「……あなたとヘルガは何者なんだ?」
それまでの物語を見ていたハリーは疑問を口にした。
サラザールは百年生きて尚、若々しい。そのサラザール以上の年月を生きるヘルガ。
長く生きていると言えばダンブルドアやニュートだが、彼らの見た目は相応に老いていた。
『魔法使いだ』
サラザールの肖像画は答えた。
「いや、しかし! 魔法使いと言えど、寿命はある筈だ! それに、老いる筈だぞ!」
『たしかに、不老不死ではない。成ろうと思えば成れるが、望む者はそこまで到達する事が出来ない』
「どういう意味だ?」
『記録の中でも、わしは《死》を停滞と定義した。不死とは歩み続ける事なのだ。だが、不死を求める者とは、死を恐れるものでもある。死という大いなる変化を拒む者に、歩み続ける事など出来はしない。《死を制する者》は死を恐れぬ者なのだ。だが、死を恐れぬ者は不死など望まない。為すべき事、生きる理由こそ、魔法使いにとっての寿命なのだ』
「へ、屁理屈じゃないのか? それは……」
『貴様ならば遠からず理解出来る筈だ。それに、死を制する者がすべて不死へ到れるわけでもない。当然だが、魔法使いとしての資質と修練は必要となる』
ハリーはサラザールの見解に疑問を抱いた。
結局のところ、魔法使いとしての力がすべてであり、心の在り方など関係ないのではないかと思った。
『時が来れば分かる』
「ふーん」
『さて、続きを見ていこう。長くなったが、これが最後の物語だ』
「……ああ」
第九十九話『悲哀』
十年の月日の後に、ホグワーツ魔法魔術学校は完成した。ホグワーツの名前はイノシシに導かれるというロウェナの夢から取られたものだ。
「
「だからって、
ゴドリックは少しだけ不満そうだった。
「決める事は山程ありますからね! どんどんいきますよ!」
理想を叶える為にロウェナは活発に動き続けた。
ヘルガも彼女の為に精力的に働いている。
「……オレ、なんでこんな事してるんだろ」
「ボクを巻き込んでおいて、今更だね」
ゴドリックが愚痴ると、サラザールが言った。
「これは君が望んだことじゃないか」
「そうだけどさ……」
十年前、ロウェナから共に学校を作ろうと誘われた時、ゴドリックは断ろうとした。
英雄に成りたい。そう思い立った矢先に、英雄とは全く関係のない事業に携わる事など御免被る。
けれど、そんなゴドリックをヘルガが説得した。
―――― 英雄とは、戦う者のみを示す言葉ではありません。卓越した能力によって、偉業を為す者を指すのです。ロウェナの理想は世界を変えるもの。あなたの力を振るう場所としては、これ以上ない程に相応しい筈です。
言葉巧みに丸め込まれてしまった。けれど、納得し切れたわけでもなく、ゴドリックはサラザールを巻き込んだ。
自分に道を指し示した男と一緒なら、道を踏み違えなくて済むと思ったからだ。
「君の道は君だけのものだよ」
「分かってるよ……」
決まり事を作り、教える方法を考案し、いよいよ生徒を呼び寄せる事にした。
「駄目だ! 貴族の旦那は『成果を上げてから言い給え』だとよ!」
ゴドリックは親交のある貴族に生徒を呼び集める協力をしてもらえないか掛け合ったが、断られてしまった。
「……わ、わたくしも断られました」
ロウェナも魔法使いの家を順繰りに回ってみたけれど、一軒たりとも子供を預けてくれる家は無かった。
「まあ、当然だな」
「当然でしょうね」
サラザールとヘルガは同時に言った。
「なんでだよ!?」
「どうしてですか!?」
ショックを受けるロウェナとゴドリックにサラザールは言う。
「だって、今までにない事をするんだよ? 未知に対する人の反応を君達はよく知っている筈だ。違うかい?」
「あっ……」
「それは……」
そもそも、ロウェナが学び舎を築こうと思い立った切っ掛けこそ、未知を恐れる人々だった。
彼らを導く者を育てる。その為のホグワーツなのだ。
「……どうすればいいんだよ」
「困りましたわ……」
学校があっても、生徒が居なければ意味がない。
項垂れる二人にヘルガは微笑みかけた。
「安心するのです、二人共。第一期生は既に見つけてあります」
「え!?」
「なんと!?」
ヘルガは二人の前に一人の少女を連れて来た。
「レ、レベッカです……」
レベッカの服はボロボロだった。彼女は今で言うマグル生まれだった。
その身に宿る魔力を恐れた親に捨てられ、ヘルガに拾われるまではストリート・チルドレンとして生きて来た。
「まずは実績を作る事が肝心だ。彼女を立派な魔法使いに育ててみようじゃないか」
サラザールの言葉にロウェナとゴドリックは瞳を輝かせた。
はじめての生徒に対して、ロウェナは張り切っていた。
「立派な魔法使いになるのですよ」
彼女は事ある毎に言い聞かせた。
「困っている人を見つけたら手を差し伸べるのです。悩める人が居たら導いてあげるのです」
レベッカはロウェナの目から見ても逸材だった。
心優しく、頭も良い。そして、四人の個性的な創設者達から課せられた厳しい修練に耐え抜く逞しい精神力を持っていた。
五年のカリキュラムを完了させた時、レベッカは卓越した魔法使いになっていた。
「先生、ありがとうございます」
「レベッカ……、よく頑張りましたね」
立派に成長したレベッカに、ロウェナは涙ぐんでいた。
「感謝するのはオレの方だ、レベッカ」
ゴドリックは彼女から教える事の楽しさを教えられた。
自身の力の使い道、本当の意味で識る事が出来た。
サラザールとヘルガも自慢の弟子だと彼女を称賛した。
強大な力に溺れる事なく、人々を救いたいと願う彼女に対して、四人の創設者は非常に満足していた。
そして――――、
一年後にレベッカは死亡した。
◇
「……どうして?」
彼女の損壊した遺体を前に、ロウェナは泣き崩れた。
ゴドリックも立っていられなくなった。
レベッカはホグワーツを卒業した後、人々を救って回った。そして、救った人々から恐れられた。
ロウェナと同じ道を辿ったのだ。
彼女とロウェナの違いは一つ。彼女は優しすぎたのだ。
異端者として彼女を追う者が、彼女が救った子供を人質に取ったのだ。
ロウェナならば迷う事なく子供以外のすべてを殲滅していた。けれど、レベッカは子供を人質に取る者に対しても杖を向ける事が出来なかった。
彼女は異端審問に掛けられ、拷問の末に殺されてしまった。逃げ出せば、子供を殺すと言われて、彼女は逃げる事が出来なかったのだ。
「……わ、わたくしは……、何を教えていたの……?」
人に優しくしなさい。困っている人を助けなさい。迷っている者の手を引いてあげなさい。
そんな事ばかり教えていた。
大事な事を教えていなかった。
「レベッカ……、オレは……」
弱い者は守ってやれ。強い者には向かっていけ。
そう教えてきた。だけど、弱い者が正しい者ばかりではない事を教えていなかった。
大事な事を教えていなかった。
ロウェナとゴドリックはそれまで自己犠牲を当然のものとして考えてきた。
名前も知らない相手を救う為に自分が代償を払う事になっても、二人は全く気にした事がなかった。
自分の命や名声すら、知らない誰かの為に平然と賭ける事が出来た。
だけど、それは自分の事だったからだ。
レベッカの自己犠牲による死を前に、二人は己の愚かさを呪った。
彼女は明るい未来を歩むべき人間だった。その未来を奪ったのは、自分達が彼女に教え込んだ理想だ。
「……立派になれ? こんな……、惨たらしく死ぬ事が、立派なわけがない……」
「オレはなんと愚かな……。すまない……、すまない……、レベッカ」
二人の嘆きは深く、サラザールはいっそホグワーツを畳んでしまおうと提案した。
けれど、ヘルガが遮った。
「このままで良いのですか?」
彼女は言った。
「レベッカの死はとても哀しい出来事よ。でも、ここであなた達が折れて、
その言葉にロウェナは生まれてから、はじめて声を上げて泣いた。
ゴドリックも枯れるまで涙を流し続けた。
「ごめんなさい……、レベッカ。ごめんなさい……」
「オ、オレは……、もう二度と……、もう二度と……」
涙が枯れ果てた時、二人はようやく立ち上がった。
サラザールが心配する中、第二期生をヘルガが連れて来た。
今度は三人の少年少女だった。
「アビゲイルです……」
「フレンダよ!」
「……アレンだ」
三人は実に個性的だった。
内気だけど、自分の意見を確り持っているアビゲイル。
元気いっぱいだけど、寂しがり屋なフレンダ。
真面目だけど、反骨精神の強いアレン。
彼らの教育はレベッカの時と比べると遥かに困難だった。
特にアレンはロウェナの理想に対していつも懐疑的な意見を持っていた。
「それでいいのですよ、アレン」
ロウェナはアレンの考え方を否定しなかった。
「大切な事だ」
ゴドリックも肯定した。
レベッカの事があったからだ。
「わたし達は正しいと思う事をあなた方に教えています。けれど、人は間違えるもの。常に疑問を懐き続けるのです。間違っていると思うなら、その考えも大切になさい」
自分を大切にする事をロウェナとゴドリックは何度も説いた。
そして、三人は無事に卒業した。
彼らが死亡したのは、それから二年後の事だった。
悲劇を迎えたとはいえ、レベッカの実力は素晴らしいものだった。そして、第二期生の三人の活躍ぶりも評判だった。
そのおかげで、第三期生は魔法使いの家からも数人預けられていた。
少しずつ指導する事になれて来て、更に生徒を集めようかと議論していた時、彼らの下に訃報が届けられた。
アビゲイルはロウェナの理想を信じていた。その理想を叶える為に、マグルの指導者を洗脳した。それが最も賢く、効率的だと思ったからだ。
フレンダも彼女に追従した。迷いながらも、自分より頭のいい親友の考えだからと、彼女はアビゲイルを手伝った。
そして、王の変心に気付いた者を二人は密かに殺害した。
アレンはそんな二人を止める為に立ち上がった。名前も知らない誰かの為に生きるなんて馬鹿らしいと常々口にしていた彼は、名前も知らない誰かのために悪魔と化した二人に立ち向かった。
激しい決闘の後、アレンは二人を殺して、その後に洗脳された王の命令によって現れた兵士に武器を向けられ、彼は杖を下ろした。
彼らの死後、ロウェナは部屋に引きこもるようになった。
ゴドリックも暗い表情を浮かべ、笑う事がなくなった。
◆
「……どうしてだろうな」
その光景を見ていて、ハリーは呟いた。
「別に間違った事を教えていたわけじゃない。それなのに、アビゲイルはなんで……」
『彼女は内気ではあったが、一度決めると止まらない子だった。彼女なりに必死に考えたのだろう。ロウェナの理想を叶える方法を……』
アビゲイルの取った手段は最悪だった。けれど、ロウェナの理想を叶える上で、最も現実的な手段だったとも言える。
あのまま彼女が王を支配して国を変えていけば、あるいはロウェナの理想の世界が築けていたかもしれない。
その為に、想像を絶する量の血が流れる事になったとしても……。
『アレンは二人が血に塗れる事が耐え難かったのだろう』
「彼にとって、二人は掛け替えのない存在だった筈だ。その苦しみは想像を絶するだろうな……」
『……だから、彼は死を選んだのだろう』
◇
ロウェナは理想を生徒に押し付ける事をやめた。ただ只管に生徒に知識と知恵を授け続けた。
ゴドリックは生きる事が重要だと説き、身を護る術を生徒に仕込んだ。
それからは生徒の訃報を聞く事は少なくなった。
やがて、生徒の数が100人に達した頃、ヘルガは生徒を四つの寮に振り分ける事を提案した。
全員を同時に教えるには人数が増え過ぎた為だ。
組分けの方法を考える時、ゴドリックは自分の帽子を脱いだ。
その帽子はレベッカが彼に贈ったものだった。何十年も経ち、すっかり草臥れてしまっている。それでも彼は新しい帽子を被る気になれなかった。
「この帽子に知恵を与えよう」
四人はそれぞれ帽子に自らの思想を注ぎ込んだ。
「苦しくても、辛くても、どんな苦難に巡り合っても、決して生きる事を諦めない勇敢な心をワタシは望む」
ゴドリックが最初に帽子へ杖を向けた。
「生きる為に狡猾であれ。そして、共に歩む友を求めよ。それがボクの求めるものだよ」
サラザールが杖を向ける。
「……知識と知恵を持ちなさい。計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり」
ロウェナは杖を向ける。
そして、最後にヘルガが杖を向けた。
それから、彼らは四つの寮に分かれた生徒達をそれぞれ教えるようになった。
人数が更に増えると、卒業生を教師として招くようになり、ホグワーツの運営は安定するようになっていった。