こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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皆様お久しぶりです。お待ち頂いた方々、お待たせして申し訳ございません。

2/14……私はこんな日になんてもの書いてるんだ……




じゅうさん

 故人の私物を覗き見る。

 その事に拒否感に近しい感情を覚えなかったわけじゃない。

 覚えなかったわけじゃないが、そんな個人の感情よりも優先すべき事がある。

 大切な士郎の為。彼の力になる為。

 そう凛は自身に言い聞かせ、言峰綺礼が残した日誌を開いた。

 

 

 

 ――――2月10日

 

 今日は珍しいものをみた。

 いつもの食事の帰りに。偶然、衛宮切嗣を見た。

 とうの昔に死んだと思ったが、存外生きながらえているらしい。一緒に男児もいた。調べてみたら、養子を取っていた。10代からテロリストや男娼として生きていたあ奴にマトモな教育が出来るとも思えないが。

 聖杯戦争が終わった後も尚この地に住み続けているということは、次の聖杯戦争に向けて、あの男児に何かを残そうとでも考えているのだろうか。いや、恐らくそうであろう。聖杯を自ら拒絶し、切り捨て、しかしあの哀れな男は尚も何かを考えてるらしい。度し難い思考回路だ。

 どんな歪な結果が出来上がるのか。今は楽しみに待つとしよう。

 

 

 

 ぺらっ

 

 

 

 ――――2月11日

 

 何となく気になったので、使い魔を通して遠方から生態を確認した。あれはどうやら日がな一日寝て過ごしているらしい。恐らくは聖杯戦争の後遺症か。だが養子と思わしき男児を見送った後、ずっと縁側で寝ているだけとはどういうことか。私自身も親としては不適合者であろうが、アレはアレで別ベクトルで不適合者だ。まだ齢二桁になるかなるまいかといった男児に生活を託すとは、呆れても物も言えぬ。買い出しどころか掃除の一つもしないとは、どういう了見か。まだ掃除洗濯炊事全てを行っている私の方が、アレに比べればよっぽど真人間に思えてしまう。

 この状況を伝え、嘲笑ってやろうか。アレには今は、下手に過去を穿り返すよりも、その方が効果があるに違いない。

 

 

 

 ぺらっ

 

 

 

 ――――3月3日

 

 約3週間ほど観察を続けたが、あ奴の生活パターンは何も変わらない。どうにか別種の反応が見たいと考え、あ奴の養子が通う小学校の適当な学童に、『君のお父さんいつも家で寝てるね』と言うように暗示をかけた。そんな事を言われれば、子供とはいえあ奴に文句を言うかと考えての行動だったが、効果は覿面のようだ。観察した結果あ奴は、何かショックを受けたかのように膝から崩れ落ちた。

 残念ながら、どのような会話が為され、どれだけ無様な言い訳をあ奴がしたかは分からない。遠望の魔術でしかあ奴の状況が分からないのは不便だ。何かしら良い手を考えなければならない。

 

 

 

 ぺらっ

 

 

 

 ――――6月10日

 

 流石に堪えたのか、あれから三カ月程度経過した今も、あ奴は家事に従事していた。と言っても、掃除と洗濯をするくらいだが。それでも、寝ているだけのアレを思えば、大いな進歩と言えよう。

 だが、つまらぬ。私が見たいのではそのようなものではない。半死人の進歩など、私には何の価値もない。そんなものを見たくて策を弄したわけではない。

 今後はより一層観察を強めようと思う。回復傾向にあるのなら、それを逆手に取ればいい。アレの心を抉り、這いつくばせた暁には、反動で一層沈み込むに違いない。あ奴の過去をあの男児の前で朗読する事も考えたが、それでは無用に怒りを買うだけだろう。決して求めているものでは無い。

 加えて、私の存在も明らかにしてはならない。あ奴も私が生きている事は知っているだろうが、あくまでも私は今回の件とは無関係と言う立ち位置であ奴を辱めなければならない。でなければ、あ奴は先ず私を殺しに来るだろう。あの死にぞこないを返り討ちにする事は容易いが、それが目的ではないのだ。

 繰り返し書こう。無様に地面に這いつくばったヤツを見下ろすだけでは意味が無いのだ。

 

 

 

 ぺらっ

 

 

 

 ――――8月31日

 

 巡回で偶々深山町へ向かう予定があり、偶々訪問先が衛宮邸と近く、偶々信者があ奴にも説法を説いて欲しいと言うので、嫌々ながら仕方なく職務に準じて、重い足取りで信者と一緒に訊ねてみた。

 無防備に出てきた男の顔は、みるみるうちに何とも言えない顔色へ変わり、次第にその眼が吊り上がり、敵を見る眼付きになった。

 随分と老いたものだと思う。かつて敵対して来た時を思えば、大いに弱体化したものだ。恐らくは余命も幾許も残って無いのだろう。

 ご近所の頼みで来た事を告げるが、敵意そのままにあ奴は拒絶した。いや、違うか。あ奴はもう拒絶しかすることが出来なかったのだ。言葉で、そして扉を閉める事で。ただのそれだけの拒絶。

 幾ら敵意や殺意を持とうと、実行できるだけの力も、技術も、速さも、あ奴には無いのだ。

 寂しいものだと。そう思う。かつての輝きは、とうの昔に息を潜めたという事か。

 

 

 

 仕方が無いので、あ奴の盗撮写真を送ってやる事にした。

 サキュバスの愛液に浸し、変色したり触りを悪くした写真。

 衛宮切嗣の過去は調べてある。あ奴が誰に師事し、力を得て、時にその身を恥辱に浸し、そしてこれまで生きてきたか。情報の精度に間違いは無い。

 明日以降のあ奴の反応が楽しみで仕方が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎を突然の腹痛が襲ったのは、地下室から段ボールを運び出してすぐの事だった。

 これまでの多大なストレスのせいか、或いは気負い過ぎた事による緊張か。

 一先ずカレンに了承を得て、お手洗いを貸してもらう事約10分。

 汚い話にはなるが、出すだけ出した事で、腹の調子もマシになったらしい。

 ……そしてその10分の間に、全ては終わっていた。

 

「と、遠坂!? 何を!?」

「あら、士郎? 大丈夫よ。全部燃やして――――ううん、燃やし終わったから」

 

 教会の外。人目に付かないような、車庫の前。

 居間から段ボールごと消えた凛とカレンを探しまわり、何故か外に居た2人を漸く見つけた時には、段ボールとその中に入っていた日記帳は、全て燃え盛る炎の中で灰へと変わったあとだった。

 

「遠坂、それは――――」

「いいのよ、士郎。貴方は見なくていい、読まなくていい、目を通す必要は一切ない。こんなものは今すぐ忘れていいの。というか見ちゃダメ、今すぐ忘れて、何も無かったの、いいわね?」

「そう言う訳には行かないだろ、それだと目的が、」

「大丈夫です御主人様。アレのアタリはつけています。それにあの中にヒントとなる様なものは何もありませんでした。ただただ悍ましく忌まわしくそして途方もない悪意がすし詰めに込められているだけです」

 

 うわぁ、カレンが人を乏す以外の事で無駄に饒舌だ。悪意がすし詰めってなんだよ。

 思ったが言葉を士郎は飲み込んだ。美少女2人が必死の形相で懇願をしてきているのだ。それは軽々しく茶化すことが出来る様なものではない。それくらい馬鹿でも分かる。

 とは言え、そうは思っても引けないところもある訳で。

 

「あー、いや、その、だな……多分俺の事を心配してくれたんだろうけど、そう言う訳には行かないんだって。俺はどうしても――――」

「御主人様。この教会の前々任者は、悪辣です。性格が破綻したクソ野郎です。それはご主人様も知っておられますでしょう」

「……あぁ、まぁ」

「アレが残したのは情報などという優しいものではありません。ただの罠です。時限式の、そして狙いすましたかのような、純度100%の悪意です」

 

 それも御主人様限定の。涙を浮かべるが如く勢いで懇願するカレン。

 士郎の脳裏に浮かび上がるは、前々任者こと言峰綺礼の悪辣染みた笑顔。人の傷を切開し、見たくない真実を喜々として見せつけようとする笑顔。しかもその行動が本人には悪意の欠片も無いのだから質が悪い。いやまぁカレンの言う通り、本人がどう思おうが、傍から見る限りでは悪意としか言いようが無いのだが。

 それにしても、カレンが言うなんてどれだけの事なのだろうか。怖いもの見たさと言うか、好奇心は何とやらと言うか。そこまで言われると逆に興味が湧いてくるもの、

 

『誘いに乗ったという事は魔術師殿は老女好きのようですし』

 

 ぶるりと。士郎は以前にアサシンに嵌められたことを思い出して身を震わせた。甘い言葉で人の警戒心を解き、自分の身代わりに親玉へ生贄を捧げようと言う腐った魂胆。と言ってもあれは、ノコノコ無警戒のまま付いて行った士郎自身にも責任がある。君子危うきに何とやら。

 つまり。今好奇心に屈する事は、決して良い結果になるとは限らなくて。

 

「……」

 

 ちらりと。凛へ視線を向けると、彼女も心配そうに士郎を見ていた。あれだけカレンに敵意を向けていた彼女も反対という事は、よっぽどヤバめな代物だったのだろうか。

 無理を押し通すか、或いは彼女たちに従うか。僅かに逡巡した後、士郎は諦めて首を縦に振った。

 

「……分かった、もう気にしない」

 

 士郎の返答に、凛もカレンも分かりやすいほどに安堵の表情を浮かべた。2人して揃ってそんな反応をするとは、やっぱり相当ヤバいモノだったのだろう。

 だがこうなると、士郎としては当初の目的が達成できないことになる。

 ギルガメッシュの所在地。

 進んで会いたいヤツでは無いが、もしかしたらこの状況の打開策を知っているかもしれない相手。

 その情報を入手する手立てを失ったのは、中々に大きな損失だ。

 

「だけどそうなると、ギルガメッシュに会うための手がかりを他に探さないといけないな」

「いえ、その必要はありません。ある程度のアタリは付けておりましたので」

 

 意外な返答だ。士郎にとっては幸運。途切れたと思った道が、まだ繋がっている。

 

「本当か? それは助かる」

「ええ、勿論ですとも、御主人様。それでは、行きましょうか」

 

 そう言って。カレンは士郎に手を指し伸ばした。色素の薄い、雪の様に白い肌色。柔らかそうな手が、士郎に向かって、真っすぐと、伸ばされる。

 そして微笑み。職務も仮面も何も無い、1人の少女としての愛らしい笑顔が士郎を貫き――――

 

「ええ、行きましょう」

 

 パシッ、と。その手を凛が握る。士郎が動くよりも先に掴む。士郎に触らせない様に、士郎に触れさせない様に。カレンの手を笑顔で握って動きを阻害する。

 

「行きましょうか、雌犬」

「……チッ、雌猫が」

 

 勝ち誇ったかのような凛の笑顔と、対照的に思いっきり不機嫌に顔を歪ませるカレン。

 本当に美人の睨み合いって怖いな、と。

 この世界のせいで似たシチュエーションに慣れてきた士郎は、それ以上を考えずに2人から視線を逸らした。それは何度目になるかも分からぬ、所謂現実逃避と言う奴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会からタクシーで10分程度。

 降りた先。目前の巨大な建物を見上げる。

 知っている建物だ。何なら数日前にもここを訪れた。

 

「ここって――――」

「はい。冬木ハイアットホテルです」

 

 全てを言い切る前に、カレンが残りの言葉を引き継ぐ。

 冬木市一番の高級ホテル。冬木ハイアット。

 士郎の友人である、間桐慎二が宿泊している施設でもある。

 

「ここにギルガメッシュが?」

「最後の記録を辿れば、まず間違いは無いかと」

 

 意外だ、と士郎は思った。アレの性格とこの世界の常識を考えるのに、人目に付くのは避けそうだと思ったからだ。

 だがある意味では理に適っているのかもしれないとも思った。ここなら確かに生活するのには困らない。部屋の狭さは、どうせ空間を歪曲する能力を持った宝具でも使用しているのだろう。そんなのあるのか知らんけど。

 

「最上階から数えて3フロア分まで、全てを彼一人で貸し切っているはずです」

 

 宝具云々の前に金の力で解決していやがった。あまりのスケールのデカさに、何故かこめかみが痛み始める。流石は世界最古の英雄王にして金ぴか。考え方のスケールからして違う。

 

「あれ、でも、確か慎二が泊まっているって聞いているけど。最上階のスイートルーム」

「そこは……分かりません。ただ、催眠術で聞き出した内容では、確かに言っていました。『金色のイケメンが最上階から数えて3フロア分まで借り切っています』と」

 

 金色のイケメンってなんだよ、と士郎が思ったかは定かでは無い。金髪ならまだしも金色って。ただまぁ……きっとその言葉が指し示す人物なんて、古今東西世界中くまなく探し回っても、一人くらいしか該当しないだろう。

 英雄王ギルガメッシュ。

 と言うかさらりと催眠術という禁句ワードが出てきた気がしたが、士郎は黙って忘れることにした。神秘の秘匿がどーのこーのなんて、最早今更な話だ。

 

「とりあえず、入るか。此処で立っていても何も解決しないし」

 

 士郎は前向きに真面目な意味で2人を促した。そこには決して、大通りを行き交う数多の人々からの好奇の視線から逃れようなんて、そんな自分本位で勝手な意思は無い。無いと言ったら無い。

 先導するように、士郎はハイアット内に足を踏み入れた。途端に、豪奢な造りが視界に映る。当然士郎はこんな場所を利用した事なんて無いから、その明らかなザ・高級ホテルという佇まいにやや気圧される。

 

「ようこそお越しくださいました」

 

 そんな士郎に向けて、コンシェルジュが恭しく一礼する。流石は高級ホテルのコンシェルジュ。数少ない男性である士郎を前にしても、他の客を相手にするのと同じような態度で接してくる。つまりは何の下心も感じない。

 

「本日はどのような御用件でしょうか」

「あー、その、人に会いたくて」

「当ホテルにご宿泊のお客様にということでよろしいでしょうか」

「はい。えーと、ギルガメッシュって名前なんですけど」

「畏まりました。ギルガメッシュ様でございますね。それでは確認をしてまいりますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「衛宮です。衛宮士郎」

「畏まりました。それでは少々お待ちください」

 

 訊いてから士郎は思った。ギルガメッシュって、宿泊する時本名で宿泊するのだろうか。と言うか今更だが身分証とかどうしているのだろうか。

 まぁこの冬木市は、どこぞの魔術師が奥様と化したり、暗殺者が家政婦をしたり、槍兵が魚屋でバイトをしている街だ。今更身分証がどうしたと言う話である。

 

 

 

「あ? 衛宮? どうしたんだよ」

 

 

 

 そんな明後日の方向に思考をしていた士郎を元に戻す様に、聞き覚えのある声が士郎の耳を打つ。

 はて、誰だったか。声だけで判別するよりも早く、その双眸は青色の髪の毛の、やや高そうな服をまとったイケメンを映した。

 

「……慎二?」

「あ? なんだ、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

 間桐慎二。士郎の友人で、桜の兄で、そしてかつては聖杯戦争で争った敵マスター。

 士郎の態度に気を悪くしたのだろう。慎二は分かりやすいほどに顔を顰めた。

 

「あ、いや、悪い。結構人目があるのに、まさか下まで降りてくるとは思わなくて」

 

 咄嗟に出た言葉にしては、この頭全壊のクソやべぇ世界を鑑みた、中々に気の利いた言い訳だろう。だが慎二は小馬鹿にするように「ハッ」と大仰な仕草と共に鼻で笑った。

 

「衛宮は僕が引き篭もっているとでもいうのかよ。僕だって人間だよ、柳洞みたいな修行僧とは違うんだ。外にだって出るさ、当然だろう」

 

 言われて見れば、そう言う慎二は中々に洒落た格好をしている。いや、そうなのだろうか? お洒落の概念が並の人よりも薄めの士郎に、そこらの機微は分からない。

 

「それよりも衛宮こそ此処に何の用さ? 僕にでも用か?」

 

 慎二はそう言って笑った。気障ったらしいが、そうであることを疑わない笑み。

 士郎はその脳内で幾つかの選択肢を浮かんだが、その中で最もこの状況に適したものを瞬時に直感で選んだ。士郎とて、伊達にこの性格に難ありの友人を何年もやってない。

 

「慎二に用と言うか、ちょっと訊きたいことがあってさ。ギルガメッシュの事」

「あ?」

 

 一瞬で不機嫌そうに顔を顰める慎二。だが士郎の背後ですんごく嫌そうな顔を見せる凛と、にこやかでそれでいて威圧的な笑みを見せるカレンを見て、慎二は大方の状況を察した。この男、一度死にかけてからは、割と命の危険に対しては従順なのである。

 慎二は士郎の首に腕を回すと、周りに声が聞こえぬ様に、しっかり声を潜めて耳打ちした。

 

「ギルガメッシュって事は……もしかして、アレか? ダッチワイフか? おいおい嘘だろ。遠坂やあのシスターには勃たなくなったのか?」

「なんでさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルガメッシュなんて知らん。そう言って慎二はスタコラサッサとホテルを出た。士郎に振り返る事無く、一目散に、脱兎の如く、ポンチ絵の様に。

 そんな友人の突然の変貌が気にならないわけでは無いが、士郎も優先すべきことが分からないほどボケているわけではない。慎二には悪いが、この世界を正す事の方が大切だ。

 

「あの修行僧と言い羽虫と言い、何で毎回毎回私と士郎の邪魔しやがるのかしら」

 

 すんごいしかめっ面のまま凛は毒を吐いた。毎回毎回って何だよ、と思わなくも無いが士郎は華麗にスルーする事にした。藪蛇藪蛇。ここはスルーが大正解である。

 

「ふふっ、いつもいつも私とご主人様の仲を邪魔する羽虫が」

 

 柔和な笑顔のままカレンは毒を吐いた。いつもいつもって何だよ、と思わなくも無いが士郎は華麗にスルーする事にした。こんな世界なのに羽虫は共通認識なのかと、その扱いの友人に悲しくなったが。

 

「衛宮様、お待たせ致しました。ギルガメッシュ様から許可を頂きましたので、ご案内致します」

 

 そしてタイミングよくコンシェルジュが来てくれたので、その案内に従う。慎二、すまない。まぁこの世界の歪みが直るまでの辛抱である。直ればきっと色々と元通りさ、多分きっと恐らく。

 明後日の方向に思考を飛ばしつつ、士郎はコンシェルジュの後を追った。その後ろには勿論凛とカレン。エレベーターの前まで彼女は士郎たちを案内すると、最上階のボタンを押した。

 

「お部屋は1000号室になります。これ以上の案内は許可されておらず、恐れ入りますが口頭のみでの案内にて失礼をさせていただきます事、ご了承下さい」

「ああ、いえ、ありがとうございます」

「それでは」

 

 恭しく一礼。そのままエレベーターの扉が閉まるまで、彼女は頭を下げたまま。こんな世界でもマトモな人って残ってたんだなぁ、と。士郎の胸中を感動が満たしていく。言ってしまえばただ職務を全うされただけなのだが、士郎も色々と疲れているのだ。

 

「御主人様、お疲れのようですね。用件が済みましたら、リンパマッサージなんていかがでしょうか? 聖堂教会特製のオイルを使用した、効能抜群のマッサージです」

「は? 士郎に触ろうとしないで頂戴。この雌犬」

「雌猫は黙ってください。私は御主人様とお話をしているのです」

「黙れ淫乱。年中発情期の雌犬。マッサージなんて理由が嘘くさいのよ。もっとマシな言い訳にしたらどうなの。あと全身雌臭いのよ、消毒液が足りないわ」

「酷い言い草ですね。私はただ御主人様の凝り固まった身体……ではなくリンパを解してあげたいだけなのに」

 

 あーあー、聞こえない聞こえない! 聞こえるけど聞こえない!

 心は硝子、血潮は鉄。心は硝子、血潮は鉄。まるで煩悩を捨て去るかのように一心不乱に胸中で唱え続ける。悲しいかな。世界がどう変わろうと、士郎は思春期真っ只中の男の子である。幾らじじむさくても年頃の男の子である。要はカレンの一言一言に、そして室内に充満する女の子の匂いに煩悩刺激されまくりなのだ。必死に抑えているのだ。色々と。

 チン!

 そんな事を考えていた士郎の耳に、目的の階に到着した事を示す音が届く。これ幸いにと、士郎は扉が開くや否や外へ出た。

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 瞬間。

 士郎を迎えたのは、広大な空間。

 

「……部屋?」

 

 廊下、ではない。そこには通路も、案内板も、扉も、何も無い。

 士郎が零した言葉の通り。彼の眼前に広がるは、ただただ広大な部屋。

 何の仕切りも無く、常識をぶち破り、広々としたスペースを誇る、部屋。

 そしてその中心には。中心の豪奢なソファーには。

 ライダージャケット姿の、紅玉色の眼をした金髪の男が、にこやかな笑みを浮かべて――――

 

「おお! 来たか、セイバーのマスター!」

 

 ギルガメッシュ。人類最古の英雄王。全ての英雄の王であり、第四次聖杯戦争から存在するサーヴァントであり、第五次聖杯戦争では敵として立ちはだかった相手。

 だが彼は。士郎の記憶にあるよりも、幾分どころではないレベルで。それはそれはまぁ上機嫌であることを隠す事無く、何故かフレンドリーに言葉を発した。それも雑種でもフェイカーでも無く、セイバーのマスターと言う呼称で。

 それを聞いて士郎は「大丈夫か、コイツ?」と中々に失礼な感想を抱いた。まぁ何だかんだ言って元々の世界では敵として剣を交えた事もある仲である。士郎の反応の方が正常だ。

 だがギルガメッシュは、そんな士郎の反応など気にもせず。上機嫌なまま手招きをした。まるで久しぶりに甥っ子に会う、親戚のオジサンのような態度である。

 

「こっちへこい、小遣いをやろう」

 

 ……まるでではなく、完全に親戚のオジサンである。はたしてこの歪な世界では、士郎とギルガメッシュの間に何があったのだろうか。何があってどうしてこうなったのだろうか。士郎には全く分からないし皆目見当もつかない。

 ギルガメッシュは懐から札束を取り出すと、見せびらかす様に器用に片手で広げて見せた。扇子を象る様な形。あれ、二桁万円はあるよなぁ。眼前の大金に……と言うよりはギルガメッシュの行動に、いよいよ訳が分からず、士郎の脳はフリーズ状態に陥っていく。

 

「あと有名菓子の取り寄せもしておる。どれも似たような味だが、好きに食べると良い」

 

 くいっ。顎で指し示した先には、サイドテーブルの上に乗せられたお菓子の箱。どれも開封しているようだが、言葉の通りどれもギルガメッシュの口には合わなかったのだろう。勿体ないことである。

 尚も固まったままの士郎に、ギルガメッシュは不思議そうに眉根を寄せ――――

 

 

 

「ぴぇっ!?」

 

 

 

 ……ぴぇっ?

 

 

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)


「それよりも衛宮こそ此処に何の用さ? 僕にでも用か?」

 慎二はそう言って笑った。気障ったらしいが、そうであることを疑わない笑み。
 士郎はその脳内で幾つかの選択肢を浮かんだが、その中で最もこの状況に適したものを瞬時に直感で選んだ。士郎とて、伊達にこの性格に難ありの友人を何年もやってない。

 慎二に用と言うか、ちょっと訊きたいことがあってさ。ギルガメッシュの事。
 ああ。此処だと何だから、ちょっと場所変えてもいいか?
⇒慎二、助けてくれ。何でもする。

 ギルガメッシュに会うためには、彼と交流のある慎二の協力を取り付けた方が、事はきっと運びやすいだろう。最早四の五の言っていられる状況ではない。あの危険人物に会いに行くのに友人を巻き込むのは気が引けるが……その時は身を挺して彼を護るだけだ。
 士郎の真っすぐな眼と言葉に、慎二は先ほどまでの気障ったらしい顔を、呆けたような間抜け面へと変えて、それから忌々し気に眉根を寄せ――――

「ダメーーーー!!!!! そんなこと言っちゃダメ! 士郎! ダメよそれは!」
「御主人様、それは禁句です! 封印すべき言葉です! 私以外には言わないで下さい!」

 瞬間、衝撃。背後からの一撃。美少女2人による突撃。
 幾ら鍛えているとはいえ、不意を突かれた士郎はバランスを崩す。そのまま無様に地面に転がる――かと思われたが、その前にカレンの聖骸布で包み上げられた。それを凛は大事に抱え直す。そして士郎を護るためにすっころんだカレンの首根っこを掴んで持ち上げると、血走った眼で慎二を見やった。

「じゃあね!」

 どこにそんな力があるのか。士郎とカレンを抱えると、凛はそのままホテルを後にする。客も、従業員も、呼びに来たコンシェルジュも置き去りにして。



「……いつもそうさ。衛宮ってさ、簡単に言うよね。……何がなんでもする、だよ」

 言葉の端。隠しきれずに漏れる、憎しみすら染み出した声色。
 その言葉を士郎が耳にすることは無かった。
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