正体不明のシンフォギアを纏った少女の出現から一週間が経った。
あれ以来、少女レーナからの干渉は一度たりとてない。シンフォギアを纏った形跡も確認されていないため、その足取りはもはや掴むことなど出来なくなっていると言っても過言では無かった。
しかし、何かをしてくる可能性は常にある。そんな不安が残る中、補給の為に浮上していた二課本部は護衛としてガングニールの装者立花響を伴って、比較的隊員の配備が少ない自衛隊傘下の補給基地――二課の特性上の露出を恐れた為の配慮――へと訪れていた。
風に吹かれるなか、夕焼けを眺めながら響は物思いにふけっていた。考えることはそれはそれでいろいろとあったが、特に己を襲撃した少女についてやその時の状況についてのことがほとんどだった。
理由は分からない。
だけど、どうしてか彼女と相対した時の違和感が、強制されるように自然と動いた己の身体が信じられなかった。人を助けるための力を、自発的に人に向けてしまったことが恐ろしかった。
「響くん、あの少女のことについて考えているのか?」
「師匠⋯⋯」
潜水艇の出入口から現れた赤いシャツの筋骨隆々の男
この少女は太陽のような少女だが、しかして底抜けに明るいだとか悩むことがないだとかそういうわけじゃない。彼女も一人の少女でしかないのだ。年相応に悩むし、彼女にしか分からない苦しみを抱くことだってある。
そういう子供の背中を押してやることこそが自分達大人の役目だと、少なくとも彼はそう考えている。
「レーナちゃんは、自分の意思で人にチカラを向けていました。だけど私、レーナちゃん自身がしたくてしてるわけじゃないんじゃないかなって、思うんです」
「ほう⋯⋯」
「自分でも変なこと言ってるってわかってますし、信じてもらえるか分からないですけど、レーナちゃんの拳を受けた時に違和感を感じちゃって⋯⋯」
「拳を受けて⋯⋯か」
そう言う響の眼からは嘘偽りといったものは微塵も見受けられなかった。つまりは、本当にそのような違和感を感じたということだろう。疑うつもりなどハナから存在しないが、それが事実であるならば、まだ
故にこそ、かける言葉は一つだけ。
「それなら、もう一度拳を交えてみれば良いさ。その上で、彼女の手を響くんの手で握ってやれば良い」
「⋯⋯手を、握る⋯⋯」
己の手を見つめる響の姿。その小さな後ろ姿からは、何らかの決意が感じられた。
「⋯⋯師匠、私、頑張りますッ!」
「おう」
意気込みをあらわにする響を見て、満足気に頷いた弦十郎が持ち場に戻ろうと踵を返したその時のことである。
「───好き勝手言ってくれるな、貴様ら」
「⋯⋯レーナちゃん⋯⋯!」
透き通るような、それでいて鼓膜を掴んで離さないような魔性の声が響き渡る。
そこにいたのは、件の少女ことレーナ・アーレ=アフティオ。腕を組み不遜な雰囲気で二人を見下ろしている。その顔には隠そうともしない嫌悪の色が現れていた。
「この我の意思に何者かが介在していると、そう申すか? 馬鹿も休み休み申せ、戯けめが! 我が意思に、他の何者かが介在する余地などありはしないッ!」
「⋯⋯だとしても、私はレーナちゃんと戦いたくないよ」
その訴えは、レーナの神経を逆撫でする。本気で立花響を倒さんとしている自分と、彼女との温度差が、どうにも気に入らない。
彼女は、顔に更なる怒りを浮かべて高台から飛び降りた。その手には赤い結晶のようなペンダント、シンフォギアが。
「なら何もしないで屍と果てろ! ガングニールッ!!」
「レーナちゃん!!」
レーナの闘争心に呼応して、響も胸のシンフォギアを握る。
彼女に、ひいては人に拳を振るうことには確かに抵抗がある。それでも、彼女の手を握るためには彼女を打ち負かす他にないと、そう確信してもいる。
「────fragarach tron」
「────gungnir tron」
二人を光が包み込み、そして二つの拳がぶつかり合った。
▽
「思ったよりもやりよる!」
「レーナちゃん、こそッ!!」
想定外だ。
よもや、ただの小娘だと思っていた立花響が、これほどまでに我に食いついてくるなどとは⋯⋯。この前戦った時は欠片も強さを感じなかったが、何か心境に変化があったか。何はともあれ、出力は互角か向こうの方が高く、技量は若干此方側、経験は断然我に分がある。しかして油断は出来ぬ。これ以上此奴が強くなる前に仕留めねばなるまい。
「余程の転機であったと見える。だが、勝つのは我だ」
それにしても、この高揚感は何だ?
初めてのものだ。拳を交わす度に、立花響の想いがこちらに流れ込んでくるような感覚。此奴は、本当に我を止めようとだけしているらしい。その為には、我に拳を振るうことも厭わないと。
⋯⋯面白い。不愉快だが、そのやる気だけは悪くない。
「くくく、くははははっ!!」
「⋯⋯ッ!!」
何がなんだかわからないが、どうだって良い。
我は、貴様を殺すだけのこと。だが、その信念は折り甲斐がある。
────尚のこと貴様を打ち破りたくなったぞ、立花響ィ!!
「絶対に、貴様を、倒すッ!!」
ガントレットをコッキング。後ろに引いて、一撃を装填。
これを受けても立っていられるのであれば、それは、立花響という小娘がガングニールを纏う戦士として相応しいということ。そして、我の相手にとって不足がないという事だ。
「くらえ!! ガングニールッ!!」
「ッ!!」
大気を引き裂く拳を、ガングニールは拳の一撃で防いでみせた。
⋯⋯それでこそ、我が宿敵の槍を使う者。愉快。実に愉快だ。
ガングニール、絶対に貴様を仕留めさせて
「────聞いて! 私は、貴様でも戯けでもない! 立花響ッ!」
「⋯⋯ッ!?」
何故この期に及んで名乗った。訳が分からぬ。此奴、ふざけておるのか?水を差すつもりか、戯けが。下らぬことを。
「歳は十五ッ! 誕生日は九月の十三日で、もうすぐ十六になる! 私の友達が誕生日会を開いてくれるって言ってたから、予定空いてたらレーナちゃんにも来て欲しいッ!! で、血液型はO型ッ! 趣味は人助け、好きなものはごはん&ごはんッ! 後、私はガングニールじゃないッ!」
「⋯⋯はぁ⋯⋯?」
此奴、一体何を⋯⋯なんの意図があって、そのような迷い言を⋯⋯?
「────私はガングニールのシンフォギア装者、
「ぐぁっ!?」
くそ、なんなのだ此奴は⋯⋯!?全くもって訳が分からぬ!
そも、どうして、この我が押されているッ!?何故何故何故何故何故何故ッ!?何故、こんなやつ如きに、ガングニール如きに我が押し負けているのだッ!?
「図に乗るでないッ! この、戯けがァッ!!」
「はぁあ!!」
いい加減、付き合い切れぬ。さっさと終わらせてもらう。耳を傾けた我が馬鹿であった。
突き出した拳に、全力を。貴様を、屠りえる一撃を込めるッ!!これ以上、下らぬ問答で興を殺いでくれるな!
「殴、穿ッ!!」
「はっ!!」
――アンサー:Ver.2――
ぶつかり合う拳。だが、我の一撃はそれだけに非ず。
この一撃は、一度だけでは終わらぬ!
「悪く思うなよ、ガングニールッ!!」
「け、剣!?」
ガントレットから六本の刃を形成。これは、必要無しと圧し折ったフラガラッハの
確かに汚いとは思う。だがしかし、勝つ為に、手段を選ぶなどという甘い考えは捨てたのだ。不完全燃焼の感じは否めないが、計画遂行の為には致し方なし。
立花響の首へと吸い込まれるかのように突き出される刃。
殺った。そんな確信を抱く。
「────ふッ!!」
「な⋯⋯っ!?」
唐突に目の前に現れた男は、掌底で以て巻き起こした風でその刃を砕く。そして、勢いを殺された我が拳は、男の手の平に収まった。
「化け物か、貴様⋯⋯!!」
「そんなことは無い! 映画を観て精一杯に鍛錬をすれば、力は手に入るッ!!」
そんなはずないだろう!
何故、映画を観て鍛錬をするだけで、生身の人間がシンフォギアの攻撃を防げるというのか!そんなこと、ありえないッ!!ありえていいわけが。
「何かがありえないということこそ、ありえるものかよッ!!」
「うぁっ!?」
なぜ、掠っただけでシンフォギアの装甲にヒビが入る。正真正銘の化け物か、この男。
⋯⋯これ以上は拙い。この男、想像以上に強いぞ。明らかな手加減をされてこれか。確実に、今後の大きな障害になり得るだろう。
今日のところは退くべきか⋯⋯。
「逃しはしない!」
「くっ!」
考えている暇はない。こんなところで終わるわけにはいかぬのだ。
懐から取り出した錬金術由来の転移結晶を地面に叩きつけ、その場から離脱を図る。
我の足元に陣が浮かび上がっても尚、男の掌底は止まる気配を見せない。痛みに備えて咄嗟に目を瞑ってしまう。
こんなところで、終わるのか?我の大願が、このようなところで?
⋯⋯そんな────
▽
「⋯⋯うっ⋯⋯!?」
だが、痛みが襲ってくることは無かった。
恐る恐る目を開けば、そこは隠れ家として取っておいたホテルの一室。
動悸が、治まらない。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯っ」
⋯⋯離脱成功、か。未だに生きた心地がしないな。
シンフォギアが解除されると共に、どっと溢れ出した汗を煩わしく思いながら、隠れ家の床に寝転がる。ひやりとした冷たさすらも、今は余計だった。
「計画を、練り直す必要がある」
まずは、立花響の周りからだ。流石の我も、
⋯⋯そうだな、一先ずは
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