【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百四話『one for all, all for one』

 1995年は激動の時代だった。

 1月にはオーストリア、フィンランド、スウェーデンが欧州連合*1に加盟し、世界貿易機関*2が発足した。

 2月には伝説的ハッカーであるコンドルがアメリカ合衆国の最も厳重なシステムに侵入した事で世間を騒がせた。

 10月には太陽系外の惑星が発見された。

 この年、マイクロソフト社はWindows 95を発表し、一般にもインターネットの使用が広まった。

 

 ロンドンで起きた空前絶後の大事件は魔法省によって人々の記憶から抹消されたが、その映像はインターネットを通して全世界的に広まっていた。

 魔法使いにとって、インターネットは理解の埒外にあるもの。その拡散を止める事はおろか、気づく事さえ出来なかった。

 

「……これ、マジか?」

 

 youtubeを筆頭とした動画配信サイトが生まれるのは十年後の事であり、この時代に動画を共有する方法は僅かであった。

 それでも、コアな知識を持つ者は拡散された動画ファイルを拾い上げ、その異常な光景を脳裏に焼き付けた。

 もっとも、真実だと思う者は一部の例外であり、彼らの多くは映像をフェイクだと考えた。

 

「おい、コレ観てくれよ!」

「なに? 映画?」

「いや、ロンドンだよ! ロンドンに炎の龍が現れて暴れまわったんだ!」

「……アンタ、馬鹿じゃないの?」

 

 真実だと見抜き、情報を広めようとした者もいた。

 けれど、信じる者など殆ど居なかった。

 SNSや掲示板なども生まれる前であり、情報を共有する方法も限られていた。

 ロンドンの事件は広まる事なく、都市伝説の一つとして数えられる事になる……、筈だった。

 

「……おいおい、コイツは」

 

 ジャーナリストのクリストファー・バーレンは特ダネの匂いを嗅ぎつけた。 

 彼はWindows 95の発売によって、これからインターネットは爆発的に進歩すると予見していた。

 その為、日頃からネットの情報に目を光らせていたのだ。

 フェイク映像には加工の痕跡が残るもの。クリストファーは知人にデータの解析を依頼した。

 結果は白。加工の形跡は一切なく、この映像が本物である事が証明された。

 

 彼はすぐにロンドンへ飛んだ。

 映像にはバリエーションがあり、謎の集団が人々を救出する光景もあった。

 杖を使い、非科学的な現象を起こす者。

 オカルトだと思われていたものが現実だと判明すれば、世界に激震が走る。

 

「掴んでやるぞ、この特ダネ!」

 

 クリストファーは野心に燃えていた。

 その心に《彼女》は目をつけた。

 

「やはり、居るものですね」

 

 クリストファーの前に忽然と人が現れた。

 

「先見性があり、自由な発想力があり、知識があり、知恵があり、野心があり、情熱があり、行動力がある。凡俗ではない。類まれな逸材ですね」

 

 彼女はクリストファーを眠らせた。

 

「ですが、今は早い。世界を変える為には段取りというものがあります。あなたには時が来るまで眠ってもらいます。安心なさい、クリストファー・バーレン。次に目を覚ました時、あなたの道を阻むモノは何もありません」

 

 クリストファーの体は地面の中へ溶けていく。

 それを見届けた後、彼女は時計塔の上に移動した。

 

「アーサーが死んだ時、人々は言いました。《いつか、ブリテンが危機に陥った時、偉大なる王は蘇る》と……」

 

 彼女は微笑んだ。

 

「ええ、蘇りますわ。偉大なる王が今度こそ世界を変える」

 

 第百四話『one for all, all for one』

 

「一つ、予め言っておきたい事がある」

「なんだね?」

 

 ハリーは一同を見回してから言った。

 

「グリンデルバルドはオレ様がぶっ倒す。奴を見つけたら教えてくれ。その後は全員避難するんだ」

「待って! ダメよ、そんなの!」

 

 ハーマイオニーが慌てたように言った。

 

「そうよ! あなたの力は知ってるけど、相手はグリンデルバルドなのよ!?」

 

 トンクスが言うと、ハリーは「だからこそだ」と応えた。

 

「アイツの相手が務まるのはオレ様だけだ。無意味に犠牲者を出す必要はないだろ」

「ア、アンタねぇ! いくらなんでも私達の事を舐め過ぎじゃない!?」

「お、おい、止せよ!」

 

 激昂したアネットをダリウスが止めた。

 

「ハ、ハリー。わたしも反対だぞ。何度も言っているが、君は子供なのだ! 危険に身を晒すのは大人の役目だ!」

「そうです! それに、最終試合の直後にニコラスと戦い、グリンデルバルドと戦い、それから一睡もしていないではありませんか!」

 

 シリウスとマクゴナガルの言葉にハリーは「問題ない」と返した。

 

「この後、少し仮眠を取らせてもらう。それで十分だ。グリンデルバルドを捕まえれば、結果次第になるが、これが最期の戦いになるかもしれない。頑張るさ」

「頑張らなくていいと言っているんだ!!」

 

 シリウスは怒鳴った。

 

「何故、君はわたしの言う通りにしてくれないんだ!? 年長者の言う事を聞け!!」

「シリウス。あなたが心配してくれている事は分かっている。その思いを蔑ろにしたくはない。だがな、それで余計な犠牲を生み出すわけにはいかないだろう。冷静に考えろ。オレ様なら、グリンデルバルドと同等以上に渡り合えるんだ。確実に勝てるという保証はないし、危険である事は確かだが、それでも他の人間が戦うよりもずっとリスクを減らす事が出来るんだ」

「巫山戯るな!! 他人の命と自分の命を秤になど掛けるな!! はっきり言うぞ!! 君の命は我々全員の命よりも重いのだ!! 君こそ、最も犠牲になってはいけない人間なのだ!!」

「……おい、シリウス。言った筈だぜ。冷静に考えろ。みんなの命よりオレ様の命が重いなんて、そんな事はあり得ない。みんなの命を救う為に必要なら、オレ様の命一つ程度、安いものだぜ」

 

 その言葉に青筋を立てた者はシリウスだけではなかった。

 

「訂正しろ!!」

 

 ドラコはハリーの服の袖を掴んだ。

 

「ドラコ!?」

 

 目を丸くするハリーにドラコは言った。

 

「君の命は、君が思っている程に軽くは無い!!」

「……オ、オレは別に」

「君の真意が分からない程、僕は君を知らないわけじゃない!! 《安い》!! そう言ったな!? それはここに居る全員と比べた上でか? 違うだろ!! 君はこの中の誰か一人と比べても、自分の命を安いと思っているな!?」

 

 ドラコの言葉に部屋は騒然となった。そして、ハリーは口を噤んだ。

 付き合いの長い者達は、それが図星を指された反応である事に気がついた。

 

「ニコラスを殺した事でダフネを悲しませたからか!? だから、自分の命を軽んじているのか!?」

「ち、違う! オレは別に……」

「ハリー!!」

 

 ドラコは吠えるように言った。

 

「僕は君に命を救われた身だ。だから、君の為なら命を捨てられる!」

「おまっ、巫山戯んな!! そんな事は絶対に許さないぞ!!」

「ああ、そう言うと思ったよ!! だけどな!! それは僕も同じ気持ちなんだよ!!」

 

 ドラコの言葉にハリーの目は見開かれた。

 

「どうだ? 嫌な気分だろ? 恐ろしい気分になっただろ!? お前が僕達に味わわせているものがソレだ!!」

「だ、だけど……、でも!! オレが戦えばみんなが傷つかなくて済むんだ!!」

 

 ハリーは吐き出すように叫んだ。

 

「オレは……、オレ様はみんなに傷ついて欲しくないんだ!!」

「僕だって、君に傷ついて欲しくないんだよ!! なんで分かってくれないんだ!? 君はあまりにも我儘だ!!」

「そうだ、ドラコ!! オレは我儘なんだよ!! 誰がなんと言おうと、オレはみんなを守る!!」

「だったら……、だったら!! せめて、僕にお前を守らせろ!!」

 

 ドラコは涙を零しながら叫んだ。

 

「お前と比べたら、僕に出来る事なんて微々たるものだ。だけど……、だけど!! それでも君の為に命を賭けさせろ!! それでイーブンだ!!」

「冗談じゃない!! どこがイーブンなんだ!? お前が死ぬなんて事……、そんな事……、絶対にダメな事だ!!」

「ダメじゃない!! 一度は覚悟出来た事だろ!!」

 

 ハリーは苦悩の表情を浮かべた。

 もう、ずいぶんと前の事だ。ハリーはドラコに取り憑いたヴォルデモート卿の分霊を退治する為に、ドラコを殺そうとした。

 結果的に彼を殺さずに済んだが、彼の命を奪う覚悟を決めた事は動かぬ事実。

 あれから時が経ち、過去の覚悟は今の苦痛に変わっていた。

 ハリーにとって、ドラコは掛け替えのない親友だ。その命を切り捨てる覚悟など、もう二度と出来ない。それほどの強い絆を育んできた。

 

「なんで……、分かってくれないんだ!!」

 

 ハリーは泣きながら叫んだ。

 まるで、癇癪を起こした子供のような態度だ。

 普段の大人びた態度を取る彼からは想像も出来ない醜態だった。

 

「オレは誰にも死んで欲しくない!! それは悪い事なのか!? オレには力があるんだ!! 誰にも負けない力だ!! それでみんなを守るのがいけない事なのかよ!? オレが守るんだ!! オレを守る必要なんて無いんだ!! オレの為に命など賭けるな、馬鹿野郎!!!」

「馬鹿は君だ!! 死んで欲しくないのが君だけだと思うな!! まだ分からないのかよ!? これだけ言っても、まだ伝わらないのかよ!? 僕だって、君に死んで欲しくないんだ!! 苦しんで欲しくないんだ!! どいつもこいつも寄って集って君を攻撃しやがって、その度に苦しくて仕方無かったんだよ!! 君を助ける事も出来ない自分が嫌で嫌で仕方ないんだよ!!」

 

 泣きながら叫び合って、ハリーとドラコはどちらも肩で息をしていた。

 そんな二人を見つめながら、スクリムジョールは拳を血が滲む程の強さで握り締めていた。

 涙を流しながら友や仲間を守りたいと叫ぶ少年。彼を攻撃する魔法省の暴挙を最後まで止める事が出来ず、今尚、その力を頼ろうとしている。

 あまりにも不甲斐ない。あまりにも情けない。

 

「……ハリー・ポッター」

 

 スクリムジョールはハリーを見つめた。

 

「この通りだ」

 

 そして、膝を折り、頭を床に擦り付けるように頭を下げた。

 

「きょ、局長!?」

 

 ハリーは目を丸くした。ドラコや他の人々も同様だった。

 

「君の命を守らせてくれ。不甲斐ない我らを信用出来ない気持ちもわかる。それでも、どうか……、共に戦う事を許してくれ」

「や、やめてくれ! オレは別に……、信用していないわけじゃないんだ。局長の事は尊敬している! ただ、オレには力があるから! だから……、ただ、役割分担というか……」

 

 困り果てた表情のハリーにスクリムジョールは体を起こしながら微笑んだ。

 

「……ハリー。わたしにも長年の経験と知識がある。君には無い力があるんだよ」

 

 ハリーは立ち上がったスクリムジョールの顔を見上げた。

 

「役割分担。そこに異論はない。人が一人で出来る事には限りが在るのだ。だから、太古の時代より、人は身を寄せ合って生きて来た。一人で出来ない事は二人で、二人でも出来ない事は三人で。足りない部分を補い合うのだ、ハリー。結束の力は、最強の力を更に上の次元へ引き上げる事が出来る」

 

 スクリムジョールはハリーの両肩に手を置いた。

 

「だからこその、蛇王の騎士団なのだ。一人ではなく、みんなで戦うんだ。君も、わたしも、みんなも! 誰も欠ける事なく、完全なる勝利を手に入れよう!」

「完全なる勝利……、か」

 

 ハリーは涙を拭うと笑った。

 ようやく、ドラコの言葉は彼の心の内側へ染み込んできた。

 みんなの想いが染み込んできた。

 

「ああ、そうだな」

 

 一人で出来る事など高が知れている。

 実際、ニコラスと戦った時はトムが居なければ敗北していた。

 分かっていた筈なのに、自惚れていた。

 

「ドラコ」

 

 ハリーはドラコを見つめた。

 

「すまない。そして、ありがとう」

「……ハリー」

 

 二人は手を取り合った。

 

「一緒に戦ってくれるか?」

「……ああ、もちろんだ」

 

 その光景に誰もが気合を入れ直した。

 これまで、ハリーは一人で戦って来た。けれど、これからは違う。

 みんなで戦うのだ。

 

「まずはグリンデルバルドの居場所を掴まなければならない!」

 

 スクリムジョールの号令と共に闇祓い達は即座に行動を開始した。

*1
通称:EU

*2
通称:WTO


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