こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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5話目にして四カ月ぶりの更新。
あれ? 一年以内に終わらせられるのかな、これ?

※20/5/11 誤字脱字修正


よん

 美綴綾子は。士郎の友人である。

 同じ穂群原学園に通う生徒であり、同級生であり、元同じ部活動所属の間柄。

 士郎が弓道部を退部した後も縁は続いており、時折部活動を手伝ったり、備品の修理をしたり、愚痴を聞いたりと、何かと関りになる機会は多い。

 

 

 

「……本当に良いのか、衛宮」

「構わないって」

「いや、でも、それはフェアじゃないと言うかなんて言うか……」

「良いって言ってるだろ」

 

 助けてもらったお礼にと、士郎は綾子に食事を奢った。

 と言っても士郎は流行りの人気店など知らないので、店選びは綾子に一任する。

 最初こそ綾子は渋っていたが、士郎の強情さに根負けする形となった。

 で、結局選んだ店は流行りのカフェ……とかではなくて、どこにでもあるファミリーレストラン。

 互いに日替わりランチを頼み、他愛もない話に興じる。

 確かに彼女は記憶と違うところが多々見受けられるが、それでもその本質に変わりは無い。

 世界が混乱していても友人は変わる事無く在る。

 その事実は士郎にとって紛れもない救いだった。

 

 

 

 そんな事を考えながら帰路に着く。

 数多の無遠慮な視線にも、もう慣れたものだ。

 お土産にと買ったいつものたい焼きを手に衛宮邸の扉に手をかけて――――士郎は思った。

 そういや何にも解決していねぇじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎は帰宅早々から頭が痛くて仕方が無かった。

 近頃の衛宮邸にて、自分以外の誰も居ない、と言うシチュエーションは稀だ。衛宮邸に住んでいるセイバーや居候のバゼット、自宅と衛宮邸を行ったり来たりしている凛と桜とイリヤとライダー、食事の際には必ずいる虎、その他etcetc……。つまりは誰かしらは必ずいる。傍から見てみれば、一種の女子寮と言っても差し支えはあるまい。

 そんなわけで。ただいまの声に返事が無いのは、かなり珍しい事なのだが……

 

『オオン!アオン!』

「……」

『イキスギィ!』

「……」

『イクイク……ンアッー!』

 

 誰もいないのかと油断して開いた居間。その扉の先。

 士郎の眼は、衛宮邸を護る2人のサーヴァントが、テレビ画面にくぎ付けになっている姿を映していた。

 テレビには、裸の男2人が絡み合っている映像が映し出されている。一際大きい嬌声が響いた辺り、ちょうどクライマックスを迎えていたのだろうか。男優たちの余韻に浸った息づかいが、士郎の耳にまで届いていた。

 そして眼。

 翡翠色と、薄紫色の、四つの眼。

 やべぇ、と。そう言いたげな困惑に塗れたその眼が士郎へと向けられている。

 士郎は黙って居間の扉を静かに閉めると、抜き足差し足でその場から離れた。幸いにして、目的の場所(土蔵)はすぐ傍だ。このままのペースで中に入り、つっかえ棒でも差せば、暫くは1人で静かに考え事が出来る。

 少し休もう。これは逃避じゃない。ただの休憩だ。

 だが世界は士郎の事が嫌いなので、思い通りになんて進ませやしない。

 

「シロォォオオオオ! 違うんです! これは、その……違うんです!」

「そうです! 士郎、違うんです! 待って下さい」

 

 ばしーん、どごっ、どだだだだ。

 背後で響く音から逃れるには、少しばかり士郎は遅かった。いや、相手が早すぎた。

 何せ最優と騎兵のサーヴァントである。そりゃあ一介の魔術師程度じゃ逃れられないだろう。

 士郎が土蔵に辿り着くまであと少しと言うところで、セイバーとライダーが先回りしてスライディング土下座をかましてきた。

 

「これは私たちの意志ではないんです!」

「ちょっと渡されて……中を確認せねばと思いまして!」

 

 サーヴァント、それも最高の信頼を置いている方々の土下座と弁解。最早英雄としての威厳など何処へやらである。

 

「怪しげなDVDを渡されて、興味本位で見てしまったんです!」

「まさかあんな映像が入っているとは思ってもいなかったんです!」

「不快だと思われたのなら叩き割ります! 捨てます!」

 

 士郎としてはそこまで気にしなくていい案件である。思春期男子だって溜まる物は溜まる。士郎だってそういう本を自室の押し入れの奥に隠しているし、潔癖な事を言うつもりは毛頭も無い。仮に逆の立場なら、士郎だってこうやって土下座をしたかもしれない。……実際いつかのどこかの記憶では。友人の18禁本をカモフラージュに使用させてもらっている。

 

「あ、いや、別にいいんだ……俺は気にしていない」

「嘘です! 顔が引き攣っています!」

「ヒキツッテナイヒキツッテナイ」

「士郎……違うんです……本当に違うんです。店長から預かってくれと言われまして」

 

 エロ本ばれた時の中学生か。ツッコミを寸でのところで飲み込み、なるたけ士郎は笑顔を作った。

 

「大丈夫。気持ちは分かるから。俺だって似たような経験はあるしね?」

「シロウもAVを?」

 

 士郎としては言葉にするのはやめてほしいものである。今までのセイバーの印象がぶち壊しだ。

 と言うか何故にホ〇ビデオか。それはつまりは、男目線で言うところのレ〇ビデオか。なら納得だ。

 混乱した頭で混乱した事を考える。やっぱり士郎は疲れている。

 

「……とりあえず、本当に俺は気にしていないから。ただちょっとアサシンのせいで疲れたから、寝る」

「アサシン?」

「桜のところのアサシン」

「……士郎。申し訳ございません。私がバイトに行っている間に、彼が何かをしたのですね」

「ああ。でも、大丈夫。じゃ、ちょっと、寝る」

 

 最期はぶつ切りになってしまったが、士郎は2人を上手く躱して土蔵の中に入った。ガチャガチャ、ガチャン。扉が開かぬ様にして、ブルーシートに寝そべる。混乱に塗れた脳を落ち着かせようと、ゆっくり深呼吸をする。

 すー、はー。すー、はー。

 天窓からの光に少しだけ目を細める。

 

「……早いところ解決しないとな」

 

 自分の為にも、と言うのもあるが、他の皆の為にも。

 今のままでは、何が切っ掛けで何が起こるか分からない。

 気分転換にそばのラジオの電源を入れ、音を垂れ流しにする。

 流行りのナンバー。

 ポップな曲調と歌詞。

 こんな曲あったっけ。あったような、無かったような。

 でも今はこれくらいの曲が心地よく頭に入って抜けてってくれる。

 ごろりと寝ころんだまま、士郎は思った。

 そう言えば俺のエロ本ってどうなったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮邸の夕餉はつつがなく終了した。寝過ごした士郎に変わって、凛と桜が用意した豪勢な夕餉。幸せそうに食事を楽しむその下で、魔術師とサーヴァントから生じる濃密過ぎる妖気と、時折牽制代わりに飛ばされる敵意が、ぶつかり弾け混じり合う。正常な人間ならば一分と持たずに気を狂わすだろう。最早此処は一種の異界と分類されてもおかしくは無い。その現実に士郎は二日を待たずして対応していた。慣れとは恐ろしいものである。

 

 

 

「士郎、お風呂沸きました。先に入ってください」

 

 夜19:30。

 皆とテレビを見ていたら、ライダーがお風呂が沸いた事を教えてくれる。

 

「え、俺一番風呂?」

「はい、どうぞ」

 

 この世界になってから、基本的に料理や掃除と言った家事は女性陣が率先して行っている。と言うかさせてくれない。今日の朝食こそ士郎が用意できたが、それ以外は殆ど誰かしらが済ましてしまっているのだ。

 当然、風呂の準備とて例外ではない。

 

「え、俺最後でいいよ?」

「いえいえ。どうぞ」

「どうぞどうぞ」

「入ってきてください。魔術で防音は完璧です」

「疲れているでしょ? ゆっくり入ってきて」

「お兄ちゃん! 私と入ろう!」

「イリヤスフィール、黙れ」

 

 固辞しようとしたが、その場のほぼ全員から先に入る事を勧められる。もはや数の暴力だ。

 そんなに臭うのだろうか。そんなに臭っているつもりは無いが、自分の臭いは気付きにくいものなので、若干のショックを士郎は受ける。顔には出さず勧められるがままに居間を後にした。

 

「私が二番風呂よ!」

「リンは一昨日シロウの後に入ったでしょ! 次は私!」

「じゃんけんは如何でしょうか」

「賛成です」

「直感スキル持ちは黙りなさい。そこも宝具を用意しない。ここは早い者勝ちで良いのでは?」

「だったらライダーは……ハンデを背負わないとね?」

「ああ! サクラ! 待って下さい!」

 

 背後から聞こえるごたごたは無視して、士郎は風呂場へ急いだ。あははー、そういうことかー。慣れたつもりだったが、二日程度ではまだ慣れきってはいなかったらしい。

 士郎は逃げる様にして風呂場へと急いだ。何だか嫌な魔力の波動が生じたのは気のせいだ。ライダーの悲痛な叫び声が聞こえるのも気のせいだ。

 

「……ま、ライダーなら大丈夫だろ」

 

 何せ喜んでいたし。

 明後日の方向へ思考を飛ばして、士郎は風呂場の扉を開けた。寝間着と新品のパンツが綺麗に畳まれて置いてあるのを見るに、準備は完璧なのだろう。念のためにと扉を閉めて鍵をかける。他意はない。本当に、ただ、念のために、だ。

 上着を脱いで、下着を脱いで、裸になって。

 そうやって生まれたままの姿になったところで、鏡に映った自身と目が合う。

 やけに疲れた顔。少し曲がった背。覇気が全く見られない。

 おいおい。しっかりしろよ、衛宮士郎。

 鏡の中の自分に向けて笑顔を作る。向こうの自分もニカッと、無理矢理に笑顔を作った。

 

 ――――ガタッ!

 

「うぉっ!?」

 

 背後で生じた音に、思わず士郎は振り返った。完全に油断していたがために、変な声まで出てしまっている。気恥ずかしさを隠すための様な行動だった。……行動の筈だった。

 

「あー……」

「……」

「……アサシン」

「……お、お昼ぶりですね、魔術師殿」

 

 なんで、は一旦置いておいて。

 振り返った先にはアサシンが居た。昼に会ったばかりのアサシンが居た。

 違うところがあるとすれば、白色のお面に罅割れが入っているのと、補修のためかセロテープが張ってあること。

 そしてスマートフォン。士郎を映す様に、両手で横向きに構えられたスマートフォン。

 

「何をしている?」

 

 何となく答えは分かるが、とりあえず訊く。

 

「き、雉を撃ちに……」

「いや、ここ風呂場」

 

 アサシンのなけなしの弁解は即答で切り捨てる。スマートフォン両手によくそんな弁解を発せたものだ。寧ろ良くそんな言葉を知っていたな、と士郎は妙な方向へ感心してしまった。

 風呂場、スマートフォン、気配遮断のスキル。

 導き出せる結論は一つしかあるまい。

 

「……盗撮?」

「い、いえいえ! 滅相も無い!」

「いや、此処に来てそうやって構えているって事は、そうだろ。狙いは誰だ? セイバーか? 遠坂か?」

 

 投影、開始。

 両手に膨れ上がる魔力。

 可視化したそれが稲妻のように迸り、瞬きの後に竹刀を創り上げる。

 虎のストラップが付いた特別性。

 誰が呼んだか虎竹刀。

 

「女性なんか盗撮しませんよ! 違うんです! 命令で……」

「命令? ……詳しく話せ」

「そ、それは……」

『アサシン! 何をやっておる! 角度が悪い! 上を向けぬか!』

 

 突然響いた第三者の声。

 本日昼に聞いたばかりの声。

 アサシン、スマートフォン、間桐臓硯。

 あ、そういうことか。

 全てを士郎は察した。スマートフォンから響く、第三者こと臓硯の声で全てを察してしまった。

 

『アサシン! 何をやっておる! バレたのなら襲え! ヤるのじゃ!』

「魔術師殿……」

『今が最大の好機じゃ! ヤれ!』

「し、しかし……」

 

 言い淀むアサシン。そりゃそうだろう、と士郎は思った。何故バレている状態で盗撮を続けなければならないのか。作戦が失敗しているのは明確なのだ。アサシンとしてはさっさと逃げ出したいところだろうに。

 目の前では臓硯の命令が続いている。拘束しろだの〇せだのチ〇コをしゃぶれなど言いたい放題である。こっちにも声は聞こえているのだが、そこまでは臓硯は考えが及んでいないのだろう。何せ齢500年の耄碌ジジィ――いや、ここではババァか――だ。

 士郎にはアサシンの思考が手に取る様に分かってしまっていた。責務と現実。本心に従えずに苦悩してしまう様は、仕える者としての悲しき性か。

 

『今ならばセイバーも執行者もおらぬ。小僧1人なら容易かろう』

「ですが魔術師殿、流石に現状は――――」

『ヤれ、と言った。従えぬと言うのか?』

「そ、聡明なご判断を! 身体だけでご容赦を!」

『ほう……儂に進言をするというか。……つまりは、』

 

 

 

『主が、今宵もこの身体を慰めてくれるのか?』

 

 

 

「……うぉぉおおお! ごめんなさい!」

「うぉっ!?」

 

 アサシンが腕を解放する。自分の背丈以上の長さの腕。禍々しい黒色の魔力が噴き出る。

 だがそれは、宝具開放の為ではない。

 

「ガッ!」

 

 咄嗟に楯にした虎竹刀は容易く破壊される。伸ばされた腕に首を掴まれ、士郎の身体は壁に押さえつけられた。

 幾ら直接戦闘の能力が低いクラスあっても、彼は英霊にまで上り詰めたサーヴァントである。ただの魔術師程度なら、組み伏せることくらい難しい話ではない。

 

『いいぞ! ヤれ!』

「……申し訳ございません、魔術師殿」

「謝るくらいならやるな!」

 

 叫びつつ冷静に思考する。

 部屋は密室。加えて防音。叫んだところで助けは来ない。

 自身は裸。虎竹刀は破壊された。得物は無し。首を掴まれ壁に押さえつけられている状態。力任せには外れない。

 相手に目的は、殺す事ではない。どれだけ抵抗しようとも殺されることは無い。

 だが身体能力の差は歴然。投影魔術で対抗しようにも、得物を振るえなければ意味は無く、射出するには時間が無さすぎる。

 

「くそっ……」

 

 第三者の介入は望めない。先ほどの魔力で察する可能性はあるが、それを望むには確率が乏しい。

 そこまでを士郎は思考すると、壁に手を当て魔力を流した。

 

「強化、開始」

 

 詠唱に割く時間は最短。扱う魔術は強化。だが目的は強化ではない。

 基本骨子の解明、構成材質の解明、基本骨子の変更、構成物質の補強。

 それらをすっ飛ばして結果を得ようとする。

 

「なっ!?」

 

 ピシっ、と。壁に罅が入る。流入された魔力は容易く矛盾を生み出し、正反対の結果を出す。

 強化の失敗。すなわち、魔力の暴走による、壁の破壊。

 在り方を失った壁は崩れ去り、士郎の背後に大きな穴が開いた。

 

「――――っ!」

 

 バランスを崩したアサシンの力に逆らわず、士郎は彼の腕を引いた。アサシンは踏みとどまるも、腕の長さが災いして士郎の身体は廊下へと出る。

 咄嗟にアサシンは士郎の口を塞いだ。助けを呼ばれるのを防ぐためだった。この期に及んで彼は臓硯の命令をこなす事を第一優先として考えていた。まだ失敗が濃厚なだけで、決定的に失敗したわけではない。彼を突き動かすはサーヴァントとしての使命。或いは、それほどまでに夜の相手をするのが嫌なのか。きっと仮面の下は涙で濡れているに違いない。

 ……だが、

 

 

 

「――――ひっ」

 

 

 

 この家には、

 

 

 

「……おや、奇遇ですね」

 

 

 

 封印指定執行者が、

 

 

 

「あら、マキリのアサシンじゃない」

 

 

 

 狂戦士を手懐ける白い妖精が、

 

 

 

「……10分の9殺し、かしら」

 

 

 

 アベレージ・ワンの魔術属性持ちが、

 

 

 

「シロウから離れろ」

 

 

 

 最優のサーヴァントが、

 

 

 

「あらぁ、アサシンさん?」

 

 

 

 そして間桐家ヒエラルキーのトップが、

 

 

 

「お昼の折檻じゃ足りなかったようですね。……じゃあ、3倍にしましょうか」

 

 

 

 いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後の事はあまり思い出したくない。

 逃げ道を塞ぐ高速の拳。針金の鳥によるレーザー光線。合間を縫う様にして飛び交う多様な宝石魔術。冴えわたる剣技。全てを飲み込まんとする漆黒の影。そして逃げ切れず吹き飛ばされる暗殺者。破壊される家。

 士郎は思った。

 あははー、新手の体験型アトラクションかな、これ?

 拳に滅多打ちにされる暗殺者。レーザー光線に弾き飛ばされる暗殺者。宝石魔術で吹き飛ぶ暗殺者。剣の面部分で打ち据えられる暗殺者。そして影に飲み込まれる暗殺者。最早ボロ雑巾と言っても差し支えはあるまい。

 いそいそと彼女たちの後ろで服を着ながら、目の前で繰り広げられる非現実の光景に、士郎の頭は軽くトリップしていた。

 

「制圧完了です」

「さ、ここからが本番ね」

「拷問は不得手ですが……まぁ、殺さなければ良いでしょう」

「あ、桜。言っておくけど、今回使用した宝石や家の修繕額は、全額間桐家請求よ」

「分かっています。てことで、お婆様。今から皆で向かいます。逃げようとしても無駄ですよ。手を煩わせないで下さいね?」

 

 幾ら暗殺者のサーヴァントとして俊敏に優れていても、狭い家屋内で彼女たちを相手取るのは無理である。

 容易く組み伏せられると、ドナドナよろしくアサシンは引き摺られていった。これから臓硯共々どんな目に遭うのか……は考えたくもない。どんな理由があるにせよ襲ってきたのは事実だ。その報いは、避けられない。

 

 

 

 士郎はくたびれた頭の疲れた思考で自室へと戻った。すでに部屋には布団が敷かれている。用意万全な事である。

 そのまま導かれるように布団にダイブし、もぞもぞと姿勢を直す。アサシンに始まりアサシンに終わった今日一日。もう何も思考したくなかった。

 今日はもう寝よう。後は明日考えよう。

 現実逃避を決め込むと士郎はそのまま瞼を閉じる。微睡みはすぐに訪れ、思考が睡魔に絡めとられた。

 

 ヴー、ヴー、

 

「……誰だ?」

 

 微睡みに割り込んできた無粋な機械音。それは暫く待っても消えやしない。

 士郎は残った気力を振り絞ってスマホに手を伸ばす。画面には電話番号のみの表示。登録外からの電話だ。

 

「もしもし?」

「……衛宮士郎、だな」

 

 低い、不機嫌そうな声。

 その声に眠気は吹き飛んだ。

 あれだけ微睡んで、疲れ果てた頭が、急速に回転を始めた。

 

「アーチャー!?」

「声がでかい。叫ばなくても聞こえる」

 

 小馬鹿にするような語調。相変わらずの様子である。向こうとしては決して望んで電話を掛けたわけでは無いらしい。厭味ったらしい言葉だった。

 ――――上等だ。

 あれだけ日中会おうと探した相手だと言うのに、相変わらずの言い方に瞬間的に頭に血が上る。イカンイカン、と慌てて深呼吸を士郎は挟んだ。どうにも未来の自分と話をする時は、頭に血が上って仕方が無い。

 

「落ち着いたか、未熟者」

「おかげさまでな」

「ならいい」

「こんな時間に何の用だ?」

 

 時刻は21:00を回っている。夜遅く、と言うには早いが、電話をかけてくるにはやや遅い時間帯だ。

 

「もしも貴様が『衛宮士郎』ならば……あの場所で待つ」

「はぁ? あの場所?」

「全ての決着がついた場所だ。今すぐ、来い」

 

 一方的な宣言。訊き返す間もなく電話を切られる。後に残ったのは無機質な機械音のみ。

 全ての決着がついた場所?

 言われた言葉を脳内で反芻する。場所は大凡の検討が付くが、その真意は何も分からない。……だが、向こうも急いでいるのは間違いない。

 

「くそっ、世話の焼ける……」

 

 ぶつくさと文句を零しつつ、士郎はすぐに土蔵から自転車1号を引っ張り出してきた。今から指定の場所へ行くのであれば、交通機関は使えない。自転車を使うのが最速だ。

 士郎はアーチャーを疑っていない。確かに性格に問題はあるが、それは自分を含む、合わない相手のみ。嫌い合っているからこそ分かる。あのガングロ白髪皮肉野郎は、決して嫌がらせの為だけに電話をかけてくるような輩では無いのだ。

 

「ライダー、ちょっと出かけてくる」

 

 居間でノビているライダーに声を掛ける……が起きる気配はない。

 仕方ないので書置きだけ残すと、士郎は衛宮邸を出た。

 

 

 

 全ての決着がついた場所。

 即ち、柳洞寺へ。

 

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)

 現実逃避を決め込むと士郎はそのまま瞼を閉じる。微睡みはすぐに訪れ、思考が睡魔に絡めとられた。
 
 ヴー、ヴー、
 
「……誰だ?」
 
 微睡みに割り込んできた無粋な機械音。それは暫く待っても消えやしない。

 取る
⇒取らない

「……うるせぇな」

 士郎は布団を頭まで被り、強制的に振動を意識から除外した。
 多少の興奮はすぐに収まり、そのまま意識は睡魔に絡めとられる。微睡みから、深い眠りへ。今度こそ士郎の意識は、彼だけの世界へと落ちて行く……

 ヴー、ヴー
 ヴー、ヴー
 ヴー、ヴー
 ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー、ヴー



「誰だよホントにしつけぇな!?」
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