こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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ナンパをするなら、久しぶり、って声をかけるのがいいみたいですね。
挨拶程度だと無視されちゃうとか。
テレビでやっていました。


さん

 ぼうっと。空を眺める。

 青い空、高く昇った太陽、白い雲。そして飛び交う2匹の鳥。

 士郎の視線の先では、2匹の鳥が仲良く飛んでいる。あれは友達同士だろうか、それとも恋仲だろうか。鳥の気持ちなど知る由も無いが、連れ添って飛ぶ姿からは仲睦まじさを感じる。……片方が翡翠で出来て、もう片方が銀色の髪の毛で編まれているような気がするのは気のせいだ。多分気のせいだ。

 昼の海浜公園。備えられているベンチに腰を掛け、士郎はそんな事を考えていた。命辛々間桐邸から逃げ出して1時間くらいが経過していた。

 空は平和だ。どこまでも高く、そして澄み渡った青色。遮る物のない陽光。形を変え続ける白雲。これぞ平和の象徴だろう。……朝もそんなことを考えていた気がする。

 

「――――ああ、いい天気だ」

 

 知らず独り言が口から零れる。心身共に疲れてしまったからか、この何でもない光景がいやに尊く見える。空とは、色とは、こんなにも美しかったのか。そして士郎は秘かに誓った。もう間桐邸には行かない。あとアサシンの甘言には騙されない。

 ふぅ、と。少し大きめに士郎は息を吐き出した。肺に溜まった空気を逃し、代わりに新鮮な空気を入れる。磯の香りが心音を、思考を、意識を宥める。緊張からの解放か、それとも気持ちの良さにか、意識が微睡んでいた。ここが自分の家ならば寝ていたかもしれない。

 ……勿論この状況で寝るなどサバンナで寝るよりも危険なので、絶対に寝る事は無い。絶対に、だ。

 

「……はぁ」

 

 十二分に空を、太陽を、雲を堪能したところで、漸く士郎は視界を空から下界へと移した。そして現実を噛み締める。悪夢みたいな現実を噛み締める。

 無表情を顔に張り付けて、立ち上がる。途端にどよめく周囲。その雑音を無視して、足早に立ち去ろう――――として、その右手を柔らかい何かが掴む。

 士郎は黙って、しかし掴まれた右手を少し強めに引っ張ってみた。然したる抵抗は無く、視界の端で真っ赤な布が靡いている。ふわりと浮かんで靡いている。

 

「あぁ……お待ちになってください、ご主人様」

 

 甘く、蕩けるような声。

 無表情のまま振り返ると、そこには微笑む修道女がいた。

 名を表すかのような笑顔を見せる修道女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼間の海浜公園を歩く。

 2人分の人影。

 

「……」

 

 士郎は何も発言せずに、しかし時折後ろへと視線を向ける。彼の2歩後ろを、1人の女性が歩いている。くすんだような銀髪。錆びたような黄金色の瞳。昼間に外を闊歩するには人目を引く修道着姿。そして漂う消毒液の匂い。彼女は幸せそうに士郎の後ろを歩んでいる。

 士郎は知っている。彼女が何者であるかを。

 士郎は知らない。今のこんな彼女の姿を。

 記憶と乖離したその姿に、その様子に。士郎は表面上だけとは言え無表情を装っていた。混乱はしているが、流石に意識はこの世界の常識に追いついているのだ。

 暫く歩いて、周囲の人も疎らになったところで。

 士郎は立ち止まって、後ろを振り向いた。

 

「あー……なぁ、カレン」

「? どうされましたか、御主人様」

 

 頬を染め、幸せそうに彼女は微笑んだ。本当に幸せそうに微笑んだ。士郎に名を呼ばれたことが、嬉しいと言いたげな微笑みだった。

 カレン・オルテンシア。

 今は亡き言峰綺礼の代わりに冬木教会を治める、信仰の篤い修道女である。可愛らしく、そして儚げな外見とは裏腹に、「他人の幸福は無性に潰したくなる」と宣えるぶっ壊れた内面を持っている少女でもある。

 ……因みに士郎の記憶では、2人は決してご主人様と呼ばれるような仲では無かった。寧ろ罵られる側であった。神に仕えている筈の修道女に。悲しい事に。間違いのない事に。

 

「……あら、ふふっ、イケナイ子」

 

 パキッ、パキキッ。何かが壊れる音。振り返ってみると彼女の持つマグダラの聖骸布が、何かを捕まえ絞り上げていた。緩んだ隙間から零れる壊れた石と髪の毛のようなもの。頭上を飛び交う2匹の鳥は見えない。そうか……と士郎は考えることを止めると、改めてカレンに向き直った。

 

「……なぁ」

「何でしょうか?」

「何で御主人様?」

 

 あら、そんな事も分からないの、この駄犬。人に訊いていないで、その蜘蛛の糸が張り付いているお飾りの頭で少しは考えてみたらどうですか。

 普段ならこのくらいは言って来る。もっとヒドイかもしれない。冗談じゃなく。悲しい事にそんな予測が瞬時に出来るくらいのやり取りを普段は行っているのだ。

 だから。だから寧ろ。そう言ってくれることを願って――――

 

「そんなの……私の口からは言えません」

 

 ――――そこには桃色に染めた頬に手を合わせながら、少し恥ずかし気に微笑むカレンがいた。記憶に無い姿を見せる彼女が居た。

 ……一体己は何をしたのだろうか。何をしてこんな事になっているのだろうか。

 デレたカレンの記憶? そんなもの無い。無いと言ったら無い。いや、ウソ、違う、いや、ウソじゃないけど違う。自分じゃない自分というか覚えてないけど覚えているというか何というか。

 ……兎にも角にも。暫し黙った末、そうか、と士郎は会話を終わらせた。納得する方面に意識を割いた。今更ここで驚いていてはこの先保たないのだ。

 

「……なぁ」

「何でしょうか?」

「ここにいるってことは、教会を空けていているんだろ。いいのか?」

「バゼットが代わりにしているから問題はありません」

 

 どうやらバゼットは次の職務が決まったらしい。その名も冬木教会の代理シスター。迷える子羊よ、どんな悩みも肉体言語で解決するぞ♪ ……明らかな人選ミスだと思うが、口には出さない。藪蛇藪蛇。と言うかバゼットも何でわざわざそんな職務に就いたのか。ランサーを楯にでも取られたのだろうか。

 

「彼女ならばきっと問題なく皆を導いてくれるでしょう」

 

 嘘だ。絶対嘘だ。そしてそのチョイスには間違いなく実益度外視の趣味が入っている。

 ニヤリ――年頃の少女がそのような笑みを浮かべるのは如何なものとは思うが――と笑うその姿に、士郎はカレンの変わらぬ根底を見た。ある意味で彼女はいつも通りだ。自覚のある大変なサディスト。

 そう考えるとこの豹変ぶりももしかしたらサディズム溢れる一環なのかもしれない。普段とは違う姿を見せて楽しんでいるとか。

 勿論そうでないのは雰囲気から何となく分かるので、説立証とはならないのだが。

 

「相変わらずヒデェな、アンタ」

 

 思わず零れた言葉に、幸せそうに笑みを浮かべるカレン。何故だかは分からないが、士郎の口調がぞんざいになると、カレンは喜ぶのだ。あとバゼットも。

 

 そのまま何も無く歩く。

 

 元より士郎は多弁ではなく、カレンもその類の人間だ。

 とは言え普段なら毒舌が飛んでくるのだが、今の状況では違う。

 何を話さなくとも、何も言われない。

 暖かな日光。晴れた空。波の打ちあう音。微かな潮の香り。後ろを歩く気配。消毒液の匂い。

 歩みの遅いカレンに合わせる様に、士郎の足もペースが落ちる。

 

「……なぁ」

「何でしょうか?」

「体調、大丈夫か」

 

 

 冬木大橋を渡りながら、士郎は身を案じる言葉を発した。カレンは被虐霊媒体質という特異体質のため、常に傷が絶えない。香る消毒液が示すかのように全身に包帯が巻かれているし、右目の視力もほとんどない。味覚だって消失寸前で、激辛激甘のものしか感じられないのだ。

 カレンは驚いたように表情を硬直させた。気を遣われたのが意外だったのだろう。そして頬を赤らめて視線を切った。

 

「……お優しいのですね」

 

 意識はトばさなかった。

 が、身体は硬直した。

 普段は絶対に目にする事のない純度100%のデレ。

 全く見慣れないその様相は、士郎の頭を揺さぶるのに十分すぎる破壊力を持っていた。

 セイバーの時以来、つまりは昨日ぶり2回目の硬直である。

 こいつ揺さぶられ過ぎだろ。

 

「お気になさらないで下さい。私はご主人様と一緒にいられるだけで幸せなのです」

 

 こんなカレンを見たことあるだろうか。いや、ない。

 ノータイムでの結論。一周回って逆に頭は冷静。人の脳は許容外の出来事が連続しすぎると返って冷静になるらしい。なんて都合の良い事か。

 冷静ついでに士郎はある一つの仮説を立てた。

 もしかして、これって平行世界?

 普段ならば一笑に付したくなるような仮説だが、今の状況に当てはめるとしっくりくる。世界がおかしくなったのではなく、士郎がこの世界に来たと考える方が、よっぽど自然で辻褄が合う。

 無論士郎の素人に毛が生えた程度の魔術知識で決めつけるのは早計過ぎるが、一つの可能性として考えておくことは悪い事ではない。

 

「あら」

 

 考え事をしていた士郎の身体が、聖骸布によって優しく包み込まれる。そしてカレンへと引っ張られた。

 ずどぉん。

 何が、と疑問に思うよりも早く、背後に響く轟音。なんだなんだと振り返ってみれば、灰色の巨体が歩行用の足場に降り立っ……て、また下に落ちたところだった。

 

「みつ――――きゃぁぁぁあああああ!? なんなのぉぉおおおおお!?」

 

 どうやら先ほどの衝撃で足場が崩れ、そのまま下へと落ちたらしい。そりゃあバーサーカー程の巨体が勢いをつけて冬木大橋の歩行用道路に着地すればそうなるよな。一瞬しか見えなかったが、巨体と聞き覚えのある声から状況を推察、結論付けて士郎は納得した。落ちたイリヤは大丈夫だろう。なんたってバーサーカーがいるし。

 そんな事を考えていた士郎の耳に届く、ピシピシと罅割れる音。……どうやら先の衝撃の余波で、歩道が崩壊し始めたらしい。

 士郎はカレンを抱き上げると、元来た道をダッシュで戻った。流石に冬木大橋の高さから落ちたら無事じゃ済まない。川に着水するならまだしも、岸に落ちたら最悪死ぬ。そうでなくともこちらには病弱なカレンがいるのだ。

 

 

 

 何で此処にイリヤが来たのだとか。

 何を言いかけたのだろうかとか。

 見覚えのある鳥が後ろを追ってきているような気がするのとか。

 その鳥をカレンが器用にマグダラの聖骸布で破壊している気がするのとか。

 あとバーサーカーが白いフリルの付いた服を着ていたような気がするのは考えない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か面白い事が起こりそうなので、教会に戻ります。

 そう言ってカレンはタクシーを拾った。

 士郎は、そうか、とだけ言って見送った。

 彼女の見立てでは教会で何かが起こるのだろう。

 何が起きるのかは考えたくも無い。

 教会へと戻るタクシーを見送ると、士郎は思考を止めてどこか落ち着ける場所を探す事にした。

 今は余計な事に気を回せる余裕がないのだ。

 

「……外は、止めよう」

 

 休日の昼下がり。

 外を歩くのは女性ばかり。

 その誰もが士郎へ好奇の視線を向ける。

 そして幾つかには、生々しい嫌な感情が含まれているのだ。

 言ってしまえば、劣情。性的な欲望、そして好奇心。

 今までに感じた事のない感情に、単純に士郎は怖れを抱いた。

 そして同時に思う。遠坂ってすごい。だってミス穂群原でもある彼女は、きっと年中こういう視線に晒されていたのだろうから。

 

「ね、ねぇ、君。時間あるかな?」

 

 そんな事を考えていたら後ろから声をかけられる。

 思わず振り向いた士郎の前には、大学生くらいの女性の2人組がいた。

 1人はパーマのかかった明るい茶色の髪の女性。

 もう1人は髪の色は同じだがストレートの女性。

 勿論士郎からすれば初対面。一切記憶に無い人物たちである。

 

「美味しいカフェがあるんだ。行こうよ!」

 

 カフェ? 何故カフェ?

 頭に浮かぶ疑問符の数々。

 数瞬置いて士郎は漸く気が付いた。ナンパか。ナンパか、これ。

 

「あ、大丈夫だって! 全然怪しい誘いじゃないから!」

「そうそう! ちょっとお話したいなぁ、ってだけ!」

 

 黙っている士郎に焦ったのか、それもイケると踏んだのか。

 2人揃って矢継ぎ早に言葉を繋げてくる。真意は不明だが、逃がさまいと必死なのは分かった。グイグイ来過ぎて、士郎としては腰が引けてくる。

 

「あ、いや、その……」

「ちょっとだけだからさ!」

「少しで良いんだ! 行こう! ね?」

「いや、人を待っているので……」

 

 勿論待ってなどいない。待っていたって誰も来ない。

 

「じゃあ待っている間だけでもいいからさ? ね?」

「そうそう。てかこんな所で待っていたら熱中症になるって」

「そうだよ。ちょっと涼しいところで待っていた方が良いって」

 

 別に熱中症になるほど暑いわけで無ければ、涼しいところに行かねばらないほどに強烈でも無い。

 ただ。ただただ。相手は士郎の思っている以上に諦めの悪い人物たちだった。そして思う。待っているんじゃなくて、待たせているにすれば良かったと。

 だが後悔は遅い。後になって悔いるから後悔。よく言ったものである。

 

「行こう! ね?」

 

 決断を委ねているように見せて、感情は一方通行だ。

 乗り気でない士郎に業を煮やしたのか。1人が士郎の手を無理矢理に握ると、カフェの方へ誘導するように引いた。

 勿論力は士郎の方が強いが、如何せんこういう状況に彼は不慣れである。

 振り払って良いものなのかと一瞬迷ってしまったがために、その身体は女性たちの方へと流れ、

 

 

 

「悪い、待たせた。で、アンタら何の用?」

 

 

 

 士郎を守る様に誰かが立ちはだかる。

 肩にかかるくらいの長さの明るい茶髪。凛とした声。士郎よりも若干低めの身長。そして毅然とした態度。

 掴まれていた手を、士郎の手は優しく、女性の手は乱暴気に彼女は引き離した。

 

「な、何よ、いきなり」

「そりゃこっちのセリフだ。連れへの要件は私が聞く」

 

 男勝りな口調だ。そしてそれには、相手が誰であっても自身が正しければ決して引かないと言う、不退転の響きが含まれている。

 明らかな年下の、しかし毅然とした態度に、パーマの方が若干焦ったように身を引いた。

 

「っ、何、君が待っていたのって、彼女?」

「っ! そうそう! だからごめんなさい!」

 

 この状況に乗っかる。男として情けないとは思わなくも無いが、現状ではこの選択が最適だ。慎二やランサーの様に経験豊富なら違った手もあるだろうが、ないものねだりをしても仕方が無い。

 士郎の態度で諦めはしたのだろう。強硬な態度に対しての周囲の視線もある。非を理解すると、2人組はぶつぶつと文句を言いながらも離れて行った。最低限の物分かりが出来る輩であったことは僥倖と言うべきだろう。

 

「悪い、助かった、美綴」

 

 士郎は胸を撫でおろすと、自身を救ってくれた人物に礼を言った。

 美綴綾子。同じ学び舎に通う同級生で、かつては同じ部に所属していた友人。

 最初に出会った時はおかしくなっていたが、面倒見の良さと言い、曲がった事を嫌うところと言い、根本は変わらないのだろう。

 ニカッ、と。そんな擬音が似合う様な笑みを浮かべながら彼女は振り返った。

 士郎の記憶にある、あの笑顔だった。

 

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)

「あら」
 
 考え事をしていた士郎の身体が、聖骸布によって優しく包み込まれる。そしてカレンへと引っ張られた。

 抵抗せずに任せる
⇒その場に留まる

 士郎は思わずその場で踏みとどまった。聖骸布の拘束力はそれほど強くない。カレンが加減しているのか、それとも効力が弱まっているのかは分からないが、踏みとどまるのは容易かった。

 ――――ガシッ

「!?」

 背後からの強襲。鷲掴みにされる身体。灰色の巨大な手。

「捕まえたぁぁあああ! さぁ、帰るわ、バーサーカー……って、きゃぁぁあああああ!?」

 ああ、イリヤとバーサーカーか。声でそこまでを認識する。
 そして浮遊感。落ちていく。何故? ああ、衝撃に足場が耐えられなかったからか。そりゃあバーサーカー程の巨体が勢いをつけて冬木大橋の歩行用道路に着地すればそうなるよな。
 士郎はそこまで考えると、着水までにあとどれくらいの猶予が自身に残されているかを確認するために振り返った。万が一の場合は、自身に強化の術をかける必要があるからだ。
 だが士郎の視界に映ったのは、彼が予期しているものでは無かった。全くもって予想外の物だった。

 ――――しろいふりるのついたぴっちぴっちのどれすをきたばーさーかーがそこにはいました。

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