■『勇者の隣の式神さん』のバレンタイン小話となります
少しでも楽しんでいただけたら幸いです
2020.02.14
「あのねユウキ。狐たちはユウキにお願いがあるの~」
「お願い?」
いつものようにベッドの上でゴロゴロ寛いでいる最中、唐突に狐ちゃんが言った。天ちゃんの方が。オレの躯に凭れていた狐ちゃんたちだが、急に起き上がって身を乗り出したのだ。なんだと思った矢先のお願いである。
狐ちゃんたちなら犬井のように変なことは言わないだろうという確信があるが、いったいどんな内容なんだろうか。ついでに言うと、犬井に凭れてつつ背後からがっちり抱きしめられているのがオレだったりしますよ。
「言ってみ?」と先を促すと、狐ちゃんたちは「あのね!」「あのね!」とはしゃぎだした。しっぽがパタタタと左右に揺れる。はあー、かわいい。
『狐たちはユウキの手作りチョコがほしいの!』
重なる声に、思わず「んあ? チョコレート?」と呆けた声が出てしまったが、しかたがないだろう。意味がよく解らなかったのだから。チョコレートがほしいとはどういうことだ? ――あ? 冬でチョコレートがほしいっていうのは――……。ああ! もしかしなくともバレンタインデーか!
どこかの誰かさんのせいで今年の手伝いは早々に断念せざるを得なかったからか、すっかり忘れていたよ。道理で城の中のどこもかしこも甘い匂いがするはずだわ。はー、犬井の嫉妬はどうにかならないものかね。
「管狐、もう一度言え」
「狐はユウキの手作りチョコがほしいの!」
「狐もユウキの手作りチョコがほしいの!」
「却下だ」
犬井の即答に対し、狐ちゃんたちはショックを受けた顔をしたが、眉をつり上げるのが早かった。「主様の横暴ー!」「主様の意地悪ー!」と犬井の腕をぺちぺち叩き始める。
「狐ちゃんいじめんなよー。うぶぉっ!?」
「あのな、ユウの手作りチョコレートなんて俺でも食ったことがないんだぞ」
頬をむにむにされたあと、「そりゃあまあ」とひとり納得する。
「バレンタインなんてオレは食う側だしな。犬井が手作りした分をくれるからいい気分だぞ~」
もらえないと悲しまなくてもいいのはとてもよいぞよ!
毎年小さめのホールのガトーショコラとチョコレートブラウニーのふたつをいただいていたが、召喚されてからというものなくなってしまったのが痛い。あ、もちろん家族みんなで別けてたぞ? 独り占めはしないからな、オレだって。食べ物の恨みは恐ろしいとちゃんと解っているし!
犬井が腕を払ったことで叩くことをやめた狐ちゃんたちだったが、それでもぶうううと頬を膨らませている。よほど不満らしい。
「ほら狐ちゃん機嫌直せなー」
おーよしよしと頭を撫でると、狐ちゃんたちは管狐姿に戻って頭の上に乗ってきた。『狐たちはユウキのチョコがほしいの~』と呟いて。
「犬井犬井」
「却下。簡単に絆されるのな、悠希くんは」
「いや、オレひとりで作るんじゃなくて、犬井と一緒に作るんだよ」
「一緒、か」
眉間に皺を寄せる犬井に言えば、すぐさま天を仰ぐ。断るなら喉元に噛みついてやるぞ、覚悟しておけよ!
「――解った。さっさと作りにいくぞ」
「え……、いいのか!?」
「その代わりに、食わせろよ」
「食わせろって……、あーんしろってことか?」
そうだと頷く犬井に「そんなのいくらでもしてやるよ! ありがとな!」と飛びつくが、すぐさま引き剥がされてしまった。頬が赤いのは見なかったことにする。
「いくぞ」
「おう!」
◆◆◆
交渉の上、作ったチョコレートを献上することになったが、なんとか厨房の一部を借りられることとなった。犬井は交渉事がうまいよなあ。
細かく刻んだミルクチョコレートを湯煎で溶かし、スライスアーモンド――正確にはアーモンドに似た木の実――を混ぜて、スプーンで掬う。ちなみに、細かく刻むのは犬井の仕事だった。手伝おうかと申し出ても却下されたので応援だけは頑張りましたよー。
クッキングペーパー――に似た薄い耐熱紙を敷いたパッドに並べていく。が。何個か形が崩れ、スプーンの裏側で直す作業に入る。
「あ、指についたっ!」
声を出せば犬井に腕を取られ、ペロリと舐められてしまった。少女漫画を実現するんじゃないわい!
「少女漫画やめろおおおお!」
「意味が解らん。ユウが舐める前に舐めただけだろ」
「オレは舐めるなって言ってんの! つか、作業中についたからといってほいほい舐めないからな!?」
「はいはい」
「はいは一回でいいんだよっ」
「はいはい」
くそ、ネコミミを撫でるのやめろや! 頭を振りたいがしかし、狐ちゃんたちが頭の上にいるので出来ずじまいだ。「ユウキのチョコレート」「ユウキのチョコレート」と鼻唄を奏でている。ああ、癒されますわあ。
「もうちょっと待ってろよー」
「狐は待ってる~」
「狐も待ってる~」
うん。上機嫌だな。
作業に戻り、チョコレートをすべて並べ終えると犬井に任せることにした。魔法でばばーんと冷やしてもらうのだよ。
「犬井頑張れー」
「はいはい、頑張る頑張る」
軽い口調で言うがまま、魔法が行使されていく。オレだって使いたいのに、全然使えないのはなぜなんだ。いや、特訓あるのみだけれども。
「ほらユウ、味見しろ」
早くも固まったチョコレートをひとつ取れば、唇の前に差し出される。甘い匂いに釣られて口に含むと、チョコレートとアーモンドの絶妙な味が広がった。
「うまい!」
「それはよかったな。箱詰めして終わるぞ」
「はーい」
完成したチョコレートを小さな箱に六枚セットで詰めていく。細長く切ったクッキングペーパーもどきの緩衝材の上に乗るアーモンドチョコレートは輝かしい。魔王様たちに差し上げる分と狐ちゃんたちにあげる分を詰め終えると、犬井にあげる分もせっせと作った。
「よし、完成! ――はい、どうぞー」
いつの間にか人型になっていた狐ちゃんそれぞれに渡すと、「ユウキ大好き~」と抱きついてきた。すぐさま犬井に引き剥がされたが。
「わがままを聞いた分、ユウに触れるのは禁止だ」
「主様の意地悪ー!」
「もう一度言ってみろ」
「狐ちゃんにキレるなっての! ほら犬井戻ろうぜ」
キレそうな犬井の手を引いて、なんとか無事に部屋に戻ってこれましたよ。メイドさんたちが後片付けを名乗り出てくれたので任せたが、彼女たちは本当に働き者である。感謝せざるを得ない。
「犬井、あ~ん」
「スライスアーモンドも合うな」
「オレもそう思う!」
「なるほど、チョコレートブラウニーだけではなく、そのまま使っても大丈夫なわけか」と続けられる言葉は料理好きの性というやつだろう。
犬井の機嫌も戻ったようだし、狐ちゃんは狐ちゃんでチョコレートを大事そうに食べ始めたし、めでたしめでたしだな。
「おい犬井、腰を撫でてくんな」
「はいはい」
これはアレだ。終わりは遠くなるってか?
「あ~んしただろ!」
「足りるわけないだろ」
そう言われると返す言葉がありませんわ。犬井は我慢してくれたし、オレも頑張るしかないよな?
「朝までは無理だからな」
「一応頭に入れとくわ」
極上の笑みが返ってきたあとは、そういうことですよ。ロマンスしちゃいました、というね。
ほら、バレンタインデーなので。
(終わり)
【 あとがき 】
今年はなんとかバレンタインデー(14日)に公開出来ました!私はやり遂げましたよ!!!
ホワイトデー小話があるのかどうかは私にも解りません。
2020.02.14
◆ 執筆時期 ◆
執筆開始 : 2020/02/11 - 執筆終了 : 2020/02/14