと言っても過言ではない。
俺の名前はホル・ホース。言わずと知れた超一流のガンマンだ。新たな雇い主と女を探していたら、イタリアに行けば仕事が山ほどあるという話を耳にした。そんなこんなでイタリア美人と恋に落ちた俺は、彼女の家があるというサルディニアとかいう田舎島に来たのだが………女に暴力は振るわない、そのせいで散々な目にあっている。
オルビア=コスタ・スメラルダ空港にて。
壁面に吸いつけられたように座る筋骨隆々の肉体、まさに西部劇のガンマンのような背格好。時代遅れで場違いでもあるが誇りであるテンガロンハットが影を落とし、ダンディーな顔面はこっぴどく怯えていた。彼の名はホル・ホース。とある事情で逃走中である。
この感覚、3年前にDIOという男の館に潜入した際の絶望的な憂虞に酷似している。まだ決して諦めていはいないが、神が諦めろと言っている気がする。
「ッ!」
突然誰かの足が彼に突っ掛かる。追っ手ではないかと身震いを起こし、汗が頬を撫でる。
「なんだァ~?こんなところで座り込んで……」
「…あ……?」
見上げてみると、反射的に体が跳び上がった。
「「あッ!!!」」
やはりその特徴的な姿は世界に1人。ホル・ホースとは対照的な剣使いのポルナレフであった。互いが互いに驚き、意想外を体で表現する。
ポルナレフ。鍛え上げられた巧みな剣捌きと最速のスタンドを持ち合わせており、剣に関して右に出る者は1人としていない。幾度となくホル・ホース相対した、因縁深い天敵だ。
ホル・ホース。タロットカードの暗示を持つスタンド使いでありポルナレフの仇敵Jガイル、そしてトト神のボインゴとコンビを組み度重なる襲撃を仕掛けてきたしつこい男。ポルナレフは彼により何度も絶体絶命の崖っぷちに立たされている、もはや馴染み深く忘れる理由がない。
「テンメー!ホル・ホースッ!!」
シルバー・チャリオッツの剣先を喉元に突き立てる。
「待て待て待て待てポルナレフッ!この俺にDIOへの忠誠心なんてカケラもねーぜ!」
「何ィ~~ッ?」
スタンドも出さずに手を上げるホル・ホースを見て、半信半疑のままチャリオッツを引っ込める。
彼は実力者ではあるが、昔から無理をしない男でもあった。忠誠心も執着心も無い、金で動く軽い男。周囲を少し見るに、相棒の姿も見えない。何時も2人組で行動する性から考えるに、言っていることは本心のようだ。
「誰ですか?その人は」
「……ホル・ホース、かつて俺たちを襲ったスタンド使いだ」
ホル・ホースは物憂いそうに立ち上がり、ホコリを払う。起立することすら憚っているようだ。
旧敵とイタリアで再会するとは思わなかったため、互い羞明に似た顔を浮かべる。旧敵同士、まだ信用ならないといった複雑な感情を視線で理解し、鏡合わせのような仕草を繰り返す。ホル・ホースとポルナレフは切っても切れない関係なのかもしれない。
ホル・ホースは周りを見渡したのち、素早く物陰に身を寄せる。ハットを被り直し腕を組むも、怯えていることは2人に筒抜け。
「……こんな田舎に来るんじゃあなかったぜ。おかげでイカれた男達が絶えず追って来やがる………撒いても撒いても!チクショー」
「そんな格好してるからだろーが!」
「女に会いに来ただけだ!なのになんでこの俺が死にかけなきゃいけねぇーんだよォーッ!」
人目を気にせずに声を上げる。世界中にガールフレンドをつくっているというホル・ホースには、三角関係を乗り切る能力があるのかと思い込んでいた。
他の敵とは違い逃走に成功したというのもあるが、ホル・ホースはしぶとい男だ。ある意味、生への執着心が強いというか幸運というか。自分の有利な状況下でしか見栄を張らないというのも、相変わらずだ。
一驚。閑散とした空港にそぐわぬ濁り声が響く。
「おい!いたぞあそこだ!!」
「ゲッ!」
ゾロゾロと、十数名の厳ついギャング達が四方八方から駆け寄ってくる。ホル・ホースはその者共を見るや否や首を竦め、ポルナレフ達を盾にした。
あからさまに裏の人間だ。関わりたくない他の客は道を開け、渦中の3人に注目が集まる。
「こうなったらもうお終いだ!おいポルナレフ!どうすりゃあいいんだよォォ~~!」
「やかましいッ!オメーの『
「それで解決ならここまで追われてねぇぜ!……いいか?腰抜かすなよポルナレフッ!……あいつらの中に何人かスタンド使いが混じってやがる!」
「スタンド使い!?テメー………まさかッ!」
女絡みの問題で追われるホル・ホースに特段違和感はない。しかし複数のスタンド使いが連携した群体が関わってくるのなら、とてもタイムリーな問題だ。
「パッショーネの女に手ぇ出したな!しかもここまで追ってくるってことは……幹部の女かッ!?」
「パッショー…ネ……?ああ、そんな事言ってたな…あいつ……」
呆然唖然、口が閉じることを放棄する。
望まぬ再会を果たしたホル・ホースが連れてきた災厄による被害は蜂の巣どころではない、塵一つ残るか怪しい。この西部のガンマンもどきのトラブルメーカーに、クリント・イーストウッドのような雰囲気はない。モノを知らない蒙昧者だと、レネートは解した。
無関係の機微な事であってほしかった。空港で揉め事を起こすことはなるべく回避したい。ポルナレフとレネートは戦犯の阿呆面を拝みながら、鼓動を加速させる。
「考えたのですが……この人に人員を割いていたから、僕ら2人を追う組織の人間がほぼいなかった……ということでは?」
ポルナレフはやっと汗を流し始める。
彼の言うとおり、我々はボスの正体に近づこうとしているのだ。ここは組織の中心部ではないにせよ、もっと組織の手先が襲撃を仕掛けてくるものではないのか。
ホル・ホースと2人が出会ってしまったということは、サルディニア中の組織の関係者が全て迫ってくるということ。もしホル・ホースを差し出したとしても、追う対象がポルナレフとレネートに移り変わるだけなので、結局は自分の首を絞めてしまう。そう、3人全員が察した。
「スゴく……スゴくまずい状況では……」
「おいクソったれガンマン……」
こちらを睨むポルナレフのアイコンタクトは「俺たちはこの場から全速力で逃げるから、お前はできる限り長く奴らを引きつけろ」。そう言っている。
「勘弁してくれよォー!そんなの俺の役割じゃあねェッ!二枚目の優男だぜこのホル・ホースはよォーーー!!」
そう叫ぶ合間にも、模範的な悪人面をしたギャング共が、マイケル・ジャクソンのミュージックビデオのように、足並み揃えて集まってくる。虚栄ではない、奴らの顔はホンモノの自信を持っている。勝利を確信している。
組織の勢力の中心はネアポリス。サルディニアにいるのは組織の息がかかっただけの者だ。だからといって全員を再起不能にできたとしても、ボスの写真どころではなくなる。ローマ行きではなく警察署行きだ。
「そこまでだッ!!!!」
鶴の一声が鳴り響き、静寂が駆ける。一瞬でその場の空気がピリつき、ギャング共は途端に顔を強張らせた。
革靴を打ち鳴らし、2人の男が新たに見参する。一方は一般的なスーツ姿の、付き人である若いイタリア人。場を制した声の主は彼では無い。
もう一方は老いも若さも感じさせない男。艶の良い長髪、彫りの深い彫刻のような顔立ち。ハットを深々と被り黒いスーツとコートを身につけ、一見紳士的な風貌にもとれるが、気魄で直感に訴えかけてくる。この男はギャングだ。
「…あ、あんたは!……なんでここにッ!」
先程まで狩る側だった人間が肩を竦めるほどの男の貫禄。初対面のポルナレフ達も、畏怖とは程遠い威厳を間近で感じた。幹部の命により動いてるであろう男たちが静止するということは、幹部以上の地位に座するという証拠。だがボスではない、レネートの記憶に当てはまらない。
「……参謀…か…………いや」
レネートはどこか怪訝そうな表情をする。
「…急用で来ただけだ。さっさと仕事に戻れ」
「は、はいッ!」
蜘蛛の子を散らす勢いで、ギャング共は一目散に去っていく。軍事教育を施されたように臨機応変かつ俊敏な動きで、すぐに奴等の姿が見えなくなる。
これで一件落着、というわけでもない。
「見知らぬ男よ……何故助けた、奴らは同業者じゃあねーのか」
ギャングを追い払う謎のギャングに対し、ポルナレフは疑り深く問う。組織の実力者が直接始末しにきたのではないか、と疑う事は必然的な思考であるからだ。
男は表情一つ変えず、堂々と答える。
「私はかつて「子供」に助けられた。幼い子供にだ………だから私も、君達を助けた……」
「そうか……恩に着る……俺の名はJ・P・ポルナレフだ、あんたの名を教えてくれないか」
「………名乗るほどの誉れではない……では」
2人は振り向かずに颯爽と立ち去っていく。
「ヘイヘイ何だァー?あいつ。気取りやがって」
脅威が去り気の抜けたホル・ホースの一言で、重苦しい閉鎖空間は開放される。数々の疑問が2人を襲う。
「パッショーネの人間だと思うか?……俺はギャング以外の有力者と睨んだぜ」
「……おそらく何処かの組織のドン………かと」
調査はパッショーネに集中しているので、2人は他の組織の情報には疎い。調べればすぐにドンの顔など判明するだろうが、殆どのイタリアンマフィアはパッショーネと敵対しているため有力情報は何も得られないだろう。あの男はただの聖人君子、それ以外のことを深く考察しても損だ。
チャーター便を手配してもらいたかったが、SPW財団との連絡がとれなかった。ということで普通にローマ行きの便に乗ろうとしたが、何故かことごとく席が埋まっているのだ。ポルナレフとレネートは組織の仕業だと確信している。このサルディニアからは一歩も外へ出させないという、無言の圧が伝わってくる。
ならばティレニア海を渡るべし。組織の目の届かない辺境の漁師に、漁船を貸してもらえばなんとかなるだろう。
「ちょっと待ちな!」
何年経っても五月蠅い男だ。
ホル・ホースがこのままサルディニアにいてくれれば助かる。運の良いやつだから、なんやかんや生き延びるだろう。そんなことを頭に思い浮かべながら、2人は空港の外へ向かう。モタモタしている時間は無い。
SPW財団との連絡はおろか承太郎やジョースターさんとの連絡すらとれないのが致命的だ。もし一大事があった場合には、救助や仲間が呼べないことになる。しかも顔写真を入手出来たとしても、連絡手段が無ければ意味を成さない。イタリアから脱出するか……組織に2人だけで立ち向かうか……
「俺をこのまま放置したら、お前らも命がいくつあっても足りねーぜ。俺のハジキはポルナレフ、オメーの知るように超一流だ、そこでどうだい?ここいらで共闘関係を結ぶってのも………」
顔を上げると、2人の背が遠く彼方に見えていた。
「オ、オイッ!地中海に沈むのは御免だぜェッ!待ってくれ!頼むよォオーーー!!!」
*
再びヴェネツィアの暗殺チームアジトにて。
モルテの姿は見えず、リゾットとメローネは微妙に相容れぬ感情で話し合う。
「……その「コンピュータ」は何なんだ」
「!………君……まさか見えるのか?僕の『ベイビィ・フェイス』が」
「…?」
「なら、スタンドの素質はディ・モールト(非常に)良いぞ。期待の新人ってやつだな………何、先輩面はしないさ……モルテのチームに、書類上以外での上下関係は無い。第一、僕は君より年下だ」
今までリゾットが見てきた威勢だけの大人達とは違い、メローネは冷静で物腰が柔らかい。彼の言う『ベイビィ・フェイス』という語に聞き覚えはないが、例のスタンドというヤツか、とリゾットは察した。
「……これ以上の「指示」は不必要、あとは『ベイビィ・フェイス』が標的を発見するのを待つんだ。今回のは追跡と会話しかできない、使い捨てのジュニアだ…いいか?実際に暗殺するのは君自身だ。それが、モルテの入団試験だからな」
「分かっている……それよりも、奴はどこにいる。いとこを殺した犯人はどこだ…」
「まあ落ち着けよ……む、『ベイビィ・フェイス』から連絡だ。何々……?「ローマの市街地にいる。美容院にいる」……だ、そうだ。行くか?入団試験はもう始まっているが…」
コンピュータで誰かと会話をしている。リゾットはそれを十分理解していないが、スタンドを用いた追跡ならば情報は正しい信じている。
彼の答えはどうなるか。「少し待ってくれ」といって逃げ出す者は多い。チームの情報が漏洩するのを防ぐためにもそういう愚者は殺すが、リゾットはそんなタマじゃあなさそうだ。
「行くに決まっている……今すぐに、だ」
「ブラヴィッシモ(とても良い)。君は最高だな」
ヴェネツィアからローマへ。
飛行機での所要時間は約1時間10分。
▽ ホル・ホース が なかま に なった !