IQレベル3くらいのお話です。頭を空っぽにしてお楽しみいただけたらと思います。
尚。前編と謳っていますが、後編は全く着手できていません。何してんのや、自分。
※3/15 誤字脱字修正
※3/24 誤字脱字修正
ほわいとでーとくべつへん ぜんぺん
世間も浮かれる3/14。
気になるあの人を想って誰もがソワソワ。
お菓子の売れ行きにメーカー各位もソワソワガタガタ。
今日は楽しい楽しいホワイトデー。
――――時は戻って、3/12。
某県、冬木市、深山町。
「マカロンが食べたい」
思い返せば。
衛宮邸の狂乱と動乱は、そんな欲望に塗れた一言から始まった。
「お兄ちゃん、作って!」
その一言を口にしたのは、白い妖精ことイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
駆け引きも遠慮もない、欲望と我儘で構築された懇願。衛宮邸にいる誰もが言おうとして言えなかったその言葉を、アインツベルン家のイリヤちゃんは容易く口にした。
「あんな感じの!」
そう言ってイリヤが指さすは、点けっぱなしのテレビから流れるCM。綺麗にラッピングされたお菓子の箱を抱えて幸せそうに微笑む女性。
あぁ、そっか。明後日ホワイトデーか。イリヤが言わんとする事に、士郎は遅れて気が付いた。
「お兄ちゃんの! 手作りが!! いい!!!」
だん、だん、だん!
顔を真っ赤にして、可愛らしく足踏みしながら、イリヤは懇願した。幼い見た目を精一杯に使ったあざとすぎる行為。プライド? 羞恥心? 外聞? そんなものはそこらの狗にでも食わせとけ。
目の前で懇願をするイリヤを、士郎は優しく撫でた。しょうがないなぁ、とでも言いたげな笑みと一緒に。
「えーと、マカロンだな、分かった」
まさかの即答に、イリヤはぱぁっと顔を輝かせた。彼女からすればあの冬の城を出て初めてのホワイトデー。勢いに任せた口上であったとは言え、了承されるかは不安で仕方無かったのだ。思わずそのまま士郎に飛びつき、彼の鍛え上げられた身体を思う存分堪能し始めたのは、不可抗力と言えよう。
そして――――遅れて、ざわめきを取り戻す衛宮邸。
「シロウ! 私も食べたいです!」
「士郎! 一緒に買い物行きましょう!」
「先輩! あのっ、私も食べたいなぁ、なんて……」
実は各人とも、それぞれどうやってホワイトデーについて切り出そうかと悩んでいたのだ。
勿論皆――だけでなく、この場にいない面々も、士郎に対してバレンタインデーには、各々手作りだったり、料理が苦手な面々は超高級チョコだったりをプレゼントしている。となれば、律儀な士郎からお返しが来るのは確定である。
だが待ってほしい。彼女たちが欲しいのは、どこぞのメーカーの既製品では無いのだ。想い人が手作りで用意してくれる愛情の籠ったお返しが欲しいのだ。もしも既製品なんか渡されたら泣いちゃう。
手作りをお願いしたい。言葉にすれば簡単な望み。だけど口にしてもしも断られたりしたら嫌だ。と言うか催促するみたいでなんか嫌だ。微妙な顔をされたりなんかしても嫌だ。要は恋する乙女は複雑なのである。
だがイリヤが道を切り開いてくれた。ならばこのビッグウェーブ、乗るしかない。
「お、おう。みんな同じのでいいか?」
勢いに押されながら、士郎は了承の言葉を返した。だが彼の脳内では疑問が浮かんでいる。なんで皆そんなにマカロンに必死なのか。そりゃマカロンなんて中々衛宮邸の食卓に並ぶようなお菓子では無いが。
少し頭を悩ませて、それからテレビから流れる音を耳が拾って。
天啓の如く、答えが降って来る。
あ、そうか。この世界って今ぶっ壊れてんだ。男女逆転状態だったんだ。
■ こんなふぇいとはいやだ ほわいとでーとくべつへん ぜんぺん■
ホワイトデーという日は、恋する乙女にとっては重要度が高いどころか死活問題の行事であったりする。
何せこの世界。バレンタインデーに女性から男性へと贈り物をするのは当たり前の事。チョコを始めとするお菓子や、その人の嗜好に合わせたコーヒー豆やワイン、ハンカチやネクタイのような小物、etcetc……要はそうやってプレゼントをしたその行為に、どんな形であろうとも返ってくるかどうかが重要なのだ。
安い飴玉で良い。なんならマシュマロ一つでも良い。
お返しの代物がどんなものでも構わない。どれだけ優先度が低くてもいい。
ただただ気になるあの人に、僅かでも良いから関心を持ってほしい。恋する乙女が贈り物に込めたのはそんな切なる想い。
まぁ3/14がそんな重要なイベントになっているなんて、士郎は露程も知らない訳なのだけど。
「うーん……いつものメーカーのやつでいいかなぁ」
「イイと思います!」
チキチキ衛宮士郎との休日買い物デート争奪戦! を制した衛宮さんちの騎士王は、もう天にも昇る様な気持であった。
士郎との買い物デートは久しぶりであった。普段は、凛や桜、イリヤ、ライダーとの取り合いである。いや、嘘。それにアインツベルン家のホムンクルスどもや、部屋を間借りしている分際の封印指定執行者や毒舌シスターも加わる。つまりは単純な数値だけでも倍率9倍。想い人と一緒に出歩く事すら難しいのだ。
本当に久方ぶりの2人っきりのデートに、セイバーはもう上機嫌で仕方が無かった。頭の先。ぶんぶんぶんとぴょこんと飛び出た髪の毛が動くくらいには上機嫌であった。
「うーん、生クリーム部分の方は種類が多い方がいいかなぁ。ただの生クリームだけよりも、チョコとか挟んだ方が喜ばれるよな」
「そうですね!」
セイバーはぴっとりと士郎に付いていた。一見すれば仲睦まじいカップル。視点を変えればいちゃつきやがってこのクソ外人。だがそんな周囲からの羨望と嫉妬と恨みつらみの視線なんか気にもならない。ふははははは、羨ましかろう。セイバーには胸中で秘かにほくそ笑む余裕すらあった。
士郎は幾つか板チョコを手に取ると、それを籠の中に入れた。どこのスーパーでも売っている、安い板チョコ。ミルク感たっぷりだったり、カカオ多めだったり、或いはホワイトだったりイチゴ味だったりと、割と種類に富んでいる。
「せっかくだから複数作ろうかな」
そう言って士郎ははにかんだ。その笑顔に胸を打ち抜かれるセイバー。ん゛ん゛ぅっ! その笑顔は反則だ。
「生クリームは買った。混ぜる用のチョコレートも買った。あとはパウダー系……と」
「さが……すまでもないですね」
「ああ、目の前だったな」
流石はホワイトデーを近日中に迎えるだけある。スーパーも売り上げを伸ばすために、お菓子作り関係はひとまとめにしてコーナーを作っていた。きっと冬木市に住む数少ない男性たちは、お返しにとここでお菓子を買っていた事であろう。
ひょいひょいひょい。手慣れた様子で士郎は籠に材料を入れていく。その手際は素人のそれではない。イケメンで筋肉質で料理も出来るとか優良物件にも程がある。殺意を込められた視線が、遠慮なくセイバーへと注がれた。
「とりあえずこんなものかな。セイバー、遠坂、桜、イリヤ、ライダー……」
指折り、士郎は配る人数を数えた。それを傍らで聞くセイバー。知らない名前も多く、想い人の交友関係の広さに妬ましさを覚える。私だけ見てくれれば良いのに。もやりと胸中を黒いものが渦巻く。
と言っても、実は士郎が名を上げた皆さん――つまりは配る相手の大半は、藤村組の皆さんだったりする。諸々お世話になっているからね。ちなみに学友の皆さんは凛と一成の並々ならぬ尽力によって士郎にチョコレートを渡せていない為、殆どカウントされていない。哀れなり。
「……もう少し買うか」
失敗しても良い様に。マカロンなんてお洒落なモノ、作るのは初めてである。調べた限り作り方はそれほど難しく無さそうだが、最初の1回や2回は上手く出来上がらないことを考えておくべきだろう。まぁ失敗したら失敗したで、なんか上手い事トッピングとかに再利用すれば無駄にもなるまい。要は余分に買って困ることは無い。
作り過ぎたら? 大丈夫、衛宮家には虎がいる。作り過ぎという言葉も概念も無い。
「……ケーキか。ケーキも良いな」
ふと。ホワイトデーコーナーに併設されているミニテレビ。それに映し出されたケーキの作り方を見て。士郎は思わず脳内メニューにカップケーキをプラスした。節制上手の士郎にしては珍しい、衝動的な思考であった。
「ケーキ……イイですね!」
そして完全士郎肯定botとなっているセイバーが、士郎の判断にストップをかけるわけが無い。寧ろカップケーキを追加で作ってくれることに、とんでもなく眼を輝かせている。糖分が殆ど無い様な動乱の時代を生き抜いた英雄にとって、甘いものとは文字通り逆らい難い甘美な誘惑なのだ。別にセイバーが意地汚いわけじゃない。
「そうだな……作るか」
「はい!」
もう小躍りしたくなるくらいにセイバーは幸せであった。想い人との幸せデートタイム。しかも帰れば初めてのホワイトデー。今日と言う日が、いやこんな瞬間が何時までも続けばいいと思った。何時までもこうして2人でいたいと思った。
尚。この幸せいっぱいの甘い空気を喰らい、何人かが糖分過多で吐きそうになっていたりするのだが、そんなのは些細な弊害というやつである。王は民の気持ちなど分からないのだよ。
■
「ただいまー」
「お帰りなさい!」
あ、なんか、今の自分、若妻っぽい。そう桜は思った。
彼女はエプロン姿で士郎を出迎えていた。ちょうど昼食の時間帯。今日の当番は自分という事もあり、結構張り切って用意していたのだ。
それでもって、用意を終えた瞬間に、未来の旦那の帰宅。何てナイスタイミング。最早運命的と言うしかないタイミング。これもう結婚するしかない。
「ただいま戻りました」
余計なのが後ろからぴょこりと出てくるが、桜は気にも留めない。とりあえず買い物袋を受け取ろう――とするが、士郎は渡そうとしなかった。いいよ、重いから。微笑みと共にそう言って玄関を上がる。これはつまりは未来の若妻を気遣ってくれたという事だろうか。これもう結婚するしかない。
「あれ、もう昼ご飯を作り終わったのか。あちゃー、遅かったか」
「ちょうど良いタイミングです。遅くは無いですよ?」
「いや、手伝おうと思ったんだけどなぁ」
それは2人で台所に立ち、2人で仲睦まじく料理をする事を望んでいるという事だろうか。一緒にこれから衛宮家を盛り上げて行こうという事なのだろうか。つまりは簡易プロポーズ。俺と一緒にいてくれ。はわわわと桜は震えた。とんでもねぇ思考回路である。これもう結婚するしかない。
「お帰り、士郎。ナイスタイミングね」
因みに今日の料理当番は昼が桜、夜が凛である。士郎にはマカロンの制作という大役があるので、それ以外に余計な手は煩わせまいという、純然たる欲望と下心からなる気遣いであった。
桜は士郎がいつも座る場所に、いつもの座布団を、寸分も位置を違う事無くセットした。自然に、しかし精密機械的な所作。士郎の事を見続けてきたのだ。この程度出来ぬはずが無い。当人である士郎すら、まさか専用の座布団が出来ているなどと思いもしてないと言うのに。これもう結婚するしかない。
「あ、そうそう藤村先生来るみたいです。来るのを待ってから食事にしましょうか」
未来の義姉へのポイント稼ぎも忘れない。そして程なくして襲来する虎。すぱーん、どーん。荒々しく、それでいて流れ込むような流麗さをもって藤村さんちの大河ちゃんが席に着く。勿論彼女専用の座布団を出す事も忘れない。未来の義姉への気遣い一つできなくて、何が妻か。当然の行為である。これもう結婚するしかない。
「んー、しろー! もうすぐホワイトデーね! 楽しみにしているからね!」
「あー、うん、勿論。用意するよ」
「さっすが! 大好き! 愛してる!」
「はいはい」
「ちょっとぉ! おざなりじゃない!?」
そう言って士郎に突撃する大河。うりうりうりうり。士郎の腹部に頭をねじ込む。2×歳の女性が、年下の男子高校生に襲い掛かるとか、一歩間違えなくてもセクハラ案件だが、関係性が関係性なのでスルー案件である。羨ましくなんかない。あんな風に襲い掛かりたいとか思わない。襲い掛かって滅茶苦茶に甘えたいなんて思ってない。そのまま優しく頭を撫でてもらいながら愛の言葉を囁いてほしいとか思っていない。未来の妻はこんなことで狼狽えないのだ。
尚これがイリヤだったら、桜は容赦なく引き剥がしにかかる。何と言うか、イリヤはダメだ。あの子は甘えてる振りして士郎にセクハラしまくりなのだ。この前だって士郎に襲い掛かり、彼の腹部に顔を埋めて、スハスハと匂いを堪能していた。そんなエロガキを引き剥がしてジャイアントスイングした桜の行動は間違っていない。これもう結婚するしかない。
「手作りだよ! 既製品は嫌だからね!」
「はいはい、分かってる分かってる」
「さっすがぁ! Foooooooo↑↑」
充分に士郎成分を堪能したのか、彼から離れると、上品な所作で大河は食事を始めた。さっきまでの子供染みた人間性は何処へ行ったのかと思うくらいに、その変わり様はドン引きするレベルだが、最早慣れた光景なので桜は気にしない。
それよりも士郎の行動の方が重要だ。何か不満点は無いだろうか、何か別に欲しているものは無いだろうか。例えば醤油が欲しいとか、薬味が欲しいとか。士郎の視線や、僅かな動作から、そう言った事を予測して行動する。士郎の手を煩わせない様に行動する。やり過ぎ? ハッ、この程度出来なくて、何が未来の若妻か。そんな輩は、士郎と一緒に歩くどころか、隣に立つ資格するないのだ。これもう結婚するしかない。
まさか士郎が。そんな気持ち悪いくらいに気が利きすぎる桜に、若干とは言え実は引いてたりするなんて。
そんな事実は、桜は知らなくていい事なのだ。
■
マカロンの作り方は存外シンプルである。
①卵白を泡立ててメレンゲを作る。
②①に砂糖やアーモンドプードルなどを加えて混ぜて、生地を作る
③生地をオーブンで焼き上げる
④間に挟む生クリームを作る
⑤焼き上がり冷ました生地に④の生クリームを挟む
以上だ。
生地や生クリームにチョコレートやパウダー系などを混ぜれば、種類も変わって見た目も味も華やかになる。
てなわけで。
思っていた以上に早々に用意を終えると、士郎は手持ち無沙汰になってしまった。コツを掴めば、思ったよりも簡単に準備は終わってしまうのだ。練習も兼ねて早々に着手したはいいが、これなら前日に作れば充分に事足りた。
とりあえず味見でもしてもらおうか。そう思ったが、それではただのお菓子作りだ。作るものを皆知っているとはいえ、事前に食べてもらっては、ホワイトデーの意味がない。
仕方がない、カップケーキの練習でもしてみるか。材料は充分に余裕があるし。
そんな事を考えていたら、玄関口から何やら言い争いのような喧騒が聞こえた。
「なんだ、いったい?」
押し売りだろうか。だけどそれなら桜が上手い事いなして終わりだ。戦利品と共に清々しい笑顔で戻って来るだろう。だが今回のは、そう言う類のとは、どうも様子が違うように思える。
ひょっこり。何事かと居間から覗いてみれば――――
「だから私は愛しの士郎君に会いに来ただけなんだって! せっかくのほわいとでー?なんだし!」
「黙れ猪。何がホワイトデーだ。あ奴はこれから私の下で鍛え上げる。お前は邪魔だ」
「あ? まだ光源氏計画を思い描いてんの? ババァは黙ってよ」
「死ね」
士郎は巻き戻すかのようにゆっくりと襖を戻した。なんで武蔵とスカサハがいるのかわからないし、もっと言えば完全武装のセイバーがエクスカリバーを解放直前だったり、遠坂さんちの凛ちゃんの右手が光って唸っていたり、間桐さんちの桜ちゃんが真っ黒になっていたりと、何をどこからツッコミを入れるべきか分からなかった。
士郎は定位置の台所へと戻ると、再びカップケーキ作りに戻った。料理はいい。すごくいい。すさんだ心が洗われる気がした。あぁこれが心の洗濯というやつか、と。現実逃避をした先で士郎は真理を垣間見た。爆発音や叫び声なんて何も聞こえない。
「ごめん下さい、御主人様」
……今日はやたらと来客が多いなぁ、と。そう士郎は思った。視線を向ければカレン・オルテンシア。冬木教会の現在の主。昔は誰彼構わぬ毒舌シスター、今は士郎だけには激甘のシスターである。
何で彼女は此処にいるんだろうなぁ。日中は教会で迷える子羊の相手をしているはずじゃなかったかなぁ。どうやって入って来たんだろうなぁ。ケーキの生地を混ぜ合わせながら、士郎はそう思った。
「あら。今日はご主人様お1人なのですね。ふふっ」
花の咲くような笑顔。純度100%のデレ。士郎を絆し、解かし、そして抗えなくするような笑み。
カレンはそっと士郎の下へ寄ると、そのままボールを抑えている手に、指を沿わせた。
「ケーキですか?」
「ん? あぁ」
「ホワイトデーですか」
「まぁな」
短い言葉打ち切っているのは、これ以上カレンの魅力に意識を流されない為である。だがそれに構わず、カレンは士郎に密着した。途端に漂う、ケーキやチョコレートとは別種の、本能に訴える様なめっちゃ甘い匂い。士郎の鼻孔にダイレクトアタック。効果は抜群。鋼の精神力で耐えるけど。
「それはマカロンですか」
「ん、あぁ」
「ふふっ、美味しそうですね」
「……食べるか?」
「え!?」
「味覚、トんでるだろ。どの程度の甘さなら感じられるか、知っておきたい」
驚いて士郎を見上げるカレンと、カレンに目を合わさずにボウルの中をかき混ぜる士郎。
士郎は知っている。カレンがその体質もあり、味覚が殆ど消え失せている事を。極度に偏った味しか感じ取れないことを。
だからこそカレンの分は、皆とは違い、別に用意が必要であることを。
士郎は知っているのだ。
「チョコレート、貰っているしな」
ぶっきら棒に士郎は言葉を紡いだ。それはあんまりな言葉選びではあったが、その語調には隠しきれない感情が含まれている。
つまりはそれは、所謂気恥ずかしさからなる照れ隠しの言葉であり、それでいて間違いなくカレンを心配する声色が含まれていたのだ。……あの純朴で素直で頑固で唐変木な士郎にしては珍しい、正統派のツンデレとも言える。どうしたお前。
「私……もう、死んでもいいです」
脳内を蹂躙する感情。めくるめく走馬燈の様な記憶。溢れ出る想い。
これまでの人生を7回程繰り返すかのような、そんな幸福ゆえの走馬燈を垣間見て。
万感の想いを込めてカレンは言葉を零した。心の底からの、真なる想いだった。
「私に仕事を押し付けて、何をしているかと思えば……」
ガシッ。首根っこを掴まれて強制的に士郎から離されるカレン。そのまま荷物を扱うが如く担ぎ上げられ、身動きがとれぬ様にしっかりと人間を超越した力で固定される。
あら、バゼット。職務放棄とは感心しないわね。カレンは蔑みを隠さずに言った。
ええ、カレン。その言葉、そっくりそのまま返します。バゼットは皮肉を隠さずに返した。
片や担いで、片や担がれて。そんな至近距離で、2人はにこやかに頬笑み合っていた。或いは作って張り付けたような表情。早い話が、互いに感情のままに言葉を口にするのを我慢しているのである。何でかって? そりゃ士郎がすぐ傍にいるからだよ。
■
結局カレンはバゼットに連れてかれた。
まぁどんな形であっても、彼女は冬木教会の現在の主である。
教会に信仰を捧げる人も多いこの土地で、主が長々と不在にするのは、やはりよろしくは無いだろう。
玄関口から出て行った2人を士郎は見送った。手を振ると名残惜しそうにカレンは士郎を精一杯の声で呼んだ。何時如何なる時もお慕い申し上げます、御主人様。まるで永遠の別れを予期する様な一言。でもきっと夕ご飯の時間には彼女はしれっと衛宮邸にいるだろう。そして暖かい時間を過ごすのだ。……それよりも士郎としては、近所の皆さまに、今の発言が聞かれていないかで戦々恐々である。
「……衛宮」
「うわっ! ……驚いた、先生ですか」
スッ、と。一切の気配を見せずに士郎の背後に立つ長身痩躯の男性。
葛木宗一郎。穂群原学園の教師であり、キャスターのマスターであり、絶賛休職中の哀れなこの世界の被害者である。
「どうしたんですか、いったい」
「いや、なに……もうすぐホワイトデーというやつであろう。キャスターに感謝の意も込めて贈り物をしようと思ってな」
ははぁ、成程、士郎は頷いた。そう言う事であれば、外出もするだろう。
だがそうすると、何故ここに? 士郎は新たな疑問を抱いた。只の買い物であれば、新都に行った方がいい。ましてや柳洞寺の立地なら尚更だ。
そんな士郎の疑問に答える様に、宗一郎は口を開いた。
「思い立ったは良いが、衛宮は知っての通り、私は感謝をしたくとも、アレに適うものを知らない」
「はぁ……」
「そこで柳洞に聞いたところ、手作りのお菓子を贈るのが良いのではないかと言う話になり、作るのであれば衛宮を参考にするのが良いと」
「はぁ、なるほど」
言わんとする事は分かった。要はお菓子作りを習いに来た、というところらしい。珍しいこともあるものだが、この世界ならば然もありなんという言う奴だろうか。
とは言え、タイミング的には申し分は無い。
「じゃあ、作ってみますか? 丁度俺も作っていたところですし」
士郎の言葉に、僅かに宗一郎は眼を見開いた。いいのか、という彼なりの驚愕の表情であった。
「手作りだからそう何日もは保たないですけど、ホワイトデー当日くらいまでなら大丈夫でしょうし」
トントン拍子に進む内容に、宗一郎は悪いと思ったのだろう。悩む様に目を伏せ、逡巡の後に口を開いた。本当に良いのか?
「構いませんよ」
幸い?にして今の衛宮邸には、士郎以外の面々はいない。セイバー、凛、桜の3人は武蔵とスカサハを追い回している。カレンとバゼットは教会へ戻った。ライダーはバイト。イリヤ達は郊外の城に一旦帰っている。宗一郎を招いたところで問題にはなるまい。
「ほう、これがマカロンと言うやつか」
「はい。綺麗に焼けましたね」
「なるほど。あとは熱を取って、生クリームを挟むだけか。敷居が高いと思ったが、意外と手軽いものなのだな」
宗一郎は自らの手で焼き上げたマカロンの生地を見て、感嘆に声を上げた。普段から無感情の彼にしては珍しくも、そこには確かな感情があった。
「アレも喜んでくれるだろうか」
キャスターなら何渡しても喜ぶと思いますよ。士郎はそう思ったが、適当な言葉で相槌を打った。せっかくの手作りに水を差すような言い方をするほど、士郎は空気が読めない人間じゃない。
「せっかくなので、ラッピングもしましょう。これ、使ってください」
「いいのか? すまないな。全て借りっぱなしだ」
「いえいえ、気にしないで下さい」
ラッピングの袋なんて、余ってもどうしようもないものだ。こんなイベントでも無ければ使わない。
何やら恐縮しきりに宗一郎であるが、半ば押し付ける様に士郎は渡した。というか言わなければ、マカロンを袋に入れずに裸のままで持っていきそうな気がしたのだ。流石にそこまで疲れ果てているとは思いたくないが。
「じゃあ後は……ん?」
完成が間近になったところで、士郎は何か違和感を覚えた。……気のせいだろうか。何かが自分のテリトリーに入って来たかのような、奇妙な感覚。空間認識、及び構造解析に優れているからこそ、第六感に訴えかける様な言葉にし難い何かを感じる。
セイバーたちが帰って来たのだろうか。玄関を確認しようと、襖に手をかけ、
「うおおおおおおおおおおおおお!!! 魔術師殿おおおおおおおおおおおおおお!!!」
「うわあああああああああああああっ!!?」
襖を開けた瞬間飛び込んでくる黒い物体。ぶつかる身体。押し倒される身体。そして胸元で泣きじゃくる聞き覚えのある声と見覚えのある誰か。
えーと……ああ、あれだ。間桐さんちのアサシンだ。
闇夜に溶ける様な真っ黒な肌。素顔を見せぬ為の白い仮面。割れ目とセロテープが哀愁を誘う仮面。
以前に衛宮邸でぼっこぼこにされて以来の登場である。
「魔術師殿おおおおおおおおおおおおおお!!! もう嫌だあああああああああああああああ!!!」
恥も外聞もなく彼は士郎に抱き着き慟哭を迸らせた。喉が避けんばかりに発せられる声には、悲哀とか後悔とかそう言う諸々の後ろ向きな感情が含まれている。
どうどうどう。幼子をあやす様に士郎は彼の背を叩いた。なんだかんだで士郎もかなりこの世界に順応してきている。
「落ち着け落ち着け、どうしたんだいったい」
「ひぎぃ……もう嫌なんです……ひぐっ」
「臓硯か」
「ひえっ」
言葉のチョイス、ミスったな。そう士郎は思ったが遅い。まさかの一言目での大正解を引き当ててしまったようだ。
アサシンは一転して身体を硬直させると、次の瞬間には辺りを警戒するように視線を飛ばした。その行動の99%は恐れによるものだろう。可哀そうに。
「……食うか? マカロン」
落ち着かせる意味も込めて、士郎はアサシンに声をかけた。その指の先は、つい先ほど作った試作品のマカロンが並んでいる。
こくこくこく。一瞬の迷いもなくアサシンはその首を上下に激しく動かした。装いがボロマントや黒色の包帯ということもあり、なんだかみすぼらしさが酷い。まぁ暗殺者なのだから仕方ないのかもしれないけど。河原にいる浮浪者みたいだなと、かなり失礼な感想を士郎は抱いた。
「うぅ……温かい……温かい……」
一方で。アサシンは、士郎が作ったマカロンを口にすると、仮面の隙間から涙を流した。そしてしきりに温かいと零す。きっとその温かいとは、マカロンの温度の事でないだろう。別の要因にあるのは間違いない。本当に可哀そう。
「で、何があったんだ?」
臓硯絡みであることは間違いないとして、士郎はアサシンに疑問をぶつけた。わざわざ間桐邸から離れたこの場所に来たのだ。それも日中にも関わらず、しかもボコボコにされる可能性が高いのに。余程の理由があるのは間違いない。
士郎の言葉に、アサシンは痙攣をして見せた。それから迷うかのように、「あー、うー」と零して、忙しなく天井と床を見る。
だがそれも長くは続かなかった。
「……御乱心です」
ぽつり。アサシンが呟いたその言葉は、いやに大きく、そして嫌な予感を伴って士郎の耳に届いた。
「主が……綺麗なものを汚したいと……そう、御乱心されました」
そりゃ吐き気がするな。士郎はそう思った。この場合の綺麗なものが何を示すかは分からないが、絶対のよろしくない流れであることは分かった。
「気高く美しいモノ、清純で清らかなモノ、純白で汚れの無いモノ……そういったモノを、思い思いに汚して、貶めて、歪めて、乏して、堕としたいと」
「うわっ……」
「そして手始めに私を……おえっ」
「分かった、もういい。喋るな」
士郎は涙がちょちょ切れそうだった。なんで彼がこんな目に遭うのか分からなかったし、何故臓硯がこんなにも乱心するのかも分からなかった。ただただ漠然と、この世界はアサシンの事が嫌いなんだなと思った。
「あと魔術師殿もターゲットみたいです」
「先にそれを言ってくれ」
どうやら世界は士郎の事も嫌いらしい。まさかの事態に士郎は頭痛が3割増しになった。最悪の気分だった。
――――カランカランカラン……
「っ!?」
ほぼ同時に、警報音。だがこの警報音が鳴るのは、実に久しい事であった。何せこの音が鳴る場合は、敵意を持った何かが来ている事に他ならない。そして衛宮邸に出入りする面々で、士郎に敵意を抱く人物は全くと言ってもいいほどいなかったのだ。
士郎は瞬時に己の両手に短刀を投影した。干将莫邪。二刀一対の中華刀。恐らく最もこの手に馴染む剣。
「どうした、衛宮。……敵か」
瞬間的に。宗一郎は大凡を察すると無手のまま構えた。いつかの運命の夜に対峙した時と同じ構え。暗殺拳・「蛇」。
概要は分からないが、命を危機を脅かす何かが、いる。
「あ、ああ、あああっ」
アサシンはガタガタと震えると、そのままローブに包まる様にしてその場に蹲った。心が恐怖心で支配されている故の行動だった。完全に彼は折れていた。今の彼に戦いを強要するのは酷と言うものだろう。
ぶぅん、と。庭に一匹の蟲が飛んだ。
「ほう? 我がペットを探しに来てみれば……呵呵呵呵ッ、思わぬ拾い物よのう」
顕現するは1人の老婆。
杖を付き、腰は曲がり、しかし見た目通りと侮るには薄気味の悪い雰囲気を漂わせ。
そしてしゃがれた声で彼女は嗤った。
「何がホワイトデーじゃ、何が純白の贈り物じゃ、何が汚れを知らぬ小童じゃ……全部全部、全部全部全部全部全部全部全部、汚して、貶めて、歪めて、乏して――――犯し尽くしてくれるわ」
おまけ(と言う名のNGルート)
こ ん か い の お は な し じ た い が え ぬ じ い る ー と で す 。