【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百八話『I am Lord Voldemort.』

 僕には不思議な力があった。物心付く前から遠くにある物を引き寄せる事が出来たし、蛇と話す事も出来た。僕にとって、それは拳を握る事やまばたきをするような当たり前に出来る事だった。

 だけど、周りの大人達は僕を異常なものとして扱った。物を取る時はわざわざ歩いて傍に近づき、手を使って取るようにと叱りつけてきた。蛇に話しかけられても話せない振りをさせられた。

 否応にも、自分が異質であると気付かされた。

 

 どうして、僕は他の人と違うの?

 

 問い掛けても、答えは返って来なかった。

 ただ、僕がおかしいのだと大人達は口を揃えて言うばかり。

 狭苦しい孤児院(コミュニティー)の中で異常だと言われ続ける日々を送った。

 

 どうしたら、普通になれるの?

 

 問い掛けても、答えは返って来なかった。

 ただ、まともになれと壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返される。

 その度に自分が異常なのだと刷り込まれていく。

 

 どうして? どうして? どうして……。

 

 繰り返し、繰り返し、何度でも傷つけられる。

 直しても、治しても、何度でも壊される。

 

 ああ、そうか。

 

 この世には《生まれながらの悪》など存在しない。

 取り巻く環境が人の内にある《悪の種》を発芽させる。

 それは貧困であったり、それは劣悪な家庭環境であったり、それは低俗な雑誌であったり、実に様々な事が種に発芽する為の栄養を与えていく。

 

 僕はおかしくなんてない。

 

 閉ざされた世界で、己を見つめる目に宿るものは猜疑や不信、恐怖の感情ばかり。

 満足な食事も与えられなくて、不自由である事を強要され続ける。

 無色の水は黒く染め上げられていく。

 

 僕は特別なんだ。

 

 八歳の時、僕は理解した。僕は卓越した存在であり、他は出来損ないのクズばかりなのだと。

 僕が当然のように出来る事を彼らは出来ない。だから、嫉妬している。自分達がいる奈落に僕を引きずり込もうと躍起になっている。

 それが分かると、彼らの事が哀れにすら思えるようになった。

 

 そう、思うしか無かった……。

 

 十歳の時、僕の前に一人の男が現れた。

 名前はアルバス・ダンブルドア。彼は自分の事を魔法使いだと言った。

 嬉しかった。僕は正しかった。ここは僕の居るべき場所ではなかった。

 鳥籠の中から解放されたかのような気分だった。灰色だった世界が色鮮やかに輝き始めた。

 

 もう、一人じゃない。

 

 キングス・クロス駅で9と3/4番線のホームに立った時、僕は新しい人生の始まりを実感した。

 小舟に乗って、ホグワーツを初めて目の当たりにした時の興奮は忘れられない。

 

 不安だった……。

 

 組み分け帽子がスリザリンを選んだ時、僕は高揚した。

 スリザリンのテーブルに向かうと、そこには僕を歓迎する先輩達がいた。

 はじめて、他人と握手を交わした。はじめて、僕は心からの笑顔を浮かべた。はじめて、他人と接する事を楽しく感じた。

 

 ホグワーツ魔法魔術学校

 

 ここが……、

 この場所こそが、僕の居場所だ。

 

 嬉しかった

 楽しかった

 

 スリザリンは居心地が良かった。

 僕は誰よりも魔法を巧みに操る事が出来たから、誰もが惜しみない称賛を送ってくれた。

 親を知らない僕に『君は間違いなく純血さ!』と言ってくれた。

 僕を認めてくれた。

 

 裏切りたくなかった……。

 

 僕は純血だ。劣等種(マグル)の血など一滴も流れていない。

 認めてくれたみんなの為にも、それを証明しなければいけない。

 だから、誰よりも魔法使いらしく生きる事にした。

 

 みんなが望む僕になりたかった

 

 誰よりも知識を深めた。

 誰よりも魔力を研ぎ澄ませた。

 誰よりも力を追い求めた。

 

 この時間を永遠のものにしたかった

 

 魔法の深淵に至った時、僕は不老不死の可能性に気がついた。魔法界においても幻想とされているソレを得られる可能性を識った。禁書の棚に保管されていた一冊の本。そこに僕の求めるものが記されていた。

 けれど、それは恐ろしい代償を必要としていた。

 僕は本を棚に戻した。

 

 だけど、そんな事は初めから不可能だった

 

 自分のルーツを追い求めた。その時の僕は、もう自分が純血である事を疑っていなかった。

 成績は学年トップ。魔法の実力は既に最上級生の首席さえ超えている。僕よりも博識な人間など、生徒の中には一人もいない。

 なりたい自分になれていた。まだ子供だけど、所詮は学校という小さなコミュニティーの中での話だけど、僕は誰よりも魔法使いだった。

 

 だけど、現実は残酷だった。

 

 母は偉大なるホグワーツの創設者の一人、サラザール・スリザリンの系譜に連なる者だった。僕が蛇語を操れるのも、サラザールの能力が遺伝した結果だった。

 最高の魔法使いの血が流れている事に僕は歓喜した。そして、それほどの血筋を持つ母が選んだ男なら、父もさぞや素晴らしい魔法使いなのだろうと信じた。

 けれど、父はマグルだった。何の取り柄もない愚物。僕が思い描いていた理想からはかけ離れた存在だった。

 

 僕の世界が壊れていく

 

 僕は純血じゃない。だけど、みんなは僕に純血を求めている。

 培ってきたものが崩れていく。作り上げてきたものが壊れていく。

 気づいた時、僕はホグワーツ入学前の僕に戻っていた。

 

 怖かった……。

 

 周りの目が孤児院の連中と同じに視えた。悪夢を見ない日は無かった。

 僕にとって、純血である事は大海に浮かぶ小島のようなものだった。その小島がまやかしのものだと気づいてしまった時、僕は大海へ放り出された。

 捕まるものもなく、沈みそうになる体を必死にバタつかせる。

 一人は嫌だ。一人になりたくない。

 

 僕を助けて……。

 

 ダンブルドア先生。

 あの時、僕を孤児院から連れ出してくれたみたいに、僕を……。

 

 どうして、そんな目を向けるの?

 

 だけど、先生も同じだった。

 あの目を知っている。

 僕を疑っている。

 僕を恐れている。

 僕を危険だと思っている。

 孤児院の大人達のように、僕を異常だと思っている。

 

 嫌だ

 

 苦しい。辛い。寂しい。怖い。悲しい。

 溢れ出す感情が僕を狂わせていく。

 種は既に割れていた。僕の中で、芽は大きく成長していく。

 

 この世界は僕の望んだ世界じゃなかった。

 

 分かった。分かってしまった。

 僕はおかしいんだ。異常なんだ。魔法の世界でさえ、僕の居場所は無かったんだ。

 この世界のどこにも、僕の居場所なんて無いんだ。

 

 ああ、だから……、だから……、僕は! 

 

 この世界を壊す。そして、僕の世界を作り出す。

 誰にも僕を否定させない。

 

 我が名はヴォルデモート卿。 

 

 僕は……、俺様は世界を壊し、世界を創る。 

 

 第百八話『I am Lord Voldemort.』

 

 グリンデルバルドの尋問はスクリムジョールが直々に行う事になった。

 真実薬(ベリタセラム)を投与するらしい。

 僕は休むように言われて、スリザリンの寮に戻って来た。

 

「……ちく、しょう!!」

 

 寝室に入るなり、感情が抑え切れなくなって壁を殴りつけた。

 

「ド、ドラコ様!」

 

 拳から垂れる血に、いつの間にかついて来ていたらしいアステリアは慌てた様子で杖を取り出した。

 僕の拳を掴み、治癒呪文(エピスキー)を掛けてくれた。

 

「……すまない」

 

 情けない。みっともない。かっこ悪い。

 皮膚が癒えていく感触に意識を向けながら、ドラコは涙を零した。

 

「ご、ごめんなさい! 痛かったですか!?」

 

 慌てふためくアステリアにドラコは違うと言った。

 

「……自分が、あまりにも情けなくてさ」

 

 ドラコは声を震わせながら言った。

 

「ハリーを助けたかったんだ……。なのに、僕は……、何も出来なかった」

 

 グリンデルバルドに対して、ドラコは無力だった。感情のままに向かって行って、何も出来ないまま意識を奪われて、起きた時には全てが終わっていた。

 今までもそうだった。口で何を言っても、結局は何も出来ない。ただ、感情のままに喚くだけ。

 

「なんで……、僕は弱いんだ? なんで……、友達を助けられないんだ!?」

 

 正義の味方になりたいわけではない。

 だけど、傷ついている友達を助けられないなんて、嫌だ。

 

「ドラコ様……」

 

 アステリアはドラコの頭を優しく撫でた。

 誇り高きドラコ・マルフォイの涙と共に語られる本心。

 ドラコの思いのすべてを理解出来たわけではない。恋人同士と言っても、出会ってからの時間は僅かなもので、その関係性はハリーとハーマイオニーに比べるとずっと浅い。

 けれど、アステリアはドラコを愛している。それは紛れもない真実であり、ドラコも彼女を心から愛している。

 彼は彼女にただ聞いて欲しかっただけだ。その事を彼女も分かっている。これは単なる弱音だ。

 

「……強くなりたい」

 

 ドラコは呟いた。

 

「ドラコ様ならなれますよ」

 

 アステリアは彼を抱きしめながら言った。

 何の根拠もない言葉。けれど、それは彼女の心からの言葉だ。

 ドラコがなりたいと望むなら、何者にでもなれる。そういう人なのだと、彼女は信じている。

 

「ああ……、なってみせる。強い男に……、今よりもずっと!」

 

 彼女が信じてくれる。それは彼にとって、大きな活力となった。

 家族や親友(ハリー)にも見せられない醜態。

 けれど、それは彼にとって必要な事だった。前に進む為に、これからの戦いに備える為に、彼は愛する人に弱さを埋めてもらった。

 

「ありがとう、アステリア。愛しているよ」

「わたくしも愛しています、ドラコ様」

 

 そろそろ尋問が終わる時間だ。

 

「……ハリ―を起こさないと」

「お供致します」

「ああ、ありがとう」

 

 ◆

 

 夢から醒めた。最初、自分が何者なのか忘れた。ヴォルデモートになっていた。

 世界に対する底知れぬ絶望。その心に深く共感している自分がいた。

 

「ああ、本当に似ている……」

 

 彼は世界を恐れていた。他人の眼を恐れていた。なにもかもを恐れていた。

 ハリーも同じだった。

 荒々しい口調も、傲慢不遜な態度も、すべて自分を守る為のものだった。

 彼も世界を恐れていた。他人の眼を恐れていた。なにもかもを恐れていた。

 

「だけど、僕には母さんがいた。ロンと出会った。ドラコと出会った。……ハーマイオニーに出会えた」

 

 ヴォルデモートと同じ道を辿る筈だった。けれど、そうはならなかった。

 理由は明白だ。ハリーは出会いに恵まれた。

 ミネルバ・マクゴナガル。厳格で、情深く、ハリーの事をまっすぐに見てくれた彼女の存在がハリーの道を歪み始めていた道を正した。

 ゴスペルと出会って、孤独とは無縁で居られるようになった。ロンやパーシーと出会って、絆というものが実在する事を知った。ドラコと出会って、友情を手に入れた。

 そして、ハーマイオニーと出会って、ハリーは愛を手に入れた。

 大海の中に次々と陸地が現れて、気づけば溺れる事などありえない広大な大地の上に立っていた。

  

「……孤独は恐ろしいな、トム」

 

 立ち上がり、辺りを見回す。そこは医務室だった。

 微かに覚えている。

 三大魔法学校対抗試合の最終戦から始まった戦いの連続に、ハリーの体力はとうとう底をついたのだ。

 ホグワーツに戻ると同時に倒れ伏した彼はドラコとロンに抱えられて医務室に連れて行かれた。

 時計を確認すると、十二時間以上が経過していた。

 

「グリンデルバルドの尋問は始まっているのか……?」

 

 医務室には誰も居なかった。校医であるマダム・ポンフリーまで居なかった事に疑問を抱きながら、ハリーは廊下に出た。

 歩いていると額の傷跡が酷く痛んだ。あまりにも痛くて、近くの空き教室に転がり込んで、近くの椅子に座り込んだ。

 しばらく休んでいると、ようやく頭痛が引いた。

 

「……ん?」

 

 立ち上がると、不意に目に留まるものがあった。

 机の上に文字が刻まれている。

 

「《the dark lord》……」

 

 その文字を指でなぞると、懐かしさを感じた。

 ずいぶんと古いものなのに、どうしてだろう。この文字列に篭められた思いが伝わってくる。

 

「ああ、思い出した」

 

 学校で読んだ事がある。ホグワーツの事じゃない。マグルの学校の事だ。

 これは《指輪物語》という小説に登場する(ヴィラン)の名前だ。

 内容は一人の少年の冒険譚。魔法だとか、小人だとか、そういうお伽噺の要素がふんだんに盛り込まれていた。何度も読み返すくらい好きだった事を覚えている。

 

「力を持つ指輪。誰もが、その力に溺れそうになる中で、一番非力なホビットが力に抗いながら旅をする。その姿が……、カッコいいと思った」

 

 空き教室を後にする。

 また、傷跡が痛んだ。だけど、さっきよりはマシだった。

 廊下の窓を見る。外は暗かった。鏡のように反射する窓に映る自分の瞳は真紅に輝いていた。

 

「……もう、時間がない」

 

 廊下の先からドラコの声が聞こえる。視線を向けると、アステリアと一緒に近づいてくる。

 ハリーは歪んでいた表情を取り繕って、笑顔を浮かべた。

 

「やあ、おはよう」


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