こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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最高時速270キロをかっ飛ばせるような車に乗ってみたいものです。
まぁそこまで速度出したら一発免停ですが。


きゅう

 生きた心地がしなかった。

 スカサハからの逃亡道中を振り返り、そう士郎は思った。

 心の底からの本心だった。

 

 

 

 アイツしつこい! やっぱ殺すわ!

 ある程度走ったところで、武蔵はスカサハを迎撃をする事に決めた。士郎を抱えながらでは逃げきれない事を悟ったのだろう。士郎を降ろすと、名残惜しそうに抱きしめた。そして宣言。愛してるわ、これが終わったら契りを交わしましょう。そうして、士郎の返事など待たず、スカサハに突撃する。

 残された士郎は思った。俺、どうしよう。場所は冬木市の港湾倉庫。随分と自宅からは離れたものである。

 ……とりあえず帰るか。

 少しだけ悩んで、士郎は帰る事にした。

 それは見事な現実逃避だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎はこの世界の基準で言えば所謂美少年に分類される。やや平均に足りない身長。鍛えている身体は過度に筋肉が付きすぎるのではなく、丁度良い塩梅で引き締まっている。そして童顔。男が極端に少ないと言う頭の悪さ全壊(誤字に非ず)の世界であることを考慮しても、その手の層には堪らない人材だ。垂涎もの垂涎もの。

 そんな彼が。今この大雨の中で、傘も差さずに歩いている。

 それを見て、「保護しなきゃ」と思うのは一般人。「これ親切心見せたらワンチャンあるんじゃね?」と思うのも一般人。「やっべ、そそる。このまま滅茶苦茶にしてヤりてぇ」と妄想に浸るのはまだギリギリで一般人。「よし。ヤろう」と実行するのはもう犯罪者である。

 犯罪者である。

 もう一度言おう、犯罪者である。

 

 

 

「……士郎君。年頃の少年がそのような格好で外を歩くのは如何なものかと思いますよ」

 

 溜息交じりに、バゼット・フラガ・マクレミッツは目の前の少年――衛宮士郎――に忠告の言葉を吐いた。彼女の傍には十二分に加減されて殴られ気絶した死屍累々が転がっている。そのいずれも、士郎に不埒な行為を及ぼうとした輩である。

 高密度の魔力のぶつかり合い。新都で新たな働き先の面接中だったバゼットは、自身の魔術回路を震わすその異常事態に嫌な予感を覚え、面接を切り上げて走ってきたのだ。

 そしたらどうだ。そこには企画ものの作品よろしくワンボックスカーに連れ込まされそうになる士郎。

 ドロップキックでワンボックスカーを吹っ飛ばし、全力で輩を威圧する。だがそれでも尚歯向かおうとするので、一撃の元に強制的に黙らせたのだ。

 

「ありがとう、バゼット助かった」

 

 お礼を言う士郎は、疲れ果てた表情を見せた。無理もない、何せ今しがた襲われたばかりだ。

 とりあえず雨を凌がなければ。傘を差そう――――として、全力で走ってきたせいでぶっ壊れてしまった事をバゼットは思い出す。仕方が無いので転がるワンボックスカーの中から傘を2本拝借した。

 

「まずは暖を取りましょう。タクシーを拾います」

 

 言うが早いがバゼットは、車道に躍り出ると丁度傍を通りかかったタクシーを無理矢理止めた。己の肉体で。運転手のお姉さんからすれば、いきなり車道に現れた女性がその肉体で強制的に車を停めさせているのだ。ホラー以外の何物でもない。加えて周囲を見れば転がる死屍累々。次の犠牲者は自分かと命を諦めるには充分すぎる。

 

「さぁ、士郎君。入って」

 

 まぁそんな考えも、びしょ濡れの美少年が入って来た事で吹っ飛んだのだが。彼女は一般人なので、「これ親切心見せたらワンチャンあるんじゃね?」から、めくるめくるLove so sweet的なストーリーが脳内で展開されていた。欲望に忠実だが理性がブレーキをかけている辺りに、小市民具合が良く分かる。

 バゼットは自宅まで帰るべきかとも思ったが、早急に暖を取った方が良いと考え、近くのホテルへと行先を指示した。というかこの状況で自宅に帰ったら、他の面々が狂うこと必至だ。実に理知的な判断。これが飢えた野獣共ならこうはスムーズに行かない。

 

(あぁ、ヤバい。ヤりたい)

 

 訂正。バゼットも野獣である。だが彼女は不屈の精神で欲望に耐えていた。小娘共や自分勝手な英霊共とは年季が違うのだよ年季が。

 ホテルに到着すると、早速受付を済ませる。一番高いので。3時間。一万円を超えたが、バゼットからすれば安いものだ。

 

「入ってください。着替えを買ってきますので、シャワーを浴びててください」

 

 士郎を無理矢理に風呂場へ押し込む。まずは暖。一も二も無く暖だ。そして部屋を出ると、結界を念のため敷いておく。これで不埒な輩は入って来れない。そしてダッシュで近くの紳士服店まで駆ける。ルーンを刻み込んだ靴はしっかりと役目を果たし、ものの数十秒で店に到着した。

 バゼットは家主である衛宮士郎の身長や首回りは勿論の事、ウェストやヒップ、足の形まで把握済みだ。その程度も出来ずして、封印指定執行者は名乗れない。記憶との整合を取りながら、なるべくこの店の中で上質と思われ、且つ士郎に合うと思われるスーツを迅速に何着か見繕う。後、靴も何足か。勿論ワイシャツやパンツ、靴下と言ったものも。支払いは現金を投げ渡した。釣りは要らん。滞在時間は10分にも満たない。そしてまた元来た道を駆け戻る。裾直し? そんなのは必要ない。仮に必要があっても、バゼット自身がやれば良い事だ。あくまでも今回のは一時的に着る服を調達しただけ。本当にいいスーツはオーダーメードでしっかりと何カ月も掛けて制作するのをプレゼントする。

 

「士郎君、お待た――――」

 

 ドアの前で、一瞬だけ息を整える。息せき切って室内に入るのを避ける為。余裕を見せる様に、淑女的に。整えてからドアを開ける。

 そしてバゼットは、扉を開けると同時に言葉を失った。言葉を失い動きを止めて息をするのも忘れた。人は理解が許容を超えると身体の時が止まるらしい、と。僅かに冷静だった脳の一部が納得したかのような結論を出した。人をそれは現実逃避と呼ぶ。

 士郎はいた。目の前だ。バゼットの視界に、士郎が映っていた。彼は服にドライヤーをかけていた。少しでも早く乾かそうと言う涙ぐましい努力である。が、別にそこにバゼットは言葉を失ったわけでは無い。

 彼は半裸だった。腰にタオルを巻いているだけの姿だった。その服装のまま、ドライヤーをかけていた。バゼットに気が付いたのか、少し驚きを浮かべて士郎は言葉を発した。ああ、おかえり。早かったな。気を許した相手にしか見せないであろう、無防備な呆けた顔。それから微笑みを浮かべた。慈しみに溢れた微笑みだった。

 

「――――はい、ただいま」

 

 バゼットも連れられて微笑んだ。微笑んで、拳を握り締める。そして全力で自身の顎にぶっ放した。呆けを通り越して驚愕に染まる士郎の顔。だが大丈夫だ。ランサー、私は我慢しましたよ。やり切った表情で、バゼットは欲望に耐え抜いた自身を褒め称えた。不埒な考えを圧し潰した自身を褒め称えた。祝福の歌が鳴り響いている気がした。彼女はやり遂げたのだ。それだけが真実なのだ。

 

 

 

「ば、バゼット!? いや、待て、止めろ、おい!」

「大丈夫です! 私は、大丈夫です……っ!」

「大丈夫なわけあるか! あああああああああ、もう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別に半裸姿に欲情したわけじゃない。いや、欲情はしたか。ただ名誉の為にも言うなら、バゼットはもっと刺激の強い光景を見ている。全裸の士郎を見ている。それでも耐えている。だから半裸で取り乱すような女ではないのだ。年季が違うのだよ年季が。まぁあの時は、それ以上に彼に不埒な行為をしようとしている敵を潰すと言う使命感があったのだが。

 

「大丈夫か……?」

「ええ」

 

 不屈の精神で耐え抜いたバゼットに隙は無い。士郎の言葉に冷静な声で返す。この程度で惑い狼狽する様では封印指定執行者は務まらない。自分を殴り過ぎて頬が腫れ上がっているが、これは名誉の負傷だ。

 

「御心配をおかけし申し訳ございません。ですが、もう、大丈夫です」

 

 本当かよ。士郎はそう思ったが口には出さなかった。藪蛇藪蛇。そこまで深く突っ込む内容じゃない。

 フッ、と。短く気合を入れる様にバゼットは息を吐き出した。そして改めて背筋に力を入れる。直立不動。鉄の芯が入っているが如く、真っすぐに。

 それから彼女は、傍らに置いていた袋を持ち上げた。

 

「着替えを買ってきました。どうぞ」

「あ、ありがとう……って、わざわざ買ってきたのか」

「ええ。急いでいたので、スーツのみですが」

 

 事も無さげに肯定すると、バゼットは袋を開いてスーツを取り出した。そしてそれを一着ずつ備え付けのラックにかけていく。

 

「あくまでも家に帰るまでの着用です。肌触りと動きやすさを重視しているので、使い捨てと考えて下さい」

「いやいやいや……」

 

 スーツって使い捨てるものだっけ。他の面々に比べるとマトモだが、どこかズレているバゼットの価値観に、士郎は何を正せばいいか分からない。前のバゼットってどうだっけ。じゃんけん死ねぇ!のインパクトがデカすぎるが、わりかし世間の一般常識を理解している、まともな魔術師だった覚えがある。やや肉体言語が過ぎるところもあったが。

 ……興奮しないだけ、かなりマトモだよな。壊れた価値観で、士郎はそれ以上の思考を諦めた。相対的でもマトモなら別に良いか。

 

「それでは外で待っています。何かありましたらお声をお掛け下さい」

 

 そう言ってバゼットは室外に出た。何だ、あのマトモな人は。誰が言ったかダメット・ダメガ・ダメレミッツ。今の彼女にその面影は薄い。

 残された士郎は、とりあえず掛けられたスーツを手に取った。正直なところ、今自分が手に持っているスーツがどれだけの価値を持つか、なんてのは分からない。知らない。ただ漠然と、スーツって高いよな、と思うだけ。

 故に抱くは困惑。本当に着ていいのだろうか。

 だがびしょ濡れの服を着たままでは帰れないのは事実だ。そして時刻も夜になりつつある。何時迄もは悩んでいられない。ここは彼女の好意に甘えざるを得ないだろう。

 

「……ぴったりだ」

 

 大きすぎず、かと言ってキツくもない。ややワインレッド色が掛かったワイシャツは、士郎の体にフィットした。既製品でここまでフィットするとは何事だろうか。なにそれ怖い。

 その調子でスーツの上下まで身に着ける。いずれも士郎の身体にぴったりだ。あと靴。サイズは勿論の事、足の形、即ち指の向きや甲の高さまで考慮したようなジャストサイズ。試しに歩いたり跳んだりしてみるが、新品故の馴染みの無さを除けば殆ど違和感は無い。え、何で俺の身体をここまで詳細に把握してんの? 他の皆とは違うベクトルのヤバさに、少し背筋が震えた。

 

 

 

「フッ!」

 

 一方で。

 外に出たバゼットは、素面を貫き通した自身を褒めつつ、己の頬を全力で殴り抜いた。彼女は耐えたのだ。性欲と言う名のモンスターに。油断すれば火照りニヤケそうになる顔を全力で抑え込む。危なかった。実に危なかった。あの無頓着で無防備な少年は、自身の価値を分かっていない。ある意味において純粋無垢。それを自分の色に染め上げたいと思うのは、人であれば当然の考えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎のスーツ姿は、存外似合っていると言えた。

 まだ学生の身分であるが、彼は同世代に比べて筋肉質である。やや低めの背や童顔、そして経験の浅さ故の初々しさというマイナス要因があるにもかかわらず。彼は着こなすというには至らないが、服に着られているとはならなかった。流行りものよりも、落ち着いた感じの方が彼の雰囲気的にも合うのだろう。

 事実、普段以上に士郎は衆目の視線を集めていた。

 バゼットが慌てて、近くのカフェに避難をする程度には集めていた。

 

「すいません。考えなしでした」

「いや、大丈夫だから」

 

 席に着くと同時に頭をテーブルに擦り付けながら謝罪するバゼットに、士郎は苦笑いを零した。感謝こそすれども、謝られる筋合いは無いからだ。

 

「バゼットのおかげで助かったんだから、謝らないでくれ」

「士郎君……」

 

 目の前でまるで神を見るが如く目を潤ませるバゼットを見て、士郎は思った。あ、また変な事を考えているな。いい具合にこの世界に慣れてきた事もあり、この世界での相手がどんな具合の考えを抱くかが、何となく分かるようになっていた。全く嬉しくない成長である。

 頼んだ紅茶に口を付けつつ、一先ず士郎は話題を変える事にした。

 

「なぁ……ランサーって、召喚当時からあんなのなのか?」

「あんなの……まぁ、確かに……思い描いていたのとは異なっていました」

 

 深々とバゼットは息を吐き出した。彼女は赤枝の騎士の末席に名を連ねている。あのランサーの変貌具合には、思うところがあるのだろう。やべぇぞ話題変更ミスった、と士郎は思った。訊きたい事ではあるが、今急いで絶対に訊かねばならない内容でも無かったのだ。

 慌てて話題を変える。そう言えば今日就職面接だっけ、どうだった?

 バゼットは困ったように目を泳がせた。えーと……

 士郎は再び話題を変える。最近教会で仕事したらしいけど大丈夫か?

 バゼットは頭を垂れて言葉を絞り出した。はい、バゼットは大丈夫です……

 おいおい、会話が地雷原でタップダンスか(困惑)

 

「……雨、止まないな」

 

 終いに士郎は会話を何の変哲も無い天気へと変えた。生産性は皆無。今ほど自分の口下手なところが恨めしいと思った事は無い。

 予報では明日も雨らしいですよ。頭を上げ、何事も無かったかのようにバゼットは言葉を紡いだ。さっきからコロコロと態度が変わり過ぎだ。

 

「暫くはこの天気でしょうか」

「そうか……っ」

「急いで暖を取ったとはいえ、充分に身体は冷えています。もうすぐ迎えも到着する事ですし、早く帰りましょう」

 

 僅かに士郎は震えた。少しばかり悪寒がした。それが身体が冷えた事によるものなのか、それとも周囲からの視線によるものなのか。真偽は不明だが、家に早く帰るに越した事は無い。

 

「迎え? バスで帰るんじゃないのか?」

「バスでは人目に付きすぎます。イリヤスフィールが迎えに来るそうですので、連絡が来るまでは待ちましょう」

 

 バゼットはホテルを出た時点でイリヤスフィールに連絡を取っていた。冬木市に住んでいるバゼットの知人の中で、車を所有しているのはイリヤスフィールだけである。メルセデス・ベンツェ300SLクーペ。今流通しているSLクラス初代モデルであり、間違いなく時代の古い車であるが、その人気ともう生産をしていないと言う入手の難易度も加わって、超がつく高級車である。

 イリヤスフィールは士郎の名が出ただけで、二つ返事で引き受けた。まさかの事情を説明する前の快諾であった。

 

「そろそろ車を購入することも考えなくてはなりませんね」

「日本でも使える運転免許を持っているのか?」

「いえ。そこは取り直さねばなりません。まぁ、難しい話ではないですよ」

 

 仕事柄世界各地にバゼットは飛んでいる。その辺りのやり方は、正規非正規問わずよく知っている事だ。

 

「士郎君も、何れは免許を取るのでしょう?」

「まぁ、卒業したら、かな」

「間違っても合宿なんか行っちゃダメですよ」

「なん……あぁ、いや、そうか、そうだな」

「ええ。猛獣の檻に生肉を放り投げるようなものですから」

 

 信じて送り出した家主が××に……、何てことになりかねない。どこの薄い本だ。脳みそ壊れちゃう。世界はもっと脳みそに優しい素材で出来ているべきなのだ。

 

「……おや、連絡が来ましたね」

「早いな」

「ベンツェですからね。さ、行きましょう」

 

 荷物を持ち、席を立つ。持つよ、と士郎は言ったが、頑なにバゼットは渡さなかった。男性に荷物を持たせることが淑女的でないことを理解しているからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルセデス・ベンツェ300SLクーペの乗車人数は2人までである。これは開発当時のコンセプトがプロトタイプレーシングカーによるものだからだ。要は軽量スポーツカーである。最高時速は270キロ。当然、乗車する人数は少なく見積もっている。

 バゼットは迎えに来た車の助手席に士郎を乗せた。荷物は載せない。士郎はバゼットだけを置いて行ってしまうことに困った顔をしていたが、この場で優先すべきは士郎の身の安全である。バゼットと荷物たちは、バスを使って2人より後に衛宮邸に向かう。それだけだ。

 

「ありがとう、バゼット」

「お気になさらず」

 

 バゼットは柔らかな笑みを浮かべた。普段の鉄面皮染みた表情からは、想像し難いほどに女性的な笑みだった。

 

「大分身体も冷えているでしょうから、家に着いたら早く就寝ください」

「ああ。本当に、ありがとう」

「いえいえ。それでは、イリヤスフィール。任せました」

「任されたわ!」

 

 胸を張り、自信満々にイリヤスフィールは快諾した。彼女からすれば愛しの彼が助手席に乗っているのだ。張り切らないわけが無い。何なら二人きりのドライブである。夜のドライブデートである。これは車を持っているイリヤスフィールにしかできない所業だ。どこぞの騎士王やツインテールや黒いのには出来ない、イリヤスフィールだけのオンリーワン。

 

「イリヤ、ありがとう」

「ふへへっ、気にしなくていいのよ」

 

 親指を立て、イリヤは士郎に問題無い事を伝えた。それにしても何故士郎はスーツ姿なのかしら。すごく良いじゃない! よくやったわバゼット!

 慣れた手つきでベンツェを発進させると、バゼットはあっという間に後方へと消えた。後は衛宮邸に戻るだけ。そしてここからはイリヤと士郎だけの時間帯である。誰も邪魔されない至福の時間帯である。

 どうしようかしら。走りながらイリヤは考えた。どこかに寄り道しようかしら。だが今は大雨である。これが晴天なら夜景や星空を見に行く事も出来るが生憎と大雨である。二人っきりと言う最高の状況なのに、それを生かす方法が限られてしまっていた。

 ドライブデートはまた別の日の方が良さそうね。士郎の状況はバゼットから聞いていたので、ここは素直に帰ってポイントを稼いだ方が良さそうだ、とイリヤは思った。何事も無理強いをするのは良くないのだ。……まぁ、渋滞を避けるためと嘘をついて少しばかり遠回りするくらいは別にいいだろう。これくらいの役得は有って然るべきなのだ。

 

 ――――次のニュースです。本日夕方に冬木大橋の歩道が崩壊しました。調査の為全面的に暫くの間全面的に通止めとなります。

 

 あら。イリヤは思った。嘘が本当になったわ。偶然とは怖いものである。高速道路を走って来たイリヤは、冬木大橋を通っていないので、何が起きていたかを知らなかったのだ。

 まぁいいわ。ラッキーラッキー。瞬時の脳内でルートを再探索。残念ながらカーナビなんていう現行車ならついているべき標準装備はこの車にはないので、ルートの探索は脳内に叩きこんでおくか、一昔前と同様に地図との睨めっこが必要だ。これは真面目に高速道路を使わざるを得ないわね。思わぬ僥倖に頬が緩む。

 

「ちょっと遠回りになるけど、いい?」

「ん? ああ、大丈夫だよ」

 

 言質は取った。やったぜ。これは合法的なドライブデートである。華麗なドライビングテクを見せつけるチャンスだ。

 イリヤは高速道路へとルートを変えた。この車は最高時速270キロを叩き出すレーシングカーだ。ノロノロと走る車共など、ごぼう抜きは容易い。華麗にすっ飛ばせば、士郎が惚れる事間違いなしである。

 エンジンは排気量2966cc、直列六気筒SOHCのM198エンジン。最高出力は215PS/5,800rpm。最大トルクは28.0kgm/4600rpm。4速マニュアルでかっ飛ばす。かつて世界一過酷な公道レースといわれたカレラ・パナメリカーナ・メヒコにおいて勝利した名は伊達では無いのだよ。

 

「ふふん、行くわよ」

 

 高速道路に入り、イリヤはクラッチを踏んで3速、そして即4速へと入れた。クラッチの重さなど、強化した足を前には意味がない。アクセルは全開。見る限り真正面に車は殆どいない。そして暫くは直線。シチュエーションは完璧だ。

 唸りを上げるエンジン。重低音。身体の芯から震わすような重厚な振動。一瞬の溜めを置いて、速度は文字通り爆発する――――

 

 

 

「どこに行こうと言うんだ?」

 

 

 

 この瞬間に。

 士郎とイリヤは信じられないモノを見た。

 目前の光景に理解が及ばず、2人共に呆けたように目を見開いた。

 

 

 

「迎えに行く。そう言っただろう?」

 

 

 

 ボンネットの上。女性だ。士郎は彼女を知っている。つい数時間前に会ったばかりだ。

 そうとも。知っているとも。

 その艶やかな黒髪も。

 見透かすような深紅の眼も。

 夜の闇に溶ける様な黒い戦装束も。

 そしてその手に持ち、今まさに振り下ろされようとしている深紅の魔槍も――――

 

 

 

「迎えに来たぞ」

 

 

 

 彼女は微笑んでいた。

 怖気と魅力が込められた、目を離せぬような、蠱惑的な微笑みだった。

 

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)


 ――――次のニュースです。本日夕方に冬木大橋の歩道が崩壊しました。調査の為全面的に暫くの間全面的に通止めとなります。
 
 あら。イリヤは思った。嘘が本当になったわ。偶然とは怖いものである。高速道路を走って来たイリヤは、冬木大橋を通っていないので、何が起きていたかを知らなかったのだ。
 まぃいいわ。ラッキーラッキー。瞬時の脳内でルートを再探索。残念ながらカーナビなんていう現行車の標準装備はこの車にはないので、ルートの探索は脳内に叩きこんでおくか、一昔前と同様に地図との睨めっこが必要だ。これは真面目に高速道路を使わざるを得ないわね。思わぬ僥倖に頬が緩む。
 
「ちょっと遠回りになるけど、いい?」

 ん? ああ、大丈夫だよ
⇒何ならアインツベルン城でもいいぞ

 士郎からすれば別にちょっとした冗談――と言うわけでは無かった。衛宮邸には車庫が無い。わざわざ深山町のコインパーキングにこの高級車を置いておくのも気が引ける。仮にイリヤが衛宮邸に泊まらずに帰るにしても、夜遅くを彼女一人に運転させるのも士郎としてはあまり許容したくない事だ。
 だったらアインツベルン城に行って、翌朝帰ってくればいいだけ。
 自分の為にそこまで何かをしてもらおうと考えていないからこそ、気軽に士郎は自身を蔑ろにする案を出せる。
 だが、それは、



「へぇ」



 イリヤの眼が眇められる。紅玉色の眼が士郎を捉えていた。視線が合わさった。酷く甘美で、耽美で、安らぐような、そんな何かが視線を通して流れ込むのを士郎は感じた。



「お兄ちゃんが悪いんだよ?」



 透き通るような白い肌が紅潮していた。紅玉色の眼が潤んでいた。荒い息づかい。自身の鼓動がいやにうるさかった。煩わしかった。
 自意識は絡め取られた。僅かに残った冷静な部分が、どこか懐かしさを感じていた。似たような何かを昔掛けられた覚えがあった。
 誘惑だった。本能への強制。その眼に美しさを感じ、小さな歓喜が心に灯る。



「同盟……は、もういいや」



 車は何処に止まっているのか。
 今自分たちは何処にいるのか。
 外の状況はどうなっているのか。
 そんな些細な数々の疑問が浮かんではすぐに泡末となって消えた。今の士郎にはイリヤしか見えなかった。ロクに身動きも取れないような狭い車内で、加速度的に体温が上昇するのを感じながら、士郎は目前の少女の、その紅玉色の眼しか見えなかった。
 艶やかに、彼女は微笑んだ。



「シロウ――――愛しているわ」


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