こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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サブタイトルを「に」か「にぃ」にするかで悩みました。
大して変わらないのにね!




 よく晴れた空だ。衛宮家の玄関。Tシャツにジャージ、ジーンズの簡易外出用の服を身に着けた士郎は、遮る物の無い眩しい青空を眺めていた。傍らには誰も居ない。あの騒動の後、皆は家に引き篭もっている。ワザとらしく用件を思い出したとか言って自室へと戻っていた。何の用件を思い出したのかは知らぬが、図らずして家を出ることが出来たのは僥倖と言う奴だろう。深いところまで思考することなく自らを納得させると、士郎は衛宮家敷地外へと出た。余計な思考はしなくていい。藪蛇なんとやらだ。

 財布とスマホしか持っていないので身は軽い。向かう先は遠坂邸。アーチャーは外出ばかりで所在が知れないとは凛の言葉だが、帰ってくるとすれば遠坂邸しかあるまい。それは一縷の希望に縋るような考えだが、この際致し方ないと言えよう。

 歩きながら士郎は再び空を見上げた。雲一つない青空。降り注ぐ日光。そよぐ風。鳥の囀り声。こんな時でも空は変わらない。世界は平和だ。この場面を切り取れば、だが。

 

 

 

 自らを注視する眼、眼、眼、眼、眼、眼、眼、眼、眼、眼、眼による数多の視線は意図的に無視をする。

 全くありがたくない事に、この世界になってからは士郎の精神は鍛えられてばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂の上のお屋敷と言えば、この冬木市で指し示すのは一軒しかない。

 冬木市の高級住宅街の中でも最上位。閑静な住宅街を抜けたその先。

 人はおろか猫一匹すら寄り付かないような、近づくもの全てを拒絶する空気を醸し出す建物。

 それが遠坂邸。

 今士郎の目前にあるお屋敷の事だ。

 

「……いないな」

 

 インターホンを押してみるが誰も出てこない。暫く待ってみるが何の変化もない。人の気配も何もない。誰も居ないのは明らかだ。

 士郎は困ったように息を吐き出した。何となく予想が出来た事なので、決してこれは落胆の息ではない。道中何度か電話をしたが誰も出なかったし、凛もアーチャーなら滅多に家には帰ってこないと言っていた。その上で本当にいないのかを確認できただけでも、決して無駄足にはなるまい。

 

 とはいえ、さてはて、どうしようか。

 

 士郎の外出の目的はアーチャーに会って、この状況の解決に向けた話し合いをする事である。彼に会わねばその目的を達成するどころかスタートラインにすら立てない。

 士郎は頭を捻らせてみるが、他にアーチャーが居そうな場所など見当がつかない。何せアーチャーが姿を見せる場所と言えば遠坂邸か衛宮邸くらいである。後は海浜公園辺りを散歩しているとかで、それ以外の場所となると――――

 

「あ」

 

 不意に。士郎の脳裏を過ったのは、港で釣りに興じるアーチャーの姿。投影したロッドを巧みに操り釣果を上げるあの姿。そして侵食されるランサーズヘヴン。

 港か、港なのか。

 遠坂邸から港までとなると、かなりの大回りだ。が、行く価値はある。もしかしたらランサーにも会えるかもしれない。彼は彼で魔術師としての心得もあるから、この状況の相談をする価値はある。

 

「なら――――」

 

 行こうか。そう思って遠坂邸の敷地外に出て――――

 

「おやおや、魔術師殿ではないですか」

 

 ……心臓が飛び出しかねないほどに士郎は驚く。

 驚きの余り声を出さなかっただけでも賞賛されるべきだろう。その代わり身体は完全に硬直してしまったが。

 錆びついた機械の如く、ゆっくりと士郎は視線を背後に向けた。

 

「どうされましたか、そんなハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をして」

 

 そこには髑髏があった。

 正確には髑髏の仮面をつけた顔があった。

 髪の一本もない頭部があった。

 不自然なほどに大きな右腕があった。

 筋骨隆々の体躯があった。

 真っ黒な肌。黒い胸当てと腰当て。

 そのどれもが日中に出るにはあまりにも奇怪すぎる。

 

「……アサシン」

 

 正規の暗殺者のサーヴァント。ハサン・サッバーハ。

 

「ええ。アサシンです。難しい顔をしておりましたが、何かお悩みで?」

 

 気さくな感じでアサシンは士郎に話しかけてくる。だが士郎は思った。コイツ、気配遮断して話しかけてきやがったな、と。その上で悪びれなく会話をし始める辺り、中々にイイ性格をしている。

 士郎は跳ね上がった鼓動を押さえつけると、感情を無にして口を開いた。驚きは極力見せない。こう見えて案外負けず嫌いなのだ。

 

「いや、アーチャーに用があったんだ。でもいないみたいで……アサシンはアーチャーがどこ行っているか知っているか?」

「いえ、残念ながら私も知りませぬ。ただこの近辺には長い事戻ってきてはいないですな」

 

 サーヴァントが戻ってきたら分かりますとも。そう言ってアサシンは笑った。笑ったと言っても士郎を馬鹿にするような笑い方ではない。人と会話するのが楽しい――そう言いたげな笑い方だった。

 

「そもそもこの辺りで他のサーヴァントの気配を感じる事がありませんな。あってもライダーか本当に時折セイバーくらいかと」

 

 キャスター、ランサー、バーサーカーがこっちに来る事は無いだろうし、アサシン(小次郎)は門番だ。

 この付近で他に気配を感じるとしたら、確かにライダーとセイバーくらいだろう。

 

「普段はマスターの邸宅にて引き篭もっている故、残念ながら魔術師殿が望むような情報はありません」

「そっか……いや、ありがとう。遠坂の家には長い事戻ってきていないって事が分かったのは助かった」

 

 いないのならいないで考え直さなければいけない。一縷の希望を持ったままよりも、選択肢が減るだけよっぽど意義のある情報だ。

 士郎はアサシンにお礼を言うと再び思考に埋没しようとし――ふと湧いて出た疑問を口にした。

 

「ところで何でアサシンは外にいるんだ?」

 

 アサシンは言っていた。引き篭もっていると。それはきっと正しい選択肢だ。何せ彼はこの現代において外出するには、些か奇怪な外見をしている。それはセイバーたちとは違って、服装でどうにかなるものでは無い。

 

「いや、ぼっちゃんのご学友が護衛もつけずに歩いているのだから心配に思っただけです。確かにここいらは人除けの結界が張られておりますが、それでも無謀である事には変わりません。何時襲われて身包みはがされるか分からないんですよ?」

「……そうか?」

「そうですとも。魔術師殿もいい年齢。腕に覚えはあるのでしょうが、そんな軽装では襲われても文句は言えません。何せ女性は野獣ですからなぁ」

「……アサシンから見ても女性ってそうなのか? アサシンの時代からこうだったのか?」

「そうですね。……私はこんな形ですから特に重宝されましたよ」

 

 あまり知りたくなかった情報である。どうやら世界は、士郎が生まれる遥か昔からおかしくなっているらしい。

 アサシンの乾いた笑い声を聞きながら、士郎は彼の人知れぬ苦労に涙しそうだった。何せ彼は男だ。価値観とか色々とおかしくなっている今の状況だと、もしかしたら色仕掛けとかを彼は担当していたのかもしれない。男女の仲と言えば暗殺に用いられる格好のシチュエーションの一つだ。……いや、それだけなら仕事と割り切れるだろう。なのにこんな諦観の色を浮かべているのは……きっと色々とあったに違いない。言葉には出来ない何かが、本当に、色々と。

 士郎の心の混乱などお構いなしに、アサシンは気の済むまで乾いた笑いを零すと、改めて士郎に向き直った。そして左手を差し出す。

 

「ところで魔術師殿。もしも暇ならお茶でもどうですか? 良い茶葉が手に入ったんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間桐邸は遠坂邸へと続く道の途中にある。

 高級住宅街の中腹辺りに位置する大邸宅。

 セカンドオーナーに負けずとも劣らずと言った規模の邸宅は、それだけ間桐邸の力を示していると言っても過言ではない。始まりの御三家の名は伊達ではないのだ。……魔術師としての才能は枯れ果てた、とは凛の言葉だが、それでも蓄えてきた知識は充分に価値有るモノだろう。

 

 

 

「ささっ、茶を入れてくる故、我が家のようにお寛ぎ下さい」

 

 白い仮面から軽快な調子で言葉が飛び出る。間桐邸は薄暗いので、アサシンのように黒一色の様相だと、仮面以外の場所が見辛いのだ。傍から見ていると仮面が浮いて跳ねて動いている様にしか見えない。

 キッチンへと消えゆく仮面を見ながら、随分とアサシンは気さくになったなぁ、と士郎は思った。あまり彼と積極的な交流があるわけでは無いが、士郎の記憶ではアサシンと言えばクラス名が表す通りの寡黙な暗殺者としてのイメージが強い。無駄口を叩かず、与えられた命令を十全にこなす仕事人。いつかの夜に対峙した時も、そうやって命を狙われたことがある。

 ……或いは。今の姿こそが、ハサンの名を襲名する前の、彼の本当の姿なのかもしれない。

 

「~~~~~♪」

 

 軽やかな鼻歌がキッチンの方面から聞こえる。必殺仕事人は何処へ。士郎のアサシンに対するイメージは良い意味で崩れている。

 普段もあんな風に間桐邸で家事に従事しているのだろうか。最近は家事も介護もアサシンさんがやってくれるので楽なんです……とは桜の言葉だ。名を馳せた英霊がそんな事で良いのかとは思うが、他に家事に従事する英霊は幾らでもいる。赤いアイツとか、白髪のアイツとか、あとはどこぞの奥様とか。

 

「気にせんでも良い。あ奴はあ奴で好きでやっておる」

「そう言うものですか」

「うむ。余計な心配は無用だ」

「はぁ…………ッ!?」

 

 驚きを顔に出さなかったのは奇跡的だ。

 士郎の同意未満の相槌は空気に溶けて霧散する。代わりに吸うはずだった空気は、驚嘆の吐息を飲み込むことに挿げ替えざるを得なかった。

 士郎の真正面。向かいの席。

 そこに一人の老人がいた。

 和服を身に着けた老人がいた。

 しゃがれた声を出す老人がいた。

 そこまでなら別にいい。何ともない。

 白色の髪を頭頂部で結った――――老人がいた。

 

「……どうした。そのような顔をして」

 

 アンタのせいだよ、とは言わない。士郎は目を瞑って額を掻いた。脳内で記憶が現実とせめぎ合っている。つまりは混乱。

 アレ、おかしいなぁ。前の前に居るのって間桐臓硯だよなぁ。あんな髪あったっけ。

 士郎の記憶では、臓硯に髪の毛は無い。500年もの間に毛根が限界を迎えていたはずだ。

 

「……」

 

 いや、違う。見るべきところはそこではない。

 士郎はもう一度臓硯に視線を向けた。心を落ち着け、もう一度視線を向けた。

 ……鮮やかな紅色に彩られた唇、皺の薄い白い肌、そして微かに香る甘い匂い。

 

「……」

 

 士郎は無言で首を振った。今しがた行き着いた現実と事実を受け入れられなかったからだ。受け入れるには士郎の許容量は既にいっぱいいっぱいなのだ。

 息を吐く。震える息。早まる鼓動。落ち着かせるようにもう一度。静かに吸って、静かに吐く。

 

「悩んでいるようだのぅ……何でも相談せい」

 

 アンタのせいだよ。今度は口から出かかるが、寸でのところで飲み込む。セーフセーフ。

 アレだろうか。サーヴァントは召喚者によく似たものが召喚されると聞くが、まさに今のこれはそうなのだろうか。アサシンも臓硯も人を驚かせて反応を楽しんでいるのだろうか。

 

「おや、マスター。早いですね」

 

 アサシンが戻って来る。慣れた手つきで士郎と臓硯の前にティーカップを置く。良いタイミングで戻ってきてくれたアサシンに士郎の好感度はうなぎ上りだ。

 

「……成程。理解しました。それでは私は外におります故」

「アサシン!?」

 

 アサシンが踵を返す。慣れた様子で臓硯と意思の疎通を交わす。即座に出て行こうとするアサシンに士郎の好感度はフリーフォールだ。

 慌てて士郎はアサシンの腰元を掴む。恥も外聞もへったくれも無い。こんな状況に置いて行かれる方が困るのだ。

 

「待て待て待て、アサシン待ってくれ!」

「ま、魔術師殿、そう言われましても……」

「ちょっと質問だ! 意識のすり合わせだ! 時間をくれ、頼む!」

「いえいえ、それには及びません。お気持ちは分からなくもありませんが……誘いに乗ったという事はそういうことでしょう?」

 

 誘いに乗った? そういうことでしょう?

 士郎の脳内で際限なくクエスチョンマークが展開される。アサシンが何を言っているのかさっぱり理解できていない。そして何故もこんなにアサシンは嬉しそうなのか、清々しい笑みを浮かべているのか。

 

「500年も熟成された蠱惑の肉体デスヨ。楽しんできてください」

「――――は?」

「誘いに乗ったという事は魔術師殿は老女好きのようですし、マスターも久方ぶりの若い男にときめいているんです。お似合いデスヨ」

 

 今度こそ思考がフリーズする。連続する意味不明の単語に士郎は口の開閉しかできない。

 今、何と、言った?

 今、何を、言った?

 

「……あさ、しん。少し、状況を、整理、したい」

「?」

「臓硯は、男、だよな?」

 

 過程をすっ飛ばし、そんな馬鹿なと笑い飛ばしたくなる言葉を士郎は発した。笑って肯定してくれることを願った言葉だ。

 

「? いえ、女性ですよ」

 

 オーケー、神は死んだ。

 士郎の頭の中で湧いては分裂して際限なく増えていく疑問の山々に終止符が打たれる。

 

「……つまり、あれか。臓硯は野獣、ってことか」

「まぁ、そういうことですね」

 

 何せ女性は野獣ですからなぁ。他ならぬアサシンが言っていた言葉。そして何故か女性となった臓硯。後は簡単な足し算と引き算だ。

 何故か女性になった臓硯はこの世界では立派な野獣で。

 ノコノコとアサシンに着いてきた士郎は俎板の鯉。

 後は調理されるのを待つだけの哀れな人身御供。

 

「なぁ、アサシン。……ずっと、そうだったのか?」

「……………………………………………………………………………………………………はい」

 

 長い沈黙を経て、悲哀に塗れた声をアサシンは絞り出した。言葉を極端に省いた会話だったが、2人は何故かその意思を通じ合わせることが出来た。何がアサシンの身にあって、どんな気持ちで今日までの日々を過ごしてきたのかを理解できたのだ。

 

「そしてお前は俺を人身御供として臓硯に捧げる為に誘ったのか」

「おっしゃる通りです」

 

 即答だった。悪意を隠そうともしない、清々しさすら感じる返答だった。

 状況は理解した。意識の共有もした。認識も合致した。

 つまりは、アサシンは。これ以上臓硯と交わる事が嫌で。

 新たな得物として士郎を連れ込んだのだ。

 

「ごめん、アサシン」

「?」

「……無理」

 

 判断は迅速。言葉と共に行動。流れるような動き。最低限の動きで最短のルートを最速で導き出して走ろ――――うとしてその腰を真っ黒な手が掴んだ。

 

「お待ちください! ちょっと考え直してみては!」

「いや、無理! 本当に無理!」

「そうおっしゃらずに! 食わず嫌いなさらないで! ちょっと試すだけですから!」

「いやいやいやいや! いやいやいや! 嫌!」

「ええい、逃がしません! 絶対逃がしませんぞ! 私も仕事上そういうことはありましたが、これ以上のアレはもう無理なんで――――ヒッ!」

 

 唐突に弱まる力。これ幸いにと士郎は手を振り切ると、そのままダイニングを出て扉を閉める。

 ドアの向こうの、無理矢理ではありません合意です! 儂は何もしとらん! うふふ、先輩を私がいない家に誘い込んだ時点でアウトです、なんてひじょうにほほえましいかぞくのやり取りなんか聞こえない聞こえない何も聞こえないったら聞こえない。

 発信機って分かります? いいえ、別にあなた達は分からなくっていいんですよ。うふふ……

 アーアーアー何も聞こえないったら聞こえない!!!

 

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)


「ところで魔術師殿。もしも暇ならお茶でもどうですか? 良い茶葉が手に入ったんですよ」

 間桐邸に行く
⇒断る

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。いい茶葉なんですよ、本当に」

 間桐邸に行く
⇒断る

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。いい茶葉なんですよ、本当に」

 間桐邸に行く
⇒断る

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。いい茶葉なんですよ、本当に」

以下、エンドレス

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