イタリアン・シルバー   作:湯麺

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ヴァーチャル・インサニティ その2

 

 

 

 観光客はとうに逃げ去り、視界が歪むほどの大雨が支配する世界。石畳の間を縫うように走る雨水の道が、突如として塞がれる。

 踏み出されたポルナレフの足だった。

 

「オイまさか……戦うのかポルナレフ!俺は女には手を上げねーって決めてるんだぜ!それはオメーも同じはずだ!」

 

「俺はこの女……いいや、嬉しいようで嬉しくねーが……このスタンドには絶対に勝てない…だがやるしかねーぜッ!……チャリオッツ!」

 

 呆然とするホル・ホースを余所に、シルバー・チャリオッツを突撃させる。

 

「「アヌビス神(この子)」は前から言っていた、あなたとジョータローという男に復讐する……と」

 

 人形のようにか細い腕で、刀を振るう。

 少女に躊躇いはなく、チャリオッツと互角かそれ以上に刀剣を交え始めた。

 

 『アヌビス神』とはエジプト九栄神のアヌビス神を暗示する、刀に宿ったスタンド。本来は本体を持たず、刀に触れた者を洗脳し本体とする。しかし今、彼女は正気を保っている。スタンドが本体を操るのではない、お互いが意思疎通し共存している。

 

「くッ……!」

 

 腐っても剣の達人であるハズのポルナレフの突きは、赤子をあやすがごとく流されている。先手で仕掛けたのにも関わらず、現在優位に攻めているのは少女。

 火花が散るも、一進一退ではない。

 

「私はあなたに、絶対に負けない」

 

 構えや姿勢、振りは鍛えられてはいるが、ポルナレフには遠く劣る。だというのに、ずっと彼女にのみ前進を許している。それは何故か?───アヌビス神とは、昔エジプトでも戦っている。それによって生じる、大きなディスアドバンテージがある。

 アヌビス神は、一度戦った相手に二度と負けることはないのだ。

 

「マズいッ!……ウォォオオーーーッ!!!」

 

 あらゆる剣撃が弾かれ、防御するのがやっと。このまま続ければ、押し切られて失命待つのみ。

 

「…うッ……ホル・ホース!……今勝てるのはオメーだけだぜ!」

 

「何言ってやがる!まさか俺に女を傷つけろっつーのかよーーッ!」

 

「死にてーのか!ゴチャゴチャ言わずに皇帝(エンペラー)で奴の脳天を撃ち抜けッ!」

 

 ポルナレフの知る限りでは、アヌビス神とホル・ホースは戦ってはいない。つまり、奴のスタンドなら勝てる見込みは十分にある。ここでやっと、奴を同行させてきて正解だったと感じた。

 そう言っている間にも、彼女のスピードは増してきている。もう耐えきれない。

 

「さっさとしやがれ!!!」

 

「俺が……!女をォッ…!?」

 

 メギャン──右手に銀色の回転式拳銃を顕現させる。それは様々な拳銃の特徴が混在したようなスタンド。

 しかし、いつまでも銃口は地面を狙っている。

 

 葛藤うんぬんのレベルですらない。

 彼は女に嘘はつくが女だけは殴ったことはない。ブスだろうが美人だろうが女は尊敬しているからだ。そのプライドをドブに捨てて、殴るどころかスタンドで撃ち抜くという事など、出来るはずがない。

 

 生温い汗が額を縦断する──意志を曲げるか、決断しなければならない。仲間と自分の生死が、かかっている。

 

「ああ撃ってやる……撃ってやるともッ!こちとら銃なんだぜーーーッ!!!」

 

 声と手が震え、引き金に指が近づかない。

 

「じれったいぜッ!飛ばせチャリオッツ!」

 

 ポルナレフも勿論、女に怪我を負わせたくはない。だが今は、死ぬか生きるかの正念場。信じたくはないが少女はパッショーネの刺客だ。故郷フランスを救うためにも、結局のところパッショーネは壊滅させなければならない。

 咄嗟の行動でも、長年積み重ねられたポルナレフの技巧は燦然と輝いている。

 

 チャリオッツの剣を射出させ、車体で跳ね返して皇帝(エンペラー)に衝突させる。剣は建物の壁に突き刺さる。

 その超精密な剣飛ばしにより、トリガーは押し込まれた。

 

「何ィーッ!?オメー勝手にィッ……!」

 

 否応なしに、皇帝(エンペラー)から弾丸が発射された。

 それと同時、剣先を飛ばしたことにより、無防備になったポルナレフは刀をその身で受け、厚い胸板に爪跡に似た大きな傷が刻まれた。

 

 叫びをあげる。壁に激突し、ポルナレフの刀傷からはザクロの種のように肉が見え、止まることを知らない血液が水溜まりを赤く染めている。

 

「こんなことになるなら来るんじゃあなかった!俺は無罪だぜ!許してくれよシニョリーナ!」

 

 行き先は少女の眉間。空気を切り裂き、一発の弾は直進する。

 心に抜けない釘を打ち込む事になるが、始まってしまったのならもう後には戻れない。流れに身を任せる。

 

「…『ヴァーチャル・インサニティ』は殺せない」

 

 そう口を開き、彼女は自ら突っ込んできた。

 

「何ーーッ!?」

 

 冷静さを失っているホル・ホースにはその理由がカケラも分からない。ただ突っ走り、弾丸を迎え入れようとしている少女の思考に対して、もう一度頭を抱える。

 皇帝(エンペラー)の能力を使う気は無いし、少女は能力を知らない。つまり、少女は死ぬ。考え直せと?疑念が交錯し、「それ」が起こるまでに答えは出なかった。

 

 弾丸が眉間にめり込む。

 ホル・ホースは返り血を浴びると共に、顔を上げた。

 

「……!!」

 

 誰だお前は。解答は容易。失血しそうだな。少女はいない。雨が強い。服が重い。顔が冷たい。どこから来た。解答は容易。お前は俺だ。

 これこそが少女のスタンド能力。

 

「…弾をぶち込まれたのは……俺……?」

 

 返り血の主は「ホル・ホース」だった。

 

 この時この場には、背格好は多少違えどホル・ホースが2人いる。そいつは、目の前で眉間から真紅を噴出させている。

 更に見ると、そいつはまだイカしたヒットマンだった時代のホル・ホースだ。もみあげは短く、輪郭もシャープで若々しい。格好は今よりも控えめだが、愛用のテンガロンハットは変わらず。

 

 俺が撃ったのは、若かりし頃の俺!

 自分の身が崩れ去る音が、最期に聞いた音だった。石鹸みたく体が泡立ち、四肢の端から呑み込まれる。意外にも痛みは無く、意識はとても朧気だった。

 心なしか、泡の一つ一つが喜怒哀楽を表現する奇妙な顔に見えた。

 

 

 *

 

 

 夕日が部屋を照らす。強制的にかけられたレコードからはフランツ・シューベルトの「死と乙女」が流れ続け、2人は遙か彼方に耳をかたむける。

 

 猫が飼い主にじゃれるように、幼い少女は床に座りながら彼のスーツをなぞる。倚子に座る彼は、それに返す形で少女の頭を撫で、至極穏やかな表情を浮かべていた。

 

「とある「パラドックス」がある…「過去の自分を現在の自分が殺害したらどうなるのか?」という有名な話だ。また、殺害対象を祖父母や両親にしてもこれらは十分な話題となる……」

 

 レネートはかつて、語ってくれた。

 

「例えばお前が1年前に遡り、その時代のお前自身を殺せば、それより後の時代のお前は死人となる……つまり…「過去に遡り過去の自分を殺した」という現在のお前の「一連の行動」は、行われていなかったことになるんだ」

 

 どう足掻こうとも、死人は生き返らない──と彼は付け足す。

 

「だかその行動が無くなれば、過去のお前は殺されなかったことになる…つまり………現在のお前はキッチリと生きていて、一連の行動を行ったことになる」

 

 まだ舌足らずな私に、聖母の眼差しを向けながら流暢に話す。その様は、束の間の休息を楽しむ親子。

 

「気楽に考えてみるんだ……結末を。終わりが……どこにあるのかを」

 

 次の日、レネート・ダフトパンクはその幼い少女に名前を与えた。ピラウ・ビアンクという名を。

 

 

 *

 

 

「…………ハッ!!」

 

 喉の奥が痛むほどに息を吸い、ふと気がつく。皇帝(エンペラー)の弾丸は大きく軌道を逸れ、ポルナレフの肩をかすめていた。

 

「ホル・ホース!誰が「俺に向かって撃て」と言った!情でも移ったかッ!」

 

 怒られたのも仕方がない。決して故意に狙ってはいないが、無意識の内に相棒を殺しかけていたのだから。

 つい数秒前まで悪夢にうなされていたような感覚が湧き上がり、謝罪をする気は押し潰された。

 

 少女はその場に留まり、少し口角を上げながら刀を水平に構えている。アヌビス神の妖気以上に、妖しい雰囲気を醸し出していた。

 

「あなたの皇帝(エンペラー)……覚えたわ」

 

 滑らかに刀を納める姿には、演武のような気品がある。それ程の余裕を持っている。

 

 アヌビス神は一度戦った相手の戦法や動きを覚えることができ、二度目以降の戦いでは決して負けないという能力がある。その能力のせいで、かつて戦った経験のあるポルナレフは、もうアヌビス神に勝つことは不可能なのだ。

 「覚えた」─なぜ銃弾を受けていないのにそう言えるのか疑問だった。だが結論はすぐに出た。「単なる上辺だけのハッタリにすぎない」という結論が。

 

 それでもなお、少女には勝てない。剣を失い、かつ既に覚えられているポルナレフと、どうしても女を撃てないホル・ホース。

 車を爆発させるか?ここは狭い路地だ、自分たちも含めて被害は計り知れない。逃げるか?レネートを置いていくことはできない。

 

 誰もが敗北と答える現状。雨は更に激しく降り注ぎ、勝機は遠い雲の上にある。

 

「……自己紹介がまだだった。貴方はポルナレフだけど、そっちは誰?…私の名前はピラウ……ピラウ・ビアンク」

 

 と、ホル・ホースに目を向ける。

 ピラウ・ビアンク……不思議な名だ。

 

「……ホル…ホースだ」

 

 身震いしながら返答する。

 

「ありがとう……ホル・ホース。人の名前を忘れるなんて、失礼なことよね……。アヌビス神(この子)も覚えてるんだし、私も名前くらいは覚えないと…」

 

「?」

 

「過去を振り返らないためにも、敬意は大切。私はいつでも、未来を追い求めているから…」

 

 ピラウは消える。圧倒的なスピードで縦横無尽に駆け回り、車の間や上を使って翻弄している。目で追うことはかなわない。

 アヌビス神を扱う人間には、尋常ではない運動能力が付与されるということらしい。

 

「一つ質問……」

 

 後ろから、前から上から事も無げな声が響く。

 何時何処から斬られるか予測不可能な素早さと、無気味な冷酷さを彼女は兼ね備えている。エジプトでアヌビス神と会った時の、チャカという青年との戦いと全く一緒だった。

 

「……未来と過去の境目って、どこなの?…昨日と今日の境界はどこ?」

 

「そんなこと聞いて何になるッ!」

 

「……答えてよ」

 

 きつめの話し方は、まるで試そうとしているようだった。不正解は許されない

 23時59分59秒と0時0分0秒の境界。言われてみれば、コンマ何秒の世界でさえも昨日と今日は存在する。果たして未来と過去の境目……現在はどこにあるのか?

 数秒だけ思考を巡らせると、荒削りの回答一つが残った。

 

「「無い」……んじゃあないのか」

 

 ポルナレフは答えてみる。

 

「エザッタメンテ(その通り)……人々がよく言う「今」というのは、厳密に言えば過去……「現在」なんてものは限りなくゼロに近い…」

 

「!」

 

 喉仏に、刃の冷気が触れる。いつの間にか背後をとられ、命を握られていた。

 真理の話は注意を逸らすためだったのか。

 もうホル・ホースには頼れないし、抗う術は残されてはいない。そんな思いにふける中、ギロチンのように生首と身体が分離された自分の姿が脳裏を過ぎった。

 

「ひと思いに……やってくれ…」

 

 長い絶望に苛まれるなら、むしろ死んだほうがマシだ。故郷フランスの悲鳴もレネートの想いも蔑ろにして、少女に殺される。女に手をかけるよりは、騎士道に準じていると言えるだろう。

 諦めてはいない。だが、自分たちだけではピラウには敵わない。ギャングたちを串刺しにした男といい、パッショーネを甘く見すぎていた。

 

 力を込めず、刀を引く。

 そしてすり抜けた。アヌビス神の物質透過能力を使ったのだ。

 

「……!?」

 

 なぜこのタイミングて透過能力を使用したのか、ポルナレフには分からなかった。今までの素振りから考えるに、慈悲や慢心があるとは思えない。

 

 ピラウは再び刀を仕舞い、道路の真ん中へ歩き出した。足取りは軽く、喜んでいるようだった。

 

「もう、時間。あなたがレネートの友達だからって、お喋りしすぎた……アヌビス神(この子)も怒ってる…」

 

「……何を言って…?」

 

「「交代の時間」……って言ってるの」

 

 もしや、二人目の刺客と交代制で自分たちと戦うつもりだったのか。絶望は偶然により逃れられた、ということは無いらしい。迚も斯くても、彼女が何者なのかは不明のまま。

 少女は小さな水溜まりを軽く飛び越える。翻訳された注意書きを読み上げるように、透き通る声で話す。

 

「「他の私たち」は貴方たちの話に耳を貸さないわ……強い固定観念と執着心を持っているから。いかなる変化も彼女らの目には映らない……仮にそれが真実であっても…………彼女らが求めるのは真実ではなく「決着」なの……」

 

 攻撃の停止、交代の時間、他の私たち、彼女ら。パズルのピースが一部分だけ噛み合った。

 

「……じゃあね…………気をつけて」

 

 ピラウ・ビアンクは多重人格者である。

 

 

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