こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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更新、半年以上ぶりになりましたね……
こんなご時世だから家に引き篭もって執筆も進むと思ったんですけど、進まない時は1週間かけても1文字も進まない。不思議。

信じられないと思いますが、昨年には完結している筈だったんですよ。マジで。


じゅうに

 藤村大河とは。衛宮士郎にとって大切な人である。

 恋愛感情、と言う意味ではない。

 衛宮の姓を名乗る様になってから、ずっと一緒の家族。

 世話の掛かる姉貴分であり、何かと放っておけないお隣さんであり、やや口煩い保護者であり――――そして、自身の大切な人。

 だからもしも。彼女の身に何か危険が迫ったり、その身に悪影響が及ぼすのであれば。

 士郎は絶対に見過ごすことはない。その諸悪の根源を突き止め、潰すだろう。もしもその為に自分の命が必要だと言うのなら――――差し出す事も、きっと躊躇わない。

 衛宮士郎にとって藤村大河とは、そういう存在だ。

 

 

 

 大河がリビングに入って来た瞬間、イリヤは即座に彼女に飛び掛かった。幼さを生かした甘えと言う名の突撃。妹が姉に甘えるようなもの。事情を何も知らぬ者が見れば、それはそれは愛に満ちた突撃に見えただろう。その内心に秘められた焦りや打算など知る由もない。

 セイバーはイリヤの引き離しに掛かる。無論、大河に迷惑をかけないようにするため、ではない。自分とイリヤに意識を集中させ、絶賛人力ラベル張替え中の桜に目を向けさせないようにする為だ。そこに、ついでに媚を売っとこうなんて想いは無い。無いったら無い。

 桜はあたかもテレビの周辺を片付けていました風に仕草をかえていた。慌ててはならない。いつも通りに。冷静に。不要な行為は疑惑を抱かせるだけだ。間桐桜は慌てない。これしきの事では慌てない。

 

「あらあら、急がないとね」

 

 軽口を叩くように、凛は隣で固まっていた士郎に声を掛けた。ああ、と。少し遅れて返事があるが、凛は気にせず先に準備を続ける。……表面上は。気取られぬ様に。いつも通り。

 

 例え隣で。士郎の顔が、いつになく強張っていようと。

 

 想い人にそんな顔をさせている事に、そしてそこに至るまで気が付けなかった己の能天気具合に。

 腸を煮えくり返しつつ、しかしそれを気取られる事の無い様に、いつも通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤村大河が衛宮邸で過ごすのは、基本的には夜間のみ、それも食事の時間帯くらいだ。教職の身である彼女は、おいそれとは休むことが出来ないほどに多忙であり、例え大切な弟分であろうとも四六時中つきっきりで一緒にはいられない。

 とは言え、大切な弟分を獣の群れの中に置いておくのには抵抗が無い訳ではない。無い訳ではないが、その獣どもを招いたのは士郎自身の判断である。ガードの緩い弟分が、大河としては言葉に表せられないレベルで心配なのだが、そこは一先ず士郎の意志を尊重している。渋々ではあるが。致し方なくではあるが。

 それに士郎はもう高校最終学年。あまりとやかく言わないとならない年齢でも無い。心配とは言え、時には何も言わず見守ることも必要だろう。

 そんな訳で。今日のこの日も。

 大河は士郎の手料理に舌鼓を打ち、何時の間にかに増えたクソ居候共と談笑し、最後に精一杯力強く士郎を抱きしめたところで家路についた。士郎の身体の強張りから、何かまた余計な事に気を回しているのだろうと察するが、今はまだ見守る。良かれと思って手を回すことが、必ずしも当人の成長に繋がるとは限らないことを、教職の身である彼女は良く知っている。

 自主性の確立。誰の力を頼る事無く、本人が考え、結論を導き出す。

 士郎の場合は特にその傾向が強く、実際それで成長をしてきた。ならば信じることも必要な事だ。

 ま、そもそもの話。もしも何かあれば藤村組の総力を挙げれば良いだけだしね。

 

 

 

「セーフ! やったわ、セイバー! 私たち、やったわ!」

「ええ、やりました。これは勝利です! 私たちは勝利したのだ……っ」

 

 抱き合い、むせび泣き始めるイリヤとセイバー(馬鹿2人)。何と戦い、何と勝利したのか。全く理解が出来ないが、彼女たちの中では一つの戦いが終わったのだろう。そう易々と安堵するあたりに、2人の経験の乏しさが伺えるモノだが。尤も、2人とも何の根拠もなしに喜びを垂れ流しているわけでは無い。セイバーは直感のスキルで、イリヤは自身の魔術による遠望によって、藤村大河(ラスボス)が出て行ったことを確信している。全く以って能力の無駄遣いとしか言いようが無い。

 

「……」

 

 馬鹿2人は置いておいて、心から安堵……と言うには精根が尽き果て真っ白になってしまった桜。その様相はアニメのギャグ描写の如くで、なんなら口から魂のようなモノが出ている様に見えなくも無い。

 それもその筈で、藤村大河の襲来を長年の甲でいち早く察していた桜は、大河が帰るまでの間、彼女がVHSに意識を向ける事のない様にずっと尽力していた。無論、食事中も。なんなら食事中の方が精神がすり減ったと言えよう。なにせ食事の場では、藤村大河を前にしながら欲望に負けてVHSに意識を向けようとする、イリヤとセイバー(馬鹿2人)がいるのだから。

 そんな2人の尻拭いの為、要所要所で桜は大河の気を自身に引いていた。間違っても馬鹿2人には向けさせない。何故ならなし崩し的にVHSの存在がバレてしまうから。それは士郎に次いで大河との関係が長い桜だからこそできた、神業めいた所業。そりゃあ疲労困憊で魂も抜けると言うものだ。もう一度やれと言われても多分無理だろう。尤もそんな努力も空しく、大河には直感で怪しいと思われていたりするのだが、それはまた別のお話。

 

 と、三者三様に感情のままを表している傍らで。

 

 士郎はテキパキと片づけを終えると、全くの自然な足運びでリビングを出て、そのまま自室へと向かった。淀みの無い足取りに、気配を周囲に紛れさせて消し殺すという、本職のアサシンに引けを取らない高等技術(気配遮断)。彼が出て行ったことは、セイバーもイリヤも桜ですらも気が付いていない。

 財布と携帯、あと家の鍵と上着。近所に出るような軽装で、さっさと士郎は支度を終えると、その足で玄関へと向かった。……否、玄関を出た。

 スカサハの行方が分からず、いつまた襲われるかも分からないと言う状況で。

 士郎は外に出たのだ。

 

「クソっ……」

 

 そして小さく悪態。

 と言っても、周囲の状況に対してではない。

 周囲に人影はいない。

 異常もどこにも無い。

 なら悪態は何へ?

 ……決まっている。

 衛宮士郎は自分の事で怒りを露わにしない。彼が怒りを露わにするのは、何時だって他の人の為だ。

 そんな彼が誰に対してでも無く怒りを露わにするということは、つまりは、

 

『私は私が出来る事に尽くす。貴様は貴様で尽くせ』

 

「クソッ!」

 

 自身の膝に強く拳を打ち付ける。

 己への不甲斐なさ、情けなさ、考えなしの役立たず……そう言った、ありとあらゆる負の感情を拳に乗せて打ち付ける。

 数日前のアーチャーとの邂逅。確かめた現実。言われた言葉。

 忘れたわけじゃない。忘れるはずが無い。

 変わり果ててしまった世界。覚めない悪夢めいた現実。

 そしてこの世界を元に戻すことが出来るのは、恐らくは己のみ。

 

 だが今の自分はどうだ?

 

 スカサハの脅威に怯え、自宅に何もせず引き篭もったままで。何かをしたかと言えば、過去の映像を見て違和感を見出そうと仮初の努力ばかり。

 いったい今日の今まで、何をしてきたのか?

 無意味に怠惰な時間を過ごしてきただけではないのか?

 時間がどれだけ残されているかも分からないのに。

 自身の大切な家族ですら変貌しているのに、呑気にのうのうと……っ

 

「ハァ……」

 

 三度目の悪態は零れなかった。己自身への幻滅の方が大きく、代わりに溜息が零れる。

 何も成していない事への見せかけの怒りなどに意味は無い。為すべきことを成さねば。まずは、それだ。

 

 

 

「まったくもう……本っ当に士郎は自分の事を口にしなさすぎよね」

 

 

 

 振り返る。驚きに。

 身体が強張る。己の不用心さに。

 それから適切な言葉を探そうと、無意味に口を開閉させる。

 全くの無駄であると分かっているのに、言い訳を重ねようとする愚行。

 こうして気が付いた時点で、既に遅きに失しているというのにだ。

 

「ま、今の今まで気が付かなかった私も大概だけどね」

 

 一方で。そんな士郎の様子など気にも留めず。

 彼女は衛宮邸から、士郎を追うように一歩外に踏み出た。

 かき上げられた黒のツーサイドアップ。

 意志の強さを伺わせる碧眼。

 そして見惚れる様な柔和な頬笑み。

 

「それで? 私は何をすればいいかしら?」

 

 冬木市のセカンドオーナーにして、自らの魔術の師匠で、かつての運命の夜に何度も共に死線を潜った同盟相手。

 遠坂凛が、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠坂凛が衛宮士郎を異性として意識し始めたのは、間違いなくあの第五次聖杯戦争を経てからだ。

 無論、様々な諸事情もあり、士郎の事は聖杯戦争以前から知ってはいた。知ってはいたが、あくまでもそれだけだ。異性としての意識が皆無である……とは言わないが、遠坂家の嫡子にして、セカンドオーナーである彼女には、そんな色恋沙汰にうつつを抜かす余裕は無かったのだ。

 だというのに。あの第五次聖杯戦争で彼と行動を共にし、死線を潜り抜け、数々の敵を退けて、ギリギリのところを生き延びて。気が付けば彼から目を離せなくなったし、その後を共に過ごしたいと強く思うようになった。魔術の特異性や希少性といった、魔術師的な損得勘定抜きにだ。

 無論、彼の良いところばかりに目を向けているわけではない。

 唐変木なところも、多数の好意に対して鈍感なところも、嘘のつけない不器用さも、度の外れた理想主義なところも、自身の命を省みないところも、その全てを。

 望まれれば、声高らかに遠坂凛は宣言しよう。衛宮士郎を愛している、と。

 

 だからこそ。

 

 遠坂凛は許せない。

 衛宮士郎がまた1人で抱え込み、思いつめてしまっている事に。

 そんなことを原因不明の何かがさせてしまっている事に。

 そして何よりもそのことに気が付けなかった、間抜けで阿呆な自分自身に。

 腸が煮えくり返って仕方が無いのだ。

 

 

 

 などとその柔和な笑顔の裏で思われているとは露知らず。

 士郎は凛の言葉に、何と返すかという事に全思考を費やしていた。

 凛の言葉に合わせて、悩みを口にするのは簡単だ。気が付いたら世界がおかしくなっていたから修正したい、だから手を貸してくれ。きっと凛は助けてくれるだろう。事の解決に力を存分に貸してくれるだろう。

 だが……果たしてそれは正解だろうか?

 現状、変わる前の世界の記憶を有しているのは3人。士郎とアーチャーとキャスターだけ。だがキャスターは魔術で現状に抗っている状態。それは即ち、世界が一個人へ修正を試みているという事だ。そしてアーチャーの、原因は衛宮士郎にあるという言葉。

 ……これはあくまでも士郎の推測でしか無いが。悩みを口にし、相手に認識させることで、

 

 何かしらの影響が遠坂凛に及んでしまうのではないか?

 良くないことが彼女の身に起きてしまうのではないか?

 

 その可能性は、決して否定できるものではない。寧ろ、可能性は高いとすら思える。

 ……ならば、

 

「なんでも「嘘」」

 

 ない、と。告げる前に言葉を被せられる。柔和な微笑みと相反する、一刀両断する様な鋭利な言葉。

 

「嘘、よ。士郎は何時もそう。本当に一人で抱え込んで、誰にも言わない」

 

 微笑みは崩さない。出来の悪い子を諭すように、少し困ったように下げられた目尻。だがその翡翠色の眼は、士郎にも分かるくらいに怒りで燃え盛っている。

 

「バーサーカーの時も、綺礼の時も、桜の時も、士郎はそうだったわね。……そんなに私は信用無い?」

「そんなことはない。ただ……今回は、その……」

「……ごめん。責めているわけじゃないの」

 

 ふぅ、と。凛は息を吐き出した。彼女にしては珍しい、溜息に近い息の吐き方。それから首を振って、もう一度微笑みを象る。

 

「ただね、士郎が私たちに黙って動こうとする事柄って、大体が危険度が高い事なの。イリヤに誘拐されたりとか、綺礼に襲われたりとかね」

「……」

「士郎の想いは分かっているつもりよ。多分、私にも危険が及ぶ事なんでしょう? だけど、だからと言って退き下がることは出来ないわ」

 

 宣言だった。優しくて柔らかな口調で、それでいて断固とした宣言だった。士郎を1人では行動させないと言う意思の表れだった。

 意志の強い瞳が、士郎に挑発的な輝きを向けている。何を言われようとも退かない、不退転の瞳。士郎程度の言葉では、容易く言い負かされてしまうか、言い包められてしまうか……いずれにせよ、突っぱねることは不可能だろう。

 ならば、言うか? 観念して? 何の影響が出るかも分からないのに?

 ……言えるわけが無い。

 

「遠坂」

 

 見上げた空。澄み渡るほどの青の晴天。己の内心とは相反するその光景。

 幾分かの時間を使い。鼓動を落ち着け、呼吸を整え。

 彼女の名前を、呼ぶ。

 

「……すまないが、詳細は言えない」

 

 口にした言葉は拒絶。言えるわけが無い、まだ言うわけには行かない、口にしてはならない。

 

「だけど、力を貸して欲しい」

「お安い御用よ」

 

 ノータイムで。凛は了承の意を示した。破格の信頼故の即答だった。

 彼女は勝気な笑みを浮かべていた。己の力を信じて疑わぬ、絶対的な自身がそこにはあった。

 この空も霞むほどに眩く輝かしい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、協力すると言ったけど……何で此処?」

 

 衛宮邸の近くを丁度タイミングよく通りかかったタクシーを捕まえ、揺られること大体30分程度。

 閑静な住宅街から、冬木大橋を越えて、新都方面へ。裏道を通り、小高い丘へと繋がる道を行けば、目的地はもう目と鼻の先。

 目前に聳え立つその建物を見て、凛は思いっきり顔を顰めた。

 

「此処に来たって事は、用があるのはあの娘ってこと? ……え、本当に、アレに?」

「ああ。すまん。けど、知りたいことがあるんだ」

「ううん、別に良いんだけどね」

 

 ふぅ、と。気合を入れ直す様に凛は短く、そして少し強めに息を吐き出した。チリッ、と。それだけで彼女は纏う空気を、自身の在り方を切り替える。

 ぐっ、と。己に喝を入れる様に士郎は拳を強く握りしめ直した。トレース・オン。頭の中で呟いた言葉で己の意識を、自身の在り方を強固にさせる。

 血潮は鉄、心は硝子。

 覚悟を決めるのに時間は要らない。

 

「じゃあ開けるぞ」

「ええ。正面から入ってやろうじゃない」

 

 そうして、真正面から2人は扉を開けた。

 

 

 

「お待ちしておりました、御主人様」

 

 

 

 何で待っているんだよ、と士郎は思わない。思わないったら思わない。強固にし直した己の意識や思考が少なからず揺さぶられたのは気のせいだ。彼女の香りが脳みそを揺さぶるのも気のせいだ。頭の中でいつもの呪文を繰り返して平常通りに。外面だけでも平常通りに。

 士郎の目前には少女がいる。士郎の知る少女にして、今回ここを訪れた目的。

 カレン・オルテンシア。

 現在の冬木教会を治める修道女。

 ……ある意味で。尤も士郎の記憶からの乖離が激しい女の子。

 

「寄るな、雌犬。年中発情中なのかしら。生臭いのよ、アナタ」

「ふふっ、子猫がにゃんにゃんと一丁前に威嚇ですか。お可愛いこと……」

 

 凛は士郎を護る様に一歩出た。その手には士郎にもカレンにも見られぬ様に宝石が握りしめられている。何かあればぶっ放す。宝石でカレンごと教会をぶっ放す。

 カレンは柔和な微笑みで、全てを受け入れるかのように両腕を広げた。奇しくもそれは、この教会の前任者と同じような仕草。凛からすれば、嫌という程見た威圧的な仕草だ。

 凛もカレンも笑顔だ。そして口調も世間話をするような気安さ。それ故に出てくる言葉の意味に、互いが互いを蔑むような会話に。士郎は己の背筋が冷えて仕方が無い。と言うか、これが続けば間違いなく士郎自身の精神がおかしくなる。

 

「カレン、訊きたいことがある。少し時間良いか」

 

 このままだと話し合いどころじゃない。士郎は早々にそう断じると、2人の会話に割り込んだ。

 大丈夫?

 大丈夫だよ。

 凛が心配そうに士郎を見てくるのにアイコンタクトで意思を返す。流石は互いに死線を何度も潜り抜けてきただけあって、意思疎通はばっちりである。愛している、なんてべたな勘違いはしない。遠坂凛はそんな安っぽい女じゃない。

 

「勿論です、御主人様。少しと言わず、幾らでもどうぞ」

 

 嫋やかな蕩けるような笑顔。凛に見せるのとは全くの別種。間違いなく、絆される。絆され、囚われ、溶かされる。その魅力に骨抜きにされる。士郎のみに向ける、純度100%の笑顔。好意も悪意も全てを超越した何か。

 カレンの笑顔が、言葉が、仕草が、その一つ一つが士郎の理性をぶん殴って揺らしてくる。これはまるで優しい毒だ。甘くて優しい、致死の毒。

 会話を重ねれば重ねる程、より暴力的に彼女の魅力は士郎を蝕んでいくだろう。それは悲しいほどの確信だった。予感なんて生易しいものでは無かった。

 

「助かる。そしたら……早速で悪いが、ギルガメッシュと話をしたいんだが、どこに居るか分かるか?」

 

 多少早口になるのは仕方が無い。寧ろどもらず噛まずに言えただけ、士郎の精神力を賞賛すべきだろう。

 ギルガメッシュ。第五次聖杯戦争のイレギュラーサーヴァントにして人類最古の英雄王。……そしてこの世界の哀れな被害者。

 士郎が冬木教会を訪れたのは、カレンにギルガメッシュの所在を聞くためである。関係性が変貌前と同じなら、彼の所在を知り得る可能性があるのはカレンだけになるからだ。

 

「ギルガメッシュ……彼に御用があるということでしょうか?」

「ああ。アイツに会って訊きたいことがあるんだ」

 

 世界の変貌によって歴史すらも改変されているのは、アーチャーの話からも分かっている事。そして慎二からのギルガメッシュ評。彼も他に漏れず変わり果ててしまった存在ではある事は士郎とて理解している。

 だが。世界最古の英雄王ならば、この状況に対して何かしらの解決策を望めるかもしれない。或いは、この世界の真実の一端を知る事が出来るかもしれない。

 少なくとも、座して待ち続けるよりはよっぽど有意義だ。

 

「私では無く、ギルガメッシュですか……」

 

 むくれる様に。カレンは頬を少しばかり膨らませた。士郎の言葉への、決して小さくない嫉妬心。自分への要件が本筋では無いと言う、おまけ扱いへの不満。士郎は知らない。こんな年相応な表情を見せるカレンを、士郎は知らない。

 不意打ちだった。こんな顔をされるとは思っていなかった。カレンの全く新しい一面。本日二度目の揺さぶり。意識が、思考が、本能が揺さぶられる。カレンと言う甘美な毒が士郎を蝕む。

 ――――耐える。カレンの魅力に耐える。奥歯を噛み締め、拳を握り締め、己の精神を強固な一本の柱として確立させて耐える。この程度で衛宮士郎は綻びない。崩れない。絆されない。

 

「ああ。どうしてもアイツに会って訊かなきゃならないことがあってな」

 

 鉄の精神で士郎は耐え抜くと、さも致し方ないと言わんばかりに言葉を続けた。今この瞬間に躓いては、成せるものも成せない。

 カレンはじぃと士郎の眼を見つめた。士郎と似た、士郎よりも色の濃い黄金色の眼。何となく気恥ずかしくなり、少し士郎は視線を逸らした。

 

「……まだチャンスはあるようですね」

「え?」

「いえ、此方の話です」

 

 致し方ないと。そう言いたげにカレンは1人頷いた。頷いたが、顔は満足げに笑みを象っている。何かが彼女のお気に召したらしいが、士郎にはそれが分からない。後ろで凛が敵意を強くしているのにも関係があるのだろうが分からない。……多分、士郎は分からない方が幸せだ。

 

「質問への答えですが……私は彼の所在を存じてはおりません」

「分からない、か……」

「はい、申し訳ございません」

「謝らなくていいよ。こっちこそ手間をとらせてすまない」

 

 とは言ったものの、これからどうしようか。当てが外れた事へ、若干の焦りを士郎は覚えた。

 まず女性陣はギルガメッシュの所在を知らないだろう。慎二の話で言えば、かなりの女嫌いになっているらしい。ギルガメッシュ自身から誰かしらに連絡を取ることは無いと思われる。

 その慎二も、ギルガメッシュの所在は分からないと言っている。お手製のダッチワイフを宅配便で送っているのであれば追跡できなくはないが、第三者に所在がバレる可能性がある手段を取るとは思えない。一応聞いてみるが、期待は出来まい。

 男なら連絡を取るだろうか。だが士郎の知る男と言えば、もうあとはこれも所在不明のアーチャーくらいしかいない。ランサーはスカサハ、アサシンは武蔵。バーサーカー……は不明だが、そもそも意思疎通能力が無い。つまりは最早、選択肢が無いに等しい。

 

「ねぇ、カレン。ギルガメッシュとはパスが繋がるんじゃないの?」

 

 ギルガメッシュは受肉体ではあるが、現界を続けるにあたってはカレンが必要である。令呪でどうこうできる存在では無いが、パスを追えば大凡の場所は掴めよう。

 だが凛の言葉に、カレンは首を横に振った。

 

「残念ながらパスは繋がっておりません。魔力は自前で調達しているようです。私の役割は、現界の為の楔程度という事になりますね」

「追えない、って事?」

「はい。魔力を流そうとすると、途中で弾かれて霧散します」

「干渉の拒絶、って事? パスすらも……」

 

 凛は瞬きの間に思考を魔術師のソレに変えた。余程不可解な現象ではあるのだろう。士郎からすれば、アレならそれくらい宝具なりなんなりを駆使してやりかねないとは思うが。何せ人類最古の英雄王である。若返りの薬だってあるのだ。ドラ〇もんが四次元ポケ〇トから取り出す道具並みに、トンデモ性能の宝具を所持していてもおかしくない。

 

「あとは……そうですね、前々任者が日誌のようなものを持っていましたので、それを見ればアテはつくかもしれません」

「日誌?」

「はい。確かそのようなものがあった記憶が」

 

 日誌。ディーロ爺さんなら兎も角あの言峰がそんなものをつけるのか、と士郎は意外に思った。それは凛も同様だった。何せ言峰綺礼は凛の後見人でありながら、杜撰な土地管理で遠坂家の家計に決して少なくないダメージを与えた人間である。金が関係してこれである。日誌なんて、そんなマメな事をしそうには思えなかった。

 

「前々任者の私物は、全て地下の倉庫に放り……保管をしてあります。ご案内いたしましょうか?」

 

 カレンは初めて微笑んだ。

 それはこれまでに士郎に向けたものでもなく、また凛を始めとする知人に向けたものでもなく。

 修道女として、己の責務を全うする時の微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここですね」

 

 一歩、足を踏み入れた。

 石畳の床。天窓からの光では存分に光源を確保できない地下室。少し淀んでいる空気に、僅かに感じる埃っぽさ。各々の呼吸器官が不満を訴える。

 重なった段ボール。乱雑に置かれたモノたち。豪奢そうな燭台。足の欠けた椅子。まだ使えそうなハンガーラック。布を被せ忘れられた姿見。まだ電池が入っているにも関わらず運び込まれた時計。持ち主不在に関わらず、秒針が一定の時間を今尚刻み続けている。

 

「日誌は……確かあの段ボールの山の中にあったかと」

 

 カレンが指し示したのは、部屋の一角に乱雑に積まれた段ボールのゾーンだ。と言っても、段ボールは数えられる程度ではあるが。

 恐らくはカレン自身も二度とここに入るつもりは無かったのだろう。訪れるときが遅くなればなるほど、この部屋は加速度的に忘れ去られていったに違いない。

 そこらに乱雑に転がる物品を、邪魔そうに彼女は跨いだ。凛も彼女に続く。一応士郎は迂回した。

 

「とりあえず上から一つ一つ見ていくしか無さそうね」

「日誌は日誌で纏めています。確か一箱分だけだったと」

「そう。じゃあちゃっちゃと終わらせましょ」

 

 凛が腕をまくり、率先して段ボールの移動に取りかかろうとしたので、慌てて士郎は止めに入った。こういうのは男の仕事だ。ましてや無理を言って協力をしてもらっているわけだし。

 凛は凛で士郎に余計な手間を掛けさせたくないと言う想いがあった。あったが、想い人が自身の身を案じてくれたので、大人しく引き下がる。彼女は彼女で、士郎がこうと言ったら聞かない性分であることを理解している。

 士郎が持ち上げた段ボールを、凛が受け取りカレンと一緒に検分する。

 

「これですね」

「あら、1箱目で当たり? ラッキーね」

「マジか」

 

 士郎は持ち上げかけた段ボールを元に戻した。こんなにも早くに見つかるとは全く想定していなかった。

 2人は黒表紙の、何となく高級や気品と言った言葉を感じる本を手に取っている。開いた段ボールを覗き込めば、似たような本が重なっていた。

 

「意外と数があるわね……」

「知りたいのはギルガメッシュの情報だけど、どれか分からないな」

「アレは10年前から現界しているんでしょ。ざっと10年分見なきゃいけないのは骨が折れるわね」

 

 パラパラと捲って見れば、一日一日を欠かさずに記録している。しかもそれなりの長さ。それがぱっと見で十数冊。大した量だ。

 

「とりあえず上に上がりましょう。ここは陰気臭くて嫌になります」

 

 アンタの管理下だろう。そう士郎は思ったが口にはしない。

 きっと彼女なりに、こんな場所で検分する事への身を案じてくれた故の発言だろう。

 そう士郎は思い込む事にした。

 それはもしかしたら都合が良すぎる解釈も知れない。

 だがそれでも。そう思えば世界の優しさを少しは感じられるかもしれなかった。

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)


 士郎が持ち上げた段ボールを、凛が受け取りカレンと一緒に検分する。

「これですね」
「あら、1箱目で当たり? ラッキーね」
「マジか」

 段ボールを元に戻す
⇒ついでだから2箱目も開ける

 士郎は持ち上げかけた段ボールを元に戻し、開ける。日誌は1箱に纏めたと言っていたが、念のためだ。

「……アルバム?」

 へぇ、言峰って写真も保管していたのか。意外な一面に少し驚きつつ中を開き――――

「ダメです、御主人様」
「カ、カレン?」
「それはご主人様が見て良いものではありません」
「そ、そうか?」
「ええ、そうです」

 ぬるりと。音も無く真横に現れたカレン。くすんだ銀髪が片目を隠し、もう片方の眼が士郎を映している。有無を言わさぬ威圧と共に映している。

「それは、ダメです」

 耳元で。そう囁かれ。
 マグダラの聖骸布が優しく士郎の手をアルバムから手を離し。

「あらぁ、抜け駆けとは雌犬の分際で大した度胸ね」

 反対側。鏡写しの様に、ぬるりと。現れた凛が士郎の真横で囁く。艶やかな黒髪が片目を隠し、もう片方の眼が士郎を映している。有無を言わさぬ威圧と共に映している。

「近づき過ぎよ、雌犬」
「そっくり返します、雌猫」

 呼吸を忘れたかのように士郎は息が出来なかった。喉がへばりついて、からからに乾いていた。嫌な汗が頬を伝い、手元へと落ちて行った。
 2人の静かな、それでいて隠そうともしない明確な意思は、士郎を通して互いへと向けられていた。それは根源的な恐怖だった。間に挟まれているだけなのに、己の命を鷲掴みにされるに等しかった。言葉は静かだが確かな攻撃性を持っていた。相手を引き裂こうとする明確な意思があった。漆黒の殺意だった。


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