イタリアン・シルバー   作:湯麺

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書き方を微妙に変えました。
女子がちょっとだけ髪切ったみたいな感じです。


ヴァーチャル・インサニティ その1

 

 

 

 ローマ テルミニ駅。その名称の由来は、近くに古代ローマ帝国のディオクレティアヌス浴場の遺跡があった事から、公衆浴場を意味する「テルマエ」を由来とする地名からとったものである。

 近代建築でガラス張りの建物には、地下鉄や空港行き路線は勿論、バス、トラム、タクシーの発着所、地下には銀行からレストランまで、これでもかというほどの施設が入っている。これをローマの玄関口と言わずしてなんと言うか。

 

 3人はティレニア海を無事渡り切れたことが、逆に恐怖だった。幻覚を見せられているんじゃあないかという底知れない不安があった。親衛隊という存在自体が不明瞭であることも加わり、警戒心はよりいっそう強まっていた。

 

 組織はあえて、彼らを迎えている。

 

「知ってっかい?古代ローマの貴族ってのは贅沢を極めてたらしーぜ。でもよォー、なんでも程良くってのが大事なんたぜ」

 

 古くさい禁煙用タバコを口にくわえながら、外でイタリア人女性をナンパしている。

 懲りない男、ホル・ホース。彼だけは外気を浴び、非警戒態勢である。  

 

 残りの2人はホル・ホースを余所目に、カフェで優雅にしている。ポルナレフは大して好きでもないエスプレッソを口に運び、レネートはG・ベンフォード/G・エクランドの「もし星が神ならば」を読みふけっている。

 

「…………」

 

 茶飲み話をするわけでも、相席になった客同士でもない。空想を記した紙の束だって、レネートは好きでは無い。

 

 彼らは開店当初から待っている。世にも奇妙な「それ」を受け取るのだから、何が起きるか知れず多少は緊張感がある。

 人為的な危険なら、受け渡す担当者が組織に殺されるというのが、最もありゆるパターンだ。それ以外は、予想すらできない。

 

 

 2年前、承太郎と共に行ったエジプトの調査で発見した一つの「矢」。グリーンランドのとある事件によって、その矢の中には未知のウイルスが眠っている事が分かっている。そして同所に存在する隕石からも、そのウイルスは見つかっている。しかし、そのウイルスが何なのか、何故接触すら危うい隕石を矢に応用できたのか、財団の力をもってしても未だ解明には至っていない。

 もう一つ、パッショーネの調査をして判明したことは『矢は人を選び、選んだ者を磁力のように引きつける』ということ。そうでなければ、単なる犯罪組織に多くのスタンド使いがいる理由がつかない。

 

 

 客とおぼしき老人が席に腰を下ろす。ブラックコーヒーを小動物みたいに少しずつ飲みながら、時計を度々気にしている。

 

 コーヒーを飲み終わってから数分後、その老人は重苦しそうに店を出ていった。

 

「………………」

 

 老人は一つの角張ったスーツケースを、席と席の間に置いて行っている。するとすぐに茶色いそれを、ポルナレフは何食わぬ顔で持ち上げる。

 決して新手のスリの手口ではない。定時連絡が途切れた場合に限り、SPW財団の人間がポルナレフに手渡すことになっている。レネートも、その中に入っている物をよく知っている。

 彼らは「矢」を受け取った。

 

 補足ではあるが、財団の人間と接触したのならば、間接的命令で増援を呼ぶことができる。しかし、ポルナレフはそれをしなかった。

 スタンド使いを有する組織といっても、所詮は生まれたてのヒヨコ。スタンドに物言わせて暴力だけでイタリアを牛耳る、団結力も積み重ねも無い組織だ。相棒となれば真価を発揮するホル・ホースもいる今、恐れることはない。と考えていた。

 

 その行動が、破滅を呼ぶことも知らずに。

 

 

 *

 

 

 アルベルト・サエッティ。それが父の名だ。現在はローマで翻訳家をやっている。代々翻訳家に就いていた家系だから、自分もなったという粗末な動機らしい。

 両親の離婚理由は今でも知らないし、知ろうとも思わない。自分にとってはそれが一番なのだ。

 トレヴィの泉にコインを一枚、妹と一緒に肩越しに投げたことがある。当時はあどけなく、深い想いは無かった。だが今は、妹への申し訳なさだけが心に残っている。

 

 

 イタリア共和国の首都ローマ。

 築数百年を越える建物が軒を連ねる旧市街に、アルベルトは住んでいる。イタリアでは景観を損ねる修復・改築は法律で制限されているため、元に戻す目的での修復工事はあっても解体や再建築はほとんどない。

 新築の住宅は少なく、あったとしても安全面での信頼は薄い。過去の栄光の保全は、弛まない努力によって生まれるのだ。

 

 路上駐車が道路を塞ぎ、石畳の上を人々は行き交う。広がるのはイタリアの模範的な古き風景。

 

「じゃあ……僕1人で行ってきます。あなた方みたいな人が来たら、変な風に疑われますから」

 

 ベージュ色の外壁が3人の前にそびえ立っている。

 そのアパートは3階建てで、周囲一帯に似た建物がズラリと並んでいる。一見間違えそうだが、それは他とは違い全階が住居となっているため比較的分かり易い。

 

「おいレネート、こいつはまだしも俺ぁ女一筋だぜ?もうイタリア人は懲り懲りだけどよォー」

 

「嘘つきやがれッ!」

 

 犬猿の仲ではあるが、やはり似た者同士。

 どちらも女には甘いだろうに。彼はそう思わざるを得なかった。

 

「冗談ですよ、数分で終わります」

 

 レネートはスーツケースを片手に、父の待つアパートへと入っていく。

 残されたポルナレフとホル・ホースは用心棒の如くアパートの共用玄関の前に立つ。

 彼のことだ、マジにディアボロの写る写真だけ貰って帰ってくるだろう。

 

 過ぎ去っていく人々は顔立ちが様々で、人数は多くも少なくも無い。せっかくのローマなのだから観光したい気もするが、命には変えられない。

 ふと、2人の視線は一点に集中した。

 

「ホル・ホース、あそこにある花屋でバラを買ってこい。同行料の代わりにしておいてやるぜ」

 

「ちょいと待ちな、先に目をつけたのは俺だ」

 

 視線の先、向かい側の路肩に停められた車の前に立つ、可憐な少女。後ろ姿しか見えないが、それだけでも可愛らしさは感じられる。

 少女というにはやや大人びていて、誰かを待っているように見える。そう考えると、2人は話しかける気持ちを抑えた。

 

 ローマの空が黒雲を迎え入れる中、観光客たちは折り畳み傘を取り出すなり店に入るなりの備えをする。

 それを合図として、事は動き出す。

 

「…ハッ……ハァッ…ハァッ………!」

 

 右端のアパートから飛び出してきたスーツ姿の男と、ベスト姿の男が車へと疾走している。

 

 明らかに観光目的ではない彼らは畏怖の形相で、例の少女に怒号を飛ばした。

 

「その車から離れろッ!さっさとしろ!」

 

「おい女!どきやがれッ!!!」

 

 明らかに躍起になっており、彼らは理性を失っている。1人がスーツの内ポケットから最新式の拳銃を取り出し、標準が定まらぬまま少女を撃とうとしている。

 よく見れば彼らは服の所々に血がとんでいて、髪が乱れている。正気を保っていない様子を見るに、仲間が殺されたに違いない。彼らはギャングだ。

 

 冷戦は既に終わり、ここ数年は犯罪組織の摘発が検察により執り行われている。それに対してイタリアの犯罪組織は報復的な抗争を繰り返し、至る所で多くの血が流れているのだ。

 といってもそれは、スタンド使いを持たない犯罪組織だけの話。パッショーネとは関係無い。

 

「!……お、おい!危ねーぞッ!」

 

 間近で起こった突飛な出来事に、ポルナレフとホル・ホースは驚きを隠せなかった。すぐ止めようと、彼らは走り出す。

 

 ギャングの男は今にも引き金を引こうと、震える指を掛けている。それに対して少女は悲鳴を上げて全力で逃げ去る……ことはなかった。

 

「どけって言ってるだろーがァアッ!!クソッ!クソオオオオオオ!!!」

 

 雄叫びが街を駆け回り、それと同時に銃声も響き渡った。耳の奥が痛みに襲われ、もれなく人々は音源を見る。

 

 撃ったことは事実。だが男の手は震えていたし、少女だって恐怖していたはず。両者の恐怖心が重なれば、万が一当たっていたとしても、急所ではないはず……

 

 しかしその光景は、一瞬で血の気を引かせた。

 

「………なッ………!?」

 

 彼女は全く動じずに銃弾を左胸に受けていた。

 三重苦なのか、恐怖で気絶していたのか、少女は逃げなかった。まるで死を迎えるかのように、揺れる銃口から放たれた弾をその身で包み込んだのだ。

 

 心臓にめり込んだ銃弾は穴を開け、多量の返り血がスーツを赤黒くする。

 

「……は……は?…………え……?」

 

 撃った男は思わぬ事態に浮き足立ち、後ろに下がる。冷や汗が体中を湿らせ、降り始めた雨と混ざり合う。

 

 男は少女が死んでしまう事に恐れているのではない、「現象」への理解が及ばない事に恐れていた。起こった現象は刹那で、より詳しい情報を知るのは撃った男しかいない。

 そして完全な詳細を知る者は、少女一人。

 既に能力は完了している。

 

「…………」

 

 唖然としていたポルナレフとホル・ホースは拳を握り締め、覚悟を決める。助けられなかったことへの後悔もあったが、それ以上に怒りがあった。

 実際のところ自分たちとは無関係だし、迂闊に手を出せば危険に近づくことになってしまう。だがそこで、無力な人間を撃った卑怯者を見逃すことなど彼らにはできなかった。ましてや幼い女の子を撃つなど、言語道断。

 初めて利害が一致した。

 

「!」

 

 小さな地震と、次なる衝撃に彼らは歩みを止められる。

 然るべき報いを受けた。と思っても、それはあまりにも突発的すぎた。

 

「ウギャッ!!……」

 

 石畳を突き破り、地面からの「杭」がギャング2人を串刺しにした。背筋が一直線に伸ばされ、真紅の血が杭を滴る。

 光沢の無い杭は、岩石で創られている。鋼鉄程ではないが硬質、円錐状、それは股間から脳天にかけてを見事に貫いていた。

 

「何ィッ……!?」

 

 お前たちは蚊帳の外にいろ、と言われているように感じた。更に、殺しに次ぐ殺しのせいで、自分たちは一体誰を狙うべきなのか判らなくなっていた。

 岩石の杭はほぼ確実にスタンド能力。本体はポルナレフたちを追ってきたパッショーネの人間の可能性が大きい。だがあのギャングらしき男たちに手をかける理由は、理解できなかった。

 

 雨が激しくなり、彼らは絶え間ない雨音を一つ残らず聞き取る。灰色の空の下、感じたことのない寒気がしている。

 いつの間にか男たちの死体と杭は完全に消え去り、時間が戻ったかのように閑散としていた。どこかへ飲み込まれた、のかもしれない。

 

 すると共用玄関の扉が開けられ、暗然たる雰囲気が溢れ出す。男たちと同じアパートから、一歩一歩ゆっくりと地面を踏み締めている。

 

 殺害者の殺害を執行したその男に、2人は近づけなかった。ギャングたちを杭で貫いたのは奴だ、それ以外の判断と処理が追いつかなかった。

 

「殺す覚悟のない者は……武器を持ってはならない。まあ、相手が悪かったのかもしれないね」

 

 モルテ、その人であった。

 暗殺者チームのリーダーである彼の今回の対象は、パッショーネの縄張りを奪い取ろうと画策したミランツァ組の人間。観光客など眼中にない彼の殺人行為は、暗殺とはかけ離れたものだった。

 

「あ、モルテ。久しぶり」

 

 少女は彼を見ると、車に寄っかかりながら挨拶をした。

 人殺しの男と対等に話し出す彼女もまた、現状の異常さを彩っている。

 

「ああ、半年ぶりかな…?………それにしても、今の君は珍しく能天気だね。考え事かい?」

 

「能天気だなんて……あなたに言われたくない」

 

「…フッ……それもそうだね」

 

 彼は言い終わると、ポルナレフに瞬間的に視線を送った。見た目に反した温かい視線は、赤子を見守るようで、心の底に恐怖を植えつける。

 

 こいつはヤバい、と自分が自分に訴えかけてくる。支配者という器には納まらない、まるで何万年も世界を見てきたかのようなオーラ。今まで組織を軽んじていたポルナレフは、組織の本気を見た気がした。

 

「……人生は素晴らしい。ここまで一堂に会するとは……コカキも呼べば、もっと素晴らしい」

 

「冗談はやめて、私は嫌い……てゆーかモルテ、あなたまた偽物使ってるでしょ。目の色が違う」

 

 少女は目を細めて、ズバリと言い放つ。彼は目を閉じて微笑んでいた。

 

 偽物とは、モルテの能力で創り出した人形のこと。言動は全て本物が操作し、通常ならば偽物などと見破られることは絶対に無い。偶然今回は目の色が微妙に薄い、とはいえそれに気づくことは無理難題だ。

 

「……君にはお見通し、ということだね。こいつには入団試験の付き添いと仕事をさせている……本物は今、「とある仕事」を遂行しているよ」 

 

「…とある仕事?」

 

「機密情報……とでも言っておこうか。では」

 

 彼は少女の前を通り過ぎると、いつの間にかいなくなっていた。

 目の錯覚か?いや、偽物としての役割を終えたために消えたのだ。

 

「……全く……ワケがわからねーぜ」

 

 ハットを深く被り、茫然としている。

 

「…………」

 

 ポルナレフはそこはかとない違和感を持っていた。頭にモヤがかかるというのは、こういうことなのだろう。思い出せそうで、咽まで出かかっていて、全く覚えていない。テスト中に、基礎的な単語を書くだけの問題が解けないような、もどかしさ。

 

 2人は道路のど真ん中に立ち往生し、一人その場に残された少女を眼に映す。

 

「な、なあ……お嬢さん……怪我はねーのかい?もし腰抜かしたのなら、この俺が…手を貸すぜ」

 

 ホル・ホースが切り出す。

 

「……ありがとう…でも、あなたじゃあない」

 

「?」

 

 振り向いた少女の風格は、穏やかさの奥に冷酷さを秘めていた。澄んだ瞳はどこか虚ろで、諧謔を好まなそうな無表情。

 

 冷気と雨を白い肌に受け、彼女は動き出した。

 露出の多い衣装に、後ろでまとめられた長髪。視線の先にホル・ホースはおらず、実のところポルナレフもいない。もっと先に彼女の標的はいる。

 

「最も早く先に進む方法は…………相手の存在を否定する事…違う?…J・P・ポルナレフ……」

 

 彼女は車体後方から回りこみ、車で隠れていたそれを披露する。

 

「!」

 

 それは「刀」だった。夙に腰のベルトに携えていた刀を、雨粒が伝っていく。

 空気が歪むほどの気を放ち、黒い鞘に収められたそれはまさしく「妖刀」と呼ぶに相応しい。銀色の鍔は半円状に大きく広がり指を保護でき、中心に紺碧色の宝石がはめ込まれている。血に染めるなど勿体ない、美しい一品。

 

 ポルナレフは、刀身を見ずともそれが何なのかを知っていた。

 

「な……それは『アヌビス神』の刀……!?……見た目は変わっているが…なぜイタリアに…!?」

 

「……人はね、理解できないものに恐怖を示すの。だから、あなたは正しい。それでいいの……結局は皆、恐怖したまま朽ち果てていくから」

 

 抜刀し、切っ先を正面に向ける。

 アヌビス神本来の刀身は、三分の一程度しかない。しかし修復した継ぎ目は見えず、鏡のように世界を映し出している。

 

「貴方の命…貰い受ける」

 

 

 




 
※少女は最初から最後まで1人です。
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