「わぁーー、きれ〜い!!」
ララが驚くのも無理はない。彼女の周りには、大きな青いアクアリウムの中で色とりどりの熱帯魚が泳ぎ回る、幻想的な光景が広がっているのだから。
知ってる人はおおよそ見当がついていると思うが、一応説明しておく。
今、俺とララ、美柑、ペケがいる場所は彩南町の都市部、それも最近建ったらしい、水族館の中へとやって来ていた。
もちろん、ここに来るまでには経緯がある。最初は、ようやく休日になったと言う事で、ララの洋服を買う為に町へとやって来ていたわけなのだが、彼女は周りにあるモノに片っ端から興味を持ち始め、服を買うのはかなり後になっていた。
「リト、早く早く! 次はこっち!」
「ララ……頼むから服買った後にしてくれ……」
「いいじゃん。別に急いでるわけじゃないんだし」
そんな会話をしながら、ようやく服屋に辿り着いた俺達だったが、あろう事かそこは下着類なども一緒に売っている店。
手間が省けたのは良い事だったが、さすがに男である俺が女の下着売り場には入りたくなかったので、外で待つ事にした。それもざっと二時間。まぁ、支払いが俺だったので結局は店内へ入ってしまったのだが。
大量の服や下着を嬉しそうに俺へ押し付けてくるララの横で、美柑はついでと言わんばかりに自分の持っていた服も俺に押し付けてきた。
「リト、おごって♡」
そんな小悪魔じみた笑顔でこちらを見てくると、買わざるを得なくなってしまう。美柑は『結城リト』……いや『男』の扱い方慣れてそうだ……。もう『妹』と言うよりも『姉』に近い物を感じた。将来が恐ろしいな……
そんな事に怯えていた俺は、当然美柑の服も買ってやった。もともと、この買い物の目的はララの服を買う事だけではなく、日頃のToLOVEるで少しギクシャクしてしまった美柑との関係を取り戻すため、彼女を楽しませようという目的もあったのだ。彼女の心境がどんなものなのかはわからないし、こんな事で気が楽になるとは思っていなかったのだが、それでも今の俺はできる事をやるだけだった。
買ってもらった服を荷物に加えてキャーキャーと嬉しそうに騒ぐ美柑とララを尻目に、考え事をしながら会計を済ましていた俺へ、レジの店員が何かのチケットみたいなの物を渡してきた。
それがこの水族館の割引券だったのである。勿論、ララはそれに興味を持ち、半ば流れる様な形でここに来ていたのだ。
ちなみにララの服装の事だが、最初は美柑の服をコピーさせていた。彼女の服はボーイッシュな物だったが、それは美柑もララも似合っていたのだから、気にする事ではない。
服を買った後、ララは店で着替えた。黒のワンピース姿だ。ペケが彼女の服から離脱して、ようやく俺は一安心したのだった。
とまぁ、随分と端折った説明だったかもしれないが、勿論この間までにも様々な出来事があった。
ド◯キ・ホーテみたいな店では宇宙人みたいなお面を被らされたり、昼飯を蕎麦にしたらララは食べ方がわからなかったり、おやつにたいやきを買おうとしたら『つぶあん』にするか『こしあん』にするかで美柑とケンカをしてしまったり……。
そんなかんじで、終始二人に振り回された俺は今ようやく休息というべき、近くの広間のベンチにぐったりと腰を下ろして、二人を離す事にした。「荷物見とくから、適当に回ってこい」と言って。
「しじみはいないのかなー?」
「う〜ん、探せばいると思うけど……」
遠くの方で困惑している美柑を心の中で応援しながら、俺は熱心にしじみを探しているララの方を見た。彼女の手には、俺がゲーセンのクレーンゲームで取ったぬいぐるみを大事そうに抱えている。
ララが欲しがっていたので、俺がそいつを取ってやったのだ。しかし、やはり『結城リト』の様に上手くはいかなかった。彼なら一発で取れただろう。俺は原価よりも高い値段を注ぎ込んでしまった。
どうしようもなかった事実に俺が頭を抱えていると、突然、隣りに座っていたペケが俺の膝の上へと座り込み、体を俺の方に向けてきた。
『リト殿……アリガトウゴザイマス』
「えっ?」
いきなり、お礼を言われた事に何が何の事だかわからず、俺は彼の『眼』 グルグルと目を回した様な模様を見つめた。
『と、言うのもですね…………あんなに明るいララ様の笑顔を、私は久しぶりに見れました……』
「……別に俺のおかげでもないだろう……。初対面の時も普通に笑ってたし……」
『少し前までは、私を気遣ってくれる笑顔がほとんどだったもので……』
俺はペケの言葉を推理した。
ララが家出をしようとした時、彼女に絶大な忠誠心を持つペケは当然ついて来たのだろう。しかし、彼女がやろうとしていたのは家出だ。それも銀河を股にかけた大逃亡。無謀もいいところである。
そんな危険すぎる家出に『コスチュームロボ』という目的だけの理由でララがペケを一緒に連れて来てしまったのかと言われると、ちょっと変だ。服なんざコピーではなくちゃんとした本物を着ればいいのだから。
ペケの言葉から考えてみると、ララはペケの同行断ったのだろう。『お見合い詰めの生活から逃げる』という自分にだけ関係のあるワガママな目的に、わざわざペケを巻き込む必要などないのだから。
ララは純粋でちょっぴり天然な女の子だ。だが、例えアホの子であっても人の気持ちが考えられない様な馬鹿ではない。
「……きっと……無意識に、行動に出ていたんだと思う……」
『やはり……そうですか……』
ペケは沈んだ様に肩を落とした。これじゃあなんだか本物のぬいぐるみみたいで、ちょっと恐い。きっと、ララについて来た自分を悔んでるいるのだろうか。
そんなペケを、俺はヒョイと持ち上げてララの方へと向けた。端から見れば、この光景は『ぬいぐるみを持っている男子高校生』。さすがに年齢の限界を感じる行動だが、今は気にしない。
「でも今は違うんだろ? もう、いいだろ……過去の事は……」
『…………………………』
遠くに見えるのは、ゆったりと泳ぐ大きな魚を見てはしゃぐララ。緩い青の光に包まれているこの場所でも、彼女のピンクブロンドの髪はひと目で判別できるほどの存在感を放つ。
その彼女からは、周りの人々をみんな笑顔にしてしまう程、輝かしい笑顔を見せるのだ。このベンチでぐったり座っている俺でさえ……。
ペケは何を思うだろう。この地球に来て良かったと感謝するのだろうか、やはり私は来るべきではなかったと後悔するのだろうか。
やがて、彼はクルッと俺の方に顔を向けた。
『わかりました……。これからはアナタと同じ、ララ様を守ると言う行動に切り替えたいと思います』
「……ありがとう」
ギ・ブリーの事件の直後、俺はララと一緒に西連寺を保健室へと運んだ。
『ToLOVEる』で保健室と言えば、あのグラマラスで大人の魅力ムンムンのあの先生を思い出すが、その時の俺にはそこまで頭が回る余裕もなく、この嫌になってくる気分と重荷から開放されたかった。ララに西連寺の事を任せ、担任に嘘をついて帰宅した。なんかもう……やってられなかったから。
後日、俺はギ・ブリーの事件をペケに話していた。当然そこにララはいない。デビルーク王の悪態を彼女に聞かせるわけにはいかないだろう。
話を聞かせたペケの反応は、ロボットだからなのか、ララに忠誠を誓っているからなのか、俺の話に同感し、デビルーク王に対する結構キツめのトークも話してくれた。ペケらしいと言えばペケらしい。
だが、ララの事になると表情は一変した。どうやら彼もザスティンと同じ、かなり前から深く悩んでいた様だが、あまり行動はとらなかったらしい。なぜだと聞いたらこうだ。
『所詮、私はロボットですから……』
思わず絶句する程、重たい一言だった。空気まで重くなってしまったので話はここで終わらせたが、それからしばらくペケは何かを考える様にしている事が多かった。
所詮ロボット…………ペケはそんな風に自覚しているようだが、深く考える必要などないと思うのが俺の考えだ。こんなに、『話し』、『思い』、『考える』ロボットなど、人と大して変わらないだろう……
だから俺はペケに人らしい事をさせてみる事にしたのだ。デビルーク星ではどうだったのかは知らんが、ここでは誰も気にしない。お前は、人らしく振る舞っていい。
「ペケ、俺はお前の事……頼りにしてる」
『ハイ?』
「ララの事を一番知っているのは……お前だ……」
ペケはしばらく黙っていたが、しばらくして俺の方を向き、目の前で胸を張った。俺の膝の上で……
『……ハイ、お任せください!』
声のトーンが上がった。元気な声だった。彼の表情からは全く読み取る事ができないが、元気になった様だ。
俺はペケの前に掌を見せる。言わばハイタッチの構えである。
『……何ですか?』
頭にクエスチョンマークを浮かべた様なペケの反応に俺は困った。どうやらを知らないらしい……。
「え〜と……『ハイタッチ』って言う、人と仲良くなった時や、気持ちを同調する時に使うヤツだ……」
『は、はァ……』
戸惑いながらもペケは自分の掌を前に出した。今になって気がついたのだが、彼の手には関節のある指がちゃんと存在した。しかも五本指だ。ゲームが出来るではないか。
そんな感動は頭の隅に追いやって、俺は差し出した掌に勢いをつけた。
「せ〜の」
ペチン、と情けない音だったが、それでも何とかハイタッチになっていたので俺はホッとした。と言うか嬉しかった。彼に、人らしさのある事が出来たと思うのだから。
「これからもよろしくな……」
『ハイ♪』
そう言って、ペケは笑った。まんまるとした頭に現れたのはグルグルの渦巻き模様の目ではない。綺麗な湾曲を描いた曲線が現れ、笑っていたのだ。
アレ? 普通にカワイイぞ……
そんな事を思っていたら、いつの間にかペケの目は元に戻り、俺の方を見ている。
『それにしても不思議です』
「ん?」
『リト殿の眼を見ていると、何だか私の考えている事を見透かされている様な気がするのです……』
苦笑いするしかなかった。