結城リトの受難   作:monmo

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第十七話

 学園祭の出し物が決まって数日後、俺達は設けられた時間や放課後を使って、催し物の準備を始めていた。

 

 「おーし!! いよいよ彩南祭まであとわずかだァ!! 各自、与えられた準備をしっかりやってくれい!!」

 

 アニマル喫茶の熱意に満ち溢れた猿山の号令と共に、俺達のクラスは一致団結して返事を返す。最初は馬鹿馬鹿しいと思っていたが、これをやるかやらないかで気合いの入り方が違う事を知ったのは、ずいぶん前の話だ。

 

 ともかく作業が始まるので、俺は猿山に言われている通り、自分の仕事を始めようと椅子から立ち上がった。

 

 「リト〜、一緒にやろ〜」

 

 のんきな声を出しながら、おれの所へとやって来るのはララ。ここ数日は毎回一緒に作業を行っていたから、特に違和感を感じる事ではない。

 だが、そんな俺と彼女の間に、突然猿山が割って入ってきた。

 

 「おっと、ララちゃん。こっちこっち!」

 

 猿山は俺に近付こうとしていたララを止めると、彼女の前で謝罪をする様に肩を落としながら手を合わせた。

 

 「ワリぃ、リトにはもう別の作業、用意してんだ」

 

 「え〜、そーなのー?」

 

 ララは彼の言葉に納得していないようだったが、猿山は彼女から理由を問いただされる隙も与えず、レン達が集まっている場所へと誘導を促してきた。

 

 「ララちゃんは家庭科室の方へ行ってくれ、ケーキの練習やるぞ!」

 

 「え、ケーキ作んの!?」

 

 その単語に大変興味が湧いたのか、ララは曇りかけていた表情を少しだけ晴れやかにする。そんな彼女の子供の様な反応が久しぶりで、俺は「行ってこい」と手を振ってやった。その時の俺の笑顔は、素だったと思う。

 

 「じゃあリト、また後でね。ケーキ作ったらもってくるね〜!」

 

 彼女はブンブンと元気に手を振りながら、レン達のグループと一緒に教室を出ていった。彼女を見送った俺をよそ目に、猿山は西連寺を呼び寄せ、俺達二人の前に立つ。

 

 「おしっ。じゃあリト、西連寺。教室の飾り付けは、お前ら二人が中心となってやってくれ」

 

 「うん、わかったわ」

 

 すでに飾りは前回までの時間からララと一緒に作り上げていたので、後はもう飾り付けるだけの状態である。西連寺は特に反抗もなく素直にうなずいたが、俺は今の言葉に少しだけ疑問を持った。

 

 「ん……ちょっと待て。お前は?」

 

 「俺は家庭室行って、喫茶店に出すケーキの練習の指揮しなきゃなきゃいけねえんだよ」

 

 「あぁ……わかった、行ってこい……」

 

 「そっちは任せたぞー!」

 

 と、ララの集団に続いて、逃げる様に教室から出て行った猿山の後ろ姿を見送って、俺は悪態を吐いた。

 

 「指揮っつったって……本音は、味見がしたいだけだろ……」

 

 「あはは……猿山君ったら……」

 

 西連寺の乾いた笑い声を皮切りにして、俺は教室に残ったヤツらに指示を下し、自分の作業を始めた。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 作業自体は特に問題もなく進んだ。ただ、困った事になったのは、そろそろ一旦休憩しようかと西連寺に話しかけようとした時だ。

 

 「やだなァ……あの衣装……」

 

 その呟きは唐突すぎるものだったが、聞こえずらかったわけではないので、俺は彼女が何を言っているのか理解した。

 

 「えっ? アレって……アニマルのあの衣装?」

 

 「うん……」

 

 俺が話を聞いてくれる事を期待していたのか、コクンとうなずいた彼女は、自分の右腕を使って垂れ下げたままの左腕ごと体を小さく抱きしめた。目線は飾り付けをしていたテーブルの上で、俺と視線は合っていない。

 

 「あんなの……恥ずかしい……」

 

 ほのかに顔を赤らめ視線だけを俺の立つ方向へと移す西連寺。その瞳は俺に同情を望んでいるのだろうか。結城リトなら「そんな事ねーよ!」と、全力で否定してあげるのだろう。

 だが、俺は彼女に言葉を投げかける事ができなかった。いや、言葉自体はすぐに思いついた。でも……周りの視線がこの時俺に、

 

 「ねぇ、セロテープない?」

 

 と、いきなり俺達二人の空間を貫く声がすぐ後ろから聞こえた。振り返れば、そこにいるのは籾岡と同じ様な、ギャルっぽい雰囲気を持った女子だった。

 

 「えっ? どっかその辺に……」

 

 俺はすぐ、周りで作業しているヤツらに声をかけたが、あいにくどこもかしこも全て切れていたようだ。

 

 「うっわっ、きれやがった、最悪だ!」

 

 一人の荒っぽい性格をした生徒が叫んだ。それと同時に、もう一人の女子も溜息を漏らした。

 

 「うっそ〜……」

 

 テープは後もう少しだけ使う予定がある。今なくなると猛烈に面倒なのだが、切れたものは仕方がない。自分の葛藤の中から戻っていた西連寺が、声をかけてきた。

 

 「結城くん。私、買い出しに行ってこよっか?」

 

 「いや、俺が行く。ちょっとひとっ走りするだけだから……」

 

 別に、最低限買うだけの物はセロハンしかないのだから、わざわざ一緒に行く必要もない。コンビニはこの学校からでも結構近いから、あっとういう間である。だから、俺は特別に誰かを誘う事もなく、自分の財布を手に取り、教室の扉を開けた。

 

 「じゃ、行ってくる」

 

 「うん。気をつけてね」

 

 見送ってくれた西連寺に手を振り、俺は教室を出た。早歩きをしながら、経費は猿山の方に回しておくかと心の隅で考えていた俺を、突如として呼び止めようとする女性の声が聞こえた。

 

 「ちょっとそこのアナタ!」

 

 「?」

 

 急に呼ばれたその声に、俺は歩んでいた足を止め、振り向いた。

 

 そこには、片手を腰に、もう片方に手を胸に当て、仁王立ちで踏ん反り返る、見るからにしてプライドの高そうな女性が俺の方を見下していた。スタイルもいいが、特徴的なのはその髪型で、白に近いブロンドのロングヘアを側頭部の高い所で左右それぞれおだんごの様に丸め、肩へとかかる髪は緩い縦ロールという、なんとも面倒くさそうな髪型なのだ。残った後ろ髪は癖っ毛なのか、ウェーブしている。

 

 「二年B組、天条院沙姫!! この(わたくし)が、あなたと付き合ってあげてもよろしくてよ!!」

 

 

 

 ……俺は危うく、この人の存在を忘れかけていた。

 

 

 

 『ToLOVEる』の中では先輩ポジションであるにも関わらず、出番が少なく、出たとしても毎回ララのせいで不憫な目に合う事の多いキャラ。一言で言うならば、残念な美人。

 そして遠い未来、おそらくザスティンの嫁になるであろうこの女性。名前は先程本人が言っての通り、『天条院沙姫』。どこぞの会社の、正真正銘のお嬢様なのだ。

 

 そんな事はさておき、さぁどうしよう。俺は正直、この人とは関わりたくないというのが本音なのである。性格に多少どころかかなりの難がある上、関わるとロクな事になっていないのが原作の知識からの未来なのだ。この人も俺達に関わってこなければ、もう少しまともな運命を進めるはずなのに、自ら事件を持ち込んでくるのだから厄介だ。

 『結城リト』は彼女と不運命的な出会いを、豪快なスルースキルで押し切ってしまったが、俺はそういうわけにもいかない。第一、声をかけられて、もう止まっちまった。だから彼女の反応に答えてしまったのである。

 

 できれば関わりたくない相手。彼女に返す俺の言葉はもう決まっていた。

 

 「いや……結構でs、

 

 「そんな事言わずに! あなたのクラスより、よっぽど魅力的な女性がいることを……教えてさしあげますわ♪」

 

 だが、俺の言葉が言い終わる前に、天条院先輩は俺の首元に腕を絡めると、ララほどではないが豊満な胸を俺に押し当ててくる。そして、舐める様な視線で上目遣いをしてきた。

 別にドキッとしたわけではないのだが、俺は彼女を振り解き、諦めさせようと説得を試みたが、全く話を聞いてくれなかった。

 

 やがて、俺の方が根負けした。

 

 「じゃあ……この買い物の間だけ……」

 

 「ほほほほっ! どうせなら、ずっとそばにいてもいいですのよ!?」

 

 勘弁してください。決して口では言わず、俺は心の中で呟き、彼女を連れて買い出しに出かけた。

 

 こんなに面倒な事になるなんて思ってもいない。学校から出ても、先輩は俺より前の道を歩き、なにやらブツブツと自慢に満ちた様な口調で何かを呟いていた。たぶんくだらない事だと思うから、俺は何も言わなかったが、正直、ちょっと引いた。

 

 「先輩……」

 

 「フフフ……これであのララとか言う娘も……」

 

 「先輩!」

 

 「っ! なっ、なんですの?」

 

 一回り大きな俺の声に驚いて、先輩は俺の方へと振り返って目を丸くした。こういう部分は可愛らしいのに、普段の状態はあれなのだから救い様がない。

 声をかけた理由は、何て事のないただの質問である。先程から会話が一切ないので、こちらから振ってあげただけだ。

 

 「いや……先輩達のクラスは、彩南祭の出し物は何やんのかと思って……」

 

 「フフン、気になりますの? なら、特別に教えてさしあげますわ!」

 

 別に特別ってほどでもないだろうと心の中でツッコんでいる俺の心境など微塵も知らず、先輩は道を歩きながら腕を組んで踏ん反り返った。

 

 「今、彩南祭で注目の目玉になっているのは、あなた方のクラス、1-Aによるアニマル喫茶! それに対抗すべく、この私が考えあげたのは……昆虫喫茶ですの!! ウエイターはお客様の好みに合わせて様々な昆虫のコスプレをs、

 

 「あぁああ……もういいっス先輩……」

 

 まだまだ色々と話をしようとする先輩を押止め、俺は先輩のクラスの様子を想像した。二年のやつらはきっとこのワガママお嬢様の意見に振り回されたんだろうなぁ……と思うと、可哀想だと感じてしまう。

 

 

 

 だから、俺は助け船を出す事に決めた。こんな事で助かるとするならば、良心の儲け物だろう。

 

 

 

 「でも先輩? それなら昆虫じゃなくて、俺達と同じアニマルでいった方が絶対に良いと思いますよ?」

 

 「アラ、どうして? 私は、良い考えだと思っていますのよ?」

 

 唐突な俺の意見に、彼女は自分の意見を理解されていないのが不思議といった表情で、俺の方を見てきたが、無視して言葉を続ける。

 

 「だって……そんな昆虫喫茶とか、遠回りにまどろっこしい喫茶店開くよりは、堂々と同じ喫茶店開いて対抗した方がカッコいいでしょ? 目には目を、歯には歯を、アニマルにはアニマルみたいで……」

 

 「う〜む〜……た、確かに、それもありますわね……」

 

 少し悩み始めた先輩。好機だと思った俺は、更に言葉を続けた。

 

 「あっ、先輩。よかったら、俺達のクラスと合併しません? 先輩みたいな美人が一緒にやってくれるなら、俺んところの実行委員も喜ぶと思いますよ?」

 

 この先輩、褒めれば大体の言う事には賛成してしまう。この人のダメな部分なんだろうけども、今はその部分を利用させてもらった。

 

 ほら、この人……もう鼻で笑ってる……。

 

 「……フフフン♪ そこまで言われては仕方ありませんね。いいでしょう、この天条院沙姫率いる2-Bは正々堂々とあなた方に対抗させてもらいますわ!!」

 

 ビシッと俺に向かって宣戦布告と言わんばかりに指を指す先輩。俺は笑っていたが、内心は笑いを通り越して呆れていた。

 これで、このワガママお嬢から何十人かは救われただろうか……まだわからないが、少なくともマシにはなったと思いたい。

 

 その後、俺と先輩はコンビニに到着し、目的の物であるセロハンテープと、喉が渇いていたから教室で飲む用のお茶、それと適当な飲み物を数本を明るい黄緑色をしたカゴの中に放り込み、レジを済ませた。

 

 帰り道は学校に戻ってくるまで一切の会話はなかった。先輩と口をきいたのは下駄箱に到着して上履きに履き替えた後からだった。

 

 「俺は教室に戻ります。俺んところの実行委員はたぶん……家庭科室で料理の指導してる筈ですから、先輩はそっちに行ってください。じゃあ、俺はこの辺で……」

 

 そのぶっきらぼうな言い草は、さすがに先輩でもショックだったのか、俺を引き止めようとする。

 

 「え? ちょ、ちょっとお待ちになって! 私とあなたは付き合っておりますのよ? いくらなんでも冷たすぎやしません!?」

 

 「……だから、買い物の間だけって言ったじゃないですか。それに……俺……。……先輩の事、好きでもありませんし……」

 

 正直あんまり言いたくはなかった。これで変な因縁つけられても困り者なのだから、なるべく穏便に済ませたかったのに……彼女の思考は俺の斜め上を驀進していた。

 

 「アラ……ひょっとして照れ隠しですの? ほほほっ! ハッキリ『幸せです!』と感想を言ってもよろしいのよ!」

 

 

 

 この野郎……

 

 

 

 こんな好きでもない相手からのデート、よく耐えた方だと思う。

 だが、もう限界だ。このままじゃ、この人を好きになった人が可哀想だ。次この人が好きになった相手が可哀想だ。そう……いつかこの人の婿になるザスティンが可哀想だ!

 

 俺は、彼のためにハッキリと言う事にした。この際嫌われた方がこっちの都合がいい。遠慮なく言ってやろう。

 

 「……ならハッキリ言いましょうか? 先輩、彼女として失格っス」

 

 やや強めの口調で言い放った台詞に、先輩は驚愕と怒りの混じり合った様な表情で俺を見た。

 

 「なっ!? 何を理由にそんな……」

 

 「先輩……何か意味わかんねー満足感に浸りっぱなしで、俺の話何度か無視するし。ずっと腕組みっぱなしで、手を繋ごうともしない。おまけに、そもそも……俺と一緒に並んで歩こうともしなかった。どんな美人でも、こんなん付き合ってる身としては溜まったもんじゃない……!!!」

 

 伝えているのは事実だけ。俺は彼女に反論させる隙も与えず、ズバズバと彼女のプライドを言葉の刃で削ぎ落していく。彼女が何も言えなくなってしまう程に。

 

 「……ぁ………、……」

 

 そして、何も言えなくなった先輩に、俺はとどめの一撃を言い放った。

 

 「最悪っス、先輩……♪」

 

 それが余っ程効いたのだろう。彼女はうつむいて何も言わなくなってしまった。これで少しは懲りただろう。言うべき事は終えたので、俺は西連寺達の待っている教室へ戻ろうと足を運ぼうとした、そのときだった。

 

 「貴ッ、貴様!! 沙姫様をこれ以上愚弄するのはっ!!?

 

 怒りに満ちた、誰の声かもわからない女の声色に俺は先輩の立っていた方へ振り返ると、そこには先輩だけでなく、どこからともなく現れたもう一人、暗めの茶色いロングヘアをポニーテールにした女性が、眉間に皺を寄せ、竹刀を片手に俺の方へと突撃しようとしていたのだ。

 

 しかし、俺は特に緊急回避行動をとるわけでもなかった。あくまでその女性は突撃をしようとしていただけ。

 彼女は先輩の横に伸ばした腕に止められていたのだ。激情のままに振り上げたらしい竹刀は、彼女の手元でわなわなと震えていた。

 

 「沙姫様!?」

 

 「よしなさい凛……。あなたが手を下したところで、彼からの印象を悪くさせるだけです……」

 

 凛と呼ばれたその女性は、先輩の落ち着いた声を聞いて、なんとか激情だけは沈め、握りしめている竹刀を静かに下ろした。しかし、まだ納得はしてはいないらしい。

 

 「し、しかし……っ!」

 

 「ですが……

 

 まだ何かを続けて話そうとした彼女を、先輩が手の平を彼女の前に出して押しとどめた。完全に彼女を黙らせた先輩は、開いた手の平を今度は自分の胸の上へと置き、握った。

 

 「……私にもプライドというものがあります。このままあなたにバカにされたまま終わるのは、天条院家末代までの恥ですわ!!」

 

 そこまで言うと、先輩は両手を前に合わせて、まるで自分に言い聞かせる様に、ゆっくりと話し始めた。

 

 「……ですから次は、もっとあなたのことを考えて……あなたに満足できる様なお付き合いをしてみせますわ!!」

 

 最後の方で元のプライドの高い口調に戻っていたが、そんな事を本人は気にせず、今度は俺の方に、先程見た時よりも更に力強く、指をさしたのだ。

 

 「次は彩南祭の当日! この私にもう一度、あなたと付き合うチャンスをくださいませ!!!」

 

 勢いのままに言ったのだろう、彼女の瞳には悔しさの涙が溜まっていて、俺は速攻で拒否する筈の心に迷いが生まれた。そして、甘えが出るのだ。次で最後にするなら、聞いてやっていいんじゃないか、と。

 

 まさかここまで面倒な事になるとは思わなかった。だが、後々のザスティンの事を考えれば、これは受けるべきなのだと思う。あの人には、俺とララのために頑張ってくれた、返せるかどうかもわからない恩がある。これが後々彼の幸せに繋がるのなら、これぐらい耐えてみせる。

 

 「……わかった、いいでしょう……」

 

 俺がそう呟くと、先輩はなぜかもう勝ち誇った様な笑みを浮かべていたので、俺は更に言葉を続けた。

 

 「ただし……覚えておいてください先輩。先輩のデートが良かったとしても、俺は先輩とは付き合えませんから……」

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 (西連寺視点)

 

 

 

 彩南祭まで、あと一日。私は色とりどりに飾り付けられた教室の中、接客用のテーブルに座って窓の外を眺めていた。

 

 教室には私一人だけ、作業はもうほとんど終わっているから、今は買い出しに出かけた結城くんを待っているだけ。

 

 (結城くん……遅いな……)

 

 いや、遅くなんてない。ただ、私が自分自身を急かしているだけなんだと思う。だって、このまま結城くんが帰ってくれば、私と二人きりなんだから。

 

 窓から射し込む夕焼け色の空を見ていると、夏から秋になって、日が暮れるのが早く感じている。結城くんや、ララさん、リサやミオとの思い出はいっぱいあるのに、あっという間に季節が過ぎている気がした。

 

 そう、いっぱい。喜びにも悲しみにも分けられない思い出が……。

 

 私は、ララさんとレンさんのデートを結城くんと追いかけたあの日、結城君と別れた後の事を思い出していた。

 

 

 

 (じゃあ……さよなら……)

 

 (またね……結城くん……!)

 

 私に背を向けて走る結城くんのバッグにはペケさんが手を振っていて、私も何となく振り返していた。

 結城くんが見えなくなった後、私はもう自分の恋は叶わないと思って、そこでようやく一粒の涙が流れたけれど、それでも私は自分の大好きな人が幸せになっていくのが嬉しくて、ずっと笑っていたんだ。

 

 でも、そんな私を見たリサは、突然一言こう言ったの。

 

 (春菜……あんたやっぱり好きなんでしょ?)

 

 その言葉にいきなり本心を突かれた私は、恋の終わりを見届けている筈だった自分の心から急に引っ張り上げられ、わけもわからないままリサに答えた。

 

 (えっ!! ちがうよ! 結城くんとはララさんと一緒になってほしかったから、っ……)

 

 私は思っていた事を口にしただけだったが、私を見てリサはニヤリと口元を歪めた。

 

 (私『結城くん』なんて一言も言ってないけど?)

 

 (あ……)

 

 

 

 やられた……

 

 

 

 そこから帰り道。私はリサとミオに自分の思いを打ち明ける事になってしまった。

 やっぱり恥ずかしかったけど、二人は私の話を何もおちょくったりしないで、ずっと相づちをうちながら聞いてくれた。

 私……二人にバカにされると思っていたから、本当に嬉しかった。だって、結城くんと私じゃ釣り合ってないでしょ? 好きな物とか趣味とか全然違うもん……。

 

 って私が答えると二人は、

 

 (そんな事ないよ! ララちぃと結城もだいぶ釣り合ってない♪)

 

 (だから、合わなくたって大丈夫なんだよ! きっと!)

 

 って笑顔で返された。

 

 (そっか〜、やっぱり春菜もリトの事好きなのかー)

 

 (臨海学校のときから思ってたけど……春菜が結城をねー)

 

 (で、でも……どうしてわかったの? ……私が、結城くんを好きだって……)

 

 (あんた、結城の隣りにいると少し顔赤くなってたし)

 

 (喫茶店の時なんか、ずっとチラチラ見てたもんね〜♪)

 

 (うぅ……)

 

 二人からの事実を聞いて、私はみるみる顔の周りが熱くなるのを感じて、両手で頬を押さえた。もしかしたら、二人はずいぶん前から気がついていたのかな……?

 二人にバレてるってことは……結城くんにもバレてるかもしれない……

 

 (でも、どうすんの? このままじゃ結城、ララちぃと付き合っちゃうよ?)

 

 ミサの問いに、頭の熱気が抜けてきた私は、両手を下ろして話そうとした。けれど、

 

 (……もう、いいの……。結城くんがララさんと一緒になれるなら……私……、

 

 ((そんなのダメっ!!))

 

 その手は二人に掴まれ、胸の近くまで引っ張り上げられた。私は二人同時に叫んで、私と身体を密着させるリサとミオを見て、飛び跳ねるくらいに驚いていた。

 でもその二人の眼は何か必死で、私は何も言えなかった。

 

 (春菜、私言ったじゃん。そういうの、自分の恋愛も見逃しちゃうって!)

 

 (で、でも……)

 

 もし、私が結城くんへの思いに素直になったら、私はララさんと対立してしまうかもしれない。そんな事、私にはとてもできない。ララさんは私と同じ人を好きになった、大切な友達だから……

 

 (それに、私……ララさんに比べたら、顔もプロポーションも……)

 

 そんな私の言葉に、リサは溜め息を吐いた。

 

 (結城が見た目で女を選ぶ男だと思う?)

 

 (そぅだよ)

 

 うん……そうだよね……喫茶店で四人で話し合った後だもん。結城くんがそんな男の子じゃないのは、心に染みるくらい、わかってる。

 

 それでも、やっぱり恐いのかもしれない。ララさんとの友情を裂くのが。

 

 (とりあえず、これから春菜のやる事は?)

 

 (う〜ん……どうしよう……)

 

 (このまま結城にいっても断られる可能性があるから……ララちぃに自分の思いを伝えてみるのが良いと思うよ?)

 

 (えっ!? そしたら……ララさん……)

 

 (大丈夫、春菜。ちゃんと話し合って! 私達に結城の思いを打ち明けたときみたいに!)

 

 (ララちぃはいきなり怒る様な子じゃないから!)

 

 その言葉を聞いて、少しだけ決心がついたのは確かだけれど、私にはもうひとつだけ、知りたい事があった。

 

 (ねえ……リサ……ミオ……?)

 

 (ん?)

 

 (春菜?)

 

 (どうして私のために……そこまで考えてくれるの……?)

 

 それは一瞬の沈黙だった。私は、学校で結城くんとレンさんがいがみ合っていたのを、リサとミオと一緒に見ていた。二人は争ってる様子を見て面白そうに笑ってたから、今のこれも何か楽しみの一環なんじゃないかと考えてしまった。今までの思い出で、二人が細かい事まで考えているときは、何かイジワルな事を考えているときだったから、そうなんじゃないかと心の隅で思ってしまった。

 

 

 

 でも、数秒後、私の考えていた事は、本当にバカだった事を知る。

 

 

 

 (そんなの……親友だからに決まってんでしょうが!)

 

 (ララちぃだって親友だけど、春菜だって私達の親友だもん!)

 

 (結城がどっちを選ぶかはわかんないけど、私は応援してるよ! 春菜!)

 

 (どっちが早く結城をオトすかな〜♪)

 

 

 

 それは、あまりにも無責任な応援だったのかもしれないけど、当たり前の様に言ってくれたあの言葉には、嘘も偽りもないと信じている。

 

 

 

 (………………っ…)

 

 (えっ!? ちょ! 泣かないでよ、春菜!)

 

 (春菜〜!)

 

 

 

 今までずっと溜め込んでいた思いを誰かに話せた私は、そのまま自分の感情も漏れてしまったんだと思う。

 でも、そんな状態の私を受け止めてくれる人が、目の前に二人いる。いつか、そこに結城くんも増えてほしいと願ったのは、ずいぶん後の話。

 二人に抱きついた胸の中で、私はこれからの事は考えず、ひとつの事だけを思っていた。

 

 

 

 この二人が私の親友で良かった、って。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 「ただいまー、って……何でみんないねーの?」

 

 勢い良く教室の扉が開いて、そこから結城くんの声が聞こえて、私は思い出に浸っていた意識から目を覚ました。

 

 「あ、うん……結城くんが出たすぐ後に、ケーキができたらしくって……」

 

 「……で、みんなそっちに行った……ってか? 何てヤツらだ……」

 

 結城くん、なんか出て行く前よりずいぶん不機嫌な様子だけど、何かあったのかな?

 私は心配したけれど、結城くんは「まぁ、いいか……」って呟いて、持っていたレジ袋をテーブルの上に置くと、中身を取り出し始めた。私はそれをジッと眺めているだけ。何か話をしたいけれど……。

 

 「え〜と……セロハン3個。それと……あー、西連寺……お前紅茶嫌い?」

 

 「えっ!?」

 

 突然、自分の好きな物を尋ねられ、私は驚いた。けれど、そのときにはもう不機嫌なオーラは出ていなかったから、私は素直に答えた。

 

 「う、ううん……好きだけど……」

 

 「じゃあ、ハイっ」

 

 私の答えに即答するかの様に、結城くんはレジ袋から何かを取り出して、私に投げ渡してきた。慌てて手に取ったそれは、紅茶のペットボトルだった。

 

 「えっ……? これ、どうしたの?」

 

 「買ってきた……なげー作業だったから、休憩用に……」

 

 私は、嬉しくて声が漏れそうになった。自分の好きな飲み物だった事は奇跡だけど、私のために買ってきてくれたのだから。

 

 「……迷惑だったか?」

 

 「う、ううん! そんな事ない! ……ありがとう……♪」

 

 そのときに言ったありがとうは、ずいぶんと感情がこもりすぎていたと思う。結城くんもたじろいでいたから、やっぱり変だったと思う。後になってバクハツしそうになった。

 

 そのあとは二人でテーブルに座りながら、クラスの事も、時間も忘れて、結城くんとお話をしていた。最初はこの後の作業の事だったけれど、

 

 「西連寺……2−Bの天条院沙姫って女知ってる?」

 

 「え……? あの……変わり者って言われてる先輩の事?」

 

 私がそう答えた瞬間、結城くんは自分の飲んでいたお茶を激しく咳き込ませた。私……そんなにビックリする様な事言ってないよね……?

 

 結城くんがなんで咳き込んだのかは曖昧になったけど、その人と何があったのかを聞いて、今度は私が紅茶を咳き込ませた。

 

 でも……さっき結城くんが不機嫌な理由はわかった。あの人にずいぶん振り回されたみたい……。

 

 「そんな事があったんだ……」

 

 私が視線を下に落とすと。結城くんは酷くうなだれた様に、

 

 「アイツになんて言よう……」

 

 と小さく呟いた。

 

 アイツが誰なのかは、私にもわかっている。でも、その言い方はずいぶんと投げやりで、不思議に思った私は、どうしても結城くんに聞きたい事を、聞く事にした。

 

 もし、これを聞いたら、結城くんとの関係がこじれる気がする。でも……!

 

 (大丈夫、春菜。ちゃんと話し合って! 私達に結城の思いを打ち明けたときみたいに!)

 

 そんなミオの言葉が、頭の中で思い返された。

 

 私はゆっくりと口を開く。

 

 「結城くん……?」

 

 結城くんは何気なく、私の方を向いてくれた。

 

 「ララさんとは……あのデートの後……どうしたの?」

 

 でも、私がそう尋ねた瞬間、結城くんは目を見開かせた。私はこの瞬間、質問した事を後悔したかもしれない。

 

 けれど、結城くんはそこからゆっくりと消沈して、窓の外の景色を眺めながら、本当に小さな声で呟いた。

 

 「…………………………できなかった……」

 

 「え?」

 

 私にはその呟きは聞き取れず、もう一度尋ねようとしたけれど、それよりも先に結城くんが口を開いた。

 

 「………………アイツの思いには……答えられなかった……」

 

 「ララさんの……思い……?」

 

 私には、まだ結城くんの言ってる事が理解しきれず、疑問で返す事しかできなかった。けれど、結城くんは私の言葉にうなずいて、今度は真剣な表情で、私に語りかけてきた。

 

 「西連寺……ちょっと、昔の話してもいいか……?」

 

 そこで聞いたのは、私の全く知らない、結城くんの友達の『彼』と言う男の人の話だった。

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