【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百五話『決戦前に』

 会議が終わると、ハリーは仮眠を取るために寮へ向かった。

 すると、地下へ降りる階段の手前にジニーの姿があった。

 

「ジニー!」

 

 ハリーが駆け寄ると、彼女は体を震わせた。

 

「もう、歩いて大丈夫なのか?」

「う、うん……。マダム・ポンフリーが治療してくれたから……」

「そうか、良かった……。本当にすまなかったな、ジニー」

「え?」

 

 ジニーは目を丸くした。

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

「な、なんで……」

「ん?」

「なんで、あなたが謝るのよ……」

 

 今回の件で、ハリーに落ち度などない。そもそも、すべては彼の与り知らない所で起きたのだ。

 ジニーの方にはあっても、彼が謝る理由など一欠片もないのだ。

 

「まだ、詳しい事は分かっていないが、君がゴドリック・シャドウに利用されたのは間違いなくオレのせいだ」

 

 ずっと彼の事を見ていたからこそ、それが本心からの言葉である事が彼女には分かった。

 ハリーは本気で自分の責任だと感じている。

 ジニーは泣きそうになった。だけど、それはあまりにも卑怯だと思った。

 きっと、泣けば慰めてもらえる。優しくしてもらえる。

 そういう人なのだ。

 

 ―――― ハリーは僕のヒーローなんだ!! かっこいいんだよ!! 優しいんだよ!!

 

 コリンの言葉が脳裏を過ぎる。

 ハリー・ポッターはヒーローだ。誰よりもかっこ良くて、誰よりも優しくて、誰よりも素敵な人だ。

 そんな事、分かっていた筈なのに……。

 

「……ねえ」

 

 ジニーは声が震えないように気をつけながら問い掛けた。

 

「なんだ?」

「あなたは誰なの?」

 

 ジニーの中には、未だにゴドリックの言葉が残っていた。

 彼の言葉はすべて嘘だったのだと、彼女は確信出来ていなかった。

 

「……贖罪にもならない事だが、君が望むなら答えよう」

 

 ハリーは言った。

 ただ一言、『オレはハリー・ポッターだ』と答えてくれる事を期待していたのに、彼の表情には覚悟が浮かんでいた。

 

「ただし、誰にも言わないでくれ。少なくとも、グリンデルバルドを捕まえるまでは」

 

 そう告げると、ハリーは彼女を近くの空き教室に招き入れた。

 そして、手近な椅子に腰掛けると、彼は語り始めた。

 すべてを……。

 

 第百五話『決戦前に』

 

 気がつけば、ハリーは白い世界にいた。ここはハリーの内面世界。彼の心を投影した場所だ。

 いつもなら、すぐにトムが現れる。そして、ハリーとチェスを指しながらいろいろな事を話す。彼は良き友であり、良き相談相手だった。

 けれど、今日に限ってはいつまで待っても現れない。

 ハリーはつまらなそうに彼と指したゲームの棋譜を並べ続けた。

 

「……やっぱり、か」

 

 目覚めの時が迫り、ハリーは涙を零した。

 

「ありがとう、トム。もう少しだけ……」

 

 ―――― ああ、任せてくれ。

 

 声だけが返って来た。

 そして、ハリーは現実の世界に戻って来た。

 

 ◆

 

「……ははっ! 何という様だ、このハリー・ポッターが……」

 

 心臓の脈打つ音がやけにうるさい。

 暑いわけでもないのに、服が汗でぐっしょりと濡れている。

 

「所詮、こんなものなのか? 結局、オレは……」

 

 ハリーは歯を食いしばった。

 

 ―――― 殺す……、殺すというのか? この俺様を!

 

「ああ、そうだ。そうだとも……」

 

 ハリーは自分の顔を殴りつけた。その痛みが心を落ち着けてくれる。

 

「あの時から覚悟は決めている」

 

 立ち上がり、トランクを片手に部屋を出る。談話室には人がまばらに居た。

 

「ハリー!」

 

 フレデリカが近付いて来た。

 

「その……、大丈夫?」

「ああ、問題無いぜ」

 

 そう返すと、彼女は辛そうな表情を浮かべた。

 

「フリッカ?」

「……わたし、聞いたの。ニコラス先生の事……」

「そうか……」

 

 人の口に戸口は立てられないという事だろう。

 しかし、まさか一夜で知れ渡るとは思っていなかった。

 

「……ダフネは強いんだよ」

 

 フレデリカは言った。

 

「強くても……、耐え難い事はある」

 

 ハリーは表情を歪めながら言った。

 

「それでも、乗り越えようと努力してるの!」

 

 フレデリカは怒鳴った。普段、大人しい彼女が怒声を上げた事にハリーは思わずビクッとした。

 

「ハリー。何でもかんでも背負い込む事が正しい事じゃないんだよ?」

「……オレは」

 

 先の言葉が見つからない。

 ハリーはニコラスを殺して、ダフネを泣かせてしまった事に罪の意識を抱いていた。

 けれど、ダフネは自らの意志で悲しみを乗り越えようとしている。

 

「あんまり、ダフネを侮らないでよ」

「……ああ、そうだな」

 

 引け目を感じる事自体が彼女に対しての侮辱なのだ。

 

「オレは未熟だな……」

 

 ハリーは頬を掻くと、フレデリカに「ありがとう」と言った。

 少しだけ、肩が軽くなった。

 

 ◆

 

 スリザリンの寮を出ると、ハリーはコリンを見かけた。

 

「コリン!」

「え? あっ、ハリー!」

 

 コリンは嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「これからグリンデルバルドをぶっ倒すんだよね! ハリーなら絶対勝てるって、僕信じてる!」

「ああ、当然だ」

 

 微笑みながら、ハリーは持っていたトランクを開いた。

 

「ちょうど良かった。渡しておきたい物があったんだ」

「え?」

 

 ハリーはトランクから慎重にカメラを取り出した。それは一眼レフの最新型だった。

 

「これ、雑誌で見たよ!? えっ!? 渡しておきたい物って、まさか!?」

「ああ、そうだ。これを渡したかったんだ。受け取ってもらえるか?」

「ま、待ってよ! だって、これって凄く高価なカメラだよね!?」

「ああ、世界最高のカメラらしい。これで、これからも沢山の写真を撮ってくれ」

 

 そう言うと、ハリーはカメラをコリンの手に押し付けた。

 

「ハ、ハリー……。どうして、急に……」

 

 コリンは押し付けられたカメラを見つめると、胸騒ぎを覚えた。

 

「日頃の礼だよ」

 

 ハリーは戸惑うコリンの頭を撫でると、「行く所があるんだ」と言って、コリンに背を向けた。

 

「ハリー……」

 

 ◆

 

 しばらく歩いていると、ハリーはルーナとロルフを見つけた。

 二人共、魔法生物の図鑑を見ている。専門的な物では無いけれど、かなりの種類の魔法生物が写真付きで解説されている。

 

「ルーナ、ロルフ」

 

 ハリーが声を掛けると、二人は揃って図鑑から顔を上げた。よほど夢中になって読み耽っていたのだろう。目をパチクリさせている。

 

「すまないな。邪魔をする気は無かったんだが……」

「ううん! 平気だよ!」

「次の探索の場所を探してたんだ! しわしわ角スノーカックと似た習性の魔法生物を探して、それでアタリを付けてみようと思ってるんだ!」

 

 波乱万丈な一日を過ごした後だと言うのに、この二人はいつも通りだった。

 

「それはいいな」

 

 二人に微笑みかけながら、ハリーはトランクを開いた。

 

「ルーナ、これをやるよ」

 

 ハリーはキャンプ道具一式の入ったバッグをルーナに渡した。

 

「え!?」

 

 目を丸くするルーナを尻目に、ハリーはロルフにも別のバッグを渡した。

 

「ロルフにも、同じ物だ。あと、これも」

 

 更にハリーはかくれん防止器(スニーコスコープ)を渡した。

 

「あんまり無茶をするんじゃないぞ、二人共」

 

 そう言うと、ハリーは二人の頭を撫でた。

 

「ハ、ハリー……?」

「きゅ、急にどうしたの!?」

「たまには後輩に先輩ぶってみたかっただけだ。行く所があるから、じゃあな」

 

 ハリーは戸惑う二人を置いて、次の人物の下へ向かった。

 

 ◆

 

 ハリーはハグリッドの小屋を訪れた。

 ノックをしても出てこないから、ハリーは勝手に扉を開いた。

 すると、そこには涙を零しているハグリッドの姿があった。

 

「……ヒクッ……、グス……、ダンブルドア先生……」

 

 ハグリッドはダンブルドアの事が大好きだった。

 彼の死が与えた悲しみはとても深いようだ。

 彼はハリーにまったく気づいていない。

 

「……ファングも寝ているな」

 

 ファングはハグリッドの鳴き声にもめげずにぐっすりと眠っていた。

 ハリーは肩を竦めながらハグリッド用に特注したチョッキとファング用の餌皿を置いて小屋を出た。

 それからハリーはバックビークやベイリンに会うためにヒッポグリフの牧場へ向かった。

 

 ◆

 

 グリンデルバルドの居所が判明したら直ぐに分かるように、蛇王の騎士団には特殊な魔法が掛けられた蛇のエンブレムが配られている。

 これが紅く輝いたら決戦の時だ。

 今は緑の状態で落ち着いている。

 

「ここに置いておけばいいか」

 

 ハリーはニュートの部屋を訪れていた。

 部屋の主はグリンデルバルド捜索の為に出払っていたが、それはハリーも承知の上だった。

 ハリーは書き置きを彼の机の引き出しに仕舞い込んだ。

 

「さて、後は……」

 

 ハリーはニュートの部屋を出ると、廊下を歩き出した。

 迷うことなく、真っ直ぐと、彼は彼女の下へ向かっていく。

 

「ハーマイオニー」

 

 ハリーが声を掛けると、彼女は驚いた顔で振り返った。

 

「ハリー!? まだ、グリンデルバルドは見つかっていないわよ? まだ寝ていた方がいいんじゃ……」

「十分に眠ったよ。それより、少し話がしたい。いいかな?」

「もちろん構わないけど、話って?」

「二人っきりで話がしたい。秘密の部屋に行こう」

 

 ハリーは彼女の手を取ると、半ば強引に秘密の部屋へ引っ張って行った。

 秘密の部屋には主であるエグレの姿もなく、完全に二人っきりだった。

 

「それで……、どうしたの?」

 

 ハーマイオニーが問い掛けても、ハリーはすぐに応えなかった。深く息を吸い込み、深く吐く。そんな事を何度も繰り返している。

 

「ハ、ハリー……?」

 

 その行動に戸惑っていると、ハリーは振り返った。

 

「……ハーマイオニー」

「は、はい」

「オレの子供を産んでくれ」

「……はい?」

 

 ハーマイオニーの頭は真っ白になった。


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