わたしは人を探していた。ずっと話してみたいと思っていた相手だ。
「どこかなー?」
フレッドとジョージに貰った《忍びの地図》を広げながら歩いていると、目的の人物はすぐに見つかった。
「湖畔に居るみたいね」
第一の試練で大きく抉れてしまった湖は修復された後も
湖に向かうと、すぐに彼を見つける事が出来た。
「いた!」
駆け寄ろうとして、彼の様子が妙である事に気づいた。
何故か、彼は剣を掲げている。そして……、
「!?」
投げた。ホグワーツの至宝である、ゴドリック・グリフィンドールの剣を投げた。
放物線を描きながら湖に落下していく伝説の剣。嘗て、アーサー王やモードレッドも握った聖剣が水しぶきを上げながら湖の底へ沈んでいく。
あまりの事に頭が真っ白になった。
「おおっ!?」
すると、グリフィンドールの剣を湖に投げ捨てるという暴挙に打って出た持ち主のロン・ウィーズリーが素っ頓狂な声を上げた。
何事かと視線を向ければ、なんと、グリフィンドールの剣が湖の水面から飛び出して、まっすぐにロンの元へ戻って来た。
「ヒェェェェッ」
ロンは悲鳴を上げた。そして、再び剣を投げ捨てた。すると、すぐに剣は戻って来た。
「なんで!?」
ロンは魔法でロープを出すと、近くの岩に結びつけた。そして、浮遊呪文をかけると結びつけた剣ごと岩を湖の真ん中で飛ばした。大きな音と水しぶきと共に岩と剣が沈んでいく。
「戻って来たぁぁぁぁ!?」
なんと、剣は岩とロープを切り裂いて脱出して来た。ちょっと怒っているのか、さっきまでは柄の方から戻って来たのに、今度は刃の方を向けながら戻って来た。
「や、やっぱり、この剣、やばい!!」
ロンは剣に向かって爆破呪文を唱えた。剣は爆風を切り裂いた。
ロンは斬撃呪文を唱えた。剣は飛ぶ斬撃を放ち、斬撃呪文と共に近くの木々や遠くの山も斬り裂いた。山が滑り落ちていく。
「な、なんて事を……」
生態系が大変だ。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
ロンは火炎呪文を唱えた。剣は炎を纏うと天に向かって灼熱の斬撃を放った。雲が割れた。
ロンはパニックを起こしたのか、くらげ足の呪いを放った。剣はくらげのように刃を無数に分裂させて無数の斬撃を放った。ロンの周りの地面から雑草が一掃された。その後に呪いは解けた。
「もしかして……、アピールしてる?」
怒っているのかと思ったけれど、よく見ると自分の能力をロンにアピールしているように思えてきた。
きっと、捨てられないように必死なのだ。完全に逆効果だけど、その必死さがちょっと可愛い。
「おおっ、分身した!」
分身したり、刃の形状を変えたり、まさにやりたい放題だ。その度にロンに怯えられているのはご愛敬。
なんだか見ていてすごく楽しい。面白い!
「……ロン・ウィーズリー。
グリフィンドールの継承者。わたしは彼の事を知りたい。
第百十七話『グリフィンドールの継承者』
コリン・クリービーとダフネ・グリーングラスはロン・ウィーズリーを探していた。
現状、ロウェナ・レイブンクローに対抗出来る唯一の存在として、彼の力が絶対に必要だったからだ。
コリンはルームメイトのアレン・マクドネルから湖に向かうロンを見たという情報を手に入れた。
「あれは!?」
ロンを見つけた二人。けれど、そこには先客がいた。
レベッカ・ストーンズ。ハーマイオニー・グレンジャーの居場所を奪った謎の女。
「先を越された!?」
レベッカがロンに近づく理由など一つしか無い。
籠絡だ。
「やっぱり、《死》にとって、ロンは危険な存在なんだよ!」
二人が戦慄の表情を浮かべる中、湖の畔では遂にレベッカがロンに接触していた。
「ロン!」
レベッカは
「クソッ、なんてしぶとい魔剣なんだ! って、あれ? 君、レベッカ?」
ひたすら自分の有能っぷりをアピールし続ける聖剣。
ひたすら魔剣を亡き者にしようと奮闘するロン。
一人と一本の不毛なやりとりは見ていてとても楽しかったけれど、そろそろ止めないとグリフィンドールの剣が本気を出してしまいそうだった。いくらハリー・ポッターに幾度もボロボロにされて来たとはいえ、ホグワーツを消滅させるのは気が引ける。
「こんなところで何してるの?」
見ていて知っているが、レベッカは知らないフリをした。
「え? えーっと、あっ!」
ロンは慌てた。あの邪剣との決着がまだついていない。ここは戦場なのだ。女の子がいていい場所じゃない。ハーマイオニーならともかく!
「に、逃げるんだ、レベッカ! ここは危ないから!」
勇敢な表情を浮かべるロン。その勇気にグリフィンドールの剣は大喜びだ。レベッカの目にはグリフィンドールの剣がハートを乱舞させているように見えた。多分、次は本気のアピールをしてくる。ホグワーツどころか、この辺り一体が一級の危険地帯に変わってしまった。千里を消し飛ばす必殺の一撃が来るかもしれない。レベッカは恐怖で泣きそうになった。
「ぼ、僕、戦うぞ! 逃げるもんか!」
ロンが勇気を振り絞るほど、危険度が跳ね上がっていく。これは本当にまずい。面白がっている場合ではなかったとレベッカは反省した。ここには何よりも優先して守らなければいけない人がいる。その為に彼女はいるのだ。
「ロ、ロン! その剣はグリフィンドールの剣でしょ?」
「ああ、とんでもない魔剣だ!」
「聖剣だよ! 一応、聖剣だよ!? 聖なる剣だよ!?」
「何を言ってるのさ!? あんな邪悪な剣、見た事ないよ!」
ロンの視点ではグリフィンドールの剣は邪悪なオーラを垂れ流していた。無論、彼の思い込みが見せた幻影である。
「逃げるんだ、レベッカ!」
キリッとした表情で彼は言った。レベッカはちょっとドキッとした。
「大丈夫。守ってみせるよ!」
レベッカが来るまで、ロンは挫折しかけていた。けれど、彼女が来た事で心を奮い立たせたのだ。
ハリーに振られてしまった彼女が可哀想だった。そんな可哀想な子に怖い想いをさせたくない。ロンの勇気の源泉は、その思い遣りの心だった。
「ロン……」
ときめいたレベッカ。テンションマックスなグリフィンドールの剣。
その様、遠巻きに見ていたコリンとダフネは顔を見合わせた。
「な、なんか、グリフィンドールの剣がすごいんだけど……」
「レ、レベッカに反応しているの? でも、それにしては様子が……」
「ど、どうしよう!? 先生を呼んでくる!?」
その時だった。
「落ち着け」
一人の少女が今にも暴発しそうなグリフィンドールの剣を掴み取った。
「エグレ!?」
ロンは目を丸くした。現れたのはハリーのペットであるバジリスクのエグレだった。
「ロン。これは貴様のものだ。貴様の敵ではない」
「えっ!? あっ、えっと、そうなの?」
そう言って、エグレはロンにグリフィンドールの剣を渡した。
ロンの手に収まると、グリフィンドールの剣はさっきまでと打って変わって大人しくなった。
「その剣は影とはいえゴドリックよりも貴様を選んだのだ。正当なる《グリフィンドールの継承者》よ。恐れるな」
「……う、うん」
いつも以上に異様な迫力を放つエグレにロンは素直に頷いた。
そして、同時に確信する。
エグレは気落ちしている様子を見せない。つまり、ハリーはやっぱり生きているのだ。
「……エグレ」
レベッカはエグレを見つめた。エグレも彼女を見つめている。
「……ふん」
エグレは鼻を鳴らすと城に向かって飛んでいった。おそらく、秘密の部屋に戻ったのだろう。
「大丈夫?」
ロンはレベッカの顔色がよくない事に気づいた。
「え? う、うん! バッチリよ!」
「ほんとに? 無理してない?」
「う、うん」
ロンはホッとした表情を浮かべた。レベッカは更にときめいた。
グリフィンドールの剣に認められる程の勇気。そして、この思い遣りの心。
やはり、格別の存在だ。
「ねえ、ロン」
「なんだい?」
「あなたって、とってもクールだわ」
「え?」
レベッカはロンの手を握った。
妹以外の女の子と手を握る。それはロンにとって未知の出来事だった。
その衝撃はエグレにぶっ飛ばされたヴォルデモートを追いかけて宇宙の彼方まで飛んでいきそうなレベルだった。
真っ赤になるロン。その反応はレベッカ的に100点満点だった。
「ねえ、あなたは世界を変えたいと思った事、ある?」
「世界?」
いきなりスケールの大きな話をされて、ロンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「そう! この世界に不満をもった事はない?」
「不満って言われても……」
無いわけじゃない。
ビルのような完璧な人間がいる。チャーリーのような情熱と才能に溢れた人間がいる。パーシーのような真っ直ぐな人間がいる。フレッドやジョージのような自由な人間がいる。ジニーのような愛に生きられる人間がいる。
人は平等じゃない。そんな風に思った事は幾度もある。
それに、ハリーの事もある。魔法省がハリーを明確に殺そうとしたのに、それが正しい事のように信じる人がたくさんいた。
間違っている。そう思った。
「……あのさ、レベッカ。君は世界に不満があるの?」
「え?」
聞き返されるとは思っていなかったのだろう。レベッカは目を丸くした。
「君はハリーが好きだったんだろう? なら、分かると思うんだけど」
「……どういう意味?」
ロンは言った。
「結局、自分が変わるしかないんだよ」
いつだったか、ハリーがスリザリンのクィディッチチームの試験を受けると聞いて、一声掛けようと図書館に向かった事がある。その時、ハリーがローゼリンデに対して言った言葉がある。
―――― いいか? マグル生まれとか、純血とか、そんな事はどうでもいい。問題じゃないんだ。くだらない事なんだ!
―――― ロゼ、大切なのは自分自身だ。一族だとか、家柄だとか、血だとか、そんなものでアドバンテージを取るなんてのはかっこ悪い事なんだぜ。祖先だろうが、親だろうが、兄弟だろうが、所詮は他人だ!
―――― 誇り高く生きろ、ロゼ。誇りってのは、他人に貰うものじゃぁないんだ。自分自身で勝ち取るものなんだ。だから、あの女を糾弾する時はアイツ自身の事で糾弾するべきなんだ。マグル生まれだとか、純血だとか、その程度の事でしかアドバンテージを取れない情けない人間にはなるな。忌々しいが、ハーマイオニーは頭脳明晰だ。だから、ボクは勉強に励んでいるんだ。アイツに能無しのクソったれと言ってやる為にな! 勝者になるんだ、ロゼ! そして、すべてを屈服させるんだ!
それが答えだと思った。
「世界を変えても意味なんてないよ。不満があるなら、不満を乗り越えられる人間にならなきゃいけない」
「意味がない……?」
それは完全な否定の言葉だった。
「だって、チャドリーキャノンズが連戦連勝の強豪チームに変わったとしても、なんだか応援のし甲斐がなくなって不満ってなると思うんだ。一つ不満を解消しても、また別の不満が出てくるだろ? それでも不満をなくしていきたいと思って世界まで変えようとしちゃったら、多分だけどヴォルデモートになっちゃうよ」
「……ヴォルデモート如きと一緒という事ですか? この
レベッカの瞳の色がわずかに変化する。けれど、ロンは気づいていなかった。
「違うよ。ただ、ヴォルデモートも世界に不満があるから変えようとしてたんだって、ハリーに聞いたんだ」
「ハリーに……?」
「うん。要するに我儘なだけだってさ。だから、野望の道を突き進んだ。その果てに、自分の本当の望みが分からなくなっちゃったんだって、言ってた」
「本当の望み……?」
「本当は寂しかっただけらしいよ。心を許せる友達の一人でもいれば、あんな風にならなかった筈だって……」
ロンはレベッカを見つめた。
「君の望みはなに? それって、本当に世界を変えなきゃいけない事なの?」
「……わたくしの望みなど……、関係ありません」
レベッカの瞳の色が戻っていく。
「わ、わたし、用事を思い出したわ! じゃ、じゃあね!」
逃げるように背中を向けるレベッカにロンは慌てた。
「うわわ、待ってよ! ごめん! 怒らせるつもりはなかったんだ!」
既に走り始めていたレベッカ。健脚であるレベッカにロンは追いつけない筈だった。
けれど、追いついて、彼は彼女の手を掴んだ。
「ロン!?」
「えっと、その、悩んでるんだろ? 僕、相談に乗るよ!」
そんな事を発生したばかりの悩みの原因が言い出して、レベッカは目をパチクリさせた。
「僕、力になりたいんだ!」
その言葉にレベッカは笑ってしまった。あまりにも純粋な善意に、レベッカは愛おしさを感じた。
「ロン・ウィーズリー。グリフィンドールの継承者」
「レベッカ……?」
「あなたが欲しいわ」
「……へ?」
ロンの目は点になった。