『■■■。貴女は、神殺しの獣を背負うのよ』
押し付けるな。我に、その獣を押し付けないでくれ。
我は、ただあなた達の⋯⋯。
『お前は、父さん達を恨むかもしれない。だけど、忘れないでくれ。その力の、使い方を』
なんで、なんで、それだけしか与えてくれないのだ。我に何をしろと、我に何を背負えと言う?
⋯⋯恨みたくなんてない!だけど、何にも教えてくれないから、分からない!
分からないのだ。我が存在する意味も、あなた達が我に何を託したのかも。せめて手がかりになり得るものだけでも欲しい。じゃなきゃ、苛立つことしか出来ない⋯⋯!
⋯⋯お願い、だから。
『『私たちからのお前への“愛”は、本物だ。これだけは分かってくれ』』
それなら、行かないで。お願いだから行かないでくれ、『父さん』、『母さん』⋯⋯。
我を、こんなところに置いていかないで⋯⋯!!
▽
「⋯⋯ター⋯⋯マスタ⋯⋯起きてください、マスター」
「⋯⋯ん⋯⋯んゆ⋯⋯?」
電灯の光が瞼越しに目を刺激する。眩しい。
開いた目に映ったのは、人間離れした見た目の女型。我が臣下の自動人形であるセシリア・トランクィッロ。
ソファの上で上体を起こして状況を確認する。起きたせいでかけられていた毛布が落ちたが、気にすることなどない。強いて言えば、開け放たれた窓から吹き込む風が、素肌に少し寒い事くらいか。身体中に珠のように丸く浮かぶ酷い汗もそれを助長している。
二時間くらい、眠っていたか。時計を見やれば、針は午前五時を指している。夏とはいえ、明け方の風はやはり少し冷たい。
幸いなことに、かけられた毛布のお陰で風邪をひくことは無いだろう。布団をセシリアに渡してソファから起き上がる。
「いい加減、寝る時はせめて下着くらい付けてください。全裸で居るのは良くないと⋯⋯」
「⋯⋯嫌だな」
「マスター⋯⋯?」
普段なら、臣下からの執拗い苦言に憤りもするが、今日はそんな気分じゃなかった。
そんな心配そうな顔をするな。我はどこも悪くなどない。どこも、問題などないのだから。
「また、ご両親の夢を?」
「⋯⋯!」
「⋯⋯まずは涙をお拭きくださいませ」
差し出されたタオルを引っつかむように受け取る。強く顔を拭った。
涙など⋯⋯涙など流すわけには⋯⋯。
「⋯⋯やはりこの計画、お辞めになった方が良いので「それ以上は申すな。貴様とて許さぬぞ、セシリア」⋯⋯申し訳ございませんマスター」
「⋯⋯分かれば良い、分かれば良いのだ」
ここまで来て、止まれるわけがない。
我らが歩むは、引き返すことなど到底出来ぬ世界への反逆の道。
『覇道』なのだから。
▽
「さて、セシリア。言い渡しておいた件、終わっておろうな?」
「しかと。小日向未来の身辺について及び、彼女が一人になる時間帯など全て把握して参りました」
頬が吊り上がるのを感じる。それは僥倖。
小日向未来を把握し、掌握すれば立花響を落とすことも容易いだろう。
「小日向未来を殺しますか?」
「戯け。そのような事せぬわ。何故、我が
「そうですね。その厳かなる意志に、感服致します」
「世辞は良い。出掛ける支度を頼む」
⋯⋯流石に、戦いに関係の無い人間を傷付けることはしない。彼女も、後の我が世の民となるのだ。無関係の人間を殺してしまっては、我の帝国に住まう者が居なくなってしまうだろう?
そんなこと、少し考えれば誰でも分かる。
コラテラルダメージだとか、必要最低限の犠牲だとか、そのような言葉で片付けてしまったなら、その者の器が知れるわ。皇帝を目指すものとして、それは容認できるはずもなし。
「もしかして、接触を図るおつもりですか?」
「そのような愚を犯すとでも? この目で見てくるだけだ」
「⋯⋯それは、お辞めになった方が⋯⋯」
む?セシリアは、どうしてこんなにも消極的なのだ?
「いえ、ただ、マスターには隠密行動などといった類は向いていないと⋯⋯そう判断しただけで⋯⋯」
「⋯⋯何?我には出来ないだと? 貴様、我が力を侮るか」
「決して、そのようなことは⋯⋯」
我に出来ないことなどほとんどない。隠密行動?そんなもの、気配を消し去れば良いだけのこと。容易だ。我に出来ないはずが無いだろう!
「⋯⋯分かりました。ですが、小日向未来に感づかれた場合は、即座の撤退を。難しいのであれば開き直って、小日向未来へと接触を図ることを進言致します。彼女なら、秘密くらいは守れるでしょう」
「うむ。その進言、心得た。しかし、我がそのような失敗をするはずがあるまい」
見ていろよ、セシリア。今日の我は、VICBOSSよりも潜み動くぞ!
▽
その日、小日向未来は一人でふらわーの帰り道を歩いていた。
親友であり、大切な存在の立花響から相談を受けて、いつも贔屓にしているふらわーへと足を向けたのだ。
「分かり合いたい⋯⋯かぁ」
昔から、誰かと敵対するよりも分かり合うことを、手を取り合うことを優先する性格だったから。今回相談されたことも、あんまり予想外のことではなかった。
確かに、また危険なことに首を突っ込んでいるとかそういうことには苦言を零したが、そんなことで自らの親友立花響が止まるわけもなく。
だからこそ、親友として彼女の考えを後押ししてあげることにした。
本音を言えば、響が傷付くことは何よりも怖い。だけど、響が悲しむことの方がもっと嫌だった。
「ジレンマ⋯⋯だよね」
親友には傷付いてほしくないけど、悲しんでほしくもない。いつも何も出来ない自分だからこそ、とやかく言うのも気が引けるが、心配くらいはさせてほしい。そうやって、小日向未来は譲歩した。
二課での用事があると言ってふらわーで響と別れた。その背中からは、迷いといったものは感じられなかった。
⋯⋯変わったなぁ。
そんな感想を抱いて、未来は一人取り残されるような感覚に陥って。そして気を紛らわせようと、先程から気になっていた視線へと目を向けた。
「⋯⋯付けられてる⋯⋯のかな⋯⋯?」
絶対に目が合ったのに、さも当然のようにサッと電柱の影へと身を隠した少女。
⋯⋯絶対に気が付かれてないって思ってるよね⋯⋯。一人だけ、雰囲気違うのに隠れられるわけない。
未来自身もどうすれば良いのか、分からない。だけど、このまま放っておいても何処までも付いてくる気がする。
何より、彼女の見た目には聞き覚えがあった。それも、ついさっき。
自分達より一つか二つ歳が下で、黒い髪に透き通った青い目の少女。全て一致している。
自分を付けてきているのは、十中八九、自らが立花響の親友であるからだろう。細かいことはわからないが、それ関連であることは間違いないはずだ。
「⋯⋯」
でも、ちょっと子犬みたいで可愛いかな。などと、本人が聞けば憤死するような感想を抱いて、未来は少女へと話しかけることにした。
「あの⋯⋯」
「ッ!?」
「ま、待って!」
逃げようとする少女の腕を掴んで行かせまいとする。シンフォギア装者であるのだから簡単に振り払われると思っていたが、そんなことはなかった。
小日向未来があまり動揺していないことに何かを悟ったのか、少女レーナはジト目で未来を見つめた。
「⋯⋯いつから気付いていた?」
「⋯⋯ふらわーで響と別れた時から⋯⋯かな」
それを聞いた少女は、明らかに呆れた様子を見せてため息を吐いた。
「⋯⋯一番最初からではないか⋯⋯」
「ご、ごめんね⋯⋯でも、バレてないって思ってたみたいだったから⋯⋯」
「うっ⋯⋯!? わ、我が馬鹿みたいではないか⋯⋯」
未来自身、そんなことは微塵も思っていないのだが、レーナは襲い来る惨めさに胸を抑えた。
響から聞いていたよりもよっぽど表情豊かな少女の様子に、未来は自然と微笑みを零していた。
「レーナちゃん、だったかな?」
「⋯⋯うむ。我が名はガングニールから聞いたか」
「ガングニール⋯⋯ああ、うん。響が教えてくれたんだ」
響が言うには、レーナ・アーレ=アフティオという少女は、何かの目的のために戦っている少女だとか。苛烈で、どうすれば話を聞いてもらえるか分からないなどなど。そんな類のことについて解決の為の質問を受けたが、今目の前で表情をコロコロと変える少女からはそんな気配は欠片も感じられない。
だからこそ、どうしてこんな少女が響を狙うのか。単刀直入に、未来は問い掛けた。
「レーナちゃんは、どうして響を狙うの?」
「⋯⋯我の目的の障害になるからだ」
そうまでして成し遂げたい目的とは何なのか。他に道はないのか。
「あるわけがなかろう。世界を回すには、力を示すことが何よりも簡単かつ必要な道なのだ。故にこそ、我に対抗できる存在は片っ端から始末していく。そうすることで、我は⋯⋯」
「レーナちゃん⋯⋯?」
途中まで話したところで、少女は黙り込んでしまう。怪訝に思い未来がその顔を覗き込めば、少女はサッと顔を逸らしてしまう。
「⋯⋯話し過ぎた。小日向未来、ガングニールに伝えておけ」
「?」
未来に背を向けて歩き出したレーナ。その背からは、響のそれとは正反対の不安のようなものが滲んでいた。
「その首、次こそは貰い受ける。友を悲しませたくなければ全力で来い、とな」
「⋯⋯分かった。だけど⋯⋯」
「⋯⋯?」
だからこそ、未来はそこで言葉を紡がずにはいられなかった。
その今にも壊れそうな後ろ姿が、どうしてか昔の響と重なって。放っておけなかった。言葉にすれば、こんな感じか。
「絶対に、響はレーナちゃんと友達になる。だから、その時は仲良くしてあげてね」
「⋯⋯何をわけのわからんことを。奴の周りの人間は、誰一人として話を理解しておらぬのか?」
「ふふ⋯⋯いつか分かるよ」
心底理解が出来ないといった顔をするレーナ。しかし、未来は見逃していなかった。
己の言葉を耳にした時のレーナの反応を。
期待のような何かに一瞬だけとはいえ表情が揺れ動いていたことを、未来は、見逃してはいなかった。
「そうだ。レーナちゃん、私とお友達にならない?」
「はぁ? ⋯⋯戯けが。そのようなこと我が認めるとでも」
流石にダメか。早急過ぎたかな。
ため息を吐いてそっぽを向いたレーナであったが、しかし、所在なさげに彷徨わせた視線をちらりと未来に向けると、俯き加減に口を開いた。
「しかし、そうだな。どうしてもと言うなら、顔見知り程度にはなってやらなくもないぞ」
「ふふ。じゃ決まりね。私とレーナちゃんは、今日から顔見知り」
「⋯⋯ふん」
やっぱり、根は悪い子じゃないんだろうな。
急ぎ足に去っていくレーナの後ろ姿に手を振りながら、未来は口角を緩ませた。
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