こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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冬木市の所在地って大分らしいんですね。
ずっと兵庫だと思っていました。


じゅう

 イリヤは咄嗟にハンドルを切ると、車体を横に振った。加速途中での急な旋回。ボンネットに降り立ったスカサハを振り落とす為だ。

 雨でスリップしやすい路面。そして加速途中。イリヤの行為は車体の制御が利かなくなり、下手をすれば自身らが死にかねない所業である。が、彼女が運転出来るようにと改造済みの車体は、運転手の意志を正しく理解し、限界ギリギリまで思う通りに動いた。

 流石のGにスカサハも堪え切れなかったのか、彼女はボンネットから振り下ろされた――――いや、違う。自ら離れた。そして路面に両の足で着地をすると、急激な摩擦に足元で火花が飛ぶのも構わず、魔槍を構えた。

 投擲。

 イリヤと士郎はその意図を正しく理解する。と同時に、盛大なクラクションが鳴り響き、ハイビームが視界を覆い、スカサハの姿をかき消した。

 ――――トラックだ。

 

「っ! 掴まってっ!」

 

 好機。おそらくは二度と訪れないであろうソレを嗅ぎ分けると、イリヤは躊躇い無くクラッチを踏み込んだ。旋回途中からの急加速。焦げ付くような異臭が発生した。車内とは言え掛かるGは相当なものだが、この瞬間を逃せば永遠に逃げられまい。

 改造済であるが故に、加速は実に流麗で且つ爆発的だった。瞬時にその他の車両は勿論の事、スカサハをも置いてきぼりにして、メルセデス・ベンツェ300SLクーペは冬木高速道路を爆走する。無理矢理な車線変更に、時速170kmオーバー。オービスや覆面に捉えられれば、一発免停ものである。が、それを気にしている余裕は無い。

 ……何せ、

 

「嘘だろ……追ってきている!」

「170出してんのよ! なんでブッチぎれないのよ!?」

 

 士郎とイリヤは、共に困惑の声を上げた。

 爆走するメルセデス・ベンツェ300SLクーペ。その30m後方。

 惚れ惚れする様な実に良いフォームで追って来る、戦装束の女性(スカサハ)

 100kmババァやジェットババァなる都市伝説が可愛く聞こえる程に――――それはそれは身の毛がよだつような、恐ろしい都市伝説(ナニカ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最高速度、及びその速度の継続と言う面で見るなら、メルセデス・ベンツェ300SLクーペの方が優れているのは眼に見えた結論だ。

 だが直線ならいざ知らず、今メルセデス・ベンツェ300SLクーペが走行しているのは冬木高速道路である。

 道路は地形に合わせ、曲線を描いたり、高低が生じていたりする。

 そして当然の話ではあるが、他の車だって走行している。

 如何にスペックが高かろうとも、満足に引き出すための条件が揃っていなければ、それはカタログ上だけの数値にしかならない。

 

 さ、て。

 は、て。

 

 条件が悪い、と引き離せない原因を決めつけるのは簡単だが、それだけでは事は解決しない。この場で真に求められているのは、どうやってあの変態から逃げおおせるかである。

 イリヤは感情的には焦りによって混乱していたが、並列して冷静に思考もしていた。無論、ハンドル捌きを誤ることも無い。

 単純に逃げるだけでも難しいのに、ここは悪条件が揃っている。地形も、天候も、障害物も。その全ては平等にイリヤ達と追手に悪条件を強いているが、とりわけ車両かつ護るべき対象がいるイリヤにとっては、強く作用していた。

 勝利条件:追って来る変態をブッチぎって、衛宮邸へ士郎を無事届ける。

 金冠条件:上記勝利条件を満たしつつ、余計な損害を出さず、士郎にカッコイイところを見せる。

 言うなればこんな感じかしら、難易度ナイトメアね。士郎にバレぬ様に、イリヤは口角を釣り上げた。イリヤとしては高すぎる基本性能で蹂躙する絶対強者慢心プレイの方が好みだが、偶にはがちがちに縛られた不利な条件からの綱渡り反撃プレイも悪くない。

 

「シロウ、行くわ」

 

 宣言。そして踏み込んだアクセル。

 イリヤの意志に呼応するかのように、エンジンがより強く唸り声を上げた。そして集中。加速と共に、最低限のハンドル捌きのみでイリヤは他の車を避け始める。単純な思考と結論である。先ほどまでの走行で、両者の速度はほぼ同じだった。ならば加速しつつ、スピードを下げざるを得ない機会を減らせば、差は広がるだけだ。

 無論、それは一瞬でもルート選択やハンドル捌きに誤りが生じれば、大事故により2人はただの肉塊と成り果てる事を意味する。加えて魔術協会が出張る事も確実だ。2人を取り巻く周囲の人間に、ただの事故以上に大きな損害を被らせる事にもなる。

 まぁ、士郎を死なすわけには行かないので、失敗すると言う選択肢も未来も最初からあり得ないのだが。

 

「……っ」

 

 一方で。士郎は本日何度目かの「生きた心地がしない」を味わっていた。否、味わうと言う言葉は不適切だろう。強制させられていた。

 他の車と接触すれすれの距離で爆走する自分たち。左右への急激なG。そして背後からの恐ろしきプレッシャー。如何に士郎が身体を鍛え上げていようとも、そう易々と適応できるはずがない。

 とは言え、少しでもスピードを緩めれば追い付かれるのは自明の理だ。イリヤの行動はベストに近いと言っていい。

 故に、士郎は何も言わない。何も言わず、悲鳴を噛み殺し続ける。

 

「っ!? こんな時にぃっ!」

 

 だが何時までもはこんな状況は続いてくれない。

 イリヤは呪詛に染まった言葉を吐き出した。視界の先では、並走して走っている車が見える。追い抜き途中だろうか。スピードを緩めなければあと数秒で衝突するだろう。だが緩めれば――――それはゲームオーバーと同義だ。

 少しずつスカサハの姿が小さくなり、ミラーでの確認も難しくなった矢先。2車線であるが故に、これは頻繁に起こり得る現象だ。寧ろ此処まで良く発生しなかったと言えよう。

 ただ……あまりにもタイミングが悪い。

 

「シロウ、掴まって!」

 

 待つのは無理。スピードを緩めるのも無理。逆走なんか以ての外。何より、考えている間に車は逃げ場のないトンネルへと突入する。

 瞬きすらも惜しむ刹那の時間の中で、イリヤはこれまでに得た知識、経験、実力から最適解を選び出して覚悟を決める。覚悟を決めて、いっそう強くアクセルを踏み込んだ。

 

「……分かった!」

 

 思う事はあった。言おうとも思った。だけど士郎は、それら全てを飲み込んだ。飲み込んで、イリヤに一任することを決めた。今この場において、イリヤに任させることがベストであると、彼は判断したのだ。

 破格の信頼。己の命すらも預ける意思表示。それはともすれば重すぎる言葉であったかもしれない。

 

「――――ええ!」

 

 吼えた。イリヤは吼えた。そしてハンドルを固く、強く、握りしめる。

 何も言わずに士郎は了承した。任せてくれた。命をベットした。イリヤの判断に異を唱え無かったのだ。詳細を訊かずに、選んでくれたのだ。その輝かしく愛しい言葉を裏切る事など有ってはならない。己の持つすべてを総動員して、この難局を乗り越えなければならなければならない。彼の明日へと繋ぐのだ。今宵今この場限りにおいて。イリヤスフィールは、アインツベルンでも無く、士郎の家族でも無く、1人の女性として、愛しい彼を守るために動くのだ――――!

 

「っらぁぁあああああああ!!!」

 

 吼える、吼える、吼える――――!!!

 もっと踏み込め、もっと上げろ。回転させろ。唸れ。回れ。回れ。加速だ。躊躇うな。飛び込め。目の前に飛び込め。超えるために飛び込め。焼き切れてもいい。それでも足りなければ――――魔術で補うまで!

 

「Es ist gros, Es ist klein――――!!!」

 

 魔術だの神秘だのの秘匿性。そんなのはクソくらえ。イリヤは重力緩和の魔術を車体にかけた。軽量化。途端に風圧で車体が浮く。その刹那を見極め、重力緩和を部分的に切った。車体が一回転し、タイヤがトンネルの壁に張り付いた。張り付いて、そのまま走り始める。トンネルの壁を走ると言う状況に、流石の士郎も眼を白黒させた。

 車、及び自身と士郎への魔術展開。当然ただ重力緩和させるだけではこの所業は実行不可能だ。継続して重力を緩和させる部位、風圧、車体の向き、制御すべき慣性、重力の方向性。それら諸々を、綿密な計算も構成されるべき理解も全てをすっ飛ばした本能で、イリヤはやってのけた。当然負担は尋常ではない、が彼女には行使するに足る人工と天性の相反するギフトがあった。

 

「私は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ!」

 

 そのままトンネルの壁を走る。非常灯やトラック等の車高の高い車両に接触しない様に。興奮か、或いは鼓舞か。イリヤは高らかに自分の名を宣言し、そのまま走り切った。

 

 

 

 もう、スカサハは見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が衛宮邸付近まで戻って来たのは、既に太陽が昇り始め、街が人の営みを始めようとする頃だった。

 逃げるだけ逃げた2人はそのまま高速道路に乗って広島まで走っていた。広島に到着したのは、深夜23時半。冬木市と広島市では300km以上の距離があるが、こちらは改造済みメルセデス・ベンツェ300SLクーペである。単純な加速のみならず、魔術も併用しまくった事もあり、2時間足らずでの到着だった。

 おそらくスカサハをぶっちぎった。確証の無い仮定ではあるが、あながち間違いでも無かろう。緊張から解放されたところで、2人は顔を見合わせた。顔を見合わせ、思わず笑い合った。

 それからは、自宅に電話を入れて事情を説明。そして帰路に着く。高速道路を通ると見つかる可能性があるので、下の道を通って冬木市に戻って来たのだが……下の道となれば距離は高速道路よりも長くなる。さらには地形の問題もあり、かっ飛ばす事も出来ない。また、イリヤ自身の体力の問題だってある。

 結果、休憩を挟みつつ戻って来た時には、見事に朝になっていたのだ。

 

「ありがとう、イリヤ」

「えへへ、大丈夫だよ!」

 

 大丈夫とは言いつつも、イリヤは体力の限界だった。彼女は今、士郎に背負われている。疲労困憊で動くことが億劫なのだ。……いや、まぁ、歩けるが、そこは言うだけ野暮である。

 深山町のコインパーキングから、衛宮邸まで。彼女は存分に士郎の背で彼の匂いと温もりを堪能していた。疲労故か、士郎の香りは平時よりも強くなっている。それがイリヤの脳を直撃して揺さぶっていた。強すぎる香りに意識がトびそうだった。だが断じてトばさない。そんな勿体の無い事はしない。

 

「うへへへへ……」

 

 幸せだった。とても幸せだった。イリヤは永遠にこの時間が続いてほしいと思った。思ったが、すぐに翻した。ダメよ。この状態が続くだけじゃあ、シロウと結婚できないじゃない。

 ……でも、とりあえずはいいか。結婚の為に大真面目に思考を回転させようとするが、それ以上に脳を香りが揺さぶった。疲労困憊の身体には反則的な威力だった。欲望に身を任せ、イリヤはこの状況を堪能し続ける事に決めた。頑張った自分へのご褒美なのだ。

 

「おかえりなさい、シロウ!」

 

 ま、それも長くは続かないのだが。

 満面の笑みで出迎えるセイバー。勢い余って抱き着いてきたせいで、士郎の香りが邪魔される。不純物が混じった。むぅ、と。不満を隠そうともせずにイリヤは呻き声を上げた。

 

「っと。ただいま、セイバー」

「――――はいっ!」

 

 花が咲く様な笑顔だった。恋する少女としての笑顔だった。イリヤはますます不機嫌になった。コイツ、やっぱり首を斬り落としてぶっ殺した後、ディルドを付けて死姦してやろうかしら。いや、やっぱ無し。士郎が嫌がるもの。やるのなら衝動的にでは無く計画的に。バレない様に、どこかで。

 そんな不穏な事を背後で思考されているなど知る由も無く、士郎はセイバーに導かれるがままに、24時間ぶりの帰宅を果たした。何とも酷い一日を送ったものである。

 

「私とバゼット以外の面々は、スカサハを殺し――――いえ、探しに出かけております。定期連絡ではまだ見つかっていない様です」

 

 そうか……と。何とも言えない表情で士郎は相槌を打った。もしかしたらスカサハは、あのまま高速道路を走り続けているのかもしれない。あの速度なら、今頃は大阪あたりだろうか。それとも、もう少し先に進んでいるだろうか。流石に東京までは行っていないだろうが。

 思考もそこそこに、士郎の口から欠伸が零れた。自宅に着いた安堵感からか、疲労と眠気が襲ってきていた。

 

「……セイバー。すまない、寝る」

 

 土曜日、そして特に予定も無い。スカサハのその後は、自分たちの身の安全と言う意味でも気になるが、まずは休息だ。

 セイバーは士郎の言葉を聞くと、自信満々に胸を張った。もう、用意できています!

 そして居間の隣の襖を開ける。確かに布団が敷かれている。その隣には綺麗に折り畳まれた着替えも。

 

「いつ変態が襲撃してくるかも分かりませんので、どうか此処でお休みいただきたく……」

「あ、ああ。そうだな。ありがとう、セイバー」

 

 士郎の感謝の言葉に、セイバーは分かりやすいくらいに頬を染めた。想い人の口から出る、自身に向けられた言葉。それに親しい者しか見せないような微笑み。無事に帰ってきてくれたこと、見慣れない新鮮なスーツ姿、そして1日ぶりに嗅ぐ匂い。そして頭の悪い世界観。それらが加算した結果、士郎からすれば何でもない筈の一言は、如何に最優のサーヴァントと言えども脳を揺さぶられる程度には破壊力があった。

 はいぃ……。消え入りそうな声で、そそくさとセイバーは襖を締める。これ以上この場にいると、自制が利かなくなる気がした。襲いかねなかった。

 

「ウブねー」

 

 そんなセイバーの痴態をせせら笑う様に、イリヤは言葉を発した。彼女はまだ士郎に背負われている。彼女はコインパーキング……いや、昨夜のドライブからずっと、士郎のフェロモンに耐えていた。襲おうと思えば幾らでも襲えたのを、鋼の自制心で耐えたのだ。決してヘタレたわけじゃない。

 

「イリヤ、降ろすぞ」

「あ、うん……」

 

 名残惜しいが仕方あるまい。イリヤは降りると、どうやって合法的に士郎と次のステップに進むかを考え始める。彼とは名義上は姉弟の関係になるが、血は繋がっていない。つまり問題ない。合法的なのだ。そうなれば幾らでも手はある。

 

「……っ!? シロウ!?」

 

 そんな考えに頭を働かせているとは露知らず、士郎はスーツ姿のまま布団に倒れ込んだ。体力が限界だった。元々不調だった上に、スカサハのせいで疲労は重なるばかりだったのだ。イリヤ1人に運転させるわけにもいかず、夜通しで会話もしていた。つまりは、今この瞬間は。士郎にとっては漸く訪れた、真の意味での休息なのだ。

 慌ててイリヤは士郎に駆け寄った。キッチリしている士郎が、着替えもせずに倒れ込む。それだけでも、異常と見るには充分なのだ。

 

「大丈夫。眠いだけだ……」

「着替とかシャワーは? しなくていいの?」

「とりあえず、寝るよ。イリヤも、早く……」

 

 寝た方が良いぞ。そこまで言い切る前に、士郎の意識は睡魔に絡めとられた。そのまま瞼が落ちて、意識は闇の中に溶けて霧散する。

 イリヤは士郎が疲労故に倒れた事に、一先ず安堵する。とりあえずは大丈夫そうだ。魔力も、少ないながら循環している。

 が、安堵するのも束の間。すぐに自身も士郎と同じように睡魔に襲われる。連続した魔術行使に一夜丸々を運転に費やした事。浴び続けていたプレッシャーからの解放。そして愛しの人を無事に送り届けられた事実。その全てがこれまでの反動として、一気にイリヤを襲ったのだ。

 ……私も寝ようかな。そう思い、部屋を出ようとして、

 

 ――――ゴクッ

 

 喉が鳴る。

 緊張を解す様に。

 潤いを与える様に。

 喉が、鳴る。

 

 ……ここには、士郎しかいない。

 

 それは悪魔の囁きだった。事実ベースに沿った、悪魔の囁きだった。

 イリヤは出ようと襖にかけた手を離した。離して、ゆっくりと振り向く。

 士郎が寝ている。規則正しい寝息。眠りは深そうだ。きっとちょっとやそっとの事じゃ起きないだろう。

 いつもの煩い面々は、スカサハを探しに外に出ている。ここにいるのはセイバーとバゼットのみ。そして彼女らも士郎が帰ってきたことに安堵して、今はそこまで此処に気を払っていない。未だに呼びに来ないのが証明だ。

 

 つまり。

 何をしてもバレないと言う訳で。

 

 イリヤはゆっくりと士郎の傍に忍び寄った。そして眠っている士郎の顔を眺める。起きていると色々と気苦労が重なり気難しそうな顔をする事も多い彼だが、流石に寝ている時は無防備にも、童顔故のあどけなさが残る顔を見せている。起きる気配は全くない。

 と、ぴくぴくと瞼が動き、士郎の眉間に力が入った。早速嫌な夢でも見ているのだろうか。夢の中でもわざわざ疲労を加算させるとは、相変わらずの気苦労性である。

 これはいただけないと、イリヤは士郎の頭を優しく撫でた。かつて昔、あの冬の城で母親にされたのと同じように。夢の中まで色々と背負い込む必要は無いのだ。夢の中でくらい、もっと気楽になるべきなのだ。

 

「ぁ……」

 

 小さく、それはそれは小さく、イリヤは声を零した。不意を突かれた故の声だった。

 イリヤが遠い昔の母を思い出したように。彼も遠い昔の母を思い出したのか。

 士郎の眉間から力が抜ける。皺が消え、またあどけのなさの残る寝顔に戻る。そして僅かに。彼は微笑んだ。無防備故の無垢な微笑みだった。

 ……やっばいわ、これ。

 おそらくは衛宮邸在住の人間の中でも、今この瞬間のイリヤしか見れないであろう士郎の表情。ただの寝顔ではない。これは爆弾だ。微笑みの爆弾。普段気難しそうな顔をしているからこその、きっとこの瞬間にしか垣間見れないソレは、目の前で見ていたイリヤを根幹から揺さぶった。

 

「……シロウ」

 

 もぞもぞと。イリヤは士郎の隣に入り込むと、温もりを感じながら彼の頭を優しく撫で続けた。これは特権だ。家族である事の特権。手のかかる弟をあやす様に、慈しみを込めて撫で続ける。

 せめて今この瞬間だけは安らかなひと時を。

 

 

 

 寝息が2つになるのは、それからすぐ後の事だった。

 

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)


※広島付近に到着した辺り


「シロウ、もうすぐ広島ね。追ってきていないみたいだし、一旦降りる?」

 降りる
⇒降りない

「いや……」

 士郎は言い淀む。もうあのプレッシャーや魔力は感じていない。多分逃げ切っただろう……が、それでも嫌な思いは拭えなかった。
 イリヤは士郎の感情を敏感に察すると、返事を聞き終わる前にそのまま構わず走る事にした。イリヤとて、あのプレッシャーは感じたくない。とりあえず逃げれるところまで逃げ続ける事は悪い手じゃない。……それに、士郎とのドライブデートも継続できるのだ。

「とりあえず進みましょ。いつだって戻る事だってできるわ」
「……ありがとう」
「ふふっ、気にしなくていいのよ」

 余裕を見せる。例えそれが絞り出したようなものであっても。
 女ならば、意地や虚勢は張って何ぼなのだ。

 中略(10時間後くらい)

「……もうすぐ、横浜ね」

 あれー? イリヤは疑問に思った。何で私たち此処まで来たのかしら?
 途中までは覚えている。具体的には神戸くらいまで。だけどその後の事はよく覚えていない。覚えているのは、SAでエナジードリンクを飲みながら、「横浜の中華街行きましょ!」と口走ったことくらいだ。神戸元町中華街じゃダメなのかよ。
 隣を見れば、士郎も何だか良く分からない顔をしていた。彼も疲労と深夜とエナドリでテンションメーターがおかしくなっていた。今更漸く現実にテンションが追い付いていたのだ。と言うか凛のおかげで中華への偏見が薄れたとはいえ、よく中華街行きを了承したなコイツ。
 2人の思考と相反して、現実は着実に時を刻む。行楽シーズンになると良く特集される、海老名SAが近づいてきた。此処で休憩一旦取りましょうか。そうだな。良く分からないテンションのまま、とりあえず2人は休憩をする事に決めた。



 てことで。
 こんなふぇいとはいやだ、横浜編……はっじまーるよー!(大嘘)
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