でも土曜日からフィルムの特典があるんですよねぇ……観に行きたいなぁ……
スカサハはとうとう見つからなかった。
士郎が襲撃されてから三日経過しても、彼女は冬木市に現れていない。
彼女は士郎を追って、東京、いや関東圏を飛び出て東北、果ては北の大地にまで向かっているのだろうか。いつかそこに士郎がいないことに気づくのだろうか。それとも気付かずに探し続けるのだろうか。……別にどうでも良い事だが。
兎にも角にも。
凛がセカンドオーナーとしての特権を駆使しても発見できず。
ライダーとペガサスによる空からの空中哨戒でも発見できず。
カレンによる教会人員を総動員した人海戦術でも発見できず。
となれば、厳戒を強いている衛宮邸にも多少の緩みは出てくるものだ。
「シロウ、デートしよう!」
わーい、どーん、イリヤスフィール貴様ぁ!
まぁ今現在のこの衛宮邸において、早々に緊張を解けるのはイリヤくらいなものだが。彼女にはスカサハから逃げ切ったと言う実績がある。実績は自信となり、自信は確信へとなる。いつかそれが過信に変わらなければ良いが、それを今から憂慮しても仕方が無いだろう。明日は明日の風が吹くのである。
士郎に抱き着き、存分に彼の固めのお尻を堪能する。後ろで騎士王がキレているが気にしない。赤いのが拳を光らせているが気にしない。黒……いのは気にした方が良いかしら、うん。ちなみに士郎はこんな状況でも動じる様子なく、テレビ機器周辺の整理をしている。この状況で普通に家事をする辺りに、彼の精神的なマヒっぷりが伺い知れる。
「デートたって外には出られないだろ」
「そうよ、スカサハが何処にいるかも分からないんだから」
「じゃあお部屋デート、お部屋デート!」
「イリヤさん、先輩の手を煩わせちゃダメですよぉ?」
「えー、みんなはしたくないの、お部屋デート」
途端に黙りこむ女性陣。欲望に素直で忠実なのは良いところだが、イリヤ程素直になれないのは、思春期ならではのプライドやらかっこつけやらが邪魔をしているからか。それにしてもお部屋デート。要は自室でゴロゴロするだけだろうに、こんなにも魅力的に響くのは何故なのか。
「てかシロウ、なんでそこ整理してんの?」
「ん? いらないものは捨てようかなって」
テレビ機器周辺なんてのは、あまり積極的に掃除を行う場所でもない。が、外には危険がいっぱいという事で士郎も自宅に籠りっきりな状況を強いられている。おかげで普段は手に付けないようなところへも掃除の手が伸びると言うものだ。
因みに衛宮邸では、家主の意向故か、何世代も前の機器が現役稼働中だったりする。とは言え購入した当初は最新鋭だった機器も、昨今の技術の進歩の目覚ましさには置いてけぼり。
まぁ、そんなわけで。今士郎の目の前には、VHSが並べられている。
昔録画した番組。ドラマやアニメ、映画たち。幼き日の思い出。箱に詰めた、切嗣や大河と一緒に見たかの思い出。
だがそれらは名残惜しめども、何時までも残しておけるものでもない。
「もう、再生もできないしな」
VHSなんてのは、世間一般で言えばもうロートルもいいところ。今もなお現役稼働しているところなんて、冬木市内で言えば数える程度しか無いのではないか。……この衛宮邸でも、使わなくなって久しい。
「……ねぇ、士郎」
と、そこで。
「これ、本当に捨てて良いの?」
何かに気づいたのか、凛が箱の中からVHSを取り出す。
「『士郎⑦』って書いてあるわよ」
■ こんなふぇいとはいやだ ■
冬木市内でVHSが現役稼働をしているところなど数える程度しかないが、その一つが実は遠坂家だったりする。由緒正しき魔術師家系は科学技術を忌避するところが多いが、遠坂家も例外ではない。凛が当主となった事で、馴染みが無いなりに多少は科学の色が入ったものの、それでも他の一般家庭と比べれば時代遅れと言うしか無かろう。
と言う訳で、
「はい、ビデオデッキ」
凛は自宅からビデオデッキを持ってくると、実に良い笑顔を士郎に見せた。偶には古きも佳いものである。ちなみに運んできたのはセイバーだ。そして彼女たちにコンセント云々が分かるはずもないので、紙袋に適当に詰めてきたと言う有様だったりする。
ビデオデッキを受け取った桜は、テキパキと配線を繋ぎ始める。ちなみに同じく由緒正しき魔術家系の間桐家では、慎二の尽力と当主の我関せぬのスタンス故に、とうの昔にVHS関連は姿を消した。今は最新型が稼働中。当主の蟲媼は盗撮系でも映りが良くなって大満足だとかどうとか。
ちなみに桜自身は、科学技術に抵抗がないどころか、士郎と一緒にガラクタいじりをしているので、寧ろそこらの工業高校の生徒並みに詳しかったりする。この魔術師の風上にも置けない裏切り者。
「……そんな見ても面白いもんじゃないと思うがな」
「えー、私はシロウの小さい頃気になるわ」
周りの熱狂に置いてかれる家主の衛宮士郎。捨てようとしていたVHSの中には、他にも士郎の名前で①やら②やら夏まつりとある。タイトル的に、恐らくは子供の頃の士郎自身が映っていそうなものだが……今更見られるのは恥ずかしい。が、見ないでくれとも言い難い。捨てようとしていたわけだし。
「キリツグも映っているかな」
……加えてイリヤにそんな事を言われては、士郎が断れるはずもない。まぁ、撮ったのは十中八九切嗣だから、彼が映っている可能性は低いと言わざるを得ないが。そしてイリヤもその事は重々承知で、士郎が断り辛い方面に話を持って行っていたりするのだが。
「セット完了です。これで見れますね」
良い笑顔を見せる桜。ここにいる面々の中では最も士郎との付き合いが長い彼女ではあるが、流石に幼少期の士郎までは知らない。士郎の幼少期のアルバムは藤村大河が厳重保管しているので見ることが叶わなかったのだ。
つまりは今この瞬間が、最初にして最後かもしれない、士郎の幼少期を知る数少ないチャンスなのだ。絶対に見逃せない。
「はいっと」
軽快な掛け声とともに、凛は衛宮邸の結界を強化した。単純な防衛能力のみならず、人除けの効能を最大限に。術式は複雑であれど、天賦の才はこの程度に躓かない。余計な訪問はシャットアウト。藤村大河もシャットアウト。誰にもこの至福の時間の邪魔はさせない。
「シロウ、飲み物を」
士郎の傍に湯飲みを置くと、全くの自然にセイバーは士郎の横に陣取った。ベストプレイス。士郎のうなじがちらりと見えた。実に魅惑的だ。凛や桜があくせく働いている間の抜け駆け。労働など下々がやればいいのだよ。
「じゃあ……まずは何から見ます?」
桜は大凡関連があるであろうものを並べた。①~⑦、夏まつり、運動会、海。士郎の記憶ではあまり撮られた記憶は無いが、今はこんな世界観だ。そう言う事もあったのかもしれない。
「とりあえず、①からかな」
順番通りならそうなる。無難な選択肢を士郎は選んだ。
……それに、まぁ。もしかしたら今の状況を解明する手掛かりになるかもしれないし。
スカサハの行方はどうするかって?
今の彼女たちに士郎の幼い頃を鑑賞する以上に大切な事があるとでも?
■
『爺さん、撮ってないで手伝ってよ』
テレビの中で、幼い士郎が頬を膨らませている。膨らませながら此方を見ている。
幼い士郎は半そで短パン姿で庭の掃除をしているようだ。落ちた枯れ葉を一カ所に集めている。恰好は夏だが、映る景色の色合い的にシーズンは秋だろうか。子供特有の、動きやすい格好。
そして撮影主は切嗣。位置を見るに、縁側に座っているのだろう。手伝いもせず、士郎を撮ることに集中しているらしい。なんてダメ親父だ。
『爺さん』
不服そうに幼い士郎が呼ぶ。だが僅かに画面が揺れるだけ。手でも振っているのだろうか。
呆れと諦めが半々の溜息を吐いて、士郎は掃除を再開する。集められた枯れ葉が小さな山を作り、踝くらいまでを埋める程度の大きさになった。
『これぐらいあればいいかな?』
『そうだね』
切嗣の声。久しぶりに聞く、声。記憶の中の声よりも、大分落ち着いていて、そして弱々しい。
『じゃあ焼き芋しようか。士郎、藤村さんからもらったサツマイモ、持ってきて』
『はーい』
がたがた。画面が揺れる。視点が下がった。縁側にビデオを置いたのだろうか。
士郎はその横を駆けて画面外へと消えた。代わりに切嗣が現れると、落ち葉の山へと歩いて行く。手には新聞紙とライター。……それにしても、随分と老けている様に見える。傍から見ていると、ただのドロップアウトした中年だ。映像の士郎の大きさ的に、まだ引き取られてそう時間は経っていない筈だが……
「キリツグ、ちょっと若返ってる」
「あれで!?」
イリヤの呟きに思わず士郎はツッコミを入れた。どうみても老けているようにしか見えない。
「確かに。それに解放感を感じます」
「そういえば、セイバーって爺さんにも召喚されたんだっけ」
「はい。彼は、限界まで引き絞られた弦のようでした。……映像の中の彼に、そのような様子は見られません」
2人の言う事が正しいとすれば、アインツベルンにいた頃の切嗣はどんな目に遭っていたんだと言う話である。記憶の中の彼よりも老けている筈なのに、若々しいと言われている現実。この世界の歪さに、改めて士郎は頭が痛くなってくる。
『あー! 爺さん、ダメだよ。新聞紙は使うんだから』
『火種以外に何に使うんだい?』
『濡らしてサツマイモに巻くんだよ。で、その上からアルミホイルを巻かないと』
『そのまま焼けば良いじゃないか』
『それだと表面が焦げて、中身が生焼けになるだけだよ』
……あれ、こんなに切嗣って家事出来なかったっけ? そう言えばそうだったっけ?
身内のポンコツっぷりを見られるのは、想像以上に恥ずかしいものがある。他の皆は微笑ましいのかニコニコとしているが、士郎としては恥ずかしさで直視し難い。
『うーん、そうなのかい』
『そうだよ。ほら、こうやって濡らさないと』
『なるほど、流石だね』
『へへっ』
頭を撫でられて得意げに映像の中の士郎は笑みを零した。年相応の少年の笑み。そう言えば切嗣は家事全般がダメだったなぁ、と思い出す。
『じゃあ、あとは士郎に任せるね』
『えー、ずっりー』
『はっはっは』
笑いながら画面外に引く切嗣。残された士郎はぶつくさ文句を言いながら、自分で火を点け始める。手際の良さからして、普段からのやりとりであることは疑いようがない。どんだけ切嗣はダメ人間だったのか。
「ふふっ、仲睦まじいですね」
「そう見えるか?」
「ええ、とても」
「……なんかずるーい」
ふくれっ面を浮かべるイリヤ。彼女にとっては確かに複雑だろう。実の親が、血のつながっていない他人に笑顔を見せているのだから。
その後も特に変わった様子は無く映像は続く。
日常の一コマ。焼いた焼き芋を手際よく切嗣に渡す士郎。血のつながらない家族の成長記録と言うよりは、身内の介護染みていると思うのは、士郎の心が疲れているからだろうか。
『士郎は良いお婿さんになれるね』
『そうか? 誰だってできるでしょ』
『男の子ではいないよ。こういうのは女の子がやることだからね』
そうなのか? まぁ、こんな世界観だしそうなのか。
記録映像一つとてがこの世界の歪さを映し出す。士郎からすれば、こういうのは寧ろ男のやることだ。
『士郎も、いつかは結婚するのかなぁ』
『何だよ、爺さん』
『気になる子はいるのかい?』
『何だよ急に!』
『いるのかい!?』
がたがたッ! 揺れる画面。どんだけ驚いているんだ。
『おお、士郎が……うぅ』
『いないよ! 何言ってんだよ!』
『もしやあの子かい? この前公園にいたガキ大将みたいな子』
『違うって。そもそもあの子の名前知らないし』
『てことは、気にはなっているのかな』
『なんでそうなるんだよ!』
顔を真っ赤にして反論する辺り、映像の中の士郎としては確信を突かれたということだろうか。分かりやすくて、見ている士郎の方が恥ずかしくなっている。
「ガキダイショー? 士郎そんなの好きだったの?」
「昔の話だから覚えてないよ……」
イリヤの問いかけは流す。ガキ大将……の記憶はなくも無いが、士郎はそんな想いを抱いた覚えは無い。確かに元気な女の子がいたような記憶はあるが……
『うーん、士郎は絶対にもてるから、変な子には引っかからないようにね』
『何だよさっきから』
『この前の女の子から告白されてたでしょ』
『何で知って、いや、あの、あの子は違うし!』
『士郎には紹介したい子がいるんだけどなぁ』
『やめろよ、もう!』
『あ、ちょ、士郎、やめ、あっ、ああ!?』
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、映像の中の士郎が切嗣に襲い掛かる。画面が酷く揺れて、切嗣の情けない声と共に暗転する。ビデオ自体はまだ尺はあるはずだが、音声も切れた辺り、映っているのは此処までという事か。
「じゃあ、次は②ですね」
余韻に浸る間もなく、桜が次のビデオを手に取って、士郎に向けて良い笑顔を見せていた。本当に、実に、輝かしいくらいの良い笑顔である。これで鼻血を流していなければ完璧だっただろう。何が完璧かは置いておくが。
士郎は少し、本当にほんの少しだけささやかな刹那の間にも見たいない逡巡の後、桜に負けないくらいの笑顔で首を横に振った。ダメ。
「ちょっと御免、恥ずかしいかな」
「えー! みたーい!」
「いや、ちょっとな……」
「じゃあ、もう一本だけ! 士郎がどんな子供時代だったか気になるの! 切嗣とどんな生活しているか気になるの!」
イリヤは思考をフル回転させると、今この場で考えられる限りで最強のカードを切った。切嗣の実子でありながら、死に目にすら会えていないという境遇。実の親の愛を満足に享受する前に別離すると言う悲しさ。そしてその事を少なからず士郎は気にしていると言う事実。
この言葉を聞いて、士郎が首を横に振れるわけが無い。たかだか個人の羞恥心など無きにも等しい。
……結果として、士郎は首を縦に振った。個人の感情は飲み込む事にしたのだ。
■
②のビデオには、士郎が機械弄りをしている姿が映っていた。
③のビデオには、士郎が料理をしている姿が映っていた。
④のビデオには、士郎が縁側で腹を出して寝ている姿が延々と映っていた。
⑤のビデオには、士郎が学校の宿題をしている姿が映っていた。
⑥のビデオには、士郎が大河に着せ替え人形とされている姿が映っていた。
⑦のビデオには、士郎が料理本と睨めっこしている姿が映っていた。
どれもそれほど長くはない。長いのでも30分程度。ただその全てが、士郎と切嗣のかけがえのない家族としての生活を映していた。……いずれも、士郎の記憶には無い代物だ。
「……もういいかな」
「えー! あと3本だけだよ!」
「少し、疲れたよ。今日はもういいだろ」
むぅ、と。イリヤは頬を膨らませた。あどけない様子を演じつつ、脳みそはフル回転。あまり自分の意思を押し付けても逆効果だろう……が、彼女はまだ続きが見たいと思っていた。まだまだ幼少期の士郎が見たかった。しかもここからは、夏祭り、運動会、海と季節イベントものである。間違いなく浴衣姿に体操着姿に水着姿の士郎が拝める。このチャンス、絶対に逃せない。
そしてそれはセイバー、凛、桜の3人も同じ思いを抱いていた。抱いていたが口には出さない。此処はイリヤに任せる。イリヤに頑張らせる。イリヤが無理を通して続きが見れるのならば良し、やりすぎで好感度を下げるならそれもまた良し。どちらに転んでも、自分たちに損はない。汚い大人? 戦略的と言ってもらおうか。
「また明日見れば――――」
「ダメダメダメッ! 絶対にタイガに邪魔されるもの!」
藤村大河。穂群原学園の英語教諭にして、剣道五段の腕前を持つ、冬木の女傑。幼き士郎をあらゆる魔の手から守るべく、その身を粉にして駆けずり回った、文字通りの士郎の保護者である。士郎が天涯孤独の独り身となりながらも、ここまで薄い本や企画もののVの如き目に遭わずに済んでいるのは、彼女、及び藤村組が影に日向に護り続けてきたからでもある。
士郎のこれまでの成長の軌跡――写真や映像などの成長記録は元より、小さくなった服や彼が使ってた食器など――は、藤村組の手で厳重に保管されている。それらを見ることが出来るのは、大河や雷画を始めとする本当に一握りのみ。それでも欲望に負けて手を出した組員には、死よりも重い罰が下されたとかなんとか。
まぁ、そんなわけで、
「見たいっ!」
イリヤは恥も外聞も捨てて欲望を口にした。清々しいまでの素直さだった。人間欲望に屈するとこうなると言う好例であった。
こんなところで駄々をこねずに、藤村組へ催眠でもかけて見に行けばいいものだが、藤村組の面々は何故か士郎の事となると魔術を用いた催眠に掛からない。高い魔術の素養を持つイリヤが相手であってもだ。この日まで何度も士郎の幼少期を入手しようと試みていたが、何れも失敗に終わっているのだ。恐るべし藤村組。
特に次期跡目として英才教育を受けた大河は、異常なまでの魔術への抵抗力が備わっている。催眠からは容易に逃げ、結界をものともせず踏破し、意識誘導にすら引っかからない。ライダーの魔眼にすら、なんか身体重いわねー、だけで済んでいる文字通りの化け物にして衛宮邸ラスボス。彼女たちが士郎を娶るには、この化け物を倒さねばならないのだ。
……やや話題は逸れたが、つまりは、この機を逃せば。士郎はビデオを厳重封印し、見る事が叶わなくなるだろう。恥ずかしいとか言って見せてくれないに違いない。と言うか最悪捨てられて、藤村組が回収する。そんな未来をイリヤには容易に想像できた。
だからこそ、だからこそ……っ!
「見たいっ!」
血を吐く様な慟哭だった。心の底からの懇願だった。そこには高尚な言葉も、涙を誘うような姿勢も、相手を組み伏せる理論も、士郎が納得する様なものは何も無い。ただただ、1人の少女としての真摯な願いがあった。真摯な願いと言う名目の欲望があった。それだけだった。
「と言ってもなぁ」
士郎はどうしたものかと頬を掻いた。疲れているのは事実だ。見られて恥ずかしいのも事実だ。だが自分の目の届かないところで見られるのは嫌だと思った。何かこのままだとダビングしかねないし。
たかが幼少期、されど幼少期。年頃の少年にとっては、あまり見てほしくはない類の物。さてはてどうしようか。だが悩めど答えなど出るはずもない。
「また今度にしないか? そろそろ昼飯作らないといけないし」
「うぅぅ」
「そうですね。そろそろお昼ごはんの時間ですし、一旦止めましょうか」
士郎の言葉に、一も二も無く桜は賛成の意を示した。そしてイリヤに目配せする。一旦引きましょう。押すばかりではダメな事を彼女は知っている。食事を挟めば変わる考えがあるかもしれない。
「何を作るの? 手伝うわ」
桜の意図を正しく理解し、凛は士郎を後押しした。ビデオから考えを逸らさせる。加えて士郎に主導権を握らせることで、より意識を昼飯に集中させる。無論、自分が手伝うことで、士郎との楽しいクッキングタイムも確保すると言う策士っぷり。諸葛凛の名は伊達では無いのだよ。
「さぁ、イリヤスフィール。準備をしましょう」
すくっ、と。セイバーは立ち上がり、全くの自然な動きでテレビと士郎の間に立ちはだかった。これで士郎はテレビの方を見ても、セイバーの姿が見えるだけだ。だが実はその裏では、桜が空いているVHSを手にビデオデッキの操作をしていた。士郎の危惧しているダビング。それを今まさに、この瞬間に桜は行おうとしていた。
今この機会を逃せば、良くてこのまま士郎たちと見るだけ。そしてその後は捨てられる……いや、藤村組で厳重に保管される。それが意味する事は、このVHSが日の目を見る機会は二度と訪れる事は無いだろうという事。
つまりは、この瞬間こそが。唯一無二の、正真正銘最初で最後のダビングのチャンスであると。そう、桜の鋭敏な感覚は告げていた。
……いや、桜だけじゃない。セイバーも、凛も、そして遅れながらもイリヤでさえもが、同じ感覚を共有していた。
故に、
「さ、作りましょ!」
凛が士郎の気を引き、
「イリヤスフィール。テーブルを上げますので、下の方を軽く掃除願います」
「はーい」
セイバーとイリヤが協力して視界を遮り、
「ダビングの時間は無いからラベル張り替えて……」
桜はダビングが不可な事を悟り、ラベル交換と言う原始的な手法に着手する。
今まさに。衛宮邸の女性陣は、一つの目標を達成するために、一丸となっていた。事前打ち合わせも無しの一発本番で、彼女たちはその意思を完全に共有しきっていたのだ。
■
尚。
今のこの時間帯はお昼ご飯時である。
当然、衛宮邸だけでなく、他の全ての家庭が、お昼ごはんの用意をしている。
作っていない家も、外食の準備か出前を取るであろう。
何もおかしい事は無い、至極当然と言える時間帯。
そんなわけで。
衛宮邸のお隣さんから、とある女性がスキップ交じりで出てくる事も。
その女性が鼻歌交じりで衛宮邸の門の前に立つことも。
少し頭を傾げつつも、気にすることなく満面の笑みで扉を開ける事も。
そして結界なんかどこ吹く風の様相で邸内に入る事も。
何にもおかしいことはないのだ。
まぁ、つまり。
何が言いたいかと言うと。
「いやっほう! みんなー! 今日のお昼ご飯はな~にっかな~♪」
おまけ(と言う名のNGルート)
「そういえば、セイバーって爺さんにも召喚されたんだっけ」
「はい。彼は、限界まで引き絞られた弦のようでした。……映像の中の彼に、そのような様子は見られません」
……絶句する
⇒昔の切嗣の事を訊く
「なぁ、セイバー。昔の爺さんって、何でそんな風だったんだ?」
「…………正直に申し上げると、分かりません。私が召喚された時には、彼は既に緊張状態におりました。原因までは、その……」
「いや、分からないなら良いよ。爺さんとは全然話さなかったんだろ?」
「いえ、そんなことはないですよ? 切嗣とはそれなりに話をしました」
「あれ? そうなのか?」
「はい。まぁ、その、情事から逃げる為に、体よく利用されたと言う方が正しいでしょうけど」