こんなふぇいとはいやだ   作:くまー

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他に書いている二次創作がシリアス一辺倒になりつつあるせいか、こっちにまで影響が出てきおった。
脳みそ壊れちゃう。


はち

 深紅の魔槍。

 名を、ゲイ・ボルク。

 だが目前で振るわれるソレは、士郎の記憶にあるものとは別種だ。よく似ているが、士郎の知るものよりも古いだろうか。何れにせよ別種のものであるのは間違いない。自身の能力故か。士郎は彼女の魔槍が、士郎の知るランサーの得物とは違う事を看破していた。

 

 だが、それがどうした。

 

 7回。

 これは士郎の夫婦剣が弾き飛ばされた回数だ。

 大雨の中。決して広いとは言えない冬木大橋の歩道。相手の動きに全集中しても、どうにか傷を負わない様に立ち回るのが精いっぱい。……いや、それすらも加減された上での行為だ。

 士郎がギリギリ反応できるレベルでの戦闘――いや、お遊び。戯れ。

 彼女が本気ならば、士郎はとうの昔に地に伏せ、息絶えている。

 

「チィィィィ」

 

 8回目。

 また夫婦剣を弾かれる。力量差は勿論、敵わないのは明らかだ。だが戦意を緩めれば、殺される。

 ほら、次は首を斬るぞ。

 ほら、次は腹を突くぞ。

 ほら、次は頭を割るぞ。

 教える様に飛ばされる気配に必死に反応する。反応が刹那でも遅れれば、死が口を開けて士郎を飲み込む。

 

「クソ……ッ!」

 

 愚痴の一つも零したくなる。防戦一方。だがいつまでもはこの状況は続かない。いずれは反応が遅れ、致命的な一撃を喰らうだろう。そうなれば終わりだ。

 なら、

 

「ッ!」

 

 また気配。だが、今度はその一撃を、防ぐのではなく、流す。勢いを殺さずに、刃先の上を滑らせる。

 相手が加減していて、戯れ代わりに直前に教えてくれてるからこそできた、おそらくは一回だけの芸当。

 ――――攻勢に転じるのなら今しか無い。

 この機を逃せば永久に来まい。千載一遇のチャンス。士郎は一歩相手に向けて踏み込んだ。

 

 

 

「ほう、漸くか」

 

 

 

 士郎の判断は間違いじゃない。だが、相手の方が数段上手だった。

 また夫婦剣が弾かれる。もう手元には無い。投影をする魔力は残っているが、相手がそれを許さないだろう。

 失敗だ。チャンスと思ったのは、罠。誘い込まれただけだ。……いや、そんな考えすらも烏滸がましい。士郎がどんな手を打ったところで、相手は対処できる。それだけだ。

 スローモーションになる世界。引き延ばされた時間の中で、士郎は自身の失敗の理解と、死を覚悟した。……打つ手は、無い。もう、無い。

 ――――そんなわけがあるか!

 士郎は己を奮い立たせると、両手に魔力を集中する。諦めては死ぬだけだ。例えそれが意味を為さない行為であっても、傍から見ればみっともなくとも。だからといって抗わない理由にはならない――――っ!

 

「お、おお、おおおおおおおおっ!!!」

 

 込めろ、魔力を。振るえ、剣を。まだ折れるな。諦めるな。みっともなくとも、足掻け。

 士郎は直感に従って体勢を傾けた。寸前まで自身の頭があったところを、槍の柄が通り抜ける。2槍目。こちらも深紅の魔槍。どうやら相手は、2本の魔槍を扱うらしい。

 女性は士郎が2槍目を避けた事に、一瞬だが顔を硬直させた。初めて見る明確な隙。付け込むなら今しか無い。士郎はその体勢のまま、残りの距離を潰す。

 

「……佳いぞ」

 

 一歩。

 潰したのはたった一歩。

 潰せたのはたった一歩。

 幾つ命があっても足りない。

 その一歩を潰した時には、既に相手は体勢を整え終わっていた。

 

「――――ッ!」

 

 声を上げることも出来ない。敵わない。改めて突き付けられた現実。

 首の根。その骨を砕くでも無く、斬るのでも無く、しかし身体の自由が利かなくなる程度に叩かれる。

 ……抵抗はこれでお終い。

 

「今のは佳かった。死地でこそ本当の自分が見えるものだ。……お前は、掴み取ったのだ。ふふっ、そうでなくてはな」

 

 ふわりと。柔らかなものに包まれる。暖かく、ひどく良い匂いがした。

 一瞬飛んだ意識。その空白から明けても、身体は自由を取り戻せない。先ほどの首の根への衝撃で、一時的にマヒしているのは間違いない。情けなく、士郎は目前のものに身体を預ける。

 

「今は眠れ。鍛えれば強くもなろう。その後は……おっと、ふふっ」

 

 じゅるりと。嫌な音を士郎は聞いた。

 これで士郎の抵抗は終わり。

 自由にならない身体。

 せめても意識がトばない様に耐えることしかできない。

 

「ちょっとぉ?」

 

 ……だが、

 

「そこのおばさん。なぁに人の士郎君を抱きしめているのよ」

 

 まだ最悪は始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ こんなふぇいとはいやだ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったい何が起きているのか。

 抱きしめられ、視界を閉ざされている士郎に分からない。

 分からないが、とりあえず誰かが来たのは間違いない。

 ……そしてその誰かが、純粋に歓迎の出来る案件ではない事も、士郎は察した。

 

「……一応、聞いておこうか。死ぬか? 死ぬな。いや、死ね」

「はぁ? それ私の台詞なんだけど。びしょ濡れの私の士郎君を抱えてどこに行くつもり?」

「お前如きに言う必要があるか?」

「いや、アンタが何処に行くのかは別に知りたくも無いわ。私の士郎君を何処へ拉致しようとしているのよ」

「女と男。何処へ行こうと、ヤる事は一つだと思うが?」

「ふーん。そう。ふーん。……醜女が随分と舐め腐った事言ってくれるわね」

 

 士郎は恐ろしいと思った。恐ろしい以外の感想が出てこなかった。吹き出る威圧は士郎に向けられているわけでもない。にも関わらず、その余波だけで士郎は震えあがりそうなほどの恐怖を抱いた。

 そして。自分が動けぬ状態で良かったとも思った。下手に動いていたら……多分もう、死んでいる。

 

「これからコイツは私好みに鍛え上げる。お前如きには渡せん」

「はぁ? 何それ? ……え、もしかして光源氏計画でもやろうっての? 腐ってんの?」

「自分の好みの色に染め上げる。その快感が分からぬ小娘に、コイツは勿体ない」

「ババァが色めき立っているのって気持ち悪いわね。外見だけ若く取り繕ったって、張りと毛穴は隠せてないわよ」

「……ほう?」

 

 怒気とか、魔力とか、妖気とか、そう言った諸々が膨れ上がっている。その渦中にいる士郎は酷く気分が悪かった。常人ならば1秒を待たずして発狂するであろう。……これで気分が悪い程度で済んでいる辺り、士郎も充分に人外の素質があると言えよう。悪い意味で。

 

「貴様如き相手にするのも勿体ないが……少し、躾が必要なようだ」

 

 ゆっくりと、優しく。士郎は地面に下ろされた。橋の欄干に背を預ける様に、座らせられる。

 

「少し待っていろ。あのガキを躾けてくる」

「士郎君、ちょっとだけ待っててね。そこのそれ、すぐぶった斬るから」

 

 ぼぅっとする意識の中で。士郎は漸く相手を見た。

 蒼天を思わせる眼。4本の太刀。和服姿のサーヴァント。

 アサシン――――宮本武蔵だ。

 

「来い、小娘」

 

 対して槍使いの女性は、口調こそ軽いが士郎と対峙した時の様な隙は無い。武蔵を敵と見ているのは事実だ。これから起こるのは紛れも無い殺し合いになる。だがどちらが勝利したとしても……士郎は自身にとって良い方向へ進むとは思えなかった。

 逃げるか?

 脳裏を過った考えを、しかしすぐに士郎は否定した。今2人は互いを標的としている。なのにここで無暗に動いて、自身に注目を集めるのは下策だ。

 仮に逃げるとするならば、2人の意識が完全に士郎から外れてから。

 だがそれは、望みが薄いと言わざるを得ない。

 

「……っ」

 

 今の士郎は身体がマヒしている状態だ。先ほどの首への鋭い一撃で、士郎は自身の身体の自由が利かなくなっていた。鋭い衝撃故に、感覚がトンでいる。這って動くこともままならない状態で、どうやって逃げれば良いのか。2人の決着が済むまでに回復できれば別だが……それを期待するのは間違っていよう。

 士郎は魔術回路を鎮めず、励起させ続ける。何かあった時の為に、魔術だけでも使えるようにするためだ。

 2人は対峙したまま動いていない。先日のライダーとの戦闘を思えば、静かすぎる対峙。だが士郎は分かっている。動いていないだけで、互いに何手も先まで読み合っている事を。

 

 そしてその時は、唐突に訪れる。

 

 バスが通った。定期便だろう。当然、運転手は歩道に気を払う事も無くバスは通り過ぎる。通り過ぎた事で、僅かに足場が揺れた。

 先に仕掛けたのは武蔵だった。

 一瞬で距離を潰す。太刀が、彼女の細腕から不釣り合いなほどの豪速で襲い掛かる。

 しかして相手も人外。手にした魔槍で、受けるのではなく、流す。静かに、そしてしなやかに。見惚れる様な槍捌き。それは士郎が知るランサーの技とは、別種のものだった。

 だがそれすらも分かっていたかのように。武蔵は流された体勢のまま真横に斬りかかる。橋の欄干に足を当て、そこを重心としての一撃。天性のボディバランスだ。……しかしてそれも、流される。流され、さらには神速の蹴りが入る。

 

「っ」

 

 パシッ。当たる直前に、武蔵は空いている方の手を差し込んだ。差し込んで、勢いに合わせて跳ぶ。衝撃を受け流す様に、高く、高く。

 そこに追撃の槍が襲い来る。投擲。しかも2連。武蔵からすれば、重なり合って1つにしか見えないであろう絶妙な投擲。しかしそれが分かっていたかのように、両槍を最低限の動きだけで躱した。そして着地。壁に着地し、一瞬の停滞の後に弾丸めいた速度で襲い掛かる。真っすぐ行って、ぶった斬る。最短距離を一直線に。

 苛烈にして流麗。

 派手ではあるが粗野ではない。

 襲撃も迎撃も。両者の動きは、まるでこうなることが分かっていたかのような、流れるような運び具合だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……次元が違う。辛うじて目で追いながら、士郎はそう思った。あれと対峙しようと考えるなんて傲慢にも程がある、とも。

 少しばかり自由が戻った右腕で、士郎はゆっくりと後ずさる。あの戦闘に巻き込まれれば死ぬ。無論、2人は士郎を巻き込まない様に立ち回っているが、それを士郎が知る由も無い。

 

「っ!」

「フッ!」

 

 互いの刃先が擦れ合う。一瞬にも満たない刹那の擦過音。それが膠着することなく連続で鳴り続ける。

 交錯する死線。空気が斬られる。一呼吸の油断も無い。

 先の武蔵の攻め立てから一転し、互いの攻防は静かでしなやかだった。とりわけ武蔵の方が静かだ。攻め立てていないわけではないが、どちらかと言えば繰り出される魔槍を受け流している場面が多い。

 2人の闘いにおいて、時代劇の様に高く響く剣戟など望むべくもない。刃先を打ち合わせれば、不利になるのは太刀だ。耐久性を犠牲に斬れ味を追求したのが太刀。仮に打ち合わせれば、今は良くとも、いずれは太刀が折れ砕かれるだろう。

 故に先を読み、流す。双方ともに理解しているからこその静かな攻防。

 それはまるで神話の再現である。吟遊詩人によって永劫語り継がれるべき争い。

 だが士郎の眼は、この場面において一つの意外な真実を目の当たりにしていた。

 

「サーヴァントじゃ……無い?」

 

 正規の聖杯戦争のマスターであったからこそ、士郎はサーヴァントのステータスを把握できる。事実、先日は武蔵のステータスを視ている。

 ところがどうだ。今目の前で槍を華麗に操っている女性からは、ステータスを視る事が叶わない。妨害されているわけでも無く、欺いているわけでも無く、無い。英霊と争うほどの技量に、規格外の魔力を持っていながら、だ。

 

「……ランサーじゃ、ないのか?」

 

 馬鹿な。士郎は目前の光景が信じられなかった。ありえないと思った。だがすぐに、そんな自身の考えを否定する。ありえない、なんてことは無い。人が空想できる全ての出来事は、起こり得る現実である。事実、条件さえそろえばサーヴァントを相手取れる生身の人間は、いる。

 なら彼女は何だ? 脳を回転させる。動けないのなら、せめて考えろ、思考しろ、絶やすな、回し続けろ。

 ランサーと同種の槍から、彼の関係者であることは間違いない。ケルト系列。バゼットと同じく、赤枝の騎士に属する者だろうか。

 いや、待て。

 ()()()()()()()()()

 

「……まさか」

 

 酷い頭痛だ。視界が歪む。行き当たった結論に、士郎は自分が考えたことながら吐き気を催した。

 だが行き当たってみれば、ここまで辻褄の合う結論も無い。何せ前例はあるのだ。寧ろその結論は自然のものと言えよう。

 ……至った結論を通して観察すれば、裏付けするかのように、似通った箇所が見えてくる。槍の取り扱い方。脚の使い方に身体捌き。いつかの夜に対峙した時を想起させられる。

 

「……っ」

 

 一方で。

 2人は無数の攻防の果てに、束の間の空白を生んでいた。雨は一層の激しさを増していたが、火照った身体を冷ますには至らない。

 双方は互いに似た表情を浮かべていた。楽しみは無い。愉悦や喜悦といったのは欠片も無い。あるのはただ一つ。忌々しさからなる、敵意。

 武蔵は太刀を振るい、向けられた視線を斬り払う。鬱陶しかった。向けられる敵意が鬱陶しかった。彼女からは敵の奥にて座り込んでいる士郎が良く見えた。苦しそうな表情の士郎が良く見えた。それだけで武蔵は、身を焦がしそうになるほどの怒りを覚えた。

 ――――忌々しい? 鬱陶しい? ……ブチ切れたいのは、此方の方だ。

 

「……士郎君にね。苦しい表情は似合わないの」

 

 唐突な発言だった。この場においては戯言にすらならない。

 だがその凛とした声に、思わず耳は聞き入った。

 

「彼は笑っているべきよ。幸せになるべき。そう言う人間」

「……」

「だからね……士郎君に苦しそうな顔をさせるアンタがとてつもなく気に入らないのよね」

 

 すぅっと。切っ先を向ける。狙うは目前にいる障害の、心臓。

 

「てことで殺すわ」

 

 暴力的とも言える魔力の膨れ上がり方だった。宣言と同時に武蔵は太刀を構えた。土砂降りの雨の中で、彼女の周りを雨が避ける――――否、消える。大気が震え、蜃気楼が如く彼女の背景が揺らいでいた。

 

「長ったらしい御高説だな」

 

 怖気を感じる様な魔力の膨れ上がり方だった。溜息と同時に女性は魔槍を構えた。土砂降りの雨の中で、彼女の周りを不自然にも風が渦巻いた。大気が震え、魔槍の先から血の様な赤さの光が迸った。

 互いの魔力がぶつかり合い、空気中のマナが揺らぐ。連れられて、士郎の魔術回路が不自然に痙攣を始める。回路を流れていた魔力が、引っ張られるように不規則になった。

 宝具の使用。

 互いに最大の奥義を以て、一撃で決めようと言うのは明白だった。

 

「う、お、おお、おおおおおっ!?」

 

 迸る魔力は周囲にも影響を及ぼす。欄干がしなり、塗装が剥がれて飛んでいく。足場である歩道に急速に罅が入り、悲鳴のような音が隙間から漏れていた。高密度の魔力は虹色と赤の光を迸らせ、ついには物理的にも破壊を生み出していた。これで宝具を打ち合えば……その結果など、想像するまでも無い。

 チィッ! 思わず士郎は舌打ちを零すと、咄嗟に自身も魔力を練り上げた。2人に宝具の打ち合いをさせてはならない。打ち合えばこの橋は崩壊するだろう。

 思い浮かべるは楯。投擲に対して特に高い防御力を発する、6枚の花弁。

 座標位置、問題無し。卓越した空間認識能力と、鍛え上げられた戦闘勘。足りないのは時間だけ。それでも士郎は、自分が行える全てを、この瞬間に費やす。

 

 

 

 かくして。

 必然的に3人は、全くの同時に溜めた魔力を解放した。

 

 

 

「伊舎那――――」

「刺し穿ち――――」

「熾天覆う――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 如何に高い防護性能を保持しようと、その真価が発揮できなければ意味は無い。士郎の魔力で、かつ時間が無い中で展開された楯は、本来の防護性能を思えば、あまりに脆いと。そう言わざるを得なかった。

 

「ガッ――――」

 

 その瞬間は光に包まれ見えなかった。だが感覚で分かる。士郎の展開した楯は破壊された。

 2枚。練り出せた最大の魔力を持って、2人の間に広げた楯。

 だがたったの2枚の花弁では、双方の攻撃を防ぎきれるはずも無かったのだ。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 宝具同士の打ち合いによる余波で、士郎は見事に吹き飛ばされていた。それでも橋から落ちなかったのは僥倖だろう。この高さから落ちれば、下が川とは言え無事には済まない。

 未だに痙攣する魔術回路に、吹き飛ばされた事で痛み付けられた身体。それらを鋼の意志で抑え込みながら、どうにか士郎は立ち上がった。

 ……目前には、崩壊した歩道。

 恐らくも何も無く、歩道は宝具の打ち合いに耐えきれなかったのだ。

 

「よっと」

 

 ……まぁ、歩道が破壊されようともサーヴァントには大して痛手にはならないのだが。

 軽快な掛け声とともに、片腕だけの力で女性が崩落跡から這い出て来た。サーヴァントと同等の力を持つ、生身の女性。五体満足。あの打ち合いにも関わらず、目立った怪我は負っていない。彼女は魔槍を納めると、改めて士郎に向き直った。

 

「先ほどの2枚の花弁……あれはお前のだな?」

「……ああ」

「何故邪魔をした?」

 

 真剣勝負だった。殺し合いだった。始まりの動機が何であれ、そこには純然たる敵意と殺意があった。

 そこに士郎は水を差すような真似をしたのだ。無粋な行動。本来であれば、両者の矛先が向いてもおかしくない。

 

 だが。

 

 女性は微笑みを浮かべていた。敵意も殺意も無い微笑み。そして声も。内容はともかくとして、責めるような響きは無かった。

 

「あの打ち合いを余波でも至近距離で喰らったら危険だからな、少しでも軽減をさせたかった」

「なら何故、私とアレの間に展開した? あの程度で宝具の打ち合いを防げるとでも考えたか?」

「……いや、そこまでは求めていなかった」

「矛盾しているな」

 

 深紅の眼が、士郎を見る。舐める様に。じっくりと。

 騙せると思うなよ。

 暗に、そう言っているのだ。

 

「……訊きたいことがある。だから、2人の間にアイアスを展開した」

 

 俺には交渉事は無理だな。士郎は交渉をすると言う行為を諦めた。あのどこぞの白髪の陰険皮肉野郎のように話を進めるのは、まだ士郎には早かった。イメージが出来なかった。

 諦めて、言葉を紡ぐ。

 

「あんだけの打ち合いになったら、無事じゃ済まないだろ。死なれたら困る」

「ほう……そこまでして訊きたい事とは何だ?」

「名前」

「名前?」

 

 士郎の発言に女性は眉根を寄せた。だがすぐに打ち消す。この言葉が、あくまでもこれからの会話の取っ掛かりでしかない事を察したからだった。

 

「それが訊きたい事か?」

「ああ。まぁ、返答次第によっては、追加で訊きたいことがある」

「返答次第では、か。……中々欲深いじゃないか」

 

 クックックッ。楽しそうに女は肩を震わせた。いや――楽しそうでは無く、事実として彼女は楽しかった。言葉を交わし、あまつさえ口ごたえをしようとする。意地を張る玩具は嫌いじゃない。

 

「誰だと思う? 当たりは付けているんだろう?」

 

 質問に質問で返す。士郎は既に、自身の正体をある程度絞り込めているのだろう、と察していた。交渉が苦手な目の前の少年を揶揄う様に、先に言うように仕向ける。

 

「……ランサー。いや、クー・フーリン」

「ほう? 何故に?」

「アンタのその槍、ゲイ・ボルグによく似ている。……受肉している理由は分からないけど、俺はそう思った」

 

 男が女になるのは、臓硯での前例がある。吐き気を催すが、まぁ、無い話ではないのだ。そしてアーチャーの、変わり果てた、との言葉。受肉の理由は分からないが、士郎はそう仮説を立てていた。

 一方で。自身がクー・フーリンであると言われたことに、女性は僅かに肩を震わせた。結論を言ってしまえば、士郎の仮説は間違っている。間違っているが、当たらずとも遠からずだった。彼の縁者である事は事実なのだ。

 名乗りもしていないのに、ここまでの時間だけでそこまでを看破した事。さらには絶妙なタイミングでの宝具の展開。戦況を見る眼は上質。神代ならいざ知らず、この時代にこの年齢でそれほどまでの実力を持ち合わせていることは異常である。玩具としては充分過ぎる程に合格だ。

 

「惜しい。だが、違う」

 

 指。細い、指。それが士郎の肌を撫でるように、這う。愛おし気に、そして獲物を見定める様に。深紅の眼が士郎を映していた。

 

「私の名は「士郎君!」……しつこい奴だ」

 

 不機嫌に顔を歪める。そして声の方へ振り向き、盛大に溜息を吐いた。そしてぼやく。風情と言うのが分からんのかあの猪は。呆れと怒りがない交ぜになり、分かりやすく渋面の表情を作った。

 果たして後ろに。武蔵はいた。彼女は実に分かりやすく怒りの空気を出していた。1人濁流の中に落ちた事。必死で戻ってきたら、愛しの士郎が口説かれていた事。あまつさえ彼の頬に指を這わせていた事。一つだけでも死刑案件だというのに、目の前の女は全部かましている。これはもう死刑じゃあ済まない。ただの死では生温い。身体の細胞一つとしてこの世界から消し飛ばさなくてはならない。それは決定事項だ。

 ハァ、と。目前の武蔵の怒気を全身で受けながら、それでも面倒くさげに女性は息を吐き出した。

 

「……スカサハ」

「へ?」

「スカサハ。私はな、お前が口にした馬鹿弟子の師匠だよ」

「スカサ、ハ?」

「後で迎えに行く」

「それは私の台詞だっ!」

 

 言葉と共に斬りかかる武蔵。

 余裕の表情で迎撃するスカサハ。

 両者の武器がぶつかり合い――――

 

 

 

『……助けてあげるわ。後は何とかしなさい』

 

 

 

 耳元で囁くように。

 キャスターの声が聞こえ。

 

 

 

 ピシッ

 

 

 

 橋が崩落を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎は知らぬことだが。冬木大橋には一ヶ所、耐久性が他と比べて脆い部分がある。

 原因はつい1週間ほど前に、イリヤとバーサーカーが暴れて壊したことによるものである。無論、壊した当人であるイリヤが魔術を用いて修理をしたが、細かい修繕までは出来ていない。日常生活を送る分で見れば崩落の危険性は低いが、この冬木市は人外が跋扈する魔境である。橋は壊れるものでは無く、壊されるものだ。

 

 

 

「うわっ、わ、わわわ――――」

 

 キャスターが何の魔術を使用したかは不明だが、この状況を引き起こしたのはキャスターだ。崩落にかこつけ、さっさと脱出しろと言う事だろう。

 だが残念ながら。士郎の反応は一歩遅れた。

 崩落する橋。既に身体は重力の鎖に捉われた。このままであれば、瓦礫と共に、雨によって増水した眼下の濁流に飲まれるだろう。打ち所が悪ければ間違いなく死ぬし、そうでなくとも濁流に飲まれて浮上できない可能性もある。士郎自身が幾ら戦闘行為に秀でていようとも、その身体は生身なのだ。

 つまるところ、落ちたら高確率で死ぬ。

 

「掴まれ!」

 

 声の方向に目を向けると、女性――スカサハが士郎に向けて手を伸ばしていた。必死の形相だった。士郎を救おうとしているのは間違いない。

 だが、距離が足りない。

 伸ばされた手を掴むよりも先に、姿が遠のいた。届かないことは明白だ。

 

「クッ、ソ、が――――ッ!」

 

 悪態を零しつつ、士郎は魔力を練り上げた。今までの経験、知っている武器。使えるもの全てを総動員して、手を模索する。何かをするには遅い。だが何もしなければ、待っているのは死だ。物理的なダメージの軽減。アイアスを展開するか? いや、時間が足りない。ならば剣を空中に固定化させて、衝撃を緩和させ――――

 

「士郎君っ!」

 

 声。自分を呼ぶ声。

 そして柔らかく、温かな何かに包まれる。芳しい香り。

 

「ごめんっ! でも、絶対助けるからっ!」

 

 武蔵だ。武蔵が士郎に抱き着いていた。いや、抱きしめていた。そして自身が衝撃からのクッション代わりになる様にと、身を下にする。

 咄嗟に士郎は、刃先を潰した張りぼての剣を落下先に投影し、固定化させた。耐久性は下げ、壊れたらすぐにマナに還元される様にと、あくまでも衝撃の緩和だけを目的とした投影。思考も仮説もすっ飛ばし、直感に従って士郎は行動していた。卓越した空間認識能力故に為せる技だった。

 ――――だが武蔵は、士郎の想像の先を行く。

 

「っらぁ!」

 

 呪文、魔力、そして背中の衝撃。武蔵は士郎の意図を看破したのだろう。自身にしか分からない、時間が永劫に引き延ばされるような感覚を掴むと、最小の動きで武蔵は次の行動を完了した。

 剣を抜き、振り下ろす。

 如何に人の身の形をしようとも、彼女はサーヴァント。その一振りは、充分な衝撃を有する。

 士郎は一瞬だが見た。振り下ろされたその剣圧で、川が爆ぜた事を。

 そして爆ぜた事で剥き出しになった瓦礫の山に着地すると、濁流に飲まれる前に再跳躍。間一髪のところで武蔵と士郎は窮地を脱出した。

 

 

 

 士郎が覚えているのはここまで。

 無茶な投影。過度の緊張。そして連日の精神的疲労からか。

 窮地を脱出した後の事は朧気だ。

 

 

 

 だから。

 

 

 

「待てええぇぇえええええええ!!!」

「誰が待つかああぁぁあああああ!!!」

 

 

 

 目を覚ましたにもかかわらず。

 武蔵に横抱きにされながら、スカサハに追われているこの状況は。

 きっと夢なのだろう。

 

 

 




おまけ(と言う名のNGルート)


「う、お、おお、おおおおおっ!?」
 
 迸る魔力は周囲にも影響を及ぼす。欄干がしなり、塗装が剥がれて飛んでいく。足場である歩道に急速に罅が入り、悲鳴のような音が隙間から漏れていた。高密度の魔力は虹色と赤の光を迸らせ、ついには物理的にも破壊を生み出していた。これで宝具を打ち合えば……その結果など、想像するまでも無い。

 アイアスを2人の間に投影する
⇒アイアスを自分の前に投影する

 チィッ! 思わず士郎は舌打ちを零すと、咄嗟に自身も魔力を練り上げた。この至近距離で余波とはいえ受ければひとたまりも無い。
 思い浮かべるは楯。投擲に対して特に高い防御力を発する、6枚の花弁。
 座標位置、問題無し。卓越した空間認識能力と、鍛え上げられた戦闘勘。足りないのは時間だけ。それでも士郎は、自分が行える全てを、この瞬間に費やす。

 中略

 ……目前には、崩壊した歩道。
 恐らくも何も無く、歩道は宝具の打ち合いに耐えきれなかったのだ。
 
「……ふぅ」

 疲労の濃い息を吐き出しながら土煙の中から女性が現れる。宝具の打ち合いによるせいか。先ほどまでの余裕は無く、獰猛な獣の様な荒々しい眼が士郎を捉える。

「おい」
「……なん「犯らせろ」……ハァ!?」
「いいか。お前の意見は訊いていない。癒しと魔力が必要だ。犯らせろ。今すぐだ。脱げ。いや、いい、剥ぎ取る」
「うわっ、おい、やめ――――」
「抵抗してもいいぞ。もしかして初めてか? ふふっ、安心しろ、すぐに病みつきになる」
「い、いや……」
「ハハッ、良いものを持っているじゃないか。どれどれ……」
「うっ……やめ……」



「し、士郎君になにヤッてんのよ、おばさん!!!」
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